リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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相対【5】

 ハンターという職業は、常に命を失うリスクを孕んでいる。幸いにしてルカス以降、親しいハンターが命を落とすことはこれまでなかったが、仮にあったとしてもお互い覚悟のうえで生きている。暗黙の了解というやつだ。

 だから今回に関しても、もしもゴンとキルアや仕事としてのハントが絡んでいなければ、リンの行動はまた違ったかもしれない。カイトは仕事で命を落とした。ハンターという仕事が命懸けである以上、いちいち怒り復讐していてはキリがない。

 

 だが、ハントや弟を護るという大義名分ができてしまった。そして、行動に起こすか否かは抜きにしても、何も感じないわけがない。カイトがされた所業を目の当たりにした今ならば、余計に。

 

「……っと、まずはカイトの身体を回収しなきゃね。無傷で回収できるのが一番良いんだけど……」

 

 しかしそれは、今露にするものではない。軽く息をつき、漲らせた殺意を内側に引っ込める。今やるべきは、カイトの肉体を無力化して回収することだ。

 カイトに近づいてみる。やはり戦闘用プログラムが組み込まれているらしく、カイトはリンに鋭い蹴りを繰り出した。

 

「うわっ。……でも、所詮は機械染みた動きね」

 

 それを躱し、後ろから関節技を決める。これで捕縛できたかと思われたが、カイトの身体からはオーラが噴出した。背後には念人形のようなものが現れる。暫く押さえつけていたが、相手は無尽蔵。埒が開かないと判断し、リンは一旦離れた。

 

「やっぱ念が出てくるか。簡単にはいかなそう」

「リン、色んな能力持ってるだろ。捕縛系の能力はねーの?」

「無くはなかったけど、制約的に厳しかったかな。ていうか、トルイとの戦いで統合されて消えちゃったのよ」

 

【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)ならば、捕縛に適していただろう。だが、あの能力は制約でリンが両足を地面につけていないといけないというものがあった。

 そのうえ、【幻入手の必須技】(黒い眼差し)に統合されたため、今はもう使えない。それに【幻入手の必須技】(黒い眼差し)も長期的な捕縛には適していない能力だ。

 操られているということは、恐らく気絶させることも難しい。背後に視える念人形の繰り手からは糸が出ており、仮に気絶させたとしても動くであろう事は容易に想像がつく。少し考えこんだキルアが、ハッとして顔をあげた。

 

「……シュートの能力ならいけるかも。能力の詳細はわかんねーから、聞いてみねーとだけど」

「……俺、行ってくるよ」

 

 キルアの言葉に、ずっと黙っていたゴンがそう言ってモラウ達の下へ走って行った。お役御免だろうと、牛型のキメラアントもその場を離れる。

 カイトはこちらから攻撃しない分には大人しいらしい。誰も動かなくなった場で、リンとキルアはただカイトを見つめる。

 

「リン、カイトはやっぱ本当に……」

「わからないわよ。死後の念が発動して、なんやかんやでカイトがどっかで生きてる可能性もなくはない。……でも、少なくともここにカイトの魂はない」

 

 キルアとて、ショックを受けていないわけがない。ゾルディック家では他者の死に何も感じないようにと教えられてきたが、今のキルアはハンターだ。

 そして、カイトは自分の友人が大切にしている人、キルア自身も暫くの時間を共に過ごした仲間だ。当然、リンの言葉にはショックを受けていた。

 

 だが、それを表に出せないくらいにはゴンとリンの剣幕は凄まじいものだった。自分が冷静でいないと、ゴンは精神的に危ういのではないかと思わせるくらいには。そしてリンには、きっと先程のゴンの言葉もダメージになっている。

 

「……そうか」

 

 何か言おうとしたが、上手く言葉が出てこない。言葉を探すまま、時間だけが過ぎ去る。数分もしないうちにゴンがシュートを連れて戻って来たため、リン達は気持ちを切り替えて顔をあげた。

 

「待たせたな。事情は聞いた」

「できそう?」

「ああ、問題ない。だが、相応に攻撃もしなければならない。許してくれ」

 

 リンの頼みによって、シュートが【暗い宿】(ホテル・ラフレシア)を発動させる。一定以上の攻撃を受けた対象の身体全部、もしくは一部を、具現化した檻の中に閉じ込める能力だ。

 能力を発動させた状態で、シュートがカイトに近づいた。先程ゴンやリンに対して行ったように、カイトはシュートに機械的な攻撃を繰り出した。回避するも、予想していたよりも面倒な相手だとわかったのだろう。シュートは渋い表情をみせた。

 

「……思った以上に強いな」

「パパッとやっちゃいたいわ。手伝う」

 

 あまりにも機械的なその動きを見ていられず、リンは即座に背後に回り、カイトを羽交い絞めにして抑えつけた。カイトの身体からはネフェルピトーのオーラが噴き出す。

 

「念能力も使えるのか」

「……人間を舐め腐ったものね。私の知ってるカイトは、こんなに弱くない」

 

 ギリギリとオーラの力業でリンの念を弾き飛ばそうとするカイトを、自身のオーラを増強させて対抗する。リンの表情は無意識に苛立ったものになっていた。

 

「……カイト」

 

 リンが行動を制限してくれている隙に、シュートが念の発動条件を満たすためカイトに攻撃を加える。ゴンはそれを黙って見つめるしかない自分に、悔しさと悲しみを滲ませて小さく呟いた。

 

 やがて、条件を満たすだけの攻撃を加えて、シュートの能力が発動した。カイトの身体は鳥籠のような檻へと収容され、目の前から消える。思った以上に手こずらされたと、シュートは息をついた。

 

「……ふう。助かった、リン。おかげで最低限の攻撃で済んだ」

「いいのよ。こっちこそありがと」

 

 カイトを見つけ出すというリン達の目的も、一旦は達成した。次の目的が生まれてしまっただけだったが。

 討伐隊のハント対象は、王と護衛軍へと移行した。その中には、ネフェルピトーも居る。ならば、自ら叩きのめしてやる。モラウ達と合流するために元来た道を戻る中、リンは拳を握りしめる。

 

「姉さん、さっきはごめん。ちょっと頭に血が上ってた」

 

 隣を歩きながら、ゴンはリンに顔を向けずに言った。いつものように謝罪する時のしょんぼりした表情ではなく、強い意思を持っている。本当に納得した上での謝罪ではないのだろう。

 大切な人をようやく助け出したと思ったのに、酷い惨状を見せつけられた。気持ちのやり場がなく、ゴンは自分でも自分の怒りの向けどころが分からない。だからこそ、姉にも八つ当たりをしてしまう。

 

「……いいのよ。その怒りは敵にぶつけなさい」

「うん」

 

 それは幼い少年の、初めての挫折経験であった。そして挫折を知らないことは、ゴンとリン・キルア・クラピカ・レオリオとの、唯一の相違点でもある。

 

 これまでの人生で、ゴンは心から欲したものを逃したことはなかった。ハンターライセンス、大切な友との友情、護りたい命……。リン達と違い、大切な者を喪ったこともなかった。

 唯一、父親という名の肉親は欲しても得られないものだったが、初めから無いものは失うことができない。なによりカイトがその代わりになってくれたし、最終的には実の父親にも会えた。

 

 だが今回、そのカイトが死んだ。父親と慕ってきた大切な人の死、それはあまりにもゴンにとって衝撃的なものだった。リンもそれをわかっている。だからこそ、何も言わない。

 

「……」

「……」

 

 互いに怒りを堪えていた。大切な人を傷つけられて、何も感じずにいられるわけがない。仲の良い姉弟といえど、これくらいの衝突は十分考えられる範囲だ。

 これまでもこのようなことは無かったわけではない。だが、今回のそれは、根本的に異なる点があった。

 

「……絶対に直すからね、カイト」

「……」

 

 シュートがとっくに具現化を解除して目の前からは視えなくなってしまったカイトに対して、ゴンはそう呟いた。リンはそれに対して、何も言えなかった。

 

 カイトは、死んでしまった。だが、ゴンは頑なにそれを認めない、認められない。オーラの色という概念を真に理解できるのは、リンだけだからだ。

 操られているといえど、カイトは動いている。オーラを出している。何より、カイトが戻ってこないことを受け入れられない。それは初めての挫折としては、あまりにも残酷過ぎた。そして、残酷な事実を受け入れるには、ゴンは幼過ぎた。

 一方で、リンは年齢の割に残酷な現実に慣れ過ぎていた。ゴンの心の痛みを真に理解するには、リンの生きて来た道は過酷過ぎた。憤る一方で、カイトの死を『ハンターの人生はそういうもの』と思ってしまっていた。

 二人の道は、徐々に分たれ始めていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 女王の城が落ちた日から、数日が過ぎた。リン達は暫くの時間を以前と同じ、マンスリーマンションで過ごし待機している。

 女王派キメラアントの残党は、新種の魔獣というところで収まりがつくようだ。コルトはモラウの宣言通り、一旦はハンター協会の親会長派施設に身を寄せることになった。話がつき、コルトはモラウに別れを告げる。その場にはリンの他、ナックルとゴンも居合わせていた。

 

「本当に感謝する」

 

 リン達も居るのは、単純にこの後、今後の方針について会議をするからだが。だが、あの時コルトが取り上げた赤子がどうなっているのかは、純粋に興味があった。コルトに抱かれた赤子を見て、モラウが驚きの声を上げる。

 

「凄い生命力だな。あそこからこんなに成長したのか」

 

 王に栄養を取られていたから育たなかっただけであって、本来はもっと大きくなっているはずだったのだろう。キメラアント特有の生命力の強さも相まって、手のひらサイズだったのが経った数日で生まれたての人間と同じくらいには育っていた。

 

(なんか、既視感のあるオーラだけど……確認するのはまだ無理ね)

 

 大きく育ったことで、オーラもしっかりと識別できるようになった。その色は、数日前に死んでいると理解ってしまった仲間のものと酷く似ている。

 だが、確認するのはまだ難しそうだ。仮にリンの希望的観測が当たっていたとしても、本人すら転生していることを自覚しているとは思えない。

 

(私が転生してるのを自覚したのは、確か四歳の頃。キメラアントの成長速度を考えても、一カ月はかかりそうね)

 

 リン自身がそれを証明しているのだから、転生なんて馬鹿げた話だと笑い飛ばすのは難しい。少しだけ希望が持てたが、それでもまだ、ゴン達に話す段階ではなさそうだ。もしも予想が外れていたら、殊更にがっかりしてしまう。

 

「姉さん……ノウコが生まれた時の事、思い出すね」

「そうね。キメラアントだから、もっと成長は早いだろうけど」

「……」

「……レイナって名前、由来はあるの?」

 

 コルトが赤子につけた名前は『レイナ』。ナックルに聞いたところによると、名付けにも全く迷わなかったらしい。その理由を尋ねると、コルトは自分でも不思議そうな顔をした。

 

「いや、なんとなく頭に浮かんだ。以前から度々頭に浮かぶんだ」

「ふーん……」

 

 大方、前世の記憶と関係しているのだろう。だが、コルトは人間だった頃の記憶を詳細に思い出せたわけではないようで、自分でも自信がなさそうな言い方をした。そこに、ノヴが扉の向こうから顔を出す。

 

「そろそろ作戦会議が始まるぞ」

「ん、わかった」

「おう。……おらナックル、そろそろ泣き止め」

「うっす……」

 

 ズビズビと鼻を啜っているナックルを軽くはたくモラウ。自分も同じ穴の狢なのだが、ここでは師匠の顔をするらしい。いちいちツッコむ気にもならず、リンはノヴに続いて部屋を出た。

 

 会議場所は、モラウとノヴが取っていた宿。リン達以外のメンバーは既に揃っていた。

 

「あ、パーム」

(……もしかして、これからずっと弟達のイチャイチャを眺めないといけない?)

 

 入り口近くに居たパームに、ゴンが声をかける。一応、この二人は付き合っているのだ。リンとしては本当に解せないが。

 

「気安く話しかけないで、ゴン」

 

 だが、パームの返答は素っ気ないものだった。数日前半ば脅迫的に付き合えと言ってきたパームと同一人物とは思えない。

 

「え?」

「ごめんなさい、あなたの気持ちを弄ぶような真似をしてしまって……でもやっぱり私にはあの人しか居ないの……!」

 

 そう言ってパームがうっとりと見つめる先には、ノヴの姿。完全に眼がハートマークになっている。パームとゴンが会うのは女王の城に入る前に別れて以来だったが、思えばパームがゴンの居るマンションへ戻ってこなかったのもおかしかった。

 

「何アレ、どういう状況?」

「ゴンが振られたってとこかな。ノヴが本命だったんじゃね?」

 

 突然の破局宣言で固まるゴンをよそに、意味が分からずリンはキルアの耳元に顔を寄せてひそひそする。ドライなキルアが告げる現実に、リンはカチ切れた。ガルガルとパームに掴みかかろうとするのを慌ててキルアが止める。

 

「見る眼ないわね! ゴンの方が数億倍将来有望よ!」

「めんどくせーなお前!」

 

 弟に彼女ができるのも嫌だが、他の男に乗り換えられるのも腹が立つのだ。キルアの言う通り、面倒なブラコン心である。

 

「姉さん落ち着いて。俺、全然気にしてないよ」

「ま、元々無理やり付き合わされてたもんな」

 

 意外とドライな弟を前に、暫くするとリンも落ち着きを取り戻す。ギャグ的ターンが終了し、シリアスな作戦会議が始まろうとしていた。

 重要なのは、王の行方。そして当初とはハント対象が変化した以上、ミッションの確認は必須だ。

 

「こっからどうするの?」

「王は護衛軍と共に東ゴルドーの方へ移動中。拠点を築くまでこちらは手出しできねーとのことだ」

「正面からカチコミかけても返り討ちっスもんね」

 

 王のそばには、常に三匹の護衛軍が控えている。作戦を考えずに向かって行っても、王に辿り着く前に殺されるのがオチだろう。分断するにも、王の動きを探る必要がある。

 

「下ったキメラアントは、一旦は保護対象とすることになった。だが、その他の王となるために出て行った残党については討伐対象。王よりも今はこっちが優先する方が良いでしょう」

「つっても、ジジイの中で方針は決まってそうだけどね。私達の作戦会議の結果も含めて」

 

 この数日の間に人に会いに行っていたらしいが、こんなタイミングで会いに行くあたり討伐に関係するのだろう。数日前、城へ向かう前にネテロに会ったモラウに言わせてみれば「爺さん本気だ」らしい。

 

「師団長クラスは間違いなく、町一つ消すだけの脅威だからな」

「念能力持ってる事も考えると、死ぬよりえぐい目に遭う可能性もあるな……」

「そっちは俺が引き受ける」

「あ、師匠俺も行くっス」

 

 生まれたての兵隊蟻とはいえ、元々の戦闘力が群を抜いている。そこに人間特有の知恵や念能力に関する知識を身につけてしまった。早急に対応する必要がある。

 信頼できるハンターによって、師団長の捜索は既に行われているらしい。モラウはナックルに頷いた後、ゴンとキルアに顔を向けた。

 

「そのつもりだ。お前らはリンに従ってもう少し修行を続けろ。そんだけ若けりゃ、一日の修行でも伸び代はある」

「王が腰据えるまで待機、な。了解」

 

 モラウとノヴが中心となって師団長討伐の段取りを進める。ナックルとシュートはモラウに同行、パームは次回の作戦会議まで情報収集。そしてリン・ゴン・キルアは、修行をしつつ待機する運びとなった。方針がある程度纏まったところでリンは軽く手を挙げた。

 

「三日くらいしたら、新しい討伐メンバーが来るわ。次回の会議には顔合わせできると思う」

 

 ネテロにのみ連絡をしていた新たな討伐メンバーの勧誘。初耳のモラウは、討伐メンバー候補を全員引き連れて来た上にまだ何かするのかと半ば呆れ顔で、胡坐をかいた膝に頬杖を突いた。

 

「あ? リン、お前まだ誰か呼んだのかよ?」

「会長の許可は貰ったわよ。まだ未熟だけど腕も立つし、なにより治癒能力を持ってる。今回の任務で死者を出さないためにも必要だと思うわ」

「姉さん、誰呼んだの?」

「レオリオ」

「「レオリオ!?」」

 

 しれっと答えたリンに、ゴンとキルアが同時に叫んだ。別れてからおおよそ三カ月、こんなに早く再開の機会が訪れるとは思わなかった。というか、G・Iの時もリンがレオリオを呼びつけていたが、レオリオをこき使い過ぎではないかと思う。

 

「あいつ、よく引き受けたな。もう大学始まってるだろ」

「ジジイの権限で、今期の単位を保証してもらうってことになってる。言ってみるものね」

 

 少なくとも、メッセージでネテロはあっさりと了承した。つまり、リーダーが許可をしたということだ。モラウは「先に言っとけよ」と少しだけ不満そうにしながらも、それ以上は何も言わない。それは、リンを仲間として信頼しているからだ。

 

 そして更に数日後。リンはゴンとキルアを伴って、レオリオを迎えに駅まで来ていた。

 

「レオリオー!」

 

 そう時間が経っていないのに何年も会っていないかのように錯覚する彼は、リン達に気づくと以前と寸分たがわぬ笑顔を向けた。ゴンが嬉しそうにレオリオに駆け寄る。

 

「よぉ! またでかくなったかー?」

 

 その変わらなさは、今のリン達には救いだ。日々変わりゆく状況に心を痛め、覚悟ばかりで緊張の糸が張り詰めていた。リンがレオリオを呼んだ理由も少しわかるかもしれないと思いつつ、それを口にするのは恥ずかしくてキルアは憎まれ口を叩く。

 

「お前、リンにパシられ過ぎじゃね?」

「こればっかりは何も言えないわ」

 

 リンとしても、流石に少しだけ気にしている。せっかく受かったばかりの大学をほっぽかして、命を懸けるミッションに参加させるのだから。

 それだけではなく、単位は授与されるとはいえ勉強も後から巻き返さなければならない。気まずそうに頬を掻くリンに、レオリオはカラカラと笑った。

 

「そういうなって! 俺の力が必要だって泣きつかれたんだよ」

「泣きついてないわよ!」

「ハッハッハ!」

 

 少しでも気弱な顔をしようものなら、こうしておちょくられる。それがレオリオなりの心遣いだとわかり、リンは敢えて強気な笑みを作って見せた。レオリオをチョイスした自分は天才だろうと言わんばかりに。

 

「レオリオの治癒能力は貴重だからね。何かあっても、死なずに済むかもしれないでしょ?」

「……確かにな」

「おうおう! ナイス判断だぜ!」

「治癒能力者って除念師ほどではないけど、かなりレアなのよ? 念能力者なんてどいつもこいつも自己中なモンだからね~」

 

 リンの称賛に、わかりやすく喜ぶレオリオ。これは恐らく演技ではなく、素の反応だ。仲間が共に戦ってくれることが嬉しくて、ゴンはいつになく機嫌が良い。

 

「レオリオが居れば心強いよ! 姉さん、クラピカは誘わなかったの?」

「クラピカは今、必死に緋の眼を集めてるところだからね~。流石に気を遣ったわ」

 

 もっと言うならば、クラピカの能力は今回のミッションとは相性が悪い。対象を『絶』にできる能力は強力だ。しかしキメラアントは元々の生命力が非常に高く、『絶』にしたところであまり優位に立てる相手ではない。

 なにより、少し前に会った時のクラピカは必死に仕事と緋の眼集めをしていた。自分自身の力でハントしたいとG・I終了時に言っていたクラピカを思い出すと、リンは気軽にクラピカを誘えなかった。

 

「勉強中のレオリオには気を遣わないけどな」

「それを弄るフェイズはもう終わったでしょ!」

 

 そんな漫才を交わしつつ、マンションへの道を歩く。人の多い街中を歩くリン達は、今だけはただの友人同士だ。

 

「大学ってどんな感じなの?」

「毎日医学の勉強だよ。まだ一年だからパンキョーも多いけどな」

「ぱんきょー?」

「一般教養」

 

 楽しそうに会話をしているゴンとレオリオから少し離れて、キルアはこそっとリンに話しかけた。

 思えば、カイトの惨状を見てからまだ十日も立っていない。にもかかわらず平然としているリンがキルアには心配に思えたからだ。

 

「リン、大丈夫かよお前。その……無理してるだろ」

「それを言うなら、ゴンの方がよっぽど無理してるでしょ。こないだの城でのことが嘘みたいにケロッとしてるじゃん。あれ、嵐の前の静けさ」

「そーだけど……」

 

 確かに、今のゴンは先日のやり取りが嘘のように朗らかだ。修行でも以前のような焦りはみられないし、のんびりと修行を楽しんでいるように見える。

 リンに対してもわだかまりを抱えたまま形だけの謝罪をしていたのが嘘のように、今まで通りの態度だ。モラウに言わせれば、あれは『ぶつけるべき相手にぶつけるためのバネ』らしい。

 

(……だからこそそのムラッ気が怖いんだけどね)

 

 その意見にはリンも同意だ。しかしだからこそ、その相手への感情が爆発した時が怖かった。姉である自分にも抑えが効かなくなるのではないかと。

 

「でも、やっぱお前も無理してるように見えるぜ。ゴンのことは俺が見とくからさ、ちょっと休んでも良いんじゃねーの?」

「今でもキルアに頼り過ぎてるくらいよ。心配してくれてありがと」

 

 冗談交じりに「姉ちゃんは大丈夫よ」と言ってキルアの頭にポンと手を乗せる。いつものように「揶揄うなっての」と返して軽く手を払いのけつつ、キルアの心配は拭いきれなかった。

 

 そんな葛藤は、街中に響き渡る悲鳴にかき消された。悲鳴が聴こえた方へとリン達が顔を向けると、そこには異形の存在と血塗れになってこと切れた人間が二、三人転がっている。

 そこを中心にして、人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。血生臭さが鼻について、それが現実だと理解させた。

 

 恐らく、キメラアント。人間を中心にウサギと鳥を合わせたような姿の男は、リン達に気づくと……いや、ゴンとキルアに気づくと、怒りと喜びが入り混じった表情で愉悦した。

 

「見つけたぞクソがァ!!」

 

 どうやら、ゴンとキルアは探されていたらしい。それも、あまり友好的とは言えない方向で。間違いなく女王派から抜けたタイプの、討伐対象であるキメラアントだ。

 

「あれ、殺しても良いタイプのキメラアントよね。知ってる奴?」

「俺達がNGLで討伐し損ねた奴。めっちゃ恨んでるっぽいな」

「そりゃそうでしょ」

 

 人間らしく、怨恨をしっかりと抱えているようだ。キメラアント……ラモットは、リン達全員を見据えている。ゴンとキルアだけでなく、仲間であるリン達も恨みの対象らしい。そうでなくとも、人間であれば先程殺したように楽しんで虐殺していたのだろうが。

 

「うぉ、あれがキメラアントってやつか」

「怖気づいた?」

 

 初めてキメラアントという生物を目にしたレオリオが、驚いたように一歩引いた。リンが揶揄うようにレオリオに声をかけると、ムッとしたようにレオリオは自身の頬をぱちんと叩く。

 

「うんにゃ、やってやんよ」

「あくまで今回のレオリオは、治癒メインの後方支援がミッション。荒事は私達がやるわ」

 

 G・Iを共にプレイした時は、レオリオやクラピカの方がゴン・キルアと比べて実力は上回っていた。だが、この一カ月の修行でその実力は一転している。それだけゴン達のこなした修行が常軌を逸していたのだが。

 それはレオリオの戦闘力が今回のミッションには見合っていないことを意味する。ここから修行をする予定ではあるが、レオリオには自衛以上の戦闘を任せるつもりはなかった。

 

「殺してやる! こっちは殺してやりたくてうずうずしてたんだ!」

「俺がやるよ。俺が逃がしたんだし」

「いや、私にやらせて。まだキメラアントと一戦もやったことないし、力量を見ときたいのよ」

「お前が先かよアマ……見せしめにぶち殺してやる!」

 

 女だからと舐めているのだろう、ラモットはリンが一番手だと知ると、あからさまににやけた表情になる。さながら、食前酒を楽しもうという心境だろうか。

 

「頭蓋骨ぶち壊して! はらわた引き摺り出して! 汚ぇツラが歪んでるとこガキ共に見せつけてやる!」

「あ? こんな美人のツラ見て、どこが汚いのよ殺すぞ?」

「そこ?」

「どっちにしても殺すだろ」

 

 舌戦に興じるリンだが、怒るポイントがそこなのかと、思わずゴンとキルアがツッコむ。ラモットの身体運びから力量を測りつつ、その性根の悪さにうんざりした表情を見せた。

 

「生で見ると、ホント胸糞悪いわね。クソみたいな性格モロに出して悦に浸ってる虫ってのは」

「ヒャハハ! 殺す! 殺す殺すゥ!」

 

 そう叫び、リンに向かってくるラモット。だが、攻撃に至るよりも先にリンが殺気を放つ方が早かった。

 

 噴き出すオーラと共に向けられた殺意。それは念能力を手に入れて有頂天になっていた自分が即座に敗北を知った、ネフェルピトーから発せられるものと同じもの。圧倒的上位の生物から向けられるものだ。

 唯一異なるのは、殺気の質。ネフェルピトーがラモットを取るに足らない存在と認識していたのに対して、リンが向けるものは正真正銘、ラモットを殺そうとするもの。すなわち、数瞬後の己の死をラモットは即座に悟った。

 

「ほざいてなさいよ、ゴミムシ」

 

 これまで堪えていたやり場のない怒り。弟から向けられた八つ当たりの感情。それら全ての捌け口として、ラモットは非常に好都合な相手だった。

 オーラを強く纏った拳が、全力の力でラモットの顔面を打つ。頭部のみならず、衝撃波でその身体はバラバラに散った。遅れて、衝撃で発生した風が周辺を強く吹き付ける。

 

「わ……」

「討伐対象つっても、人型殺すのはちっと心にクルな……」

「……」

 

 細かくなった肉片と血が、あちこちに飛び散る。【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を傘代わりにして防ぎながら、リンは内心冷や汗をかいた。

 

(やっば……。研究チームに検体送ろうと思ってたのに、消し飛ばしちゃった……)

 

 NGLで討伐したキメラアントは、そこから持ち帰ることは難しかったはずだ。街中に出現したのだから回収もしやすいだろうと思っていたが、回収するものがないのではどうしようもない。

 

(全力で攻撃する時点で分かってたけど……ここまで脆いとは思わなかったし……。やっちゃったもんは仕方ない……)

 

 やってしまったものは仕方ない。何食わぬ顔で能力を解除し、ゴン達には初めからこうするつもりだったという顔をして誤魔化しておく。

 暫くして、警察が到着した。ハンターライセンスを提示して安全になったことを説明し、事なきを得る。流石は天下のハンターライセンス、そのままマンションに帰る事もできそうだ。

 

「邪魔が入ったわね。帰ろ」

「うん!」

 

 リンは心なしか少しスッキリした表情で、ゴン達に声をかけた。それぞれ思うところはあるが、一旦はマンションに戻りたい。だが、キルアはやはり不安を拭えなかった。

 

 怖かった。清濁併せ呑んで生きているリンが、内側に秘めたドロドロとした感情を隠して、それでも平然としていることが。そして、自身も余裕がないくせにゴンとキルアの感情を受け持とうとしている、姉としての責任感の強さが。

 だが、それを口に出してはいけない気がする。それは、リンにとっての譲れない部分だろうから。そして、心のどこかでキルア自身もリンを姉として頼りたいと思っているところがあった。イルミやミルキには頼れなかった心の弱さは、リンとゴンへの無意識な依存として形になっていた。

 

 だが、レオリオが来てくれた。それはリンの言う通り、治癒能力者の参加によってこれからのミッションへの保険ができたことを意味する。何より、信頼している仲間の参加。心強いというもの。

 不安はある。だが、ほんの少しだけ希望が見えてきた。

 

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