リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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魔法都市マサドラ【1】

「久しぶりね、ミザイ」

「ああ。ビスケも変わらないな」

 

 下手すれば何日もかかるかと思っていたが、予想に反して一晩で、しかもミザイストム本人がG・Iに来てくれる運びとなった。

 偶然にもバッテラ邸の近くに居たらしく、そこからゲームを経由して島に来てくれたミザイストム。ビスケの軽快な挨拶に軽く片手を挙げて応じる彼は、もちろんハンター協会のお母さん……いや、お姉さんとも、長年の知り合いだ。

 

「ミザイさん、お久しぶりです。わざわざ来てもらって、正直ありがたいわ」

「いや、構わない。それにしても2年ぶりくらいか? またでかくなったな」

「そろそろ成長期も終わりそうですけどね」

 

 軽く挨拶を交わした後、ミザイストムは会った事のない他の面々にも顔を向けた。ちらりと全員を流し見た後で、じっとゴンに眼を向ける。思わずその眼を見つめ返すゴン。

 

「そっちが弟か」

「……?」

(ゴン達と一緒にプレイしてるって言ったら、えらく前のめりになったと思ってたけど。もしかして、ゴンに会ってみたかったとか?)

 

 リンの感想は、半分当たりで半分外れだ。ミザイストムがジンの子へ向ける興味は、機会があれば……くらいのものであり、出向こうと思う程ではない。それがわざわざゲームの中にまで出向いたのは、ゴンがどんな人間なのか少し確認しておきたかったからだ。

 ジンだけでもアレなのに、娘のリンもハンター協会全体を罠にかけるようなことをやらかした。当然、ミザイストムの警戒心は、その息子だったり弟だったりするゴンにも向けられる。知らず知らずのうちに、割を食っているゴンである。

 

「弟のゴンです。キルアも併せて、今回のハントの功労者。ゴン、ミザイストムさんっていって親父の仕事仲間よ」

「初めまして……」

 

 父親や姉の知り合いを紹介されるこの瞬間は、何度経験してもなかなか慣れない。少し緊張気味に頭を下げるゴン。

 そんな姿なので、キルアに「猫被ってんじゃねえよ」と小突かれる。まったくもってブーメランでしかない一言だが、本人は自分のことを軽く棚に上げているようだ。

 

「二人とも恩に着る。……ゴンはジンと会えたのか?」

「い、いえ。まだ……。このゲームに手掛かりがあるんじゃないかと思って」

「そうか。会えると良いな」

「はい!」

 

 ジンが娘だけでなく息子からも逃げ回っているのは、最早周知の事実だ。思っていたよりもゴンがまともそうに見えて、内心胸を撫でおろすミザイストム。

 これならば姉のような真似はしなさそうだとほっとしているが、顔には出さない。なので、この弟もそれなりにネジが外れているのには、当分気づくことはなさそうだ。

 会話の間にレオリオがサブとバラの治癒を施し、それが終わると同時にミザイストムが能力を使用して二人を拘束する。

 

「こいつらが爆弾魔(ボマー)の仲間か」

「そうなんだけど……なんかこいつら、えらく弱ってない? レオリオの治療なら、それなりにオーラも回復するはずよね?」

 

 だが、完全に回復させても二人のオーラはゴン達と同程度しかない。戦闘時のオーラが嘘のようだ。

 

「害はなさそうだがよくわかんねーんだよ。お前を待ってる間にこいつらの叫び声が聴こえて、慌てて来てみたらこうなってたんだ」

「……ふうん?」

 

 よくわからないが、本人が何も話さないのでは、どうしようもない。自分達への害もなさそうだし、あとはミザイストムに任せてしまって良いだろうと判断した。

 ミザイも、取り立てて脅威には感じていないようだ。サブとバラの眼から明らかに戦意が失せているのも、理由の一つだろう。油断はできないが、それだけの悲壮感が彼らにはある。何か、決定的な芯すらも奪われてしまったような、そんな絶望が。

 

「……じゃあな、リン、ビスケ。ゴンも、ジンを探す時は周囲を巻き込むのはほどほどにな」

 

 ばっちり釘を刺した後、ミザイストムはそのまま【挫折の弓】でサブとバラを引き連れてゲームから脱出した。

 予めエレナやイータ、リスト、ドゥーンと連絡を取って一時的な許可を貰っていたため、ミザイストムは特例措置として三人纏めて【離脱】(リーブ)を使用することもできる。そのため、後にはリン達だけが残された。

 

「俺……姉さん達を巻き込み過ぎてた?」

「あー、あれはどっちかというと私への嫌味よ。ゴンは気にしなくていいわ」

「何やったんだよ、お前」

 

 何度もほじくり返される辺り、ハンター協会最高幹部の十二支んとしては、リンのような真似をするハンターが何人も出るのは喜ばしくないのだろう。言うと馬鹿にされるのは目に見えているので、キルアのツッコミには聞こえないふりをするリン。

 ちなみにジンはあの後、大人なんだから親子喧嘩は身内で済ませられるように配慮しろと、散々仲間からの顰蹙を買っている。逆切れして十二支ん内で大喧嘩に発展したのだが、それはリン達の知る由もない話だ。

 

「んじゃ、そろそろ俺達も行くか」

「そうだね。もうすぐクリアだよ!」

 

 ともかく、危機は去った。災難ではあったが得られたものも大きい。たった一夜にして、カード枚数は86枚とクリアに王手をかけたのだから。特に、【闇のヒスイ】をはじめとする独占されていたカードを入手できたのは嬉しいところだ。

 

「色々あったけど、一気にカードが集まったね」

「だな。あとは、誰も手に入れてない唯一のカード【一坪の密林】を手に入れて、そしたらプレイヤーとのカード争いか」

「ラスボスは、モクバってプレイヤーかな。持ってるカードを全部把握出来たら、こっちも楽なんだけど……【密着】(アドヒージョン)って激レアカードなのよね~」

【密着】(アドヒージョン)って、呪文(スペル)カード?」

「そ。指定ポケットカードの全データを常に見ることができるカード。……まあ、レアな上にいくらでも対策できるから、そんなに期待できないわ」

 

 この世界では、攻撃呪文よりも防御呪文の方が、性能が高くできている。運営陣による、簡単にクリアされないための対策なのだろう。

 

「俺達のように、【聖騎士の首飾り】や【堅牢】(プリズン)で守ってる可能性がかなり高いのだな」

「マジで便利だよな」

「そうなのよね~。ともかく、できればモクバと対峙するまでにできるだけ他のカードも集めておく方がいいわね」

 

 そう言いながらも、【一坪の密林】について調べる。【道標】(ガイドポスト)によれば、【一坪の密林】のイベント発生場所は魔法都市マサドラ。ここから地道に聞き込みをするのが定石だ。

 対モクバまでの道筋を考えると、もう一度聞き込み班と他カード入手班にまた分かれるのが良いだろう。マサドラに移り、再びリン・ゴン・キルアチームとクラピカ・レオリオ・ビスケチームに分かれる。クラピカ達は聞き込みのために街中に散った。リン達も新たなカードの入手に乗り出す。

 

「そういえば姉さん。【不思議ヶ池】ってカード、知ってる?」

 

 指定ポケットカードの残りは、どれもSランク以上のカードだ。イベント発生からカード取得までの流れはSランクもSSランクもそう変わらない。ぶっちゃけると、プレイヤーとの交渉で手に入れるのが最も楽だろう。

 しかしゴンが挙げたカードは、イベント発生から取得までの方法を既に知っている唯一の残りカードだ。取っておかない手はない。

 

「知ってるわよ。岩石地帯の伝承系イベントだったっけかな」

「そのカード、Sランクなんだけど【スケルトン眼鏡】を使うと簡単に入手できるんだって」

「あれもマサドラ発生イベントだったし、先にそっち取っとくか。リン、ネタバレすんなよ?」

「わかってるわよ」

 

 既に他のプレイヤーから、詳しい入手法について聞いていたのだろう。ゴンを先頭に街中で特定キャラクターに聞き込みを行うと、【不思議ヶ池】のイベントはあっさりと発生した。リンの記憶通り、伝承系のイベントだ。

 言い伝えにのみ存在する、隕石に降られても絶えることのない不思議な池。これを死ぬ前に一目見たいと言ったのは、マサドラの教会で長年シスターをしてきた老婆だった。

 付き人の少女に渡されたカメラでその池を撮影するのが、クリア条件らしい。キルアが善性の欠片もない白けた顔で、ぼそりという。

 

「これってさ、たぶん伝承の池が【不思議ヶ池】だよな? 撮影してゲットした後、そのままあの婆さんのところに戻らなくてもクリアになるんじゃね?」

「そうかもしれないけど……行ってあげようよ。可哀そうじゃん」

 

 キルアとしてはCPUに可哀そうもクソも無いのだが、ゴンは違うらしい。どちらかというとキルア寄りのリンも、にやりと笑ってゴンを揶揄う。

 

「行けば、指定ポケットカードとは別でお礼も貰えるかもしれないしね?」

「ちょっと姉さんまで!」

 

 またしてもゲームあるあるな展開だと会話しながら、地図で示された岩石地帯に足を運ぶ。舞台が現実世界のゲームであるだけに、こういったストーリーとゲーム仕様の微妙な齟齬はひと際目に付くところ。

 

 数分ほど走って到着した場所は、ゴンとキルアがビスケからの修行を受けた岩石地帯とは正反対に位置する場所だった。地面の質も異なっており、何より大きな違いは岩石の色合いと種類。隕石が降ってきたという伝承イベントの舞台なだけあって、巨大で硬そうな黒い岩が無数に鎮座している。

 

「……で、ここで【スケルトン眼鏡】が役に立つわけね」

「確かに、岩の中にある池なら一個一個砕いて確認するのは骨が折れただろうな」

「これだけ硬そうだと、『硬』でもなかなか砕けないだろうしね」

 

 キルアの感想にゴンも軽く同意しつつ、【スケルトン眼鏡】をアイテム化させた。ボウンという音と共にカードは四角いフレームの眼鏡に変化する。フレーム部分は形容しがたい色味をしており、オシャレや日常に使用するのは少し憚られるデザインだ。

 

「うぅ……。必要だってわかってはいても、指定ポケットカード使うのって気が引けるな~」

「確かに、この手のカードはちょっと使いづれーよな」

「ん? カード使ったことないの?」

「【聖騎士の首飾り】は使ってるよ。あと【リスキーダイス】とかも」

「収集のために最低限って感じ」

 

 疑問に思い口を挟んだリンに、ゴンとキルアは素直に答えた。レアなカードほど(特に収集の必要があるカードほど)使用に少し躊躇するのは、どんなゲームでも共通だろう。

 

「もったいないわよ。ロマンあるカードばっかなんだし、使っとかないと損でしょ」

「そーなの?」

 

 一方、数年前G・Iで様々なカードを実際に使用した身からすると、使えるものは使ってみないと損だと思っているリン。確かに入手条件が厳しいものもあるが、呪文(スペル)カードでいくらでも対処ができる。ゲームは遊ぶもの、遊ばないと損というものだ。

 

「結構面白いのよ? でもまあ、取り敢えずはカード入手(こっち)優先ね。ゴン、【スケルトン眼鏡】貸して。私も試してみたい」

「うん」

「おい、お前がかけるのかよ!」

 

 ゴンが手渡そうとしたところを、キルアが慌てて制した。年頃の青少年は裸を見られるのを酷く嫌うものだ。下手すれば女子よりも嫌う、複雑な年頃である。

 

「俺らの裸まで見えちまうじゃねーか。プライバシーちょっとは考えろよ」

「そっちは見ないようにするけど、あんたらの裸なんてなんとも思わないわよ。いくらでも見たことあるし」

 

 一方、リンからすれば今更というもの。半回り年の離れた弟と、弟と同い年の少年。毛も生えていないであろう小僧の裸を見て、照れる要素は皆無。

 なにより、この二人の裸なんて飽きる程見ている。リンの返事に、キルアはムッとして言い返した。

 

「はぁ? 俺のはねーだろ」

「あるわよ。ゾルディックの家に居た時、ツボネさんに教わってオムツ替えてたし。お風呂も入れてたし」

「……は?」

「おむつ替えの瞬間におしっこかけられかけたこともあるし」

「……は??」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」というリンの声はキルアには聴こえていないらしい。頭に隕石でも落ちてきたかのような表情でガーンガーン……とショックを受けているキルアは、やっぱり絶賛思春期なのである。

 知っていたとはいえキルアの気持ちも分からないではないわけで、少し同情するゴン。あまりにも哀れなので、苦笑いしつつ自分がかけることにした。ゴンとて年頃の少年ではあるが、姉の方を向かないようにすればいいだけだ。

 

 キリキリと調節ネジを回し、透過具合を調節する。暫くきょろきょろと辺りを見回していたゴンだったが、やがて何かを見つけたらしく、遠くを指さした。

 

「あれだ。中に池が見える」

「なるほどね~。じゃ、あとはあれを砕けばいいだけか」

「あ、ちょっと待って姉さん俺の視界に入らないで!」

 

 慌てて【スケルトン眼鏡】を外し、先に行った姉を追いかける。まだショックを受けているキルアが石になっているが、一旦は放っておいても良いだろう。

 リンに追いつくと、ゴンも隕石を見上げた。宇宙から飛来した、ただの隕石と考えるには、あまりにも巨大過ぎるものだ。ゲームイベントのために制作されたのか、はたまた別の要因があったのか。ともかく十数mはある隕石は、ちょっとやそっとでは動く気配がなさそうだ。

 

「【スケルトン眼鏡】使えなかったし、私が砕いてもいい? 良いもの見せてあげるわ」

「うん!」

 

 せっかくだから久しぶりに『凄い姉ムーブ』をかましたいリン。ワクワクしながら見つめるゴンの期待に応えるべく、右腕のオーラを『焔』で炎に変化させた。

 オーラを更に練り上げ、ついでに具現化系の技術で色も変化させる。それは、黒い龍のような様相となった。一見、オーラとは思えない。

 

「邪王炎殺……黒龍波!」

 

 龍を模した黒いオーラを放つと、それは隕石を中央から食い破った。更にそのまま上空へ打ち上げ、新たな隕石のように上から振り下ろす。オーラの塊は隕石を粉砕し、小さな岩にまで変えた。

 

「かっけー!!」

「邪眼の力を舐めるなよ……!」

 

 どこかで誰かに見せるタイミングはないかと密かに練習し、狙いに狙っていた大技。キルアにも見てもらいたかったところだが、それ以上に(やっぱ飛影はかっこいいぜ!)と大興奮しているリンである。

 ちなみに本当は「巻き方を忘れてしまったからな……!」もやりたいところだが、流石に日常的に右腕包帯巻きは憚られるので自重している。そして原作を知らないゴンは、純粋にリンの技を「かっこいい」としか思っていない。

 

(……やっぱ元ネタも知っていてほしいわね。ゴンにも漫画読ませたらよかった。後でキルアにもこの技見せよーっと)

 

 興奮が落ち着いたところで、改めて池に眼を向ける。エメラルドグリーンの不思議な池だ。現実世界にはなさそうな、いかにもゲーム世界の池という見た目をしている。

 

「これが、言われてた池だね」

 

 持っていたカメラのシャッターを切るゴン。パシャリと音がするとともにボウンと煙が上がり、池はカードになった。どうやら本当に、老婆に報告をせずともカード自体は入手できるらしい。

 未だショック状態のキルアを連れて、老婆へ写真を見せに戻る。特にお礼を貰えることはなかったが、老婆が嬉しそうに微笑んでくれたのを見てゴンとしては大満足だ。弟の笑顔を見られて、リンとしても大満足である。

 

 さて。【不思議ヶ池】を入手したところで、数時間が経過した。かなり時間も経ったということで、ビスケ達の報告を待つことにしたリン達。

 合流場所は、予め待ち合わせ場所に決めていたカードショップ前だ。田舎のヤンキーよろしく店の前に陣取っているが、これもゲームだからできることである。

 

「そういえば姉さん、さっき言ってた『指定ポケットカードも使った方がいい』って……」

 

 周囲には、NPCだけでなくプレイヤーも数多くいるようで、メタな会話も数多く聴こえる。あるいは望むカードが出なかったため息も。そんなプレイヤー達を眺めながら、ふとゴンが思い出したようにリンに顔を向けた。

 

「流石に【一坪の海岸線】みたいな激レアカードを使えとは言わないけどね。ダブってるなら、使った方がゲームを楽しめるってだけ」

「そうなの?」

「そりゃあ、現実ではお金を払ってもできない事ばっかよ」

 

 そう言って自身のバインダーを出すと、お金が余ったためついでに購入していたカードを一枚取り出したリン。

「たとえば【黄金天秤】」と言った後に続けて「ゲイン」と言うと、カードはアンティークな天秤の姿に変化する。実際に物質を乗せる目的ではないためか、手のひらサイズの小さなものだ。

 

「持ち主のためになる方を選んでくれる天秤だっけ?」

「そうそう、よく憶えてるじゃない。『私はビスケに勝負を挑むべきか挑まないべきか? 右が挑むで左が挑まない』」

「あ、動いた」

 

 リンが地面に置いて言葉を投げかけると、天秤はゆらゆらと揺れた後右に傾いた。続けて「『ゴンとキルアはビスケに勝負を挑むべき? 右が挑むで左が挑まない』」と言うと、またしても天秤は揺らめいた後右に傾く。

 念が作用しているとはいえ一般常識では考えられない光景だ。ゴンは思わずしゃがみ込み、興味津々で覗き込んだ。

 

「挑んだ方が良いんだ」

「ビスケは手練れだからね。今後の自分の力になるわ」

「俺もやってみる!」

 

 どうやらビスケの真の姿は知らないらしいゴンに、(バトッたら顔面の一時的な崩壊は免れないけど)という言葉を省略しておくリンである。いつか弟が目にする時のショックとその後の顔の腫れ具合を想像し、今のうちに心の中で手を合わせておく。

「モクバとの交渉は最後に回すべき?」や「俺はジンに会うべき?」など、思いつく限りの質問を天秤に投げかけるゴン。一通り試したところで満足したらしく、ニコニコとリンに天秤を返した。

 

「面白いね」

「実用的でもあるのよ。他のカードも含めて、今後の方針の役に立ったりするかもね」

 

 リンの言葉に同意したらしく、ゴンはバインダーを出して今自分達が持っている指定ポケットカードを眺める。そしてふと気づいたらしく、リンの方を見上げた。

 

「もしかしたら【無くしもの宅配便】で緋の眼を探すこと、できないかな?」

「あ~、流石にそれは無理だと思うわよ。既に別の所有者が居るからね」

 

【無くしもの宅配便】は、あくまで『使用者が所有者かつ紛失しているもの』のみ使用することができるアイテムだ。既に所有権を失ったアイテムに関しては対象外である。これを使えればどれだけよかったかと思うのはリンも全く同じだが。

「そっか……」と残念そうに呟くゴン。今すぐ使えそうかつ有益なカードを再び吟味しているところに、ビスケ達もようやく戻ってきた。

 いち早く戻って来たレオリオが大きく手を振った。リンとゴンが手を振り返すと、レオリオは続けて喜色満面の笑みで叫ぶ。

 

「おい! 【一坪の密林】の情報、入ったぜ!」

「マジで!?」

「本当に!?」

 

 思わず立ち上がり聞き返す姉弟。Sランクのカードと異なり、SSランクのカードは情報収集からして難しい。今日中に上手くいかない可能性も十分にあったからだ。クラピカも、レオリオに続いて合流する。

 

「ああ。拍子抜けするくらいにはあっさりだ。……キルアはなぜ落ち込んでいるんだ?」

「赤ちゃんの頃、姉さんにおむつ替えされてたのがわかってショックだったみたい」

「……あ~」

 

 かなり時間も経っているのに、やっぱりいじけているキルア。そろそろフォローした方がいいと判断したゴンとレオリオだったが、人選に明確なミスがある。

 

「気にすることないよ。俺もされてたし」

「逆に考えろよキルア。ご褒美だってな」

 

 あまりにもフォローになっていない二つの言葉に、リンは取り敢えず後者の発言をした奴を蹴り飛ばした。あまりにも青少年の教育によろしくない発言だからだ。

「なんで俺だけ!」と叫ぶレオリオの傍ら、クラピカが同情したようにキルアの肩をポンと叩く。同じくリンに心を削られる者として、思うところがあったらしい。

 

「ほらほら、キルアもいい加減元気出しなさい。本題に入るわよ」

「……るせ~」

 

 鶴の一声、師匠の一声、ビスケの一声。流石のキルアも渋々顔を上げる。

 

(少年はこうして大人になるのね……)

 

 ある種加害者ではあるわけだが、育児で下の世話は必須事項だ。リンとしても、特に悪いとは思っていない。

 そういう自身もジンにおむつ替えをされていたと思うと死にたくなるのだが、深くは考えないようにしている。この世を上手く生きるコツは、見なくていい現実からは眼を逸らすことだ。

 

「……んで、カードの情報が入ったって話だったよな?」

「というか、クラピカに情報が集中してるって感じだったわさ。私やレオリオが同じことを聞いてもNPCは答えてくれなかったし」

「クラピカにだけ、か。もしかしたら、アチーブメントパンダが関わりあるのかしら」

 

 リンの言葉に、全員の視線がクラピカの肩へと向けられる。最早慣れた光景で、そこには小さなパンダが昼寝をしている。

 

「状況を鑑みるに、その可能性は高いだろうな」

 

 そう言いながら、パンダを撫でるクラピカ。ゲームキャラクターだろうからと敢えて名前は付けていないが、クラピカが可愛がっているのはパンダの纏う空気からして明らかだ。やはり、良いハンターは動物に好かれるらしい。

 

「どんなイベントだったの?」

「森の神様を鎮めるイベントらしいわさ」

 

 ビスケ達の説明によれば、こうだ。クラピカのみにNPCが「森の使い」だと口々に言い、その中でも長老らしき老人が「お前になら話しても良いだろう」と言って口火を切った。

 古くから、魔法を使って自然と調和してきたマサドラ。しかし近年、人々は自然のありがたみを忘れ、モンスターを殺戮し自分達の利益のみを最優先している。それに怒った女神が、モンスターを狂暴化させて、人々が森に入れないようになった。

 更に箱舟を建設し、この世界を一度無に還そうとしている。このままでは世界が滅びかねない。モンスターを連れ歩いているクラピカならば、女神を説得することができるのではないか……、と。

 

「えらく壮大なイベントだな」

「そのパンダ、女神の眷属(モンスター)倒しまくったアチーブメントだけど、いいの?」

「俺も指摘した。特に問題はないようだ」

「NPC的には、その強さがモンスターに認められたっつー解釈らしいぜ」

 

 イベント発生条件は『特定の連れ歩きモンスターを連れて、マサドラで聞き込みをする』で間違いなさそうだ。初っ端からモンスター狩りにこき使われた自分の苦労も無駄ではなかったらしいと、内心クラピカが最も喜んでいる。

 指定されたのは、マサドラからそう離れていないところに位置する森の中。SSランクのイベントである以上、一筋縄にはいかないだろう。真剣な表情で相談をするリン達。

 

「だ~、微妙なカードばっかじゃねえかよ」

 

 前述のとおり、リン達が作戦会議を立てているのはマサドラの中央部。唯一呪文(スペル)カードを購入できる町ということもあり、プレイヤーらしき人物も往来している。聴こえてくる会話もメタなものが多く、それ自体は気にするほどでもない。

 

「フィンクス、くじ運悪いからね~」

「やぱり他プレイヤーから強奪した方がマシよ」

「やってみるくらいはいいだろが。ロマンだよロマン」

 

 しかし、近くで聴こえた話し声はやけに聞き覚えのあるものだった。なんとなくリン達も顔を上げて、そちらを見る。その視線を感じて、相手もまたリン達に顔を向けた。

 

「「……ん?」」

 

 ばったり。そんな擬音語が聴こえてきそうだ。一瞬その空間の時間が止まった。

 

「!?!?!?」

「お」

 

 そこに居たのは、フィンクス、シャルナーク、フェイタン。俗にいう月餅トリオもとい幻影旅団メンバーである。

 逃げるべきか、戦闘態勢に入るべきか。クラピカやリンが居る手前、ゴンは特に判断に迷い、カチンと硬直した。クラピカは瞳を緋くして即座に臨戦態勢に入り、キルアとレオリオは冷や汗を流しながらもすぐに行動できる構えを取る。そして、ビスケは(……誰?)となっている。

 

「うぉ、こんなところで会うかよ」

(こっちが言いたいわよ……)

 

 リンもリンで、中々判断に迷うところだ。できればカチンと思考停止させてしまいたい。できれば穏便に行きたいところだが、生憎互いのメンバーが好戦的すぎる。

 それに、A級盗賊の幻影旅団がG・Iなんて強欲者の島に来て、何もせず素直にゲームをプレイするとは思えない。十中八九プレイヤーキラーなり治安の悪いことをやらかしているだろう。

 

「フィンクス達こそ。ここゲームよ?」

「知ってるぜ。現実にはない夢とロマンに溢れたゲーム、な」

「ちょと血生臭いけどね」

「それ、どっちかというと俺達が仕掛けてるんだけどね」

 

 フェイタンにカラカラと笑うシャルナーク。ブラックジョークだが、幻影旅団が相手では生々し過ぎて笑えない。

 少なからず、ゴンやクラピカ達からは引き離すべきだ。危険で治安の悪い男は弟達に関わらせないに限る。

 

(……取り敢えずは、引き離すのが最優先かしら)

 

 クロロにあれだけの妥協をしたクラピカが、ゴン達を大切にしているクラピカがここで攻撃を仕掛ける事はないと踏んで、リンはゴン達の前から一歩進み出た。中央に歩み出たリンに、全員の視線が向けられる。

 

「……よかったら、ちょっと話しない? 交渉……的なやつ」

 

 フィンクスの眉がぴくりと動く。これは喧嘩を売られているのか? もしもそうならば、こちらも買ってやると品定めするように。

 ムカつく奴には容赦しないのが幻影旅団。当然、以前殺し合いになりかけた相手からの誘いは、十分に喧嘩を買う対象だ。

 

「ほぉ……? 俺らは別に良いぜ? 他の団員も来てるから、どうせならあいつらも交えて駄弁ろうや」

「良いわね。そっちの方がありがたいわ」

「姉さん!」

「リン!」

 

 旅団相手に、ただの会話だけで済むわけがない。ヨークシンでの一幕を思い出し、ゴンとクラピカが思わず叫んだ。そんなこと絶対にさせないというように。リンはそれを片手で制した。

 

「大丈夫、話をするだけよ。絶対すぐ戻るから、私に任せて?」

 

 少しだけ顔を向け、心配させないようにと軽いノリに見えるよう笑いかける。メイメイが軽い唸り声をあげた。

 

(とは言ったけど、無理かな~。喧嘩にはなりたくないけど~。いや、プランはあるんだけどさ~)

 

 理想としては、旅団にはこのゲームから出て行ってもらうか、プレイヤーキルを行わないという取り付けが欲しい。そうでなくとも、最低限はゴン達との戦闘可能性を潰したいところ。

 サブに勝利したキルアとて、彼らを相手にするのは難しい。リンやビスケで互角といったところだろう。A級盗賊は、それだけの強さを備えているが故に、A級なのだから。既に勝負をする可能性を考慮している自分が我ながら嫌になると、リンは内心苦笑した。

 

「嫌だ、俺も一緒に戦う! ヨークシンみたいなことはもう嫌だ!」

「戦わないわよ。話をするだけ」

「奴らはそう見えねーけど?」

「あいつら、普段からあんな感じよ。ただ人相悪いだけだってば」

 

 リンの説得も聞かずにゴンが駄々を捏ねる。先日の成功体験や針を抜いたことも相まって、キルアも好戦的だ。クラピカやレオリオも口には出さずとも引く気は一切なく、攻撃する意思が見えた瞬間容赦はしないとその眼が言っている。

 一方、ビスケも大まかな状況だけは理解できた。相手が誰かはわからずとも、一触即発の雰囲気だけは伝わってくる。サブやバラの時といいリンが何か引き寄せているのかとも思ったが、ゴン達の反応からして今回は連帯責任のようだ、と。

 

「あんた達やめなさい。リンが『任せろ』って言ってるのよ。こういう時は黙って従うのが、この業界での暗黙のルールだわさ」

 

(とはいえ、リンはこういう時イキがる癖があるからねぇ……)とも内心思ったが、口にはしない。それがゴン達の不安を誘うものでしかないことは火を見るよりも明らかだから。

 歴戦の猛者は冷静だ。ここにゴン達を残している方が、万が一の際にリンを危険に晒すことになる。リンだけならば最悪戦線離脱も可能だとも判断していた。買って損する喧嘩ならば、自分達の安全を優先するべきだと。

 

「私らは一旦待機よ。リン、終わったらさっさと連絡しなさい」

「ありがとビスケ。んじゃ、行きましょ」

 

 ゴン達に手を振り、シャルナーク達と共に彼らから距離を取る。フェイタンが【同行】発動(アカンパニー・オン)と唱え、四人の身体は一気に空を飛ぶ。

 そうして着地した場所は、飛び立った場所から酷く離れてはいなかった。大きな木の根元で焚火をしながら、他のメンバーの何人かがゆったりとくつろいでいる。雰囲気からして、ここが幻影旅団のG・Iにおけるたまり場らしい。

 

「あれ、あの時の女の子だ」

 

 そこに居たのはシズク、フランクリン、コルトピ。のんびりと本を読んでいたシズクが顔を上げ、リンに眼を止めてぱちぱちと瞬きした。シズクと会ったのはヨークシンが初めてだったが、今更遠慮する必要もないと思いリンも軽く手を振る。

 

「やほ~、久しぶり」

「面倒くさいのが来たね。何? 戦うの?」

「いんや、こいつがお話ししたいんだとよ」

 

 コルトピの言葉に若干傷ついたリンだが、あくまで顔には出さない。フランクリンは静観の構えだ。

 しかし、その場に居る全員が一見リラックスした雰囲気に見せかけて、何かあれば殺し合いでもなんでもできるようにと気を立てているのが伝わってくる。それは、リン自身も同じだ。

 

「ウボォーさんは元気?」

「お陰様で死んでるのか生きてるのかわからねえが、復活のメドは経ちそうだぜ。鎖野郎様様だな」

「こちは鎖野郎が死んでなくて残念よ」

 

 軽いジャブで質問をしてみたが、完全に思った通りの返答だ。更に挑発的なフェイタンに少しピキリと来るが、深呼吸して平静を装う。こんな事で簡単にキレていたら、命がいくつあっても足りない。

 

「それはなにより。質問二つ目。ここにはどういう理由で来てるの?」

「仕事だよ。ここのお宝全部かっさらう」

「あとは除念師探しってとこかな」

(やっぱり、予想通りの回答ね。正直出て行ってもらいたいけど)

 

 あくまでリンがしたいのは、交渉だ。場合によっては戦闘も避けられない……むしろその可能性の方が高いが、大事に至らない公算がリンにはある。

 プランはいくつか考えている。だが、口八丁だけで解決できるならば、それに越したことはない。腕を組み、大袈裟に頷いて見せる。

 

「除念はともかく、お宝全部……か。気持ちはわかるわよ、昔のゲームってバグ技見つけるのも醍醐味だったもんね」

「そうなの?」

「らしいぜ。俺は知らねーけど」

「ま、それはどうでもいいんだけどさ」

 

 昔のゲームは、現代のものよりもバグが多い。この方角に何歩進んだらこのバグが起こるとか、そういう情報を探しては共有するのも楽しみというやつだ。だが、あくまで話のきっかけであり、そこは関係ない。

 

「……ここ、私の故郷で結構大事な場所なのよね。マナー守らないなら追い出すのもやぶさかじゃないんだけど、その辺どう?」

「マナーって?」

「プレイヤー殺したり、アイテム強奪する真似をするなってことじゃないかな?」

 

 シズクがこてんと首を傾げ、シャルナークが説明した。普段から息をするように犯罪をしている集団なので、今更社会規範を説かれてもピンとこないらしい。

 

「知ったこっちゃねえな。再戦といくか?」

 

 先日殺し合い寸前にまで発展した小娘に脅しに近い交渉をかけられ、フィンクスは青筋を浮かべながらオーラを練った。喧嘩を売られたと判断するには、十分なワードだったらしい。

 

「それも良いわね。占いにあったように、全員ぶっ殺そうか」

 

 ここで臆したのでは狩人の名が廃る。別に自分は構わないとでもいうように、リンも平然と笑った。挑発的な文句をつけておくことも忘れない。

 

「へっ、自分も死ぬってわかってんのにか?」

「ここでやるなら、私は死なないからね。そりゃあ喧嘩も堂々と売るわ」

 

 リンの言葉に蜘蛛の面々がピクリと眉を顰める。そういうからには根拠があるのだろうと言わんばかりに。リンも応じるように不敵に笑った。

 

「このゲームは、うちのクソ親父が仲間達と作ったものなの。親父自体は今もどっかでふらふらしてるクソだけど、他10人の仲間は真面目にここでゲーム進行を監視してる」

 

 これは半分ハッタリだ。ジンがふらふらしているクソなのは事実だしリンの心からの本心(二重表現)だが、リストやドゥーンのようなプロハンターは、自分の役割が来ない限りは島の外に居ることも多い。

 

「諸事情あってここのGMは親みたいなもんでさ。私にリンチかまそうもんなら、皆すっ飛んでくるわ。私以上の実力者が10人、むしろ弱い者虐めになっちゃうかしら?」

「……あいつみてぇな奴か……」

 

 更にこっちは完全なハッタリ。ゲームの進行を監視してはいても、それはあくまでルール違反者が出ないかどうかを見張るため。基本的にゲームマスターはプレイヤーに不干渉であり、リンも例外ではない。

 それに、エレナ達は念能力者ではあるが非戦闘員であり、リンと比肩するレベルの能力者となるとレイザーやショウユウ初め半分に満たないだろう。

 だが、レイザーに会ったフィンクス達は、その言葉が全くの嘘でもないことを知っている。少なくとも、GMにかなりの強者が居るということを。誰であろうと喧嘩を買うとはいえ、あからさまに面倒な状況に追い込まれるのは嬉しくない。

 

 沈黙が続く。リンの言葉が本当かどうかを判断している者、面倒になって殴り掛かろうかと迷っている者、様々だ。

 意見が割れた時は、大抵フランクリンが団長代理のような役割を果たす。フランクリンとしては意見ははっきりしているらしく、静かに口を開いた。

 

「ハッタリだな。本当にGMがお前の死を危惧しているなら、とっくに飛んできているはずだ」

「それに、色々試したけどこのゲームの監視はシステム面にしか作用していない。GMがプレイヤー同士の個人的なやり取りを解析する機能はない筈だよ」

(……あわよくばと思ったけど、やっぱバレたか)

 

 シャルナークもそれに同調し、団員達の意見は一つになったようだった。即ち、リンの言葉はただの方便であり、ここで戦闘に発展したところで自分達が極端に不利になる状況にはならない、と。

 つう、と汗がリンのこめかみを伝う。リン自身が強者ではあるが、だからといって売られた喧嘩を買わない性格の人間はここには居ない。即ち、ここで全面戦争の可能性も十分にあると言えるだろう。

 

(んじゃ、次はプランB……)

 

 リンがすぐに動ける構えを取りつつもバインダーを取り出そうとした時、どこかからプレイヤーが移動するとき特有の音が近づいてくるのが分かった。男が二人、リン達の下へと真っすぐ向かってくる。

 

 それは、蜘蛛の面々が待ち望んでいた姿だった。

 




【不思議ヶ池】

イベント発生条件:
魔法都市マサドラにて、【不思議ヶ池】というキーワードで聞き込みをすると発生する。いくつかガセネタもあるので注意。

イベント内容:
年老いた協会のシスターから、死ぬ前に昔からの言い伝えである『永遠の池』を見てみたいと頼まれる。指定された場所へ行くと、大量の巨大隕石が鎮座する隕石地帯があった。この隕石の中のどこかで、小さな池は今も残っているのだという……。

達成条件:
無数にある隕石を砕いて池を見つけ出し、写真に収めること。シスターへの報告はしてもしなくても良いが、すると特別な会話を聞ける。ちなみに隕石は超硬質で、砕くのには苦労する。【スケルトン眼鏡】があると楽に見つけ出せる。
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