望まれて生まれた。望まず生まれた。   作:杉鋸

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02_戦友

 研究所を去り、まだ余裕の残る私がセーフハウスまでバンを走らせている中、助手席へと座ったムルタが私へと声を掛けて来た。

 

「契約ではこの先で降りればそれで仕事は終わりですが、今回の研究所に金を出していた黒幕の顔を拝んでやりたいと思いませんか? ラウ」

 

 ブルーコスモス系の思想を持っているのなら金を払ってでも拝みたいと思うかもしれない。ただの傭兵でも興味を持つ事はあるかもしれない。

 しかし黒幕はアズラエル財団、あるいはアズラエル家の誰かだろう。それの顔を拝みに行く? 独断で動いているとしてもアズラエル家の跡取りであるムルタ・アズラエルと?

 ムルタがどんな意図をもって誘っているのか私は測りかねていた。身内の恥にしろ、交渉のネタにしろ、それを一介の傭兵に明かす? 正気を疑う行いだ。

 ただの思い上がり? 別の何かがある? 嗚呼、きっと私の口はにやついていただろう。

 

「苦労した仕事がどんな意義のある事なのか、その結果を見せてもらえるのですか?」

 

 私が乗り気である事を示すとムルタは少し嬉しそうにしてから口にした。

 

「貴方が来てくれるなら色々と手っ取り早くやれますからね、特等席で見る代わりに軽く働いてもらいますよ」

 

「更に傭兵が欲しくなる様な事を?」

 

「威圧してもらえれば十分だと思いますよ。貴方が必要と判断したならいつでも銃を撃ってもらっても構いませんけどね。ああ、場所が場所ですからその後をどうするかが問題になりますが」

 

 銃を自分の判断で撃っていいとは、いよいよもってきな臭い。ムルタは私に何を期待しているのだろう。

 

 セーフハウスへと到着して私が少年達と共にメンバーをセーフハウス内部へと叩き込む間、ムルタは襲撃の為の兵士然とした姿からちょっとしたパーティにでも出られそうなスーツへと着替えていた。

 

「行き先はドレスコードがしっかりしている場所か何かで?」

 

「なに、人目に付く場所で運転していてもケチを付けられない格好をしているだけですよ。君達に着せるスーツはないですからね、後部座席で目立たない様にしていてくださいよ」

 

 雇い主に車を任せ、私と少年達はしばらく後部座席で大人しく休んだ。

 長い夜も終わりが近づいてきたとはいえ、明けるにはまだ早い。

 

 

 ムルタは予想された通りアズラエル家の邸宅へと車を止め、我々を呼び込んだ。

 広い邸宅が自宅だとして、完全に武装した傭兵が一人と武装した少年二人を引き込めば使用人達からそれなりに反応はあったが次期当主が現当主に直談判しに来たという建前と銃という暴力に抗う気概のある様な使用人はおらず、使用人の一人を伝令替わりに走らせた他はあっさりと捕縛まで終わってしまった。警備の類などは予め排除されていたのだろうか。

 

「……確かに色々と手っ取り早く済みましたね」

「これでも一応賃金相応の忠誠心は持ってる連中ですよ。荒事やアドバイスは契約外ですけどね」

 

 ムルタは勝手知ったる使用人達の評価を告げた。

 一般的な使用人が荒事向けの人員ではないというのは当たり前の事ではあるし、賢し気に余計な口出しをしてくる使用人などというのも使い辛いのだろう。

 

「自分がどれだけ恨みを買う様な事をしてるのか、本当の意味では理解してなかったんでしょうよ。アイツは」

 

 ぽつりと、憎々しげにムルタは吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 私はムルタと共に当主を穏便に――もちろん、銃で威圧はしていたが――少年達に入口を守らせた部屋へと案内した。

 当主は何か言いたげにしていたが、先にムルタが話をする気だと伝えた事で私へと不信の目を向ける他は特に何をするでもなく案内に従って部屋へと入って行った。

 恨み合う関係だろうと仮にも会話が目的とされ、また当主は銃を持っている様子もない老いつつある女性で、ムルタはスーツの下に拳銃を忍ばせている。護衛の必要も薄いだろうし、護衛させるなら従順な少年を使うだろうと扉の外に居るとムルタに護衛として呼ばれる。

 

「護衛は私でよろしいので?」

 

「約束ですからね。黒幕の顔をちゃんと見る機会は用意するべきでしょう」

 

 そう言ってからムルタは扉へ向けて大きめの声で言う。

 

「聞こえますか、これから僕達はしばらく込み入った話をします。だから君達はそこでこの部屋に誰も入れない様にしていてください。部屋の中の事はラウに任せますから、部屋の外の事だけしっかりと頼みますよ」

 

 少年達は了解の意を示し、ムルタに指示されてから扉を閉じた。

 ……『部屋の外の事だけ』? 銃を見せての交渉ではなく、銃を使って拷問でもする気だとでも? それ以前に『いつでも銃を撃っていい』と言っていたのと合わせて、私にどれだけの信頼を置いている? それとも……。

 

 

 ムルタは当主である母に対して昔の思い出話をしているようだった。

 思い出話と言ってもいい思い出の話ではない。何をしてもコーディネイターに負け続けたという話だ。

 

「そうしてアンタにどうしてコーディネイターにしてくれなかったのか聞いた時、アンタは何て言った!」

「コーディネイターにするなんて馬鹿な事だと、おぞましいと言ったのはアンタじゃないか! 挙句にぶちまでしたじゃあないか!」

「そんなアンタがどうしてコーディネイターを作るのに手を貸してるんだ!」

 

 ムルタが叫ぶが早いか、ムルタがその手で取ってきたであろう資料を当主へと見せつける。

 

「そんなもの、どうやって取ってきたの! その傭兵を使って?!」

 

 当主はムルタの見せた資料か、それを取ってきた手段を察してか非難と驚愕の混じった表情で叫ぶ。

 

「アンタのやった事の方がこの家じゃあ許されない事だろうが! アズラエル家の当主が、コーディネイターを否定してる連中の元締めが、なにトチ狂った事やってんだよ!」

「とにかく! アンタはアズラエル家の当主として相応しくないんだから、今すぐに引退してもらいますよ。今すぐにです!」

 

 ムルタは最後にはスーツの下に隠し持っていた拳銃を突き付けて引退を迫った。

 

「わ、私はあなたをそんな風に育てた覚えはないわ!」

 

 母のその言葉にムルタは顔を真っ赤にして言い返す。

 

「そんなに自分の思い通りの子供が欲しかったんならコーディネイターとして作れば良かったんだ!」

「あそこで作っていた戦闘用コーディネイターみたいに、母さんの思う通りの能力と考え方を持つお人形さんとして!」

「でもアンタは僕の事をナチュラルとして産んだんだっ! アンタの考えた通り、自然なままに産まれた! 何一つとして思い通りになんてなる訳が無いナチュラルとしてさぁ!」

「喜べよ! アンタが考えた通りの自然な産まれ方をした僕が! アンタが毛嫌いしてたコーディネイターの研究所を潰して! 耄碌してあんなおぞましいものを作ったアンタを楽隠居させてやるって言ってんだよぉ!!」

 

 ムルタの叫びに彼女は体を強張らせ、ついには気絶してしまった。

 

「はは、人って本当に感情だけで気絶できるんですね。初めて見ましたよ」

 

 ムルタは私の方へと振り返り、拳銃をスーツの内側へとしまうと両手を広げて見せてから言った。

 

「……ラウ、そういえば僕の自己紹介がまだでしたね。僕はムルタ。ムルタ・アズラエル。そうですね、この件の黒幕の息子ですよ」

 

 疲れ切った顔をしたムルタは私に無防備な姿を見せたまま更に言葉を続ける。

 

「殺さないんですか? ここでアズラエル財閥のトップと後継ぎの両方が消えればブルーコスモスはアズラエル財団という後ろ盾を失って弱体化しますよ。黄道同盟(君の組織)も喜ぶでしょう?」

 

 それは事実だ。私は黄道同盟に所属していて、それはムルタとその母の死を喜ぶであろう組織だ。しかしそれをなぜムルタは知っている?

 

「……正規ルートで地上に降りていれば正体を掴むくらいの事はできますよ、ラウ・ル・クルーゼ。黄道同盟で"赤"を与えられたエリートらしいじゃあないですか」

 

 どうやら、私はムルタの、あるいはアズラエル家の力を甘く見ていたらしい。

 しかし黄道同盟が喜ぶ事だとして、私がそれをする理由があるだろうか?

 

「……私は休暇を利用して一個人としてここに来ていましてね。それに……私も親には苦労させられて来たのですよ。共に戦った友人もまた同じ様に親に苦しめられていて、ようやく決着の付いたというこの喜ばしい時になぜその様な事をする必要が?」

 

「友人ですか。君はコーディネイターの過激派(黄道同盟)で、僕は反コーディネイター主義の急先鋒(ブルーコスモス)ですよ」

 

「私はこの休暇を使って親の後始末をしていましてね。同じ理由で同じ戦場に立ったのですから、それを友と表現しても不思議ではないでしょう?」

 

 私は嘘を言ったつもりはないのだ。私は彼に奇妙な友情を感じていた。

 私がムルタを見ていると、彼は少しバツの悪そうな表情を浮かべる。死ぬ事も出来ず、そればかりかある種の借りを作ったとすら感じているのだろう。

 

「……私のしていた後始末の話ですがね、弟が実験体として流された可能性のある研究所を後二か所まで絞り込んで一方は今日確認する事が出来たのですが、残念な事にもう一方だった様でしてね」

 

 彼に借りを返せるアテを切り出してみると、いい反応を示す。

 

「僕は今回の為に用意した武器や弾薬の処分に困ってましてね……僕は金を掛けて用意したものを金を掛けて処分したくないんですよ。もったいないじゃないですか。そしてどうやら君は格安で処分してくれるアテがあるみたいだ……処分をお願いしても?」

 

 アズラエル家は財団で資産運用をしている家であり、ムルタ・アズラエルとは様々なビジネスに携わる人間だ。ビジネスの話という形式にしてしまえば驚く程に饒舌に話し始めた。

 

「黄道同盟の一員としては、どうにかしてプラントのエネルギー生産部門を立て直せればとてもありがたく思います。例えば、友人との会話で黄道同盟に関する軽口を漏らしてしまうくらいには」

 

 そしてこれからの話をする。個人的な理由はともかく、黄道同盟の一員としては昨年のテロによって被害を受けたエネルギー生産部門を何とかできる機会を掴みたいというのにも嘘はない。

 

「あんな事の後に言っても真実味が無いと言われそうですけどね、僕は自分達が金を掛けて育てた金の卵を産むガチョウを無意味に絞める程の馬鹿ではないつもりですよ。……少なくとも僕達の利益になる限りは」

「ジブリール家の手助けを受ける事になるでしょうけれど、それで大きな大きな金の卵を産むガチョウの怪我が治るのなら安いものでしょう」

 

 ムルタは生気を取り戻した顔でプラントへの支援を約束する。

 

「それではこれから末永く仲良くしていきたいものですね」

 

「……ええ、末永く仲良くしましょう」

 

 ムルタはここまで来てようやく自分が死ぬ訳には行かなくなった事を理解したのか、少しだけ言葉を返すのが遅れた。

 それからムルタはしばらく考え込んでから切り出した。

 

「ところで……僕の事はアズラエルと呼んでください。今日までの僕は『アズラエル家の一員であるムルタ』でしかありませんでしたが、今日からはアズラエル家の全てを僕のものとし、ただ『アズラエル』と言えば僕の事を指す様になる訳ですから」

 

「初めて呼ぶのが私でよろしいので?」

 

「君と共に掴んだ勝利の名ですよ。君がダメなら他の誰に最初に呼ばれるのがいいと思いますか?」

 

「……アズラエル。それならばどうか私の事はクルーゼと呼んでいただきたい。君の様に家を負った訳ではありませんが、クルーゼという名は私が自分で選んだ名なのです」

 

 そうして私達は朝日が差し込んでくる中で、ムルタとラウからアズラエルとクルーゼになった。

 

 

 

 物語ならここで終わりにして『親に困らせられた子供達が親の支配から脱して、これからは世界をよりよくする為に頑張ります!』みたいな事を示しておけば無難にハッピーエンドになったんじゃないでしょうか。でも現実にハッピーエンドなんてないんですよ。

 核が最後に撃たれた年を紀元としたコズミック・イラに、再び時代を変える物として核が来る日はそう遠くなかったのですから。

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