リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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相対【2】

 NGLを出たリンはロカリオ共和国に戻り、キルアから指定されていた最寄り町に向かっていた。

 急ぎ気味に走ったとはいえ、能力も使ったとはいえ、ネテロ達との顔合わせからはかなり時間が過ぎている。それでも車で数日かかるような距離を半日で到着したのだから、むしろ早過ぎるしそれだけリンが人間離れしているわけだが。

 

(ここからはちょっと、ガチで特訓しとかないとね。良い運動になったわ)

 

 街中の時計を確認すると、丁度日付が変わる頃。周囲は静まり返っているが、だからこそ公園から聴こえてくる微妙な物音が殊更に際立つ。喧嘩をしているにしては、衣擦れや衝撃の音が一般人レベルを凌駕している。

 

 音のする方へと向かう。案の定、そこに居たのはゴン達だった。

 対峙しているのはゴンとナックル。だが、戦っているにしてはやけにゴンの疲労が大きいように見える。そして、脇で見守っているキルアも。

 

「タイマンが終わったとこ? どっちかというと、先輩指導って感じだけど」

 

 入り口ではない場所の柵を軽く超えて、ゼェゼェと息をしているゴン達に声をかけた。汗だくの弟は、リンに眼を向けると少しばかり驚いたような表情になる。

 

「姉さん……?」

「あ? ……お、リンじゃねえかよオイ。久しぶりじゃねえか」

「え、知ってるの?」

 

 それはナックルも同じだった。特にナックルとは、最後に会ったのは流星街での出来事以来。たまに仕事のやり取りをするとはいえ、数年ぶりに再会するリンに一瞬誰だかわからなかったようだ。身長もかなり伸びたし雰囲気も変わったのだから当然だろう。

 

「一言で言うと、仕事仲間。ナックルも久しぶり。こいつら、私の弟と友達なのよ」

「ハァ? 世間は狭ぇな」

 

 そう言うとナックルはヤンキー座りで腰を落ち着けた。すっかりゴンと戦う気が失せてしまったようだ。元々本気でもなんでもなかったし、別にいいのだろう。

 

(そういえば、ナックルに対しては未来のゴンの友達とかなんとか思った気がするわね。ここは原作も変わらなかったのかしら)

 

 ゴンもナックルが戦う気を失くしたのだと察して、地面に座り込む。キルアもゴンの下に近づき、リンもその傍にあぐらをかいた。

 

「ていうか、討伐メンバーの座を争ってるって聞いてたんだけど。随分仲良いじゃない」

「こいつらの歯ごたえがなさすぎるんだよ。多少は揉まねえと、こっちも倒し甲斐がねーからな」

「はいはい、ツンデレね。おつ~」

「つーか、なんでお前がここに居るんだ?」

「私も討伐部隊に入ったからよ。まだ仕事がないから、こっちの様子を見に来たの」

 

 あっさりと討伐部隊に入れた発言に、ナックルの顔がひくりと引き攣った。かつて自分と互角の勝負をしていた人間が自分より上に行っているということが、それだけでわかったからだ。複雑な気持ちにもなるというもの。

 キルアも同様に驚きで眼を見開いた。ゴンは素直に「凄い!」と喜んで見せる。

 

「ミッションまではまだ時間があるみたいだし、あんたらの修行に付き合うわ。容赦しないわよ?」

「姉さんが付き合ってくれるの? なら、心強いよ!」

「おい待てよゴン。確かにそうだけど、俺らにそんな余裕ねーだろ」

 

 キルアの言い分は正しい。現に、今まともにナックルの相手をするまでも修行は進んでいないのだから。

 一カ月という期限に対して、自分達の成長が追いつかない。文字通り手一杯な修行をしているという自覚はある。

 

「割符だっけ? 一カ月以内に揃えた方が討伐メンバーに入れるって言ってたわよね」

「そ。ナックルと、もう一人に勝たなきゃいけねーんだよ」

「そもそもだけどこれ、やる必要なくない?」

「あン!?」

 

 あっさりと口にしたリンの言葉。だがその発言は、ゴンとキルアが討伐部隊に入るから不要だと言っているようにナックルには捉えられた。話の脈絡からしても、殊更ゴン達の味方をしているように見えただろう。

 

「リンコラてめー、こいつらの肩持つ気かよコラ!」

 

 ガバッと立ち上がり、リンを睨みつけるナックル。唇を捲り上げ、威嚇の姿勢をとる。

 子どもどころか大人でも軽く泣きそうになるほどの凄みだ。リンはどこ吹く風で受け流しているが。

 

「イイ度胸だぜ……またぶっ殺しにかかってやろうか、あン?」

「私はここでバトる気はないわよ」

「ハッ、俺はテメーをボコる気満々だぜ」

「殺すかボコるかどっちなのよ」

 

 ガチのタイマンが始まるのではないかと思い、「あわわ……」とひやひやしながら見守るゴン。キルアは何となくここから先の流れを察したらしく、白けた表情をしているが。

 両者顔を突き合わせたまま数秒が過ぎる。というよりはナックルが一方的にリンに睨みを利かせていたわけだが。ここでようやくゴンも気づいたらしく、ぼそりと気づいたことをそのまま口にした。地雷を踏んだとも言う。

 

「……泣いてる?」

「ゴン要らんこと言わないの!」

 

 そう、ナックルの眼には涙が浮かんでいる。男泣きを堪えるように歯を食いしばりながら、それでも必死に睨みを利かせている。これに気づいてしまえば、迫力は一気に消え失せる。

 リンが全く相手にしていない、かつナックルから微妙に視線を逸らしている理由だ。色んな意味で気まずい。年上の男を泣かせたとなれば猶更。

 

「な……泣いてねえよ! ダチに自分を後回しにされたとかで傷つくわけねーだろ!」

「こいつ、この前も泣いてたぜ」

「慣れて。そういう奴なの」

 

 慌てて涙を短ランの袖で拭うナックルに、やれやれとため息をつくリン。そのまま流してやるのが優しさだと思っていたが、そもそもゴンとキルアにも知られていたようだ。

 リンの言葉が本当ならばありがたいが、そうもいかないだろう。ゴンがぶっこんだせいで唐突に壊れた空気を払拭するため、キルアは改めて真剣な表情をリンに向けた。自分達だって、これからの戦いは命懸けだ。自分達には力がないことを思い知らされたのだから。

 

「説明しろよリン。俺達も、こいつらを倒す必要があるんだ」

「聞いたわよ。この戦い、キメラアント討伐メンバーに加わるためにやってるわけでしょ?」

 

 リンの問いかけにゴンとキルアは大きく頷いた。口調からしてリンも状況を把握しているのだと察した上で。

 今回の討伐部隊編成において、リンは参加を許可され自分達は条件付きとなったことは、二人も知っている。それは、明確な力量の差を示されたとも言える。

 リンは強い。それは自分達でもわかっていたつもりだったが、強者しか求められない舞台に立つことになり、それを改めて再認識させられた。G・Iでも感じさせられた己の無力感が、再び小さく襲ってくる。しかし、だからといって俯いては居られない。

 

(猫型のあの蟻と対峙して、自分の力量も思い知った。それでも立ち向かえるのね、二人とも)

 

 ゴンとキルアは今でも年齢を考えると十分すぎるくらいに強い。その水準では敵わないレベルの敵を相手にしようとしているだけだ。

 ならば、強くなればいい。ネテロの無理難題には相変わらず呆れさせられるし経験者としては思うところがないでもない。だが、弟達を強くするためのきっかけをくれたという点に関してのみは今回のリンは感謝もしている。

 

「なら、全員がメンバーになればいいじゃない。もちろん、少数精鋭に越したことはない。でも、定員があるわけではないんでしょ?」

「で、でもそれって……」

「必要なのは強者よ。全員が討伐部隊参加に足るだけの強さがあれば、ジジイも文句は言わないわよ……たぶん」

 

「たぶん」のところは小声で素早く言っておくリン。そして「ねえ? シュートさん」と後ろを振り返る。完全に気配を絶っていた自信のあるシュートはびくりと身体を跳ねさせ、恐る恐る木陰から姿を現した。一切気づいていなかったゴンとキルアも、驚いてリンの視線の先を見つめる。

 

「うわ!」

「気づかなかった……」

「疲れ果てた背後をバーン、って感じで狙ってた? その割にはあまり動く気なさそーな感じだったけど」

「止めてやれ、リン」

 

 ナックルとは旧知の仲である一方、シュートとは初対面のリン。さらっと思ったままを言っただけだったが、ナックルのツッコミとシュートのズーン……とした落ち込みように地雷を踏んだと察する。モラウが言っていたように、かなり繊細な性格らしい。

 

(やっぱ、動かなかったじゃなくてヒヨッて動けなかったの方だったのね……)

 

 むしろどうやって今まで戦ってきたのだろうか。オーラの質や身体運びからして強者だとわかるだけに、疑問だ。

 そしてその疑問は、そのまま相対的に自分が戦闘狂のように見えるからなんだか嫌だと思うリン。軽く咳ばらいをして、今の考えや微妙な空気を払拭する。

 

「ま、討伐隊に入って早速の命令無視だけどね。今回の指示に関しては深い意味もないだろうし、大丈夫でしょ。文句言えないくらい強くなりゃ良いのよ」

 

 なかなかに脳筋なゴリ押し具合。だが、少なくともゴンとキルアが討伐隊に参加するには、最も確実な手段だ。それだけは間違いない。

 

「こっから討伐隊選抜の最終日まで、みっちり鍛え上げる。ゴンとキルアはもちろん、ナックルとシュートの手合わせにも付き合うわよ?」

 

 リンの言葉は、至極真っ当に聞こえた。強くなれるのなら、討伐隊に入れるのなら、なんだっていい。ビスケへの状況説明もしたいと、そのままゴンとキルアが自分達の借りているマンスリーマンションに戻ることを提案し、5人は一旦帰路について作戦会議へと移ることにした。

 

 真っ暗な道を連れ立って、マンションへと向かう。キルアが先頭を歩き、ゴンとリンもそれに続く。ナックルとシュートが最後尾でこれからの方針や修行について軽く話している中、ゴンはぽつりとリンを見上げて言った。

 

「姉さん……カイトが……」

 

 言いたい事は沢山あったのだろう。姉に向けての謝罪と、姉をカイトに見立てての謝罪。己の弱さへの懺悔や、強くなるという意思表示など。

 だが、敢えてリンはそれを塞いだ。今口にさせると、弟が弱ってしまいそうな気がして。

 

「何も言わないでいいわ。全部わかってるから」

「ごめん。俺、姉さんに任されてたのに……絶対に強くなるから。カイトを助けに行けるくらい」

「その意気よ。でも、よく頑張った。それだけは自分を褒めて」

 

 そう言ってゴンの頭を優しく撫でる。「キルアも」と言って少し前を歩く銀髪の肩を抱きつつ頭を撫でると、キルアはうざったそうにしながらも避けようとはしなかった。

 それは、リンに褒められたゴンの気持ちが分かったから、そしてキルア自身、リンに会えてホッとしている自分に気づいていたから。

 

 ほんの半年前まで、自分はリンを心から信頼していたわけではなかった。あくまで友人の姉でしかないと、力量に関しても侮ってすらいた。

 それが、今では居てくれるだけでこんなに安心できる存在になっている。ゴンにとってのリンと同じように、いつの間にかキルア自身もリンを姉のように慕っている。だからこそ、口にしないまでもリンがここに来てくれたのが嬉しかった。

 

「猫型のキメラアントは私も遠目に見た。あんなオーラを持ってる奴に殺意を向けられて、それでも立ち向かおうと思えるのって、凄い事なのよ?」

「そんなの当たり前だよ。だって俺のせいでカイトが……」

「自分が当たり前だって思ってる事って、案外他の人にとっては当たり前じゃないものなのよ。本当の人間の強さって、そんなところに隠れてるの。卑下しないで、誇りなさい」

 

 リンの言葉に、ゴンは一瞬泣きそうな表情を見せた。だが、ここで泣くことは強くなろうとしている自分が早速弱さを晒しているような気がして、堪えた。目元に浮かんだ水気を袖で拭い、前を向く。

 街頭に照らされて、リン達の影は長く伸びていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 マンションに戻ると、トランプで遊んでいたらしいビスケとアルカがリン達を出迎えた。散らばっているカードの雰囲気からして、神経衰弱をしていたらしい。出がけは2人だったのがいきなり5人に増え、しかも数カ月前に別れたばかりの弟子も伴っているとくれば、ビスケは少しだけ驚いたように目を丸くした。

 

「あら、リンじゃない」

「来ちゃった♥」

 

 そわそわと落ち着かないシュートの隣で、ここへ来たことがあるのかナックルは妙に落ち着いた様子だ。数週間ぶりに会った『おねだり』の対象に、ナニカが即座に入れ替わったらしい。

 

「リンー! 抱っこしてー!」

「はーい! 早速かぁ愛い奴めぇ~!」

 

 ナニカの『おねだり』をこんなに大喜びで引き受ける機会も人間も、相当に少ないだろう。抱っこついでに抱きしめているリンの傍らで、ビスケがキルアに「あれが例の?」と尋ねている。どうやら、ビスケにも大まかな事情は話しているようだ。

 

「アルカ、ちょっと向こうの部屋で待っててくれるか? 兄ちゃん達、ちょっと仕事の相談があるんだ」

「うん! ごゆっくりどうぞ!」

 

 いきなり爪を寄こせと言ってきていたら怪しまれもしただろうが、今のアルカの言動はただリンに甘えているようにしか見えない。ナックルとシュートがアルカに関して怪しんでいる様子はまったくないが、キルアはさっさとアルカを部屋に下がらせた。むしろリンが来るならばこの可能性を考慮するべきだったと、少し後悔しているようだ。

 アルカは素直に部屋へと戻り、その場にはビスケを加えた6人が残される。そこそこ広い部屋を取っているようで、数部屋あるうちの一部屋でしかないのに、6人が居てもそこまで窮屈には感じない。

 

「妹か? こないだは会わなかったが、可愛い子じゃねーかオイ」

「だろ? 邪な眼で見たら承知しねーぞ」

 

 満更でもなさそうに返すキルア。ゴンはそんな様子を微笑まし気にニコニコと眺める。そんなキルアの様子を見て、リンは(逸材ね、キルア……)と思ったわけだが。何の逸材であるかは特に言及する意味がないので割愛する。ビスケが蠅を追い払うようにキルアに手をひらひらとさせた。

 

「ブラコン・シスコンの類は一人で十分だわさ。それよりリン、あんた別行動してたんだって? えらく遅かったじゃないの」

「トルイと色々あってね。その後カイトのことを知ったから、ジジイに直談判してたのよ」

「トルイと!?」

 

 数日前にクラピカにされた反応を思い出し、「緋の眼を返してくれたのよ」と軽く友達感覚で言っておく。うっかり「バチバチに殺り合う覚悟で行きました」なんて言ったら、先日の二の舞な上に二倍の口喧しさになって返ってくる。

 少年達は不服そうながらも一旦は納得したらしい。むしろ納得がいかなかったのはビスケだった。といっても、ビスケの気にするポイントはトルイ絡みではなく、ネテロに関してだ。

 

「直談判? あんたはゴンと違ってあのジジイの陰険さ知ってるでしょうが」

 

 ビスケはリンが、ゴンと違って考えなしではないことをよく知っている。そこにハンターという職業の特性やリンの力量も理解していれば、ゴンやキルア、クラピカ程にトルイの一件を咎めはしない。となれば、気になるのはネテロの方だ。

 

「もちろん。でも今回はそーゆーのなしで、討伐隊に入れてもらったわ。……で、ゴンとキルアは今は何の修行をしてるわけ? それによって今後の方針が変わるわね」

「『堅』の持続修行だわさ。四時間続けて、そのままナックルに殴り込み、と」

「基礎力向上ってことね。元々一時間持たなかったのをそこまで上げられてるだけでもかなり無茶してるけど……」

 

 一年前に弟子を取った経験が生きている。ビスケの組んだ修行プランに、自分が加わることでどうすれば効果を発揮できるかと、的確に思考を進めるリン。

 

(ゴンとキルアが基礎力修行をしている間に自分はナックル・シュートと組手か。【私の代わりに眠って】(睡眠パンダ)を使えばビスケの【桃色吐息】(ピアノマッサージ)と併用してもう少し基礎力向上に繋げられるか……)

 

 そもそもシュートがゴン達の前に姿を現していなかったところからして、どちらか……恐らくリンが来た時に戦っていなかったキルアの方が、経験値をあまり積めていない。シュート、もしくは自分が相手をするかと口を開きかけたところで、玄関の扉がこれでもかというくらいに大きく音を立てて開いた。

 それは恐ろしいドカドカという音を立てて、こちらへ向かってくる。バァン! と音を立て、部屋の扉も開かれた。その向こうからは、長い髪を振り乱しながら包丁を構える狂気的な女が姿を現す。

 

「ナックルゥウウシュートォォォ!!!」

「うわ、パーム!!」

 

 念能力者だろうが、オーラ自体はそこまで強くはない。リンどころか、肉弾戦ならばゴンやキルアでも簡単に対処できるくらいのものだ。だからといって警戒する必要がないわけではもちろんないのだが、それ以上にリン達を怯えさせたのは、やはり今にも猟奇的殺人に及びそうなその雰囲気だった。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」

「うわ、ちょ、危なっ!」

 

 ご丁寧に『周』をした包丁を二刀流で振り回し、ナックルとシュート目掛けて襲ってくる。躱せるものの、急に知り合いから向けられた明確な殺意に二人は慌てた。ゴンが背後から羽交い締めにすることでなんとかその場は収まる。

 

「パームさん抑えて! 俺ら全員、討伐部隊に参加できるかもしれないんだ!」

 

 そう言ってゴンが簡単にパームに事情を説明する。ゴンの言うことならば多少は聞くのか、パームは見るからに大人しくなった。心なしか頬を赤らめているようにも見える。というか、オーラがどぎついピンク色になっている。

 

「誰? 随分ファンキーな人ね……」

「パーム。今回の討伐隊候補者で、俺達の陣営に入った奴。ノヴって眼鏡男の弟子なんだとよ」

 

 このような展開にも慣れているらしく、キルアがうんざりした表情でリンに説明した。ゴンとキルアの雰囲気、そして無言でお茶を啜り出したビスケの様子からして、パームもこの部屋に住んでいるのだと察した。

 ゴンから説明を受けて、一旦は包丁を鞘に納めたパーム。(包丁をプラプラ持ち歩いてる奴、メンチ以外に居たのね~)とリンが思っていると、陰のあるその瞳はぎょろりとリンの方に向けられた。

 

「……で、誰この女……新しい女狐かしら?」

 

 ゴンの説明では最低限の状況把握だけで、リンについては何も聞かされなかったパーム。ビスケやアルカ以外に現れた新たな女に、警戒心を全面に押し出している。そしてリンも、一目見て理解した。

 

(臭う、臭うぜ……腐女子を排斥するタイプの夢女子の臭いがプンプンしやがる……!)

 

 こいつとは分かり合えない。一瞬にしてそう察したリン。生まれてから大半の時間をかけて磨かれたセンサーが、パームに対してけたたましいまでのサイレンを鳴らしている。根本的に相容れることのできる相手ではないと!

 更に、愛する弟に対して危ない輩だとも感じる。こちらは根拠は全くない。強いて言うならば、姉としての勘だ。

 

 一方、パームも同様に感じ取っていた。こちらはもっと直感的かつ本能的なものだったが。

 本来ならば想い人の姉とは、仲良くしておくに越したことはない存在。しかし、リンから放たれるそのオーラは、確実に自分を排斥しようとするもの。

 すなわち、ブラコンの臭い!!!

 

 対峙したごく僅かな時間で、互いのそりが合わないことを悟ってしまったリンとパーム。しかしその原因であるゴンは、ただ一人何も気づかずにいる。天然鈍感主人公を地で行くゴン。モテるテクニックや察する観察眼はあるのに、肝心なところには気づかない王道主人公ムーブである。

 

「俺の姉さんだよ。今の作戦も、姉さんが考えてくれたんだ。だから、連れて行ってあげられるよ、パームさん!」

「……でもそれ、そこの女が勝手に言ってるだけよね?」

「そ、それはそうだけど……」

(ゴン……私が『そこの女』扱いされてるのは怒ってくれないのか……)

 

 ジトッと見つめられて、ゴンもたじたじになる。そして弟から地味に雑な扱いを受けて、さりげなく傷つくリン。未来で弟に彼女ができた時も同じような気持ちになるのだろうかと妄想して、更に傷ついているのは内緒だ。

 パームは軽くため息をつき、長い黒髪を耳にかけた。そして儚げに呟く。口にされた内容は物騒以外の何でもないが。

 

「会長が却下すれば、簡単に覆るわ。そんな言葉で私を喜ばせようとしないで。……裏切られた時、許せなくなっちゃうわ。きっとあなた達を殺しちゃう」

「大丈夫だよ。パームさんも連れていく。絶対に」

 

 信念の籠った力強い瞳で、パームを見つめ返すゴン。パームの心臓から『キュン♥』と音が聴こえた気がする。

 そこからゴンが「今日のご飯は何~?」と上手く流し、先程までの一触即発の空気は綺麗に霧消したわけだが……。

 

「……ねえ、何この空気。微妙にハートが飛んでる気がするんだけど」

「気のせいじゃねーよ」

「実に上手く誘導されてるわさ」

 

 言うならば、カップルのイチャイチャに居合わせる羽目になった第三者のような気まずさ。ナックルとシュートも呆れながら付け加える。

 

「……こいつ、惚れっぽいところあるからよ」

「俺達は対象外みたいだけどな。ありがたいことに」

 

 四者四様の返答だ。命の危機を脱して安心する者や、見たくもない光景にうんざりさせられる者、表情もそれぞれ異なる。もちろん、リンも。

 

「……馬の骨は排除した方がいいわよね?」

「お前までそっち側に回るのは止めてくれ、頼むから」

 

 座った眼でぼそりとそういうリンに、キルアは疲れた声で言った。その内、使った事もない胃薬が必要になるかもしれないんじゃないかと心配しながら。

 

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