「もうすっかり夜だな。どーりで眠いと思ったぜ」
「随分長居したからな」
ノアの祠を出ると、地上はとっくに日が暮れて真っ暗になっていた。メイメイのポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、21時を過ぎている。さっさと宿に戻ろうと、足を速めながら山を下りるリン達。
「でも、これでイベント達成! カードを手に入れたら89枚になるね!」
リンやビスケ、そして修行を経たゴン達であれば、即座にマサドラに戻るのもそう難しい話ではない。マサドラに戻ってイベントについて詳しく話してくれたという老人の下へ向かう。
SSランクのカードを手に入れ、残るカードは恐らくモクバさえ倒せば全て手に入る。独占されているカードもある以上、避けては通れない道だ。そして、ここまでカードを集めているプレイヤーが並大抵の使い手とは到底思えない。
「あとはモクバを探すだけだな」
「あー、それなんだけど……アテがあるわ」
「は? マジかよ、リン」
「マジ、大マジ。……まあでも、詳しくは明日話すわ。クラピカも、今日は宿に戻りたいでしょ?」
リンのモクバへのアテがあるという言葉、そしてクラピカが宿に戻りたいという言葉に、ゴン達の視線はリンに向けられる。そして、クラピカにも。
「クルタ族の同胞は128人。全員に葉書を書くだけで一晩かかっただろうし、一人一人の返事はまだ確認してないんじゃないの?」
「人数まで、よく憶えてるなお前……」
「そこは、流石
朝のクラピカが一睡もしていなかった点。そして表情に一切の変化がなかった点を踏まえると、葉書を書くのに時間を費やして返信をまだ確認できていないと推測するのは、そう難しくない。それに加えて、クラピカの要望で同じ宿に連泊することになっていたのだから、猶更だ。
「そうなの? クラピカ」
「……ああ」
「言ってくれたら待ったのに……」
「俺の件は、時間の都合がつく時にどうにでもなる。だが、カード集めは急を要するだろう?」
「それはそうだけど……」
ゴンの問いかけにバツが悪そうに、しかし正直に答えるクラピカ。ともかく、今日はイベントを終了させて宿に戻るのが先決だろう。
長老の家に行き、ミッションコンプリートを告げる。老人は安心したように微笑むと、外に出てノアの居た山を見つめた。
「人は元来、自然と共に生きてきた。自然はずっと見ていたのだろうな。我々の愚かな行いを」
「……」
「ゴン、だからこれイベントだぜ?」
「妙に現実染みたイベントではあるけどね」
長老の話に感じ入っているゴンにツッコミを入れるキルアと、そこに更なるツッコミを入れるリン。しかしそこはゲームらしく、長老の独白は淡々と続く。プレイヤーが聞いているかは、問題ではないらしい。
「だが、これからも生は続いていく。せめて、この光景を大切な宝だと思い続けていたいものだ……」
話を聞いているのかいないのかわからない失礼極まりない態度だが、長老は満足し、ボウンと音を立ててカードになった。【一坪の海岸線】同様、彼を含めてカードだったようだ。
「よっしゃー! 【一坪の密林】ゲット!」
「いよいよ王手ってとこかしら。ともかくやったわねあんた達!」
もう一枚の、誰も手に入れた事のないSSランクのカードを手に入れた。即座にクローンを作ると、リン達は再び宿に戻ったのだった。
◇◇◇
昨日と異なる点。それは、リンもクラピカやレオリオ同様に、シングルルームを別で取った点だ。
別にやましいことがあるわけではない。ただなんとなく、これからすることは人に見られたくなかった。そして、恐らく夜通しテレビを観ることになるので、ビスケに悪いと思ったからだ。
(ん……結構でかいわね)
バインダーからダブりのカードを取り出し、「ゲイン」と唱える。一枚のカードは、ギリギリ抱えられるくらいの大きさの箱型テレビになった。てっきり小型だと思っていたので、想像よりかなり大きいことに少し驚くリン。
「よっ、ほっ……っと……」
床に具現化されたテレビを持ち上げ、近くの机に置く。そしてベッドに腰かけ、リモコンを手に取った。
(【もしもテレビ】……たらればに縋る趣味なんて、ないんだけどさー)
ルカスからの返信は、単なるトリガーだ。そうでなくとも、これまでに何度も妄想したことは否定できない。もしも、ルカスが生きていたらと。
今この瞬間のみが現実とわかっているとはいえ、純粋に興味があった。そして、禍根を終わらせた今ならば、素直に受け止められるだろうという確信も。
「『もしも、ルカスが生きていたら』……と。これでいいのかしら?」
付属のリモコンにキーワードを入力し、少し大きめの画面を眺める。暫く砂嵐が続いた後、ぷつりと音がして再生が始まった。ここからドキュメンタリー形式の放送が始まるらしい。
初めに映し出されたのは、天空闘技場で戦っているルカスや幼い日のリンの姿だった。念の修行をしているらしく、画面が切り替わると水見式をしているところが映し出される。ハンター試験合格からまだ間もない頃らしい。
リンの『発』でできるグラスのパンダも、今と比べるとまだまだ歪な形をしている。ルカスに付き合って水見式をしていたようだ。ルカスのグラスからは、ちょろちょろと水が零れている。
(……ああ、ルカスが念能力を覚えるためかしら)
今や、メンチもノワールも念を使いこなしているため忘れかけていたが、そういえばあの時ルカスは非念能力者だった。
ドキュメンタリーらしく説明テロップも下画面に映っている。リンだけでなくルカスも、ビスケを師匠と仰いでいるらしい。
『リン、何メンチみたいな話し方してんだよ。キメェ』
(あ、私に殴られてる。まあそりゃそうね)
リン自身も更に念能力を磨くべく、ビスケからの修行を受けていたようだ。突っ込まれたくないところを突っ込まれて、羞恥から相棒をぶん殴る自分の姿もしっかりと映っていた。これはルカスが悪いといえるだろう。
10年弱の記録というだけあって、要所要所が映されるようだ。特に、リンと過ごしているルカスの姿が。このテレビは、リンが入力した文字の中に省略されていた願望までも読み取るらしい。つまり、リンが本当に観たいのは『生きていた場合のルカス』ではなく、『生きていたルカスと自分』の姿だと。
暫く修行風景が流れた後、場面が切り替わる。ビスケと別れたリンは、ルカスを連れてくじら島に帰省したようだった。試験合格の後、半年近く帰っていなかったらしく、ミトに叱られている姿が流れる。
(里帰り……ゴンとキルアがやってたこと、そのまんまじゃん)
『姉ちゃん、この人は友達?』
『そう! ルカスっていうの』
『ほんとそっくりだな、お前の弟』
画面には、6歳くらいの幼いゴンがルカスに懐いている姿が映し出されていた。姉弟の居ないルカスも満更ではないらしく、ゴンを可愛がっている様子が流れる。
そうして1カ月程帰省した後、リンとルカスは再び旅に出た。リンは趣味を育てたり、父親を探す旅。ルカスはやりたいことを見つける旅。ゴンとキルアの姿を見て自分達にあったかもしれない未来を思い描いていたのは、あながち間違いでもなかったらしい。
『たまにはハンターらしいことしとく?』
『いいね、賞金首狩りも飽きたもんな』
『ノワールが言ってたピラミッド、あれ行きたいわね』
『賛成~』
『プリン盗られた!』
『おいやめとけって! あいつ幻影旅団の団長だろ!』
『プリン!』
『あーもー馬鹿!!』
『マジで行くのかよ?』
『恩を売れるなら、それに越したことはないからね』
『ぜってー碌なことになんねーよ』
『とか言いながらついてきてくれるくせに』
『行くとこないだけだっつの』
クロロとの出会い、そして数か月後にはクロロに依頼されて海淵渓の城潰し。更に、ついでと言わんばかりに流星街にまで行っていたようだ。この世界での自分も、さして性格は変わっていないらしい。
そしてルカスは、文句を言いながらも、リンの旅に同行していた。だが、ここで彼の人生にとっての転機が訪れたようだった。
流星街の子ども達と出会い、ルカスは時折考え込むような仕草を見せていた。そしてサイレントウルフをクロロ達と共に討伐し、その頃には決心していたようだ。
『リン、俺やりたい事見つかったかも。ここのガキんちょ共を、なんとかしてやりたい』
『良いじゃん。だいぶアバウトだけど』
『具体的にどうするかはこっからだ。ともかく、ここで一旦お別れだな』
『相棒が居なくなるのは寂しいけど……応援してるわ』
(相棒との別れ……ね。ハンターである以上、ずっとべったりはないか。ゴンとキルアも、いつかこうなるのかしら)
リンとルカスはそこで一旦別れたようだった。そこからは現実のリンとそう変わらない日々が続く。
会社を設立し、父親を探して旅をする。だが、メンチやノワール含めルカスとも時折会っていたようだ。
リンの記憶と違い、テレビの中のルカスはリンと共に成長していく。今のリンとそう変わらない姿になったリンが、自分の身長を遥かに追い越したルカスと会話しているのを観るのは、なんとも形容しがたい気持ちにさせられた。
集中して観ること数時間。時計の針が2時を過ぎた頃、軽く扉がノックされて開いた。
一瞬ビスケかと思ったが、匂いからしてキルアだと気づく。何か用があるのかと振り返って確認すると、キルアはいかにもと言った様子で眉をひそめている。
「リン、何してんだ?」
「ちょっとね……。珍しいわね、普段は女子部屋に入ってくることないのに」
特に用があったわけではなく、なんとなく入って来ただけらしい。遠慮してこちら側に入ってこないキルアを軽く手招きすると、キルアは少し顔を顰めながらあくまで渋々、という体裁だけ取り、こちらに歩いてくる。
「そこの自販機に、ジュース買いに行ってたんだよ。そしたらお前が一人で喋ってる声が聴こえたから、とうとう頭イカれたんじゃねーかって」
「それ、私じゃないわよ。テレビ」
「は? でもあれはお前の……」
キルアは軽く首を傾げたが、リンが指差した先のテレビに自分が映っているのを見て思わず覗き込んだ。画面は、丁度キルアが登場し始めたところだ。
場面はハンター試験。リンはニアに扮し、キルア達と長い地下通路を走っていた。それまでの経緯からしてこの世界のリンはG・Iをクリアした様子ではなかったので、一時的にゲームに入りホルモンクッキーをドカ食いしてから試験に参加したのだろう。
「何だこれ」
「【もしもテレビ】。もしもの世界を、テレビでドキュメンタリーにしてくれるの」
「ふぅん。どんな世界にしたんだ?」
「私の友達が生きてた世界」
「……」
「キルアなら良いわよ。前にセンリツと話してた子だし」
あっさりと言ってのけたリンに一瞬口籠ったキルア。リンがわざわざ一人部屋をとった理由を察したからだ。
だが、興味はあったのだろう。静かにリンの隣に腰かけ、テーブルの上に載せられたテレビを眺める。
一次試験、二次試験と現実と変わらない流れで終え、三次試験の試験官を務めているのはルカスだった。どこかの体育館のような場所に集められたリン達。画面の中のゴンは、ルカスを見るなり嬉しそうに叫ぶ。
『ルカス!』
『おー、ゴン。でかくなったな! そっちの兄ちゃんは……なるほどな』
(ぎっくうううう! メンチに続きルカスとか! これ絶対ジジイの嫌がらせじゃん!)
ニアに扮するリンを見るなり、察した表情でニヤニヤ笑うルカス。テロップにはリンの心の声が表示されている。
『ゴン、知り合いか?』
『姉さんの友達だよ』
ニアとそう変わらない背丈となったルカスは、この時点で18歳。Tシャツに前開きのパーカーを合わせ、ゆったりとしたパンツスタイルを身に着けている姿は一見どこにでもいるオシャレな青年といった雰囲気を出していた。
そしてやはりゴンのことを弟分のように思っていたらしく、頭をわしわしと撫でてはそれなりに嬉しそうな顔をしている。レオリオが恐れ多いと言わんばかりに冷や汗を流す。
『姉がプロハンターなら、そりゃ横の繋がりもプロハンターだわな……』
『今年はえらくガキンチョが多いのな。ここまで来るんだから大したもんだよ』
『……なんかこいつ、ムカつく』
『それは同族嫌悪というものだろう』
画面の中では、やたらとルカスに突っかかっている様子のキルア。死んだというリンの友人と自分が当然のように会話しているのを観て、現実のキルアは複雑な心境になった。
生きていれば自分とも関わりがあった。そう思うだけで、話にしか聞いていなかった人物がやけに親しみ深く感じられる。会った事もないのに、まるでずっと前から知っているかのような気分だ。
各自で対戦相手を選び、中央の武舞台で3勝したら合格という単純明快な試験を設定したルカス。当然の如くゴン達は勝利を収め、次の試験へと進んだようだ。
そこからはあまり現実世界と差異はなく、最終試験終了まで時間が進む。この世界のリンも天井を破壊していたのが、一部始終ばっちりと流れていた。
『そろそろ弟子くらいとっておけ』
『はぁ?』
『ウケる。お疲れ~』
『ルカス、お前もじゃ。同期の2人はとっくに弟子を持っとるじゃろがい』
『はぁ~!? ンだよクソジジイ!』
最終試験が終わり、キルアがイルミに連れ帰られた後。ゴン達を先に部屋から出したネテロはリンとルカスにそんな指示を出していた。
あの事件がなくともネテロの性格が性格だからか、リンとルカスはネテロに反抗期全開な態度を取っている。それでもなんだかんだで指示通りに動いているのだから、画面の中の彼らもいつかは必要だと思っていたようだ。
ルカスと共に5人でパドキア共和国へ。キルアが合流すると、クラピカによって9月のヨークシンで旅団が現れると告げられる。そこでリンとルカスは念のことを話し、そのままゴン達を連れて天空闘技場へと向かった。
「俺とゴン……ルカスって奴の弟子になってたのかよ」
「生きてたら、ね。あくまでIfの世界だから」
一応ルカスがゴンとキルア、リンはクラピカとレオリオの面倒を見るという分担はあるが、修行はほぼ4人全員で行っているのが映し出されていた。全員で修行ができて楽しそうなゴンの顔が、リンの脳裏に焼き付けられる。
『まだろくに念も覚えてないくせに、200階クラスに出たの!? あのバカタレが……!!』
『なんつーか……お前の弟だなって感じだよ。俺、ビスケに弟子の育成方法、相談した方がいいかもしれねー』
ゴンが待ちきれず早々に念能力者と対戦したり、ヒソカと試合をすると言って聞かなかったり。大騒ぎしながら日々が流れていくせいで、現実のリン達ほどクラピカの念能力問題にはフォーカスされなかった。しかし、やはりこの世界のクラピカも打倒旅団を強く心に決めていたようだ。
やはりリンがクラピカの念能力について苦言を呈すのは変わらず、ゴン達のフォローもあったため大きな問題にはならなかったが、リンとクラピカは度々衝突していた。そしてとある夜、月を眺めているクラピカの下にルカスが一人現れる。
『クラピカ、今いいか?』
『ルカス……。リンのように説得に来たのなら、私は……』
『ちょっと違ぇ。話しておくことがあってさ。俺とリン、幻影旅団と知り合いなんだよ』
『!?』
『特にリンは、あそこの団長と仲が良くてよ。馬が合うみたいだ』
『復讐を止めようとしていたのはそういうことか……!』
『3割くらいはそうだな。でも、本当の理由は別にある』
そういってルカスの口から語られる、これまでにリンが語ってきたクルタ族と流星街の真実。
クラピカはかなり悩んだようだったが、第三者からの意見ということもあり、最終的には自分の意思で今後の方針を大きく変えたようだった。
『リン。……復讐ではなく、正当な方法で旅団を捕縛したい。協力してほしい』
『! もちろん!!』
画面の中の自分は、輝くような嬉しそうな笑顔を見せている。人ごとのようにそれを眺めるが、もしこのような展開になれば、自分も全く同じ表情を見せるであろう確信だけはあった。
(旅団捕縛エンド、か。ルカスが居れば、クラピカとの話し合いもできたのね……)
ヨークシンにて、ドタバタと綱渡りのような場面もありつつ、クラピカをメインにリンやルカスの補助とゴン達の協力で幻影旅団の捕縛を果たしたリン達。ヒソカだけは逃してしまったようだったが……。
最後には、なんともいえない表情でクロロを見送る自分の顔が映し出されていた。だが、覚悟はとうにできていたらしい。くるりと背を向けると、そこから振り返ることはなかった。
(クロロにとっては今の方が幸福ね。……何が正解なのかしらね)
クラピカに味方をすると決めたあの時点で、いざという時は旅団を切り捨てると覚悟は決めていた。だが、クラピカが矛を収め、リンもクロロ達と変わらずに接することができている現実。それをありがたいと感じている自分も、もちろん居る。
人生は、どう転ぶかわからない。言葉で言うのは簡単だが、実際に例として目の当たりにさせられると、それはリンを何とも言えない複雑な心境にさせた。
『バッテラって人が選考会をしてるらしいぜ』
『で、それに合格出来たらG・Iをプレイできるんだって! 姉さんとルカスも……』
観たいものは全て観ることができた。テレビの電源を切り、大きくため息をつく。様々な感情を押し殺したようなリンの姿に、キルアは気を使うようにリンを見つめた。
「良いのか?」
「こっからはたぶん、ほぼ今の私達と似た状況になるしね。この辺にしとくのがキリ良いわよ」
「……そーかよ」
流石に、今現在のIfまで見てしまうのは少し辛い。その言葉を口にはしなかったリンだが、キルアはリンの心情を察したようだった。
人が一人いるだけで、そうそう簡単に未来は変化しない。そう思っていたが、ルカスが及ぼした影響は想像よりもはるかに大きいものだった。
だからこそ、考えてしまった。そうでなくとも、大人になったルカスの姿を見るだけで、思わずにはいられなかった。本当に彼が生きていてくれたら、と。そんなことはこの先二度とありえないのだが。
同時に、旅団との今は、ルカスが居ないからこそ起こったらしい。それは決して喜ぶべきものではない。だが、……言葉にできない心境だ。
「なんつーか、上手く言えねえけど……。お前はお前だよ」
「……ありがと。気遣ってくれるの?」
「別に……」
リンが顔を向けると、キルアはぷいとそっぽを向けた。どんな表情をすればいいのか、キルアも分からないのだろう。
その気持ちが嬉しくて、リンはキルアの頭を撫でた。珍しく振り払われることはなかった。
「ありゃ、徹夜しちゃったわね。そろそろゴン達も起きるんじゃない?」
「だな。朝飯行くか」
何が幸せで何が成功かなんて、わからない。少なくとも、この先生きている中では、絶対に。
思い出の中のルカスにそうごちると、リンはキルアと共に部屋を出た。
◇◇◇
キルアと共に食堂に訪れると、そう時間も経たずにゴン達はやって来た。途中で会ったらしく、ビスケ、クラピカ、レオリオも共に歩いてくる。クラピカは多少目元が赤いが、少し前向きになれたようだ。
リンもキルアも、(不眠で3日は耐えられるが)
「今日は姉さんも徹夜したの? キルアまで……」
「【もしもテレビ】を観てたのよ。結構長くて止めるタイミングがなくてさ」
「あ、あのアイテム? なら俺も後で使おうかな」
これまでの数日で、それなりにアイテムを楽しんだゴン。【もしもテレビ】も試してみようかと言いかけたが、リンはそれを片手で制した。たらればを望むほど不毛なことはないとわかったからだ。
「絶対に来ない未来なんて、覗くだけ無駄だったわ」
「そう……?」
「本当にそう。そんな事するなら、親父にイタ電してる方がよっぽど有意義よ」
真剣に止めていたリンにシリアスな雰囲気を感じ取ったゴン達だったが、その後に続いた言葉にポカンとする。何がどうあって、急に父親にイタ電をする発想が出てくるのだろうか。
「お前、そんなことしてんの?」
「イタ電はしてない」
「何かはしてんだな」
実際にやっていないとそんな発想にはならないだろうとツッコミを入れるレオリオ。リンの返答は正直かつ更に不穏なものだった。何をしてるんだこいつは……という空気が流れる。
余談だが、リンはホルモンクッキーで男になった際、試験に向かう前に踊ってみたを撮影してニヤニヤ動画にアップしている。
幽助姿でブリーフ一枚になり、ツナギ男のあのダンスを踊っているところから、「変態紳士」「無駄に無駄のない無駄な努力」とコメントされる一方で、強火ユーザーには「幽助はこんなことしない」「混ぜるな危険」などコメントされ、動画は大いに賑わった。
一部界隈で伝説となったリンだが、そんなことより「なんか若作りしてるけどこいつ、遺跡ハンターのジン=フリークスじゃね?」という噂がまことしやかに流れた方に大満足している。もちろんジンからは吠えメールもびっくりのクレーム電話が来たが、そっと着信拒否にしておいた。
閑話休題。
朝食を食べる傍ら、作戦会議をする。主な議題は当然、リンが昨日言った「アテがある」の内容だ。
「ここで報告することが二つあるわ」と、ホテルならではのスクランブルエッグを食べながら指を二本立てる。リンがあれ程の前置きをしていたのだから、何か重要な言葉が発せられるはずだと、ゴン達はしっかりと耳を傾ける。
「一つ、モクバに会えたわ。バインダーにも登録した。だから、ぶっちゃけいつでも喧嘩売りに行ける」
「モクバの!?」
「どこで!?」
「……幻影旅団、か」
「そう。ダメ元で聞いてみたら、知ってた。から、会わせてもらった。あの時戻ってくるのが遅かったのはそれ」
クラピカが複雑そうな表情を浮かべる。旅団との相対にリン一人で向かわせたとか、そもそも幻影旅団が居なければ目的のプレイヤーに会えなかったとか、色んな気持ちが混じっているのだから、そんな表情になるのも仕方ない。
「よく無事だったと思ってけど……おまけに親切までしてもらったのかよ」
「それなりに恩も売ってたからね。クロロの口添えもあって、なんとかなったわ。あいつ私と揉めるの、面倒臭がってたし」
「クロロが旅団と合流した? つまりクロロは……」
「除念してた」
「……愚か者、だな」
逆に、こちらの新情報にはため息をつくだけでそれ以上は何も言わなかった。予想通りだったのだろう。むしろゴン達が、クラピカの反応が予想外だったようで、少し驚いたような眼を向ける。
だが、この話をしている場合ではない。次の情報は全員を驚かせるものだ。
「二つ、モクバが『緋眼のプレイヤー』よ。確認はできてないけど、十中八九確定」
「……!」
「会った時は鳶色だったけど、フィンクス達によると眼を緋くさせてたらしいわ。クルタ族の特徴と完全に一致する」
緋眼というだけではなく、クルタ族かどうかまではっきりさせたリン。緊迫したリン達のテーブル席が纏う空気は、ホテルの食堂にはあまりにも似つかわしくない。通りすがりのNPCがちらほらとこちらに視線を向けているのが分かる。
「考えられるのは、緋の眼を埋め込んでる変態説か。……大穴で、クルタ族の生き残りの可能性もあんのか?」
「念があれば可能ではあるが、どれだけ最高の医療技術で眼球を移植したとしても、緋の眼の特性は得られるものではないだろう。クルタ族の生き残りは俺以外存在しないと思っていたが……リンの話を聞いた後ではもう定かではない」
キルアが考察する隣で、クラピカが淡々と答える。プレイヤーキラーでもあるモクバが、クルタ族であるか否か。どちらがクラピカにとっては幸福だったのだろうか。
「聞いてみたけど、モクバはクルタ族ではないらしいわよ」
「てことは……」
「前者。それも、念能力で眼球埋め込んでる変態説が濃厚だな」
(本当はまだあるんだけど……いいわ。これは気軽に言えるものではないし)
リンとしてはもう一つ予測を立てているのだが、あまりにも突拍子がないものであるため、ここで言うのは止めておくことにする。
全員が食べ終わったことだからと、席を立ちホテルを出た。上手くいけば、今日でゲームクリアだ。
「そういえば、ミルキに連絡した方がいいかしら。先にクリアしたら怒りそ~」
「どーだろ。無理やりクリアの時だけ仲間に入れても嫌味言われそーだしな」
そう言いながらもバインダーを確認するキルアは、やはりなんだかんだでミルキと仲が良い。だが、プレイヤー一覧を確認すると少し顔色を青くさせた。
「……名前欄が暗くなってる」
「え、まさか……」
「あいつも【一坪の海岸線】を持ってるしな。いや、でもまさか……」
キルアが危惧するのは、ミルキがプレイヤーキラーに殺された可能性。情の薄いゾルディック家でも、家族が、特に仲の良かった兄に何かあったのではとなれば、心配もする。
「何回でも言うけど、あいつそこまで柔じゃないわよ。……でも、そうね。クリアした後に確認した方がいいかも」
ここに居ない以上、どちらにせよ今すぐ確認をすることは難しい。ミルキの消息を辿るのは一旦諦めるしかなさそうだ。
◇◇◇
到着した先のモクバは、湖の傍でゲームをしていた。かつてクロロとヒソカと再会した場所だ。
襲い掛かって来たプレイヤーを返り討ちにしていたのか、その手は軽く血に濡れている。よく見ると、波打ち際には死体があったらしき血の跡も残っていた。
「モクバ、約束通りまた来たわよ」
「ん、こないだの姉ちゃんか。2日ぶり~、早かったねぇ」
たった今、人を殺したようには到底見えない、のんびりとした態度だ。それだけで、この人物の傍には常に死があるのが垣間見える。
だが、ゴン達にとってはその不気味さよりももっと気になることがあった。それはシンプルながら本質に近い、モクバの外見だ。
「何か……キルアと似てる?」
モクバの髪は、キルアと同じ銀髪。左耳の傍に一筋の黒髪がある以外は、キルアの髪だと言われても分からないくらいには似通った色をしている。艶やかなストレートのそれを後ろで束ねているモクバは、キルアと兄弟と言われれば違和感がないくらいには顔立ちも近いものだ。
「だな。俺はあんな奴知らねーけど」
「ひっどいなぁ。お兄ちゃんにそんな言い方ないだろ」
「俺の兄貴はロン毛のブラコンとキモオタだけだぜ? お前なんか知らねぇんだけど」
怪訝そうにモクバを睨みつけるキルア。だが、リンにとってそれは、何よりも事実を突きつけられるものだった。
薄っすらと考えていた可能性。あまりにも低すぎる可能性ではあったが、これではっきりとした。
「確定、か。キルア、間違いなくこいつはあんたの兄ちゃんよ」
「は?」
「そうよね? トルイ」
「大正解。流石、ジンの娘なだけあるわ」
モクバは……いや。トルイは、にやりとリンを見つめて笑った。
その不敵な態度は、やはり年相応のものではない。おちゃらけた話し方とは似つかわない、冷徹で残酷な色を持っている。それはキルアの見せる残酷な笑みとは、また異なる恐怖を掻き立てるものだった。
「おいリン! どういうことだよ!」
焦ったキルアがリンに叫ぶ。確証がないためこれまで言えなかったが、こうなってしまえば自分ができる限りの説明をするのが筋だろう。
小さく息をつくと顔を上げ、トルイの顔を真正面から見つめる。トルイはやはり、リンを見つめ続けていた。
「モクバは偽名。こいつの名前はトルイ=ゾルディック、ゾルディック家の長男よ……本当のね」