リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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城下町リーメイロ【2】

 リンの口から発せられた衝撃の言葉に、全員の視線はリンへと向けられる。目の前の青年がキルアの血縁者だと、それもイルミよりも更に上の長兄だと急に言われて、あっさりと信じる方が難しいだろう。

 

「イル兄の上に、更に兄貴が居たって言うのかよ?」

「そう。前にイルミから聞いたのよ。イルミが生まれるよりも前に、死んだ長男が居たって」

 

 だが、リンだって、数カ月前に聞いていたから冷静でいられるだけだ。

 トルイはリンの言葉をふんふん、と聞きながら、腕組みをして「そんな風に伝わってんのか~」と空を見上げる。天候は一気に悪化し、不穏な黒い雲が上空を覆い始めていた。

 

「死んだ、か。まぁ確かに死んだわな。正確にはイルミが生まれてからだけど」

「カルトが身体を探してるらしいけど、そもそも死んでない感じよね?」

「そだね。俺、生きてるもん。にしても身体を探してるって、なんか卑猥な響きだねぇ」

 

 そう言ってくすくす笑う姿は、歳相応の無邪気なものに見えなくもない。そして、やはり眼の奥に不穏な色を湛えている。精孔を開いてオーラの色を視てみると、それはイルミやミルキともまた異なる、どこか子ども染みた色をしていた。

 

(生きてるのに、死体が出回ってるって噂が流れてた……? 煙は火がなければ立たないと思うけど)

 

 思考するリンをよそに、トルイはじっとゴンを見つめる。キルアよりも先に自分が見つめられた事に動揺しつつも、ゴンもそれを見つめ返した。その瞳の中に良心がないかと願いながら。

 

「そっちがゴンか。やっぱ、カード集めで来たわけね?」

「うん。できれば交換、そうじゃなくても純粋にカードを賭けた勝負にしたい。でも……」

「それ以上に気になることが多すぎるってか。……んで、こっちはキルアだな。噂しか聞いたことねーけど、確かに俺に似てるな」

「血縁者ならそんなもんだろ。俺は今、初めて知ったけど」

 

 自分達の知らない何かを確実に知っているその態度に、キルアは僅かに苛立つ。嫌味のように言われた言葉にも、トルイはさして気にもせずカラカラと笑った。

 

「ていうか、なんで偽名にしてんだよ?」

「ンなもん、あいつらにバレたら面倒だからに決まってるだろ?」

 

 レオリオの質問に、あっけらかんと笑いながら返すトルイ。『あいつら』が指すのは、恐らくキルアとトルイの家族。カルトが探すのはもちろん、イルミ達に知られるのも嫌ということらしい。

 

「偽名……。モクバ、トルイ。……トロイの木馬のオマージュね? いい趣味してるわさ」

 

 暫くトルイの様子を観察していたビスケが、ここで初めて口を開く。トルイは自分の凝らした趣向を見つけてもらえて、嬉しそうに指でくるくると丸を作って見せた。

 

「お、正解。花丸あげちゃうよお。あと、トロイの『ロ』って、ジャポンだと箱文字っぽいんだよ。ほら、ト□イ……トルイ、なんてね」

「……良ければ自分語りしてくれない? 正直、私もトルイについてはそれくらいしか知らなくてさ」

 

 わからないことばかりであるのは、リンも例外ではない。リンがイルミやカルトから聞いていたのは、イルミの更に上に長男が居て、イルミが生まれるよりも先に死んだというだけだ。

 初めにこれを聞いたのは、クラピカとを狙うイルミ達と殺し合いになった時。共にこの話を聞いていたクラピカは、ゴン達に比べると動揺は少ない。だが、目の前の相手が緋の眼を持っている、それだけで冷静では居られなさそうだ。

 

「それに、私が聞いたところによれば、トルイは盲目だったはずよ。それが目玉、それもクルタの物を付けてる。何があったのか気になって、カード争奪戦どころじゃないわ」

「いいよぉ。俺も弟と語らいたいし。それに友人の娘の頼みだしね」

 

 妙に溜めて言うトルイに、嫌な予感がするリン。この手の勘というのは、当たってほしくなくても当たるものだ。

 

「友人……? まさか」

「俺、これでもハンターライセンス持ちでさ。ジンとは試験の同期♥」

 

 ぴろりとポケットから取り出されたライセンスカードに、リンは一気に渋い表情を見せた。どんな緊迫した状況でもジンの名前が出て来るだけでこの顔になれるのだから、一種の病気と言えなくもない。

 

「……で? ハンター試験の話はちゃんと繋がってくれるのよね?」

「もち。まず、俺は5歳の時に死んだ……事にされてる。親父たちは死んだと思ってたみたいだけど、偽装して脱走しただけだよ」

 

 もちろんと言いながらも、初めは全く関係ない話からのスタートだ。そんな幼さで親元を離れる異常性に、ゴンが不思議そうに首を傾げた。

 

「ねえ、なんでそんなことをしたの?」

「そりゃ、家業が嫌だったからに決まってんじゃん。だぁれがあんなシケた暗い仕事に、一生捧げるかっつーの」

「……気が合うじゃん、兄貴」

「お、お前もそのクチ? わかるねぇ~!」

 

 冷や汗を流しながら軽口を叩くキルア。トルイは嬉しそうに弟へ向けて笑いかけた。近くに居たならば、バシバシと背中を叩いたであろうほどの機嫌の良さだ。

 しかし、生憎キルア達の間には物理的にも精神的にも距離がある。そしてリンは、軽率に言われた言葉の本質を理解し、閉口した。

 

(つまり、工作して死んだように見せかけたってこと? イルミから聞いたトルイの享年は、確か5歳。その年齢でシルバさん達を欺けるなんて……)

 

 恐ろしい。その一言に尽きるだろう。才能溢れるとはいえ、5歳の子どもが暗殺一家の当主をも出し抜いて、ここまで生きてきたというのだから。そして、そこから現在に至るまでの間に更なる成長を遂げているであろう事は、考えるまでもない。

 

「脱走して、暫く放浪してた。ハンター試験を受けたのもその時だな、10歳くらい?」

「……結構おっさんなのね、あんた」

「弟のイルミが成人してるんだから、そりゃあ俺も年取るよね。身体は歳取ってないけどぉ」

 

 本当に10歳でハンター試験を受けたのならば、目の前の青年は実年齢ジンより2歳下。即ち、確実に三十路を迎えている計算になる。

 そんなトルイは人懐っこい笑顔を向けながら、揶揄うように言った。どうやら、リンの弱点を一瞬にして把握したらしい。

 

「お前ら姉弟、当時のジンにそっくりすぎてウケる。顔立ちは弟の方が似てるけど、雰囲気とか目元は姉の方がそっくりだよ」

「その情報要らないから、先続けて」

 

 綺麗なストレート攻撃がリンにぶち当たる。ゴンは少し嬉しそうな顔をしているが。

 先を促されるとトルイはあくまで軽い口調で、しかし少しばかり核心に迫るように顔をしかめた。例えるなら、おちゃらけた男子高校生がその日あった嫌なことを話す時のような態度だ。

 

「旅してる中でさぁ、俺思ったわけよ。『今は若いけどこのまま行くと老いて死ぬじゃん、生きててもマハ爺みたいなしわっしわ? 嫌過ぎるわぁ~』って」

「誰だそれ。キルア、身内か?」

「俺のひいひい爺ちゃん」

 

 マハはゾルディック家の創設者。噂によればネテロと同じ年らしく、軽く200年は生きていると想定される。クラピカの問いかけに答えたキルアに、「キルアの家って、長生きなんだね……」とゴンが引き気味に言う。

 

「暗殺稼業の家に居たからかな、死を意識し過ぎてさぁ。でも、イカれた身内共みたく死ぬのが怖くないなんて思えねーのよ、俺マトモだから。死にたくねえって思っちゃったわけ」

「……ま、親ガチャ結果の同情だけはしておくわ」

「わかってくれる? できるならずっと今の身体のままでいたい。ショタの姿なら、色んな所で可愛がられるしさ」

「それはわかりたくないけど」

 

 何度でも言うが、目の前の男はジンとそう変わらない年齢だ。三十路の男がショタでいたかったと言うところなんて聞きたくない。

 だが、ゾルディック家の異常性はリンもよく理解している。自分が暮らしていたのはたった2年程度だが、それでも訓練は想像を絶するものがあった。

 

「……で、死にたくないなら、先に死んでおくことにしたんだよな」

 

 生まれた時から後継ぎとしてのプレッシャーと共に命懸けの訓練をしたならば、死生観が歪むのも無理はない。キルアが今普通に笑えているのが奇跡なのだから。だが、それでもトルイの言う言葉は異常そのものだ。

 

「知り合いの人形師に頼んで、俺の身体を材料に人形を作らせた。それが16歳の時で、そのまま今の俺。だから歳を取ることも無ければ、殺されても死ぬことがない。パーツを修理すれば、また復活だ」

「じゃあ、カルトが探してる身体ってのは……」

「その時一旦死んだからな。死体もどっかにあるかも? 興味ねーけど」

 

 薄っすらと全貌が見えてきた。だが、まだわからないことは残っている。これまで黙って語りを聞いていたがもう我慢できないと、クラピカが一歩前へと進み出る。

 

「答えろ。クルタ族の眼を使っている理由を」

「ん、深い理由はないぜ? 俺は生まれつき盲目だったからさぁ。どうせなら目玉付けてもらお~って思っただけ」

「外道が……」

 

 クラピカがギリ、と歯を食いしばりトルイを睨みつける。しかしトルイはそれすらも気にしない。

 

「なんとでも言えよ。ンなこと、とっくにわかってる」

 

 目は口程に物を言う。トルイのそれは、とっくに覚悟を決めた眼だ。元来死生観や倫理観が歪んだ人間が、目的のために手段を選ばないと決めたのだと。

 

「こちとら、生まれた時点から血塗れの犯罪者なんだよ。それに、この世界を目にできるんだ。どんな手を使ってでもやるぜ」

 

 外道として生きると開き直った人間に、説教は不可能。それはクロロ達幻影旅団でよくわかっている。トルイは、ゾルディック特有の残虐さとも彼個人の不気味さともつかない笑みを弟に向けた。

 

「オモカゲ……ああ、知り合いの人形師な。そいつによると、レアな目玉ほど能力を引き上げることができるんだとさ。なあキル、お前の目玉、くれよ」

「!?」

「あ、キルじゃなくても良いぜ。初めはキルを狙ってここに来たんだけど、クルタ族にジンの子どもってより取り見取りだからな。着せ替えパーツにしたいくらい」

「……G・Iに来たのはそのためかよ」

「入ってくるのは結構苦労したんだぜ? ジンとはこの身体になる時に大喧嘩して、そのまま絶交しちまってるしさぁ~。ゲームの入手からプレイ開始から、全部あいつの目の届かないところでやらねーとだったんだよ」

 

 カードを入手してほぼ確実にクリア、更には新たな眼を手に入れることができる。この戦いはリン達だけではなく、トルイにとっても一石二鳥の手段だったということだ。

 だが、疑問は残る。トルイの口ぶりは、まるでリン達の行動を読んでいるかのようなもの。それに気づいたキルアは思わず声を大きくした。

 

「ちょっと待て。どこで俺らがG・Iに入ってくるとわかった?」

「内緒。でもこの時期にここに居れば、会えるらしかったから。せっかくだから~ってね、それだけ」

 

「なあ、お前もそうなんだろ?」と笑みを向けられ、リンは薄く、ごく薄く冷たい汗を流した。唯一、その言葉の示す意味を理解したからだ。

 しかし認めるのも癪で、軽くとぼけて見せる。それが見え透いた嘘であるとわかっていたが。

 

「さあ。とっくに忘れたわ」

「へえ、だんまり? ま、俺もそう。記憶なんてとっくに消えてる」

 

 それは、トルイがリンと同じ『転生者』である可能性。本来は存在しない人間だった可能性だ。

 ノアのイベントで、平行世界の可能性を知った。原作通りの世界があったり、逆に別な存在が生きている世界も示唆された。それならば、この世界にリン以外の転生者が居たとしても何ら不思議ではない。

 

「それでもさ、主人公の姉(お前みたいな奴)は流石に記憶にないわけよ。な、その辺どうなの?」

「そんな事どうでもよくない? 私らにとっては、この世界が現実よ」

「ふはっ、それもそうだ」

 

 幸か不幸か、この程度の会話でゴン達は到底真意を察することはできない。だが、トルイとリンの間にただならぬ共通点があるとだけ理解したらしく、固唾を呑んで見守る。

 

「俺としてはカモネギってやつだよぉ。ゲームクリアできて、目玉のストックもできて、聖地巡礼もできる。まさに一石三鳥」

「舐めてんじゃねえよ。こっちは元々、喧嘩売る気満々でここに来てんだ」

 

 トルイの発言に業を煮やしたキルア。好戦的とも苛つきの捌け口ともつかない感情を向けられ、それでもトルイは飄々と笑っている。それは、余裕から来るものなのだろう。

 

「え~。やめときなよ、敵わねえって。な? キル、頼むよぉ~。お兄ちゃんのお願いだぜ?」

「はっ、やだね。思い通りにさせるかよ」

 

 喧嘩を売りつつ、能力を発動させようとする。キルア自身も、自身の能力が強力である事を自負していた。だからこその、先手必勝の行動だった。

 

「が、ぅあ……?」

 

 だが、次の瞬間キルアは身体をくの字に曲げて口から唾液を流していた。能力を発動する間もなく、一瞬の間に距離を詰められて。気づけばトルイはキルアのすぐそばに立っている。

 

「兄に勝る弟は居ないってね。昔の人は良いことを言ったもんだ」

「キルア!」

 

 わけも分からずに地面に倒れ伏すキルア。自身の弟を笑いながら蹴り飛ばすその姿は、決して容赦してくれないであろう事を如実に示している。

 

「さあ~ってと。お次は誰かな? クルタの目玉?」

「……っ」

「クラピカ、戦っちゃ駄目よ。力量差分かるでしょ?」

 

 臨戦態勢に入ろうとするクラピカを、リンは静かに制した。キルアでもあっさり倒されたのだ。能力を使用した知的戦略が前提となるクラピカが、トルイに勝てる可能性は極めて低い。なぜならそもそも、知性や戦略以前にトルイの身体能力に対応できないから。

 ゴンやレオリオでも、同様の理由で勝てないだろう。そうなると、自分かビスケしか勝てる見込みはない。リンはゴン達を庇うように後ろ手に回し、トルイを睨みつける。

 

「私がやるわ、トルイ」

「あれ、いきなりメインディッシュ?」

「ディッシュになるのはあんたの方よ。隙あらば喧嘩を売れって、親父から教わってるの」

「……へえ、良いね。楽しくなりそうだ」

 

 完全に誤算だった。トルイがただ者ではないとは思っていたが、ここまでとは。こうなってはゴン達を戦いに出すことは不可能だと、そう判断した。

 

(実力が、違いすぎる。あまりにも……)

 

 プレイヤー戦においても、本来はそこまで手出しをするつもりはなかった。サブ、バラとの戦いも制してしまったゴン達ならば、最後まで自分達の力で勝利を掴めると。

 だが、目の前のソレは次元が違い過ぎる。そして最早、プレイヤー同士の戦いの域すらも超えている。単なる狂人との殺し合いだ。自分が本気で戦ったって、勝てる見込みは薄いだろう。

 

 オーラを練りながら覚悟を決めたリン。キルアを助け起こしていたゴンは焦ったように叫んだ。

 

「姉さん駄目だ、俺がやる! キルアの仇もとる!」

「駄目よ。キルアがやられたのに、なんで自分が勝てると思ってるわけ?」

「それは、制約と誓約を使えば……」

「だから散々言ったでしょ! それは邪道、現に今、トルイの力量を計れなくなってるじゃない!」

 

 ぎろりと厳しい眼で睨みつけられ、ゴンはびくりと肩を揺らした。姉の剣幕に、どれだけ真剣にそれを言っているのかが分かったからだ。

 

「リンの言う通りよ、ゴン」

「ビスケ……」

 

 ゴンの考え方が誤った方向へ行っているのを察し、ビスケも口を挟む。その眼はリン同様に、決してやさしいものではない。

 

「あの時は、あんたがリンを護りたいって気持ちが大きな覚悟になって、能力を引き上げていたわ。でも、人間は慣れていく生き物。いつか能力の引き上げが上手くいかなくなるわさ」

 

 リンとビスケの言葉は正論だ。意地になって前に進み出たいが、今のゴンには制約と誓約以外でトルイを倒せる手段が思いつかない。

 それを察し、リンはここぞとばかりにはっきりと言い切る。前回は仕方なしに譲ったが、これ以上は見過ごせない。

 

「制約と誓約は中毒性があるってわかったでしょ。これからもそうやって、肉体と寿命を削って分不相応な戦いに挑む気?」

「でも、それじゃあ姉さんが!」

「ちょっとは信じてよ、ゴン。これでも姉ちゃん、強いのよ?」

「……っ」

 

 わかっている。姉が強いことなんて、幼い頃から十二分に理解していた。

 ただ、認めたくないだけだ。自分が強い姉の隣に並ぶだけの力量がないということを。耐えるように、唇を噛み締める。口の中に血の味が広がった。

 

(……ま、私でも勝てるかはわかんないけどね)

 

 そのため、幸いにもリンの強がりに気づく様子はない。それはレオリオも、咳き込みつつ気絶から回復したキルアも。

 唯一、クラピカだけがリンの指先の震えに気づいた。

 

「リン、大丈夫ではないはずだ」

「あんたらに任せるよりは大丈夫よ」

 

 その言葉に何も言えず、クラピカは黙り込む。力不足な己が憎い。手助けすらまともにできない己の非力さが憎くて堪らない。

 だが、何もできることはない。ただ、リンの勝利を祈るのみだ。

 

「ビスケ、私が駄目だったら頼むわ」

 

 リンも、保険をかけておかないといけないと、ビスケに顔を向ける。

 自分が倒れた時、代わりにトルイを倒してくれる人間が必要だ。でないとゴンが無茶をしかねないし、下手すれば全滅してしまう。むしろ今のままでは全滅の可能性の方が高い。だが、ビスケの反応はあっさりとしたものだった。

 

「嫌よ。元の姿に戻らないといけないじゃない」

「……え、そこ?」

 

 思わずツッコミを入れてしまったが、そうでなくともビスケはあくまでドライな仕事人だ。団体戦においてはある程度手も貸すが、G・I(ここ)に来たのはリンに頼まれた弟子を育成するため。ゲームをクリアするためでもなければ、緋の眼を取り戻すためでもない(ブループラネットはついでに欲しいが)。

 そして、リンが倒すと言った。弟子であるだけでなく信頼できる仲間としても認めているリンが。ならば、師匠として仲間として言えるのはこの言葉だけだ。

 

「あんたが倒すって決めたんでしょ、あんたの獲物よ。絶対に狩りなさい、死んでもね」

「……押忍」

 

 観念し、今度こそ腹を括る。狩人の名に懸けて、絶対にこの場でトルイを仕留めて見せると。トルイは嬉しそうに、そんなリンを出迎えた。瞳が緋く燃え上がる。銀色の髪に、緋色の眼は酷く映えた。

 

(ぶっちゃけ私も厳しいけど。こいつ、明らかにイルミより格上、下手したら親父やシルバさんクラスだし)

 

 下手したら、とは言ったが、年齢や育った環境、そして才能を加味すると、ほぼ間違いなくジンやシルバと並ぶレベルの実力を持っているはずだ。

 だが、それで引き下がって何がハンターか。全ては狩人であるため、そしてゴンに誇れる姉であるため。リンは自分に言い聞かせるかのようにその喧嘩を買ってみせた。

 

「やってやるわよ」

 

 両者の足が地を蹴った。初めに繰り出されるのはリンの拳。軽く視線でフェイントを入れつつも、ストレートな一撃を腹に叩きこもうとする。トルイはそれを最低限の動きで回避し、カウンターの蹴りをリンの頭部目掛けて放った。

 頭を下げてそれを回避する。リンの長い髪が鋭い蹴りによって数本切れ、ハラハラと舞い散る。

 それらが地面に落ちるよりも早く、リンがサマーソルトを繰り出す。トルイは飛び退いて避け、距離が取られた。膠着状態が起こる。

 

(やっぱ一筋縄ではいかないか。わかってたけど)

 

 強力な筋肉のばねによって突き出される攻撃。その一つ一つは、どれも殺意に満ちた一級品だ。

 加えて、流動的に行われるオーラの攻防力移動も世界トップクラスのもの。そのやり取りの間には無数のオーラによるフェイントが入っており、生半可な腕前ではかすり傷一つトルイにつけられないであろう事は明白だった。

 それをわかっていながら、構わずに懐に飛び込む。目にも止まらぬ攻防が繰り広げられる。危ない盤面では【王国の涙】(トライフォース)を瞬発的に使用してやり過ごし、なんとか相手のリズムを狂わせて戦う。

 それで、ようやく五分だ。すなわち、地力の戦いでは負けている。

 

「ビスケ。……姉さん、勝てるかな」

「勝てる、勝てないじゃないわ。勝つんだわよ」

 

 熟練の念能力者ほど、戦いの場には少なからず肉弾戦を持ち込む。オーラによって強化された肉体と、念の応用技。それらを最も活かして相手より有利に立てる可能性が高いのが、接近戦だからだ。

 ビスケやネテロのように。ヒソカやクロロ、イルミのように。そして、リンやトルイもその一人であった。

 

「気概で負けたら、念の戦いは負けたも同然よ。そういう意味ではリンは善戦してるわ」

「……うん」

 

 ゴンの問いかけに、答えであるかのようでいてそうではない言葉で、上手く逃げるビスケ。それは裏を返せば、気持ちで負けた時点で敗北確定の相手と戦っていることを示してもいる。

 それに気づいたキルアとクラピカ。だが、口に出したら勝率が下がりそうな気がして、何も言わずにいるしかできない。

 

 攻防を続けるリンとトルイ。だが、完全な肉弾戦のみで終わらないのもまた、念能力者の戦いだ。トルイの能力を探るため、リンは自身の能力を発動させた。

 

 着地と同時に【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)を出現させる。リンが大きく手を広げると、トルイの背後に巨大な死神を模したオーラが出現した。捕まえさえすれば、対処法はいくらでも思いつくと期待して。

 それは瞬き程の速さで発動されたものだったが、トルイはあっさりと回避して見せた。ただし、ただの回避ではなく完全に目の前から消えたうえで。

 

「ふうん、結構動けるね。流石主人公の姉ってとこか」

「……あんまメタなこと言わないでくれる?」

 

 そこに居たのかすら疑わしくなるほどに完全に消失したかと思えば、パッと何事もなかったかのように姿を現すトルイ。その表情は余裕そのものだ。

 楽しむようにリンを観察するその姿にイラっとしつつも、心の内ではその能力の詳細を判別するために必死で考察を繰り返す。少なくとも、確実に言える事は一つ。

 

(……こいつも特質系か!)

 

 能力は多種多様だが、その多くは発動する系統から術者の傾向を見分ける手段ともなりうる。特に、特質系はその能力の特異性から判別が容易い。だが、判別したところで意味を成さないほどに能力の対策を立てられないのもまた、特質系の特徴だ。

 あくまで表情には出さない。どんな相手だって、全力を尽くす。ゴン達相手には過保護になってしまうリンでも、一人のハンターとしてはある種無謀とも言える類の『念能力者』だ。

 ジンと遜色ない実力だとわかっている相手でも、勝利のための思考を止めることはない。だがトルイは、それを嘲るように無邪気な笑顔で言った。

 

「ん、今リン、『特質系かー』って思ったんじゃない?」

「……何? 急にお喋りしたくなった?」

「はは、図星ぃ?」

 

 質問を質問で返すことでお茶を濁したが、それすらも特質系に多い返答だとトルイは笑った。リンがトルイの能力を読むように、トルイもリンの戦術を分析している。

 

「俺も、これでもハンターだからさ。いつしか『トルイ』としての性質(タチ)になってたけど、やっぱハンター的先読みには憧れて、特訓してたんだよねぇ」

 

 目の前の男もまた、一人のハンターだ。軽く投げられた言葉だったが、それは『お前の思考も読めるぞ』という宣戦布告でもあった。喧嘩っ早いリンが僅かに心を揺らされたのは、当然だろう。

 

「俺の能力、【亡者の行進】(ファントムステップ)。我ながら悲しくなるくらい、暗殺向きの能力だよなぁ」

 

 特質系の能力は、どこまでも能力者の本質に適合したものが発現する。リンがハンターであるように、トルイも暗殺者となるために生まれ、育てられてきた。そしてなにより、トルイ=ゾルディックという人間は、どこまでも暗殺に適合した性質を持っていた。

 死を偽装してまで脱走しても、身に染み付いた暗殺者としての本能、そして死への恐怖。自らを隠したいという潜在意識に隠れた願望。リンと同じ、自然発現型の『発』であるトルイは、自嘲的に笑う。

 

【亡者の行進】(ファントムステップ)……名前からして、自身の存在を消す能力か。ペラペラと話しちゃっていいの?」

「どうせ手慣れてる奴にはバレるし、いいの。対処できる能力でもねーしな」

「……」

 

 トルイは、自分だ。その表情を見て、リンはそう悟った。リンだって、トルイという人間に生まれていれば、同じ人生を歩んだだろう。

 転生者という意識があったのは、幼少期のみ。今世の肉体と人格に飲み込まれぐちゃぐちゃに混ざり、今のリンが居る。別の肉体で別の生まれと環境だったとして、トルイのようにならない保証はどこにもない。

 

(……だから、どうした)

 

 同情したところで、待っているのは死だけだ。目の前の男は、転生者という領域をとうに超えているのだから。

 現に、トルイの思考はリンとそう変わらない。相手の念能力を考察し、的確な対策を選択する。唯一の相違点は、それが勝つための攻略ではなく、殺すための戦略であるということだ。

 

「そういうお前は、ずいぶん沢山能力を持ってるみたいだな。人の能力を狩る能力、とか?」

「さあね~。つーか今更だけど、親父がシルバさんと仲良い理由もわかったわ。あんた繋がりってわけね」

「そーそー。ぶっちゃけ、うちの親父だけは、俺が生きてるってもう知ってるし。……そろそろお喋り休憩も終わりにしようぜ」

「あんたが始めたんでしょ」

 

 可能であれば時間稼ぎをして能力の対策を考えたかったが、そうもいかないようだ。それならば、それでいい。

 

「……まあでも、そうね!」

 

 答えるや否や、フライング気味に念弾を繰り出すリン。トルイはそれをあざ笑うかのように、【亡者の行進】(ファントムステップ)を発動させた。

 

(トルイの能力は、消えている間の攻撃を一切受け付けないものっぽい。それに、さっき私の攻撃を回避した時は、消失地点とは別の場所に現れていた。つまり、消失中の移動も可能という事!)

 

【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)が無効になった時点で、物理及び念能力による攻撃は不可。それは、あらゆる全ての攻撃を受け付けないことを意味している。

 加えて、肉体が顕現化された際に座標軸に別の物体があった際はどうなるのか、リンにはまだ予想がつかない。少なくともこの消失時間を立ち止まっているだけでは格好の的だと、リンも後方に素早く退避する。だが。

 

「ぐ……ふっ、う……」

「姉さん!!」

 

 次にトルイが現れた時、その腕はリンの脇腹に深々と突き刺さっていた。

 

 易々とリンのオーラと身体をも貫いた右腕。咄嗟に筋肉で臓器を動かして致命傷は避けたが、穴の開いた身体からはぼたぼたと血が流れる。

 

「あれ? 心臓狙ったんだけど失敗したかぁ。やっぱ動き回る獲物はムズいわ」

「リン!」

 

 トルイはそう言いながら悪魔のように嗤う。黒い雲からは、雨が降り出し始めていた。

 

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