奇妙なチームが結成されて数日。メンバーはイベント攻略に向けて準備を進めていた。
日中は各々がトレーニングを積み、夜になると宿へ帰ってくる。特に集団で行動するわけでもなく、それぞれが自由に日々を過ごしている。
「ゴンにレオリオか。ビーチバレーの準備は順調か?」
そんな中、いつもの修行を終えたキルアは宿の前でゴンとレオリオにばったり遭遇した。バレーは1人ではできないので、ルールをよく知らないゴンの教育も含めて二人は連日熱心にトレーニングをしている。レオリオの表情からして、進捗は悪くないらしい。
「まあまあってとこだな。スポーツ未経験にしちゃ上出来だ」
「レオリオ、何でも知ってるんだよ。戦いで使えそうな技も教えてもらった」
「技ぁ?」
「排球拳っていうんだって。掛け声とか面白いんだよ、『いくわよー!』『ハーイ♥』とか言うんだ」
嬉しそうに報告するゴン。対照的に、怪訝な眼をレオリオへ向けるキルア。レオリオがばつが悪そうに小声で耳打ちする。
「わり、冗談のつもりだったんだが、本気にしちまって言い出せなくなって……」
「リンが怒るぞ。俺知らね」
そう害のあるものではないが、ただでさえ知識が偏っているゴンだ。ブラコンモンペのリンに知られたら叱られるのは間違いない。
そんな事を言われ、宿の扉を開けるレオリオは思わずそろそろとドアノブを捻った。しかし隙間から中を確認すると、ゴンとキルアを手で制する。
「待て、入るな」
「は? んだよ」
レオリオ同様に隙間からロビーを覗き込む。てっきりリンが居て気まずいのかと思いきや、リンは居るがまた別の理由のようだ。
中に居るのはリンとクラピカ2人だけ。だが、妙に神妙な顔で話している。特にクラピカの覚悟を決めたような表情は、そう見られないほどのものだ。
「少し話がある。外に出られないか?」
「いいけど」
そう言うと立ち上がり、リンとクラピカはレオリオ達の方へ向かって歩き出した。慌てて物陰に隠れる三人。幸い気づかれず、二人はそのまま郊外の方へと走る。
それを見送ると、レオリオが興奮気味に言った。好奇心に満ちたその顔は、明らかに野次馬根性丸だしだ。
「こいつぁもしかして愛の告白ってやつか?」
「リンとクラピカだぜ? んなわけねーだろ」
まさかと否定するキルア。そうであってほしくないという願望も大きいが。
何しろ、共通の友達二人が脈絡もなくいきなり付き合いだしたら、気まずくてどんな顔をして会えばいいのかわからない。思春期の少年の心は繊細なのだ。
「でも、姉さんクラピカとずっと一緒に居たんだよね? 昔デートした人が『恋はずっと一緒に居るうちに気づいたら始まってる』って言ってた」
「「……」」
ゴンの一言に沈黙が流れる。そんな事を言われてしまえば、『ま、どうでもいいか』とは言えないのだ。野次馬としても、微妙にシスコンが入っている弟としても。
「見守りに行くか」
「デバガメだろ。どう考えても」
「クラピカって姉さんのこと好きだったんだ……気づかなかったや」
そう言って、新人ハンター三人は持てるスキルを駆使して尾行をする。
一方、クラピカに応じて宿を出たリン。クラピカの表情からして人気の多いところで話したい内容ではないと悟り、街中から遠ざかる。
G・Iで初めにゴン達と再会した、アントキバ郊外の草原。そこよりも少し街中に入った一角にある花壇の傍で、リン達は隣に座った。
(そういえば初めてここに来た時、ハメ組と会話したのもここだったわね)
懐かしいというか恥ずかしいというか。かつてメンチとノワールと共にこの町に来た時のことを内心思い出すリン。あの時より更に人の気配はなく、NPCすら見当たらない。
喧騒もどこか遠くに聴こえ、この世界にはリンとクラピカ、二人だけしか居ないのではないかと錯覚しそうだ。
「あんまり人には聞かれたくないことなのよね?」
「ああ。本当は言わないでおこうと思っていたのだが……やはり抑えきれなくてな」
程よく夕焼けが住宅街の街並みに差し掛かる中、人気のない町はずれでこっそりと会話する二人。静かな空気も相まって、どこかほんのりと青春の香りがする光景。
意を決して口を開こうとしたクラピカだったが、それをリンは軽く片手で制した。
「ちょい待ち。やっぱもうちょい人払いしておかなくてもいい?」
「……ああ。別に居ても構わないのだがな」
リンが眉間にしわを寄せていると、クラピカも軽くため息をついてそう言った。互いに何を指して言っているのかは、言わずとも伝わっている。
「らしいけど、出てきなさい。そこの3バカ」
「え? わわ!」
「ちょっと押すなって!」
リンの声にわたわたと慌てた気配がして、直後3バカ……もといゴン、キルア、レオリオが押しつ押されつ転びつつ、団子になって姿を見せた。
あまりにも雑な気配の断ち方、明らかに『絶』が下手になっていると、師匠として姉としてリンもため息をつく。
「気配消すのもっと上手かったはずよ。メンタルのせいで気配が漏れるのを何とかすることね」
「おお、リンクラピカ! 悪いなこいつらが気になるって騒いで聞かなくてよー」
「はぁ!? 真っ先にデバガメ誘ったのはレオリオだろ!」
「えへ、ごめんなさい……」
どうやら、面白そうやら姉と友人の突然の春(仮)に焦っていたやらで『絶』が杜撰になっていたようだ。何を期待しているのかとリンはまたため息をついた。
「言っとくけど、そんな面白い展開は起こらないわよ。クラピカの顔見たらわかるでしょ」
クラピカの表情は、暗い中に思いつめた覚悟のあるものだった。
極度の緊張屋ならともかく、到底告白する直前の表情には見えない。そこでようやくクラピカが口を開く。
「ヨークシンの頃から疑問だった。お前は蜘蛛の悪行を否定しながらも奴らとの気安い関係を止めようとはしない。それはクロロとのやり取りを見ているとよくわかる」
「あの時クロロがペラペラ話したのね」
ゴン達ならば居ても良いようで、人が増えたのには構わず、クラピカは淡々と話し始めた。そしてヨークシンで攫われたクロロは、リンが思っていたよりもかなりリンのことを話していたようだ。
仕返しにミルキと相談してまたクロロモデルの同人誌を発行してやろうと密かに決意するリンである。もちろん総受け、R指定モノだ。
「他者の交友関係に俺が口出しする権利はないと黙っていたが、流石に理解しかねる。……何か他に理由があるのか?」
隠れながらではあるが、集まった初日にリンとクロロ達のやり取りも聞いていたクラピカ。それは初めて目にした、友と宿敵が共に過ごす姿だった。
そこから見て取れたのは、二人の独特な連帯感と信頼関係。それがクラピカを複雑な心境にさせたことは想像に難くない。
「つまり
進んで自分から話すつもりもなかったが、聞かれて隠すほどではない。何より、この事実は、クラピカがその気になれば簡単に手に入ってしまう情報ばかりだ。
(下手に隠すよりは……言っちゃった方が良いか)
ハンター試験の頃や共に修行をしている頃なら、真実を知っても受け入れられず信じなかっただろう。
だが、今のクラピカには覚悟と強さがある。そしてリンとの信頼関係も、ヨークシン、ノストラードを経てしっかりと構築されていた。リンもまた、意を決して真実を伝える覚悟をする。
「例えばさ、クラピカは仲間の仇を討つためなら殺人も厭わないって言ってた。でもそれって間違いなく悪よね」
「……否定はしない」
「言っとくけど責めてるんじゃないわ」
「わかったから続けろ」
しかしいきなり結論から言うにはあまりにも重すぎる話題。結果として回りくどい言い回しになったリンに、クラピカは結論を促す。
クラピカとて、リンなりの考えがあるからクロロとの交友を続けているのだろうとは思っている。だが、実際はその背景の重さが、クラピカの予想よりもかなり重いのだ。
つまり簡潔に言ってしまうと、クラピカはそこまで深い理由だとは思っていなかった。せいぜいがリンとクロロの間に特殊な絆があるのだろう程度だと。
「『正義の反対は別の正義』。なら私は、こうも思うの。『悪の反対は、また別の悪』って」
「俺は悪になる覚悟なんてとっくにできているが」
「クラピカの話じゃなくて、むしろその逆。『旅団が何かしらかの悪によって、悪になる覚悟をしたとすれば』?」
対して、リンのペースは初めからずっと変わらない。読み聞かせでもしているかのようにゆっくりと、しかし確実に意図する真相へと近づいていく。
しかしそれを聞いても、クラピカは「だからどうした」という気持ちを抑えきれなかった。悪によって悪になる覚悟をする、それはクラピカとも通じるものだ。だが、それは同胞が殺される理由にはならない。
「私がクロロの行為を否定しつつも抵抗がないのは、そこ。クロロの信念を知ってるから。クラピカの復讐を止めながらも、クラピカと変わらず友達でいるのと同じよ」
「……それでも、俺は奴らを許容はできない。仲間が死んだ理由は連中の単なる気まぐれにすぎないのだから」
リンがクラピカに、旅団への同情を求めているわけではないということはクラピカも分かっている。それでも言い訳めいたようなことを言ってしまい、それでいて一度口にしたら止められなかった。
「もう一つ理由があるわ」
一方、リンが本当に話したい核心部はそこではない。クラピカの初めの質問には答えたが、ある種それは的を少し外した答えでしかないから。
ゴン達は黙って二人の会話を聞く。唐突に降って湧いた幻影旅団の真実。そこにリンがまだ話そうとしているなら、口を挟む余地はなかった。
「……今から250年ほど前、クルタ族と呼ばれるマフィアお抱えの傭兵民族が居た。平均から大きく逸脱した身体能力を持つ彼らは、感情が高ぶった時に眼が赤くなる特性を持ち、『緋眼の悪魔』と呼ばれ人々から恐れられた」
「緋眼の……?」
「人身売買、人殺し。どのような仕事も請け負った。ところが、一転して70年ほど前にぱったりと姿を消した。世界大戦の波に紛れて歴史から存在を抹消され、噂だけが独り歩きを始める。……世界七大美色の美しい眼を持つ民族として」
最後の言葉で、リンが何の話をし始めたのかがはっきりと理解できた四人。
レオリオが顔を歪める一方で、クラピカは目を大きく見開きながらもそれ以上は感情を表現できないでいた。自分事であるからこそ、唐突に降って湧いた事実に実感が湧かないのだ。
だが、これは正真正銘の真実だ。
「大半はそのまま少数民族として世間から離れたところで暮らしているが、ごく僅かにかつての戦場を離れなかった者がいるという……とまあ、ハンター協会にあった資料の概要そのままなんだけどね」
スワルダニのハンター協会本部。当初は原作知識が失われた時のためにとこの世界での知識を補完するために入り浸っていたが、そこには数えきれないほどの表に出てこない資料が並んでいた。
クルタ族の歴史は、そんな情報の山の中に埋もれていた。その事実を知ったのは完全なる偶然だったが、知ってしまえば幻影旅団のクルタ族への行為を全否定するのが難しくなった。サラサの記憶を知っているからこそ、余計に。
「何か心当たり、ありそうね」
「……」
リンの言葉にクラピカが思い出したのは、初めて外の世界に出たあの日のこと。意図せず緋の眼になってしまった自分を、『緋目の悪魔』といって町の人間が恐れたあの時だ。
それが、もしもクルタの過去が原因ならば? あの時の人々の反応にも合点がいく。だが同時に、リンの言葉を信じられない自分も居た。
「旅団の古い友人の女の子が流星街に居たんだけどさ。その子の今際の記憶で、笑いながらその子を殴り殺した男の眼は、真っ赤だった。興奮の、緋色」
『なぜ故人の今際の記憶を読み取れたのか』という質問は飛んでこなかった。どちらにせよ念が絡んでいると全員が察していたからだ。
クルタ族は元々犯罪専門の民族だった。その事実を伝えられたところに、加えて流星街で起こった惨事の話が出てくる。しかも加害者が赤目と来れば、誰だってその人物のルーツは想像がつくだろう。
「間もなくして流星街がマフィアと契約を結び、仇成す者への報復を始めるようになった。これは推測だけど……どこかの時代の一時期、クルタ族と流星街の立場は逆だったんじゃないかと考えてる」
『クロロ自身とその信念を気に入っているから』というのは、リンがクロロと交友を続けている理由の大半を占める。
だが、全てではない。残る僅かを占めるのは、『クラピカの故郷を滅ぼしたといえどそれは(少なくとも)旅団にとっては正当な復讐であり、いわばクラピカと同じ立場だから』。
流石にそれをはっきりとクラピカに告げることはできなかったが、聡明なクラピカは曖昧なリンの言葉で十分に察した。怒りのあまり眼を緋く染め、勢いそのままに立ち上がる。
「俺の同胞を愚弄するのか!」
「おい、落ち着けクラピカ」
「そんなつもりはないわ。ただ、一つの事実を伝えただけよ」
今にも殴り掛かるのではないかという剣幕に、ゴンとレオリオが止めるべきかと僅かに身じろぎする。淡々と事実を述べただけのリンは何も言わず、キルアはあくまで中立としてリンの話を飲み込んでいた。
殴りこそしないものの、クラピカの眼は真っ赤に染まったままだ。激しい剣幕でそのままリンの胸倉に掴みかかる。
「そりゃあそうだろう! お前は俺よりも奴らとの付き合いの方が長い! どんな出鱈目を吹き込まれたって、奴らを信じるだろうな!」
「クラピカ!」
レオリオの叫びに、感情のままに捲し立ててからクラピカはハッと気づいて口を噤んだ。
ヨークシンでもそう思っていたが、実際のところ、リンは完全にクラピカを優先させた。そこにリン個人の意図も含まれていたとはいえ、リンは旅団ではなくクラピカの味方をしていた。命を懸けて。
それは、絶対にリンに言ってはいけない言葉だ。そう気づいたと同時に、リンの衣服を掴んでいた力も抜ける。
だが、口から出た言葉を戻すことはできない。思わず黙り込んだクラピカに、リンは落ち着き払った口調で言った。
「クラピカ、言っておくけど私はあいつらからは何も聞いてない。これはハンター協会の書庫でも調べた、確証のある歴史よ」
「……すまない、言い過ぎた。少し頭を冷やしてくる」
言っていることが真実かどうかなんて、目を見ればわかる。リンの言葉に一切の偽証がないのを悟ったクラピカは、罪悪感と動揺でこの場に居る気になれなかった。
一人にしてくれと言った人間を追いかけることもできず、ゴンは心配そうに姉に眼を向ける。
「姉さん……」
「やっぱり、スッと受け止めるのは難しいわよね」
話しただけだが、クラピカの心境を思うとかなりの心労がのしかかってくる。疲れたようにそう言ったリンの隣に、レオリオが腰かけた。そして不安そうにリンの顔を見つめる。
「リンはよぉ、クラピカやクルタにも罪があると思ってるか?」
「全然。例えば、私は人殺しだけどゴンに罪はない。それと同じ。でも、旅団にとってはそうじゃない」
誤解されたくないのでそこははっきりと言いきった。クルタ族の一人が流星街の人間に危害を加えたからといって、クラピカやその家族友人に何が起こっても仕方ないとは思わない。
ただ、流星街の常識からすれば、クルタを滅ぼす理由にはなるだろうとも思っている。彼らの特殊な仲間意識の強さは一種の
「旅団が悲しみの連鎖を断ち切ろうとしてる、なんてクサいことは言わない。でも、前に進むにはしがらみと向き合わなくちゃいけないわ。忘れるにしても、断ち切るにしても」
「で、流星街の手先として旅団が報復にかかった、てことか」
「具体的なところは憶測も入るけどね」
どんな理由をつけたって殺人犯は殺人犯。そこは否定しない。ただし、クロロ達は考えなしの快楽殺人者というわけではない。正当な理由があれば何をしても良いわけではないが、クロロ達は相応の罰を受ける覚悟を持っている。
そんな相手に外野が何を言えるというのだろうか。隙あらば『足洗え』だの『後悔するぞ』だのと忠告はしてもリンがクロロを真っ向から否定はできないのには、ここに理由があった。
「姉さん。その……結局幻影旅団って何のための集団なの? クルタ族への復讐?」
単なるクルタへの復讐だけならば、盗賊という職業はあまりにも悪の道に進み過ぎている。姉の隣に腰かけ、様子を窺うかのように弟は姉の顔を見た。
「ゴンは、旅団をただの悪い奴らだと思う?」
「え? そりゃあ悪いけど、仲間思いな人たちだとも思う」
質問に質問で返したリン。ゴンの感想は純粋かつ素直なもので、それが喜ばしいと同時にリンは少し複雑な気持ちになった。クロロ達とクラピカ、どちらの気持ちも理解できるからだ。
「そうね。私も同じように思ってる。……例えば、金持ちに勝つには、嫌な奴に金の力で潰されないためにはどうすればいい?」
「そりゃあ、そいつより金持ちになるのが一番だろ」
「正解。つまり旅団の目的はそういう事」
レオリオが即答すると、リンがさっぱりと正解を出した。薄々リンの言うことを察したキルアの横で、ゴンがリンの意図を掴み切れず少し焦る。
「え、お金持ちになるため?」
「……力で力を制する。流星街を護るために作られた集団ってことかよ」
「キルア100点満点。ゴンはビスケに頼んで頭の修行もメニューに追加してもらうわ」
「うぇ……」
ゴンの嘆きはあれど、真実を知った三人。代表してレオリオが感情の漏れ出た母音と共にぼやいた。
「同胞が先に手を出していて、そのせいで仲間は殺された。自分とクロロ達が同じ存在だった、か。そりゃあクラピカからすれば……キツい事実だなぁ」
だが、それが事実だ。そしてこれをどう受け止めるかは、クラピカ次第だ。
◇◇◇
町はずれの草むらで物思いに耽っていたクラピカ。かれこれ1時間はこうしているだろうか。そろそろ戻らなければいけないと頭ではわかっているが、身体が動かない。つまり、心は動きたくないと言っているということだ。
あまりにも衝撃的な真実。そんなわけがないと思いたい一方で、これが事実なのだろうと頭のどこかは冷静に判断していた。
リンはヨークシンで、命を投げ出してでもクラピカを護ろうとした。そしてその一方で、旅団とクラピカ双方に生きていてほしいと願っていた。
そんなリンが言うのだから、今更嘘であるわけがない。そもそもここで嘘をつくメリットが一切ないのだ。ああ見えて合理的に物事を考えるリンは、きっと正直に話す方が今後のためになると判断したのだろう。
だが、それならば。リンの言った事が真実ならば。
家族が、友人が無惨に殺されたのは因果応報だったのだろうか? リンはもちろん、ゴンもキルアもレオリオも、そんな事は言わないだろう。血塗られた歴史があったとはいえ、その子孫に罪があるわけではない。
ならば、深く思案する必要はないのか? これまで通り、蜘蛛は同胞の仇として心から憎んでも良いのか?
復讐は、それそのものが目的ではない。同胞を安らかに眠らせるための手段だ。そしてクラピカ自身頑なに認めようとしなかったが、自分自身が前を向くための手段だ。
自分は仇に対して何を望むのか。クラピカは自分でもわからなくなってきていた。
ざあ、と風が吹き、クラピカの髪が揺れた。同時にレオリオのオーデコロンの香りが周囲にふわりと広がる。振り向かずとも近くに来ているのが気配でもわかった。
「……レオリオか」
「そろそろ独りでいるのも寂しくなる頃合いかと思ってよ」
そう言って軽く笑いながらクラピカの隣に腰かける。敢えていつもの気楽な口調で居てくれるその心遣いが、今のクラピカにはありがたい。
「リンはどうしている」
「先に宿に戻った。あれくらいなら、寝て起きりゃ忘れてるさ」
真っ先に口から出たのはリンのこと。酷い暴言を吐いて出てきたのを気にしていたが、レオリオの言葉に少し胸を撫でおろす。
「そうか」
「お前はどうなんだよ」
「正直、かなり堪えている。だがこれは俺自身の問題であって、リンに一切の非はない。さっきは感情的になり過ぎた」
「あいつ、お前のこと心配してたぞ」
あの状況でリンが下手に嘘をついたり隠していれば、結果的に余計拗れただろう。だが、だからと言って正直に話せば互いにスッキリできるわけではない。
そう、リンだ。
一族の真実はもちろんだが、リンのことでも少なからずクラピカは動揺していた。数カ月前にバショウがわけのわからないこと(脳内でもあのキーワードを反芻するのは憚られる)を言っていた。だが、どうしてリンに異性としての好意を持っていると言えるだろうか、とも思っていた。
あくまで友人だ。仲間であり、念の師匠。そしてハンター試験を初めとして要所要所で命を救ってくれた恩人でもある。
たまに目のやりどころに困ったりするのは、自分が異性に慣れていないだけだ。あそこまで距離感の近い女性に今まで出会わなかっただけだ。内心そう言い聞かせてもいたが、クロロと親しく話しているリンに憤りを感じるのは、どうやって説明すればいいのだろうか。
「……リンが奴と気安く話すのは許容できていたつもりだったんだ。個人の交友関係を否定できる権利はないし、リンには本当に世話になっているからな。だが、実際に会話する姿を見るとどうにも苛立ちが募った」
レオリオが相手で自然と気が緩んでいたのだろう。クラピカはリン本人にも言っていなかった感情を吐露した。衝撃の告白を聞いたレオリオがひくりと頬を引きつらせる。
「なんだよ。デバガメとか冗談半分だったのにマジだったのかよ……」
「何の話だ?」
「うんにゃ、こっちの話」
しかも、当の本人が恋を認めようとしていないというのがまた厄介だ。だが、この二人の関係だとそんなもんかと、レオリオは無理やり納得することにした。
ともかく、今はクラピカのメンタル回復が優先だ。傷心中の友を元気づけるために気合いを入れて立ち上がる。
「おし、今日は美味い飯と酒だ! 腹いっぱい食って寝りゃ、スッキリするもんさ!」
辛い事実をどのように受け止めるかはクラピカ次第だが、その手助けをする事ならできる。
「おら行くぞクラピカ。今日は俺の奢りだ!」
「……レオリオ」
「遠慮すんな! 俺の奢りだぜ? 一生に一度訪れるかわからねえレアモンだ!」
「いや、金銭もカード化しなければ使用できないから、今のお前は一文無しだと言おうとした」
「……マジ?」
さっぱりとクラピカから告げられた衝撃の事実。脳内で財布……もといバインダーの中身を計算するレオリオ。言うまでもないが、来たばかりのレオリオに所持カードなんてものはない。
「クラピカ……お金貸して……」
あまりにも格好がつかない。クラピカは呆れ半分に少し笑い、レオリオに続いて立ち上がったのであった。