(ん~、ここどこかしら。完全に迷った)
リンは一人、岩肌のごつごつした真っ暗な洞窟の中を歩いていた。
なぜかといえば、リンも分からない。何かしらの念が作用した……つまりはカードイベントなのだろうが、トイレを出たらそこが洞窟だったのだ。
おまけに強制イベントらしく、トイレの扉も消えてしまったときた。出口を探して彷徨うしかない。
(何がイベント発生のトリガーだったのかしら? 別段、おかしな行動はしてないと思うんだけど……)
弟や友人達を女体化させるのがおかしな行動でないかどうかは、議論の分かれるところだが。しかし、これがイベント発生条件には到底思えない。
指定ポケットカード規定数所持者から、半径20 m以内に一定時間居た事? 指定ポケットカード使用数が一定数超えた事? 様々な憶測が脳裏をよぎるが、現時点では確かめる術はなさそうだ。
足場が悪く光も差し込まない洞窟内で、夜目を利かせながら慎重に進んでいく。ふと、歩いている中で知っている香りが鼻腔をくすぐった。
それが大好きな弟の匂いだと気づくや否や、数百メートル先を目指して走る。さっきまで慎重に進んでいたのは何だったのだというくらいには一瞬で着いた。
「姉さん!」
「ゴン!」
リンが走り寄って来たことに気づくと、ゴンはぱぁっと表情を明るくさせた。隣にはキルアの姿もある。服の汚れ具合からして、二人ともこちらに飛ばされてそう時間は経っていないらしい。
「気づいたら、キルアとこんな所に居て……」
「本当、散々だよ」
ゴンとキルアも状況は同じらしい。ゴンは困ったように眉尻を下げ、キルアは機嫌悪そうにむすっとした表情のままだ。夜遅くにこんなところへ放り出されたのだから、当然の反応だろう。
しかし、それはリンも同じ。ようやく人に会えた、それも大好きな弟達に。喜びで思わず二人に抱き着き、対照的な髪質の頭をわしわしと撫でた。
「流石に寂しかったのよ~!」
「ったく……」
恥ずかしそうに苦笑いするゴンと、呆れつつもされるがままのキルア。ぽちゃん、とどこかで水が滴り落ちる音がした。
(……)
「あっちから、レオリオの香水の匂いがするんだ。行ってみようよ」
「……そうね」
抱き着くのを止めると、ゴンに促されるまま更に洞窟を進む。幸いにして一本道ではあるが、だからこそ先が見えないのが恐ろしくもある。リンが飛ばされてきたのは洞窟の丁度終点だった。つまり、前に進むしか脱出の可能性はないわけだ。
ゴンの言った通り、そう遠くないところにレオリオの姿があった。傍らには、休んでいたらしいクラピカの姿もある。
「お前ら!」
「これで5人。ビスケは?」
「いや、見当たらない。もしかしたら、ここに飛ばされていない可能性もあるのではないだろうか」
簡単に互いの状況確認をするが、全員同じ経緯で、単独行動をした際に飛ばされてきたようだ。こうなると、本格的にチーム制の指定ポケットカードイベントなのだろう。前置きやストーリーがない分、恐怖を煽ってくる。
「そういえば皆、女体化解けてるわね?」
「そのようだ。何かしらの力が働いているんだろうな」
「念能力かもな」
「ん……」
ゴンとキルアに会った時点で気づいてはいたが、女体化が解けて元の姿に戻っている。それはクラピカとレオリオもそうだ。全員が普段の服装のままに姿かたちも男性のものであり、再び高くなった目線に眼を向けながら、リンも思考を巡らせる。
(念能力の重ね掛けをされたせいかしら?
念能力そのものがなんでもありなだけに、こういったケースの検証が難しいのが辛いところ。熟練の能力者であるほど、経験則である程度のパターン予測は可能だが、想定外の可能性を常に視野に入れている必要はある。
五人で暫く歩いていると、少しばかり広い空間に出てきた。相変わらず、光もまともに差し込んでこない暗闇のままだが、自分達以外の気配を感じるのは大きな進展だ。
(……人じゃない、モンスターの気配?)
だが、その息遣いや気配は到底人間のそれとは思えない獣に近いもの。全員が気づき身構えると、四方八方からモンスターが襲い掛かって来た。
「モンスターの討伐が脱出条件の可能性もあるわね。できるだけ、色んな方法で倒すようにして!」
「おうよ!」
それらの殆どは、岩石地帯で見かけたモンスターの亜種らしきものだ。リモコンラットに似たモンスターの操る物体が甲冑ではなくワニのような生物だったり、バブルホースの面影を残すモンスターが岩石を飛ばしてきたりと、微妙な差異が見られる。
しかし、ビスケに弟子入りして腕を磨いたゴンとキルアの敵ではない。それはリンが直々に指導したクラピカやレオリオにも言えることで、数の多さに多少手間取りつつも順調に倒していく。
「ここのモンスター、かなり強いね」
「カードにもなるな」
戦いながらも、念のためカードを拾っておくキルア。リンも、倒したばかりのモンスターがカード化したものを拾い上げる。【クモサソリ】と書かれたそれには、オーラを込めた毒を注入することで、モンスターを仲間に見えるよう操作し捕食するという旨が書かれていた。
(操作……幻覚……。その辺も、可能性がなくはないか)
脱出方法が分からない以上、何がトリガーになるかわからない。考察をしながら次々とモンスターを倒していくが、際限なく湧き続けるそれに、リンも段々と苛立ってくる。
そもそも広い空間には出てきたが、ここが行き止まりというわけではなくまだまだ先はあるようだ。そうなれば、このモンスター討伐の検証に意味があるのかすら微妙な気がしてくるのは仕方がないだろう。
「ええい面倒くさい、正面突破よ! 行くわよ野郎ども!!」
「え!? モンスターはいいの!?」
「お前なぁ、今までの時間何だったんだよ!」
ファイナルフラッシュと言わんばかりの範囲攻撃をかます。周辺のモンスターを退けた後、ダッシュで洞窟の先へと進んでいくリン。
突如下された過激な方向転換に、念弾や肉弾戦と様々な倒し方を試していたレオリオは思わず文句を言った。キルアが呆れ顔で後に続く。
「リンって色々試行錯誤しようとして、結局脳筋かますタイプだよな……」
「そうよ! 龍クエ11もニズゼルファ強すぎてスキルツリーやらクエスト報酬の武器やら吟味してたけど、結局レベルでゴリ押ししたわよ悪い!?」
最早開き直って、堂々と宣言するリン。ハンター試験で天井を壊した時やヨークシンで旅団に殴り込みをかけた時など、思い当たる節が多すぎると、面々は苦笑いしながら後に続く。まだ、先の光は見えそうにない。
◇◇◇
十分に会話できるだけの時間を取って宿に戻って来たゴン達を待っていたのは、クラピカ一人だった。
リンの姿はどこにもない。そして、一見女性の姿をしているようには見えないが確かに女体化している(とわかるのは鼻が利くゴンだけだが)クラピカは、眉間にしわを寄せて事態の説明をする。
「つまり、リンが偽物にすり替わっていたということね?」
「ああ。そもそも、あのような可愛げがリンにあると思うのが間違いだった」
そういってクラピカが見せたのは、少し前までリンだったカード。タイトルには【ドッペルゲンガー】と記載されており、入手難易度はBだ。イラスト欄には、顔のない影のような不気味な姿が描かれている。
「あのようなって?」
「……いや、なんでもない」
墓穴を掘ったことに気づいたクラピカが、気まずそうに口を閉じた。ともかく、そこは現状には関係なさそうなので、今は深く突っ込まないことにする面々。揶揄い甲斐はありそうだが、それは後でゆっくりと、だ。
面白そうな気配と仲間の行方不明が同時に起こって、どのような表情をすればいいのかわからないレオリオ。取り敢えず、クラピカからカードを受け取って読み上げる。
「『【ドッペルゲンガー】 親しい人間に姿を変えて、見る人を惑わす。ある一点以外はオリジナルと完全同一の容姿・思考回路をしているが、相違点は個体によって異なる』、か……」
「で、その『可愛げ』とやらでリンが偽物って気づいたわけか」
「……そうだ。だが、カード化した条件が定かではない。俺がはっきり偽物だったと気づいたのは、カード化してからだった」
キルアが確認を取ると、あの時自分がした事を思い出して少し気まずい思いに駆られながらも、クラピカは正確に返答した。
だが、カード化原因は、今はいい。問題はいつ、どこでリンと入れ替わっていたかだ。ずっと共に行動していたわけでもなく、各々が一人になる時などいくらでもあった。下手すればレイザー戦から入れ替わっていた可能性もあり、ゴン達には判断がつかない。
「本物の姉さんは……どこに居るんだろ」
「他のプレイヤーに襲われた可能性もなくはないけど、カードがあったってことは恐らく違うわね」
「ゲームイベントが発生した可能性か」
「そうね。本命は宿で一度別れた時、かしら?」
「でも、それなら大丈夫なんじゃないか? リンなら、ゲームイベントくらいは軽くこなせるだろ」
リンの強さを知っているが故に、レオリオは比較的楽観的だ。もちろん心配ではあるが、レイザーレベルの強さを求められるイベントが唐突に発生するとも思えない。
「でも、心配だよ……」
「どっちにしても、お前はイベントに集中しないと」
リンが唐突に姿を消すのは、ヨークシンの一件以来だ。微妙にトラウマを刺激されるゴンだが、今はやるべきことがある。そして、リンを探す手がかりが一切ないのもまた事実だった。
これは、仲間の助けを得られない、完全な個人イベントの可能性が高いだろう。ドッペルゲンガーがカード化したことでリンの方のイベントにも何か動きがあるのではないかと期待し、ゴン達は予定通りの作戦につくことになったのだった。
◇◇◇
「はぁ……。全然出口見つからないわね」
何時間経過しただろうか。リンの体感では既に丸一日近く経っているが、それを認めるとテンションが下がるため、あまり考えないようにしている。
「キルア~、癒しを頂戴~」
「わかったから落ち着け」
「姉さん、ほどほどにね……」
リンとゴン達。……いや、リンと偽物のゴン達は、未だ出口を見つける兆しもなく、ひたすらに洞窟を歩き続けている。多少は飲まず食わず、休憩も取らずに行動できるとはいえ、進展が見られないのは精神的に辛いものだ。
リンがキルアにべったり張り付くも、キルアは必要以上には何も言わず、されるがまま歩く。隣でゴンが朗らかに笑うのを確認すると、リンは再び先頭を歩き始めた。
「……よし、充電完了」
「やはり、洞窟ではなく念能力の空間だと考えるのが妥当だろうな」
モンスターも時折出現するが、それ以外はさしたる変化もない。何か他に攻略方法はないかと、自然に早足になる。もしかしたら、攻略しない限りは永久にこの洞窟から出られないのではないか、そんな不安が首をもたげ始めた。
「リン、お前はあまり前に進み過ぎるな。俺達に任せておけ」
「なんで?」
「なんでってリン、クラピカは男を見せたいんだよ」
「レオリオ!」
「……」
リンを心配したクラピカだったが、レオリオが揶揄うように口を挟むと、顔を赤くしてそちらを睨みつけた。リンはその様子を黙って見つめていたが、少し怒ったように軽くため息をつく。
「……私が一番危険に対処できるんだから、前に行くわよ。つか、仲間に男も女もないでしょ」
「ンな事ねーだろ。男ってのは、頼られると嬉しいもんだぜ?」
「男、女の前にハンターよ。私が女だからって、仲間を盾扱いするのは違うんじゃない?」
ハンターは、基本的に単独行動をすることが多い。そうでなくとも自分の身を護れるようにと武の研鑽は怠らない。特にその傾向が強いリンにとって、仲間を異性として扱わないことは、ある種のマナーに近いものがあった。
「そういうもんか……?」
「こいつがモテねー理由、分かったぜ」
「姉さん、男より男らしいところあるから……」
仲間を男性として見なさない代わりに、自らも女性だと思わない(ただし趣味に関しては別)。意識的に女性扱いされるのを避けているのだから、男女のフラグが一切立たないのも仕方ないのだ。リンにとって、必要以上に女性扱いされることは、力量を侮られているような気持ちになるあまり嬉しくないものだったりする。
「ま、でも気遣いありがと。クラピカ」
「そう思うなら、言うことを聞け」
(……)
少し縮こまった雰囲気を和らげようと、リンがふざけ気味にクラピカの肩に肘をかける。怒られるかと思ったが、クラピカの返事は落ち着いたものだった。それはただひたすらにリンを女性扱いするもの。
しかしクラピカらしいといえばらしい正論に、リンは無言で考え込む。モンスターの襲撃も減り、洞窟の中にリン達の足音のみが響きわたる。
「それでも、俺にとってリンは女性だ」
ぽつりとクラピカが溢した一言は、リンの耳に届かなかった。聞き返そうとするが、クラピカは言い直そうとせず、そのまま話を続ける。
「解除条件を探さないとな」
「……これだけ歩いて出口に辿り着かないなら、念空間なのはほぼ確ね。普通は能力者しか解除できないけど、仮にもゲームなんだから、条件は絶対あるわ」
「例えば?」
ならば、リンも問い詰めることはしない。確信に近かった疑念を改めて確信そのものに変え、目つきを一瞬で鋭くさせる。
「偽物の仲間を倒すとか」
そう言ったリンが手始めに攻撃したのは、キルア。鳩尾に肘を受け、呼吸が止まる。
キルアは必死に意識を繋ぎ止めようとしたが、直後前かがみになって露になった後頭部に、リンの強力な打撃を喰らって昏倒した。
「リン!?」
「やっぱ、こうするしかないわよね。偽物とはいえ、愛する弟達を倒すような真似は気がひけるんだけどな」
ゴン達が動揺し、ある者はキルアに駆け寄り、ある者はリンに敵意を見せる。「キルアとももう殴ったりしないって前約束してたし」と付け加えたリンは、偽物と確信があるとはいえ、やはりバツが悪くてしかめっ面をしながら頬を掻いた。
「姉さん、なんでこんなことするの!?」
クラピカやレオリオが臨戦態勢をとる中、ゴンがキルアを支えながら信じられないというようにリンを見上げる。罪悪感を煽る弟の仕草だが、これもまた本物ではないのだと自分に言い聞かせ睨みつけた。
「キルアはね、私が抱き着くと大体キレるのよ。満更でもない態度ではあるんだけどさ」
「なっ……」
「それにゴンも、私がキルアだけ構ってたりすると少し拗ねた顔してたり、自分も甘えてきたりするの。この半年で姉離れしたにしても、あんな平然とした態度はしないわ」
リンが淡々と指摘すると、ゴン達は返す言葉に詰まった。それこそが偽物……つまり【ドッペルゲンガー】の証明そのものだったからだ。同時に、キルアがぼふんとカードに変化する。
「ったく……。オーラの色味まで本物と同じなんだから。本当よくできたゲームよ」
ゴン達の違和感には、すぐに気が付いていた。確かめるために様々な会話をする中で、疑念は確信に変わっていた。
しかし、偽物とはいえ好き好んで仲間に手をあげたくはない。いかにもゲームイベントのような一カ所の相違点以外は、全てオリジナルと同じなのも、罪悪感を誘う。他の達成条件はないかと色々試していたが、どうやらこれしかないと諦めたのが今の状況だ。
「ふっ……!」
「ぐぁ!!」
続けて、レオリオに飛び蹴りを入れる。もろに喰らったレオリオは、そのまま洞窟の壁面に打ち付けられた。
ヨークシンで裏切り宣言をした時にも同じような状況になったことがあったが、あの時と違うのはリンが明確に倒す意思を持って攻撃した点。レオリオはそのままずるずると座り込み、意識を失っていた。そしてまた、ぼふりと姿が消えてカードが現れる。
「レオリオは偽物か区別しづらかったけど、気絶させたキルアを心配しないのが証拠かしら。回復もする気配がなかったし」
完全に敵意を向けられた以上、最早誤魔化しは通用しない。ゴンとクラピカ……いや、二匹のドッペルゲンガーは、リンに襲い掛かった。
「……っと!」
緋の眼状態で、容赦なく飛ばされる鎖。紙一重で回避したリンは、その能力がオリジナルのクラピカと遜色ないことを確認する。どうやら、先天的な体質まで差分なくコピーできているらしい。
(四人倒せばクリアかしら。ビスケがここに出現しないのは、私より強いからとか? 人によっては達成できなさそうなイベントだし、一応は救済措置もあるのかも)
「最初は、グー……、じゃん、けん」
「……っと。考え事の余裕はないわね」
クラピカの鎖を回避したリンの死角から、ゴンが『発』を使いつつ姿を現した。右手はオーラを纏い、強く光り輝いている。
「グー!」
「おりゃあ!!」
敢えて回避せず、振り向きざまに『硬』をした拳をゴンの拳にぶつける。強化系といえど、まだまだゴンは発展途上。おまけに偽物となれば、リンの『硬』はゴンの『発』を上回り、ゴンに十分すぎるだけのダメージをもたらした。
ビシビシと衝撃が走り、ゴンの拳が割れる。痛みでよろけるゴンに追撃で手刀を打ち付けると、ゴンはそのままばたりと倒れてカードになった。
「やっぱ実力はオリジナル準拠か。でもまだ甘いわね」
残るはクラピカのみ。悔しそうに顔を顰めながらも、その闘志は衰えていない。まったく、こういうところは本物と何も変わらないのだと少し呆れる。ゴン達同様、気絶させるのが手っ取り早そうだ。
「クラピカは一番わかりやすかったわよ。妙に私を女性扱いするし。あいつ、モルグの時みたいな不純パーリィなら流石に気遣ってくれるんだけどさ。そんな状況でもない限り、私を女と見なすことなんてないのよ」
そう言いながらもクラピカの放つ鎖を掻い潜り、容赦なく拳を叩きこむ。壁と拳で板挟みにされたクラピカは、そのままずるずると座り込みながらも、リンを悲し気に睨みつけた。
「俺の肝心な所を、何もわかっていないのだな……」
「肝心な?」
リンが聞き返すもクラピカは答えることなく、そのままぼふりとカードになった。同時にどこからともなく扉が現れ、リンに自己を主張しているかのように光り輝く。どうやら、イベントクリアのようだ。
気になることを言われた気もするが、カードになってしまったのなら仕方ない、と洞窟を出る前に四人分のカードを集めて回る。どれもが同じカードだった。
(全部【ドッペルゲンガー】って書かれてる。イベントキャラクターなのかしらね?)
モンスターのランクはB。ゴン達の強さはBにしては強すぎるものだったが、プレイヤーの強さなどに応じて調整されている可能性も十分にある。
(……あー、そういえばツェズゲラからカードを貰った時に教えてもらった入手条件の中に、こんなんあった気がするわ。やっぱ、攻略サイトだけ見ておくのと実際にプレイするのは違うもんよね)
思い返せば、ドッペルゲンガーが出現するイベントがあったと言われた記憶がある。今更ではあるが。
例えば、何のゲームか聞かずに攻略サイトだけ見た状態で該当するゲームをプレイしても、すぐに攻略情報とは結び付かないものだろう。それと同じで、自分で経験していなかったのだから、多少手間取っても仕方ない。
そう自分に言い訳をしつつ、リンはドアノブに手をかけた。頭の片隅にクラピカの言葉を残しながら。
◇◇◇
次の日。ゴン達の女体化が解け、夜になっても、リンは戻ってこなかった。
探す当てもないので仕方なくパーティー会場へと移動した面々だったが、クラピカは終始落ち着かない。目の前でリンがカードになったのだから仕方ないが、顔には出さないにせよその態度は流石のビスケも宥めるほどだ。
「クラピカ、そんなに心配しないでも大丈夫だわよ。あの子そんなヤワじゃないから」
「……わかっている」
「ゴンもクラピカも、過保護過ぎんだよ。しつこい男は嫌われるぜ?」
「なっ……!」
キルアもやれやれと言わんばかりに追撃を加え、クラピカは言い返す言葉もなく絶句した。
ゲーム攻略のために動くのは姫攻略のゴンと王子攻略のレオリオ(予め渡されていたクッキーによって再び女体化済み)なので、キルア・クラピカ・ビスケは会場に来たと言えど様子を見守るのみだ。
クラピカと違ってゴンはあからさまに態度としても姉を心配しており、その狼狽えっぷりはキルアが呆れるほど。うっかりシスコン呼ばわりして軽い取っ組み合いになったのは、ほんの数時間前の話である。
「あんたも大して女性経験ないでしょうが」
「うっせ」
三人の視線の先では、レオリオが王子と優雅に踊っている。どこで身につけたのやら、妙に様になっている踊りっぷりだ。恐らく女にモテるために謎の努力をした時期があったのだろうと、三人全員が口にしないまでも同じことを思っている。
一方のゴンは舞踏会の経験がない分、コミュ力で勝負するようだ。バルコニーにお姫様をエスコートする様子はいかにも慣れた様子。リンはここに居なくてむしろ良かったのかもしれないと、これまた口にしないまでも三人全員が同じことを思った。
「……リンの事を信用していないわけではない」
場で浮かないようにと念のため着用してきた燕尾服の襟元を軽く正しながら、クラピカは小さな声で呟いた。
それは、まぎれもない本心だ。リンならば大丈夫だという気持ちも、もちろんある。しかし、ヨークシンでの出来事や決して口にしてくれないリンの過去が、一抹の不安として心の澱となっているのも事実だ。考えるうちにミトに言われた言葉も思い出してしまい、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
一方でキルアは、リンと手合わせをしてからはっきりとリンの強さを思い知った。レイザー戦だって、参加しなかったものの、その後レイザー自身と手合わせをして勝っていた。リンの強さは、明らかに世界有数レベルのものだ。
SSランクイベントを軽くこなせるのだから、このゲーム中でリンにとっての危機的状況が起こる可能性は、ないに等しい。そのため大丈夫だろうと楽観視しているキルアは、クラピカの様子を見ても一つの結論にしか至らない。
「惚れてるから心配なだけだろーが」
「そういうわけではない!!」
「ムキになるところがまだまだガキンチョね」
「ババアに比べりゃ、全員ガキだろ」
キルアが昨日から続いて二度目の拳骨を喰らったのは、言うまでもないだろう。
「でも、流石に少し心配ね。明日になっても帰ってこなかったら、本腰を入れて捜索するわよ」
たんこぶのできたキルアを無視して、そう宣言するビスケ。イベント詳細は不明にせよ、恐らく宿に入るまではリンは本物だったのだろうと確信している。
なぜなら昨日、リンは確かにメイメイからかつてのクリア報酬であるホルモンクッキーを取り出していたからだ。イベントキャラクターであろうと、偽物であれば流石にG・Iのクリア報酬まで偽造するのは難しいだろう。
それならば、今日中には自力で帰ってくる公算が高い。そうビスケが言おうとした時、傍の大きな扉がガチャリと開いた。ビスケ達含め、周辺の人々の視線が軽くそちらに向く中、扉の向こうからはリンがひょこりと顔を出す。
「あれ、パーティ会場……。一気にワープしたって感じね」
「あらリン、大丈夫だった?」
「まあ大丈夫。でも、酷い目に遭ったわ」
リンが会場内に入ると、先程までリンが居た場所……すなわち洞窟からボウンと音がした。リン達がそちらに眼を向けるとそこにはカードが落ちており、洞窟だった空間はエントランスに変化していた。元々の城の空間だ。
「【神隠しの洞】……Sランのカード。まあ、ラッキーってことにしとくか」
そう言ってカードをバインダーに仕舞うと、メイメイのポケットから夜会用ドレスを取り出し、
一瞬でパーティ会場に相応しい姿になったリン。オフショルダーでしっかりと肩の見えるドレス姿に、思春期キルアはやはり眼を逸らす。やはり、キルアも人のことを言えない程度には、女性への耐性がない。
「やっぱりイベント攻略をしてたのね」
「してたっていうか、巻き込まれたって感じ。偽物とはいえ、愛しの弟をぶん殴るハメになったし」
早着替えの影響で少しふわりと舞うドレスの裾を正しながら、リンはそうぼやいた。不穏な発言をしているが小声であるため、傍から見ればリンはパーティ会場に咲いた花々の一つ、一輪の青いバラにしか見えない。
「そっちにもドッペルゲンガーが居たわけか」
「ビスケ以外、全員居たわ。かなり精巧だったけど、微妙な違和感が気持ち悪いのなんのって」
そう言いながら、未だにそっぽを向いているキルアをがしりと抱き締めるリン。肩に胸の感触を感じて、キルアの白い肌は一瞬で真っ赤になった。パーティ会場にはふさわしくないまでの大声と暴れっぷりに、周囲のNPCの視線が突き刺さる。
「だぁー! やめろ!!」
「うんうん、やっぱこれよね」
年齢的にもそろそろ本気で拒否されるようになるだろう。今のうちに堪能しておかなければ。ロリショタの特殊性癖を疑われそうなことを考えるリンだが、リンは幼児愛者ではなくただのブラコンだ。
「てか、『そっちにも』ってことは、もしかして私のドッペルゲンガーが出現してた?」
「たぶん、宿に入った時に入れ替わったのよね? クラピカが見抜いたわさ」
「流石私の一番弟子!」
―俺の肝心な所を、何もわかっていないのだな―
一瞬偽物のクラピカが言っていた言葉が頭をよぎったが、あのクラピカは何を言いたかったというのだろうか。今となってはもうわからない。
「……正確には見抜いたわけではない。会話をしていたら、急にカード化した」
「急に? 殴ったとかじゃなくて?」
「そうだ。何かしらのトリガーをひいたのだろう」
「ふぅん。こっちは殴って気絶させたらカード化してたから、てっきりそれがトリガーだと思ってたけど違うのね」
「会話してて気絶するなんてことはなさそーだしな」
いったい、リンのドッペルゲンガーはなぜカード化したのか。疑問が浮かぶが、誰にもわからない。答えが出ずに考えているところに、深緑色の礼服を纏ったゴンが駆け寄って来た。
「姉さん!」
例の如く、誰よりも姉のことを心配していたゴンだ。キルアと違い、ドレス姿の姉を見ても一切照れることなく、再び会えた喜びに手を取った。いつもならドレスを褒める言葉も付け加えられたのだろうが、それがなかったのはゴンなりに心の余裕がなかったからなのだろう。
「よかった戻ってこれたんだ!」
「まあね、丁度さっき。それよりお姫様はどうしたの?」
リンの言葉に「そうだった!」と思い出したように言うゴン。忘れていたのは天然なのか、それともシスコンのあまり一瞬他がどうでもよくなっていたのか。意見が割れる所だ。
「お姫様が、モンスターに攫われちゃったんだ!」
「あ、そうなの?」
「軽いな」
クラピカが思わず突っ込むほどには、リンもあっさりと返した。リンもリンで、その辺はかなりドライだ。ゲームイベントだとわかっている上に、一度クリアしているのだから。
「だってイベントだし。でも、かなり派手なイベントなのね」
「確かに、Aランクにしては凝ってるわね。しかもえらく唐突だわさ」
数年前この町の攻略をした際、カードを持ち帰って来たメンチとノワールからそれぞれの入手条件は聞いたが、こんな展開はなかったはずだ。
確かノワールは姫と交流した後、王子と決闘してイベントクリア。メンチはドラゴン討伐で姫を救出して、強くて美しい女性に王子が惚れるというイベントだったと思う。ノワールがモテすぎるあまり先に姫攻略をしてしまったので、今回のようにパーティを通して同時に攻略をしたわけではなかったが、
「俺もよくわかんないんだよね。お姫様と仲良く話してたら急に王子様が勝負を挑んできて。俺がそれに勝った後はレオリオがダンスしながら王子様を口説いてたんだけど、そしたらドラゴンの話題が出てきて、お姫様もふっと消えちゃった」
「なんか変なストーリーだな」
「ドラゴン討伐も俺じゃなくてレオリオに依頼されてるし……でも俺も行った方がいいよね」
キルアの言う通り、ストーリーとして破綻している気がする。しかしゴンの話を聞いて、リンは一つの仮説に思い当たった。
「あー。もしかして、イベントがダブルブッキングしちゃった的な?」
ゴンが進めていたお姫様攻略イベントは
お姫様の好感度を上げる→王子に勝負を挑まれ勝利する→お姫様と付き合う
であり、レオリオが進めていた王子様攻略イベントは
王子様の好感度を上げる→ドラゴン出現、お姫様誘拐→助ける→王子様と付き合う
だったのならば、まだストーリーの筋道が立つ気がする。クラピカとキルアが納得すると同時に、絶妙な表情になった。
「なるほど……」
「変なところ、リアルだな」
クエストが重複して微妙にストーリーが可笑しくなるのは、この手のゲームあるあるだろう。妙なところでゲーム性を感じさせられる。ともかく、イベントが発生したならば進めるしかない。
ドラゴンと言えどAランクイベントなので、そう難しいものではない。かくして、ドラゴンはレオリオを中心にリン達によって討伐され、晴れて双方のイベントをクリアしたのだった。リンが取得したカードを合わせてこの2日間で4枚。指定ポケットカードは72枚になった。
【神隠しの洞】
イベント発生条件:
指定ポケットカード50枚以上を所持するプレイヤー含む2人以上のチームで【同行】を使用しアイアイに向かうこと。その後アイアイ内でチームの一人が20メートル以上離れた隔離空間に入ると発生する。
ただし、キーワードとして『孤独を恐れる町』と言う言葉を聞いている必要がある。キーワードは図書館職員や壮年層に話しかけると雑談の中で聞ける。
判定条件は半径20メートル以内でこのキーワードが口にされたかどうか。ちなみにこのキーワードで聞き込みをすると、イベントストーリーを聞くことができる。
イベント内容:
イベント進行プレイヤーは念空間に飛ばされ、代わりにプレイヤーのドッペルゲンガーが出現する。プレイヤーはイベントクリアまで念空間から出られない。
チームメイトでも、イベント進行プレイヤーのドッペルゲンガーを倒した後、街中で聞き込みをすると救出イベントが発生する。
洞窟内に発生するドッペルゲンガーは最高で4人。全員合わせてもイベント進行プレイヤーのオーラ総量半分以下になるよう調節されている。
イベントストーリー:
昔、アイアイにドッペルゲンガーと呼ばれるモンスターが住み着いた。
住民が独りになったところを狙って洞窟に幽閉しオリジナルに成り代わるため、人々はそれを恐れて集団行動をするようになる。次第にドッペルゲンガーの種族は衰退し、アイアイでは誰かと共に暮らすという文化だけが形骸化して残った。
達成条件:
洞窟内で同行しているドッペルゲンガーを全て戦闘不能、もしくは降参状態にさせること。現れた扉を開けると、チームメンバーが最も集まっている空間に通じる。