薬の離脱症状で苦しむブーステッドマン達の前に、彼らの運用のオブザーバーとしてこの船に乗っているアズラエルが来て一方的に話していた事があった。
学者先生達の理屈じゃあ君達を扱うには薬の量の調整だけでいいって言うのかもしれないですけどね、僕としてはもうちょっと飴を渡してもいいと思ってましてね。
ねえ、君達はどうしてこんな苦しい思いをしてるんだと思います? 薬が貰えないから苦しい? 薬を貰えないのは成果を挙げられなかったからで、『所有者が加虐趣味』なんてのも付け加えておきます?
僕に言わせればちょっと違いますね。君達が苦しい思いをしているのは君達が道具だからです。道具だから言う事を聞かせる為に好き放題されてるんですよ。
大なり小なりご機嫌伺いしなきゃ困った事になる人間じゃあなくて、薬を制限されたら手も足も出なくなる肉でできた道具、生体CPUだからです。
苦しいのは嫌ですよねえ、『こんな事終わりにしたい』って思いません? 『嗚呼、いっそ死んで楽になりたい』? そんなの寂しいと思いません?
薬が無くても平気な体にする都合のいい技術なんてないですからね、君達は死ぬまでブーステッドマンとして薬を求めなきゃあいけません。だから君達が苦しみから逃れるのに必要なのは成果です。ああ、『僕の機嫌を取れば薬の量を増やしてもらえる』とかじゃあないですよ?
ブーステッドマンという存在が地球軍の内々に留まる様な代物じゃあなくなるくらいに活躍すれば、君達が求めてる薬も他の所から手に入れられる様になるかもしれないって話です。
僕は誠実なビジネスマンですからね、嘘は言えないんですよ。でも、だからこそ君達が能力を発揮して相応の成果を上げているのなら、その能力はちゃんと宣伝します。『ブーステッドマンの持つ能力はコーディネイターをも上回るもので、コストを払うだけの価値がある』って。
それでブーステッドマンの運用が広まったなら、君達は好きな所属を――まあブーステッドマンを運用している様な連中の中からですが、選べる様になるでしょう。
社会で一般的なものにまでなったなら、どこに所属しなくても適当な薬局で必要な薬を買える様になるかもしれません。
『もう疲れたから何もしたくない』とここで産業廃棄物として腐っていくんでも僕は構いませんけどね、君達だってこんな風に好き勝手されるだけの道具のままで居たいなんて思わないでしょ? 好きなものを好き放題に選べる人間に戻りたいって思いません?
君達が活躍してくれれば僕はブーステッドマンを広めて儲けられるかもしれません。そしてブーステッドマンが広まれば君達は人間に戻れるかもしれません。こんなにも辛い思いをしてるんだから、その分の対価は欲しいでしょう?
当座は本当に何も無しってのも酷い話ですからね、君達が欲しい物はある程度の範囲でなら用意しますよ。
それと、君達にはわざわざ言うまでもない事かもしれませんが、仕事は楽しんでやる方がいいんですよ。鬱々としながら仕事するより、楽しい事としてやる方が成果は出やすいんです。
時間制限付きとはいえ戦場での君達は上から数えた方がいい強い生き物なんですから、強い生き物な事を満喫しなきゃ損ですよ。それができるのは君達の特権じゃないですか。
自分の強さを楽しんで、夢や希望に向かって行けるから君達はハッピー。君達が活躍すればビジネスチャンスに繋がって僕もハッピー。損をするのはザフトだけ。宇宙の化け物以外は困らない。
プラントが消えたら活躍の場が無くならないか心配ですか?
安心していいですよ。人は人と争う生き物ですからね、プラントが消えた後も君達には沢山活躍してもらう事になりますよ。
倫理に欠けた現実を当然としつつ、それでも甘く語られる血なまぐささの付き纏う希望。
悪魔の名を冠せられた"備品"であるブーステッドマン達なんかよりも彼らへと語る、
そんな悪魔にブーステッドマンを備品として留める為の頸木を外すつもりなんてあったのだろうか? いいや、悪魔だからこそ約束だけは守る気だったとでも?
アズラエルの与えた希望は確かにブーステッドマン達に効いたのだろう。その次の戦いで発揮されたパフォーマンスは想定されたそれよりも大きな伸びを示していた。
……核攻撃隊の護衛として戦い、核の光に美しさを見出す様な事でパフォーマンスが伸びた事を喜ばしいと思うべきかは分からないが。
◇
月・プラント間の航路を守る要塞であったボアズは地球連合の核攻撃によって壊滅した。
これによって現状において地球連合の月基地からプラント本土への侵攻を邪魔出来る要塞は消え、また地球連合はNジャマーキャンセラーの実用化を完璧な形で証明してみせた。
――それを映像で示した程度であれば『偽映像である』とされてしまえば意味が無く、ザフト艦の1隻を撃沈した程度ならその艦のNジャマーが破壊されていた可能性に縋る事もできただろう。否定しようのない赫々たる事実として突き付けるのは、証明という意味では極めて有効な手であった。
地球連合は今やプラント本土への核攻撃が可能となり・それを邪魔する事ができる兵器は合理的に考えてザフトにはないという現在において、プラントが降伏しない事は非合理的であると同時にプラント本土への核攻撃を甘受したと思われるのだろう。
いや、甘受はしているのだ。プラントの最高指導者であるパトリック・ザラという男にとって最早プラントの事などどうでも良くて、ただナチュラルを滅ぼしたいだけなのだから。
ボアズの反対側を守る要塞、ヤキン・ドゥーエ。ボアズと一対のプラント防衛の柱足るそれは現在では主として地球から直接の攻撃を行おうとすれば取るであろう航路に対する要害として配置されており、地球連合月基地とプラント本土との戦いには関与しないと思われている要塞。
そこにはコーディネイターの為の新たなる創世の光――原爆を光源としてガンマ線レーザーを放つ、その存在そのものすら完璧に隠し通されてしまった戦略レーザー砲であるジェネシスが存在していた。
『地球連合が月基地から出撃して戦う限りにおいてヤキン・ドゥーエが攻撃を受ける事はなく、ヤキン・ドゥーエが落ちるのならばプラントは既に壊滅しているものと考え、ヤキン・ドゥーエが自爆に至ったのならばジェネシスは地球への報復として自動的に放たれるべきである』
これは私の考えた理屈ではない。パトリックの理屈だ。酷い理屈だとは思わないか?
戦略兵器というのは具体的にどこにあるのかの詳細を知られては困る物だ。
しかしその存在そのものは誰もが知る物でなければ本当に撃つ為に撃つ事くらいにしか使えない。実力を示さず、存在すら明かさず、どうしてそれを恐れさせる事ができる?
この想定におけるプラントの壊滅はジェネシスの存在を明かせば防げる可能性の方がよほど高いだろうに。
……地球連合は常識的に過ぎたのだ。戦略兵器を撃つ為に撃ちたいなどという狂人が国の舵取りをし、戦略兵器を誰からも隠して準備するなどという背任行為に手を染めているなど考えもしなかった。
真にザフトをテロリストと見なしていたのならそんな失敗もなかっただろうが、下手にプラントが国としての姿をしているからその根がただのテロリストと変わらないなどという考えは捨ててしまっていたのだろう。
尤も『敵の正気を信じてしまった』という事こそが非常識で"正気ではない"判断だったのかもしれないが、最後の一線において信じて貰えていた事こそを嘲笑うのは何とも品のない話だ。
そんな狂気を孕んだ要塞であるヤキン・ドゥーエの防衛隊として配備された私に与えられる新たなモビルスーツは近距離白兵戦を目的としていた素体に、無線式の攻撃端末のプラットフォームを後付けした機体だという。
……ムウ・ラ・フラガに与えられていたメビウス・ゼロも有線式ではあるが攻撃端末を持つモビルアーマーだった。
「あの男に出来て私に出来ないはずはない」
そうでなければ何だったというのか。私は。後継者としては寿命が足りなかったとしても、それ以外でまであの男に劣るというのならば。
そのモビルスーツの名は
神ならぬ人が望んだままの世界を作れるなど思い上がり以外の何物でもないと、そうは思わないか?
◇
ヤキン・ドゥーエなんてプラントを挟んで反対側ですよ。そんな所に足の遅い核攻撃隊を送るなんて雁首揃えて七面鳥撃ちされて死ねって命令するのと何が違うんですか、えぇ?
それにボアズが消えて開けた目の前にはプラントがあるんですよ。一番高価で、効率よく継戦能力を削げる、脆い脆い本拠地が!
そんなものを晒された状態で、どうしてそこを放っておくんです? は、攻撃されたくないんならボアズが落ちた時点で降伏を選べば良かったでしょう!?
プラントが消えればヤキンも干上がり、あの兵器にも補給は届かなくなる! 難攻不落の要塞だろうと食糧庫が丸出しなんだから、そこぶっ壊して兵糧攻めすりゃ勝てるんですよ!
敵が迎撃に来るっていうんなら、来させりゃいいんですよ。こっちが無理して出向くよりも、相手に無理してでも出向いてもらう方が得ですよ。得。
あの野蛮な兵器の置いてあるヤキンを攻めるなと言ってる訳じゃあないんです。ヤキンを攻めるのに向かない部隊とその護衛でプラントも攻めればより合目的だって言ってるんですよ。
ヤキンが落ちればこっちの勝ちですし、プラントが落ちても負けは消えるんです。敵はどっちも捨てられないんですから、弱点突いて効率よく戦う方がいいでしょ?
降伏? 馬鹿ですか貴方は。ああ、あんなドでかい戦略兵器を見つけられなかった地球軍はそれだけでもう全員馬鹿もいいとこですけど、撃つ為だけに戦略兵器を完全に隠してたザフトなんて狂った連中に降伏なんて大馬鹿者ですよ。
戦略兵器ってのは使える事を実証して、その存在を周知して初めてコレクションする価値が生まれるんですよ。一発は使わなきゃいけないですけどね、土壇場まで隠して実証の時点で本番なんて本当に撃つ為にしか撃てないでしょ?
今選べるのは無駄死にするか、無駄死ににはならない様に死ぬ気で殺しに行くかのどっちかだけ、可哀想だろうと砲撃処分してやる弾すら掛けてらんないんですよ!
味方を一人でも多く生き延びさせたいってんなら、口先ばっか動かしてないで準備してとっととプラントとヤキンを潰せよ!
勝ち目が薄かろうが何だろうがあいつらを潰さなきゃナチュラルは絶滅させられるしかないんだからさぁ!
プラントを徹底的に叩いて潰す為に来たってのに覚悟も何もない、使えない連中ばかりじゃあないか。
地球を焼き払う為だけに戦略兵器を用意してた連中と交渉なんかできる訳もないのに実の無い事ばかり囀って、仲間を置いていけないも何もそんな所でグズグズしてたら揃って無駄死するだけでしょうが!
◇
これまで何度となく邪魔をしてくれた不沈艦アークエンジェル。それを沈めるチャンスだったってのに、かつてそのクルーだったフレイ・アルスターはアークエンジェルへと逃げる様に通信を送り、ナタル・バジルールは僕の指示を無視してクルーにドミニオンを捨てさせ、あの糞女と僕だけをブリッジへと閉じ込めた。
いくら
だけど僕はこの程度で負けたりなんてしませんよ。あの女はもう虫の息で、僕が居るのはブリッジです。ドミニオンは自動化が進んでるアークエンジェル級で、撃つ武器が生きてて、僕は兵器を売ってて、その兵器に乗ってて、今こそがチャンスなんだから!
「僕は勝つんだ! そうさ、いつだって……!」
――本当にそんな事を思っているのか、ムルタ?
こっちのローエングリンは
「あなたの負けです」
ナタル・バジルールが言う。ああ、そうさ。いつだって、僕が勝った事なんて一度だって無かったじゃないか。
「お前ぇっ!!」
クルーゼと一緒に研究所を襲った時の勝利は僕なんかじゃあなくて、クルーゼと"あれら"の力だった。けれどあの戦いですらあの場でだけの勝利で意味なんて無かった。本質的には負けだ。
そしてあれらは僕が利益の為に
僕の命の値段はこの程度なのか?
運動でも勉強でも数で殴りかかろうと、僕は結局コーディネイターに一度も勝てないままなのか?
僕は、勝ちたい。こんなところで死んで堪るものか。僕は!
……何を思っていようとローエングリンが、どうしようもない負けが僕に迫る。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
◇
ムウ・ラ・フラガが死んだ。
私よりも年上とはいえ、遺伝子上は我が子だ。なんという親不孝者だろうか?
アル・ダ・フラガに劣るとされたその息子が、
ムルタ・アズラエルが死んだ。
ここぞでの勝負運を持つ、私の友人……あるいは"元"友人だろうか?
Nジャマーキャンセラーを勝ち取り、核攻撃の術として用いたブルーコスモスの神輿。
……『いつだって僕は勝つ』だったか?
「アズラエルめ、案外と不甲斐ない」
――知ってるよ、そんな事
プラントが滅ぶのならアズラエルが
それともここから
……私を作り出した憎むべき男の息子にして、私と同じく望まれたままの才を与えられた、私と同じ業から生まれたもう一人の同胞、キラ・ヤマト。
彼が人の夢と望みの結晶だというのなら
希望など無いのだとしても、そうであると知る為に。彼らは最後まで付いてきてくれるだろうか?
本当に、私も疲れたのだ。彼らだって、もう疲れ切っているだろう。
希望など無いのなら、彼らとてこれ以上苦しむ事もない。そうは思わないか、神よ。……居るというのならば。
ムルタ・アズラエル
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦においてオブザーバーとして地球連合軍アークエンジェル級ドミニオンに搭乗し、コズミック・イラ71年9月27日に反乱艦のアークエンジェル級アークエンジェルと交戦。
ドミニオンがアークエンジェルに撃沈された際に脱出は確認されずMIAと認定される。
戦後被告人行方不明のまま訴追され、ユニウス条約に基づく裁判において
平和に対する犯罪(オーブに対する戦争の計画・実行)
人道に対する犯罪(オーブの文民たる住民に対する殺人・奴隷化・強制失踪への共謀・教唆・共犯)
などの戦争犯罪に関与していたものと認定された。
ラウ・ル・クルーゼ
第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦においてザフト軍特務隊としてZGMF-X13A プロヴィデンスに搭乗し、コズミック・イラ71年9月27日にクライン派の運用するZGMF-X10A フリーダムと交戦。
フリーダムによってプロヴィデンスは破壊され、直後にジェネシスの照射を受け蒸発。KIAと認定される。
戦後被告人死亡のまま訴追され、ユニウス条約に基づく裁判において
平和に対する犯罪(ヘリオポリスに対する襲撃の実行)
通例の戦争犯罪(捕虜の取り扱いに関する諸違反、パナマ攻防戦における捕虜虐殺の責任および実行、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦における救命艇への攻撃)
などの戦争犯罪に関与していたものと認定された。