最初に私が彼と出会ったのはCE64に地球の反コーディネイター団体に傭兵の一人として潜入した時だった。
反コーディネイター団体を煽り、コーディネイター研究を行っている研究所へと攻撃を仕掛けさせようとしている典型的な反コーディネイター主義者。ただそうであると断ずる事ができなかったのは、彼の正体と攻撃先が理由だ。
攻撃先はアズラエル財団の支援するコーディネイターの研究所であり、それをやらせようとして陣頭に立っていた彼はムルタ。ムルタ・アズラエル。
反コーディネイター主義者を多く擁するブルーコスモスを支援するアズラエル財団がコーディネイター研究にも手を出している。それそのものは何も奇妙な話ではないが、しかしその後継者となるはずのムルタ・アズラエルが手ずから襲撃しようというのは解せない。
『アズラエル家の現当主はビジネスで反コーディネイター主義を掲げていて、"後継者君"はそれを本気にして裏切りを許せなかった』? しかし現当主が反コーディネイター主義に入れ込んでいるのは有名な話だ。その評判すら完璧な演技だったのだろうか。
アズラエル家がアズラエル財団の裏切りに制裁を下すというのならば、後継者たるムルタ・アズラエルを危険な現場に出すのはありえない。家とは関係なくムルタが独断で行動していると考えた方が自然であろう。
「何もそんなに気負う事はありませんよ。わざわざ僕が出てくるという事は、当たり前の物として勝てる現場だという事です。いつだって僕は勝つんです。勝つべくしてね」
自信たっぷりに言ってのけるムルタ。不安要素は作戦を実行するのがムルタと反コーディネイター団体という素人が主である事くらいなのだから、それなりに自信は持っても不思議ではないだろう。
尤も自信を持った姿を見せる事で士気を上げたのだから、上手に煽ったと言うべきか。
作戦の流れとしては、事前の仕掛けで電源を断った所で突入・用意した見取り図と進行経路に沿って一息に進んで情報を奪い逃走するというものだった。
――ムルタが共に来る理由としては「自分が居なければ情報を奪えない」との事だったが、それがどの程度真実かは定かではない。
ムルタはいくら潰しても湧いてくる個別の研究所という枝葉ではなくそれを支援する存在を糾弾する事でコーディネイター研究を頓挫させるのが目的だと謳い、施設や研究員へと積極的に攻撃する様な暇はないと嘯いていた。
「目的を果たす為に必要なコストとして血を流すのは別にいいんですけどね、無駄に血を流すのはもったいないですし、挙句目的を邪魔されるのは困るんですよ」
研究所の近場まで車で移動する中、ムルタは余計な時間を掛けない様に念を押していた。
仕掛けできちんと電源が断てたのを確認して夜闇に紛れ静かに――少なくとも走る時の足音以上の騒音はなく――突入に成功。しばらくして遭遇した警備もあっさりと射殺して、存在は気取られたにしろ詳細は伝えさせずにしばらく前進を続ける。
そして気付いた。『自分達は順調に進み過ぎた』。突入した部隊には前衛としての人員とは別にパワードスーツ対策に対戦車兵器を持たせた人員とその護衛も用意していた。
対戦車兵器というのはどれもそれなりに大きく、重たい。つまり前衛として銃だの手榴弾だのを持ってる程度の人員よりも歩みは遅れがちで、騒ぎ立てたくもないこの状況で声を上げるのを恐れたのか前衛組に遅れを伝えられなかったらしい。
無線は渡されていたはずだが、所詮は素人がおっかなびっくり武器を使ってる様な集団とそんなのに雇われる様な傭兵だ。質などたかが知れている。
「仕方がないですね。僕達は小休憩としましょうか」
ムルタはそう宣言して対パワードスーツ隊との合流を待つ事を選んだが、その言葉から長くは掛からずに無線が入った。
『しょ、少年の姿の、化け物』
その言葉は数も装備も伝えはしない素人仕事ではあったが続けて何かを言おうとしたそれを銃声が止め、それ以降無線が絶えた事で対パワードスーツ隊が失われたであろう事だけはありありと伝えてくれた。
ここが研究しているのは軍用の従順なコーディネイターだったか。コーディネイターと言えど生まれてすぐに大人になるという訳ではないのだから研究対象のそれが年若いのは不思議な事ではない。とはいえ研究対象を襲撃者対策に投入するというのは驚きだ。
対パワードスーツ隊は失われた。そう判断された――ムルタがそうしたが、またムルタは作戦の続行を指示した。「ここで引けば次は停電させられるかも分からなくなれば、もっと多くの戦力で守られるだろう」と。
次はより困難になるという予測は正しいだろう。しかし失敗すれば死ぬというのにムルタにはそれを恐れる様子はない。皆もムルタに乗せられるままに着いていく。
そうして奥へ奥へと進むと、無数の人の足音を共に機械音を鳴らして進むものが現れた。
それはパワーローダーをベースとして作られた、失敗作と名高いパワードスーツだった。
3mの巨体は歩兵と同じ移動経路での移動を阻害し、移動速度そのものすら歩兵に劣る。歩兵がそのまま運用するには大きい火器を運用したいのであれば装甲車の類にでも据え付けておけばいい。
歩兵と共に動けないパワードスーツなど、軍隊が一般に運用するパワードスーツとしては失敗作だ。
しかし十分な広さのある施設内部で防衛を目的として運用するのなら話は別だ。
移動経路は予め分かっているのだから問題にならない様に運用する事もできる。移動速度の遅さは問題と言えども移動距離そのものが短い。そして装甲車と競合する場所ではない。
足の遅い装甲車の様なものとはいえ、言い換えれば施設内部で戦うというのに装甲車へと対抗できなければいけないのだから、襲撃のハードルは高まるというものだろう。
対策が無ければ撃退するのは不可能と言って良い相手とはいえ、雇い主はその存在を認識して対策もきちんと用意していた。……用意はしていたがそれも"少年"の襲撃によって失われている。
手持ちの武器でも比較的装甲の薄い背面部に手榴弾を同時に複数個適切に当ててやれば撃破も不可能ではなかろうが、パワードスーツ対策としてであろう20mmのガトリングを手へと持ち、後方にも尾部機銃よろしく5.56mm弾をばら撒ける自動銃座を持つ相手にそれを実行できるだろうか?
敵に先に気付かれてパワードスーツに一方的に撃たれる羽目にならなかったのは幸運だった。
我々は近場の横道へと駆け込み、しかし数人がまだパワードスーツの居る通路に居る内に蜂の羽音にも似た音が響いたかと思えば、通路に残っていた人影は血煙に変わった。苦痛を感じる間もなかった事だろう。
これまでは一方的に倒せる敵ばかりを処理し、全滅した対パワードスーツ隊にしてもその姿を自分達の目で確かめた訳でもなかった事で天をも焦がさんばかりに燃え盛っていた士気は人を跡形も無く粉砕する弾丸の風によって容易く吹き消された。
思想から、あるいは金の為に銃を手にした素人達はここにきてようやく自分達も死ぬ可能性があるという事を理解したのだ。
鏡を使い通路を覗けば敵は正面には足の遅いパワードスーツを残し、残りはパワードスーツの射線の通る通路に押し出さんと我々の逃げ込んだ横道の反対側に繋がる道へと入ってきている。
さて、ムルタはどう対応するのだろう? そのお手並みを拝見させて頂こう。
硬くも遅いパワードスーツとの遭遇。これは不運でした。
対応手段こそ用意していたとはいえ、その移動速度の遅さもあって迂回の余地がある場所で遭遇するか、そもそも遭遇しない可能性も高かったはずです。
主となる対応手段は失われ、迂回しても向きこそ反対になるとはいえ射線の通る位置に出る他無いこんな場所で遭うのは不運という他ないでしょう。
しかもノロマが血溜まりに変えられたものだから傭兵もブルーコスモス"系"の思想の組織のメンバーも大半は明確に動きを鈍らせています。
「手持ちの装備で倒すとなると、連結した手榴弾で背面装甲を抜くくらいですか。誰か、やれる自信がある人は?」
僕はいくつかの手榴弾を取り出しつつ聞きました。
「私が行こう。タイミングを合わせて前に気を惹いてもらえれば当てるくらいの事はできる」
他の誰もが名乗りを上げないのを確認してから金髪の傭兵――ラウが名乗りを上げます。
「どれくらいで裏に回れます?」
「余裕を見て、5分もあれば」
対応されない内に情報を抜こうというのに、こんな所に時間は割きたくありません。
「3分でやれますか?」
「では3分半後に」
言うが早いかラウは手榴弾をひったくりつつ駆け出し、行きがけの駄賃と歩兵を二人射殺して別の通路に消えていきました。
「気を惹く役も決めたい所ですが、まずは邪魔な歩兵を排除するのが先ですね」
「気を惹くって、し、死ねってのか!?」
決死にはなるでしょうけど、死ねとまでは言ってませんよ。まあ、こんなのに参加する様な連中に知性を期待するべきではないのでしょうけども。
「非合法な実験もしている施設ですからね、勝てなければ殺されますよ。アレの前に出ても生き延びる可能性はゼロではないんですからまだマシだと思いません?」
残った人員は絶句しています。金銭目的の傭兵はまだしも、思想からやろうとしていたはずのメンバーまで情けない。
「青き清浄なる世界の為、命を賭けるべき時は今ですよ。それとも口先だけだったんですか?」
僕の目と言葉から逃げる様に、『私達は真面目に戦っています』と言わんがばかりに口を閉じて敵歩兵との銃撃戦に一層励み出しました。
しばらくの銃撃戦でパワードスーツの射線上に押し込もうとしていた敵集団はラウに殺された二人の所から穴が広がる様に死んでいき、こちらも死傷者は出しつつも排除に成功。
時計を見ると約束の三分半まであと少し。けれども生き残りはどれもパワードスーツの気を惹く気概はなさそうでした。
「使い物になるのはラウだけですか」
思わず溜息が漏れました。
こちらの死体から手榴弾を回収して手持ちと合わせて必要数の手榴弾を用意。信管等の装着されていない増強用のそれだけをかき集めて連結して、最後に信管の付いた柄――対戦車集束手榴弾化用の非正規品――を装着。
「まったく。いざという時の準備をしていたとはいえ、どうしてこんなものを使う羽目になってるんでしょうね」
しばらくの間パワードスーツの規則的な歩行音だけが響き、その後ろから物音が聞こえるとパワードスーツは警戒してか足音が不規則に。
約束の時間です。僕はパワードスーツの居る通路へ身を躍らせる。
「邪魔なんですよ、あんたはぁ!」
パワードスーツは後ろを警戒していた様で反応が鈍い。ラウの仕事に満足しつつ、とにかく重い集束手榴弾をパワードスーツに投げつけるも見るからに軌道が悪い。まあ所詮は牽制、投げつけて見せた事そのもので目的は達成済みです。
投げるが早いか謎の足音が近くでしたのにいくらか遅れて驚いて顔を向けると見るからに不自然な髪の色をした少年が二人居る。――遅れていた対戦車装備持ちの集団を壊滅させた戦闘用コーディネイターでしょう。
顔を向けたまま――どこかで間に合うはずもないと思いつつ、銃を取り出そうとしました。少年達はこちらを見もせず正面へ銃を撃ち、妙に軽い金属音が響く。反射的に撃たれたであろう方を見ると手榴弾の軌道が修正されていてパワードスーツのカメラの前で爆発しました。
僕の言葉に反応して邪魔なパワードスーツを排除する様に行動した? なぜ?
ここで研究されているのは従順な戦闘用コーディネイターだ。僕を従うべき誰かと混同したのか。
僕が混乱している間もパワードスーツは僕達の方に意識を向けていたでしょう。その間にラウも背後から近づき手榴弾を投げていました。
ラウの手榴弾が爆発するよりも先に、ラウを狙っていたはずの自動銃座が文字通り火を噴いて爆ぜる。
銃座がラウを撃つよりも先にラウがその銃口に銃弾を撃ち込んだ? 想像出来ていたとはいえ正に化け物ですが、まあ従っているなら頼りにできる力です。戦闘用コーディネイター2体共々今気にする事ではないでしょう。
ラウの手榴弾の爆発を受けパワードスーツは棒立ち状態。ラウは搭乗者を引きずり出してダブルタップ。ほぼほぼ弾の無駄だったでしょうけど、確実さが求められる場面の『ほぼ無駄』は十分に有意義なものです。文句はありません。
コーディネイター2体は僕からの命令を待つ様にこちらを見ていたのでとりあえず周囲を警戒する様に命令するとその通りに動きました。いい拾い物です。
「それは利用できそうですか?」
命令するまでもなくパワードスーツの状態を調べていたラウに聞くと射撃は可能だと言います。で、あればそれを利用して残り2機あるはずのパワードスーツを含めた敵を迎撃するのに使う事を考えましょう。
射撃は可能と言っても前方のカメラは壊れ、後方には大穴の開いたパワードスーツ。覗き窓からの狭い視界だけで敵を撃つのは大変でしょうし、敵のパワードスーツから優先して狙われるポジションです。そしてパワードスーツ同士なら互いに正面装甲を貫通できるでしょう。ええ。ですから、あの怯え切った連中が乗ると思えます?
怯えていないラウにはもう一度機会を見てパワードスーツを後方から奇襲してもらうべきでしょうし、拾い物のコーディネイター2体は体格的に使うのは厳しいでしょう。
「はぁ。手榴弾の次はパワードスーツですか」
「君は手懐けた少年でも連れてデータの回収に行くべきだと思うが」
ラウは僕がパワードスーツを使うのに反対します。まあ、それができるのならその方がいいとは思いますが。
「僕がやらないで誰がパワードスーツを動かすんです?」
ここで僕は怯えている連中を目で示します。
「貴方が、というのは無しですよ。貴方はまた敵の後ろに回ってパワードスーツを奇襲するべきでしょう」
ラウにそこまで伝えた所で、完全に怯え切ったと思っていた連中の一人が震えながらとはいえ「自分が乗る」と言い出しました。
「取る物取らないと帰れないんだから早く取ってきてもらった方がよくて、取ってこれるのはアンタだけなんだろ?」
「クソ、俺だって、俺だってな……」
少し様子を見た感じだとどうやらパワードスーツの前に立った僕の事そのものと、僕という雇い主を矢面に立たせた事を恐れている様です。
ともかくパワードスーツを僕以外が担当するのならそれで問題ありません。ラウにはコーディネイターを1体付けて奇襲を担当させ、僕もコーディネイターのもう1体を連れてデータの回収に。残りには敵を正面から受け止めてもらう事で決まりました。
ヤバい雇い主は俺達に少年の姿をした戦闘用コーディネイターについて『重要な証拠ですから大事にしてくださいよ』と釘を刺して戦闘用コーディネイターの片割れと一緒に奥へと進んでいった。
ヤバい傭兵のラウは平然と戦闘用コーディネイターのもう一方を連れて手前のどこかに消えた。
そして俺はここでヤバい状態のパワードスーツで敵を正面から受け止めないといけない。
雇い主は俺達の事をゴミでも見る様な目で見ているし、ラウはオモチャでも見る様な視線を向けていた。あれ以上下手を打てば何をされるか分かったもんじゃなかった。だから思わずこんなものに乗ってしまった。
敵に背中を取られたら普通の銃しか持ってない相手でも死ねるし、正面からでもパワードスーツ同士なら互いに殺せる。そして敵のパワードスーツは2機残ってるはずだ。1機を先制一発で黙らせられたとして、俺が死ぬのとラウがもう1機を潰すのとどっちが早い?
でもまあ逃げて逃げられるかって言われたらそれもたぶん無理だし、雇い主サマは生身でもパワードスーツに向かって生き延びたんだから、パワードスーツを着てる俺だって、パワードスーツを着てるんだから生き延びられていいはずだろう、なあ。
緊張だけで死ぬかと思いながら待っているとパワードスーツの足音が聞こえてきた。
……そもそもこのパワードスーツが俺達に取られてるのってあいつら気付いてるんだろうか? 撃破されたふり――実際既に撃破されてまともに動けないけど――の為に銃口を下げ、パワードスーツをちょっと脱力した様な体勢に変える。
敵のパワードスーツは移動速度を重視してガトリングを構えずにやってきていた。周囲には歩兵あり。でも俺を警戒している様子もない。
「ははっ! やってやる、やってやるさ!」
敵が反応するより早くガトリングを構えて歩兵を薙ぎつつパワードスーツを撃破!
「
僕がデータを回収して戻った時には敵のパワードスーツはこちらのパワードスーツとラウによって撃破され、こちらのパワードスーツも撃破されていました。
ラウに言わせればこちらのパワードスーツが敵方の1機を撃破した後にその後ろに居たもう1機に撃たれ、でもそのおかげで隙ができてラウに攻撃のチャンスが巡ってきたとか。
ともかく主要な障害も必要な情報も何ももう残っていない研究所にはこれ以上の長居をする理由もありません。そして研究所側ももう帰るだけの僕達に攻撃して自分達の被害まで拡大させる様な気力も無かったのでしょう。僕達はこれ以上の被害も無く帰る事が出来ました。