望まれて生まれた。望まず生まれた。   作:杉鋸

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03_密会者

 人間の持つ能力をインプラントや投薬によって増強するブーステッドマン計画。

 姿形が気に入らないというのなら整形という対応手段が存在しています。だったら能力が足りないというのだってどうにかして補えばいい。

 

 誰かから望まれた全てを好きな時に備える事ができる機械ならきっと自分自身から望まれたものをも得る事ができる様に、望んだ全てを後から付け足す事ができる人間を。

 真にコーディネイターを代替できるものではなくてもコーディネイターの必要性を薄れさせ、あるいは先天的な差を埋めて望む在り方を選べる様にする事が目的でした。

 

 出来上がったのは他者から望まれた要素だけを積み増してそれ以外を削り落とした、誰かに望まれた在り方を強制された生肉製の道具を作る技術。

 誰かがアズラエル家に望むのも、アズラエル家が必要としているのもそんなものばかりです。

 

 

 ……結局アズラエル家の当主が代替わりした所で、地球側の人間がプラントを支援した所で今更何を変えられるという訳でもありませんでした。僕とクルーゼの掴んだものは所詮、一時の勝利気分だけだったんですよ。

 それでも僕とクルーゼの関係はあの時から変わっていません。時折密会しては雑談に興じ、あるいは互いに情報を流し、二人の利益を得ようとする。そういう関係に落ち着いたのです。

 

 

 

「そういえば、なんで仮面を着けてるのか聞いても?」

 

 前から気になってはいた事です。そういった事を聞くのは失礼になる事も多い話ですが、僕達の仲なら聞いても許されるでしょう。

 

「この仮面の下にあるのは私の顔ではなく、私が最も嫌う男の顔があるのですよ」

 

「自分の事が嫌いだ、という告白ではなく?」

 

「そう言われると困る。……どう答えても正しく、あるいはどう答えても嘘になってしまう」

 

 彼は適当な事を言って煙に巻こうとしているのではなく、正真正銘そう思っている様です。

 自分の事が嫌いであるという告白であると同時に、自分の事が嫌いであるという告白ではない。その両方が矛盾なく成立してしまう様な何かがある。

 しかし、これは煙に巻こうとしているだけですね。そう思っているというのは嘘ではないにしろ、本気で伝えようとというのなら伝わる様に言える人ですよ、彼は。

 分かる様に話す気が無いのなら、それはそれでいいのですが。

 

「姿形そのものが嫌ならいい病院を紹介しましょうか?」

 

 外見を含めた能力が高くなる様にデザインされて生まれたコーディネイターが住人のほぼ全てを占めるプラントにおいて美容整形という技術は需要と経験の不足によって劣っていると言わざるを得ません。

 後天的に良い姿を作ろうとするのなら地球でやる方が上手く行く可能性は高いでしょう。

 

「既に相談した事はあるのだが難しいという話だった。もちろんそこは腕が悪かったのかもしれないが、それに今は忙しくてね。整形後しばらく動けないというのも困る」

 

「まあ、整形だろうと仮面だろうと、君が選んだ顔な事に変わりはないですからね」

 

 

「外見繋がりでこちらからも聞かせてもらうと、"彼ら"の事をずいぶんと可愛がっている様じゃあないか。身なりにもだいぶ金を掛けているのでは?」

 

 クルーゼは僕が護衛として連れてきているあれら、僕とクルーゼが共に戦ったあの日に拾った戦闘用コーディネイター達の様子を話題に上げました。

 口の堅さにしろ能力にしろこういう場に連れる護衛としてとても優れてもいれば、クルーゼはあれらの事を気に掛けている様でしたから、この場に連れてくるのはいつもの事になっています。

 

「当然でしょう、僕の物ですよ? メンテナンスだってちゃんとするに決まっているでしょう。『奴隷をボロボロにして使う悪い主人』なんてのはまず第一に頭が悪いんですよ」

「君になじみ深い物で言うんなら、例えば兵士が自分の使う銃をわざとボロボロにしてまともにメンテナンスもしないのを誇っていていざ銃を撃つ段になったら不発暴発で戦えません、は馬鹿でしょ?」

 

 まして場は選ぶとはいえ格式高い場所にも連れていける様な信頼できる護衛ですよ。それなりに良い恰好をさせてないと僕が『金をケチらないといけない経済状況なんじゃないか』なんて邪推されて被害を被る事になるじゃないですか。このくらいは普通です。

 

「そんな兵士が私の同僚にでもなった日には『暴発事故』で自分の頭を撃ち抜いてくれるのを祈る事になるだろうね」

 

 ……その暴発事故は頭を撃ち抜いた当人以外に一切被害が出ない様に制御された出来事だったりしませんかね。

 彼は遊ぶ所もありますから、本当の本当に神頼みにしていても驚かないですが。

 

「もちろん完全に消耗品と割り切った運用をするのならコストの掛け方も変わるでしょうけど、あれらは消耗品としての運用をしている訳じゃあないですからね」

 

「人を消耗品として扱う事が?」

 

「紛争だの賊だのが絶えない現場に出向く様なのはどうしたって消耗品になりますよ。何かあれば簡単にメンテナンスも何もない状態になるんですから同じ様に扱うのは無理でしょう?」

 

 消耗品として運用するならいざという時には使い潰しても十分に代わりが用意できる程度のを、いざという時に使い潰しても許容できる程度の投資で使いますよ。

 消耗が許容できない消耗品なんて使い物にならないじゃないですか。

 

 

 

 私との取引を続けるにはアズラエルもアズラエル家も損なわれてはいけないのだから、アズラエルは戦闘用コーディネイター開発と共に消える事を選べなかったのだろう。

 もし私が生きる様に焚き付けなければ、アズラエル家とムルタという男の全てを燃料として戦闘用コーディネイター開発に歯止めを掛ける事はできたのかもしれない。

 より良い結果の為に、私は戦友を見えている破滅へと突き進ませるべきだったのだろうか?

 

 それに私とて人の事は言えたものではない。

 エネルギー生産部門の復旧の為の支援を規模こそ限られたとはいえ受けられたというのに、その事実を黄道同盟は秘匿した。

 テロなどなかったとしている関係者の面子の為に喧伝する訳にも行かなかったとはいえ、支援されたエネルギーは新兵器の開発に費やされ、支援物資はプラントが自力で生産した物資に上乗せされ、慰撫策となるはずだったそれらはプラント内の結束と黄道同盟の実力を高めるばかりに終わったのだ。

 しかし支援の存在を知り、関係者の面子とは関係が無く、黄道同盟にも影響力のある私が身命を賭したのならば、エネルギーと物資を誰が何の為に送ってきたのかについて伝えられたのかもしれない。

 より良い結果の為に、私も破滅へと突き進むべきだったのだろうか?

 

 私とアズラエルの関係は互いの利益の為という名目にはなっているが、他の誰かには話し難い様な話をできる雑談相手としての色もまた濃い。

 アズラエルなら『普段できない様な会話ができるという事そのものも利益』とでも言ってくるかもしれないが、共謀相手と呼ぶには妙に気安くも、単なる友と呼ぶにはあまりに危険なこの関係ははっきり言ってリスクが勝ちすぎている様にも思える。

 『倫理観の無い親の被害者』などと理論武装をしたとしても、そもコーディネイターを護衛として私的な場に連れてきて、私という名のザフト――黄道同盟から組織改編と名称の変更があった――の構成員と会っているなど、とんでもないスキャンダルだ。

 

 ああそうだ、世界を歌ったものとしてはあまりに甘い、ラクス・クラインの新曲を土産に持ってきていたのだったな。

 そこまでではなくとも今見えているそれよりも世界が優しくあってくれるのならそれに越した事はないのだが、そうではないのであればこのリスクで破滅するのもまあ悪くはないのかもしれない。

 

 とりあえずは、せっかくの土産なのだから曲を気に入ってもらえればそれだけでいいのだがね。

 

 

 ふと、今日も護衛としてアズラエルと共に来た彼らに目を向ける。

 

「しかし彼らもあの時は小さな子供だったというのに、こうして見ればだいぶ大人に近づいたものだ」

 

 出会った時には10歳にも満たないであろう年頃であったというのに、今では背は大きく伸び、声も変わってきている。

 レイ――私の弟も、もうしばらくもすればこんな風に大きく変わるのだろうか?

 

「少しくらいその従順さをうちの子にも分けてもらいたいくらいですよ。まかり間違って強さの方を分けられた日には大惨事ですが」

 

 彼らのその従順さは思春期に入っても変わっていない様に見える。

 ……彼らのアズラエルへと持つ従順さは、少なくとも最初はある種の洗脳教育の影響であった事が確実だ。

 だが彼らに施された洗脳教育はその内容そのものも彼らが受けた教育の量も不完全であり、一般的な常識を持つ外部との接触が続けば十分にその影響を脱しうる程度のものと考えていい。

 偶然にも洗脳が持続しているから付き従っているのか、もっと別の理由があるのか。……少なくとも意図して洗脳を持続させているのであれば、その従順さをアズラエルが自分の子に分ける事に言及はしないだろう。本当に分けたいのなら実行してしまえるのだから。

 

 そしてその育った体を思えばより強くなっているのだろう。

 やんちゃな子供に戦闘用コーディネイターの強さが合わさろうものならどれ程大変な事になるのか。そういった行為をした事のない私には具体的にどうなるかは想像できないが、いたずら一つとっても私ですら手こずるであろう事だけは想像に難くない。

 

 まあ親に従順でないのはアズラエル自身もそうだったのだから、ナチュラルとして産ませた以上自分のそんな性質が受け継がれる事も甘受するべきだろうさ。

 

「そういえば君はそういうのを特に好む様子もないというのに、さっと結婚して子供まで作ったんだったね」

 

「子供を作らないのも子供を作れないのもアズラエル家を担う上で問題になりますし、家と家の関係の為に送り込まれた挙句こっちの都合で不妊疑惑掛けられるんじゃ流石に可哀想でしょ」

 

 アズラエル家当主にしてブルーコスモスの元締めとしてはナチュラルである事が保証された名家の娘と結婚し、ナチュラルである事が保証された跡継ぎを用意するのは義務と言っても良いものだった。

 長きに渡って取引をする事を考えるべき名家の者にとって、後継者の一人も用意できない様な家との取引などどれだけ信用できるだろうか。

 ブルーコスモスの人間にとって、ナチュラルである事が確実である者同士が自然な形で子を作る事は美徳として尊ばれる行いであり、反対にそれを途切れさせるなどという冒涜が許されただろうか。

 しかし……

 

「そんな理由で作られる子供も可哀想だとは?」

 

「結局誰に可哀想な事を押し付けるかなんですから、親が子に可哀想な事を押し付けるのが続くんでしょうよ、僕の家は」

 

 アズラエルはその不愉快な連鎖を再確認させられた事で不満げな顔を浮かべ、意趣返しか質問をしてくる。

 

「そういう君は気ままな独身貴族で子供を作る予定もないんでしたっけ?」

 

「息子が一人居るんですよ、これでもね」

 

 私もアズラエルへの意趣返しとして本当の事を言った。本当の事ではあるが、一般にはそれを真実とも言わないだろう。

 しかしアズラエルは「へぇ」とただ驚きこそすれども、そんな所で疑問を持ったりはしない。尤もこれはただ私の事情が常軌を逸しているというだけの事だ。

 

「君こそ子供が居るとは思いませんでしたが、どんな子なんです?」

 

 アズラエルは普通の子供が居るのだろうと思って興味を向けてくる。今日「どんな子」などと聞かれたと知れば奴もさすがに面食らうだろう。

 

「私が関与して作った訳でもなければまともに面識がある訳でもないからね」

 奴は遺伝子上は私の実子に、私の実子にも当たる。

 私にとってそれは実子ではないし実子と表現されるべきものでもないが、しかしそれは私にとって実子と表現されるべきものだ。

 

「自分が関与せずに自分の子供が生まれてるなんてホラーですね、そんなの初耳ですよ」

 

「私以外にそんな事になっている人間など、まあ居ないだろうさ……」

 もちろん、私達の他に居るというのなら気にならないとは言わないが。

 

「それより、どんな子かだったね。私が知っているのは、何をやっても私には届かないだろうという事くらいだ。尤も私よりも長生きはするだろうが」

 

 だから望まれたのだ。他なる私に。

 そして、望まれた通りではなかったのだ。

 

「子供が親より長生きできそうにないってなったらその方が問題でしょう」

 

「……そうだろうね。それが自然というものだ。ああ、私は不自然な営みの産物ではあるが」

 

 

 私よりも若く寿命もあるであろう彼らを見るのがこの日が最後になるなど、この時はまだ誰も思ってもみなかった事だ。

 そこまでの事になるなど、一体誰に予想できただろうか? この時に。

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