リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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魔法都市マサドラ【4】

「うわっ!」

「ゴン!」

 

【王国の涙】(トライフォース)を咄嗟に発動し、ゴンを引っ張って避けさせる。ゴンの居た場所には何もなかったため影響こそないが、強化版ゴンの蹴りによってボッと大きな突風が巻き起こった。攻撃を避けた時に大きく退避したにもかかわらず、竜巻のような風がリン達の髪を揺らす。

 

「ビクッた……」

「ンなこと言ってる場合じゃないでしょ……」

 

 心臓がバクバクいっているが、自分が自分に攻撃されたという実感が湧かずに妙に間の抜けたことを言ってしまうゴン。もう少し緊張感はあるがそれはリンも同じで、平行世界のゴンが人外染みた力を付けているのに汗をかきつつも、どこか現実離れした気持ちになっている。

 平行世界の強化版ゴンは、更に一瞬で拳に『硬』をして見せる。「最初はグー」の前置きもなく、それは恐ろしいまでのオーラを凝縮していた。

 

「じゃん、けん、グー!」

 

『硬』の拳が、ビスケ達の居た地面に打ち付けられる。間があったがために回避には成功したが、地面には巨大な大穴が空いていた。

 それは例えるならば、隕石が降って来てできたクレーターのようなもの。半径20 mにも渡って広がる空間は、直撃すれば原型を留めないであろう事を簡単に理解させた。

 

「ノーモーション……やっぱそうとう強化されてるな」

「作戦通りにいくわさ」

 

 覚悟がなければ……いや、覚悟があっても、熟練の念能力者の心を折るに十分すぎる程の威力。だが、リン達の中に怯んでいる人間は誰も居ない。

 それは、敵がゴンだから。そして、作戦があるから。なにより、ここに居るメンバーは全員が仲間のために立ち向かいたいと願っているから。何か不穏なものを纏う異世界の友人に、家族に、黙って逃げるような真似はしたくなかった。

 

【神速】(カンムル)

 

 電光石火により、キルアが強化版ゴンへ蹴りを入れる。電撃に耐性が無いのは別世界のゴンも同じらしく、一瞬動きが止まった。

 その一瞬を見逃さず、ビスケが接近して投げ技を披露する。空中で内臓破壊の追撃を加えるが、ビスケの表情は険しいままだ。

 

「まったく効いてないわさ。信じられない……」

 

 ビノールトを一瞬で屠った攻撃でも、ゴンが受けたダメージは蚊に刺された程度のもの。むくりと起き上がった己の姿に、ゴンはひやりと汗を流す。

 

「ビスケでも……?」

「落ち着け。少なくとも電撃は通じるんだ!」

 

 レオリオが全員を鼓舞し、オーラを練る。だがハント対象のゴンは、集団に囲まれても気にするでもなく、スッと瞼を降ろした。

 

「目を閉じた……?」

「知ってるよ。難しいけど、対処できる」

 

 ゴンとは似ても似つかない、低く冷静で、そして悲しそうな声。その意味を真っ先に理解したクラピカが、『隠』をしていた鎖を半ばやけくそで飛ばす。ゴンの言葉が、キルアだけではなく自分にも向けられていると察し、隠している意味がないと悟ったからだ。

 

【束縛する中指の鎖】(チェーンジェイル)

 

 念能力者の戦闘は、シンプルな力量の有無で決まるわけではない。サブやバラのように、オーラや筋肉量を増強させただけでは勝てないケースもある。

 個人の体調や思考の差はもちろん、念能力そのものの性質も勝敗を大きく変化させる。つまり、世界最強クラスに強化されたゴンであっても対処法はあるということだ。

 だが、ゴンはクラピカの『隠』で隠された鎖をもあっさりと回避して見せた。成長に伴い、感覚が鋭くなったから。そしてなにより、クラピカの攻撃手段を知っていたから。

 

「クラピカなら、きっとそうすると思ってた」

 

 リン達の作戦は、クラピカの【束縛する中指の鎖】(チェーンジェイル)で強化版ゴンの動きを止めるというものだ。

 そのためにリン・キルア・ビスケが近接戦、ゴン・レオリオが放出系攻撃による遠距離戦で注意を逸らし、クラピカが鎖を打ち込む隙を作る。『絶』にして動きを止めてさえしまえば、あとはキルアの暗殺スキルやリンの【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)で十分に殺せる公算だった。

 

「そうか、俺らがゴンの能力を知ってるってことは……」

「あのゴンも、俺らの能力を知ってる。当然っちゃ当然だな」

 

 だが、その目論見は見事に外れた。リン達がゴンの能力を知っているが故に作戦をたてられたように、ゴンもキルア達の能力を熟知している。特にクラピカの搦め手については、自身もヨークシンで目にしている。

 

「……!?」

 

 避けたそのままの動きで、クラピカに軽い蹴りを入れるゴン。『発』であれば、存在すらも簡単に消滅させられるであろう肉体から発せられる攻撃は、クラピカの両足を見事に粉砕した。

 それは目にも止まらない攻撃。動体視力に優れたリンやビスケ、キルアのみが、なんとかその攻撃を捉えることに成功する。自分の認識では次の瞬間にクラピカの骨が砕かれていたレオリオ。敵の強大さに、思わず文句を口にしていた。

 

「ちょっとゲーム難易度が高すぎねえ……?」

『ふふ、平行世界で最も強いゴン君よ。多少のシステム調整はしてるけど……殺す気でいけってジンに言われてるからね~』

 

 優しい口調で恐ろしい言葉が紡がれる。レイザーイベントの難易度からして覚悟はしていたが、こちらも簡単に死ぬことができるイベントのようだ。

 

「クラピカ、悪いけど背負わせてもらうわよ。動けないなんて死亡フラグしかないからさ」

「……ああ、頼む」

 

 自分を背負うことで不利になるのでは? 一瞬そう考えたクラピカだったが、逆に言えばクラピカを生かしたままイベントをクリアするには、この手段しかない。

 そしてクラピカを背負った状態でも攻撃を回避できるのは、スピード重視の能力を持つリンとキルアだけだ。それならば、他にも多彩な能力を所持しているリンが最も適任だろう。

 作戦の中核であったにもかかわらず、真っ先に戦闘不能となった悔しさが滲む。だが、リン達の戦況はそれどころではない。

 

「くっそ……!」

 

 他のメンバーはほぼゴンのスピードについてこれず、リンはクラピカを庇っている。自分がなんとかしなければいけないと判断したキルアが、再び【神速】(カンムル)を使用する。だが今回は『電光石火』ではない。まだテスト段階の『疾風迅雷』だ。

 電気を纏ったキルアはゴンの攻撃も躱すことができる。だが、ゴンもキルアの攻撃に耐性を付けていた。多少のスタンガン程度の雷ならば硬直することなく耐え抜いてみせる。隙は生まれそうにない。

 

 ドカンとあちこちで爆発音が響く。キルアとの攻防を交わしながらも、ゴンが容赦なくリン達へ念弾を飛ばしてくるからだ。

 それは、リンやレイザーも頻繁に使用するものでありながら、その攻撃力を遥かに凌駕する。ゴンやレオリオでは、即座に戦闘不能になりかねないもの。回避するのが手一杯だ。

 

(難易度ルナティック……でも、対策を考えなきゃ死ぬだけ)

 

 この攻撃を掻い潜りながら疾風迅雷を使用しているキルアの助太刀に入るのは、リンでも難しい。だが、回避に専念するだけならば多少頭を回す猶予はある。

 つまり、キルアはこの間になんとか対策を考えろと言っているのだろう。だが、目の前の敵の規模からして、それはあまりにも難しい注文だ。クラピカを背負い、念弾を躱しつつ、リンはビスケに顔を向ける。

 

「ビスケ、『とっておき』で対処することはできないの?」

「わかってて言ってるんだろうけど、悪手だわさ。あいつ、明らかに私の全力より上だもの」

 

 ビスケの本質は、肉体を用いた搦め手なしのシンプルな戦闘。しかしそれ故に、格上のゴンに勝てる手段ではない。

 実力でここまで上回る相手に出会ったのは、実にネテロ以来数十年ぶりの事。ビスケは一見冷静に見せつつも、内心では決して穏やかではなかった。

 

「……やっべ……」

 

 誰も策を思いつかない。とうとうキルアの電気が切れた。電力が兆候がわからないのも、【神速】(カンムル)の制約だ。逆に言えば、だからこそこれだけの能力を作ることができたとも言える。基礎能力の向上も満足にできておらず、電力使用の持続時間は驚くほどに短い。

 

「がっ!!」

「ごめんね、キルア」

 

 そしてそれは、キルアがゴンの攻撃を回避できなくなったことを意味する。即座にゴンの拳がキルアの腹を捉えた。内臓が破裂し、口から多量の血を噴き出す。

 

「レオリオ!」

「駄目だ! 今やったら的にされちまう!」

 

 わかっている。わかっていても、回復をしてくれと叫ばずにはいられなかった。キルアと言えど内臓を破壊されれば死に至る。念能力者であり多少の耐久はあっても、長くは持たないだろう。

 敵は頽れたキルアを放置して、リン達に眼を向ける。弟である方のゴンが、怒りに震えながらそこに立ちはだかった。

 

「よくもキルアを……!」

 

 ゴンとて冷静ではいられない。親友であり相棒を、それも自分自身が殺そうとしているのだから。

 平行世界のゴンは、自分自身を静かに見据えた。その眼には、寂しさや後悔、羨望、様々なものが入り混じって見える。

 

「俺、だね。いいなあ、皆でゲームやってるんだ」

(……?)

 

 その言葉がどこか引っかかり、キルアを救う手段の模索から一瞬意識がそちらへと向けられる。

 

(平行世界……どこか別の世界の、ゴン……)

 

 全てを諦めたような瞳で、だがノアの指示によって、的確にリン達を敵と認識しているゴン。だが、それだけならば(・・・・・・・)このような発言はしないはずだ。

 

「知らない人も居るけど、皆よく知ってる。簡単にやられはしない」

「知らない人?」

「何言ってるんだ、あのゴンは……」

「……もしかして」

 

 訝し気に呟くビスケとレオリオ。その言葉の意味を察したリンは思わず思考を言葉にしてしまっていた。クラピカが先程よりは落ち着いた呼吸と共に、耳元で囁く。

 

「リン、何か気づいたんだろう。俺はいいから、やってみるんだ……!」

「は? いやでも」

「俺の足は対処できた。問題ない」

 

 その言葉に視線を向けると、クラピカの足は血塗れになりつつも元の形に戻っていた。ほんの少し前まで原型を留めないほどに粉砕され、皮膚からは骨も突き出していたのに。

 そこまで考えたところで、クラピカが修行中に治癒能力を作ろうと考えていた事を思い出した。そういえば、ウボォーと戦っているところを覗き見していた時も、クラピカは骨折した腕を治していた気がする。だが、まさかここまでの怪我を自力で治癒できるとは。

 

【治癒する親指の鎖】(ホーリーチェーン)、緋の眼の時だけ使用できる能力だ」

「……ありがと。【束縛する中指の鎖】(チェーンジェイル)の用意もしておいて」

「ああ」

 

 緋の眼で発動させる念能力は、クラピカの身体への負担が大きい。下手をすれば、また倒れかねない。

 だが、それを言っていられる余裕はない。リンもクラピカの意思を汲み、黙ってそれだけを告げた。

 

 ゴンの言動から、一つの推測に至ったリン。地面に手をつき、近くの湖を利用して【砂流の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)を発動させる。砂粒を纏った巨大な水の化け物が、ゴンに襲い掛かる。

 

「……!」

 

 それ自体は、ゴンのオーラを本気で増幅させれば簡単に弾き返せる攻撃だ。取るに足らない攻撃とも言い換えられる。

 だが、リンの……ゴンが知らない人と表現した人間が突如動いたことで、敵であるゴンの警戒度は一気に上がった。そして『凝』でリンの能力の性質を見破ろうと、オーラを集める。だがそれは、他のメンバーからすれば一つの隙だ。

 

「ナイスだリン!」

「いこう!」

 

 便乗したレオリオとゴンの放出技が、強化版ゴンにぶつけられる。それは攻撃力こそ、ゴンにとっては大したものではない。

 だが、自分自身からの攻撃はさして気にもせず回避したゴンは、レオリオからの攻撃は少々驚いたような表情を見せた。つまり、【霊銃】(レイガン)による攻撃に。

 

(……やっぱ、このゴンが居た世界は……)

 

 それは、リンの居ない世界。原作そのものの世界線だ、ゴンがなぜこれだけのオーラを発するに至ったのかはリンにはもう知る由もないが、今重要なのはそこではない。

 

【砂流の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)を解除し、クールタイムを終えると即座に【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)を発動させた。

 オーラでできた死神はゴンの背後に現れ、その身体を掴む。予備動作なしで唐突に繰り出された攻撃にゴンは動揺し、なす術無く捕まった。

 

「今よ!」

「わかって、いる……!」

 

 クラピカが鎖を飛ばし、【束縛する中指の鎖】(チェーンジェイル)を発動させる。ゴンの身体は、身体の自由を奪われただけでなく、オーラを発するのすら禁止された。

 強化系であっても致命的、リンとクラピカだからこそできるコンボ攻撃が奇跡的に決まった。キルアの手助けに入っていたビスケが、好機だと叫ぶ。

 

「やりなさい!」

「リン!」

「姉さんお願い!」

 

 とどめはリンかキルアと予め決めていた。レオリオとゴンも同様に叫ぶ。囚われた敵のゴンは、リンの弟であるゴンの叫びに驚いたような表情を見せた。

 

「ねえ……さん?」

 

 あちらの世界のゴンには決して出会えない、姉の存在。それが目の前に居るのだと知る。そして思った。自分の世界にも姉が居れば、何か変わっただろうか? と。

 

「俺の姉さん、なの?」

「……っ」

 

 泣きそうな瞳で見つめられて、何も思わないわけがない。だが、今はミッションを達成させることが最優先だ。そう決意して、リンも『発』を繰り出す。

【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)を発動させたまま、同時に【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を発動させる。1時間以上のクールタイムなんて、ここで勝負を終えられるのならばさしたる問題ではない。

 

「……ごめんゴン!」

 

 一瞬の間の後、ザシュリと音がしてゴンの首が胴体と別れを告げた。ごとりと音を立てて地面に落ち、意識を失う間際。ゴンはリンを見つめながら、小さく呟いた。

 

「俺にも姉さんが居たら、違ったのかな……」

「……」

 

 唯一よかったのは、別世界の弟が息を引き取ると同時に霧消してしまった事だろう。即座にレオリオがキルアの回復に取り掛かる。

 疲れた。色んな意味で。本当に疲れた。何も言えず、ただため息をつく。キルアが意識を取り戻す頃、視界は再び暗転しようとし始めていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「皆お疲れ様~。よく頑張ったわね」

 

 死闘の直後だとは思えないのんびりとした口調で、同時に手を叩くノア。これにはリンだけでなく他の面々も脱力した。特にキルアとクラピカは死にかけたのだから、笑い事ではない。

 

「ハァ……。とんでもないことさせてくれたわねノアさん」

「元々こういうイベントだったからね~」

「にしてもだろ。罪悪感もパねえしよ」

 

 キルアが自分は文句を言う権利があるだろうと言わんばかりに口を尖らせる。敵のゴンが死んだ瞬間は意識を失っていたものの、大半の攻防をこなしたショックは計り知れない。そうでなくとも親友があんな姿になっていたのだから。

 

(今回は、あの世界のゴンの精神の脆さに救われた、か)

 

 ゴンの幼さと純粋さ。それは美徳でもあり、危うさでもある。そしてなにより、経験値の低さ。

 今回はそのおかげで命拾いしたが、今後のゴンを鍛え直さなければならない。別世界のゴンのようにならないためにも。何となく、直感でそう思った。

 

「クラピカは大丈夫か?」

「ああ……問題ない」

「あの俺、姉さんが居るのにびっくりしてたね。どこかの平行世界には姉さんが居ない世界もあるのかな……」

「ま、そういうこともあると思うわ」

 

 レオリオがクラピカを気遣う一方、ゴンがそう呟いてリンを見た。原作という概念がなくとも、平行世界には様々な可能性があるのを察したのだろう。それくらいならば別段隠す理由もないと、リンもゴンに返答する。

 

「キルアに姉ちゃんがいるとか、ヒソカに兄貴がいるとか、もしかしたらそんな世界もあるかもね」

「ふーん……」

「ま、良いじゃねーかよ! 無事にクリアしたんだ」

 

 レオリオの言う通りだと思い直す。イベントをクリアしたということは、SSカードも入手できるということだ。そして、ゴンにとってはジンとリンの貴重な情報も教えてもらえる。

 

「じゃあ約束通り、ジンの事教えてあげるわ~。……といっても、今どうしてるかは知らないから思い出話がメインだけどね~」

 

 そう言ったノアを中心として、景色が変化する。例えるならばバーチャル空間の中に居るような、不思議な感覚だ。

 ホログラムのように時折揺れる景色の中、リン達の目の前には薄っすらと眠るノアの姿が浮かび上がる。しかし、本物のノアの姿もまた、リン達の傍に変わらずある。

 

「この映像……は?」

 

 不思議そうに首を傾げるゴン。ノアはくるりと指を輪っかのようにすると目に当て、いたずらっ子のように微笑んだ。

 

「これは私の『記憶』。私の役割はこの世界の観測だからね~」

「観測……。ただのGMではないとは思っていたが、あなたは何者なんだ?」

「文字通りの『観測者』。時々世界を記憶して記録する……たま~に滅ぼしたりもするかしら。あとはあなた達とそう変わらないわぁ」

 

「ちょっと別の世界から来ただけよ~」と付け加えられ、リンの疑いは確信になった。同時に、ぼんやりと映っていた過去のノアの姿もはっきりとしたものになってくる。

 

(ノアさん……暗黒大陸出身だったのね。初耳だわ)

 

『観測者』という言葉、念能力者であることを加味しても人の限界を超えている能力。それら全てが、暗黒大陸の人間であった場合ならば不思議ではなくなる。そしてそんな人間が眠るこの島も、常識の範疇に留まるものではないのだろう。恐らくは、この島自体が念能力だけでできたものではないはずだ。

 リンやビスケ以外は、暗黒大陸という言葉自体に聞き覚えがない。だが言葉の雰囲気で朧げにその特異性を理解したらしかった。

 そしてキルアは。この場の誰よりも真剣な表情で、ノアを見上げていた。

 

「……なあ。あんたの来た世界って、対価と引き換えになんでも願いを叶える生き物が居たり、しないか?」

「あらぁ、よく知ってるわね。居るわよ~」

「教えてくれ。……俺の妹が『そう』なってるんだ」

 

 イルミの針を抜いたキルアには、失われていた記憶の全てが蘇っている。その中には当然、禁忌として幽閉された大切な妹の記憶もあった。アルカの存在を知らないゴンはキルアに顔を向ける。

 

「妹? カルトちゃんのこと?」

「いや……」

「今は詳しく教えられないけどねぇ。時が経ったら、妹さんを連れてまたおいで~」

「……そうか。わかった」

 

 キルアはぐっと口を引き結ぶと、小さく頷いた。

 話している間にも、はっきりしつつあった過去の光景が現実のものと遜色ないほどに色鮮やかになっていく。音や匂いすらも当時のものが再現され、言われなければこれが能力によるものだとは気づかなかっただろう。

 世界が固定されると、場面が動き始めた。どうやらノアの記憶が再生され始めたようだ。聴こえてくるのは複数の脚音と男達の話し声。どうやら、こちらに向かってきているらしい。

 

『さっきからおかしなものばっか出てくるな。しかも念能力じゃねえときた』

 

 遺跡の入り口から顔を覗かせたのは、若い頃のジン。後ろにはリストとドゥーンも続いている。

 

「あれはもしかして……ジン?」

「そうよ。これは私がジン達と初めて会った時の光景。19年前って所かしら~」

 

 父親の姿を初めて見たゴン。それは16歳くらいの青年のものだが、自分や姉ともよく似たその姿に胸が熱くなるのを感じた。

 

「リンの男版って感じだな」

「やめてレオリオ、それを言わないで」

 

 リンもリンで、幼少期によく見た父親の姿に、なんとも言えない気持ちになる。そしてそれが記憶以上に今の自分に似ていることにも。

 

『ジン、あまり先に進むと危ないですよ』

『遺跡にしちゃあ、規模がデカすぎるんじゃねえか?』

『……女? おい、リスト、ドゥーン、来てみろ』

 

 ジンは眠っているノアに気づくと、訝しみながらも近づいていく。好奇心の方が勝ったらしい。眠っているノアの顔を不思議そうにのぞき込んだ。

 面々が見守る中、ジンのオーラに反応して過去のノアは眼を覚ます。小さなあくびを一つすると、ジン達の顔をじっと見つめた。心なしか、リンの知るノアよりも少し不愛想に見える。

 

『今、何年?』

『1981年だけど』

『30年ってとこかしら。にしても……ふぅん、ここまで来た人間は数百年ぶりだわ~』

(……ノアさん、親父と出会う前はこんな感じだったのね)

 

 例えるならば、まさしく神のような雰囲気だ。人間という生き物に興味がなく、ただただ無関心を貫く。おっとりとした優しいお姉さんというイメージを持っていたリンにとって、この光景は新鮮だ。

 

『ずっとここに居るのか?』

『そう。退屈なものよ~』

『もったいねえよこんな面白いモンがいっぱいあるのに! なあ、ちょっと案内してくれよ』

『まあ……いいわよ。暇だもの~』

 

 過去のジン達は、仕方なくといった様子のノアを先頭にして、島の中を探索することにしたらしい。一行は遺跡を出て歩き出した。

 軽い雑談をしながらも島の奥へ奥へと進んでいく。リン達は動かずともノア達を追跡できるらしく、流れる光景を眺めながらジン達の会話に耳を傾ける。

 

「これってグリードアイランドなんだよね?」

「そう。ジン達がゲームを作る前、素材となった島の姿。……ここから面白くなるわよ~」

 

 ノア以外には人の気配もなく、あちこちに不思議な石像が立ち並ぶ以外は自然に溢れた空間。今のグリードアイランドとは大きく異なる光景だ。人の手が入った遺跡らしき建造物は、ノアが眠っていた場所のみだったらしい。

 試しに触れてみたりするジン達の様子を見るに、石像は現代の科学技術とは異なる技術により生成されているようだった。触れることで、石像化が解けて動き始める動物や人魚。リストがそれらを記録する傍ら、ドゥーンが興味深げに呟く。

 

『未知の技術ってやつだな』

『これでは、一般公開は到底できないですね』

『いっそ、念能力者限定で何か面白い事できねーかな。……お、この石なんかもそうか?』

『あ、それ触っちゃ……』

 

 これまで触れた石像はどれも無害なものであったために、多少油断していたのだろう。特に不思議な形をした石に、ジンはさして警戒するでもなく触れた。それが若さというやつか、さながらゴンを見るような光景だ。

 ノアが制止をした時にはもう遅く、石は光り輝き宙に浮かんだ。そして一瞬ジンのオーラを吸収したかと思うと再び輝き、石は重力に従ってゆっくりと地面に落ちる。

 そして輝きが薄れる頃、ジンの手元には小さな赤子が収まっていた。ノアが呆れ気味に小さく拍手をする。

 

『赤ん坊? どっから出てきたんだ?』

『……それは私達の世界の人間が繁殖に使うものなのよ。つまりあなたの子ども。お父さんデビューおめでと~』

『……マジかよ』

 

 呆然と手の中の物体を眺める過去のジン。そして、一斉にゴン達の眼がリンに向けられる。

 目の前の光景はおおよそ19年前のものであり、そしてジンの子ども。ここから導き出される結論は一つしかない。リンもリンで、冷や汗をだらだらと流している。

 

(やっぱりかー!!!!)

 

 ゴンという弟がいるにもかかわらず、リンすらも母親の姿を知らない。自分が生まれた頃はあまりにも若過ぎる父親。そして物心ついた時から暮らしていたのは、開発中のゲーム世界。

 ここから導き出される可能性にはとっくに気づいていた。確証がないので現実を見ないふりをしていたが。

 

(信じたくなかった。純度100%でこの親父から生まれていたなんて……)

 

 つまりは、グリードアイランドの技術によって生まれ、母親はそもそも存在していない可能性だ。認めたらとても悲しくなる。なんせほぼジン成分でできている証明になるのだから。

 

「姉さんは母親なしで生まれた……じゃあ俺は……」

「ちなみにあれをアイテムに落とし込んだのが【身重の石】よぉ。ゴン君はカードのテストをした時に生まれたの~」

(もしかして私があの時期ゾルディック家に預けられてたのって、そのせい?)

 

「安心して。テスト用に準備もしてたから、ジンに産道は作ってないわ~」と言われたが、ちっともフォローになっていない。むしろ、両親の恋愛事情を聞いた時のように気まずい気持ちになったリンだ。何が悲しくて『クソ親父』と言ってはばからない父親の出産事情を知らなければいけないのだろうか。

 

「……お前あの時のカセットテープ、ちゃんと聞いといた方が良かったんじゃね?」

「そうかも……」

 

 自分の母親はミトだからと、母親についての言葉は一切聞かなかったゴン。もしあのまま聞いていたらどんな爆弾が落とされていたのか。

 未知の技術で生まれていたのだとわかり、流石のゴンも少し反応に困る。だがそこは持ち前の前向きさで、次の瞬間には明るい表情を見せていた。

 

「でも、悪いことばっかじゃないよ。ジンや姉さんと血が繋がってるんだって再確認できたし!」

「眩し……。ゴン、強く生きようね……」

「わわ、ちょっと姉さん恥ずかしいって」

 

 光属性を極めたような弟の姿に思わず抱き着いて頭を撫でこ撫でこするリン。もうすぐ13歳のゴンは恥ずかしそうに身を捩るが、本気で嫌がっているわけではないので完全無視だ。

 

「で、ジンはそこからリンを連れて世界中を回っていたわ。1年後には仲間を連れて島に押し寄せてきてね。根負けしちゃった~」

 

 リンの朧げな記憶の中に居るパンダやエレナ達は、その頃のものなのだろう。ゲーム開発を本格的に始めるまではジンが子連れで旅をしていたのにも少し驚いたが、そこには触れないことにした。

 見せたかった映像というのはここまでらしく、視界には再び現実の洞窟が映し出される。ジン達が19年の間に見た目が変わったのに反して、ノアだけは一切の変化がない。

 

「要するに、人知を超えた外来品を念能力でアイテムに落とし込んだのがG・Iのアイテムだったということか」

「そういうこと。ジンが「絶対にリン達に見せるな」って言ってたから見せちゃった~」

「なんで見せたくなかったんだろ?」

「どうせ、過去の自分を見られるのが恥ずかったのよ」

 

 ノアのジンに対する態度には共感できるが、そのせいで自分達まで精神的ダメージを追ったのかと思うと、なんとも言えない気持ちになるリン。ゴンがジンの妊娠(?)によって生まれたわけではなさそうなのは不幸中の幸いか。

 

「なんか、衝撃の事実だったな……」

「色んなことが分かり過ぎて、頭が追いつかねーよ。ここじゃない別世界やそこで暮らす人間、おまけに念とも違う未知の技術……」

 

 リン達はもちろんのことだが、それを差し引いてもノアから語られたのは驚くべき内容だった。そもそも暗黒大陸の存在からして、衝撃が大きい。一人一人が異なる感情を抱きながら、ともかくミッションは無事に終えることができた。

 

「ふふ……また忘れる所だったわ。『人の子よ、我はそなたらを認める。この先の大地に、空に、加護のあらんことを』」

 

 ノアの言葉によってイベントは締めくくられた。後は町の住人に報告をすれば、【一坪の密林】が手に入るはずだ。

 

「あ、リン。ちょっと待って」

 

 洞窟を後にする際、ノアはこっそりとリンを呼び止めた。くるりと振り返ると、ノアは分厚い図鑑のようなものをぱらぱら捲りながら、先程見せたようないたずらっ子の表情を浮かべる。ジンをおちょくるネタはまだまだ健在らしい。

 

「面白いもの見せてあげるわ。流石にここまでゴン君達に見せるのはジンも可哀そうだからね、リンにだけ特別」

「面白いもの?」

「ジンの【人生図鑑】。こっそり隠し持ってたの~」

 

 父親を辱めることができるのならいくらでも労力を割くリンだが、こればかりは自分へのリスクが大き過ぎる。しかし好奇心にも抗えず、リンは図鑑を覗き込んだ。

 

 そこにはジンと、数年前のリンが写っていた。海辺での会話の光景から本気の殴り合いをしている瞬間まで、どうやったんだと言いたくなるような写真が並んでいる。そして隣には、びっしりとその時の状況や、やりとりが文章になっていた。

 

『娘のリンがジンを殴りに来る。内心嬉しかったジン』

 

 そのページのタイトルに思わず目を奪われる。あれだけ不服そうな表情をしていたのに、仕方なく付き合うといった態度全開だったくせに、どうやらジンは嬉しかったらしい。

 

「ジンったら初めはあんなに戸惑ってたのに、次に会った時にはリンのことベタベタに可愛がってたしね。ゴン君のことも生まれる前から楽しみにしてたし……本当素直じゃないわよね~」

「……ほんっと、しょーもないことで意地張ってばっかの馬鹿親父なのよね。苦労させられるわ」

 

「ありがとノアさん。じゃあ、またね」と言い、リンも手を振る。その顔が少し赤くなっているのに気づくと、ノアはくすくすと笑いひとりごちたのだった。

 

「あらあら、昔はあんなに素直だったのに……父親似ね~」




【一坪の密林】
アチーブメントモンスターを連れた状態でマサドラで聞き込みをするとイベントが発生する。
指定された山に登るとモンスターによって遺跡への道が開かれる。
中で待つノアの試練をクリアすると、イベントクリア。
試練は、ノアの能力によってプレイヤー1人の精神世界に入り、その中で平行世界のプレイヤーと対戦して勝利すること。
しかし、ノアの力によって平行世界の中でも特に強化された存在が連れてこられているので、難易度はかなり高い。
一応ノアの手によって難易度の調節はされているようだが、匙加減を理解しているかは定かではない。
精神世界といえど負けたらもちろん死ぬ。

ストーリー
魔法都市マサドラでは、古代から自然と魔法を調和させて生きてきた。
しかし近年、人間はそのことを忘れて人工物に満ちた生活を送り、自然は淘汰するものとしている。
それに怒った神は、モンスターを使役してマサドラを滅ぼす計画を立てる。ただし、条件として神が人を認めることができれば、町を存続させる。
モンスターに選ばれたプレイヤーは、神の試練を乗り越えてマサドラを救う。

クリア条件
精神世界で自分と対戦し、勝利すること。
ただし、特定の条件をクリアしてモンスターと友好的になっていないと、イベントが発生しない。
友好モンスターは全5種類。
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