リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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相対【3】

 リン達が修行を始めた頃、モラウとノヴはのんびりとキメラアントの巣を眺めていた。

 ただ、キメラアントをノヴの念空間に送り込み、ネテロに倒してもらう。それだけの仕事は、それなりに能力にも腕にも自信がある自分達には少し物足りない。どちらのチームが勝利して討伐隊参加の切符を手にするのか賭けようとモラウが言い出すくらいには。

 

「俺はナックルとシュートが来るに10万。あの小娘の影響で、ちっとは胆力もマシになってるといいんだがな」

 

 十分過ぎるくらいに財力もあるくせに、賭けようといいながら賭ける金額は少額だなとノヴは思った。しかも、ナックルとシュートが勝利するなんて、かなりの安パイどころだ。

 そんなんじゃ、ギャンブルは面白くない。そう思ったノヴは黒縁の眼鏡を軽くずり上げ、さらりと言った。こういうのは、予想外を予想するのが楽しいのだ。

 

「私は……『リンが5人全員を引き連れてくる』に100万」

「はぁ!? 金をドブに捨てる気かよ!」

「……会長はドブですか」

 

 負けた方は提示した金額を会長にプレゼント。そう言いだしたのも確か、モラウだったはずだ。友人でもあるこの同業者は、親会長派を公言しておきながらなかなかに失礼なことを平気で言う。それも、あの会長だからこそ言えることなのだろうが。

 

「私もギャンブルは好きでして、もっぱら大穴狙いなんです」

「確かに、歳の割に肝が据わってたけどよぉ。会長に頼み込んで討伐メンバーに入れてもらってるんだぜ? そこまで恩知らずな真似はやらねぇだろ」

「どうだか。あのジン=フリークスの娘であるのは周知の事実でしょう。数年前には父親をハントするために会長や十二支ん諸共、罠にかけたとか」

「……」

 

 そう言われると何も言えないモラウ。彼自身も、噂くらいは聞いたことがある。更に昔ナックルが言っていた話によれば、リンは今のゴンやキルアぐらいの年頃でナックルとも本気でやり合ったとか。

 というか、そもそも流星街に乗り込んで都市伝説染みた化け物とドンパチかまそうという精神が、もうまともじゃない。父親同様、何かしら大事なネジが飛んでいるタイプの人間だ。モラウ自身はそういう人間は大好きだが、今回の賭けに関しては自分が不利だと感じさせられる。

 

「普通に考えれば、ナックルとシュートが来るでしょう。ですが弟達がNGLに行きたいと熱望している。何もしないとは考えづらいです」

「……やりかねねぇな。俺、賭けの内容変更して良い?」

「もう時間切れです」

 

 今の話を踏まえると、本当にノヴの言った通りになりそうな気がする。賭けの結果が分かる前から負けた気分にさせられるのは、初めてだ。

 

「はぁ~。俺の10万、ドブ行きか」

「だから会長はドブですかって」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 リンがゴン達と合流した日から、一週間が過ぎた。ナックルとシュートは別で宿を取っているため住み込みの修行は断り(「つーかパームと一つ屋根の下とかいくつ命があっても無理」とのことだった)、通いでリンと合流し特訓を続けている。

 

「遅い!」

「ぐげっ!」

 

 ゴンとキルアはリンが合流したことにより、睡眠をとる必要もなくなった。いよいよ24時間修行という地獄のような状況になっているが、それでもゴンは楽しそうだ。

 大好きな姉と共に修行ができ、念願だった強くなるという目標により一層近づけるのだから、とその顔に書いてある。今もリンと組手の特訓、かなり力を入れてしごいているリンにより、連戦連敗の様ではあるが。

 

「痛ちち……」

「隙が大き過ぎる。『今からストレート打ち込みます!』ってのが見え見えよ。視線とか拳の傾け方とか、フェイクを入れないと」

「押忍!」

 

 四時間の『堅』をこなし、そのままナックル、シュートに挑む。そして負けて帰ってきてはビスケとリンの能力によって回復、再び『堅』。ナックルとシュートが眠っている時間はリンとビスケが組手に付き合う。

 恐ろしいスケジュールではあるが、ゴンとキルアはテンポ良く日々をこなしている。常人では考えられない精神力が、それを可能にしていた。

 

「あと『流』がまだ甘い。呼吸するくらいの自然さで素早くできるように。全体的に変化系・操作系あたりの技術が弱いみたいね」

「うぅ、強化系だから……。……押忍!」

 

 リンはゴン達が『堅』をしている時間をナックル達との組手に使ったり、自分自身の修行に使ったりと、補助に回りつつも着実に自身の力量をあげることに時間を費やしている。

 力量はあると言えど、年齢的にもまだまだリンの肉体は発展途上。やるべきことは沢山ある。……といっても、自分自身の能力向上は、正直なところ二の次だ。

 

(やっぱ、この短期間でナックルとシュートに勝つのは厳しいわね。まあ、わかってたけど……)

 

 目下の悩みは、ゴンとキルアの能力向上にあった。いくら才能があるとはいえ、ベテランのハンターでも尻込みするようなハントをしようとしているのだから、負荷は大きくなる。そこまでしても、目標達成できる公算は低い。

 それは本人も分かっているのだろう。ゴンの言動には、わかりやすく焦りが見て取れる。その焦りが、直線的な攻撃にも表れていた。公園の土にぽたぽたと汗を垂らすその姿は、決して疲労だけから来るものには見えない。本人は決して顔には出さないが。

 

「……だいぶキツめにボコっちゃったわね。ちょっと休憩しようか」

「俺、まだ大丈夫だよ?」

「いーから。普通、こんなハードな特訓したら精神壊れるわよ? 休憩も大事!」

 

 とにかく一日でも早く強くなって、カイトの下へ行きたいのだろう。強さとは一朝一夕で手に入るものではないのに。

 リンとゴンが今居るのは、夜明け前の公園。といっても、ナックルと修行している公園とはまた別の、もっと人目に付かない場所だ。それでも自販機はあるようで、リンは缶ジュースを二本購入してゴンの下に戻った。

 

「はい。今もコレ、変わらず好き?」

「うん。ありがと」

 

 ゴンにりんごジュースを手渡し、自分もオレンジジュースのプルタブに指をかけた。カシュッと気持ちの良い音が二つ響く。

 二人でベンチに腰掛け、白むにはまだ早い夜空を見上げる。ヨークシンに比べると田舎とはいえ、それなりに街中なのであまり星は綺麗には見えない。くじら島や開発中の頃のG・Iとは雲泥の差だ。そういえば、ゾルディック家も山の中にあるから、星はよく見えた。

 

(……ミトさん、ずっとこうして私達や親父の事、待ってたのかしら)

 

 幼少期はジンを。数年前からはリンやゴンを。そして、カイトを。大切な人がいつ帰ってくるかも何をしているのかもわからないまま待つだけの日々を、ミトはずっと送ってきた。だからこそ、リンは比較的マメに近況報告の手紙を送っている。

 それは、カイトもそうらしい。たまに借りているポストに届くミトからの手紙には、カイトのことが沢山書かれていた。のろけと呼ぶには日常的なものばかりだったが、だからこそ互いに大切に思っていることが良く伝わって来た。

 だが、そのカイトは恐らくもう居ない。

 

「姉さん」

「……何? ゴン」

 

 感傷に耽っていたリンに、ゴンが遠慮がちに声をかけた。缶を両手で包み込み俯くその表情に、ジュースを喉へ流し込みつつリンも顔を向ける。よく見ると両手の指は、互いに小さくくっついたり離れたりしていた。

 

「……俺、本当は少し怖いんだ」

「カイトの事?」

「そう。……カイト、きっと無事だよね」

 

 それは、ゴンが滅多に出さない弱音だった。ミト達にだってほとんど見せず、唯一幼い頃から姉にだけは見せてきた、そんな顔。キツネグマの友達と喧嘩したという話から、会ったこともない父親に関する小さな寂しさまで、大小さまざまではあったが。

 

「カイトはきっと生きてる。あいつらなんかにやられるわけない、そう信じてる。……でも、俺のせいで危険な目に遭わせてる。何かあったらどうしようって、時々少し不安になるんだ」

 

 だが、今回のものはとびっきりに重く、誰にも見せられないような、それこそ姉にしか見せられないような本音だ。姉ならば笑い飛ばすでも罵倒するでもなく、真剣に受け止めてくれるという信頼から発された言葉。

 だからこそ、リンもジュースを飲み干すとしっかりと身体をゴンの方へ傾けた。口にすると不安になったのか、ゴンは珍しく弱気な顔をしていた。

 

「……」

「カイト、ミトさんにプロポーズするって言ってた。ミトさんにも、辛い思いをさせる……」

 

 カイトがミトにプロポーズをすると聞いた時のゴンの表情を思い出す。自分のこと以上に喜んでいるような、心底嬉しそうな表情。誰にでも分け隔てないゴンといえど、あのような顔を向けるのはごく限られた相手に対してだけだ。

 

「俺達が、……俺がついて行ってなければ、カイトはあんな目に遭ってなかったのに」

「それはゴンの悩む事じゃないわ」

 

 本来はここまでは言うつもりはなかったのだろう。うっかり零れたような卑下を、リンは即座に否定した。いくらブラコンであるといえど、それは弟贔屓から来るものではなくハンターとしてのリンの本心からだ。

 確かに、リンと比べてゴンはカイトと接していた時間は長い。だが、ハンターとしてのカイトの思考は、リンの方がよっぽどよく理解できている自信がある。

 

「そのハントのリーダーはカイト。判断の責任は、カイトのものよ」

「……」

「言っておくけど、今の言葉に忖度はないわよ。プロとしての一般論を言ってるの」

「そんたく?」

「空気読んでゴンのフォローしてるわけじゃないってこと」

 

 ハンターという仕事は、命懸けの個人プレイでありながらも、チームプレイも頻繁に必要とされる特殊な職業だ。

 しかも、いざ仕事をする際には、基本は現場の判断に委ねられる。だからこそハンター同士でチームを組むとき、リーダーは慎重にメンバーを選ぶ。相手が命を預けるに足る人間かどうかを見極め、決めた場合には全幅の信頼を置く。

 

「カイトはゴンが思っているよりずっと、仕事に対してドライな考え方をしてる。どんだけ可愛がってるゴンが頼み込んでも、戦力外って判断してたら連れてったりなんてしないわよ」

 

 もちろんこれも個人によるところは大きい。だが少なくとも、カイトは仕事に情を見せるタイプの人間ではない。自分が泥をかぶってでも必要とされることをこなすタイプの人間だ。信頼できない人間を簡単に連れていくことはしない。

 

「……正直、カイトが生きてるかは私にはわからないわ。でも、まだ可能性はある。それに私らができることも、あるわ」

「うん。……ありがと」

 

 ゴンがリンの話の意図のどこまでを把握しているかはわからない。ただ、カイトの責任までもゴンが背負う必要はない。それだけを理解してもらえたならば十分だ。

 リンの想いは通ったらしく、ゴンは相談する前よりも心持ち表情を明るくさせた。そして指を口元に一本当てて、照れ臭そうに笑う。先程と同じように眉尻は下がっているが、それでも表情は明るくなっていた。

 

「キルアには内緒にしてね。カッコ悪いとこ見せたくないし」

 

 歳幼い護るべき弟だと思っていたが、いつの間にかかなり成長したようだ。一人で考え判断し、時には悩む。そして相棒に弱いところを見られたくないという一人前な見栄も見せる。

 

「……どーしよっかな~。キルアに話したらケタケタ笑ってくれそうだけど」

「あっ、駄目だよ姉さん! お願い!」

 

 正直なところ、このミッションはゴン達にはかなり重いものだとリンは思っている。だが、自分の意思で進みたいと望むのなら、できるだけフォローしてやろうとも思っている。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 日々は激しく、しかし穏やかに過ぎていく。キメラアントなんて危険生物はこの世に存在していないかのように。

 だが、刻々と討伐の時は迫っていた。同時に、討伐メンバー決定の時も。リンの思惑通りに事が運ぶのか、それはやってみないとわからない。

 

(っと、これでよし)

 

 返信が来ていたのを確認し、そのままスマホでメッセージを送り返す。数日前に電話もしていたが、ありがたいことに相手からの返事は快諾そのものだった。

 改めて来てほしい日取りを送ったところで、リンもビスケの手伝いに戻る。現在、食後の皿洗いの真っ最中だ。

 

「にしても本当、無茶したわよね」

「何が?」

 

 マグカップを水で濯ぎながら、ビスケはリンにぽそりとそう言った。それを受け取り、リンも丁寧に水気を拭きとる。

 パームだけに家事を任せるのが申し訳ないなんて、ただの口実。ただ、微妙にハートが飛ぶ空気になっているゴンとパームの居る空間に居たくなかっただけだ。しかしそこには、リンとサシで話したかったという理由もほんの少しだけあった。

 

「全部よ。討伐隊に入ったこととか、全員で討伐に参加するとか言い出した荒業とか。屁理屈もいいトコね」

 

 といっても、『あの状況にリンを放っておいたら暴れ出しかねない』という理由の方が、この弟子を連れて来たのは大きいのだが。ともかく、ビスケ的にはできるだけ向こうの部屋に戻りたくないので、濯ぎ作業はかなりちんたらと進めている。

 

「まあ……ぶっちゃけゴンとキルアがナックル・シュートに勝つなんて、今の段階じゃ無理だからね~。あの子らを討伐隊に参加させるにはこれしかないって思ったわ」

「それはもっともだわさ」

 

 まったくリンの言う通りだと、ビスケは渋い顔で頷いた。

 そもそもの依頼が無理難題過ぎたのだ。ビスケの見立てからしても、ナックルとシュートに弟子達が勝利するのはほぼ不可能。力量や経験値、全てが足りない。依頼の期間を終えたら、パームに殺されかねないのでトンズラかまそうと思っていたくらいだ。

 

「でも、私からするとあんたがキメラアントに関わるのも驚きよ。言うまでもないだろうけど、かなりの難易度よ? リスクにリターンが見合ってないわ」

 

 個人的に依頼されたならともかく、今回の件は放っておいても別の人間が対応していただろう。ビスケはそう言いたいのだ。人類の危機に繋がる可能性を秘めているとはいえ、わざわざ首を突っ込むメリットはあまりにも薄い。

 そもそも、リンはあまりビーストハントというものに興味がない。発見や保護ならともかく、人間の都合で食う食われる以外の殺しを持ち込むのを無意識に嫌っている節がある。このこともビスケはよく知っていた。

 

「ジジイが出張ってくるあたり、予想してたよりも相当ヤバいわさ。良くて捨て駒、悪くて道中行き倒れの無駄死にね」

「そんな場にゴン達投げて、ほったらかしにできないからね」

 

 そんなリンがキメラアント討伐に参加したのは、当然それ以上の理由が生まれたからに他ならない。しれっと『弟のために命懸けます宣言』をかますブラコンに、ビスケはため息をついた。

 

「ったく、姉弟揃いも揃って……。仲間のためってのはわかるけど、命知らずもほどほどにしときなさいよ? ただでさえ普通じゃない性癖(アブノーマル)なんだから」

 

 ここでいう『アブノーマル』には、大きく二つの意味が含まれる。一つは戦闘狂や肉弾戦重視の脳筋念能力者という意味、もう一つは純粋に趣味嗜好の方面での意味。リンは後者をメインに捉え、少しムッとして言い返した。

 

「私、めっちゃ普通(ノーマル)だし。獣化モノ(アニマルプレイ)にも集団乱交モノ(パーティープレイ)にも興奮しないし。つーかできないし」

 

 リンにとって、BLはあくまで普通(ノーマル)だ。一対一の対等な人間が紡ぎ出す愛情が、普通じゃない(アブノーマル)なわけがないというもの。それ以上のプレイはそこまで興味がない。今重要なのは、間違いなくそこではないのだが。

 

「ふーん? 私はイケメンなら何でもいいわ」

「てか、幽白の同人誌を修行中に読むのはやめてよ。せめてBLだけでも」

 

 話題ついでと言わんばかりにリンも苦情を飛ばしておく。ビスケは全く反省する様子はなさそうだが。

 

「新刊出たんだから仕方ないじゃないの。樹と仙水よ?」

「隠れて読めっつってるの。ミルキといいビスケといいで、私にまでキルアの疑いの眼が向いてくんのよ」

 

 ビスケがところかまわず同人誌(しかも微エロ)を読むせいで、最近またキルアからのリンに向けられる視線が少し冷たい。「もしかして会社興したこいつも同類なんじゃねーの? つーかそういう仲間で興したんじゃねーのか……?」とその顔に書いてある。

 大正解だが、意地でも認めない。社長の名義は共同という名目のもと基本は匿名だし、ハンターサイトの情報ですらロックをかけているのだから、バレるはずがないと心に言い聞かせる。

 

「オタクの神とかBL守護神とか言われてるくせに、弟にはひた隠しにしてるのがむしろわからんわさ」

「譲れない姉の矜持ってモンがあんのよ」

「ブラコン乙」

 

 リンの名前を知っている者も多いが、あくまで『噂』だ。証拠は全く残していない。たとえコミハンに来るオタクは大体知っていたとしても、周知の事実と化しているとしても、あくまで『噂』だ。

 

 互いに互いを愚かだと思っているのが見て取れる。丁度うんざりした表情のキルアが台所に入って来たことで、不毛な会話は中断されることになった。

 

「お前ら早く戻ってきてくれよ。耐えらんねーんだよあの空気」

「アルカは? 一緒に部屋に居たでしょ」

「もう寝るってよ」

 

 キルアは一切手伝う気もなさそうにカウンターに肘をかけて壁を見つめている。相当ゴンとパームの居る場所には戻りたくなかったらしい。

 

「あっちの二人はどうしてる?」

「変わんねーよ。今はゴンの地元の話で盛り上がってる。パームが好きそうな花が咲いてるからどーたらって」

「もう、あしらうっていうより普通にお喋りね」

 

 どうやら、リン達が逃げて来た時から話は更に広がっているようだ。コミュ力が高いのは良いのか悪いのか。少なくとも、パームのあのねちっこい空気をゴンが霧消させてくれるのは感謝するべきなのだろうが。

 

「誰にでも人懐っこい性格ってのも考え物だわ」

「同感」

 

 リンが呆れたように言うと、キルアもそう言って頷いた。今日も今日とてシュートとビスケと修行していたが、肉体的疲労よりも精神的疲労が見て取れる。

 

 わかってはいたが、今回の戦いはキルアにとってメリットが全くない。きっと、アルカと共に居る時間をもっと過ごしていたいだろう。トルイの肉体だって、すぐにでも探しに行きたいはずだ。

 それなのに、命懸けの戦いに参加する流れになってしまった。どころか、討伐隊に参加するのすら関門を設けられているのだから、怒ってもおかしくない。

 

「……キルア、一緒に居てくれてありがとう」

「あ? ンだよ」

「アルカが居るのに危険なことに首突っ込みたくないでしょ。私の頼みを聞いたばっかりに面倒ごとに巻き込んだわ」

 

 本心では、早くトルイの身体を探す旅に出たいはずだ。最後の足取りはカキンで消えている。その情報は既にリンからキルアにも伝えており、キルアとしても早くそちらへと向かいたいだろう。そうでなくとも、妹を置いて命を懸けるような真似をしたくないはずだ。

 だが予想に反して、キルアは少しムッとした顔を見せた。リンが言ったことが不服だったといわんばかりの表情だ。同時に、少し拗ねているようにも見える。

 

「……別に。俺にとっても、カイトをやられたのは黙ってられねーし」

 

 キルアはこの戦いを、既に自分のものと見なしている。葛藤があったのは否定しないが、カイトももはや関係ない人間ではなく、リンやゴンの大切な人でもある。だからこそ共に戦いの場に飛び込んでいるし、ここまで来てよそ者扱いされるのは我慢できなかった。

 

「……ごめん、おかしなこと言ったわね」

 

 リンもそれを理解して訂正する。カチャリと、最後のカップを拭き終えて棚に戻した。

 だが、やっぱり感謝の気持ちは消えなかった。「それでも」と付け加え、改めてキルアを見つめる。キルアはまだ少し不貞腐れていたが、そこを真正面から見つめられて無性に恥ずかしくなり、僅かに目を逸らした。

 

「キルアが居なかったら、たぶんゴンは死んでた。そうじゃなかったとしても、精神が潰れてたと思う。キルアが居てくれて本当によかったわ。……頼り過ぎも良くないんだけど、本当にありがとう」

「……いーよ、いちいち礼言われるとか恥ずいし」

 

「ダチだろ」と言われ、「友達だからこそよ」と言い返した。心の底から感じている深い感謝を、口にせずにはいられなかったからだ。

 

 キルアは、色んな意味でゴンにないものを持っている。それは逆の立場でも言えるし、キルアにとってはだからこそゴンが救いであり光に見えているのだろう。だが、今回の戦いにおいては、特にキルアの存在がゴンにとっては重要だった。

 命懸けの戦いでは避けて通れない冷静な判断や精神の強さ、柔軟さ。そして何より、経験値。ゴンが持っていないものをキルアは全て持っている。ゴンとて精神は強いが、こと一つのことしか見えなくなった時にはそれは硬い樹木のように、時に脆さを見せるものだ。リンは直感的にそれを危惧していた。

 

「……俺もサンキュ」

「ん?」

「なんも言ってねーよ」

 

 キルアはそう言うと、冷蔵庫に入れていたチョコレートを取り出して一つ口に運んだ。「さっさと修行しようぜ」と言うと、リンもそれに続く。ここからまた『堅』を続け、次はシュートとの約束までの間でリンが相手取る予定だ。

 

 正直なところ、キルアは迷っていた。修行にも身が入り切っていなかった自覚がある。丁度この間、それをビスケに指摘されたばかりだ。リン達は知る由もないが、偶然にもそれはゴンがリンに弱音を漏らしていた日だった。

 全てを理解しているビスケは、安心したようにそのやり取りを見つめる。己が言った事を思い出し、そこから吹っ切れたキルアの表情を見て。

 

『あんた、迷ってるわね?』

『何が』

『ようやっと救い出した妹を置いて、命を懸けることに。ゴンの信頼を裏切りたくないとも思ってる。迷いが拳に出てるわ、そんな状態では対峙する相手にすら失礼よ』

『それは……』

 

 否定できなかった。今だって、パームにナニカのことを知られたくないがために、リンとアルカが同じ部屋にいる状態は極力避けているのに。

 このままいけば、これから自分はゴンと共に死地に向かうことになる。カイトという新たな仲間を助けに。アルカのことを思い出す前ならば、いや、思い出した後でも救い出す前ならばゴンと共に行くことに迷いはなかっただろう。喜んで共に心中を覚悟していたはずだ。

 

 だが、今は違う。アルカを救い出した自分には、これからを共にする義務が生じる。そう思っていた。それを先程、当の妹に真っ向から否定されたわけだが。

 

「お兄ちゃん、私、足手まといだよね」

 

 それは、こちらの部屋に来るほんの数分前のことだ。寝室でお喋りをしていたところ、アルカはぽつりとそう言った。

 

「っ……」

 

 一瞬、言葉に詰まってしまった。アルカの存在が身動きを取りづらくさせているのは確かだからだ。今も、『おねだり』の対象者であるリンは極力アルカと接触しないよう配慮している。何より、自分がこの戦いで死んだとしたら、アルカのことをどうすればいいのか……それが最近のキルアの悩みだった。

 だが、そんな事は悟られたくない。アルカなりに、かつてゾルディック家で幽閉されていた事やナニカの事情から理解しているものがある。これ以上大切な妹を傷つけたくなくて、キルアは努めて優しい表情を作った。

 

「そんなことねえよ?」

「私とナニカのこと、守ろうとしてくれてるんでしょ? でもそれで、お兄ちゃんがやりたいことができてないよね」

「兄ちゃんは、お前が一番大事なんだ。それだけは絶対だ」

「嬉しい。でもお兄ちゃん、全部大事だって顔に書いてあるよ」

 

 自分とそう歳の離れていない妹は、真剣に話しているところを誤魔化されたくないと言いたげに強い瞳で見つめ返した。そういえば、アルカくらいの年頃の自分も子ども扱いされるのは一等嫌う行為だった。

 

「お兄ちゃんがアルカとナニカを外に連れ出してくれたの、凄く嬉しいよ。でも、そのせいでお兄ちゃんが困るのは嫌だ」

「……」

「ゴンさんが前に言ってたでしょ? 欲しいものは全部選べば良いって。リンさんも言ってた。後悔するとしても、初めから諦めるより良いって。アルカね、友達を優先させるお兄ちゃんも、アルカが一番なお兄ちゃんもどっちも大事にしたいって思ったの」

 

 それは世間知らずな妹の、非常識で非日常を経験してきたが故の、歳相応の成長だった。護られるばかりでは嫌だという、足手まといになりたくないという成長だ。

 

「アルカ、ちゃんと待ってるよ。だからお兄ちゃんは、お兄ちゃんのやりたい事を優先して」

「アルカ……」

「……あっ、でも早めに帰ってきてね! アルカもナニカも、お兄ちゃんが大好きだから!」

「……ありがとう」

 

 それだけ言うと、強く妹を抱き締めた。アルカは満足そうに眠りについたのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 そしてまた日々は過ぎ、期限とされていた一カ月の最終日。共に向かうと約束はしたものの、形だけの勝者を決めるため、ゴン・キルアとナックル・シュートは互いに本気の勝負をすることとなった。

 

(ゴンは……やっぱ負けたか)

 

 決戦場所は、ナックル達とずっと拳を交わしてきた公園。周囲には人ひとり居ない静けさを、衝撃音が切り裂く。互いに少し離れた場所で交戦しているため、リンは両者の行く末を見守れるように【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を展開して上空から見守っていた。

 

(敗因は、対念能力者の交戦経験値の低さってとこね。ナックルも腕上げてるし、当然か)

 

 ゴンの必殺技は、あまりにも溜め時間やそれに伴う隙が大きい。ゴン自身の力量が高くなれば、それはネテロの【百式観音】に比肩するくらいには強力なものに成るのだろう。だが、ゴンはまだまだ発展途上だ。

 そして、単純にナックルの能力との相性も悪い。一見肉弾戦重視に見せかけて実は知略戦も得意とするナックルは、リンが戦った時よりも更に腕を磨いたようだ。

 

(そう、ゴンはナックルにも勝てない。念能力を発現させたばかりとはいえ、明らかに格上の生物を狩るには、まだまだ経験不足……)

「リンー、あたまなでなでしてー」

「ん。……これで三回目の『おねだり』か」

 

 ビスケも居なくなった今、パームとアルカを二人きりにするのは憚られると、リンはアルカもこの場に連れて来ていた。『おねだり』を達成し、ナニカの『おねがい』状態が発動する。

 

(『おねがい』と『おねだり』って、確か別人物がしないといけないんだっけ? ……後でキルアに頼むか)

 

 ナニカの顔を隠すようにして、その身体を抱き直す。お姫様抱っこされたナニカは、じっとリンの顔を見つめた。リンは改めてゴン達の様子を見守る。

 この戦い、初めから勝ち筋は無いに等しかった。それなのに、今後の戦いに生き残ることはできるのか? 覚悟と勢いだけで前に進もうとする弟は、あまりにも危なっかしい。

 

『リン、気を付けなさいよ』

 

 思い出されるのは、去り際(もといパームからのトンズラ前)のビスケに言われた言葉。今回のハントの難易度の高さは理解しているので、今更忠告されるまでもないとリンは軽く返事をした。

 

『まあ、死なないようにするわ。ありがと』

『それよそれ』

 

 そんな弟子の考えもお見通しだったのだろう。ビスケは軽く叱咤するようにリンを睨みつけた。何を咎められているのかと、軽く首を竦めながらもリンは内心首を傾げる。

 

『ゴンとキルア、わかってるだろうけどかなり危なっかしいわさ。このハントで何かしらやらかすと見た』

『……それは勘?』

『長年の、ね』

 

 つまりは、不測の事態が起こって足を引っ張られるからゴンとキルアを連れて行かない方が良いと言っているのだろう。それでも連れて行くのなら、本当に死ぬのを覚悟しておけ、くらいの強さで言われているように感じた。

 

(ヤな事言ってくれるわよね、まったく……。否定できないのが更にしんどいところ)

 

 リンだけでもかなり厳しい仕事になるのに、今回はゴンとキルアも居る。どちらも下手な念能力者よりはよっぽど強くなったとはいえ、ハントの難易度はそれを上回る。

 しかもカイトという大切な仲間が危険に遭っている。それは精神を大きく揺さぶる要素だ。ビスケの忠告という名の予言は、リン自身も見て見ぬふりをできない懸念点ドンピシャを突いていた。それでも、今更引くという選択肢はないのだが。

 

(……っと、キルアとシュートはかなり良い勝負してるわね。瞬発力を上げる能力ってのは、やっぱチートに近いわ)

 

 ゴンとナックルは、割符のやり取りをしている。男同士の真剣勝負、それも本気で戦って負けたばかりの弟の下に今すぐ向かうのは、野暮というものだ。リンは【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を更に展開し、上空を飛び移って更にキルア・シュート戦を見やすい場所に陣取った。

 

「ナニカ、キルアが戦ってるわよ」

「キルア、たたかってる」

「そう。キルアが頑張ってるの」

「がんばれキルアー」

 

 下手なことを言って『おねがい』カウントされないよう、それ以上はリンも口を噤む。視線の先に居るキルアは、そんな二人には気づく余裕もなく目の前の対戦相手に向き合っていた。

 

(強い……これが戦いを重ねてきたハンターの強さか……!)

 

 リンはキルアとシュートの戦いを『良い勝負』と表現したが、それはあくまで『格下の相手が格上の相手に挑んでいるにしては』という枕詞がつく。つまり、キルアはシュートに対してかなりの苦戦を強いられていた。

【神速】(カンムル)の能力はかなりの出来栄えだと自負している。G・Iで初めて披露した時には、リンの念を引き出したくらいなのだから。

 だが、シュートの戦闘経験値はそれすらも凌駕する。本人は人を傷つけるのは嫌いだと断言しているが、「そんなんでハンターやってけるかボケ!」と言うモラウによって、強制的に経験値を積まされているためだ。

 本人が認識するよりも早く、シュート自身の身体が反応する。そこにカウンターを加えられ、キルアの左眼と右耳は、既に【暗い宿】(ホテル・ラフレシア)の餌食となっていた。

 

【神速】(カンムル)を使用してシュートの背後に回る。拳をシュートに打ち込みつつ、更にヨーヨーを回り込ませる。バラにも通用した、闇討ち戦法だ。

 しかし、視覚と聴覚の半分を突如奪われた動揺が、平衡感覚に狂いをもたらす。その微妙な誤差は、長年プロとして生きてきたシュートが気づくには十分なものだった。

 

(ナックルもそうだけど、シュートもかなり経験積んでるわね、これ。モラウさんの指導が良いと見るべきか、むしろなんでここまで腕が立つのにチキンなのかと思うべきか……)

 

 確かに、キルアの身体能力や技術は素晴らしいものだ。実際、シュートの飛ばした腕による攻撃を幾度となく受け流している。操る側の負荷も上がるとはいえ、遠隔で自在に動かせるそれはもう一人対戦相手が増えたようなもの。並の使い手ならば即座に敗北していただろう。

 だが、キルアの受けてきたのはあくまでも暗殺教育。念能力者としての戦闘経験はゴンと大差ないものだ。こちらも、先は見えている。

 

(こっちもほぼ確定。……二人には手痛い敗北経験ね)

 

 そして、キルアは電気を全て消費してしまった。その後の勝敗は、明らかだった。

 

 

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