リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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海辺の街ソウフラビ【2】

 各自担当種目の準備をしたり人数合わせのメンバーを探しに魔法都市・マサドラへ向かったりと忙しく過ごし、決行日当日。

 話した日は非常に不安定だったクラピカ。だがそれ以降、クラピカの纏う空気は意外なほどに元に戻っていた。リンがこっそりズルをしてオーラを視ても、普段と変化のない色味だ。

 

「クラピカ、もし気分が良くなければ私が代わるわよ」

 

 海辺の街・ソウフラビに到着してアジトへと向かう道すがら、リンは小声でそれとなくクラピカに話しかけた。

 ほんの数日前は激情的な色を見せていたオーラも今は比較的平静なもので、リンに向けられる眼もいつも通りだ。むしろ、どちらかというと少し気まずそうに見える。

 

「大丈夫だ。……先日の謝罪と失言の撤回をさせてくれ。大切な友に、言ってはいけないことを言ってしまった」

 

 いつの間にか一行とは少し距離が開いており、唐突に謝罪するクラピカと驚くリンに気づく者はいない。

 

「え? 何か言ってたっけ?」

「……礼を言う」

 

 敢えておちゃらけた雰囲気の返答をしたリンに、クラピカは少し疲れたように微笑んだ。置いて行かれないように歩くスピードを上げながらも、湿っぽい空気をなんとかするべきだと使命感に駆られるリン。取り敢えず軽くクラピカに喧嘩を売ってみることにする。

 

「ほらほら、こんなひらひらスポーツには向かないわよ。チラリズムしちゃうから対戦が始まったらさっさと脱ぐのよ?」

「だぁから、捲るな! バサバサと!!」

 

 互いに思うところはあれど、一旦は解消された先日の不和。レイザー戦にも集中できそうな様子だと、リンもホッとする。

 

「姉さんもクラピカも、もう着くよー?」

 

 到着したのは海辺の一角。ぎゃいぎゃいといつものペースで言い合いをする姉たちをよそに、ゴンがレイザー一味の居るとされるアジトの扉を開けた。

 中ではガラの悪い男たちが昼間から酒を飲んだり賭け事をしたりと、退廃的な暮らしをしているのが一目でわかる。その中でも特に大柄な男がゴン達の来訪に気づき、嬉しそうにニタニタと笑いながら言った。

 

「おお、やっと来たかガキどm……あー! お前あの時のガキじゃねえか!」

 

 その視線は主にキルアに向けられたものだったが、隣に立つリンにもふと視線が向いたボポボ。どこか見覚えのある姿だと思わず二度見し、それが自分の推測通りであろう事がわかると大声でリンを指さした。

 それもそうだろう。リンは4年ほど前、メンチやノワールやツェズゲラといった色々濃ゆいメンツを引き連れてここに訪れた初めてのプレイヤーの一人だ。その上レイザーと知り合いとくれば、記憶に残るというもの。

 

「ボポボォ、久しぶりぃ!」

「そこのクソガキもお前の仲間かよ! 道理で小憎たらしいわけだ!」

 

 愛想良く手を振るリンとは対照的に、ボポボは苦々しい記憶だと言わんばかりに不機嫌な顔を隠さない。ブーメランながら、一体この男相手に何をしたんだとキルアはリンの顔を見た。

 

「リンお前、前に来た時何やったんだ?」

「別に何も。とっととレイザー出せっていちゃもん付けただけ。戦ってもないわ」

「だが今回はそうはさせねぇぞ!? 俺のこの傷が疼いてしょうがねえ!」

 

 リンの言葉に、苛立つボポボ。そう叫ぶと、ガッと自身が被っていたばいきんマンのような帽子を脱ぎ、頭部を曝け出す。

 帽子の下には、そこそこに重症の火傷痕があった。まるで、直接皮膚の上で炎を躍らせたような痕だ。

 

「ありゃ、酷い火傷」

「あれ、キルアがやったんだ。お酒と電気でバチッて火をつけて」

「そりゃあ怒るわ」

 

 思わず呟くリンに、ゴンが小声で耳打ちする。隣で聞いていたレオリオがボポボに同情するくらいには、悲しいまでのハゲ&火傷痕だ。

 

「まあいい、とにかくついて来い」

 

 早くキルアへの報復がしたかったのだろう。先頭を歩くボポボに続いて、ずらずらと一味も歩き出す。黙ってリン達がついて行くと、かつてレイザーとドッジボール(という名の一方的な蹂躙)をした体育館に到着した。

 

 中ではレイザーの他、酒場に居たメンバーと同じような服を着た数名が、筋トレだったりちょっとしたボール遊びをしていた。ガラガラと耳障りな音を立てて開かれた扉に、全員が反射的に視線を向ける。

 久しぶりに会えた育て親。その中でも特に長い時間を共に過ごした一人に会えて、リンは嬉しさのあまり走り寄って飛びついた。

 

「レイザー!」

 

 自分よりも二回りは大きいレイザーの肩に手を置いてぴょんぴょんと跳ねるリン。当のレイザーは、驚きつつも相手がリンだとわかると、少しだけ嬉しそうに口角を上げる。

 

「リンか。立派になったな」

「元気してた?」

「ああ。だが驚いたな。若い頃のジンそっくりだ」

「それ最大級の悪口よ?」

「そうか、悪いな」

 

 前回同様、ジン弄りトークで盛り上がる二人。レイザー相手にここまで親し気な様子を見せられると思っていなかったゴンは、少し驚きながらもやや引き気味だ。

 それもそのはず。ゴン、キルア、ビスケは、初めてソウフラビに来た際、『レイザーと14人の悪魔』の悪逆非道ぶりを聞かされている。これでは、義憤が募るばかりで仲良くする要素が全く見えない。おまけにゴンはレイザーをNPCだと思っている。

 

「姉さん、強盗キャラと仲良くしてるの? クロロとも仲良いならおかしくないのかな……」

「馬鹿、この世界でリンと知り合いってなると、考えられるのは一つしかねーだろ。ゲームマスター、あいつはNPCじゃなくて本物の人間だよ!」

 

 リンの様子からレイザーが実在する人間だと悟ったキルア。初めて会った(と思っている)プレイヤー以外のゲームに関わる人間に、思わずゴンも驚きの声を上げた。

 

「じゃあ、ゲームの世界でずっと暮らしてるってこと?」

「少なくともあいつはそうなんじゃねーの? リンも昔ここで暮らしてたらしいし、その時の育て親とかだろたぶん」

「……?」

「ゲームの世界?」

 

 ゴンとキルアの会話を聞いて、場に微妙な空気が漂う。

 それを発しているのは、ここが現実だと知っているリン、クロロ、ヒソカだ。ゴンとキルアもそれを敏感に察したが、何かおかしなことを言ったかと顔を見合わせる。

 

(……あ、そういえばゴン達には、ここが実在する島って言ってなかったわね。雰囲気なくなるし)

 

 リンはそれが認識の違いから来るずれだと察して何も言わずにいたが、クロロとヒソカにはこの世界の真実を隠しておく義務はない。そのまま違和感を放っておくのはもやもやしたらしく、クロロがあっさりと言ってのけた。

 

「ここは現実に存在する島だ。別段ここに永住したところで、不具合もないだろう」

「「ええ~!」」

「ちぇ、僕が言って驚かせたかったのに♣」

 

 もちろん二人だけではなく、ビスケ、クラピカ、レオリオ、数合わせメンバー達も驚きを隠せない。しかしここで流れに乗らないのがゾルディックの長男と次男だ。

 

「あ、そうなんだ。別にどこでもいいけど」

「おいオッサン! ゲームのモチベ下がること言うんじゃねえよ!」

「オッサン……」

 

 こう見えて17歳、ぴちぴちのティーンであるミルキ。鋭い言葉の刃はクロロの胸を深く突き刺した。親切心で教えたのに、酷い話だ。

 そんなプレイヤー達。レイザーは今回のリンの同行者を見回す。

 

「今回の仲間は随分若い男が多いな。知り合いを呼んだのか?」

「へへ、どれが恋人だと思う?」

 

 リンとて年頃。非モテであろうとも、久しぶりに会った育て親に少し見栄を張りたい気持ちだってあるのだ。いたずらっぽく言ったリンに、レイザーは静かに男たちの眼を見据えた。

 

「……どれでもいいさ。リンにふさわしい男かどうか、俺が纏めて見極めてやる」

 

 突如レイザーから噴き出した激流のようなオーラに、ゴン達だけではなく仲間であるはずの悪魔メンバー達までが臨戦態勢に入った。

 抗えない命の危機に、数合わせで呼ばれた男たちは泡を吹いて気を失いそうになる。唯一ヒソカだけが恍惚とした笑みを浮かべているが、視界にリンが入るせいで『ズキュゥゥゥ……ン!!』の絶頂には至れない。

 

「レイザーストップ! ごめん冗談、冗談だから! 私は未だに彼氏居た事ない! どうしようもない非モテ!」

 

 開眼して念弾を生み出しかけるレイザーを慌てて止めるリン。ドッジボールゲームの前に死人が出ては堪らない。いや、ゲームで死人が出ても困るのだが。

 必要以上に曝け出してしまったリンの犠牲の甲斐あって、レイザーのオーラは内側に引っ込む。そういえばここではゲームをやるんだったと、ようやく主旨を思い出したゲームマスターだ。

 

「で、どうするんだ。前と同じようにいきなりドッジからか? お前が集めたメンバーならどっちにしろ点を取られちまうだろうし、俺はどちらでも良いが」

「おい待てよ! 俺はそこのガキと相撲やるって決めてんだ!」

 

 しかしボポボは当然、それでは納得しない。ほぼ私怨でこのゲームに挑もうとしているくらいなのだから。仲間である自分を攻撃することはないとたかを括っているのか、強気である。

 だが、レイザーとて黙って聞いているわけにはいかない。どうせ負けるのだから時間の無駄だ、と冷たい眼をボポボに向けた。

 

「命令だ」

「ンなもんヘコヘコ聞いてられるかよ。テメェらの遊びにゃうんざりだ!」

「ほう。つまり契約違反か? ムショに逆戻りだぜ?」

「ああそうさ! こんなクソゲームよぉ! その気になれば船でも何でも、この島からおさらばできるだろうが! 俺はここから出ていくぜ!」

「船で島から……?」

「あ、そうか。現実ってことは……」

 

 レイザーとボポボのやり取りに、ゴンとキルアが気づく。ゲームの中ではなく現実に存在する島だというのならば、確かに船で出入りすることもできるだろう。

 

(……ヤバいわね)

 

 ゲームの雰囲気を損ねるその言葉に、レイザーがスッと目を細める。しかし、それより先に動いたリンの飛び蹴りが炸裂する方が早かった。

 

「天誅!」

「ひでぶっ!!」

 

 顔面向けて飛んできたキックによって、ボポボの身体はおもしろいくらい簡単に吹っ飛ぶ。そのままゴロゴロと転がって壁際にぶつかったボポボは、起き上がると殺意を漲らせてリンを睨みつけた。

 

「何しやがるこのアマ!」

「やかましい! レイザーの手元よく見なさいこのハゲデブ!」

 

 そう言って指差した先には、高密度の念弾を生成したレイザーの姿。念弾は凝縮されたエネルギーを抑えきれず、激しく光り輝いている。

 あれをぶつけられたのでは、仮に『堅』をしていても無傷では済まないだろう。修行を経て格上の力量を計れるようになったゴンとキルアは、そのオーラの密度の高さにぞくりと背筋が凍るのを感じた。

 

「たぶん反乱とさっきの発言が規約違反なのよね。レイザー、今の蹴りを厳罰ってことで許してくれない?」

「……次はないぞ」

 

 リンが頼み込むと、レイザーもため息交じりに承認する。ボポボは震えながら後ずさり、仲間の集団に紛れた。

 

「殺そうとしてたの……? なんで!」

 

 レイザーが、恐ろしく強い存在だと理解した。しかし、だからといって納得できないことにあっさりと引き下がるゴンではない。相手が姉の育て親、父の仲間であるからこそ、余計に。

 

「そういう契約で、ここで働かせているからな」

「でも、殺されるほどのものじゃないだろ!? 契約違反って言ったって、死ななきゃいけないほどのものじゃないはずだ!」

「強盗殺人強姦殺人、確定しているだけで11件でもか?」

 

 レイザーの何気なく発された一言に、ゴンが思わず口籠った。かつて住んでいたが故に契約システムについてもある程度把握しているリンは、仕方なしにゴンに注釈する。

 

「ゴン、ゲームマスター以外のここに居る人間は、皆プロハンター……つまり親父と契約した死刑囚なのよ。死刑囚が契約違反をした場合の罰は、大抵の場合延期していた刑の執行なの」

 

 ボポボを含め、ゲームマスター以外のここで雇われている人間は大抵が犯罪者だ。その契約主はジンだが、ゲームマスターも雇用者として名を連ねている以上、しっかりとした雇用関係がレイザーとボポボにはある。

 

「まあ、俺も死刑囚だがな」

「え? それってつまりジンがレイザーと」

 

 仲間を殺そうとする男が父親の友人。これはゴンにとっては大きな衝撃だ。姉が幻影旅団と仲が良いのにも完全に納得しきれていないのに、父親は死刑囚とゲーム作りまでしているというのだから。

 

「あ、言い忘れてた。レイザー、この子がゴンよ。私の弟で、非常に遺憾なことにあのクソ親父の息子」

 

 ゴンは基本的に自分の感性に素直だ。そのため、例えばビノールトのようにプレイヤーキラーであっても、自分が気に入ったら教えを乞う。キルアがボポボに火をつけても、文句を言うことはない。

 一方で、幻影旅団や今ボポボを攻撃しようとしたレイザーのように、自分が気に入らなかったらそれを咎める。それらは多くの場合が第一印象に起因しており、無自覚だ。クロロが『性質が悪い』と評した一面でもある。

 

「姉さん、ジンは悪い人とも仲が良いの?」

「ゴン、その言い方はやめて。レイザーは私の父親代わりでもあるんだから」

 

 ゴンの言葉は純粋な好奇心だったが、それはリンの地雷を微妙に刺激した。少し怒ったように咎めるリンに、ゴンも素直に非を認める。

 悪意がないのもまた、ゴンの性質が悪いところであり、無邪気で人を惹きつける魅力だ。

 

「……うん、レイザーもごめん」

「はは、構わないさ。事実だ」

「ねえ、ゲームが現実世界ってことは、ジンもこの中にいるの? この島の中に!」

「それは俺を倒してから聞くんだな。ジンにもお前が来たら手を抜くなと言われてる。容赦はしねえぜ?」

 

 先ほどのような茶番ではなく、試合前の準備として。レイザーはあくどい微笑を浮かべながらも静かにオーラを練り始めた。

 

(やっぱレイザーのオーラはクるわね……!)

 

 ゴンがごくりと唾を呑み、リンも触発されてついオーラを噴き出しそうになってしまう。軽く呼吸して気持ちを落ち着け、改めて顔を上げた。

 

「……話は戻るけど、ドッジからでも良いのならそうするわ。キルア、それでもいい?」

「まぁ、元々ドッジのメンツどうするかで意見割れてたしな。丁度良いだろ」

「リンとビスケを抜いたら、丁度俺達で8人だしな」

「よし、こっちに来い」

 

 そう言うとレイザーはドッジボールコートにゴン達を案内した。ここでのレイザー以外のメンバーとは、レイザーの作り出した念獣だ。一気に高性能な複数体の念獣を作り出す高度な放出系技能に、ゴン達がどよめく。

 

 レイザーが参加者にドッジボールの説明をする。クッション制の採用と念能力使用の許可。念能力者同士だからこそできる、ルール有りの殺し合いと言っているようなものだ。

 レイザーと念獣は、元々がレイザー一人だからこそ、ある種連携を取りやすい。逆に、ゴンチームは内野で既に不穏な会話が勃発している。

 

「キル、あいつの球に当たったら死にかねないよ。本当はお前をここに参加させるのも嫌なんだ」

「俺はもう変わったんだよ、弱い奴扱いすんな」

「まぁ~たやってるぜ……」

 

 一方ではゾルディック3兄弟。そしてもう一方ではクラピカとクロロ。

 

「足を引っ張るな。下手に制約に引っ掛かってこんなところで貴様に昏睡されては、迷惑だからな」

「手厳しい。お前こそ、俺と協力などできるのか?」

「今回だけだ。次はない」

 

 一方、リンとビスケをはじめとする非戦闘メンバー達は、コートから少し離れた壁際にもたれ掛かって観戦する姿勢。

 外野はレオリオ。内野に居るのはゴン、キルア、クラピカ、ヒソカ、クロロ、イルミ、ミルキだ。メンバーがメンバーなので、協力しづらいのはある程度仕方ないのだが。

 

(成り行きで集めたとはいえ、恐ろしく仲が悪いチームね……そして顔が良い)

 

 思った以上にひしめき合う顔面の暴力。ビスケは既に涎を垂らしそうになっているが、リンは自身が想像していたよりもいまいちしっくり来ず、それが自分でも不思議で小首を傾げる。

 

「どうしたのさ、リン?」

「ん~。なぁんか、メンバーの顔が良すぎるような気がして」

「喜ばしいことじゃないの」

「じゃなくて、何て言うのかな……ドッジボールをするにはゴリラみが足りないというか」

「何それ。あんた趣味の転換でもしたわけ?」

「いや、……まあいいか」

 

 納得いかない理由が分からない以上、考えても仕方ない。メイメイとクラピカから預かったパンダ2号を抱えながら無理やりそう思うことにした。

 余談だが、原作ではバッテラの報奨金目当てにゲームをプレイしていたゴレイヌはこの世界では現在ゲームの中に居ない。一方で、除念を求めるプレイヤーが数多く居ると踏んだアベンガネは原作と変わらずゲーム内に居るのだが、それはリンの与り知らぬところである。

 

 あの化け物と戦う羽目にならなくて良かった……と数合わせメンバーが胸を撫でおろす中、レイザー下っ端死刑囚のリーダー格がリンに声をかける。仲間意識などはないだろうが、何年も共に居たメンバーだからこそ、多少の情が湧いていたのだろう。

 

「お前、ボポボを助けてくれたんだな。……礼を言う」

「いや別に。あれだけやったら死んでも仕方ないかなって思ってる。どうでもいいわ」

「え……じゃあなんで」

「初対面でいきなり下っ端殺すなんてドン引き案件じゃない。ゴンにレイザーを嫌ってほしくなかったのよ、それだけ」

 

 あっさりと言われたドライ発言に、下っ端死刑囚もドン引きだ。だが、それはリンにとってはどうでもいい事。非道であるのなんてわかり切っている。

 

 リンはゴンと違い、悪事を否定はしない。『悪いこと』と認識してはいるが、義憤に燃えることもない。生きていくうえで全てを二極化して測ることが難しいと思っているからだ。

 従って、リンの対人関係の基準は善悪ではなく自分が気に入っているかどうか。一見酷く自己中心的にも見えるそれは、善も悪も、否定も肯定もしない分、純粋な相手への好意のベクトルとして表れる。

 

 笛が鳴らされ、試合が始まる。審判の念獣が投げたボールを、キルアが自陣に打った。タッチアップの結果により、先行はゴンチームから。ボールはミルキが受け止めた。

 

「やってやるか。ゲームなのはテンション上がるけど、実際に動かないといけねぇのがな~」

「ミル、無理するなよ。あのレベルの能力者だと、お前は普通に死ぬから」

「わぁかってるって! イル兄は過保護過ぎんだよ、だからキルにウザがられんだぜ?」

 

 文句を言いながらボールを投げるミルキ。受け止めきれず、レイザーチームのNo.3が倒れる。

 

「ねえクロロ、俺ウザいかな」

「意外だな、気にするのか」

 

 地味に気にしているイルミと、それに驚くクロロ。弟妹大好きお兄ちゃんの心は繊細なのだ。

 ミルキの球の軌道と威力を一瞬で解析したレイザー。次の一球もミルキが投げようとしているのを見て、挑発的に笑った。

 

「なるほどな。準備オッケーだ」

「は?」

 

 レイザーの一言にピキリと来たミルキ。挑発に乗ってレイザーを狙おうとしたミルキに、外野からリンがアドバイスを送る。

 

「ミルキー! イルミかヒソカ辺りにボール回しなさい! あんたレベルのボールだったらレイザーは片手で受け止めるわよー!」

「片手で……!?」

 

 この中では最も非力だが、ミルキの投げるボールだって決して弱いわけではない。少なくとも、片手で受け止めることができるのはヒソカクラスの人間くらいだ。つまり、レイザーの強さは最低でもヒソカクラスということになる。

 

「ま、俺にも回してくれよ。キルにいい所見せたい」

「さっき言ったばっかなのにったく……」

 

 ショックから立ち直ったイルミ。性懲りもなくブラコンを発揮する姿に呆れながらも、兄の命令にミルキは素直に従った。

 

「といっても、俺もこういうのは専門外なんだけどさ」

 

 そう言いながらも投げられた強力な一撃。回転を伴なったそれは、生半可な能力者では受け止めきれずに死んでしまうものだ。

 だが、レイザーはそれを平然とキャッチした。

 

「ふむ、なかなかいい球を投げる」

 

 片手とはいかなかったものの、難なく受け止めたレイザー。誰を狙うかと思われたそれは、ストレートの剛球となってクロロに襲い掛かる。

 

【不思議で便利な大風呂敷】(ファンファンクロス)

 

 ボールがクロロに届くまでは瞬きすら許されない一瞬だったが、その一瞬でクロロは自身の念能力を発動させた。しかしそれを見てリンが呟く、

 

「本来ならベターな選択だけど、レイザーの球なのが悪かったわね」

 

 具現化した風呂敷に包まれて小さくなったボール。しかしその勢いはとどまることなく、小さくなった風呂敷ごと飛ぼうとする。

 だが、ボールを止めることはできた。風呂敷を元のサイズに戻してボールを手に取るクロロに、ゴンが驚いたように声を上げる。

 

「ボールを小さくして威力を削いだ!」

「……と言っても、ショットガンのような威力だな。『凝』をしていたのに、少々腕が傷んでしまった」

 

 そう言いながらひらりと見せたクロロの指は、親指から数えて4本が歪な方向に曲がっていた。恐らく腕も軽く捻っているだろう。指を元の位置に無理やり戻しながらも、ポーカーフェイスは崩さない。

 

「俺は掟で攻撃をできないからな。お前らで投げろ」

「なら、ヒソカにパスして」

「オーケー♣ クロロ、ボールを頂戴♠」

 

 ゴンの意図を察したヒソカがクロロからボールを受け取る。その様子を見つめながらもビスケがしみじみと呟く。

 

「どうでもいいけど、クロロって幽遊白書の仙水に似てるわよね」

「わかるけど……それ、今言う?」

「ちょっと儚げポイントが足りないわさ」

 

 ビスケの好みは、いたいけな少年と儚げな美青年。審査員的には、仙水のような儚さがクロロには足りないようだ。

 

 そんな外野の声はさておき。【伸縮自在の愛】(バンジーガム)によってボールを保持しつつ、レイザーチームの念獣を倒していくヒソカ。No.1、No.4、No.5がアウトになり、レイザーチームは残り4人だ。

 

「なんだよ、割かし楽勝か?」

「ミルキ! レイザーがそんなあっさりやられるわけないでしょ!」

「あんたどっちの味方なのよ」

 

 ミルキに食ってかかるリンとそれを冷静に指摘するビスケ。ゴン達に勝ってほしいが、それは別として育て親の強さも自慢したい複雑な心境なのだ。レイザーが余裕の表情を崩さず、しかし小さく呟く。

 

「このまま念獣を倒されるのは少し嬉しくないな」

 

 またしてもヒソカがボールを投げる中、No.6、No.7が合体してNo.13となり、ボールを受け止める。

 合体もあり、逆に言えば分裂もあり。この状況下では地力と念能力の質がものを言う。強すぎる力にボールを取り戻すのが不可能だと判断したヒソカは、無言で能力を解除した。ボールはレイザーへと受け渡される。

 

「さぁて……次は誰にするか」

 

 レイザーもギアが上がって来たらしく、先程よりも更に高威力の一撃を投げる。しかし投げた相手はゴンチームの内野ではなく、外野の念獣。

 高速で回されるパス。この場に居るメンバーには何とか目で追えるものだが、ならば攻撃されても受け止められるかというと別。

 再びレイザーに回されたボールは、メンバーの中で最もスピードに適応できていなかったミルキに向けられた。外野から状況を俯瞰できていたレオリオが叫ぶ。

 

「ミルキだ!」

 

 ミルキの地力では直接的にボールを受け止めることは難しい。回避もできるのかと思われたが、ミルキは手のひらから小さな器具を取り出した。近未来的なデザインをした立方体のそれは、即座に展開してミルキをすっぽり覆う程の盾となる。

 

「盾で防いだ……?」

「合金だな。裏面に神字を書いて強化もしてる」

 

 ボールははじき返され、ミルキに当たることなくレイザーの手元へ戻った。ゴンとキルアが目を見張って分析をする。盾を解除し、ミルキはドヤ顔で宣言した。

 

「へっ、これは念で事前に作ったモンだ。これならアウトじゃねえだろ?」

 

 コミハン以外は引き籠り生活をしているミルキに、戦闘力は殆どない。痩せているが故に動けはするが、身体能力もそこまで高いものではなく、実力はキルアを大きく下回っている。

 

 しかしそんなミルキも、一人の暗殺者。情報操作と機械を駆使して暗殺をこなすミルキの念は、【神の見えざる手駒達】(オートマタ)というクリエイト能力だ。

 その性質は、イメージした物を自動で設計、作成するというもの。材料は実在するもの、それもイメージに適合するものを用意しないといけないが、ボンボンのミルキにはさして負担でもない。精密機器や同人原稿はまだまだ難しいものの、単純設計の物なら苦も無く作り出せる。キルアのヨーヨーもこの能力で作り出したものだ。

 

「アウトです」

「はぁ!?」

「武器類も身体の一部と見なします」

 

 ……とまあ、ミルキの能力は有用性が高いし現にレイザーの攻撃も防いだのだが、ここでは役に立たない代物だったらしい。ルールでは言い返すこともできず、すごすごと外野へ退場する。

 

「あー、クソ!」

 

 ミルキがアウトとなり、レオリオが交代で内野に戻ってくる。そしてレイザーチームのボールだ。

 先ほどとそう変わりないスピードで投げられたボール。その対象はキルアだった。直接的に受け止めるのは難しいと判断し、キルアは左に回避する。

 

 しかしボールはキルアが避けた直後、直角にカーブした。そして回避したキルア諸共一列に並んでいたイルミ、ヒソカを襲う。

 

「(『逃ゲロ……』)……!!」

「回避できた!」

 

 本来のキルアの力量ならば咄嗟に反応できるものではない。良くてアウト、最悪死亡していた可能性もあっただろう。

 だが、イルミの針によって無意識の回避行動をとったキルア。掠ったものの不幸中の幸いにしてボールが直撃することはなく、そのままイルミとヒソカに向かう。

 

 二人とも回避、しかし先回りしていた外野の念獣により、威力は落ちるもそのままキャッチ&アタックがなされる。対象は、至近距離かつ回避直後のヒソカ。

【伸縮自在の愛】(バンジーガム)でクッションにしつつ、片手でボールを受け止めたヒソカ。しかし衝撃で薬指と小指が潰れてしまった。掌全体も傷んでいるだろう。

 

「イルミの呪いがなかったらキルア、死んでたわね」

「……本当に皮肉な話だわ」

 

 このイベントは15人以上のチームであることが前提な上に、カード化限度枚数もたったの3枚。実質クリアチームが出るのは一回きりの、重要イベントだ。

 おまけにレイザーはジンから『全力でやれ』と指示を受けている。つまり、ゴン含めて全員殺してやるくらいの気持ちでゲームに挑んでいる。キルアが軽傷で済んだのは、本当に皮肉な運でしかない。

 

「キルア選手、アウトです!」

「……」

 

 そしてヒソカがボールを受け止めたとはいえ、その前に外野がキャッチしている。キルアはアウトだ。

 

「キル、その辺にしとけ。十分楽しんだだろう」

 

 頬を流れる血を拭いながら、黙って外野へと歩くキルア。その様子は、ハンター試験の最終試験を思わせるものがあった。

 

「まだバックの権利は残ってる。でも……」

「この試合中にキルアが復帰するのは無理だわね」

 

 ビスケの言った通りだ。命の危機によって針に支配された状況、試合続行をしている中で正気に戻るのは難しいだろう。

 

「戦意喪失か。だがあれを回避できるとは思わなかったな」

 

 好戦的かつ実力を兼ね備えていると思っていただけに、レイザーも意外そうな表情を見せる。ゴンはその所業に静かに怒っていた。

 

「下手したら、キルアが死んでたかもしれない」

「言っただろう? 手を抜くなと言われていると」

「……絶対に勝つ!」

 

 そういう勝負だとわかっていても、腹は立つものだ。闘志を燃やすゴンの傍ら、イルミが静かに前に進み出た。

 そう。この状況で、イルミが怒らないわけがない。

 

「……念能力の使用はありなんだよね?」

「はい」

 

 審判の返答を聞くと、イルミはぎょろりとレイザーの方を見た。ヒソカからボールを受け取り、殺意の満ちた瞳でオーラを全開にする。

 

「俺、怒ってるんだよね。殺される前に殺しておかないとさぁ……」

 

 ざわりと広がった悪意の塊のようなオーラ。外野に出たキルアはもちろん、レイザーもかつての自分とはまた違う質のオーラに顔を僅かに顰める。見たことがあるとはいえ、生存本能からゴン達も思わず距離をとった。

 

「ひ、ひぃぃ!」

 

 数合わせの男達だけでなく、レイザー一味の死刑囚たちも涙を浮かべながら震えあがる。

 念を習得していてもどうにかなるものではない。イルミの殺気とそれを乗せたオーラは、それだけ刺激が強いものだ。初見で全力の殺意を浴びるのは、彼らには荷が重すぎた。

 

「イルミ、あんたの育て親を殺す気だわよ。本気で」

 

 ビスケもリンに忠告せずにはいられない。もちろんリンも、キルアと共にレイザーイベントを攻略する時点で、イルミを呼べばこのような事態になる可能性も十分に考えていた。

 

「……そう簡単に殺されるレイザーなら、イルミを呼んだりしてないわよ」

 

 だが、リンの見立てではレイザーの純粋な力量はイルミよりもやや上。そこに得意分野、しかもルール有りのゲームイベントとなれば、レイザーがイルミに殺される可能性は限りなく低い。少なくともリンはそう確信しているし、信じている。

 

 殺意を込めて大量の針を投げるイルミ。イルミの針は操作のオーラも乗っているため、当たれば一発アウトだ。それを察したレイザーも、防御の構えは捨てて軽く跳び、回避する。

 だが、本当の狙いはここだ。レイザーが回避した方向を狙って、イルミは渾身の一球を投げた。回避した空中で、身動きがとりづらい。レイザーは強力な一撃を受け止める選択をよぎなくされる。

 

「よ……っと!」

 

 レシーブをしたレイザー。しかしそのボールが行きついた先はゴンチームの内野や味方の念獣の方向ではなく、床。先程イルミが投げたばかりの針が突き刺さった床。

 そのままワンバウンドして、再びボールはレイザーの手元に戻る。針というボールの方向を変える物体が大量に刺さっているにもかかわらず手元に来るよう計算した、それもまた恐ろしい技術だ。

 

「イルミ選手、アウトです!」

「え?」

 

 てっきりレイザーがアウトになると思っていたイルミ。殺せるとも思っていたため、審判の声に間の抜けた声を上げた。予想外の出来事に殺意のオーラも霧消してしまっている。

 

「投げた針も身体の一部と捉えられます。ライン外の捕球により、反則負けです!」

「おっと。参ったな」

「そのネタさっきミルキでやったつーの」

「……あのボウヤ、キルアのことになると周りが見えなくなるのね」

 

 思わずツッコミを入れるリンとビスケ。禍々しさはあるものの、あの状況で殺意を漲らせるのはキルアを愛しているからこそ。リンがイルミを総評していた根拠を見て、ビスケも複雑な心境になる。

 だが、イルミがアウトになった。これで内野はゴン、クラピカ、レオリオ、ヒソカ、クロロだ。双方順調にメンバーが減りつつある。

 

「さあ……次は誰かな?」

 




【神の見えざる手駒達】(オートマタ)

操作系能力
自身が意図したものを自動的に制作する能力。
脳内でどの程度精密に設計しているかによって完成品の精度が変化する。

制約:必ずイメージに適合する素材を使用しないといけない。一切の妥協が許されない。
誓約:特になし
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