呪霊ですが、何か?   作:なゆさん

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8話

百鬼夜行当日

 

現場は物々しい雰囲気に包まれていた。呪霊達が犇めき合い、既にいつ戦端が開かれてもおかしくない。

そんな中、私は――

 

「……ゲームしたい」

「「「…………」」」

 

呟いた瞬間、一斉に首がこちらを向く気配がした。

 

(いや違うよ? 別に私もそこまで空気読めないわけじゃないんだよ? ただちょっと雰囲気が重いのが嫌だっただけだよ? 冗談だって冗談! ちゃんとするから! だからそんな呆れた目でこっち見ないでよ! 気まずいじゃん!)

 

 

私の呟きを聞いていた奴らの非難の眼差しから逃れるように、私の標的の姿を探す。

標的は、呪力量はそこそこであるものの、強者独特の他とは違う存在感を放っておりすぐに分かった。包帯で目元を隠してるいかにも不審者な格好をしているが、間違いなく五条悟だ。

どうやら生徒と思しき美形な男の子とパンダを術式で何処かに飛ばしたようだ。無下限って使いこなすとあんなことできるんだ……ってパンダ? なんでパンダ?

 

「……あ、やば。バレた」

 

ビルの屋上から五条の姿を観察してたら、めちゃくちゃ目があった。白髪長身イケメンが口元を歪める。

――あらびっくり。笑顔は本来攻撃的な仕草だって言われてるけど、あれは本当らしい。だって怖いもん! 戦っても負けないけど怖いもんは怖いんだよ!

 

「――よお。久しぶり」

 

背後から声。それと同時に私に拳が迫る。

 

「……久しぶり」

「っ!」

 

短距離転移の術式で五条の背後に移動し、返事を返す。

ちなみに普通に躱すこともできたが、わざわざ術式を使ったのはなんか強キャラ感出したかったから。だってカッコイイじゃん? それ自分で言ったらかっこよくなくなるって? それはそう。

 

「……夏油から頼まれた。だからちょっと遊んであげる」

「いつもなら付き合うんだけど、今こっちはそんな余裕ないんだよね……さっさとどけ」

 

瞬間、五条が手を翳す。

 

『グンッ』

 

おっと、身体が吸い寄せられる。コレは【蒼】か。私だったら発動だけで精一杯なんだけど、よく制御されている。出力も中々。大抵のやつならこれだけでもゴリ押しできるだろう。――けど、

 

(【歪曲】!)

 

術式で空間そのものを捻じ曲げ、【蒼】の起点を消滅させる。

【蒼】は発動させた瞬間から起点が固定される。その起点を無くしてしまえば、【蒼】の効力は消える。

 

「お前が対処できるのは分かってたよ!」

 

背後に回り込み、殴りかかってきた五条の一撃を躱す。そしてその手を掴み投げ飛ばそうとして、

 

(――触れられない!)

「バーカ! 傑から聞いてねぇのか?!」

 

繰り出される顔への一撃を辛うじて躱し、距離を取る。

 

(あれは……なるほど。無限を周囲に展開して身を守っている感じか。そういえば、前会った時もなんか周囲に張ってたな……いやヤバすぎない? 無下限常時展開なんて頭おかしい使い方なんでできんの? 六眼チートすぎだろ!)

 

殺す手段はいくらでもある。だけど、コイツとの決着は夏油自身がつけるべきだろう。夏油の覚悟に水を差すべきじゃない。

――となると、

 

(術式無しの殴り合いに持ち込む! 【領域展延】)

 

【領域展延】自身の体に膜のように薄い領域を展開する技。生得術式を付与しないことで、相手の術式を中和させることができる。

幾度も繰り返した宿儺との殺し合いの中で身につけた技の一つである。

 

再び殴りかかってくる五条の一撃を難なく躱し、カウンター一閃。

私の拳は一瞬無限に阻まれたものの、勢いの衰えぬままに五条の顔面を捉え、吹っ飛ばした。

 

「グッ!!」

(ドヤァ。そんな雑魚専用のバリア程度でこの私を圧倒できるとでも――へぶっ!?)

 

顔面に衝撃。吹っ飛びかけるがなんとか堪える。

どうやら五条は、吹っ飛ばされながらも私に攻撃を仕掛けていたようだ。展延の効果もあり耐えられる程度の威力だったものの普通に痛かった。ヒリヒリする頬を擦りながら五条の方を見ると、ちょうど吹き飛ばされた地点から立ち上がる姿が見えた。

 

「ペッ……この距離だと【赫】でも吹っ飛びすらしねぇのか」

 

鼻血を拭い、五条が向かってくる。さっきまで先手を譲ってたから、私の初動を抑えて攻め立てる算段だろう。

 

(――なら、ここはこっちから攻めてみようか)

 

「……フッ!」

 

縮地の要領で加速し、一瞬で五条の間合いに入る。

 

「っ!?」

(よいしょぉ!)

「ぐぉ…!!」

 

鳩尾に3発。身体の内側に響く打撃だ。見かけは地味だが良く効くだろう。

 

「ッ…! ヘッ!!」

(――普通ちょっとくらい後退しない!? 江戸時代の戦闘狂お爺ちゃんとおんなじタイプかよ!!)

 

痛みに一瞬怯むが、すぐに笑みを深めて殴りかかってくる五条。さすがの私もドン引きせざるをえない。

 

「逃げんなよ!」

 

『グンッ』

 

五条が【蒼】で私を引き寄せる。

さらに引き寄せられた先で近距離から顔面に【赫】――余裕で躱す。

躱した先に繰り出される拳――軽く弾く。

続く蹴り――完全に読みきり、受け流す。

 

――やはり、近距離は歴戦の猛者たちの記憶を持つ私に分がある。五条の体術では、私の守りを崩すことは難しいだろう。

 

(へへん、私に近接戦なんて)

 

「術式反転【赫】」

 

(無駄無――ダッ!?)

 

至近距離からの【赫】の衝撃。どうやらまだ炸裂してなかったものが、空中で留まっていたようだ。

咄嗟に振り向き腕で防いだが、堪らず吹き飛ばされる。

 

(痛ゥッ!!)

「――虚式」

 

久々に食らったまともなダメージに、思わず痛みに思考を奪われる。

そして、痛みに気を取られるということは五条悟を前に大きな隙を晒すということに他ならない。

 

――その代償は、決して小さくない。

 

(くそぅ、久々に痛かった……あ、ヤバッ――)

 

 

「【茈】」

 

 

五条家相伝の無下限呪術奥義。その威力は正に強力無比。領域展延は間に合ったものの、至近距離で受けていい代物ではなかった。

 

(ぎゃああああ!!? いったぁぁああアアアい!!)

 

私の超美少女ボディは皮が剥がれ、肉がむき出しになってしまった。顔も左半分が薄く焦げている有り様だ。

 

「……まじかよ。薄皮一枚で止めるとか硬すぎだろ」

(反転最大!! この白ちゃんの完璧な顔とボディに傷は残さない!!)

 

すぐに反転で完全に傷を修復する。

 

(――ふぅ〜。危ない、危ない。やっぱり調子に乗っちゃいけませんなぁ。宿儺相手だったら両断とはいかなくても体中切り刻まれてたわ)

 

そんなことを考えつつ、五条を見据える。五条は流石に私の硬さに驚いているようだが、まだ戦意は萎えていない。

あの局面で打ってきた辺り、恐らくはあの技が五条にとって奥義、少なくとも決め技の一つであることは間違いない。

それが効果をなさないとなれば、残された最も効果の見込める択は領域を展開すること。

そもそも今まで五条が領域を展開しなかったのは、私が第一目標ではなかったから。

夏油が本来の獲物である以上、術式をしばらく使えなくなるというデメリットを孕んだ領域を私相手に展開することは好ましくないはずだ。最初に見せた瞬間移動も術式由来のものだろうし、夏油の下へはアレで向かうつもりだろうから、尚更術式は必要だ。

先程の攻撃で殺せるのなら、それに越したことはないと考えていたのだろう。ただ、【茈】とかいうあの攻撃が通じなかった以上、五条も手段は選んではいられない。私を突破できなければ、夏油までは辿り着けないのだから。

ただ、五条の領域がどんなのかは知らないが、私の領域の展開速度は宿儺より上だし、()()を使ってるので掌印を結ぶ必要もない。流石に五条が領域の精度で私や宿儺を上回ることはないだろうし、後出しでも十分対応可能だ。五条が領域を展開しようと、私が負けることはない。――っと、来るかな?

 

「【領域展開】」

 

五条が片手で掌印を結ぶ。

 

「……【領域展開】」

 

私も即座に領域を展開する。少し出遅れたものの、領域が展開されるタイミングは完全に同時だった。

 

「【無量空処(むりょうくうしょ)】」

「【白染万食繰(びゃくせんばんしょく)】」

 

領域を展開した瞬間、私は勝利を確信する。

私の領域は羂索直伝の閉じない領域。外殻を持たず、相手の領域を外側から食い潰す。

五条が閉じない領域を会得していれば話は別だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「……ッ!」

「……終わり」

 

領域の精度で言えば互角だった。流石というべきか、私の領域と張り合い、互いに必中効果を打ち消すまでには五条の領域も凄まじかった。さらに、あの領域は恐らく相手を引きずり込んだら勝ち確の、文字通り必殺の領域だろう。

術式を組み合わせることで会得している第六感が、その領域の危険性をビンビン感じていた。

――だが、そんな領域も外から食い散らかされればおしまいだ。瞬く間に五条の領域は外殻を失い、消滅した。

そして、私の領域に入ってしまえば、五条悟といえどもう蜘蛛糸に掛かった虫同然。私の意思一つで簡単に殺せる。

 

「……殺しはしない。ここで終わるまで待って」

「――へぇ、お優しいことで」

 

何一つ諦めてなさそうな目で五条は私を睨む。

実を言うと、私の領域は殺すことは簡単なのだが、加減がきかないため殺さずに無力化するとなるとかなり難しいのだ。

だから、脅して大人しくしてくれればよかったのだが……

 

(夏油にくっつけている分体からの連絡によれば、夏油は既に乙骨とかいうのとの戦闘を始めている。勝つにしろ負けるにしろ、私が稼がなければならない時間も、そう多くないということ。それまでは、絶対にコイツはここに留める――って、もう来た!?)

 

しびれを切らしたのか、まだ術式も回復してないだろうに五条が突っ込んできた。

 

「……はぁ」

(もう十分楽しめたし、折れてくれれば楽なんだけどなぁ)

 

ため息をついて、構える。

五条の拳一閃。常人なら視認すら困難なその一撃を軽く受け止め、投げ飛ばす。

領域内での身体能力の底上げ。ただでさえ領域外でも私のほうが優位に立っていたのだ。領域内で私に近接戦など、勝てるはずがない。それは五条も分かっている筈。

 

「……何が狙い?」

 

顔面目掛けた右足蹴り――躱す

 

すぐさま放たれる左拳――受け止めてカウンター

 

少しのけぞるも、踏みとどまり右拳――掴み取って手首を破壊

 

すぐさま反転で治癒して再び右――わざと顔に食らいつつ衝撃を受け流し、先程もやった鳩尾への一撃。今度は手加減抜きで放つ。

 

「ゴハッ…!!」

 

五条が大量に血を吐く。恐らく内部への衝撃で内臓を損傷したのだろう。

反転では、傷は治っても痛みは治らない。これでしばらくは大人しくなる筈――

 

『ピタッ』

 

(――ん?)

 

不意に私の身体に倒れかけている五条の手が添えられた。

 

 

「……【赫】」

(――は?)

 

 

『カッ』

 

 

瞬間、赤い光と共に私の身体は吹っ飛ばされ、地面に転がった。

 

「さてと、やろうか」

「……何をしたの?」

 

(――いやマジで何したの!? 怖ッ! 怖いんですけど! それも六眼の効果なの!?)

 

いくらなんでも早すぎる。だが、今のは間違いなく術式を用いた攻撃だ。どうやってかは知らないが、領域展開後の術式の焼き切れを治したようだ。本当にどうやってかは知らないが。

 

(落ち着け、落ち着け私――五条が術式を使えたって依然ここは私の領域内。私の圧倒的優位に変わりはない。どうやって術式をこんなに早く回復させたのかは分かんないけど、戦いの序盤から領域を使わなかった所を見るに、できれば使いたくない方法、例えば大きなリスクを抱えてたりするんだろう。そんなに連発できる方法でもない筈。夏油の戦いももう終盤だろうし、残りの時間稼ぎにはなんら支障はない。万が一危なくなれば必中術式でさっさと殺せばいいし。――よし、大丈夫)

 

『ガッ』

「……無駄」

 

術式を使って背後へ瞬間移動してきた五条に裏拳を食らわせる。

よろめく五条に追撃――

 

「『位相 黄昏 智慧の瞳』」

 

(――いや、ヤバい!)

 

「術式順転【蒼〈()()()()〉】」

 

咄嗟に踏みとどまって全力で離れ、難を逃れる。

 

「『位相 波羅蜜 光の――かはッ…!」

「……させない」

 

続けざまに詠唱込みの【赫】が放たれるのを、短距離転移からの腹パンで止める。

 

(呪詞詠唱なんて泥臭い手を使ってくるなんて……。確かに高火力の詠唱技はロマンだけど、流石に当たらんでしょ)

 

「――柱』術式反転【赫】!」

「【歪曲】……させないって言ったでしょ」

 

(もう慢心を捨てた私にその手は効かんよ。さっきから効力を弱めたまま残ってる【蒼】と衝突させて超火力【茈】を狙ってたんだろうけど、もうそんな隙は晒さない)

 

五条の表情が一瞬歪むが、すぐさま笑みを浮かべ、距離を詰めてくる。

 

(――スゴイなぁ)

 

五条の目。尋常ではない意思と覚悟がある目だ。あのとき、仲間になってくれと頼んできた夏油とよく似た目だ。狂人であることには変わりないけど、こいつも敬意を払うべき、確固たる信念のある人間なのだ。

 

(しょうがない。とことんまで付き合って―――あ)

 

構えようとしていた手を下ろす。

そして、領域を解除した。

 

「――は?」

 

五条が呆けた顔をする。

 

「……もう、いいよ」

 

今、夏油にくっつけていた分体が消滅した。

消滅の間際に送られてきた情報によれば、夏油は敗北。死んでなくとも、重傷は避けられまい。

あれだけ準備して、総力戦で挑んだ今回の百鬼夜行。その結果が敗北とあっては、再起も難しい。私がここで五条を足止めし、夏油が奇跡的に生き残ったとしても、その先は暗いだろう。死に場所を間違えた人間の末路というものを、平安の先人達の記憶から私はよく知っている。

ならばせめて――夏油と五条、二人の因縁に決着をつけさせてやろう。私は空気の読める女なのだ。

 

「……行って、いいよ」

「――そうか」

 

五条はすべてを理解したようで、すぐに術式で私の前から消えた。

 

「……山に帰ろう」

 

夏油が居なくなった以上、私と夏油一派との関係もここで終わりだ。もう会う必要もない。皆だって、自分の役割だけ手抜きでこなして、夏油の助けにも行かなかった奴の顔なんて見たくないだろう。

 

「……早くゲームしよ」

 

そうすれば、なんともいえないこの心も、きっと戻る筈だ。

 

 

 

化け物の目から涙は零れない。

ただ、何処かに去っていくその背は、その力に反して、力無き蜘蛛だったときのように小さく見えた。




今作の白さんは完全体宿儺より硬いです。
五条戦では、長年のブランクと実力の近しい術師との戦闘が久しくなかったことで戦闘の勘が鈍りに鈍りまくって、痛みにも敏感になっていた。
五条と戦ったことでサビ落としは済んだかな?
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