望まれて生まれた。望まず生まれた。   作:杉鋸

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05_戦争犯罪人 #2

 クルーゼ隊長がどこからか連れて来た若い女、フレイ・アルスター。

 ヴェサリウス艦内では――これまで浮いた話一つ聞かなかったのに――ついに相手を決めて連れ込んだだの愛人だのと浮ついた噂話ばかりが広まって、本当の事を誰も知らないという怪しい女だ。

 一応は一般隊員として雑用をやってはいるが『隊長がわざわざ連れて来たとは思えない』などと陰口を叩かれていたり、あんな噂話が流れる程度の仕事ぶりらしい。

 

 そんな悪い意味で気になっていた女を見かけたからついに問いただしてやる事にした。

 

「おい、女! フレイ・アルスター!」

「な、なんですか……!」

 

 いつも怯えていれば能力も発揮できないだろうが、クルーゼ隊のヴェサリウスでクルーゼ隊長のお気に入り――度々部屋へと呼ばれているのが目撃されている――が何を怖がる?

 

「いつも何に対して怯えている! ここはクルーゼ隊のヴェサリウスで、俺達はクルーゼ隊だ! そしてお前はクルーゼ隊に入る事になったザフトだろう!」

 

 『ザフトだろう』と言った時に彼女の怯えは強まった様に思えた。自分がザフトである事に自信を持っていない?

 

「隊長がどうしてお前を入れたのかは知らないが、制服を与えられているのだからお前もザフトだ。ザフトへと入った方法が他と違うとしても隊長が隊員と認めているのだから胸を張れ、フレイ・アルスター!」

「あんた励まして……? は、励ますのにそんな言い方する!?」

 

 困惑の表情を浮かべたかと思えば、言い方が気に入らないらしく怒り出す。

 

「ちょっとはマシな表情もできるじゃないか、ウジウジとするくらいならいっそその意気で他の連中にも食って掛かれ!」

 

 自分の立場に怯えていたと分かり、ついでに発破をかけてやってすっきりして俺は立ち去った。

 

 

 ……俺に『ザフトだろう』と言われて怯えるのも当然だ。あの女は隊長曰くに『捕虜』だというんだから、ザフトの艦内でザフトに混じって居る事に恐怖の感情の一つも持ってない方がおかしい。おかしいのはそんな女にザフトの制服を用意して艦内で自由にさせていた隊長の方だ。

 あるいはそういう名目を与えた特殊工作員の類だったのかもしれないが、それなら送り込むのに捕虜として救命ポッドに乗せて宇宙に放り出すなんて不確実な方法を取った事がおかしくなる。

 

 愛艦としていたヴェサリウスの喪失にすら動揺一つ見せない隊長はその仮面の下で何を考えていたのか。俺には結局分からないままだった。

 

 

 

 アスラン・ザラの幼馴染にして我々を撃退し続けたストライクのパイロット、キラ・ヤマト。

 年頃と名前から因縁を感じない訳ではなかったが、その正体が何者であるのかを明確に知ったのはその名を知ってからもっとずっと後の話だ。

 

 アズラエルから寄越された資料に母と記されていたのはカリダ・ヤマト。

 最高のコーディネイター、キラ・ヒビキの母親である――と言っても遺伝子的繋がりがどれほど残っているかも定かでは無ければ、その子宮で育てた訳でもないが――ヴィア・ヒビキの妹だという。

 

 

 GAT-X群のOSはよく言ってもザフトのモビルスーツのOSに枷を嵌めた様なOSをしていた。

 ザフトのモビルスーツが持つOSは複雑かつ繊細な操作によってコーディネイターとモビルスーツの性能を活かす為のOSなのだから、一般にコーディネイターの様に高い能力を持っていないナチュラルが動かせる様にするにはそうするしかなかったという理屈は理解できる。

 だがキラ・ヤマトはそれを使って我々を撃退している。

 

 キラという少年はGAT-Xを開発していたヘリオポリスの学生で、プログラムを得意としていたというのだ。知ってか知らずかOSの開発に深く関与していたのだろう。

 いかにコーディネイターと言えど兵士にその場でOSを何とかする方法を教えてはいないが、コーディネイターのプログラマーが勝手知ったるOSにその場で手を加えるのであればまだありえない話ではない。

 ありえないのは少々機体性能が良かろうと素人が精々我々と大差ない性能のOSのモビルスーツを使って我々を撃退したという事だ。

 

 GAT-Xの全てがフェイズシフト装甲というとても硬い装甲を持っていようと、対要塞用で取り回しに劣るとはいえジンとてそれを貫けるビーム兵器を使用したのだ。

 それ以前に装甲が硬かろうと、人が人に対してそうする様にモビルスーツがモビルスーツを取り押さえる事とて不可能ではない。

 推進器を用いて飛び回るにしろ機体そのものを動かすにしろ有限のエネルギーを消費しなければならない以上、ナイフ程度しか持っていなかった最初の戦いで無力化出来なかった事からしておかしかったと言ってもいい。

 ましてアークエンジェルとメビウス・ゼロ(ムウ・ラ・フラガ)の支援、こちらの不和による連携の破綻があったとして、その程度でヴェサリウスと私と他のGAT-X4機をストライク1機で撃退し続ける?

 幸運が手助けしたとして、どれ程の幸運があれば実現できる事だろうか。奇跡という言葉すら生易しい事だ。

 

 モビルスーツの強さとは何か。ザフトがモビルスーツという兵器に求めたのはコーディネイターの持つ高い能力を鋼の巨人へと拡大する事だ。

 だからモビルスーツという兵器はコーディネイターが自在に扱う事でナチュラルとは比べ物にならない能力を発揮する一方で、コーディネイターの様な高い能力を持たなければ扱えたものではない代物として完成した。

 

 パイロットの能力の差が決定的な差となる兵器。それこそがザフトという圧倒的少数の軍隊が地球連合という圧倒的多数へと勝利する為の兵器だという思想によって作られたそれを、一体誰が使っていたのか。

 戦闘の素人ではあってもモビルスーツによって拡大される事となる能力そのものが尋常ではなく高いのであればどうだろうか。経験と知識と数の不利をも覆し得るだけの戦闘能力を発揮しうる程にだ。

 そう、『最も高い能力を与えられたコーディネイターが使っていた』。それこそが最もそれらしい説明になるとは思わないか?

 

 

 

 しかしストライクのパイロットはコーディネイターであった事もアスランの幼馴染であった事も秘されたままコーディネイターの自由と正義の礎として死に、アスランに与えられる勲章の材料になったのだ。

 それが最高のコーディネイターであろうと、そうではなかろうと、今となっては意味など無いだろう。そう考えていたのだ。

 

 キラ・ヤマトは生きていた。

 アスランの幼馴染であり、私が作られた理由の半分でもあろう少年は生きていたのだ。

 

 ザフトが知れば『コーディネイターである事を裏切った』と、ブルーコスモスが知れば『最も不自然なコーディネイター』と。どちらからも糾弾され命を狙われるであろう憐れな少年だ。

 誰も彼がどんな気持ちで戦ってきたのかなんて知ろうとも思わないのだろう。

 何よりもどう生まれたのかがものを言う世界なのだから。

 

 そして私も、そんな世界の一員なのだ。

 私が彼に興味を抱き続ける理由は、彼の為人ではなく私と彼の生まれそのものが持つ因縁なのだから。

 

 

 

 兵士とは武器を扱う技術のみを持つものではない。殺傷に対する心構えをも持つものなのだ。

 だがあくまで民間人であった彼がそんなものを持ち合わせているはずもない。

 

 幼馴染と殺し合い、単なる敵であろうとも実際に殺傷し、しかし仲間も民間人も守れない。周囲に居るのも艦に対してあまりに少ない人数のクルーが慣れない役職を担当し、素人を何とか働かせて艦を動かす無理を通すので精一杯の大人達だ。

 とりあえずは戦えているキラ君へと掛かる負担にまで気を回せる余裕などなかったのだろう。それとも気を回した事でついに「もう戦えない」などと吐き出されない様に見捨てていたのだろうか? 彼の心へと関心を見せたのは一人の少女だけだった。

 

 フレイ・アルスター。唯一の肉親である父が、彼が我々から守り切れなかったものの一つとなった少女。その復讐の手段とできるのはその生命と身体くらいしか持ち合わせてはいない、至極普通の少女だ。

 自身が志願兵となる事でヘリオポリスの年若い避難民を同時に志願兵へと向かわせキラをもそれに巻き込むという賭けに勝ち、言葉と身体で彼を戦いへと駆り立てる。しかしその行為が無ければキラという民間人だった少年は戦いに耐える事はできなかっただろう。

 

 いや、ただの敵であるなどとレッテルを貼る事の出来ない相手を殺し、守りたかった人々を殺され続ける事にどうして耐えられる? それも自身がコーディネイターである事を敵視する人々の中でだ。

 機能として強い生き物である事を求められ、しかし自分の弱さを曝け出す相手を求めた少年には受け止めてくれる存在が必要だったのだ。その行為にどんな意図が隠されていたとしても。

 

 私が誰よりも嫌う、私自身。その関係者であるかと思われた少女はその実、私達とは関係が無く――あるいは家系図をひっくり返せば血縁くらいはあるのかもれしないが。しかし私達とどうしようもなく縁深い、キラ・ヤマトの関係者だったのだ。彼について他の誰からも聞く事は出来なかったであろう事を彼女はよく話してくれた。

 

 可哀想なキラ、独りぼっちのキラ、すぐに泣くキラ。

 最高のコーディネイターとして望まれるままの全てを望まれた通りに与えられ、望まれたままに生まれ落ちたところでそんなもので人は幸せになどなれはしない。

 望まれたままにナチュラルとして生まれたムルタ・アズラエルという男が望まれた通りナチュラルとして生まれた事で幸せから遠ざかったのと何が違う?

 

 だからといって誰かに望まれた通りに生まれる事だけが不幸を呼ぶという訳ではない。

 

 私は、私の秘密を今明かそう。

 私は人の自然そのままに、ナチュラルに生まれた者ではない。受精卵の段階で人為的な遺伝子操作を受けて生まれた者。

 しかし両親のどちらとも別の配列となった遺伝子を持つコーディネイターとして生まれた者でもない。

 ある男に望まれたまま遺伝子を同じくして生まれ、しかし望まれた通りには生まれられなかった者。

 

 望まれて生まれ、望まれた通りには生まれられなかった私とて幸せではないのだ。

 

 望まず生まれ、希望を探し求め、それに手が届く事のないままに争いと苦しみの中で死んでいく。

 望まずに生まれた事でありもしない希望を求め苦しむ事を不幸と呼ぶのなら、どんな生まれ方であろうとも生まれる事そのものが不幸を作り出しているのだろう。

 

 どちらかの人種が滅べば戦争は終わり、その後に続くのは幸福に満ちた世界? ナチュラルとコーディネイターとは別の違いを見つけて、また争いを続けるだけだろう。

 遺伝子操作の有無を指す様になる以前の、肌の色や体型の違いを指していた頃の人種の違いでも人は人と争うのにそれを持ち出していたのだから。

 

 

 コーディネイター。それは本来遺伝子を調整された人間の事を指す言葉ではない。

 本来は人類と未来――新人類や宇宙生物、未知――の架け橋としてそれらの関係を調整しようとする意思を持つ者達の事を指す言葉だ。

 最初にコーディネイターと名乗った男が遺伝子操作された人間であったという事は、本来コーディネイターであるという事とは無関係だったのだ。

 

 しかしこの世界はその男が何を望んで生きたのかではなく、どう生まれ、どれだけの能力を与えられたのかばかりを見つめている。

 ファーストコーディネイター、ジョージ・グレン。なんとも愚かで、なんとも憐れな男だ。

 ナチュラルと呼ばれる古くからそうあるままの旧人類とコーディネイターを名乗る遺伝子調整された新人類、それらの架け橋として関係を調整するのであれば、世界はどう調整されるのが良いと思うのだろうか、彼は。

 

 父を奪ったコーディネイターへの憎しみと、コーディネイターであるキラ・ヤマトへの愛を持つ少女、フレイ・アルスター。彼女は何を選ぶ?

 封じられた核を解き放つ技術、Nジャマーキャンセラー。誰に届き、何に使う?

 この二つを鍵として開く扉はどこへと続く?

 

 

 この戦争は流された血を理由に更なる血を求め続け、きっとどちらかの人種が滅ぶまで終わりはしないのだろう。

 だから私はどちらかだけの滅びなどという中途半端な結末ではなく、全ての人類が滅ぶ所まで行く事に賭けようと思う。

 人が望んだ結末が自ら等の滅びであるというのなら、そうして生まれるのはきっとこれ以上の苦しみが生まれる事のない、今までで最も誰もが幸福に近づけた世界なのだろうから。

 

 しかし彼らがNジャマーキャンセラーで――ザフトは既にそれを地球をも滅ぼせる大量破壊兵器へと利用しようとしているのだから――愚かにも民需を満たす為の平和利用ばかりを考えるというのならば、私も愚者になろう。

 コーディネイターだけの世界の新たなる創世が成ったのならば、その世界に私の居場所などないのだから。

 それにどうせ先も長くはないのだ。そんな命で世界を買えるというのならば、それは買い時というものだとは思わないかね?

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとの再びの戦闘に入った直後クルーゼが捕虜を解放すると一方的に通告し、その"捕虜"を救命ポッドへ詰めて放出しました。

 僕とクルーゼは繋がっているとはいえ今回居合わせたのは本当に偶然でしかないですし、何よりもこの「捕虜の解放」はクルーゼの遊びでしょう?

 クルーゼの遊び――ある種の運試し、願掛け?――は端的に言えばどう転んでも不思議ではないものを適当な誰かへと投げ渡してどう扱うかを眺めるもので、遊ぶ時の彼は何をしたっておかしくはないんですよ。

 救命ポッドの中身が地球軍としては回収するべき本物の捕虜でも艦内に受け入れるべきではない工作員の類でもどちらでも不思議な事ではないし、何なら例え僕が相手だと分かっていてもやる時にはやるでしょうよ。

 

 救命ポッドから発せられる通信――フレイなる女によるもの――に、艦長さんはそれが知り合いだと言う。それが彼女の知り合いで捕虜だとして、それで罠である可能性が消える訳ではありません。

 そしてフレイは『戦争を終わらせる鍵』なる物を持っているのだと言い放つ。そんな簡単に戦争が終わるはずもないのに、何を鍵だと言うのでしょうね。「小娘の妄言」と切って捨てるのは簡単ですけど、彼女が居たのはそういう鍵を渡してもおかしくはない人物の船です。

 ……欲をかいて死ぬというのならそれはもうしょうがないですけど、リスクを呑まずにチャンスを捨てるのはもったいないですからね。

 

 

 

 クルーゼが投げ、僕の手に渡った戦争を終わらせる鍵。核の封印を解き放つ、Nジャマーキャンセラー。

 それを理解した時には喜びが全身に迸りました。『これは勝利の鍵だ。今日という日に僕が手にできる最大の力だ』と。

 でもそれも最初だけでしたよ。もしNジャマーキャンセラーを僕が、あるいは連合が自力で開発したのなら、講和し、原発を復活させ、回復した国力で確実にプラントに勝てる状態を作れる様になるのを待てば良かったでしょう。

 

 『鍵』と共に渡されたデータによればザフトは既に核動力のモビルスーツ――オーブで邪魔をした例のモビルスーツ――として実用化している様です。その程度なら問題ではありません。

 ですが時間が経てばザフトはどんな兵器を用意するでしょう? かつては核を封じました。今度は核を復活させました。だったら次はどう世界を変える兵器を作り出すでしょうか。

 プラントの資源は戦争開始時よりも増えたかもしれませんが、連合の様に核ミサイルを量産する事はできないのは変わっていないでしょう。核動力のモビルスーツを増やすだけ? 少数だろうと核ミサイルを作って連合の主要な国家の中枢でも吹き飛ばします? 原発を復活させたのを見計らって、原発を核爆発させる更なる新兵器でも出します?

 いずれにしろザフトはNジャマーキャンセラーかその発展先を連合を滅ぼす為に使うでしょう。滅ぼされまいと降っても、滅びるまでが伸びるだけじゃあないですか。だったらザフトを、プラントを滅ぼす他にない。僕達が先に滅ぼしてしまう事で、僕達を滅ぼす事ができない様にする以外の選択肢がどこにあるんです?

 

 

 ……全てが終わった時にクルーゼと僕が生きているのなら、そしてクルーゼがザフトに未練を残さないのなら、僕が彼に新しい名を与えてもいい。ザフトのラウ・ル・クルーゼには死んでもらわなければなりませんが、ザフトではない何某にまで死んでもらう理由はないのですから。

 でもそう扱うのは彼だけですよ。彼は友情に応えてくれていますが、他のザフトはこれまでに何をしてきました?

 

 僕は商人です。商人は利益を最大化する存在で、不利益の可能性ばかりを生むプラント・ザフトの存在を許容できない存在です。

 埋没費用に目を眩ませず、今度こそ。"あれら"ですらもう許されないのが今のルールなんですから、あの化け物共は処分してしまうべきに決まってるじゃあないですか。

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