2月の開戦から誰も想像もしなかったであろう量の血の流れたCE70もその後半には互いに息切れを起こし大きな動きを取れなくなって早数ヶ月が過ぎた頃。
L4コロニー群。それは6月から1ヶ月近く続いた新星攻防戦で多大な被害を受け多数のコロニーが放棄された事や戦争に伴って物資輸送が滞っている事などから維持が困難となった為に、人道を名目として見逃されている――本音としてはエネルギーと食料を消費する存在を増やす事が目的であろう――小型船での人員輸送によってその住人の多くは地球へと逃れていっており、残るコロニーは廃コロニーからかき集められた物資で何とか機能を維持しているという惨状であった。
コロニーから地球へとエネルギー資源を降ろさせず、また地球からエネルギー源となりうるコロニー群へと補修資材を上げさせず、Nジャマーによってエネルギーを失った地上へ身一つとなった人々ばかりを降ろさせるというのは敵の力を削ぐのに有用な手ではあったのかもしれない。
しかしそれによって地上へと去らざるを得なくなった住人達の心にはプラントとザフトという敵への怒りが、化石燃料も核も失われてなお戦火が広がり続ける所以足る燃料が染み込み、その血によって地球連合――プラントの旧理事国を主として結成された、首脳陣の失われた国際連合の代替組織――を駆動させている。
唯物論的なエネルギーの供給源としては機能不全に陥ったとはいえより強力となった精神論的エネルギーの供給源と化した、滅びつつあるL4コロニー群。その一つにおいて私と彼は久方ぶりの再会を果たした。
少々疲労の残る様子ではあれど大きくは変わらぬ姿をしたアズラエル。戦争――特にオペレーション・ウロボロスでばら撒かれたNジャマーの影響――により地球で吹き上がったコーディネイター脅威論によって強大化したブルーコスモスの有力者として各地で演説を行ったり、様々な手によって地球上における産業の再編を行うなど、今日という日の彼は地球連合にとってプラントとの戦争を支えている重要人物と言っていい。
そんな人物が私の様なザフトと会うのであれば、相応に強力な護衛を用意したいのが人情ではなかろうか?
しかし彼の連れている護衛の質ははっきり言って大した事が無い。いや、比較対象が悪いのだろう。何時も連れていた"彼ら"と比べて質の良い護衛などそう用意できるものではない。なればこそ、どうして最良の護衛を連れて来なかった?
「久しぶりですね、戦友。今日は君だけですか?」
「ええ、お久しぶりです。……護衛も居るのに『君だけ』とは妙な事を言いますね」
私が『君だけ』と言った途端に明らかに機嫌が悪くなったのが分かる。私に対するものだけではない苛立ちが沸き上がってきている様だった。
「いつもであればあの二人も連れて来るでしょう。彼らもまた共に戦った仲間ですから」
名目は護衛であろうと、いつも四人で会っていたのだ。また本当に護衛を期待するのであっても彼らを選ばない理由などないはずだ。
「……あれらは処分しましたよ。レギュレーションが変わりましたからね。あれらに関しては裏向きにこそ相応のパフォーマンスが求められる時代ですよ、今は」
アズラエルは努めて取り繕われた無表情でそう言った。彼らに公的にどういう身分を与えているにしろ、国と共に作った戦闘用コーディネイターである事は見る者が見れば分かる事だろう。そして戦闘用コーディネイターを連れているというのは意図しないメッセージを発する事になりかねない。
しかし『処分』? 何かをした事にでもして解雇したとでも?
「レギュレーションが変わったと言ったでしょう。どういったモノが許容されるのかが変わって、相応に処理する事まで求められるんですよ。それなりの立場にあるのなら」
アズラエルは無表情のままそう言ったが、その手は震えていた。具体的にどう処分・処理したのかは言わなかったが、おそらく生きてはいないのだろう。
「しょうがないでしょう。今、僕達はコーディネイターと戦争してるんですから」
アズラエルの表情は変わらなかったが、その目は私を責めている様だった。
責められる謂れもある。私は今日までザフトとして地球連合との戦争を続けているのだから。
「……無理に感情を抑えるのは止めた方がいい。戦友を亡くしたという時にそんな無理をしても辛いばかりでしょう」
「戦友? あれらは道具ですよ。道具が友になる訳がない」
アズラエルは吐き捨てる様に言い放った。『そうでなければならない』と言う様に。
「どんな道具であれ共に戦場を生き延びればそれのみを理由として戦友になる事は何も不思議な事ではない。兵士の代わりに地雷を処理する機材ですら時に命を懸けてでも救い出すべき戦友となるのが戦場を共にするという事なのですから」
まして血と肉でできた似姿であるのならば、道具であるのだとしても。――あるいは同じ原因から生み出された同胞とも呼びうるのであれば。
「しょうがないでしょう、"あれら"は僕の利益に反する事をする様なものじゃあないんですから……!」
アズラエルの所有物である彼らがどこかへ逃げる事も、死なず、逃げず、ただ留まる事も、アズラエルの利益には反しただろう。
所有物を管理できない持ち主。レギュレーションに違反する持ち主。彼らが生きようとする事はアズラエルをそういう爪弾きにされるべき存在にしてしまうという事だ。
「……『嗚呼、アズラエル、どうして貴方はアズラエルなの』」
ロミオとジュリエットにおいて、ロミオが対立する家に生まれた存在であったと知ったジュリエットはその生まれを嘆き、ロミオは名と家を捨てジュリエットとの愛に生きると謳った。
「君の様に名を捨てればよかったと?」
しかしロミオもジュリエットも恋にのぼせ上がった子供に過ぎない。
「ふふ、私は何も負っていないから名を捨てられたのですよ、アズラエル。君は家も会社も負わない私とは違う。……それにロミオとジュリエットは結局、しがらみから逃れられず共に死ぬのですよ。君はそんなものが彼らの望みだったと?」
ロミオとジュリエットは物語であるから、その死には両家の対立を終わらせるという意義が与えられている。だがアズラエルと彼らが死んだとして、その程度でナチュラルとコーディネイターの対立が終わるだろうか?
「だったら、どうすればよかったと?」
「そんなもの、誰も知らないとも。例えばあの日、彼らに私を討たせ、君がプラントの復興を助けなければ戦争には至らなかったと? あるいは私が君を討ち、アズラエル家を糾弾していれば何かは変わったと?」
そうして変わったのだとして、それがより良い結果に繋がったとでも?
「……どれも魅力的な話ですね」
実現する事の無かった可能性、その断片――希望。
「けれど、君がするべきなのはその魅力的な"もしも"を探る事ではなく、このどうしようもない現実において何をするかだと私は考えるよ。彼らはそれを選び、君はまだ何を選ぶ事もできるのだから」
現実には存在していないからこそ、いくらでもより良い可能性へと浸る事ができる麻薬の様なものだ。そんなものに縋る程落ちぶれてはいないだろう?
普段とは打って変わった雰囲気の雑談から始まった会話は情報の流し合いと利益の模索へと目的が代わり、まずは認識のすり合わせをする事となった。
ユニウスセブンへの攻撃? 連合が『自爆した』と言っている以上の事なんて知りませんよ。ブルーコスモスの仕業かと聞かれたら少なくとも僕が関知する範囲での事ではありませんし、ブルーコスモス系の仕業かと聞かれたら『誰だってブルーコスモス系とこじつける事は出来る』としか言えませんよ。君こそ何か知ってるんで?
――私が知っているのはそれに付け加えて『パトリック・ザラはプラントの公式発表通り地球軍の仕業だと考えている』という事くらいだ。とはいえ最早どんな事実が判明したとしても意味などないのだが
それはどういう意味です?
――例えば『あの時にユニウスセブンを核攻撃したメビウスは人々を決定的に対立させるべく神が作りたもうた物であり、どこの何者でもない』などというのが事実だったとする。そんなものが事実だとして、誰が信じる? 何が変わる?
それが事実だとしても、精々それを主張した人が正気を疑われるくらいでしょうか
――ええ。何が事実だったとしても、それが信じられなかったのならその事実は影響力を持ちえない。そして人々はそれが不都合である限りは信じる事はない。
――連合では『プラント側の自爆作戦』と、プラントで『連合の正規の作戦行動』と信じる事で己を正当化する事はあっても、その逆に自身らが不当な行為を行ったのだなどとする不確かな新事実が発見されたとしてもそれはよほどの事がなければ影響力を持てるはずもない。……ちなみに君個人としてユニウスセブンの件はどうお思いで?
まず最初に言っておくとユニウス市の改装そのものが『何をやっているのか』って思ってます。馬鹿みたいに高い金掛けて作って、馬鹿みたいに高い金掛けて維持してるプラントで余所で作っても大して変わらない食べ物なんて作っても『馬鹿みたいに高い普通の食べ物』にしかならないじゃないですか。そりゃあ安全保障云々ってのはあるでしょうけど、その為に戦争起こして自分から安全を脅かすんじゃ本末転倒ってヤツでしょ?
でも『ユニウス市を壊そう』なんてのも論外ですよ。理由はさっき言ったのと大して変わりません。何が悲しくて馬鹿みたいに高い金掛けて作ったプラントを高い金掛けて作った兵器使って壊すんです? ただの馬鹿じゃないですか、わざわざ高い金掛けてもっと馬鹿高い金を捨てるなんて。
Nジャマーの散布は元々低かったとはいえ信用を更に地に落とす様な最低の出来事ですよ。電波障害だのエネルギー危機だのというのはもちろんですが、『同盟国に対してですら不意を打って後戻りできない様に致命的な悪影響を与えた』なんて相手、仲良くするどころか停戦すらリスクが高いと思いません?
――信用問題か。私もその集団の一人として信用を無くしてしまったかな?
疑いの気持ちが全く無いとまで言えば流石に嘘になりますけどね、僕がここに居る事が答えですよ。
――『裏切られて死ぬというのなら、それはもうしょうがない』と諦めている、などというのが答えの可能性もあるのでは?
それは君の遊び癖の方でしょう。クルーゼ、僕はそんな風に遊びませんよ。
――ふふふ、残念な事に例え君に裏切られたとしてもこの場で直接的に何かされる分にはどうにでもできてしまうのですよ。『死ぬというのなら』などと思いつめる程の事ではない。
それが残念だというのなら、『裏切られたのなら諦めて死ぬ』くらいの事を言ってくれてもいいんですよ?
……君はそうして欲しいと?
――さて、Nジャマーの件もあってブルーコスモスはだいぶ力を伸ばした様だが、君としてはどう感じている?
ブルーコスモス"は"力を伸ばしましたけどね、それはつまり
――それでもスポークスマンに選ばれるくらいには口は回るのだろう?
ただのお情けじゃあないといいんですけどね、僕が好き勝手にブルーコスモスとは違う意見を言おうものならすぐにでも首のすげ替えだと思いますよ。少々能力に差があるにしても、ちゃんと役割を果たせないなら意味がないでしょ? ……力を伸ばしたといえば、君だってネビュラ勲章なんて貰って白服として部隊を率いるっていうじゃないですか。ザフトだと隊長の名前から取って『クルーゼ隊』でいいんでしたっけ?
――ええ。我がクルーゼ隊は実に豪華な部隊ですよ。
――パイロットの有名どころとしてはこの私と黄昏の魔弾ことミゲル・アイマン。今期卒業して入ったパイロットが"赤"だけでも
最高評議会議員のジェレミー・マクスウェルの母方に引き取られた息子『ラスティ・マッケンジー』
最高評議会議員のタッド・エルスマンの息子『ディアッカ・エルスマン』
国防委員会のユーリ・アマルフィの息子『ニコル・アマルフィ』
最高評議会議員にして国防委員長のエザリア・ジュールの息子『イザーク・ジュール』
そしてあのパトリック・ザラの息子『アスラン・ザラ』
へぇ、引率にエースを付けた、お偉いさんの子供ばかりの"赤"揃いの部隊……揃いも揃ってお偉いさんの子供ばかりが"赤"だなんて、親の七光りってヤツですか?
――ザフトは実力主義ですよ。尤も、プラントにおいて実力主義と親の七光りは殆ど同じものの事を指す言葉ですが。
完全に怠けていたというのならともかく、それなりに努力した者同士ならより高い才能を持つ方がより高い実力を持つのが必然。
そしてプラントとはコーディネイターの国。親が金を持っているなら子を作る時により高い才能を買えばいい。親が高い立場にあるのも親の親が高い金を出して才能を買ったから。
コーディネイターとして生まれれば、その能力は子供にも遺伝する。
しかし自分が高い金を掛けて遺伝子操作を受けさせて貰った事で高い能力を得たのだから、それで得たより多くの金を注ぎ込んで更に高い能力を求める事をどうして否定できる?
更に言うのなら、そもそも『努力をする』とは?
病弱な人間が大病を患いながらなんとか歩けるようになれるかどうかという時に普通の人間が当然の事として走れたとして、どちらがより早く走る為の努力を多く積み上げられる?
より高い金を掛けて得たより強い身体を持つからこそより多くの努力に堪える事ができる。あるいは努力以前の些事に時間を取られずに済む。
より高い能力を得るのに必要なだけの努力を積み上げられる事すらも才能があって初めてできる事だとは?
あるいは才能の差を努力で覆せるとして、他人以上の努力の為に何をどれだけ捨てればいい?
才能のある誰かが人としての幸せをも掴む中、才能の不足を補う為に求めた能力の為だけにそれ以外の全てを削ぎ落とせば追いつけたと?
それで追いつけたとして、それ以外を捨てたというのに次へ継げるとでも?
――実力主義故に遺伝子レベルで階級が固定化されて行くのがプラントというコーディネイターの国の本質ですよ。
……コーディネイターの理想郷とやらも、結局ナチュラルの野蛮な国々と大差はない、と。
――表向きに一丸となるだけでも共通の敵が存在しなければならない、という所までそっくりですよ。所詮はどちらも人類でしかないのだから。
認識のすり合わせがひとまず終わり、アズラエルは考え込んでからまた口を開いた。
「クルーゼ。部隊長としての君と君の率いるひよっこの"赤"達に箔を付ける機会、欲しくありませんか?」
「L3のヘリオポリスでオーブと連合が手を組んで新兵器を開発しています。開発してるのは僕とは仲の悪い人達なので彼らには消えてもらいつつ、その成果は僕と君とで利用してしまいましょう」
アズラエルはどこか楽し気に悪童の笑みを浮かべながら己の所属する国を後ろから撃つ様な提案をしてきた。
「襲撃して、新兵器のデータを君へと流せと?」
「流石の君でも確実に手に入れられるとまでは思っていませんし手に入れる事が出来たとしてもそれが僕の所まで届く保証もないでしょうから、別のルートでもデータを得る手段は用意していますよ」
「もちろん君からもデータを流してもらえればその方がいいですけど、僕としては『ヘリオポリスに居る連合を叩く』のをやってもらえればそれだけで最低限の目的は果たせます」
私が失敗しても問題にならないという事は、私が裏切ってデータを渡さなかったとしても問題にならないという事でもある。
自身の策略が簡単に躓かない様にしているだけなのか。裏切りを警戒されていると思うべきなのか。彼に不信の程を聞いた私自身も彼へ一抹の不信を抱いてしまっているらしい。
「それで、そんな方法を使ってでも入手したいと思う様な新兵器とはどんな兵器なので?」
「モビルスーツですよ。新開発のとっても硬い装甲を持ち、それすら簡単にぶち抜ける極めて高い出力を持ったビーム兵器をとても小さく仕上げた物を持たせたモビルスーツです」
「ナチュラルが運用できる様にする為のOSの完成はまだ遥か先でしょうけど、機体そのものは君が急いで襲撃をしたとしてもだいたい完成してるでしょうね」
「モビルスーツ、それもナチュラル用?」
ザフトで制式化された量産モビルスーツ、ジン。人型でコーディネイターが運用するのに最適化された入出力系を持つとはいえ構成する要素はどれもありきたりな技術で作られており、鹵獲した機体を元にコピーするだけであるのなら旧理事国3ヶ国やオーブなどの先進国であれば容易な代物だ。
しかしそんなジンやそのコピー兵器の類が連合においては殆ど運用されていないのは偏にモビルスーツのパイロットに求められる水準が高すぎる事と、それこそがモビルスーツを強力な兵器足らしめているからだ。
能力水準が低くならざるを得ないナチュラルが運用する事を前提としたモビルスーツというのは、他のどの要素よりもよほど挑戦的な目標と言ってもいい。
「モビルスーツの強みはコーディネイターの強みを押し付ける事かもしれませんけど、それ以外でも色々と強みはあるみたいですからね。好きなだけ時間を掛けていいんなら最初からモビルスーツの強みを抽出してモビルアーマーに還元した物を作ればいいでしょうけど、モビルスーツの強みも弱みもナチュラルが運用する場合の注意点も実際に使ってみなきゃ分からない所は多いでしょ?」
「それに、コーディネイターにとって宗教的な価値があるモビルスーツをナチュラルが使うという事そのものも意味があると思いますよ」
最後の一つ以外の理由は理解できるものだ。
使ってもみないで長所と短所を見出すのは難しいだろうし、有限の時間でやりくりしなければならないという時に既に一定の完成が得られているのが分かっているデザインをわざわざ改める事から始めるのも兵に卑しまれる遅巧の愚というものだ。しかし……
「モビルスーツに宗教的な価値がある、とは?」
私はモビルスーツという兵器を宗教的な観点から考えた事は無かった。いや、そも宗教というものが廃れて久しいこの末法の世においてそんな観点を持ち出す機会などそうあるものでもないだろう。
「ジョージ・グレンと同じ方法で遺伝子操作を受け、ジョージ・グレンの後に続くと称する生き物が、ジョージ・グレンが作って使った動力付き宇宙服の名前を冠した兵器を使う。これってもう宗教でしょ?」
「だからジョージ・グレンと違って遺伝子操作なんて受けてもなければ後に続く気もないナチュラルがモビルスーツを使うのって、とても冒涜的に見えるんじゃないかと思うんですけど、君としてはどう思います?」
コーディネイターにとって自身らの祖であり、その有用性を世に知らしめたジョージ・グレンとは死んでなお、否、死んだからこそ都合の良い存在として民族の象徴としての神となりつつあり、プラントは
すなわちプラントとはジョージ・グレンという無数の実績を持つ神を信仰する素朴な宗教国家であり、そんな宗教国家に対して神の御業と民族の優越性を嘲り笑う術として同じ道具で立ち向かったらどうなるのか……面白い着眼点だ。
「ふむ……『無知蒙昧で無能なナチュラルに不当な差別を受けた
「ザフトの戦意を挫き切れなかったとしても、地球軍の戦意は上がるんじゃないですか? 一応有利になる要素を積み上げるのにはそれなりに有効じゃないかと思ってるんですけど」
Nジャマーの投下というザフトの有利になるはずの要素はむしろ地球連合の戦意を煽る結果に終わっているのだ。有利になる要素を積み上げ・戦意を挫くどころか、戦意を煽るだけに終わる可能性もあるだろう。しかしどう転ぶかも定かではないのだ。
ジョージ・グレンの告白と
私は曖昧な笑みを浮かべるだけに留め、アズラエルの判断に口出しをしない事にした。
「この戦争、どうすれば終わると思います?」
アズラエルがふと漏らした戦争の落としどころへの質問、あるいは漏れ出てしまった疑問の言葉だ。
「何かの拍子に人類全てが汎人類愛にでも目覚めてくれでもすれば終わる、などというのは?」
私はその疑問へと半ばふざけて、まずありえない想定をぶつけてみた。
「それは悪夢みたいな想定ですね。そんなあっさりと終わる程度の事の為に今まで何人死んだんです?」
アズラエルはそんな事で終わってしまう事こそを悪夢と言った。
『そんな事で終わらせられるのなら、どうしてこれまで人が何人も死ななければならなかったのか』
嗚呼しかし、それではいつまで人が死に続けなければならない?
「では、落としどころはどこにあると?」
「戦争もある種のビジネスなんですから、続ける事が収支に見合わなくなるまででは?」
アズラエルはビジネスマンとしての観点で戦争に見切りをつける時が来ると返した。面白い主張だ。戦争をあっさりと終わらせられる事を悪夢と呼んだその口で話す内容だろうか。
「収支を額面で見る事ができるのなら可能かもしれないが、それこそ額面で見る事の叶わない感情の収支に見合わなくなる日が来ると?」
「人の感情だけじゃ兵器だって作れなければ、宇宙にも上がれないでしょ? 能率には影響するでしょうけど、不可能は可能にならないんですよ」
感情など現実の前には屈するというのなら、なぜ今も戦争は続いている?
プラントの悉くが攻撃に脆弱であるという事が露呈してなお戦争を続けられる?
エネルギーを大きく制限され季節に人を殺されてなお戦争を続けられる?
感情だけで戦争はできないかもしれないが、それでも数多の障害を跳ね除けるだけの無理を押し通して戦争を続けさせる原動力は感情なのだ。
「不可能を可能に、かのエンディミオンの鷹の口癖だったか」
「君を手こずらせてるんだからそりゃあ強いんでしょうけど、不可能は不可能でしょう?」
「奴の言う不可能とは『常識や恥などで縛られた人間にはできない』という事だ。仕事としてなら君とも仲良くやれるだろうさ」
奴が不可能を可能とするのはまた別の理由かもしれないが、強い感情は常識や恥を捨てさせる理由ともなるものだ。不可能を可能とできるのはそういう人間の方が多いだろう。
数の不利を覆す為により若い世代を兵力・労働力として投じる事を自身らの優位性の証明へとすり替え、そうして戦場へと出した子供達すら数の差にすり潰されて失い、失ったからこそ戦争を続ける。
敵に奪われるくらいならば、と施設を破壊するのに敵どころか味方を巻き込む事すら厭わず、口を封じる事が出来なかったそれを英雄に祭り上げて戦争を続ける。
一つの兵器による互いの必滅に確信を持たせるまでもなく、既にその無数の傷は致命のものとなっているのにだ。
あるいは植物に例えて『栄養を吸い上げる根が減ったなら栄養を必要とする枝葉も落としてしまえ』と?
「へぇ、君にそんな事を言わせる辺りエンディミオンの鷹はさぞ良い性格してるんでしょうねえ」
「サイクロプスで奴と私以外は粗方吹き飛ばされて証拠も何も残ってはいないが、奴も後ろ指を指される様な事でもなんでもやったのだろうね。私が認識している範囲だけでも本当に酷い戦場だったよ。とはいえ命じられた時間を稼いだだけなのだろう、あれは」
「一応エースパイロットって話ですけど、案外泥臭い戦いしてるんですね。エンディミオンの鷹、ムウ・ラ・フラガは」
「もちろんエースパイロットではあるさ。私程ではないが、私にとどめを刺させないくらいには強い。奴の厄介な所はその技量が全てではないという所にあるのだがね」
「妙に楽しそうに話しますね。君がそういう遊びが好きなのは知っていますが、僕としては君に遊びで死なれても困るんですけどねえ」
「私が奴に殺されたというのなら、それは遊びなどではなくそういう運命だったのだろうさ。そういう関係の相手だ。……しかし、収支で戦争が終わるというのならそれに越したことはないのだがね」
「まあ戦争が終わらないならそれはそれで人類が滅んでないって事ですから『人類が全員居なくなったので平和になりました』より収支的にはマシな状態だと思いますよ」
アズラエルは「どの道大赤字ですけどね」と付け足して空虚に笑い飛ばした。
アズラエル、奴は自分はあくまでブルーコスモスのスポークスマンとして活動するしかないのだと主張していた。
しかしそのスポークスマンとしての仮面はその顔へと癒着しているのではないか?
いやスポークスマンとしての仮面などというものなどなく、スポークスマンとして振る舞う前からもうその顔はブルーコスモスのそれへと変じていたのでは?
これはただの邪推、私が不信に陥っているだけだと思いたいのだがね。
私の勘はアズラエルという男が最早ただのブルーコスモスと化していると告げている。
『奴はプラントやザフトと共に天を仰ぐ事など考える事のできない、落としどころを失った者と化している』と。そう声高に叫んでいるのだ。
それでも、彼は私の友として振る舞おうとしていたのだろうか――コーディネイターを許す事はできずとも、私の事は許したいと?
私はそれを嘆くべきだろうか、嘲るべきだろうか。
どうして私に向ける事のできるそれを、他の誰に向ける事もできないのか、と。
どうしてそんな区分けでものを見ようとして、しかし私だけを特別扱いしようとするのか、と。
そして、どうしてそう考える程に私の口は吊り上がってしまうのだろうか。こんな事こそが面白いと?
嗚呼、面白いとも。どうしようもなく面白いのだろうさ。これ程までに途方もない娯楽など、どこにもないのだから。
……だがね、仮面を着けた私の目元は誰にも見えはしないのだ。私自身にさえも。
◇
……"あれら"は気の利いた事として「付き合いが終わりになって清々する」なんて言うんですから、教育は足りてなかったかもしれませんね。
――それだけだったのかい?
……クルーゼ、君は地獄ってあると思います?
――? 『この世界こそが地獄である』と定義する事もできると思うが。
そういう事ではなく、地獄という場所、比喩以外でそう呼ばれるべき何かが存在していると思いますか?
――宗教的な概念として謳われてはいても、実在を確認した人間が居たという覚えはないね。
実在していればいいんですけどね。彼らとはそこでまた会う約束ですから。……そんなにおかしいですか?
――いやなに、彼も覚えていたのだな、と。
何をですか。
――『地獄で会おうぜ』。あの日パワードスーツに乗った傭兵が最期に口にした言葉をですよ。