「もうこのイベントも終わりか。ちょっと残念」
イベントをクリアした以上、この場所に留まる必要はない。数合わせで呼んだプレイヤーに先日使用した【挫折の弓】の残りを渡した後、リンはレイザーにそう声をかけた。
「ゲーム中でも、トップクラスの難易度なんだがな。死人が出るのも想定している」
「ちょっとズルだけど、それを踏まえたうえで対策してたからね。私達以外に、プレイヤーは来た?」
「いや、発生条件も絞っている分、ゼロだ」
「終盤に起こすのがベターなイベントだしね~」
何気ない雑談をしているようで、少しばかり別れの時を引き延ばせないかという打算もある。ハンター業を生業にしているのにこんなわかりやすい態度を見せるいじらしさに、レイザーはゴンとの会話を思い出してふ、と微笑んだ。
―姉さん、もっとレイザーと喋りたいんじゃないかな。レイザーのこと大好きだから―
嘘だと思っていたわけではないが、ゴンの言う通りで少し驚くとともに、満更でもない気持ちになるレイザー。いつの間に自分はこんなに単純になってしまったんだ、と自分で自分に苦笑する。
しかし、一般的な父親のように(あくまで想像でしかないが)穏やかに語り合いをするなんてことは、どうにも性に合わない。レイザーがリンにできるのは、今も昔も喧嘩と念能力の指導だけだ。
「だが、これで終わりというのも少し寂しいな。どうだ、どれくらい腕を上げたか見てやろうか」
そんなレイザーの提案に、リンは思わず顔を輝かせた。レイザーも昔から何度も見てきた、本当に嬉しい時のリンが見せる顔だ。
「いいの? 成長したところ見せつけちゃうわよ?」
口ではそんな事を言っているが、今更『やっぱなし』と言う気には到底なれない期待度の高さだ。子どもっぽい表情で見つめられて、これは万全の態勢で挑まねば、とレイザーも兜の尾を締める。
そして気合いを入れなおすレイザーの姿に、ドッジボールの死闘直後だったと思い出したリン。ゴン達ほどではないが、レイザーもほどほどに負傷はしている。特に、場外に押し出された時に摩擦で靴が破け、足の裏は皮が捲れており痛そうだ。
「でも、流石に疲れてるんじゃない?」
「いや、今のままで大丈夫だ」
そう言ってレイザーが取り出したのは、一枚のカード。【大天使の息吹】のプロトタイプで、ゲームマスターのみ使用を許されるものだ。
「
カードから吹き付けられた息吹により、一瞬で傷も疲労も完治したレイザー。その能力をレオリオが興奮気味に見つめる。
「すげぇ、良い能力だな!」
「この島限定、ゲームマスター限定の能力だがな。ここに居る限りは、俺はほぼ無敵ってわけだ。わかったらお前ら、反乱は止めておくことだな」
レイザーの言葉に、ボポボ達は恐怖を覚えた表情を浮かべながらこの場から退散する。その場には、リン達とレイザーのみが残された。
ルール有りのスポーツならばいざ知らず、リンとレイザーが本気で肉弾戦をするのならばちょっとした体育館では狭すぎるし、なにより建物の倒壊が心配される。
レイザーにそう促されて外へ出る傍ら、キルアが心配そうにリンを見た。実際に戦ったからこそ、レイザーの恐ろしさはよく理解できている。
「勝負っつっても、大丈夫か? 相手はあのレイザーだぜ?」
「さっきも言ったでしょ? 小さい頃からレイザーと何百回も勝負してきたのよ」
「ちなみに勝率は?」
「548戦548敗」
何気なく言ったリンの一言に、レイザー以外の全員の眼がリンへと向けられる。まだ勝負の回数と戦績を律義に覚えているリンの執念深さに、レイザーが少し笑った。
「皆無じゃねえか!」
「当たり前でしょ当時4歳よ! 今度こそ絶対に勝ってやるんだから!」
4歳であの化け物と毎日喧嘩をしていたのか、とキルアは引き気味だ。自分も人のことを言えない自覚があるとはいえ、少しベクトルの向きが違う。キルアの隣でミルキが物珍し気にイルミに眼を向ける。
「イル兄、帰らないんだな」
「うん。多少は興味があるからね、リンの本気」
「へえ、珍しい。まあ俺もだけど」
イルミは依頼が終わったのでこの場に居る必要はないのだが、リン達の勝負を観戦してから帰るようだ。クロロやヒソカも興味本位でその場に残るらしい。
周囲には何もない草原の中央に、リンとレイザーが立つ。戦いの影響が及ばないところまで距離を取った他のメンバーも、全員がただ待つわけではなく、戦いの様子を見守る構えでいる。
「ゴン、キルア、よく見ておきなさい。今から始まるのは、世界中でもトップクラスの戦いよ」
真剣そのもののビスケの言葉。ゴンとキルアは改めて二人の姿を食い入るように見つめる。そこまで長い付き合いではないが、それでも師匠であるビスケがここまで言う戦いは今までなかったからだ。
リンが全力でオーラを練ったところは見たことがあるが、本気の戦闘は見たことがない。レイザーに勝ってやると豪語するリンは、どれだけの実力を隠し持っているというのだろうか。
「メイメイ、悪いけど今回は奥に引っ込んでてくれない?」
「きゅ」
リンの声に応じて、メイメイが具現化を解除する。てっきり念獣も戦いに使用すると思っていたレイザーは、不思議そうな表情を見せた。
「念獣を出しておかなくていいのか?」
「どうせなら、昔と同じ形式でやりたいからね。『発』はなし、他の技術は全部あり」
「わかった。……死んでも知らねぇぜ?」
「舐めんじゃないわよ。レイザーこそ、本気で来ないと後悔するわよ」
勝気に笑うと、リンも全力のオーラを練る。幼少期からは比べ物にならないくらいに進歩したオーラの力強さに驚きながらも、レイザーは困ったように笑った。
「まったく……お前も物好きなモンだ。こんな意味のない勝負をしたがるなんてな」
「レイザーだからよ。強くなったのを見てもらいたいの」
即答したリンに、レイザーが思わず目を見開く。そしてその言葉に応えるように、レイザーからもオーラが噴き出した。
『レイザー、俺と一緒にゲーム作ろうぜ』
『はぁ? 俺なんか呼んでどうすんだよ』
『レイザーだからだよ。お前とゲームが作りたいんだ』
思い出すのは、ジンに雇われた15年以上前のこと。
当然リンがジンの台詞を知っているわけもなく、ただの偶然だ。リンとレイザー、二人のオーラが立ち昇る。
「どうしたヒソカ。お前の大好きな、強者の戦いだぞ?」
「……本来なら最高のオカズなんだけどさ♣」
傍らでは、クロロがヒソカの表情に気づいて揶揄うように声をかける。ヒソカもヒソカで、複雑な心境だ。
強さだけで言うならば、非常に股間にクる案件。しかし、相手がリンだと思うだけでぴくりとも来ない。自身がリンと戦うとなればまた違うのだろうかと自問自答するヒソカは、珍しく戦闘そのもの以外に頭を使っている。
膠着状態を切った一手に、ゴンが叫んだ。
「始まった!」
レイザーの強すぎるまでのオーラから、念弾が生み出される。ただし、ボポボに向けるはずだったものよりも数倍の密度と威力を持っているものだ。それは、ドッジボールの時と同じように、スパイクによって打ち出された。
対して、リンは軽く腕を振り、その念弾を弾き返す。凝縮されたオーラは海へと軌道を変え、そのまま水上で大爆発を起こした。
「念弾を弾いた!」
「造作ないように動いたけど、あれもかなりの技術よ。攻防力移動のスピードとその精度、念弾を弾くタイミング。エネルギー量が莫大なだけに、失敗すればその時点でアウト……」
仕返しをするかのように、リンも念弾を作り出し、放出する。流石に決め台詞こそ言わないが、構えは有名なバトル漫画そのものだ。
レイザーが、放出された念弾をリン同様に弾くと、その陰からリンが急接近して拳を打ち付けた。
衝撃波と共に、勢いよく打ち出された拳。死角から襲ってきたにもかかわらず、それを受け止めたレイザーだったが、それすらもブラフで、本命は下段に放たれた回し蹴りだった。
突如しゃがみ込み足払いをかけられ、流石のレイザーも回避が間に合わず、オーラで足元を固めて防御する。同時に掌を地面に向け、至近距離のリンにぶつけるように、オーラを放出した。今度は球ではなく、体内のオーラを水流のように溢れさせてそのままぶつけるものだ。
受け止められないと悟ったリンが、咄嗟に足にオーラを溜めて回避する。リンの居た場所にはクレーターのような巨大な穴ができあがった。
「とんでもねぇオーラ量と技術だな」
「俺達があの域まで達するのは、いつのことになるだろうか」
瞬く間に交わされた複数の攻防。それら全てが自分では対処しきれずに死んでいたと理解したレオリオとクラピカは、冷や汗混じりに呟いた。
「にしても、能力なしの高等応用技ありだなんて、ほぼレイザーに有利な条件じゃねえか。もっと有利な条件で戦えばいいのによ」
ミルキの言い分は合理的であり、正論だ。
放出系は強化系同様に直接戦闘に優れており、特にレイザーの場合は『発』の方がおまけだと言えるくらいに、高等応用技に秀でている。そうでなくとも、特質系のリンの場合は、能力ありで戦う方が有利な状況に持ち込みやすい。
「兄貴だって、縛りでクリア目指したりするだろ? それと似たようなもんだよ」
「姉さんにとって、その形式で勝たないと意味がないんだ」
これが仁義なしの殺し合いであれば、ミルキの意見は正しい。だが、あくまでこれは、リン達にとっては腕試しの挑戦であり、ただの喧嘩だ。
リンとレイザーの攻防が一合行われるごとに、周囲に隕石が落ちたような音が響きわたる。小手調べ程度でも軽く念能力者を殺せる力を持ったやり取りは、ヒートアップするにつれて更に勢いを増していく。
「本気で来いって言ってたからな!」
「……!」
レイザーの本気の一撃が、リンの腹にストレートで入った。肋骨が折れ、口から激しく血を吐き出す。勝負あったか、誰もが反射的にそう思った。あくまでこれはただの喧嘩だからだ。
だが、リンにとっては同時に負けられない戦いでもある。この程度の負傷で勝負を止める気はさらさらない。
「ふふん、その程度?」
そう言って笑うと、再び巨大な念弾を生み出したリン。今度は身を翻して回避したレイザーだったが、リンの姿は先程立っていた場所から消えていた。
(死角からの攻撃……。障害物のないこの草原で、死角は限られている)
背後の空気の流れが変化した。同時にリンのオーラの気配を感じる。それは念弾のような小さなものではなく、リンと同じ体格を持つもの。間違いなくリンそのものだ。
(後ろか!)
拳にオーラを集めながら振り向き、同時に間合いを取るための後退をするレイザー。しかしそこにリンは居ない。リンと寸分違わない形状のオーラがあるだけだ。
「残念、シンプルに正面よ!」
そう叫ぶと同時にリンの気配がレイザーの目の前に現れる。『絶』を解除したリンのオーラは一瞬で激しく立ち上り、そして『硬』により仕返しと言わんばかりにレイザーの腹を打ち付けた。
「クロロ、リンの本気見たことあった?」
「いや、ありがたいことに今までなかった」
「俺もこの数年はない。随分力を付けたみたいだね」
人型のオーラをレイザーの背後に動かし、自身は『絶』をして、人間の視界に入らないギリギリの場所に移動する。その移動も、レイザーの回避地点を予測、誘導しておかなければ、アウトだ。
更に、レイザーの意識が背後に移った時点で『練』によるオーラ強化と、『硬』による拳への凝縮をさせて拳を打ち付ける。
それらは、全てが眼にも止まらぬ高速移動でなされており、特にオーラ技術については一朝一夕で達成できるものではない。通常ならば、習得に何十年とかかる水準のものだ。
「暗殺依頼が来ないことを願うよ。割に合わなすぎる」
「確かに、あのレベルになると、確実に殺すのは難しいだろうな」
イルミの言葉が、彼なりの最大級の賛辞であると理解しているクロロ。しかし、それは全くもって同意だ。
ヨークシンでは、占いが未来を曲げるきっかけになったにすぎず、本来は殺し合う運命だった。これほどの実力を兼ね備えている者が、自暴自棄になって捨て身で襲い掛かってくるのだとしたら。間違いなく蜘蛛を壊滅へと追いやるものだ。
それは、レイザーも感じていることだった。
いつの間にか世界トップクラスにまで腕を上げている。レイザーが面倒を見ていた当時でさえも生半可な能力者なら軽く凌げるものだったが、たった10数年でここまで成長できるものかと驚くばかりだ。
(本当に成長したな)
いつの間にか大人になり、出会った頃のジンほどに成長していたリン。その一撃一撃は重たく、どれだけの修練を積んだかがよくわかる。
だが、レイザーと対峙するその顔つきは、昔の面影を残している。必死にレイザーだけを見据えている表情を見て、レイザーは自分の感想が正解であると同時に、間違いだということにも気づいた。
(いや、あの頃から何も変わっていないのか)
数々の攻防を交わしながらレイザーが思い出すのは、10年以上前のやりとり。まだリンが幼く、念能力者としてもひよっこだったころの姿だ。
『レイザー!』
『……あん? なんだ、不貞腐れてたんじゃなかったのかよ』
『ごめん。わたしがよわいのがわるいのに、レイザーにひどいこといった!』
何度も勝負を挑んでは、自分にあっさりと吹き飛ばされる少女。歳相応の幼さで泣きながら去ったと思えば、あっさりと戻ってきてそう頭を下げたリン。その目には、父親によく似た力強さがあった。
『わたし、ぜったいつよくなるから! レイザーがてかげんしてられないくらいつよくなる! もう、よわいからってやつあたりしない!』
あの時そう豪語した子どもは今、強敵としてレイザーに襲い掛かる。宣言通りに、世界トップクラスの強さを手に入れて。
強くなった、成長した。見違えるほどに大きくなり、姿も能力も、変化したところは数えきれない。
だが、レイザーを見つめる力強い瞳は、昔のままだ。育て親と慕い、自分の成長を褒めてほしいと向かってくるあのひたむきさは、何も変わっていない。
『レイザー! しょうぶしてしょうぶ!!』
『またか……』
『いいから! きょうこそかつから! レイザーにほんきださせるんだから!』
真っすぐに自分を見つめてくれる。名前を呼んでくれる。それはレイザーにとって、救いだ。こんな未来が待っていると、あの頃の自分に言っても、絶対に信じてくれないだろう。
『お前、名前何ていうんだ?』
『聞く必要ねーだろ。さっさと捕まえろよ。それか殺せ』
『いいから』
『……レイザー』
『そうか。レイザー、お前強いんだな!』
(本当に、お前ら親子は、俺の名前を呼んでばかりだな)
それは、レイザーを人間として見ている証明。幼少期からレイザーが心より欲してきたものに、他ならなかった。
(!? ……なんだこの気配は!)
数え切れぬ攻防を交わした末、突如現れた巨大なオーラの気配。動揺に目を見開くレイザーに、血を流し明らかに劣勢でありながらも、リンはニヤリと笑った。
「! 上だ!」
キルアの声に全員が頭上を見上げる。そこには、太陽のように光り輝くオーラの塊があった。
大きさは、直径おおよそ4 mといったところだろうか。生半可な腕前では、到底作り出せる代物ではない。これを相手に気づかれないように『隠』を使って。それも戦いながら作り出したリンのオーラを扱う技術に、レイザーは冷や汗を流した。
(巨大な念弾を上空に……!?)
「戦いの中で放出したオーラを、霧散したように見せかけて上空に留めていたのね。本当、驚かせてくれるわ……」
ビスケが呆れたように呟いた。最も呆れたのは、その攻撃をレイザーが受け止めてくれると信じて疑わないリンの神経だが。
「とびっきりの愛、受け止めてくれるわよね?」
「これは……受け止めるのが礼儀というものだな」
それは甘えとも異なる、信頼の証だ。レイザーが、自分の成長を見届けてくれるという信頼。そんなものを純粋に向けられて、レイザーは困ったように笑った。
幼少期からただ、人として扱われたかっただけだった。それすらも叶えられないまま人生を過ごしてきたが、本当に欲しいものは意図しない形でやって来た。それも、予想していなかったくらいの大きな愛情となって。
覚悟を決め、レイザーも全力でオーラを練り応戦の構えを見せる。リンの手が大きく真下へ振り下ろされ、オーラの塊が上空からレイザーを襲った。
身体全体で、自分の何倍もの体積を持つ念弾を受け止めるレイザー。しかし、自身のオーラで抑え込むことが敵わず、念弾はそのまま派手に弾けた。
「姉さん! レイザー!」
周囲が光り輝き、爆弾が爆発したかのような轟音が響きわたった。爆風を耐えたゴンは、もしかしたらレイザーが死んでしまったのではないかと固唾をのんで見守る。
「……まいった。これ以上動くのは、少し辛い」
土煙の晴れた先、緑豊かだった草原は跡形もなく茶色い土だけになってしまっていたが、その中央にレイザーは座り込んでいた。疲れたように笑いながらも、確かに生きている。
そして、レイザーの降参宣言。それは、リンが初めてレイザーに勝ち星をあげた証明でもあった。
「いぃやったぁー! 初めてレイザーに勝ったー!」
あちこちの骨が折れて、口からも血を流しながら、リンは心からの喜びの声をあげた。この嬉しさを前にして、痛みなどどうでもいいとでも言っているかのような表情だ。
「ねえどう? 私かなり成長したでしょ!」
「ああ。本当に強くなった」
「ほら、リン。回復の時間だ」
満身創痍のはずなのに、にっこにこのリンに、レオリオからのドクターストップが入る。レオリオが
「いつにも増してガキくせぇな、リン」
レイザー相手に無邪気な表情を見せるリンに、キルアが呆れたように言った。レオリオからの治療を受けておおよその回復を完了させたリンは、キルアに対して少し照れたような睨みを向ける。
「レイザーは、姉さんにとっての父さんだったんだね」
「ていうか、ここの全員が育て親よ。クソ親父が月に1回顔出すか出さないかだったから。ありえんわ本当」
だが、そんな愚痴でも、ゴンからすればようやく教えてもらえた貴重な姉の過去の断片だ。ニコニコと嬉しそうに笑うゴンに、リンは少し照れ臭そうに付け加える。
「ま、でも……戦いの基礎を叩きこんでくれたのはレイザーよ。レイザーが居るから、今の私が居るの」
立場も出生も関係ない、レイザーという人間に向けられた純粋な好意。レイザーはそれをこそばゆく思いながら受け止めたのだった。
◇◇◇
「もう行っちゃうの?」
「俺はまだプレイするけどな。ソロプレイ派なんだよ」
ミルキは、このままゲームに残ってソロプレイを続けるらしい。コミハンの時期までには帰るのだろうが、10日以内にゲームに戻らないとカードが消えるのは、どのように対処するのだろうか。
リンとしても気になるところだが、最悪原稿をG・Iに持ち込むのだろう。被害を受けるのはバッテラだけなので、特に突っ込まないことにする。
「針を抜いたことは親父たちにも報告しておくよ。成長したね、キル」
「イル兄……」
イルミは仕事もあるため、ゲームから出るようだ。キルアにひと声かけると一切の躊躇なく、リンから受け取った【挫折の弓】でゲームから離脱した。もう少し、後ろ髪引かれても良いのではないかと思うリンである。
イルミとミルキがパーティーからはずれ、時間も遅いとの事で残ったメンバーは近くの宿へと入る。クロロとヒソカも離脱するのかと思いきや、まだゲーム内に残るので明日ここを発つようだ。
「……アホ面こいて寝てやがるな」
宿の談話室に入るや、ソファーに寝転がりすぐさま爆睡してしまったリン。メイメイを抱き枕に気持ち良さそうに寝るその姿は、ここは実家かと突っ込みたくなるほどのものだ。キルアが呆れるのも無理はない。
「凄い戦いだったもんね」
「お前は眠くねーのかよ」
「なんか、興奮しちゃってさ」
「ガキかよ。ま、俺もだけど」
何人もゆとりをもって座れそうな大きなソファーだが、その半分をリンが陣取っている。あいているスペースに座っているのは、キルアとクラピカ。
ゴンは傍らに備え付けられているダイニングテーブルの椅子に座り、クロロ、ビスケ、レオリオ、ヒソカが飛ばし飛ばしの場所に腰かけていた。
「リンはここで育ったからね。故郷で親代わりに会えて、安心したんじゃないかしら?」
「そーなのか?」
「らしいぜ。で、ゴンが生まれる少し前に俺んちに来たと」
いい加減、猫かぶりにも飽きてきたらしいビスケの言葉に、レオリオが驚いた表情を見せた。本を読んでいるクロロも、努めて顔に出さないようにしているが、それでもこの会話に耳をそばだてているらしい。
レイザーが親代わりだというのは把握していたが、ここまで安心して眠るのだ。自分たちが思っていたよりも、リンは長年ここで暮らしていたのかもしれない、と全員が感じた。
キルアが呆れ気味に、ぷにぷにとリンの頬をつつく。流石に目を覚ますかと思いきや、起きる気配は皆無だ。
「にしても、油断し過ぎだろ。こんなんじゃサクッと殺せちまうぞ」
「キルアの家に居たなら、俺達みたいな訓練もやってそうなのにね」
椅子の背をまたぐように座りながら、姉を見つめるゴン。修行を経た後では、むしろなぜこれで起きないのかと疑問に思うくらいのリラックス具合だ。そんな二人のやりとりを眺めつつ、入れたばかりの紅茶を飲みながら、ビスケがあっさりと言った。
「ならやってみると良いわさ」
「は、マジ?」
「大マジよ。この子、変なところメリハリついてるからね」
「んじゃ、ちょっとだけ……」
自分たち同様に弟子であるリンに対して、ビスケは平然と、殺そうとしてみればいいと言ってのける。流石に殺そうと動きはしないが、それでも好奇心に駆られたキルアは、少しだけリンに向けて殺気を放った。
瞬間、リンの目はバチリと開かれ、殺気を向けてきた対象であるキルアを排除しようと襲い掛かる。殺意の源を排除するために。
「おわっ! ……っと」
それらの動作は、完全に無意識のものだ。眼前まで迫ったところで、それが愛する弟分だと気づいたリンは、反射的に伸びていた殺意の籠る右腕を咄嗟に引っ込め、勢いづいた身体をなんとかしようと焦って、ソファーの背に手を置いた。
そのまま空中に跳んで、一回転する。クロロが本を読みながらもう片方の手で椅子を引き、リンはそのまま椅子に着地して座った。
「ナイスクロロ」
「姉さん凄い!」
隣に腰かけたリンを、サーカスでも見たかのようにゴンがパチパチと手を叩いて称賛する。確かに、鮮やかな一連の流れだった。クロロも本を読みながら少し口元で笑う。
「成長したな」
「これくらいなら昔からできたわよ」
「喧嘩を売る側から、売られる側になっている。それを成長というんだろ?」
「確かに?」
姉が楽しそうで、弟としては嬉しい限りだ。一方で、少し前までリンが居たソファーではむっつりと苛立っているクラピカの姿。
クロロがクラピカにとって宿敵なのはもちろんだが、それにしてもクラピカの苛立ちは少し質が違う気がする。ゴンは思わず首を傾げる。
「どうしたのクラピカ」
「お年頃ってやつなんだよ。青春だな~」
クラピカの複雑な感情は、恋愛マスターのゴンでさえも掴み切れないほどのものだ。唯一心情を知っているレオリオが、同情する視線をクラピカに向ける。想い人(仮)が宿敵と仲が良いのだから、当然良い気分はしないだろう。
「もー、キルア危ないじゃん! 殺すところだったわよ!」
「昔、俺が言ったセリフそのままだな」
「そうだっけ?」
そんな彼らの心境露知らず、リンはむすっとしてキルアに文句を言った。デジャヴを感じる言葉に、クロロがツッコミを入れるが、憶えていないふりをしておくリンである。キルアに顔を向けることで、一連の会話をなかったことにする。
「ていうか、キルア何よ。急に殺気なんか出して。しかも思いっきり私に向いてたし」
「あはは、姉さんが全然起きないから、殺されたりしないかって気になってさ……」
「本当に避けられるのかよ」
わけがわからないリンに、バツが悪そうに答えるゴン。それで、ようやくリンも意図を察する。どうやら実験台に使われていたようだと。
「クソ親父の鍛錬の賜物よ。あいつに起こされるのが腹立つから、ギリギリまで寝てられるように身体が勝手に順応しちゃったみたい」
「逆にスゲーなそれ」
「必死だったからね~。もうちょっと寝よ」
グダグダと言いながら再びソファーに戻るリン。クラピカの隣に腰かけると、「ゴン~枕になって~」とソファーの隣をバンバン叩いて見せる。珍しく姉特有のジャイアニズムを見せるリンだ。
「部屋に行った方が良いんじゃない?」
「寂しい! まだ皆と一緒に居たいのー」
ゴンも、笑いながらそれに応じる。ゴンの膝に頭を乗せると、リンはのび太もびっくりのスピードで、再び夢の中へと入った。いつもと少し異なるリンの姿に、レオリオが少し驚いたように目を見張る。
「なんか、いつもとキャラ違くねーか?」
「よっぽど疲れたんだね。姉さん、眠いとちょっと甘えん坊なところあるから」
そう言いながらも、ゴンは姉の頭を優しく撫でる。今日一日で、ずっと見たいと思っていたリンの様々な一面を見られたため、今日の弟はいつにも増して姉の横暴に寛容だ。
それを見ていたクラピカは何も言わず、自身の上着をそっとリンにかける。メイメイを再び抱き締めながら、リンの寝顔は更に安らかなものになった。
「クラピカも素直じゃねーよなぁ。『俺の膝も空いてる』って言えばいいのによ」
揶揄うように言ったレオリオに、鎖が飛んで行ったのは言うまでもない。クロロに軽く視線を向けると、クラピカは何も言わずにそのまま階段を上がった。
◇◇◇
1時間も経っただろうか。
自室へ戻り、暫くは本を読んで静かに過ごしていたクラピカ。しかし、風の流れと人の気配を感じ、気配の主に声をかけた。視線を本に落としたままなのは、顔を上げるに値しないと思う相手だったからだ。
「何の用だ」
「自室に戻る前に寄っただけだ」
「目障りだ。失せろ」
「酷い言い草だ」
気配の主……クロロは、音もなく開いた扉にもたれかかりながら、口元だけで軽く笑ってみせた。そしてクラピカの居るベッドまで歩み寄り、傍に腰かける。友人のような自然な仕草に、クラピカは少し舌打ちして見せた。
「共に戦った仲だろう。つれないな」
「やむにやまれず、だ。同胞の仇と交流を深める道理があるか?」
そう言いつつもクラピカは思わず眉間にしわを寄せた。それは目の前の敵のせいではなく、自分の発した言葉のせいだ。
同胞の仇。それは、クロロにとっての自分も当てはまる言葉だ。リンから知らされた真実は、当然クロロも知っている。誰を憎めばいいのか、クラピカは最早わからない。
「相変わらずだな」
そんなクラピカの心境を、知ってか知らずか。いや、流石に知らないだろう。クロロは、いつも通りの態度で軽く笑ってみせた。そして、少しだけ声のトーンを下げ、内緒話をするように少し顔を近づける。
「リンに惚れてるのか?」
突如落とされた爆弾に、流石のクラピカも少しだけ肩を震わせた。
直ぐに平静を繕うが、先程の自身の余裕のなさとレオリオのあの言い回しでは、気づく人間は気づいてしまうだろう。クロロが、気づく人間だっただけのことだ。
正直なところ、自分でも認めたくはない。しかし、否定する材料もない。そしてそこは、偽証を嫌うクラピカ。結果として、微妙な回答になってしまう。
「……仮にそうだとしても、貴様に言ってどうする」
「その言い草は、流石に少し傷つくな。俺の方がリンとは付き合いが長いが」
「先日殺し合いになりかけた相手に兄貴面か」
「互いに事情がある。そもそも喧嘩を売って来たのはあいつだ」
悔しいが、クロロの方が生きている年数は上だ。そして、リンとの付き合いの長さも上だ。目の前の宿敵は、全てを察したような表情で、面白そうに言う。
「面倒な奴に惚れたな」
「盗賊の頭が兄貴面しているからか?」
「それもある。おまけに、あいつ自身も碌なモンじゃない」
その言葉には、必死に平静を装っていたクラピカも流石に声を荒げる。しかし、掴みかかろうとした腕を、クロロは容易く躱した。空を切った拳を握りしめ、ベッドから降りると目の前の男を睨みつける。
「知ったような口をきくな」
「前にも言っただろう。お前よりは知っている」
「戯言を」
「嘘は言っていない。あいつの過去もよく知っているからな」
「……死んだ友のこともか」
うっかり言ってしまった自分に、自分で驚いてしまう。反射的に口を押さえるが、時すでに遅しだ。
盗賊の長にまで、それも宿敵にまで、リンの事を聞いてしまうだなんて。本当に今の自分はどうかしている。きっとこの異様な展開が判断力を鈍らせているのだと、自分に言い聞かせる。
だが、口から出た言葉は戻せない。おまけにクロロが「? ああ、ルカスか」とあっさり言ってしまったのだから、クラピカは思わず顔を上げた。
「知りたいのか?」
クロロも会ったことがあるわけではない。リンの記憶から、クラピカに向ける後悔の影―ルカスのことを読み取っていたから、知っているだけだ。初めての反応を見せたクラピカに、クロロの好奇心センサーが反応する。
これを言ったら、クラピカはどんな気持ちになるのだろうか。好意を抱いた人間の事をここまで知りたがるなんて、人間とは本当に興味深い。
面白い話に自然と前のめりになるように、クロロも無意識にクラピカとの距離を縮めていた。……が、途中でそれを止めた。
「……違うからな」
扉の陰から自分達をじっと見つめるリンの姿に気づいたからだ。何を考えているかなんて、リンの嗜好を知っているクロロには、手に取るようにわかる。だから、真っ先に出てきたのは、否定の言葉だった。
「いや、どう見てもそれでしょ。合意?」
「合意ではないかもしれない」
部屋に押し入ったのは合意ではないので、馬鹿正直にそう答えたクロロ。クラピカからすれば何の話をしているのか全く分からないが、特質系兄妹の相互認識済みアンジャッシュは続く。
「寝てたんじゃないのか」
「さっき起きた」
「間が悪い。……せっかくいいところだったのにな」
「え、まさか本当に……!?」
なんかもう、一周回って揶揄うのが楽しくなってきたクロロと、冗談を真に受けるリン。といっても、クロロがノンケなのは承知の上なのだが。腐女子の心は複雑でありながらも、驚くほどに単純なのだ。
リンは思わず部屋に入ると、クロロを押しのけてクラピカに異常がないかと、その顔をしっかり見つめた。あまりの至近距離に、流石のクラピカも少し目を逸らす。
「クラピカ、変な事されてない? 唇は無事?」
「……もう少し気にするところはないか?」
ここにきて、ようやくリンが何の心配をしていたのか察したクラピカ。こんな微妙な気持ちになったのは、ネオンに勘違いされた一件以来だ。なぜ、自分はこんな展開にばかり巻き込まれるのだろうか。
「あんた緋の眼のためならなんでもするからさ~。最悪、クロロに取引持ち掛けられて危ない関係にもつれ込むんじゃないかと」
「……心配無用だ」
「本当に? 新しい扉開いたりさせられてない?」
「開くかっ!」
「なら良いけど。あ、上着ありがと。クロロも、合意じゃないのは流石にアウトよ。じゃ、おやすみ」
疲れたように受け答えをするクラピカ。リンはどうやら、自室に戻る途中だったらしい。返された上着からは、リンの香りが少ししたが、それが余計にクラピカの心境を複雑にさせた。
「……」
今のやり取りといい、ノストラードファミリーで似たような展開になった時といい、自分は驚くほど意識されていない。少なくとも、クロロ相手に貞操を差し出すのではないかと心配されるくらいには。
双方の心境を唯一理解しているクロロは、面白くて仕方ない。純情な青年の恋心と、それに気づかない腐女子の萌え心。幸か不幸か、クラピカはリンの趣味には気づいていないようで、それが更に笑いを誘う。
「な、面倒だと言っただろ? 道のりは険しいぜ」
「……いい加減出ていけ」
親切心からしたアドバイスは無下に扱われ、クロロも仕方なしに部屋を出るのだった。