「ん~」
次の日。草原で、ゴンとキルアの修行風景を眺めながら、リンは一枚のメモ用紙を見てうんうんと悩んでいた。
それは、原作の記憶が消える前に書き留めたメモの残骸だ。パンダの柄が入ったメモには、雑な文字が書きつけられている。
『ビスケ修行、ヒソカの股間、ゴンとキルアのケツ、レイザー、ゲンスルーがゴンの腕を捥ぐから殺せ絶対に許すな八つ裂きにしろ』
当時思うように記憶が残っておらず、相当苛ついていたのだろう。最後の方は、ほぼ殴り書きだ。
(流石私……。ゴンのとこだけ、妙にしっかりしてるわ)
よくわからないが、原作ではゲンスルーがゴンを痛めつけていたようだ。しかし、この世界ではゲンスルーはリン達が捕縛しているため、そのようなことは起きないだろう。
つまり、何が起こるか全く当てにならない。案の定というか、仕方がないことではあるが、思わずため息をつく。気づけば、背後からクロロが近づいてきていた。
「珍しく静かだな」
「別に、いつも喧しくはしないわよ。メリハリつけるタイプだから」
「どうだかな」
いつもの軽口の応酬をした後、クロロの視線は自然とリンの手元にある紙切れへと向けられる。リンの秘密も知っているクロロならば隠す必要もないだろうと、リンはぺらりとメモを手渡した。
「これ、どう思うよ」
「……何の暗号だ?」
軽く文章に目を通した後、何か隠されているのではないかと、探るようにして紙を裏返したり光に透かしたりするクロロ。当然、そんな高尚なトリックなど用意しているわけもないので、クロロが隠された暗号を見つけ出すことはなかった。
「原作で言うところの、G・I編? の記憶? だと思う。原作知識が消える前にちょっとでも手掛かりを、って残してたんだけど、全然当てにならないのよね」
「少し手掛かりを残すのが、遅かったようだな」
「反論できない」
よりによって、特記事項がヒソカの股間と弟達のケツだ。ビスケの修行やレイザーイベントは原作通りに起こったのかもしれないが、肝心のゲンスルーイベント(?)が起こりそうもない。
何もないならばそれに越したことはないのだが、緋の眼を持つ少年の話などが一切書かれていないのが、とにかく不穏だ。既に世界の筋書きは、書き換わっているのだろう。
「まあ、原作通りになるなんて、微塵も思ってないんだけどね。一応、情報を読み取れるなら、それに越したことはないなって思っただけ」
「ああ、確かに貴重な情報源ではあるな」
予言ではなく可能性という観点で言うなら、このようなメモ書きでも情報源ではある。一考の価値はあるだろう。
ゴン達の修行にはレオリオが加わり、ビスケとヒソカがその様子を観察している。リンが視界に入らないのもあり、ヒソカは心行くまで青い果実の修行風景を堪能しているようだ。
「何か、気づくことある?」
リンの質問に対し、クロロは口元に手を添えながらリンの隣に腰かけた。所謂『原作』とこの世界の相違点の考察というところに興味を惹かれたらしく、その表情はそれなりに真剣なものだ。
「そうだな……。ヒソカがここに来るのは、確定だったということになるな」
「それは、そうね。理由は、同じような感じかしら?」
「俺がお前から読み取った記憶は、ヨークシンでのやり取りだけだが……。恐らく俺ならば、あの状況でも占い通りに東へ進み、G・Iに外部から侵入を試みていただろうな」
「で、ルール違反で排除される。そんで、念が使えないから自分の代わりにG・Iにヒソカを送り込む、か。たぶん報酬はタイマンね」
「だな」
「そう思うと、意外と原作と変わってないのかも?」
「かもな。ところで、ゲンスルーという奴は殺しておくのか?」
ぞっとしない言葉をあっさりと口にするクロロだが、仲間が殺されるかもしれない状況であれば、蜘蛛の統領としては自然に浮かぶ選択肢だ。そしてリンも、異論はない。
もし、ゲンスルーが今もG・Iに居たならばリンも多少は可能性として考えただろう。だが、その必要がないこともまた、誰よりも知っている。
「いや、こいつがゴンに関わることはないわ。数年前に痴漢冤罪かけて逮捕したから」
「……そうか」
「あ、いや、ちゃんと正当防衛よ? こいつプレイヤーキラーだったのよ!」
引き気味に相槌を打つクロロに、焦って弁解をするリンである。しかし当然というか、いまいちクロロの疑念は晴れていないようだ。日頃の行いというやつである。
それならば仕方ない。どうせ、このメモから得られる情報はこれくらいなのだし、話を逸らすしかないだろう。
そう思い軽く咳払いすると、メイメイのポケットからもう一枚の紙を取り出した。かろうじて、所謂『キメラアント編』と『選挙編』に該当するメモも持っているが、ここで見せるのはそれとは異なるものだ。
「ついでだから見せてあげる。クロロの未来もちゃんとメモってたみたいなのよ、過去の私」
そう言ってぴらりとメモを捲り、雑に破り取ってクロロに見せた。一度見たらもう忘れないであろう自信があるくらいには、端的なことしか書かれていないからだ。
『天空闘技場、ヒソカVSクロロ、コルトピうんこ』
自分の未来と言われると、俄然興味が湧くものだ。だが、メモ用紙はクロロの期待をこれでもかというくらいに裏切った。いや、正確には期待通りだが、それをぶち壊すほどの謎ワードが共に並んでいる。
「……取り敢えず、有用な情報を貰えたことの礼は言っておくか」
「ヒソカと戦ってるってことは、確定で除念できてるってことだしね」
このメモは、リンというよりはクロロに役立つものだ。そして、クロロに見せた以上、この紙が今後使用されることはないだろう。
こんな、わけのわからないメモ書きを収納しておきたくない。クロロの返事を聞くと、リンは即座に『焔』でこれらのメモ用紙を燃やした。紙はあっさりと灰になり、風に乗って散り散りに消えていく。
「だな。天空闘技場を舞台に選んだということは、それが最も確実に殺せると判断したんだろうか」
「随分な自信ね」
「創作の世界であろうと、俺は俺だろ? なら、思考も変わらないはずだ」
クロロが言うとなんだか腹が立つが、それもその通りだろう。合理的ではあると思ったので、クロロの足を軽く蹴り飛ばすのは止めておいてやることにする。
「でも、本当に除念していいのかしら」
「しないわけないだろう。また、足を洗えとでも言うつもりか?」
「違くて、そんな上手くいくのかって話よ」
的外れな邪推をしたクロロに、おばちゃんよろしくパタパタと手を振って見せる。リンが何を言おうとしているのか見当がつかず、クロロは不機嫌そうな表情で眉間にしわを寄せた。
人によっては、怒っていると思われても仕方のない顔だ。だが、それを機嫌が悪いのではなく相手の真意を計ろうと考えこんでいる時の癖だと知っているリンは、早々に答えを教えることにした。
「ルールを強いて、違反した場合は死に至らしめる(私のせいで変化したけど)能力。それで情報を吐かせて芋づる式を狙ってると思ってたけど、逃げた後で除念すれば簡単に回避できるのよね」
修行をしていた時に、リンは座学として除念師の存在も説明している。クラピカが除念師対策を全くしていないとは、正直なところリンには思えない。
「復讐目的なのに、殺しづらくない? それがずっと不思議でさ」
「奴が、自分で殺すだけの度胸がなかったんじゃないのか?」
「それも考えたけど、除念で逃げられるなんて屈辱じゃん? 簡単に逃げられる能力を作るほど、クラピカは馬鹿でもなければ、クロロを柔に恨んでもないわ」
「つまり、何が言いたい?」
「もしも除念されるのをトリガーとする能力があれば、それはかなり厄介だろうなって思ったのよ。条件が厳し過ぎるだけに、そこから発動する能力の強さは測り知れない」
ただ、実際のところ、除念師対策を施した念というものを、リンは聞いたことがない。そのため、仮説の域を出ないものではある。
「だが、それでも除念しないという選択肢はないな」
「……よねぇ~」
クロロサイドからすれば、それでも除念しないわけにはいかないだろう。二人で考え込む中、噂の張本人が背後からリンとクロロの会話に割って入った。
「除念師に頼るのは、勧めないがな」
クロロを冷たく睨みつけてはいるが、クラピカがクロロに話しかけるのは非常に珍しい。通りすがりではなく、リンとクロロに目的があったらしく、腕を組みながらそのまま立っている。
「お前からすれば、そうだろうな」
「どこぞの師匠が口やかましく制約について説いてくれたおかげで、俺は念のトリガーの重要性を理解した」
「それ、私の事褒めてる? 貶してる?」
近くの木にもたれ掛かりながら、そう言うクラピカ。微妙に自分へのdisを感じずにはいられないリン。
だが、クラピカがこのような話し方をする時は、本当に言いたい事の前口上の時だ。従って、必要以上に喧嘩を買うことはせず、軽くツッコミを入れる程度に留めておく。
「
そう言って、昨日砕け散った鎖を再び具現化する。小指の鎖は、冷たく刃が光っていた。
「
ある種、リンの予想は当たらずとも遠からずだったのだ。今までに聞いたことのない性質の能力に、思わずリンもクラピカの顔を見る。
「……トリガーの難易度が高い分、それなら命を対価にしなくても確実に能力を発動できるわね。『自分が殺せるようにする』じゃなくて『因果を作り出す』で定義を曖昧にしてるのも、能力発動の条件を緩くしてる」
「因果は、発動時点で対象を最も殺したがっている人間によって、引き起こされる。これによって、万が一の場合でも確実に旅団を壊滅させるのが目的だった」
ヨークシンでリンが一計を図った時、リンはクラピカの目論見を全て潰したと思っていた。しかし逆だったのだ。
クラピカはあの状況で、クロロを泳がせるためにあえて除念の余地がある条件を提示して、能力を発動させた。クラピカは旅団壊滅を諦めてはいなかった。
(仲間の眼を探す方針に切り替えたのは、ヨークシンでの一件があったからだと思っていた。でも違った、既に策を打った後だったからこそ、あとは放置していればよかっただけ!)
全て、リンの見立て通りに動いたと思っていた。師匠の眼をも掻い潜ったクラピカの執念に、リンだけでなくクロロも表情を険しくする。しかし、クラピカはそれを勝ち誇りに来たわけではないようだった。
「俺より旅団を殺したがっている人間は、恐らく居ない。従って、曖昧な定義でも目標は達成されると考えていた。……だが恐らく、今最も貴様を殺したがっているのは俺ではない。ヒソカだろう」
そう言って向けられた視線の先には、果実が熟れるのを今か今かと眺めているヒソカの姿。微妙にゴン達の集中を削ぎに来ているが、それもまた修行だと、ビスケも何も言わない。
逆に言えば、ゴン達が今ヒソカに殺されることはない。戦闘力のピークを狩るのが、ヒソカの趣味だからだ。しかし、クロロはその範疇には入らない。今すぐにでも、狩りたくて仕方のない対象だ。
「……なぜ、そんな事をわざわざ伝えた」
「俺なりの譲歩だ。せいぜい、除念を諦めて慎ましく生きることだな」
そう言うと、リンとクロロの下を離れてゴン達の方へと歩くクラピカ。後には二人だけが残された。
「……で、どうするのオニーチャン」
「やっべーな……。どうしよ」
流石のクロロも完全な素に戻り、頭を抱えるのだった。
◇◇◇
それから、暫く時間が過ぎて。クロロもようやく落ち着き、ここを発つこととなった。
「俺達もそろそろ行くか」
「何かあれば、また呼んでよ♥
クロロが去り際に、軽くリンとクラピカに目配せをした。しかし、何も言うことはなく、そのままくるりと背を向ける。
ちなみに、ヒソカは最後まで頑なにリンとビスケに目線を向けなかった。まあ、それは思案中のリンにとっては、どうでもいいのだが。
(3年以内に死ぬ因果……ね)
クラピカがなぜ、そのようなことを教えてくれたのか。それは、リンが告げた真実が関係しているのだろう。そしてリンは知らないが、「誰もが幸せを求めていい」という言葉と、「幸せを諦めた」と言っていたクロロの表情も、クラピカの心を動かしたものだった。
しかし、クラピカ自ら除念をすることはしない。それが、クラピカにとっての妥協点だからだ。流星街から奪い、流星街から奪われた、クルタ族としての最大の譲歩だ。
クラピカのためにはそれで良いと、リンも思う。ここからどうするかは、クロロ次第だろう。後にはリン達6人が残された。
「んじゃ、俺らもそろそろ行くか。リンとクラピカは、このまま同行で大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「クロロにも緋眼のプレイヤーについて聞いてみたけど、空振りだったしね~。予定通り、カード集めでかち合うのを期待かしら」
レイザー戦前の練習期間にそれとなく聞いてみたが、結果は全くの収穫ナシ。このままリン達もゴンに同行し、プレイヤーキラーでもあるという緋眼のプレイヤーを探すことになる。そのためには、カードを集めてエンカウント率を上げることだろう。
現在の指定ポケットカード枚数は、53枚。ここから、ガシガシとカードを取得していく予定だ。特にゴンなどは、「レオリオがゲームを出るまでにクリアしたい!」と無茶ぶりを言う始末なので、より積極的に動く必要があるだろう。
ひとまず作戦会議をしよう、と落ち着ける場所を探す中、ふとリンの目に
「あ、
「いいけど、何か欲しいものがあるの?」
「敵情視察。個人が所有するカード枚数ランキングを聞けるのよ」
リン達がクリアしてから、全員の所持カードがリセットされているだろうが、だからこそ
「あーあれか。結構時間も開いたし、いいかもな」
「なぁんだ、知ってんのか」
「それくらい、知ってて当然だろ?」
本当はつい最近、カヅスール達と会合した時に教えてもらったのだが。意地のため、プライドのためにそれは絶対に言わないと決めているキルアである。
ゴンが代表してショップに入り、受付の大男と会話をする。暫くやり取りをした後、リン達の下へ戻って来た。やり取りの間にレオリオとクラピカが見つけておいた洋食屋にそのまま入り、食事をしつつ作戦会議をする流れになる。
「モクバって人が86種類だってさ」
6人が座ることのできる大きめのテーブルに着き、ゴンがまずは報告をした。思ったよりもクリアに近いプレイヤーの存在に、キルアがメニューを回しながら難しい表情になる。
「そいつ、前は78種類だったっけか。順調に集めてやがるな」
「あと、バラって人が84種類」
「バラ!?」
衝撃的な言葉に、思わず聞き返すリン。その名前を、この世界で聞くとは思っていなかったからだ。飲んでいた水のグラスを取り落としそうになり、慌ててもう片方の手で支える。
(バラってもしかしてあのバラ? 今もここに居るの?)
直接会った事はないが、ゲンスルーの一味だったと記憶している。原作の記憶自体は曖昧なものだが、その後ハンターサイトで情報を改めて収集したので、間違いない。
当時捕縛したのは、その時目の前にいたゲンスルーのみで、サブとバラは放置していた。それが今になってクリア候補として現れるとは。
「なんだよ、知り合いか?」
「……いや、別人かも。でも、どうにも嫌な予感がするわね」
「にしても、両方プレイヤーキラーと来たもんだ。どうすっかなぁ~」
「そもそも俺達、その二人と会った事すらないもんね」
「それだよ。どうやって接触すればいいかすらもわかんねー。でも、そいつとのバトル抜きにクリアは……ムズいだろな~」
バラだけでなく、モクバというプレイヤーもプレイヤーキラーらしい。ゲームの性質上仕方ないが、あまり故郷を荒らすような真似をしてほしくないリンである。
「だが、【一坪の海岸線】を所持しているのは我々だけだろう?
「おー。クラピカ、ゲーム慣れしてきたわね」
「……合理的意見を述べたまでだ」
「褒められてんだから、素直に受け取っとけって。な?」
クラピカの言う通り、他のプレイヤーがクリアするには、ほぼリン達を避けては通れない。唯一は、もう一枚の【一坪の海岸線】を所持しているミルキだが。
「ミル兄が持ってるのが不安だけどな」
「キルア、あんたが思ってるより、ミルキってやれる奴よ? ……とはいえ、プレイヤー同士の争いになると厳しいだろうし、まあその時は助け求めに来るでしょ」
そう話しながらも全員の視線はメニューに移り、それぞれが注文をする。流石はゲーム世界というべきか、注文した料理はそう時間を置かずに、全員の前に並べられた。
「あとはカズスールさんやアスタさんのチームが俺達と同じくらいかな」
大盛りナポリタンや特大ハンバーグ、チーズオムライスにハヤシライスなど。各々が頼んだ料理を貪りながら、再び作戦会議に移る。ゴンの言葉に、ナポリタンで口元を真っ赤にしながらキルアがぼやいた。
「あいつらじゃたぶん、
「そういえばBランのカード、全部集まってないっぽかったわね。【縁切り鋏】とか、Bランだった気がするんだけど」
リンもオムライスを頬張りながら、ゴンのバインダーを思い返す。B、Aランクのカードが中心だが、かなり雑多な集め方をしている印象だった記憶がある。
リンの言葉に、痛いところを突かれたキルアとゴンが肩を落とした。ズルズルと麺を啜っていたり肉にかぶりついている手は止まっていないが、頭が痛い悩みのようだ。
「地道に集めるしかねーのがなー」
「アントキバの月例大会もあるから、トレードできなかったら1年待たなきゃだよね……」
「ん?
「「へ!?」」
あっさりと言ってのけたリンに、思わず食べているものを噴き出しそうになるゴンとキルア。それぞれ、正面に居るのが姉と師匠だったからか、なんとか堪えることに成功した。
「50回以上買い物すると、得意客として購入を持ち掛けられるのよ。多少慣れたプレイヤーなら大体知ってるわよ?」
「マジかよ! くっそあの女、教えとけよ……!」
「アスタさんも、俺達が対価の情報とか持ってたら、教えてくれたかもね。プレイヤーキラーの能力とか」
どうやら、まだ知らなかったらしい。そこまで初心者なのに、半分以上カードを集めているのだから、恐ろしいものだ。なんとなく嵌められたらしいことを察したレオリオが、苦笑いする。
「んじゃまあ、次やる事は買い物か?」
「それも良いけど、並行して別のこともしたいわね。クリア経験者から言わせてもらうと、このゲームは3人くらいで動くのが一番進めやすいのよ」
「あー、確かに、俺達もかなり順調だよな」
「これくらいの人数の方が、連携も取りやすいしね」
「なら、3人一組で二手に分かれるのが手っ取り早いわね」
食事の間に簡単な方針を決定する。【挫折の弓】をゴンに返すのを含め、新たなカードの取得を目指すリン・ゴン・キルアチーム。カードショップに出入りして売買を繰り返し、常連イベントを発生させるクラピカ・レオリオ・ビスケチームだ。
「またモンスター狩りか……」
「なんかげんなりしてるな、クラピカ」
「少しな。リンが居ないから、まだマシだろうが……」
カードの売買には当然、売る対象か購入資金が必要となるため、まずはモンスターハントをしなければならない。ゲームプレイ初日のことを思い出して少しテンションが下がるクラピカの肩には、相変わらず例のアチーブメントパンダが乗っかっている。
だが、決めてしまえばあとの行動はスムーズだ。食事を終えた後、待ち合わせ場所を宿に指定したリン達はそれぞれ担当作業に移ることになった。
リン・ゴン・キルアのチームは、リンの希望によって手始めにゴンから借りていた【挫折の弓】を返却するための行動に出る。
「っしゃあ、いくわよ。……魔貫光殺法!!」
「すっげー! 変わったビームだね!」
「ふふん、練習の賜物よ」
「お前、時間無駄にし過ぎじゃね?」
「そういう割には、随分興味津々って態度だけど?」
「……うっせ」
……とまあ、当然の如く数百メートル先の的を貫通し、弓取りの男が挫折したところで、サクッとカードをゴンに渡す。続いて
「キルア、今回はギャンブルナシだからね」
「わぁかってるって。んでリン、ここに来たのは何のためだ? 俺ら、前に一通りここのカードは集めてるけど」
ドリアスに来たのは、リンの方針だ。しかし、リン自身もここに探しているものがある確証はなく、純粋にゲームを楽しんでいる。久しぶりに来た活気ある博打の町を見回しながら、直感ではあるが自身の目論見が恐らく正しいことを、改めて確信した。
「それって、ギャンブルメインよね?」
「まあ、そうだな」
「ていうか、それ以外にもイベントってあるの?」
「ナイスクエスチョン、ゴン。確かにここのメインはギャンブル。でも、城にはイマイチフォーカスされないのよ。あんなにでかい城があるのに」
そう言ってリンが指さした先には、遠目でもよくわかるほどに豪華な城が建っていた。リストやドゥーンが住んでいるリーメイロほどではないが、かなり煌びやかなものだ。暖色系のレンガを積み上げ、壁面にも灯を取り付けた城は、夜でも存在感を放つことだろう。
「カジノ系の指定ポケットカードイベントは、あの城にあったぜ?」
「でもそれって、沢山ある賭博場の一つがたまたま城にあるだけでしょ。『城そのもの』のイベントではないわよね」
他の町の城には、大抵大きめのイベントが用意されている。しかし、ドリアスには固有イベントが用意されていない。そのため、城自体にも何かがあるのではないかとリンは考えていた。
「ヒソカは『アイアイの城に居る姫と付き合えばAランクカードが貰える』って言ってたのに、ドリアスには何もない。しかも、ギャンブルでお宝沢山の町……クサいと思わない?」
「なるほどな……」
「?」
リンの説明に、いたずらっ子のようにニヤリと笑うキルア。ゴンが理解できずに首を傾げる。
「城には宝物庫があるもんだろ? 上手くいけば、お宝カードがっぽりってことだよ」
そう、いわゆる泥棒イベントだ。ジンならば、絶対にこの手のイベントを用意しているであろう確信が、リンにはあった。根拠はないが、親子の勘というやつだ。
しかし、前回クリアした際にはその手のイベントには当たることがなかった。どこかにあるのではないかと、再びG・Iに入った時からずっと考えていたわけだ。
「えぇ、なんだか悪いことしてるみたいで嫌だな……」
「ゲームでちょっと悪いことするのは定番よ?」
「そうそう。むしろ醍醐味だろ」
ドカポンでいう強盗イベント、ポケダンでいうカクレオンイベント。ハイリスクハイリターンなこのイベントをクリアすれば、貴重なカードが大量に手に入る可能性も高い。やってみない手はないとノリノリのキルアに、ゴンも渋々従うことにする。
「とはいえ、どこから侵入するか……」
「宝物庫っていったら城の奥にあるのが定石だけどね」
「……あ、あれじゃない? 5階の壁の一つ、『凝』をしたらあそこだけオーラが出てるよ」
どうやって侵入するかと考えるリンとキルアをよそに、あっさりと言ってのけたゴン。ぎょっとしてゴンの指差した方を見るが、リンとキルアには遠すぎて全く見えない。
「よく見えるわね……」
「お前、本当に人間か? キリンじゃねーの?」
これにはキルアだけでなく、リンも少し引いた。育ちの影響なのか、ゴンの五感は人並み外れたリンのそれを遥かに上回る。
本来ならば、隅々まで壁面を調査したり町の人から噂を聞いたりして、ようやく見つかる仕様だったのだろう。少なくとも、城下町からのんびりと見つけられるものではないはずだ。
ともかく、場所が分かったならばと、こそこそ『絶』をしながら城の壁を上るリン達。ゴンがオーラの出ていた壁を押し込むと、人ひとりが入れそうな程の入り口がぽっかりと顔を出した。これはビンゴだと、迷うことなく中に飛び込む。そして、広がる光景に思わず歓声をあげた。
「「「おお~!!」」」
侵入した先にあったのは、まさしく宝物庫。50坪程度の面積の部屋には、漫画に出てきそうな程の金銀財宝をはじめ、通帳やプラモデルの巨大な箱といった少し場違いなものも見られる。恐らくは、指定ポケットカードのアイテムだろう。
「なんで部屋の中に温泉があるんだろ」
「たぶん【美肌温泉】ね。Aランクのカードだったかな」
そう言いながらリンが触れると、温泉はボウンと音を立ててカードになった。その光景にゴンが歓声をあげ、キルアは目を輝かせて片っ端からアイテムをカードにしていく。本人の好みの影響で、指定ポケットカードではない単なる財宝ばかりをカード化しているが。
だが、キルアの行動はある種正しいと言える。どうせ泥棒なのだ。片っ端から持って行くのがいっそ清々しいだろう。リンとゴンも次々にアイテムをカード化していく。
「クセモノじゃ!! であえであえ!!」
宝物庫にあったお宝を半分ほどカードにしたところで、そんな叫び声が部屋の中に響き渡った。
同時にボウンと音がして、煙と共に10人程度の男たちが現れる。予期せぬ襲来者に、バインダーを消して全員が身構える。
「瞬間移動!?」
「たぶんゲームマスター特有のカードね」
西洋風の城だというのに、なぜかジャポン式の和服を着た男達。それぞれが日本刀やクナイを手にしており、あまり友好的ではなさそうだ。その場に緊張が走る。
しかし、その中でも特に服装が合っていないドレッドヘアの男は、相手がリンだとわかるとパッと顔を輝かせた。リンも男が誰か気づくと、同様に笑顔を見せる。
「ショウユウ!」
「おおリン、久しぶりじゃねえか! いやぁでかくなった!」
40代半ばの開発陣最年長、ショウユウ。リンの育て親でもあり、担当は町の具現化だ。具現化系にしては珍しいあけっぴろげな性格のショウユウは、10数年ぶりに再会したリンにガハハと笑いかけた。
(ジャポン文化大好きなのは、相変わらずってとこかしら)
恐らくこの服装も、時代劇に影響されたのだろう。リンとショウユウのやり取りを見て、キルアも直ぐに状況を察しある程度の警戒を解く。
「リンの知り合いってことは、こいつもゲームマスターか?」
「そう。親父の兄貴分って感じ」
「レイザーから聞いてるぜ! ゴンと友達連れて、カード集めしてるって! ……お、そっちがゴンか?」
「ど、ども……」
「初めて会った頃のジンそっくりだな!」
「ショウユウ、ゴンはあんなアホより数百倍かっこいいから」
突如として現れた父親の友人兼姉の育て親に、少し緊張して背筋を正すゴンである。一方、リンも育て親と弟達の紹介をしたところでふと気づく。なぜゲームマスターが突如として現れたのかと。
こうなれば聞かずにはいられない。嫌な予感がしつつも、恐る恐る尋ねる。
「ていうか、こんな所にいきなり出てきたってことは……」
「お察しの通り、イベントだ!」
ドヤ顔でふんぞり返ったショウユウを正面に、残る9人がリン達を取り囲む。キルアは察した様子で冷や汗を流し、ゴンは状況についていけずポカンとしている。所謂ゲームあるあるなイベントが起こった際の対処法に、ゴンはリン達ほど慣れていないのだ。
「リンは娘同然だからな、親切に教えておいてやろう。俺達に捕まった時点で強制戦闘だ。盗人イベントだから仕方ねーな」
「ちなみに負けた場合は……」
「な~に、優しいもんだ。気絶した時点で、ちょっとバインダーのカードを全没収して、城から叩き出すだけさ」
ショウユウがニッコリと笑ってそう言った瞬間、キルアが脱兎の如く逃げ出した。リンも、戦闘態勢になろうとオーラを噴き出しかけたゴンを抱えて、大急ぎでその後を追う。
「逃げるわよ!」
「え、え、戦わないの?」
リンとキルアの行動が理解できず、抱えられながらも慌てて叫ぶゴン。キルアは
「こういうイベントはほぼ負け確って相場が決まってんだよ!」
「あとショウユウはレイザー並みの強さ! ハイQ.E.D証明完了!」
入って来た場所はとっくに封鎖されており、開錠されている出入口を探して走り回る。ショウユウ以外の追手はすぐに引き離すことができたが、肝心のゲームマスターは平然とリンに並走しながら、感心したように言う。
「おお、なかなかのスピードだな! そっちの坊主もやるじゃねえか!」
「なんでついて来れるんだよ!」
「ショウユウは健脚なのよ!」
「健脚ってレベルじゃねーよ!!」
やけくそでツッコミをするキルアだが、状況は芳しくない。どこの扉も固く閉ざされており、どうやら1階のカジノフロアから正門を通って脱出するしかないようだ。
しかしそれも入り組んでいて、なかなか下層へ近づけない。床を破壊しようにも、その間にショウユウに捕まってしまうだろう。バタバタと眼にも止まらぬ追いかけっこをするが、突如キルアが失速する。
「やっべ、電気切れた!」
「だぁー! やってやるわよクソが!!」
「おお、やるじゃねえかリン! ガハハハッ!」
やけくそで自分と同じくらいの背丈の少年二人を担いで、全力疾走するリン。火事場の馬鹿力というか、能力のギアをさらに上げたというか、恐ろしいことにその状態からぐんぐんとショウユウを引き離す。
カジノフロアを通り抜け、正門を通り抜ける。一定の距離を開けたところでショウユウは笑いながら手を振ったが、当然リンは振り返る余裕もなく走る。
そのまま勢いで、ドリアスの町も離れて人気のない草原まで来た。そこでキルアは追手が来ていないことを確認しつつ、ようやく胸を撫でおろした。どうやら、追尾範囲は城近辺までだったようだ。
「流石にもう大丈夫そうだな。リン、降ろしてくれ」
「……」
ぜえぜえと息切れしながら、無言で二人を降ろすリン。汗だくになっているその姿を気にしながらも、ゴンとキルアはバインダーで取得カードを確認する。
「とんでもなく割に合ってないイベントだったな。金はできたけど、指定ポケットはAランのカード8枚とSランのカードたった1枚かよ」
「でも持ってないカードも5枚手に入ったね。……姉さん大丈夫?」
そこにゴンとキルアを抱えて慣れない城を逃げ回るという負荷とプレッシャーが加われば、こうなるのも仕方ない。完全にオーラを使い果たし、そのまま地面に倒れ込むリン。汗をびっしょりかき、指一本動かせそうにない。
「あの能力燃費悪いのよ……オーラ切れになった……。うえっ、吐きそう……」
「俺の電気と似たようなもんか」
「ただでさえ、朝から走り回ってオーラ使ってたもんね」
最早、草の匂いしか感じられない。当然メイメイを具現化する余裕もなく、城を出たあたりで具現化は解除している。そんなリンを眺めるキルアは、自分もリンのオーラ切れの一端を負ってはいるがかなり他人事のような態度だ。
「しゃーねえなあ。ゴン、おぶってやれよ」
「うん」
「あっちょっと待って、筋肉痛みたいな感じだからそろーっと背負って……ぎぇええ!」
「わわっ、ごめん姉さん!」
「うるせっ」
弟に背負われながら帰るという幸せと屈辱を、同時に噛みしめるリン。合流場所もそう離れていないため、そのまま背負って走るゴンとキルア。
「うえぇ……。ごめんよゴン……こんな汗だくで……」
「ほら、いいから寝てて」
「オーラ切れってこんな風になるのな。みっともね~」
その日がリンの思い出したくない一日になったのは、言うまでもないだろう。