誰も居ない近所の浜辺。夕暮れ時にリンは一人、燃えるように染まった海を眺めながらたたずんでいた。赤く染まった夕焼けが妙に大人びた姿を照らす。構図だけなら絵になる状況だ。
だがセンチメンタルに浸っているのではない。れっきとした修行だ。
「かぁ~めぇ~はぁ~めぇ~…」
声に出しながら構えをとり、同時に『硬』をする。全てのオーラが手のひらに集中するように、放出できるように。
「はぁ~~~~!!!」
勢いよく放たれたかめはめ波もどき。赤い光を放つそれは、ビーム状になって海をかき分けていった。目を凝らすと、数キロ先でオーラが消えて雲散霧消したのが見える。
「違うな~なんかこう…勢いが足りない。覇気が足りない気がする」
ただオーラを放出するだけなら簡単。しかしリンが求めているのは『かめはめ波』だ。ただの念でできたビームではない。『かめはめ波』なのだ。原作初期にして月を壊すレベルの超ド級必殺破壊光線、『かめはめ波』だ。
「界王拳!!」
『練』
気持ちを高めるために練を界王拳に見立ててみる。リンのオーラは薄めの赤と白なので、界王拳に見えなくもない。
いける、いけるぞ。なんか気持ち的にいける気がしてきた!リンの心臓が高鳴る。気分はサイヤ人編の孫悟空。もう少し修行すればスーパーサイヤ人も目指せるかもしれない。
(つっかっもうぜ!ドラゴンボール!)
リンの脳内を有名なかつてのオープニングが流れる。改も超も良いが、無印のオープニングのドラゴンボール感は凄い。
今!月をも壊すHACHAMECHAなかめはめ波を放つんだ!!
「くぁ~めぇ~はぁあ~めぇえ~~!!」
「ねえちゃん、なにしてるの?」
全力で練ったオーラはふつりと何処かへ消えていった。そろ~りと時間をかけて後ろを振り返ると、いつの間にやら傍にいるのはスイート・リトル・ブラザー・ゴン。
(どうやって気づかれずに近くまで来たの?野生の気配消し?凄いね!!)
見られてはいけないシーンを見られてしまった事で冷や汗だらだらになるリン。しかし当のゴンはさして気にしていないようだ。
リンを見るゴンの目はさながらヒーローを見ているかの様。実際、ゴンにとってリンは紛れもなくヒーローである。そして黒歴史生産現場にそんな目を向けられて、リンはいたたまれない。
「ねえちゃん、かっこいい!ねえなにしてるの?」
「…かめはめ波だよ。ゴンも大きくなったらできるからね」
そんな目で見るな…と目を逸らしながらもリンは観念してそう言う。純粋な弟は天使のような笑顔を浮かべて頷いた。
「…そういえば、どうかしたの?」
話題を変えるために必死で尋ねるリン。ゴンは思い出したかのように暫く間を置いてから言った。
「えっとね、ミトさんがとなりのしまにかいものにいこって!」
◇◇◇
そんなこんなで船をこぎ数十分。リンたちは隣の島である、いるか島まで来ていた。
くじら島と違い大きな漁船が何艘も停泊するこの島は、食料や雑貨以外の様々な娯楽品が売っている。いるかと侮るなかれ、島面積もくじら島の約五倍だ。
今日はリンとゴンの新しい服を買うため、ミトに連れられてきたのだった。メイメイの具現化も解除しており、ペット不可の店内にも堂々と入れる。
「ミトさん!おれ、ねえちゃんみたいなふくがほしい!」
「そうねぇ…じゃあパーカーとベストかしら。…でもあなた、すぐ汚すから…」
「よごさないよ!ぜったい!」
そんなやり取りをしながらリンの少し先を歩くミトとゴン。ちなみにゴンがこのセリフを言って実際に服を汚さなかった事は一度もない。もって二日だな、と予想するリンである。
人々が笑い、騒ぎ、行き交う商店街の街の中。いつもと同じような風景だが、交番前を通りがかった時、以前は見かけなかった指名手配書が目に留まった。
(指名手配犯、『ライド』ね…こいつ念能力者じゃん)
オーラの色はどういうわけか、写真越しでは見えづらくなる。その指名手配書もオーラの色は見えづらかったが、見るからに悪人である事はわかった。
(ていうか顔が悪人面だしね~)
そしてオーラが常人よりも濃く大きく映っている。十中八九念能力者だ。つまり、普通の警察では捕まえられないだろう。
「あら、怖い人もいるのね。リン、ゴン、離れないようにね」
リンの見ている先に気づいたミトが言う。指名手配犯と言ってもこの島に居るわけではなさそうだが、何となく嫌な気分になりミトの言う通りにぴったりと張り付く。
ミトはリンの頭を優しく撫でると、欲しい服を聞いた。いざ選べと言われると悩ましいリンだ。
(もう一年もしないうちにハンター試験だしな…動きやすい服がいい…ハッ、ここなら原作ゴンの着ていた服も売っているのでは?)
そう考えながら歩いていると、丁度数軒先に服屋が見えた。ショーウィンドウにはゴンが着ていた衣装の白バージョンが飾られている。
いち早くそれに飛びつこうとしたリンを、脳内のもう一人のリンが止める。
(ここでは私もハンターハンター世界の人間だ。ゴンの服装を丸パクリするのも何か違う気がする。かといってTシャツとジャージで行くのも違うよな…ハンターの服って、何だ?)
よくわからないキャラ付けなど不要だが、どうせならハンター世界らしい服を着たい。考えがずぶずぶと沼に嵌っていくリン。
(というか親父が風来坊で弟が全身緑の探検服(?)って服装濃すぎるのよ…もしかして私も何か濃ゆくした方がいい?ハンターになった時空気として誰にも気づいてもらえなくなる??)
ピエロやクルタや裸コートや十二支んがうろつく世界だ。下手な服装をしていたらモブになって死んでしまうのではないか、とよくわからない方向へ思考の舵が切られていく。
普通に年頃のおしゃれな服装をしているキルアや一般人の戦闘服・スーツを身に纏うレオリオは、リンの頭から完全に消えていた。
(ミトさん風衣装?…いや、機動性に欠ける。いっそシンプルにシャツとスカート?…スカートもダメ!じゃあズボン?地味!!)
試験を受ける服装なんて地味でいいのだが、スイッチが入ったリンは止まらない。
(エロ路線?我11歳ぞ!じゃあロリ路線?ああ~キャラ的に無理!いっそオタク路線?…正解だけどなんか嫌!!)
「リン!何ボーッと突っ立ってんの!早く来なさい~」
リンの思考はミトの声により現実に引き戻された。見ればミトとゴンは既に服屋の入り口で待っている。
リンはこういう時、変に優柔不断になる。結局、ゆたりした服もファラオコーデも心Tシャツも選ぶことはなかった。
選んだのはオレンジのブルゾンと白のタンクトップ、そして黒のショートパンツにベルト。無難なのか目立つのかよくわからないチョイス、黒の編み上げショートブーツがワンポイントだ。
これを着てハンター試験を受ける事を決意するリン。所謂勝負服なのだろうが、血と汗塗れるハンター試験で新品の服を着るのはあまりに勿体ないのではないだろうか。
「ミトさん、あそこのつりざおみてきていい?すぐかえるから!」
ゴンがそう言ったのは粗方の買い物を終え、カフェのオープンテラスでくつろいでいる時だった。海辺に建っているこのカフェの席は全体的に強い潮風が当たるが、リンたちの座っている席だけは建物が遮ってくれるので風が届かない。
目と鼻の先にある店であったため、ミトも店員に迷惑をかけない条件で了承した。意気揚々と走っていくゴンを見送った後、ミトはリンに向き直り落ち着いた口調で話しかける。
「…リン、もうすぐハンター試験だけど、…本当に意思は変わらないのね?」
ゴンが居ない場で聞いておきたかったのだろう。その瞳は不安気にリンを見据えて揺れている。かといってリンも意思を曲げる気は一切ないので、迷いなく頷いた。
「うん。来年、年が明けたらすぐに島を出るつもりだよ」
「そう…私あなたの事、応援してるの。でも、私も手放しで送り出す気にはなれないから、一つだけ条件を出させて。それをできたら認める」
「わかった」
十年以上の月日が過ぎ原作知識も薄れてきたリンだが、ゴンが原作で池のヌシを釣り上げていた事を思い出した。条件が同じじゃないとフェアじゃないし、何よりミトもそれくらいした方が安心するだろう、と迷う事なく了承する。
それよりも、原作のゴンに対してとはかなり違うミトの態度が気になった。
原作のミトはゴンがハンターになる事を徹底的に反対し、ハンターという存在から遠ざけていたイメージだった。
しかし、父親の職業を既に知っていたからか、はたまたくじら島に来た時に既にかなり大きかったからか、ミトはリンがハンターになる事をあまり反対していないようだ。
今だって条件を出すとは言っているが、「…試験に備えて買っておくものはない?」とも言ってくれ、リンが万全の態勢で試験に臨めるようにフォローしてくれる態勢だ。
(なんでだろ?やっぱ女親は男の子の方が可愛い的な?…ミトさんに限ってそれはないか)
リンとゴンに平等に愛情を注いでくれたミトの姿を知っているリンは、一瞬頭によぎった考えを即座に振り払う。
ともかく、ミトの厚意をありがたく受けようと決めた。少なくとも、ここまで心配して貰っておいてミトからの条件すらクリアできない赤っ恥は避けようと思うリンである。
「あら…今日は波が強いわね」
「そうだね…」
瞬間、リンの背筋をぞわりと悪寒が走った。
誰かが念能力を使用した気配がしたのだ。それと同時にゴンの匂いが消える。
「ミトさん!ゴンが居なくなった!!」
「そんなまさか、さっきまで目の前の店に居たのに…!」
ミトも慌て、テラスを出て目の前にあった釣具店近辺を探し始める。近場の客にゴンの行方を聞く姿は、明らかに狼狽している。
(迂闊だった…!近くにいるからといって油断していた!…なんでこんな事になったの?)
動揺しているのはリンも同じだ。ミトにゴンを探しに行く旨を伝え、ゴンの匂いを探す。しかし匂いは強い潮風に紛れ、よくわからない。
(この島はこんなに強い潮風は滅多に吹かない…それにウミヅルが驚いてる。波の流れがおかしい)
本来、いるか島は比較的気候も安定している穏やかな島だ。今の状況は明らかにおかしい。
凝を使って海を見ると、うっすらとオーラが見えた。海の表面を黒いオーラが覆っている。それはまるで、数時間前に見た指名手配犯のオーラによく似ていた。
(…操作系能力者か!それも、海流操作!)
リンの念能力者としての総オーラ量、応用力は下手なハンターを遥かに凌駕するレベルである。しかしリンは、自分に弱点がある事を知っていた。即ち、『念能力者同士の実戦経験』。
ジンやレイザー、ゾルディック家の面々と共に訓練する過程で組手をする事も多かったが、あくまで攻防力移動を含めただけの『ただの』組手だった。つまり、『発』を使った実戦経験は数えるほどしかない。
(そんな心配している場合じゃない。十中八九ゴンは念能力者の下に居る)
海流はよく見ると一定の方向へ流れているようだ。ウミヅルの声を頼りながら流れを辿る。
少し見たくらいでは違和感に気づけない程度の潮流は、街を大きく離れた浜辺沿いの海小屋に続いていた。
数十キロの道のりを走ってきたため、腕時計は既に二時間経過した事を示している。栄えた街が中心の島とはいえ、ここまで走ってくれば周囲には誰も居なかった。
この辺の海域自体が現在シーズンオフらしく、船の出入りもない。生物の気配がない事に加えて潮風だけが強く吹いており、他のすべての音をかき消している事が酷く不気味に思えた。
嫌な予感を拭えない。でも、ここからゴンの匂いがする。何より、血の匂いも。近づくと今まで聴こえなかった息遣いすら聴こえ、冷静な判断力は全て何処かへ行ってしまっていた。
「ねぇ、ちゃ…?」
嫌な事、不幸というものは何の前触れもなく訪れるのだとリンはこの時悟った。
扉を開けたリンが見たのは、どこかで見たような男の姿と顔が腫れるまでに殴られ床に倒れ伏す弟の姿。骨が折れているらしく足がおかしな方向に曲がっている。あちこちが痣だらけで青紫色に染まっており、たった二時間で何があったのかと目を疑った。
「ゴン!」
駆け寄ろうとすると、ゴンの傍に居た男がナイフをこちらに向けて突き付け言った。
「おっと動くな?こいつが死んでも知らねぇぜ?」
その言葉に反射的に動きを止める。実際、ゴンの傍に座っている男が少し手を動かすだけで、ゴンの命は無くなるだろう。
それでも相手が普通の人間なら、手を伸ばす前にナイフを奪い取るなんて簡単だった。それができなかったのは、相手が念能力者だったからだ。
リンの『纏』を見て、男は驚いたように言った。
「念能力者か…ガキの癖に生意気だな…お前の弟かなんかか?」
「…返して」
必要以上に情報を与える必要が無いからそう答えたのではない。ゴンを助けたい、それしか頭に無かったからだ。
そんなリンの切羽詰まった姿をせせら笑うように、ゴンの首筋にナイフが突き立てられた。子どもの柔らかい肌に血が伝う。
「悪いがそれはできねぇ。…俺の事を知ってるか?これでも有名な幼児誘拐殺人犯なんだ」
こんな事をするのだからまともな人間でないだろうとは思っていたが、やはり指名手配犯だったらしい。それも幼児誘拐殺人犯、ゴンを誘拐したのもそのためだろう。誘拐、暴行して殺害する。最後は海流操作で海にでも流してしまえばよい。
そうだ。数時間前に見かけた手配書。そいつに顔がそっくりだ。オーラの色もそっくり、何なら実物は更に酷い色をしている。
「ゴンを返して」
「ああ、ゴンって言うんだなこのガキ。いい声で泣くから殴り甲斐があったよ」
リンにはこの状況を打開できる能力がない。メイメイの能力はどれも日常補助的なものだ。
原作レオリオの様な放出系能力でもあればよかったのにと思うが、リンはジンのように放出系の『発』まで真似する事は出来ない。
「返して」
だから、馬鹿の一つ覚えだとわかっていてもリンはそう言うしかなかった。しかし怒りと共にオーラが身体の芯から湧き上がってくる。
その異様な空気を感じながらも、男の…ライドの優位は変わらない。
「オーラを絶にしろ。この場でこいつを殺されたくなければな」
ゴンを殺し自分も殺す気か、それともそのまま能力で逃げる気か。ライドは更に調子づいて要求する。
それに従うしかないリンも、言われるがまま絶にした。『絶』は戦闘放棄の意思にも使えるのかと要らない考えが頭をよぎり、そうするしかない自分に更に腹が立つ。
オーラが精孔を閉じた体の中を熱く駆け巡る。目の前の男を殺したくて殺したくてしょうがなかった。
「そろそろフィナーレと行くか…俺の能力は海流操作。これで水死体が一丁上がり、俺は波に乗って逃亡ってわけさ」
(ゴンが…死ぬ?)
そう理解した瞬間、目の前が真っ白になった。シャツの裾を握りしめ、ギリギリと唇から血を流す。
その姿を見ても相手は楽しそうに笑うだけだ。幼児誘拐殺人犯にとって11歳のリンは十分に嗜虐対象に入るのだろう。
「ねえちゃん…お…れはいい、から、に…げて」
前もろくに見えないのではないかと言うくらい腫れた目をこちらに向け、ゴンが言った。その言葉の意味を確かめるかのように、リンの脳内でゴンの声が反芻する。
(逃げる?ゴンを置いて逃げる??)
それだけはありえない、絶対に。可愛い弟を、大切な家族を、苦しめたくない。そのためには、そのためにはどうすればいい?
(絶対に、ゴンに悲しい顔はさせない!!絶対に!!)
簡単だ。敵を殺せばいいじゃないか。
そう思うと同時に、リンは自分のオーラが力強く輝くのを感じた。具現化したメイメイも共に光り輝き、能力を発動させる。男は突如リンが起こした行動に、理解が追いついていなかった。
「お、おい!こいつが死んでもいいのかよ!…クソッ!!」
ライドがゴンの襟首を掴んで窓を飛び出し走り出す。海に逃げるつもりなのだろう。逃がすつもりはない、追いかける。そのためには力が必要だ。
そんな言葉がリンの頭を掠める。これが自分の能力なのだと直感した。これこそが特質系である自分の本質を突いた能力なのだと。
操作系の操作対象は基本的に『早い者勝ち』だ。ならば、操作対象が能力者のカバーしきれないほどに巨大だった場合は?特に海のように個数として定義できない場合は?
答えは、『部分的に早い者勝ち』。つまり、世界中の海全てを操作できているわけでは無いため、他者が同一対象を操作する余地は残されている。
リンは全力の力を振り絞り、認識したばかりの『発』を使った。それはライドの発とは異なり、海流に流砂を巻き込んでいた。
砂と水の混在した海水が、ライドの操作する海流をも飲み込む。『早い者勝ち』の力比べに勝った粗い水流は、ゴンを掴むライドの手を切り落とし海の彼方へと流していった。ゴンを砂浜に横たわらせ、リンは更に水流を操り続ける。
「ぐあぁ…!俺の腕、返せ!」
「うるさい」
水流は更にライドを飲み込む。当たり前だが水中で呼吸は出来ない。水が鼻に入ると苦しいし、肺に空気が入らなくなる。
そして砂が多分に入った水は普通の水よりも更に対象を苦しめた。ライドはがぼがぼと海に沈み、酸素を求めて上へ上へと手を伸ばす。しかし纏わりつくのは砂ばかりで海の底に身体が沈んでいく。
意識が途切れそうになった時、ふいに、ライドは身体が地上に投げ出されたのを感じた。肺の中の砂水を可能な限り吐き出し、砂地に倒れ伏す。目の前には光の無い真っ暗な瞳の少女が自分を見ている。
「死にたくなければ防御しなよ?無駄だろうけど」
そこからリンがしたのは一方的な虐殺だった。
叫ぶ声を無視し、顔を、腹を、足を、局部を、思いつくままに殴る。ライドはカウンターも狙おうとしたが、そもそも純粋な同系統の『発』勝負で負けているのだ。勝てるわけがない。
ライドを殴りながら、リンは頭に血が上る一方でどこか冷静に自身の能力を分析していた。
(私の能力はメイメイを基盤とするものだと思っていた…実際は、逆?私の能力を基盤にメイメイが生まれた?)
今までリンは、
理由は単純明快、一番目についたからだ。能力を得るきっかけとなったのもリンがメイドパンダを連れて帰ろうとしたことだった。そんな経緯があるので、リンがそう思う事は別段不自然ではない。
しかし、それが違ったとしたら?
確かに考えてみれば、リンが直接
具現化能力は本来長い修行を経て発現する能力だ。それこそ対象以外考えられなくなるくらいに写生し、眺め、匂いを嗅ぎ、触れ、夢に出る程接する事で発現する。
しかし、リンはその過程を飛ばして
ならば、順序が違ったとしたら?
メイメイは元々アイテムカード『メイドパンダ』だ。これを何らかの形でリンがコピー、もしくは盗む事で
そして、同時に他のいくつかのカードも自分の物にした事により、結果としてメイメイに他の能力を統制させる事になった。…この辺は無意識なので確実な事は言えないが。
そう考えると辻褄が合う。
先ほどリンが能力を使った時も男が変わらずに『発』を行っていたところを見るに、恐らくリンが行なっているのは窃盗ではなくコピー&ペースト。
そして男の能力と自分の能力に相違点があった事から、完全なコピー品ではなくそれをリン自身に合うように改変しているものと考えられる。
血まみれになって喚く男の叫び声を無視しながら、リンは殴る、殴り続ける。オーラ総量の違いのあまり拳が内臓を貫通し、眼球が飛び出し、脳漿が溢れてもリンは殴り続けた。
ようやく我に返ったのは、見るに見かねたメイメイがリンの肩で鳴いた時だった。その時には男はもうただのミンチ肉と化していた。呆然として自らの行った結果の光景を眺める。
―人ってあっけなく死んじゃうんだ―
いつかの自分の言葉が脳裏をよぎった。
そう、人は簡単に死ぬ。そして簡単に殺したのは自分だ。あっけなく、まるで虫けらのように死んでしまった。
(殺さない道があったか…?)
血塗れの肉塊を眺めながら、リンは考える。
答えは否。殺すのを躊躇していれば、ゴンが殺されていた。大切なものをあっけなく奪われていた。世の中にはそういう人間もいる。
だけど、そんな人間を殺す事で自分はゴンを守れた。
世界は残酷だ。そして醜く汚らしい。
そんな中で自分の有り余る力を使って守れるものがあるのなら。
誰もが自分の事しか考えない世界で、自らの信念を貫き通すためなら。
(私は喜んで人を殺そう)
血と肉がこびり付いた拳を握りしめる。わかり切っていたが、とても痛かった。
(私がいなければゴンは間違いなく殴り殺されていた。この世界は、現実だ)
血の匂いと共に現実感は襲ってきた。これがゲームや漫画ならどんなに良かっただろうと思うが、ロマンと死体に塗れたこの世界は、間違いなくリアルだ。
(私はもう、大切なものを護る事を躊躇わない。好きなように生きてやる)
男の死体は、男からコピーした能力で海の底に沈めた。警察沙汰になりたくないし、ハンターならともかく今の自分の身分で上手くこの状況は説明できない。
(あの二つの能力はできるだけ使わないようにしよう…この能力は、非人道的過ぎるし下手したら自分の身も滅ぼしかねない)
例えるならば、幻影旅団の頭であるクロロのような。いや、改変する分それよりも性質が悪いかもしれない。
念能力は個性だ。アイデンティティであり、唯一無二の武器。それを簡単に真似て自分に合わせた使い方ができるようになるなんて、ズル過ぎると思った。
例えるなら、ジンがレオリオの発を簡単に真似していたように。それを更に強化したのがリンの能力という事になる。
…もしかしたら、オーラを変化させたりするのが得意なのも、特質系である自分の特性なんだろうか。これは発の部類には入らないだろうが。
恐らく制約と誓約も重めのものがあるのだろうが、この能力を多用して付け焼刃を増やしたところで自分の未来が良いものになるとは思えなかった。メモリの多使用、使いたくない能力を使う負荷、その場しのぎにはいいだろうが、いずれしっぺ返しが来そうだ。
何よりリン自身がこの能力は切り札程度に思うのが良いだろうと感じていた。下手に知れ渡れば、悪用されかねない。
…ミトにはゴンが海に遊びに行き転んで強打したらしいと説明した。
ゴンは殴られた影響とリンが暴走したショックで、誘拐された一切の記憶をなくしているようだった。
それでいいとリンは思う。ゴンにはできる限り純粋に生きてほしいと思う。それが純粋でなくなった人間の身勝手な願いであるとわかっていたが。
これは、リンが才能があるだけのただの少女から、清濁併せ吞む狩人へと変化した日の話。初めて人を殺した日の話。ハンター試験まであと五カ月という時期の話だ。
狩人の覚悟(ハンターライセンス)
対象の念能力をコピーして使えるようにするスキル。
コピーであるため、対象から能力が奪われる事はない。
制約:得た能力の制御を念獣(メイメイ)に任せる
本当に心の底から欲しいと思わないと発動しない
誓約:なし
スキル最適化(二次創作)
ハンターライセンスで手に入れた能力を自分が最も望む形に適合させる能力。
自動調整されるため、術者の意思は反映されない。
制約:得た能力の制御を念獣(メイメイ)に任せる
狩人の覚悟(ハンターライセンス)で得た能力にしか適用されない
誓約:なし