リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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魔法都市マサドラ【3】

 次の日。食堂で待ち合わせしていたリンは、ビスケと共にゴン達を待っていた。

 レオリオやクラピカが遅くなるであろう事は容易に想像がついたが、ゴンとキルアも寝坊をしたのか中々現れない。このままでは料理が冷めてしまう。

 

「おっそいわね~」

「大方、カードで遊び過ぎたんだわさ。先食べちゃいましょ」

 

 そう言ってから15分後。朝食を半分ほど食べかけた頃、バタバタと足音がして、ゴンとキルアが食堂に入って来た。

 ビスケの予想通りしっかりと寝坊したらしく、頭には寝癖がついている。スープを掬いながら横目で少年達を見るビスケ。しらっとした眼で、咎めているのが地味に伝わってくる。

 

「自己管理も修行の内だわさ。ちゃっちゃと席に着きなさい」

「うう、ごめんなさい……」

「こいつがあとちょっとって言うから長引いたんだよ」

「キルアも人のせいにするもんじゃないわよ」

 

 弟達が師匠に叱られている光景を眺めながら朝の紅茶を飲む。流石はマサドラの中でも高級なホテル、茶葉の香りがとても良い。

 寝癖を直しながらリンとビスケの間に座り、もさもさと朝食を頬張り始めるゴンとキルア。味わっているのかは微妙なところだが、そもそもこの二人はそこまでグルメというものに興味がない。

 次に現れたのはレオリオ。軽く鼻を啜りながらも、吹っ切れたようにニッと笑ってみせた。彼なりに思うところがあったようだ。

 

「わり、遅れたわ」

「レオリオはいいわよ。友達のメッセージ、ちゃんと受け取れた?」

「おう。読み返してたらこの時間だ」

 

 残るはクラピカのみ。リンとビスケ、ゴンとキルアは二人部屋を選択していたが、レオリオとクラピカだけは個室を選択していた。そのため、クラピカが今どうしているかは誰も知らない。

 朝食を食べ終えても来なければ迎えに行くかと話していると、食堂の入り口から金髪の青年が近づいてくるのが見えた。

 

「お、クラピカも来たか」

「ああ……。遅れてすまない」

 

 だがその表情は暗く、それ以上に眠れていないのがよくわかる。なんせ目の下のクマが酷い。少し頭も痛そうだ。

 

「予想はしてたけど、ひっどい顔ね……。今日は休んでおいた方が良いんじゃない?」

「いや、私情で後れを取るわけにはいかない」

「にしても、今日の攻略はSSランクだぜ? そんなふらふらで大丈夫かよ」

「問題ない……」

 

 100枚以上の葉書をすぐに書けるわけがない。文面や伝えたい内容を吟味していたのなら、猶更。恐らく一睡もしていないであろうクラピカにリンはため息をつくと、大喜びで朝食の林檎を頬張っているメイメイを抱き上げた。

 

「ハァ……。見てられないから、手助けしてあげる。メイメイ」

「きゅい……」

 

 食事を中断させられて少し不服そうなメイメイだが、リンの意図を察して仕方なくクラピカの頭に乗っかった。その隙にクラピカが連れているアチーブメントパンダが、林檎を齧り出す。

 メイメイがそのまま目を閉じると、同時にリンも能力を発動させる。クラピカのオーラが一瞬にして増加し、目の下のクマが消え去った。クラピカも自身の肉体の変化に驚いたようで、身体の軽さを実感するように掌を握ったり開いたりする。

 

【私の代わりに眠って】(睡眠パンダ)の裏技よ。使用した時点で蓄積してた眠気がリセットされる。疲労は完全に……とまではいかないけどね」

「すまないな……」

「いいのよ。成り行きとはいえ、このタイミングで【死者への往復はがき】を渡したのは私だし」

 

 一気に身体が楽になり、クラピカも素直に礼を言った。ゴンとキルアは組手の時とは全く異なるリンの能力を目にして、その様子をまじまじと見つめる。どのような能力なのかと分析しているようだ。

 

「これが姉さんの能力……」

「あんま戦闘向きじゃないな。てか、こないだ俺との組手で発動させてた能力とは毛色がかなり違うけど」

「どっちも大元の能力の一部なのよ。私の能力は『他人の能力のコピーと改変』。んで、作った能力はストックして自由に使える」

 

 愛する弟が相手ならと、ケロッとして切り札の能力を暴露するリン。能力自体の対処がしづらく、そもそも所持能力が多いが故にデメリットが少ないのも理由の一つだ。

 言っても聞かないだろうからとビスケも何も言わないが、そのあっけらかんとした態度に呆れてため息をつく。能力を暴露しても問題ないような制約にするくらいには徹底しているのだから、変なところがきっちりしている。

 

「はぇ~、凄いや」

「器用貧乏になりそうな能力だな」

「痛いとこ突くわね……だからメインはシンプルな近接戦にしてるのよ。『発』はあくまで補助、その点が他の能力者とはちょっと違うかも」

「ま、結局は己の肉体がものを言うわさ」

 

 ともかく、これで問題はない筈だ。リンも能力を解除し、メイメイは再び机に戻る。メイメイは「ようやく食べられる」と文句を言いたげだ。アチーブメントパンダと取り合いの喧嘩をしつつ、ガツガツと林檎を食べ始めた。

 

「……こいつ、本当に念獣なんだよな? 前から思ってたけど、やけに自由じゃね?」

「まあ、簡単に言うとそれも制約なのよ。メイメイも別個で自我があるわ」

「めんどくさそうだな」

「そうでもないわ。家族の一員だし」

 

 念能力もハンターの夢も表向きには言うのがはばかられ、ひっそりとのんびりとくじら島で過ごした数年間。それは穏やかだったが、同時にリンにとってはある種の孤独な時間でもあった。メイメイはそんな時間を『念能力者』として共に生きてくれた、大切な家族だ。

 だが、そこまで話す気はない。もふもふとメイメイを撫でながら言うリンに、キルアは少し羨ましそうな表情を見せたのだった。

 

 クラピカも食事を済ませ、いよいよ向かうは【一坪の密林】イベントの攻略。指定された場所は、山神の住むと言われる祠だ。マサドラからは、そう遠くもない山にあるらしい。

 ゴン達も何度か足を踏み入れたことのある山だが、今までと違ってモンスターは一切出てこない。イベントが発生しているからなのだろうが、スムーズに進めるに越したことはない。

 

「またレイザーの時みたいに、ゲームで戦うことになるのかな?」

「可能性はあるけど、神を鎮めるってイベントだし、かなり系統は違うんじゃねーの? レイザー達は町に居ついた悪党って設定だったし」

「箱舟を作って世界を滅ぼそうとしてる神、だったか。まさにノアの箱舟そのものだな」

 

 山の中を進みながら、どのようなクリア条件なのかとあれこれ想像してみるゴン達。

 今回のイベントは、神とされるキャラクターを鎮めるのが目的だ。そのため、直接的な戦闘というよりは何かしらのアクションが必要なのではないかと想定される。

 

(ノアの箱舟。……つまりはそういうことよね?)

 

 SSランクのカードである以上、レイザーの時のようにGMが控えている可能性は十分にあるだろう。そしてリンは、そのイベント名に該当する育て親を一人知っている。

 リンの育て親であり、念の基礎を教えてくれた人物、ノア。恐らくは、彼女がこのイベントに関連しているはずだ。

 取り敢えずは山頂を目指して歩いてきたが、それらしきイベントが発生する気配はない。木々や時折大きな岩があるだけで、誰かが居る雰囲気もなさそうだ。暫く周辺を観察してみるが、何も起こる気配はない。

 

「……何もないね」

「だな。イベント順序間違えたか?」

「それかガセの可能性もあるか。でも、もうちょい調べた方が良いな」

 

 どうしたものかと首を捻っていると、クラピカの肩に乗っていたアチーブメントパンダが飛び出した。今まで常にのんびりとしていたパンダが急に動き、レオリオが少し驚いて「うぉっ」と声を上げる。

 飛び出したパンダは、岩の前で止まると、「ぴぃ!」と鳴いた。それに呼応したように、岩が動き出す。地響きが起き、思わずリン達も身構えた。

 岩があった場所には、人が横並びに5人は通れそうな巨大な入り口が現れた。それは地下へ続く階段となって、彼らを招き入れようとしている。パンダは真っ先に中に入ると、クラピカ達に向けてまたひと声鳴いた。

 

「ついて来いということか?」

「本格的に、モンスターが鍵だったみたいね」

 

 慎重に階段を降りる。石でできた階段は暫くすると途切れ、代わりに松明で照らされた空間に続いていた。それは奥まで延び、洞窟と呼ぶには人工的な雰囲気を感じさせる。地上とはかなり異なる空間だ。

 

「神殿みたいだ……」

「そうね。……ん?」

 

 短い時間ではあったが父親と共に旅をした影響もあり、リンは遺跡に関連する多少の知識も持ち合わせている。違和感を覚えて軽く壁を擦り、経年劣化の具合を観察する。

 

「できてからざっくり数千年は経ってるわよ、この遺跡。なんか変だとは思ったけど、遺跡の中でも珍しいレベルの年代物だわ」

「だな。壁面の劣化具合からして、相当古いものだ。装飾品も、これまでに文献で見た類似品のどれとも異なる」

 

 博学のクラピカもそれに賛同し、導き出される事実。ゴンは思わずリン達に顔を向けた。

 

「じゃあこの遺跡、具現化したんじゃなくて本物って事?」

「さっきから精孔を開いても、壁はオーラの色がない。念でできたものは大抵、オーラの色が視えるのに。つまり、本物よ」

「じゃあ……グリードアイランドは、元々遺跡だった……?」

 

 現実に存在する島、そして実物の遺跡。核心に迫れば迫るほどにわからなくなる島の歴史。自分達の父親はどのような経緯でこの島をゲームにしようとしたのだろうか。

 

 最早ゲームとしての雰囲気は途絶え、純粋な遺跡特有の空気だけがリン達を包み込む。ある種、ゲームよりも現実離れしたものがある。

 更に奥へと進むと、大きな石造りの祠が最奥に構えていた。どの民族の文化にも当てはまらないそれを潜り中に入ると、中央に祭壇のようなものがある。そこには一人の人間が横たわっていた。

 

「女の人、眠ってる……」

「十中八九、イベントキャラクターだな」

 

 ゴン達のオーラに気づいたのか、女性はあくびをしながら横たえていた身体を起き上がらせた。そして大きく伸びをしつつ訪問者の顔を確認する。そんな女性の横顔は、リンのよく知っているものだ。

 

「ふぁ~……」

「ノアさん!」

 

 リンの予想通り、待っていたのは育て親の一人でありゲーム開発者の一人でもあるノア。会うのはゾルディック家に行く前以来なので、15年弱ぶりだろうか。

 

「リンが知ってる、てことはGMか」

「そう。念の基礎を教えてもらったわ」

 

 にしても、ノアの見た目は驚くほど変わらない。いかにも日向ぼっことお昼寝が好きそうな、穏やかな雰囲気の女性だ。念能力者ならばそうおかしなことではないが、にしてもノアは変化がなさすぎる。

 

「あらぁ……もしかしてリン?」

「久しぶり! やっぱりこのイベント、ノアさんだったのね!」

 

 ノアはリンを見て一瞬誰かわからなかったようだが、じっくり見ているうちに思い出したらしく、のんびり立ち上がりながら微笑んだ。柔らかな色合いの青い髪が、ふわりと揺れる。

 

「大きくなったのね~。てことは、今回は10年くらい寝てたのかしら」

「10年?」

「……よく寝る人なんだね」

「ん……これは私も初知り」

 

 さらりと言われた衝撃発言に驚くリン達。念能力の制約が関係していると仮定しても、10年はあまりにも長すぎるだろう。

 

(もしかしてノアさんって人外的な? ドラゴンボールのビルス様的な?)

 

 この島の謎や遺跡を踏まえると、ノアが人外、あるいは暗黒大陸の人間であると考えた方が、合点がいく。

 リンの予想はさておき、ノアはのほほんと笑った。その表情だけを見ていると、到底人外には見えない。いや、逆に見えるのか……? と、リンも内心首を傾げる。

 

「じゃあ、もうジンもおじさんかしら? あんなに可愛らしい男の子だったのにね~」

「童顔気にして無精ひげ生やしてる、立派な小汚いおっさんよ」

 

 それはそれとして、隙あらばジンのネガキャンも忘れない。事実を言っているので特に罪悪感は湧かないし、なんならもっと言ってやりたいくらいだが、ここでは控えておくことにする。

 リンとノアが話していると、これまでずっとリン達を先導していたパンダが、ノアがの近くまで飛んでいった。これで役割を果たしたのだろう。ノアの手元に行きつくと、ボウンと音を立てて消えてしまった。やはり元々アイテムだったようだ。

 

「お帰りなさい。お疲れ様」

「……」

 

 ゲーム開始直後からずっと肩に乗っていれば、愛着も湧くというもの。表情に出さないまでも明らかに落ち込んでいるクラピカの肩を、レオリオがポンと叩いた。

 リンを思い出したところで、ノアもようやくゴン達他のメンバーに眼を向ける。特にかつてのジンにそっくりなゴンの姿には、すぐに親子だと気づいたようだ。

 

「そっちはゴン君?」

「こんにちは……」

「この間まで赤ちゃんだったのに! 時間の流れは早いわね~」

 

 これまたさらりと落とされた特大爆弾である。親戚の小母さん……にしてはかなり時間にルーズな発言に、レオリオとキルアがひそひそする。

 

「この姉ちゃん、時間感覚おかしくないか……?」

「まあ、10年寝てたらしいしな」

「そうかしら? 子供の成長って早いもんだわよ」

「ビスケはそっち側だもんな」

 

 今日も今日とて、キルアはビスケの鉄槌を喰らう。嫌な音がして、トン単位の拳が振るわれた。当然の如く、キルアは撃沈する。

 だが、こればかりは穏やかなノアも聞き捨てならなかったらしい。と言っても、微妙にずれた所にムッとしたようだったが。

 

「せっかく起きたんだし、暫くは起きてるわよぉ。この世界の観測もしなくちゃいけないしね」

 

 別に誰もそこを指摘していたわけではないのだが。聞きなれない言葉にゴンが首を傾げる。

 

「観測……?」

「まあ、そんな事はどうでもいいじゃない」

 

 かなり気になる言葉だが、あまり自分のことを話すつもりはないらしい。それ以上の説明はされないようだ。

 そしてようやく、自身の役割を思い出したノア。コホンと咳ばらいをすると、改めてリン達全員を見回した。

 

「ここに来たってことは、【一坪の密林】を求めて来たのね。では改めて、……『我こそが森の守護神。そなた達が愚かなる人類を正し、この先の世界を担うにふさわしいか、我が見極めてやろう』……だったかしら?」

「なんか、微妙に緊張感ないね……」

「仕方ないわさ。あのやり取りの後だし」

 

 セリフこそ仰々しいものだが、ノアの大あくびやトンデモ年齢発言、そしてキルア達のコントの後だと、妙に締まらない。SSランクの危険なイベントのはずなのに、ともすれば真剣さが抜けてしまいそうだ。

 

「でも、見極める……ってことはテストみたいな?」

「みたいな~」

 

 手をふりふりしながら和やかに答えるノア。ノックダウンしたキルアもようやく復活したようで、ノアはカードを求めてやって来たプレイヤー達のために本題へと入る。

 

「ここに居る皆には、代表一人の精神世界に入ってもらうわ。そして内なる自分と戦う……なぁんて、もちろん念能力なんだけどね~」

「ぶっちゃけてるな……」

「敵は自分自身。それも、平行世界の強大な力を持つ自分がベースよ。複数人でかかっても死ぬかもしれない。それでもやる?」

 

 つまりは、リン達の中の誰かが超強化されて、敵となるということだ。その強さがどの程度かはわからないが、これでやらない選択肢はないというもの。

 ぞくぞくと背筋を走り抜ける緊張感と、同時に感じる高揚感。ゴンはぐっと拳を握り締め、元気よく返事をした。

 

「やる!」

「良いお返事ね、ゴン君。イベントクリアしたら、ジンがここに来た時やリンが生まれた時の事教えてあげるわよ~。聞きたい?」

「の、ノアさんそれは流石に……」

「聞きたい!」

 

 嫌~な予感がして止めようとしたリンだったが、俄然やる気を漲らせたゴンによって遮られた。このやる気を削ぐのも、気が咎める。

 

(自分の誕生話を仲間内に暴露されるとか、どんな羞恥プレイよ……)

 

 これ以上は何も言えなさそうだ、と内心肩を落とすリン。イベントクリアをしても罰ゲームが待っているだなんて、あんまりだ。

 それに、なんだか嫌な予感もする。聞かない方が絶対幸せだ。だが、ゴン達は特に気にしていないらしい。

 

「代表はゴンで良いよな?」

「それがベストだろうな」

「よーし、頑張るぞ!」

 

 キルアとクラピカがそうやり取りをして、夢の主はあっさりと決まった。

 リンとしても異論は全くない。入るのはゴンの夢で決定だ。

 

「おっけ~。それでは私の能力、【胡蝶之夢】(ドリームトリップ)へようこそ」

「わ……!」

 

 そう言ってノアが手をかざすと、周囲が光り輝く。そして、一瞬にして身体から力が抜けた。そのままリン達は、地面にくず折れてしまう。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのか。腹具合からみて、そこまで経過していないはずだ。転移した先の空間で、リンはむくりと身体を起こした。

 

(……ここがゴンの精神世界か)

 

 夢の世界と言っていたし、おそらくG・Iのゲーム起動時とは違って本当に意識だけが別空間に飛ばされたのだろう。

 ふわふわとして覚束ない感覚だったが、暫くすると手足が馴染んでくる。更に周りを見回すと、倒れていたゴン達が身体を起こすところだった。

 

【胡蝶之夢】(ドリームトリップ)……文字通り夢の世界ってことかしら? かなり高度な能力ね)

 

 異界を作り出す能力者は時々いるが、どれも制約ありきだ。それに他人の精神に干渉する複合技術も用いているあたり、一人で製作できる念能力の域を超えているような気もする。それもノアの異常性を示すものなのかもしれないが、今気にするべきはそこではない。

 

 リン達は、赤や緑のビタミンカラーが溢れるカラフルな空間に居た。ふかふかの大きなベッドが隅にあり、中央はシンプルな単色のラグが敷かれている。

 部屋の広さの割に物が少ない、広々とした空間だ。そして、端にはぬいぐるみのようなものが丁寧に並べられている。それは動物だったり人だったり、見覚えのあるものが多い。

 

「えらく派手な部屋だな。これがゴンの精神か?」

「なんか変な気分……」

 

 少し目に優しくないが、ゴンの精神を示しているといえば納得できる気もする。文字通り、その人間の深層心理が部屋に表れているらしい。

 

(深層心理……もし私の世界だったら、この壁一面が薄い本だった可能性があるわね。……ゴンの部屋で良かった)

 

 そんなリンの心情を読んだのかというくらいタイミング良く、キルアとクラピカがずけずけとした会話をしている。

 

「ゴンの精神を選んで正解だったな。俺やクラピカだと血生臭い光景になりそうだし」

「だな。それにリンやレオリオでは目も当てられなかっただろう」

「ビスケは中身の予想がつかなくてなんか怖えしな」

「……(何も言い返せない)」

 

 まさに今思っていた事そのものを突かれて、喧嘩を買う気にもなれず黙り込むリン。

 リンやレオリオが下ネタを好む事からクラピカはそう言ったのだろう。だが実際は、クラピカが想像している150倍は酷いものになっていたであろう事が、容易に想像できる。阿鼻叫喚の地獄絵図間違いなしだ。

 社会的に死なずに済んで良かった。そう思ったのはリンだけではなく、レオリオやビスケも無言で冷や汗を流している。己の汚さを自覚しているだけ、まだマシと言えなくもないのかもしれない。

 

「あ、これよく見たらキルアだ」

 

 ゴンが部屋の端に置かれていたぬいぐるみを観察する。それは小さなテーブルとベンチのセットに、それぞれがとても丁寧に並べられているものだった。

 

(随分大事にされてるわね。つまり、このぬいぐるみのモデルとは対等な関係として接してるってことかしら)

 

 そこに並べられているのは、キルアを初めとしてクラピカ、レオリオ、ビスケなど。更には、コンやシンのようなくじら島の動物なども並べられている。全てのぬいぐるみは埃一つ被っておらず、丁寧に扱われているのがよくわかる。

 

「俺達の事、相当大事に思ってくれてんだな……」

「なんか恥ずかしいや」

「ん? だが、リンが居ないな」

「あ、姉さんはたぶんこっち……」

 

 そう言ってゴンが指さした先は、ベッドの上。枕元には4つのぬいぐるみが飾られていた。

 それらはそれぞれ、リンを模したようなヘアバンドを巻いたポニーテールの少女、ミトらしき桃色髪の女性、祖母そっくりの女性、そして白に近い銀の髪を持つ長髪の男性だ。リンと祖母のぬいぐるみは部屋側に、そして、ミトとカイトらしきぬいぐるみは壁際で手をつなぐようにして飾られている。

 

「こっちは家族ゾーンってことか」

「カイトのぬいぐるみもあるけど、そうみたい。へへ……」

(天使……やっぱりゴンは天使やったんや……)

 

 天を仰ぎ、なんとか萌えを発散させる。こんな可愛らしい弟を持った自分はなんて幸せ者なのだろうか。

 可能であれば写真を撮って帰りたい。今の自分は精神体だが、ダメ元でスマホ撮影をしようとするリン。何をしようとしているか察したゴンが、慌てて遮った。

 

「ま、まあいいじゃない。早く別世界の俺を探そう!」

「ちょっと待って、もう少し見せてよ」

「もう姉さん、いいから!」

 

 そう言ってリン達を押しながら部屋から出ようとするゴン。押し合いながら一つしかないオレンジ色の扉に向かう傍ら、とある写真がリンの目に留まった。

 

(親父はあれか……)

 

 ジンらしきぬいぐるみはなく、代わりにウォールシェルフに若い頃の写真がそのまま置かれていた。ある種、小さな祭壇のように見えなくもない。

 ゴンにとってジンとは、実際に会った事がないため存在の実感が湧かない人物ということなのだろう。おかしな話だが、ここがゴンの深層心理世界であると今更ながら実感させられる。

 

 てっきり扉を開けた先には廊下が広がっているかと思っていたが、予想に反してあったのは雄大な自然だった。これもまた、ゴンの精神世界の一部なのだろうか。

 

「いちいち極端な空間ね」

 

 例えるならば、ゲーム始まりの草原によく似ている。ところどころに木が生えてはいるものの、殆どが草が生えているのみだ。

 果てを目指して走れば、どこまで行けるのだろうか。少し気になるが、遠目に見えるその広さからしても、やらない方が良さそうだ。

 

「自然って感じだけど……。肝心のゴンが居ないな」

「ていうか、精神世界なんだよな? なのに、今のゴンより強いゴンが出てくるのっておかしくねえか? しかも、平行世界って何だよ」

『精神世界のゴン君をベースに、平行世界から近い時間軸のゴン君のデータを移すのよ~。で、私が指示を出すの~』

「うぉ、びっくりした」

 

 今更ながら気になっていた疑問をキルアが口にしていると、突如ノアからの回答が降って来た。

 予想外な展開にびくりと肩を震わせるキルアの隣で、リンはノアがどこから見ているのかと頭上を見上げる。なんとなく、そこから見ているような気がしたからだ。

 

「ノアさん見てるの?」

『私がゴン君の精神世界に皆を入れたのよ? 当然干渉もできるわ~』

「やってることが神レベルだな」

『ふふ、あなた達にとっては近いものかもね~』

 

 レオリオの率直な感想にも、ノアは微笑んでいるのが分かるトーンで笑っている。(神……?)と気になるが、それ以上に気になることがあったのを思い出した。

 

「そういえば今更だけど、ゴンを倒すの定義は?」

『端的に言えば、殺すってことよ~』

「うえ~、またか……」

 

 リンはついこの間、【神隠しの洞】イベントでゴン達を倒したばかりだ。あの時は気絶程度の力加減でカード化してくれたが、今回のイベントではすっぱりと命を絶たないといけないらしい。モチベーションに関わるからやめてほしいのに、自分だけこんなイベントばかりに当たると嘆く。

 

「姉さん、あんまり気にしないで……」

「何が悲しくて愛しの弟を殺さないといけないのよもー!」

「ま、でも逆に言えば知ってる人間だからこそ対策は取りやすいな」

「そうね。先に作戦を軽く考えておくわさ」

 

 リン達はゴンの『発』を知っている。これは大きなアドバンテージだ。倒すための手段も思いつきやすいだろうし、先に取り決めておけば連携も取れるだろう。

 

 軽く作戦会議をしたところで、改めて敵となるゴンを探すために歩き始める。ゴンは十数分ほど歩いた先に、佇んでいた。恐らく、ノアがそこに配置していたのだろう。

 

「あ、もしかしてあれじゃない?」

 

 リンの弟である方のゴンが真っ先に気づき、駆け寄る。リン達もすぐに追いついたが、改めて見ると本当に瓜二つだ。別世界というだけで同一人物なので、当然だが。

 

「ゴン、だな。どう見ても」

「見た所、こっちのゴンと強さはそんなに変わらないように見えるけど」

 

 確かに、今のゴンよりも目の前のゴンは強いように見える。しかし、リンからすれば少し、程度。今のゴンだって必死に修練を重ねれば、すぐにあれくらいのレベルには達するだろう。

 それなのに、妙に不穏なものを感じさせる。喧嘩を売ってはいけないと直感するような、恐ろしいものを。

 

(ゴン、だけど……何かが違うのよね。オーラの色?)

 

 本物のゴンに比べると、なんとなく表情が、そして瞳の奥が暗く沈んでいる気がする。気になって目の精孔を開いてみると、敵である方のゴンのオーラは酷く淀んだ、コールタールのような黒になっていた。

 

(初めて見る類の色……でも、それでもわかるヤバい色)

 

 これをゴン達に言おうかと一瞬躊躇して、やめた。これを言ったところで弟達を不安にさせるだけだ。つまり、『なぜ平行世界のゴンはそのようなオーラを出しているのか』と、リンが思っているような不安だ。

 だが、それを突き止める手段は今ここにはない。そして、それより先にやるべき事があるのも事実。

 

 このゴンは、ノアが指示を出しているいわば操り人形状態のゴンだ。彼はリン達の存在を認めると、敵とみなしたらしくオーラを増幅させた。

 オーラと共に肉体も大きく膨らみ、それだけではなく身体そのものが成長する。自分自身が予期しない変化を見せ、ゴンは驚きつつも目が離せない。

 

「うわ、でかくなった!」

 

 身長はレオリオに比肩する程に高くなり、筋肉量はまるで真の姿のビスケを連想させるものだ。それだけでも強化されていることがよくわかる。

 そしてなにより特徴的なのは、天まで届くのではないかと思わせるほどに伸びた髪。それは硬質すぎるが故か、地面に落ちることなく立ち昇っている。

 

「あれ、ゴンっていうか……」

「ゴンさんって感じだな。恐ろし過ぎて気安く呼べねえわ」

 

 シリアスながらも妙に笑いを誘うインパクト。しかし、それ以上にただ者ではない強者のオーラを携えている。レオリオが思わずそう呟いたが、全員が内心で同意した。

 そのオーラ総量はリンやビスケを遥かに上回るもの。もしかすると、現存する念能力者の誰も敵わないものかもしれない。『人外』、その言葉がよく似合っている。

 

「ちょっとこれは……高難易度過ぎるんじゃない?」

『さあ、始めるわよ~?』

 

 ノアの声が不敵に笑いながら響き渡った。

 

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