トルイ=ゾルディックも、かつては転生者として異世界に夢を馳せていた。
好きで仕方のない作品、憧れのキャラクターの血縁者、自分自身も才能の塊である事を感じさせる肉体とオーラ。本来ならば、どれをとっても転生者としては一級品の条件だ。
だが、それ以上に環境が悪かった。
高名な暗殺一家の長男、そして歴代でもトップクラスの才能に、両親や祖父母達は酷く期待した。それは歪んだ愛情となり、拷問のような日々を彼に与えた。
歳の近い友人もなく、兄弟もまだ生まれていない環境。当然、親子らしい会話などはない。淡々と苦痛だけが与えられる日々は、トルイの精神を壊すのには十分すぎるものだった。
破壊された転生者としての精神は成長過程で記憶が薄れ、トルイ元来の性質と徐々に混じり合う。ゾルディック家の人間としての、残虐な精神そのものと。そうして、今のトルイ=ゾルディックは形作られた。
「ゼぇ……ふゥ……」
筋肉で圧迫するとともに、部分的にオーラを具現化させ、無理やりに止血する。だが、肉体は自身の損傷に敏感に反応した。
気絶するほどの強烈な痛みが、リンに襲い掛かる。止血も、気休めの応急処置にしかならないだろう。降り始めたばかりにもかかわらず、叩きつけるような強さで落ちてくる雨粒が、血液ごと服を濡らしていく。
「おお、すげー技術。穴空いてる感じしねーじゃん。これならまだイケるな!」
今その怪我を負わせた犯人であるとは思えないほどに、ヘラヘラと呑気に笑うトルイ。それは一見屈託のない笑顔ながら、瞳の奥には残虐な色を見せている。例えるならば、面白がって虫を殺す子どものような、圧倒的上位の存在特有のそれだ。
「オイ、あんな怪我で戦い続けるのは無茶だ! せめて俺らで纏めてかかって、回復時間を稼ぐことくらいできねえか!?」
「無駄よレオリオ、格が違い過ぎるわさ」
「それはやってみねえと……!」
「……ビスケの、言う通りだ。俺達では邪魔になるだけだ」
クラピカの悔しさ混じりに絞り出すような言葉に、レオリオも拳を降ろす。その拳は強く握りしめられ過ぎて血が流れている。
だが、ゴンはそんな言葉では納得できなかった。オーラを練りながらリンの下へと駆けだそうとする。クラピカが制止しようとしたが、その前にキルアが羽交い絞めにしてなんとか止めた。
「やめろゴン!」
「黙って見てなんかられるかよ! このままじゃ姉さんが死んじゃう!」
それを力いっぱいに振り払い、助太刀に走ろうとする。目の前の恐ろしいまでの強敵に一人立ち向かう、大切な姉。身体に穴をあけながらも平然と戦い続ける姿に、何もせずにはいられない。だが、それを止めたのは、ほかでもないリン自身だった。
「ゴン!!」
リンは、腹から怒鳴り声を出し、ゴンが見た事のないような表情で弟を睨みつけた。
それは狩人の、冷徹なハンターの眼をしている。その剣幕に、ゴンは思わず動きを止めた。
「ゴン、今邪魔したら、許さないわよ!」
バラと戦っている時、自分も同じことを姉に言った。だが、雨に濡れながら叫ぶリンの覚悟と気迫は、その比ではない。意地よりも更に別次元の、覚悟のようなものを湛えている。
それは、ハンターとしてのリンの矜持だ。そして、生きる理由そのものでもある。最早狂気に近いそれを、ゴンは本能的に感じ取った。気迫に押し負け、黙り込む。
「こっちは狩りの準備中なの。今乱入されたら、またシミュレーションし直さなきゃじゃない」
リンもリンで、黙ってやられっぱなしになっているつもりはない。能力の攻略法、自身が勝つための手段。全てを、脳内で高速演算をしている。そこにゴンが乱入してきては、護るために気を取られて、満足に動けなくなってしまう。
それは、ハンターの中でもかなり狂気的な部類のものと言えるだろう。一度逃げて対策を立てるなり、ゲームのシステムを活かしてカードによる攻撃に切り替えるなり、他にも勝利と呼べる手段はある。それにもかかわらず、肉弾戦で勝ってやると言い張っているのだから。トルイが茶化すようにパチパチと手を叩く。
「ひゅ~、さっすがハンター。ジンを思い出すね」
「それ本気でやめてほしいわ……ゲホッ」
文句を言いつつも、大きく咳き込むリン。掌には血がべっとりとついた。ぐいっと口元の血を拭い、再び戦いの場に向き合う。
(わかったこともある。まず消失時間。さっきも今も、きっかり3秒だった。これは制約の可能性が高い!)
時空間から消失し、物理攻撃も念能力も全てを無効化する能力。そんな能力が何の制約もなしに使用できるとは思えない。トルイの実力の高さを考慮しても、それなりに厳しい誓約がかけられていると考えられる。
制約の関係で、リンは時間感覚にかなり敏感だ。正確に感じ取ったジャスト3秒、それは考えようによっては、強力なカウンターのきっかけになる可能性を秘めている。
(そしてさっき疑問に思っていた、『顕現化の時に座標軸に物体があった場合どうなるか』。これは私の身体が証明した)
つまり、貫通するということだ。トルイは恐らく、座標軸の物体の内部に顕現化する。そしてその場合、座標軸の物体よりも優位な存在として現れる。
リンの身体に空いた穴が小さいのは、トルイが遊び半分だったからだ。その気になれば、……もしもリンの身体がある場所にピンポイントで顕現化していれば、リンの肉体丸ごと潰すことも可能だった。身体を壊されて滲む脂汗に混じって、冷や汗もがこめかみを伝う。
(もうちょい情報が欲しいわ……まだ今は、殴り合いのフェイズね)
念弾で死角を生み出し、陰から攻撃。しかしトルイは
(やっぱそうきたか!)
ここまでは予想通り。3秒経過したタイミングで、リンも可能な限り高速で見えない敵を回避しようと動く。
「……ふーん?」
(読み通り! やっぱ3秒ジャストね)
3秒ぴったりで、トルイは直前までリンの居た場所に拳を突き立てた。これで、リンの予想が当たっていたことがほぼ確実。トルイがそう思わせるためにあえて3秒の条件で顕現化している可能性もあるが、それは頭の片隅に置いておく程度で良いだろう。
だが、いくら攻撃してもトルイは回避する。
「くそっ……イライラさせてくれるわね」
「だろ? 念の戦いでも舐めプできるのは、唯一この能力の良いところだな」
唯一トルイの能力を完封できるとすれば、クラピカやノワールのような対象を『絶』にできる能力だろう。だが、それも条件を満たさなければ発動しない。
そして、その多くは物理的に相手を捉える必要がある。トルイならば余裕で回避できるだろう。確かに、トルイにぴったりな強能力だ。
(トルイの強さは、明らかに念能力者の中でもトップクラス。親父やシルバさんがこのレベルだと思うと……笑えないわね)
戦いながら無意識に思い出したのは、父親と殴り合いをしたあの時の事。ジンがどれだけ遊び混じりの戦いに興じていたのか、トルイの強さを見て改めてよくわかった。どうりで、『うっかり』でリンの骨を折ってしまうわけだ。
辛うじて出血を止めたものの、体内から漏れた血の量は多い。豪雨で身体が冷えるのもあり、徐々に視界が霞んでくる。このままでは敗北、つまり死だとリンは悟った。
(なんか寒くなってきた、これヤバいかも。……けど、ここで死ぬ気はないわよ)
だが、リンもこれまでの間に攻略法を見出した。念能力の戦いに絶対はない、それはトルイとの戦闘においても同様だ。対峙する能力者の数だけ、攻略法や勝機はある。
何も言わず能力を発動させる。トルイに向けて手をかざすと、周囲が一瞬、ごく僅かに光り輝いた。トルイは、何が起こるのかとワクワクした表情でリンを見る。
「ん……何、今の?」
「言うと思う? なーいしょ。……こっちも少しやり返させてもらうわ」
そして
雷が鳴り響くと同時に、光の速さで動いたリン。トルイも反応できないほどの速さで接近、右ストレートを放つ。顔を殴られて、トルイの身体は大きく吹っ飛んだ。そのまや倒れ込みそうになったのをギリギリで着地し、耐える。
「やるじゃん。でも今までの感じからして、そんな頻繁に使えるタイプの能力じゃないだろ、それ。こっからどうするのかな?」
ここまでずっと優勢で戦ってきた。トルイも、リンからここまで直接的な攻撃を受けるとは思わなかったのだろう。ペッと血を吐きながらトルイは僅かに苛立ちを露にしつつ笑ってみせる。
「残念だけど、この能力はここまで。どうしても、勝つ前に自力で殴っとかないと気が済まなくてさ」
今殴ったのはただの意地、勝つ前に殴っておきたかった。そう言われて、トルイは完全に喧嘩を売られたと判断した。眉間にピキリと大きな皺を寄せる。
「へえ……勝つ気なんだ。本当、この世界の人間って感じだな。ジンと同じ、ハンターだ」
「ゲホッ……『この世界』の……。随分こだわるわね」
「そりゃあね。こだわらなきゃやってられねえ。この世界には、『俺』を殺された」
トルイの言葉に、リンは一瞬意味が分からず返答に詰まった。それは、リンが恵まれていたからこその反応でもあったのだろう。
その反応に自らとリンの決定的な違いを確信し、トルイはため息をついた。それは嫉妬や苛立ちともとれるようで根本的に違う、不思議な感情を湛えている。
「なあ、お前が『お前』だったのって、いつまで?」
「はあ?」
もちろん、リンにはリンの苦労があった。物心ついた頃からハンターになるための特訓。肉親とも関わることは少なく、あちこちにたらい回しにされた。
だがそれでも、リンの周りには愛してくれる人が居た。口悪いにせよ、友が居た。
孤独とは、何よりも心身を蝕む毒だ。その点、リンはトルイに比べると遥かに幸福だった。ゾルディック家で精神を破壊され、肉体元来の精神に乗っ取られてしまったも同然のトルイに比べると。
「俺が『俺』だったのなんて、ほんの少しだよ。まあ、それでよかったのかもだけど。もう今じゃ立派なトルイ=ゾルディックだもんな」
「……」
戦闘を始めてからずっと開き続けている瞳の精孔は、トルイのオーラの中に悲しみの色を読み取った。それが『今世のトルイの精神』なのか『転生者』の精神なのか、正確なところはわからない。
だが、知ったところで何だというのだろうか。リンはただ、自分が信じたものを貫くだけだ。
「わかってないわね。それも含めて、あんたなんでしょ」
「……良いこと言うじゃん」
何かを思ったらしいトルイは、僅かに言葉を詰まらせた。それが感動なのか、憤怒なのか、愛憎なのか、リンにはわからない。トルイはそこで言葉を切ったからだ。
その瞳からは、感情は何も読み取れない。オーラさえも、複雑な色味を見せている。ただ一つ、緋色の眼になっている以外は。
「じゃあ、言っとくか。俺らしく……『そろそろ死んどけ』」
ここに来て、トルイは初めて薄っぺらい笑みを消した。それは暗殺一家の英才教育を受けてきたが故の、残酷さを形にしたような表情。至近距離でそれを目にしたリンは一瞬、自らの死をイメージしてしまった。
ビキビキと手を変形させ、心臓へと差し向けられた。キルアがかつてやっていたものと同じ、そして残酷で迷いのない手つきだ。それは咄嗟に防ごうとしたリンの両腕も貫通して、心臓へと迫る。
(ざけんな! こんなところで死ぬわけにはいかないのよ!)
渾身の力でトルイの攻撃が致命傷になるのを耐える。筋肉とオーラで防いだものの、肉体へのダメージは消しきれなかった。ぼたぼたとリンの腕や胸からは血が垂れ、トルイの腕を伝う。いよいよ血液が無くなってきているのを悟る。
「ぐ、は……ゲホッ……」
「んー、まだ生きてるか。流石にしぶといねぇ」
攻撃を防いだところで、所詮は延命したに過ぎない。トルイはさして驚くでもなく、リンを貫こうとした右手を引き抜くと、軽く振って血を払った。
(やっば、本格的に目がかすんでる。花畑見えそう。……でも)
だが、リンは先ほども言った通り、勝利を確信した。先程新たに生み出した能力は、感覚でどのようなものか理解している。チェックメイトだ。
「ゲホッ……引っかかったわね」
「ん?」
噴き出すように血を吐きながらも、がしりとトルイの両腕を掴む。真っ赤な血は、リンの執着心のようにトルイに絡みついた。
勝利の決め台詞と共に、リンは新たな能力を発動させた。その白眼は墨汁を垂らすがごとく真っ黒に染まり、中央に灯る橙の輝きだけが爛々とトルイを見つめる。それは文字通り、トルイを鷲掴みにした。
「特質系の戦闘スタイルは、基本的に能力依存のハメ技。……常識でしょ?」
「ま、私のは結構、行き当たりばったりだけどね。ハメ技って言うには弱いかしら」
「ぐっ……!」
それは念の性質上、
結果、『絶』にするだけでなく、対象の動きを止める効果も付与されている。一見最強技にも見えるその能力は、リン個人の力量の高さと、汎用性を著しく下げる制約によって実現した。
「クラピカの能力をコピー、とかも考えてたんだけどね。どうせなら新しいやり方で勝ちたかったし。あんたの能力、かなりオイシかったわ」
身体が動かず、『絶』状態。それはたった数秒ではあるが、トルイに致命的な隙を生み出した。
そこに『硬』を使ったリンの本気の蹴りが、腹目掛けてクリーンヒットする。続けて、全力のオーラで頭部への一撃。オーラを出せないところに全力のオーラをもって強く脳を揺さぶられ、暗殺一家の長男と言えども耐え切れずに意識を飛ばした。
「結局勝つまでに二発殴っちゃったわね。まあ、誤差ってことで……クラピカお願い!」
トルイが動かなくなったのを確認し、リンも
かなり厳重に縛ったため、関節を外すこともできないだろう。ようやく安心できそうだと、『堅』をやめて座り込んだ。通り雨だったらしく、いつのまにか雷雨だったのが嘘のように晴れ渡っている。
「リン! 早く回復しろ!」
「お願いレオリオ。……てか、このままだと本当に死ぬかも……ゲポォッ」
クラピカの後ろから、リンの下に駆け寄ってきていたゴン達。レオリオが、焦るあまり怒鳴り気味に叫び能力を発動させる。
半笑いしながらも青白い顔をして、とどめに大量の血を噴き出したリン。笑い事ではないと、レオリオは能力を発動させながら大慌てで物理的にも止血や手当を施す。トルイを捕縛したのを確認して安心したのか、リンの意識はなくなっていた。
「レオリオ! 姉さんは、姉さんは大丈夫だよね!?」
「やるしかねえよ! 絶対に助ける……!」
リンの周囲は、文字通り血の海になっている。それが全てリンの身体から出たものだとは、信じがたいほどの量が。このままでは残り少ない命だと、全員が口にしないまでも直感した。
「ゴン、
「そ、そうだ……! ブック!」
冷や汗を流すクラピカの言葉に、ゴンが慌てるあまり震えて覚束ない手でバインダーのページを捲る。確かにバラのバインダーから移し替えた覚えがあると、自分の記憶を信じて。
「これだ!」
「待てゴン。流石にオリジナルを使うのはマズい」
横からキルアが手を伸ばし、ゴンからカードをひったくって手早く
髪の色が異なる以外は殆どノアを模した巨大な大天使が、天空からゴン達を見下ろす。それがノアに似ていると指摘する余裕もなく、ゴンは祈るように叫んだ。
「姉さんを治して!」
ゴンの言葉を受けて、大天使はリンに回復の吐息を吹きかける。吐息はオーラとなって、リンの身体を優しく包み込んだ。
血を流し穴の開いていた身体は塞がり、骨が元の位置に戻る。身体のあちこちにあった打撲やかすり傷さえも完全に治癒した頃、リンの意識が戻った。
(ん……血の気が引いてたのが戻ってきた。生きてたか……マジレオリオ様様ね)
にしては回復が早いなと思いながら、むくりと上半身を起こす。そこでリンもようやく、【大天使の息吹】が使用されたことに気づいた。そこまで緊急性の高い状態だったのかと、内臓が冷えるのを感じる。
流石に今回は、医療無しの自力で回復するには無理があるレベルの傷だった。レオリオやビスケが居るとはいえ、下手したら死んでいたかもしれない。
(今回はかなりヤバかったわね……。修羅場はしょっちゅうだけど、ここまでわかりやすく生死を彷徨ったのは久しぶりかも。……私も修行不足だわ)
「姉さん、本当に、本当に大丈夫なんだよね……?」
そんなリンの傍で、ゴンはリンに抱き着くのを堪えるように拳を握りしめながら、静かにしゃがみこんだ。その手は小さく震えていて、幼い頃から、泣くのを堪えていた時の癖だったと思い出す。
「大丈夫、ちゃんと生きてるわよ」
ゴンの無力感はわかっているつもりだ。だが、リンにも譲れないものがあった。これまでもゴンに無茶をするなと言い聞かせていたが、結局はお互い様というやつなのかもしれない。
罪滅ぼしにもならないが、痛みも違和感もなく自由に動く身体をしっかりと起こし、ゴンの頭を撫でてやる。リンを見上げたゴンの瞳は、ほんの少しうるんでいた。
「ね、言ったでしょ? 姉ちゃん強いって」
「わかってるよう……姉さんが強いのは……」
ゴンは、泣いているのがばれないようにと強めに顔をこする。その仕草が既にバレバレで、思わず抱き着きたい気持ちになったリン。弟離れの使命感とブラコンの間で揺れているリンは、死にかけてからまだ5分も経っていないはずである。
だが、流石にブラコンかますよりはやるべきことがあると、軽く頭を振って煩悩も振り払った。他の仲間への謝礼、そしてトルイの処遇などが優先だ。
「レオリオ、ありがと」
「……俺の力じゃねーよ。【大天使の息吹】がなきゃ、ヤバかった」
「カードを使うまで、もたせてくれたのはレオリオでしょ? ……にしても、流石に今回はマジで死ぬかと思ったわ~」
カラカラと笑うリンだが、医者志望のレオリオとしては内心穏やかではない。自分自身の至らなさのせいで、またしても友を失うところだったのだから。
(……能力の見直しをしないといけねーな)
ビスケにも声をかけているリンを見つめながら、レオリオはそう決心した。医者としての勉学はもちろん、念の強化もしなければいけない。修行も、これまでのように片手間と言うわけにはいかないだろう。
一方のクラピカも、心の中ではかなりホッとしていた。同時に、自らの不甲斐なさが悔しくて仕方ない。修行に費やした年数が違うとはいえ、自分は好意を抱いている女性を守ることすらできないのだから。トルイを縛り付けている鎖に、思わず力が籠る。
「クラピカ、トルイの捕縛で念を使いっぱなしだけど、もうちょいだけ我慢して。悪いわね」
「この程度なら問題ない、少なくともお前よりはな」
そんなクラピカの心中も知らずにケロッとして他人の心配をするリンに、無意識にぶっきらぼうな言い方になってしまう。言ってから流石に今のは良くないと、クラピカは言葉を付け加えた。これだけでも、クラピカは精神的に相当な成長を遂げたと言えるだろう。
「……本当に大丈夫か。回復したとはいえ、精神面の負担も大きかっただろう」
「なに、心配してくれるわけ~? 珍しいわね」
「周囲の反対を押し切って一人で突っ込んだ挙句、死にかけた。滑稽だがそれでも友だ。心配はする」
「……棘多くない?」
といっても元が元なので、言いたい事も言えないこんなクラピカだが。必然的に、添えられるポイズンはマストとなる。
それを軽く流しながらも、ボロボロになった服を見てギョッとするリン。
(てか、トルイのせいで服がエロニットみたいになってるじゃない)
思えば、クラピカとレオリオもさっきから微妙に視線に違和感がある。それに、キルアに至っては顔を真っ赤にして顔すら向けてくれない。これは流石に仕方ない、こんな破れ方はめだかボックスくらいでしか見たことがないのだから。
(さっきから野郎どもが絶妙に目を合わせてくれないのは、このせいか)
心臓を貫通させようとしたのだから、胸元に大きな穴が一つ。そして、脇腹付近に大きな穴がもう一つ。激しい戦いの中で大きくほつれ、トップスはかなりボロボロだ。下着が見えないのが奇跡と言えるくらいには。
見せることも立派なセクハラだと、メイメイのポケットから新しい服を取り出すと
「お疲れさん。で、トルイをどうするかだけど。サブやバラの時みたいに、ムショに送るの?」
「それなんだけど……あまり意味がないのよ。トルイがムショに入ると、生きてたことがゾルディックの人間にバレるでしょ。どっちにしろ脱獄ルートね」
「しかし、これだけの脅威を野放しにするのは憚られるだろう」
「あ、それは大丈夫。そんなときはぁ〜……、てれれれってれーんっと」
軽い口調でメイメイに目配せし、トルイの胸に触れた。察したメイメイも同様にトルイに触れ、
「利己的な殺人を止めなさい」
「お前、洗脳能力まであんのかよ……」
薄く光るトルイとリンの指示めいた台詞によって、それが精神干渉系の能力であると察したキルア。思ったよりリンの所持している能力は多そうだし、えげつないのが多そうだと、ドン引きしている。
「キルアが思ってるよりコスパ良くないわよ。一回しか使えないし」
「私の能力が変質したのは、これのせいだ」
「根に持ってるわねクラピカ」
そう、滅多に使用されることはないが、使用されるとかなり相手に影響を及ぼす能力。先程よりも明らかに棘のあるクラピカの言葉に、リンも少しばかりムッとする。
「てか、そんな緩い指示で良いのか? もっと殺人や犯罪そのものを止めさせた方が良いんじゃねえの?」
「こいつの場合、闇討ちも多そうだからね。流石に抵抗手段が無いのは可哀そうかなって。それに、性格からして効かない可能性があるわ。クラピカみたいにぃ~」
「お前も十分根に持っているだろう」
能力に命を捧げるか、それを止めようとして力づくで洗脳を行使するか。ヨークシンでの大喧嘩に発展したきっかけの一つでもあるこの二人の争いは、未だどちらも謝ることなく膠着状態が続いている。
この件に関しては、互いに謝らないと心の底から決めているので仕方ない。実は最近、誓約に命を懸けるゴンを見て少し反省したクラピカだが、それを口にする気は一切ないらしい。
軽く「んべっ」と舌を出して威嚇するリンと、眉間に少し皺を寄せて今からでも喧嘩を買おうかと悩むクラピカ。いつものことなのでそんな二人を無視して、レオリオ達はトルイの処遇について話し合う。トルイが目を覚ましたのは、丁度その時だった。
「……ありゃ、俺負けたか」
軽く頭を振り、意識をはっきりとさせる。そして身体に巻き付いた鎖に気づき、自らの敗北を再確認した。どう考えてもここから勝ち筋はもうないと内心で悟るが、顔には出さない。
「んじゃ、兄貴。バインダー出してくれるよな。こっちには言うことを聞かないと相手を殺せる念もあるんだ。言う通りにした方が良いぜ」
特に許可も取っていないが、勝手にクラピカの能力を使う前提で脅しをするキルア。おまけに、クラピカの能力は死に至らしめるものではなくなっているのだが、あくまで交渉術というやつだ。
「いーよぉ、俺もそこは潔くやるさ。……ブック」
リンの能力があったからか、それとも自らの敗北は潔く認める性質なのか。トルイはゴンやキルアが思っていたよりもあっさりと要望を呑んだ。「好きにしろ」と言い放ち、再び草原に寝転がる。予想よりも、脳震盪のダメージが大きかったらしい。
ゴンとキルアがカードを移し替えていく一方、リン達は大人としてトルイの今後について協議する。再び暴れられてはかなわないと警戒しつつ、リンも腕組みをする。
「さっきも言ったみたいに、投獄はたぶん意味ないのよ。ただ、やってることはかなり悪質。同胞でも狩る対象になるレベルね」
「リンの念があるから大丈夫だろうけど、このまま解放するのも不安があるな~」
「そうなのよ。……ゾルディック家に帰すとか?」
「それこそ犯罪ルートまっしぐらでは?」
なにしろ、実家が犯罪者生産工場。どうあがいても危険人物ルート継続の可能性しかない。しかし危険人物過ぎて、手元で見張るのも憚られる。
『あるプレイヤーが、指定ポケットカードを99枚集めました』
「へ!?」
うんうんと頭を悩ませていると、そんな音声がすぐ隣から聴こえた。ギョッとしてそちらを見ると、そこにはあっさりと最後のカードをはめ込むゴンと、「マジかよ」の表情をしているキルアの姿。戦犯は明らかだ。クイズ大会のアナウンスが流れる。
「ゴン! もう全部埋めちゃったの? イベント前にトルイをどうするか決めとかないと駄目なのに!」
「え、でもトルイ、もう俺達を殺したりはしないんでしょ? 逃がしても良いんじゃない?」
「あんったねえ……」
リンが言いたい事を全部言ってくれたため、言うことが無くなってしまったキルア。無言でため息をつく。
だが、やってしまったものは仕方ない。クイズ大会のルールが説明される中、リンはキルアと同じかそれ以上のため息をついた。こういう反応をされるときは暗黙の了解を得られた時(というか、怒ってもどうしようもない時)なので、ゴンもホッとする。
「クラピカの能力は疲労がでかいってのにもう……」
「これくらいなら問題ない。気遣ってもらう必要はないさ」
クラピカも、ヨークシンの頃より腕を上げた今ならば、この程度で疲れを見せることはない。そう憤りを感じる一方で、少しばかり気遣ってもらえるのが嬉しくもあり、クラピカの声音はごく僅かに柔らかくなっている。レオリオがそれに気づき、密かににやりとした。
話も纏まったところで、クイズ大会のアナウンスが終わった。そして、クイズ大会に優勝した際のおこぼれを貰おうとするプレイヤーがあちこちからやって来る。
初めは少しだけそれに驚いたゴンだったが、リンやキルアがプレイヤーの意図を説明すると、納得した。だが、そんな彼らと会話をするよりも優先したい事があったらしく、次々と飛んでくるプレイヤーを無視してトルイの傍に立つ。
「ん、なんだ? 『主人公』」
トルイにとって、ゴンは文字通り、この世界の『主人公』。挑戦的に笑ったトルイだが、ゴンは何も言わない。怒っているのか悲しんでいるのか、読み取りづらい表情でただトルイを見つめる。やがて、静かに口を開いた。
「……俺は、お前のことは許さない。姉さんを殺そうとした。キルアやクラピカも殺そうとしてた」
「ハハ、そーだね。正義の味方なら、そう言わなきゃな」
「でも、思ったんだ。トルイもきっと辛かったんだって」
てっきり断罪の言葉が降ってくると思っていた。大切な姉を傷つけた悪人を裁く、勇者の一言が来ると。それを鼻で笑ってやろうと思っていたのに、降って来たのは本当に欲しい言葉の一端だった。
ただ、受け入れてくれる人が欲しかった。トルイに必要だったのは、ジンやリンのような悟り切った上で鼓舞する言葉ではなく、ゴンのように素直に感情を受け入れてくれる言葉だ。それは本人も気づかない、彼自身の弱さでもある。
「キルアが凄く辛いところで生きてたのは、なんとなくわかる。姉さんが前に言ってたけど、悪いことをしたら拷問されるような家なんだよね? トルイもきっと、キルアと同じくらい辛かったんだろうなって」
「……」
「だから、許すことにした。キルアが同じようになってたら、俺はきっとそう言うから。……トルイ、一緒にクイズやろーよ。どっちが点数獲れるか競争しよ!」
「つまり、許すか許さねーかどっちだよ……」
そう言ってにっこりと笑ったゴン。思わずツッコミを入れたキルアに、ゴンはそこまで考えていなかったらしくわかりやすく動揺して見せる。
「え、……あっ! いや違くて! 姉さんを殺そうとしたのは怒ってるけど、トルイはトルイで大変だったんだろーなとか思ったりして!」
「ほーん? つまり、姉ちゃんが酷い目に遭わされたのは怒るほどではないってか……」
「つーか、俺もこいつに殴られたんだけど?」
「そういうことじゃないんだよぉ!」
じとーっと見つめてくるリンとキルアに慌てて弁解する姿は、なんとも情けない。つーんとゴンに冷たく無視しているふりをして、リンはさりげなくトルイに近づいた。
「アホでしょ? 主人公ムーブかましてるなーって感じ。でも、私にとってはそれ以上に『バカわいい弟』なのよ」
「……」
リンにとっては、今更原作の主人公がどうこうなんて、どうでもいい。そんなものは、幼いゴンに初めて出会った日に吹っ飛んだからだ。今はただ、この世界で弟達と共に生きていたい。
「うわ、始まるぜ!」
「トルイ早く起きて! バインダー開かないと!」
「……はは。いいぜ、俺が勝っても文句言うなよ?」
好きにならずにはいられない、魅力的な奴ら。あの頃の気持ちに今の気持ちが追いついた気がして、トルイは小さく笑った。
亡者の行進(ファントムステップ)
特質系能力
発動から一定時間、時間軸及び空間から消失し、一切の干渉を受け付けなくなる。
身体能力の許す範囲ならば、消失箇所と別場所に現れることもできる。
消失中は障害物を通り抜けることも可能。
制約:消失一回に付き1%のオーラを必要とする
能力発動中は直線軸の移動のみとする
消失時間は3秒固定
顕現化の瞬間は『纏』固定となる
誓約:なし
幻入手の必須技(黒い眼差し)
特質系能力
眼を見つめることで対象の動きを止め、『絶』状態にする。
リンとメイメイが見つめている限り、効力は継続される。
制約:リンかメイメイ、どちらかが瞬きした時点で能力は解除される。
つまり、リンがどれだけ頑張ってもメイメイは数秒に一度瞬きをするため、能力は1~7秒程度しか継続せず、効果時間はランダムとなる。
使用中に唯一他の能力を同時使用できず、クールタイムが1時間ある(他の能力に比べて異様に長い)。
サングラスなどの障壁がある場合は効力が無くなる。
誓約:なし
ちなみにリンはドライアイ