リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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一次試験を受けよう!

 説明されたトンネルに入り、暗い道を歩く。コツコツと自分の足音だけがトンネルの中で反響している。他にも受験生は居るはずなのに歩いている人間はリンしかおらず、なんだか不安になってくるリンだ。

 

(ここ…ここで合ってるよね?本当に合ってるよね?間違ってたら私、異国で迷子状態なんだけど)

 

 子璃子に示されたのはこのトンネルだ。ならば黙って進むしかない。間違っていたらその時はナスビ=ホイコーロでも眺めてから帰ろうと開き直るリン。

 

 奥の奥まで歩いていくと、三人ほどの男がトンネルで作業をしていた。本来大人数で作業するはずのトンネルに三人しか居ないのも、冷静に考えればかなりおかしな話だ。それもまた試験の目印なのだろう。

 

「嬢ちゃんここは通行止めだぜ?帰りな」

 

 男の内の一人にそう言って止められた。向こうも仕事だから当然だが、一瞬やっぱり自分が勘違いしていたのではないかとドキッとするリンである。

 

「ここを真っすぐ行くとラーメン屋があるんです」

「ああ、ラーメン屋ならそこの脇道から行きな」

 

 予め聞いていた合言葉を言うと、隠れていた脇道を提示された。なるほどここを通って行けという事らしい。

 

(よかった…ちゃんと合ってた…ほんとこういうの苦手)

 

 秘密の合言葉に厨二心は刺激されるが、間違っていたらと思うと心がしょぼしょぼする。何より必要以上に知らない人と話したくないリンにとっては、あまり嬉しいイベントではない。

 

(まだトンネル。しかもこっちは整備されてないし)

 

 通された脇道は、人ひとりが通れるのが限界くらいの細い道だった。身体の小さいリンには十分な広さだが、明かりもなく真っ暗な道をずっと歩き続けるのは気が滅入るというものである。

 

(暗い道って好きじゃないのよな…お化けとか出そうだし)

 

 念能力者であるリンは、お化けと一般的に言われるものが死後の念、もしくは念の残留物に過ぎない事を知っている。だが、怖いものは怖いのだ。これはもう完全に気持ちの問題である。

 

(大丈夫!お化けなんてないさ!この世で一番怖いのは人間、そう人間…)

 

 これから向かうのはそんな怖い人間の中でも特に怖い人間が集まるハンター試験だ。それはそれで大問題のはずだが、リンは気づいていない。

 

 頭の中で『おばけなんてないさ』をエンドレスループしていると、気づけば歩き出してからかなり時間が経っていた。腹具合から見て、合言葉を言ってから四時間くらいかと予想する。

 人が居ないのをいい事にスキップしてみたり猛ダッシュしてみたりしていたが、運よくというか悲しい事にというか、誰に出くわす事も無かった。

 

 そうしていると徐々に光が差し込み、出口が見えてきた。久しぶりの光に一瞬目が眩む。

 

(よかった。退屈過ぎてそろそろ歩きながら熱唱するところだった)

 

 スキップなら許されるが、流石に熱唱していたら他の受験生にも丸聞こえだっただろう。内心胸を撫でおろすリン。もう少しで歌いながら登場する頭のおかしな少女と烙印を押されるところだった。

 

 かなりの大きな都市から来たはずなのだが、トンネルを抜けた先は植物を最優先にデザインされた緑豊かな街だった。何時間も歩いていたのだから当然ではあるのかもしれない。

 

 自然を活かした建造物たち。しかし人工物よりも樹木の方が多く植えられており、フォレストタウンの様相を呈している。

 穏やかな自然の中、中央にそびえたつ大きな木が、ひと際目を引いた。

 

(カントン市、でかい木…ってなると、昔観光マップで見た世界第三位の大木か)

 

 カントン市は世界規模で見てもかなり広い街だ。しかしその全域が栄えているわけではなく、地域によっては自然のまま手付かずになっている場所も多い。

 世界第三位の大木はそんな自然が豊かな地域に位置していたと、かつてゾルディック家で見た観光マップの記憶を手繰り寄せた。

 

 標高は確か882メートル…あれ、3だっけ?とうろ覚えの記憶を探る。世界樹とは異なり自然を大切にしているらしく、最低限の店はあるようだが観光地として押し出しているわけでは無いようだ。そしてハンター試験のためか、人払いまで丁寧に行われている。ここに居るのは恐らく全員受験生だろう。

 

「メイメイ、でかい木だねぇ」

「キュ」

 

 木のてっぺんはリンの視力でもギリギリ見る事ができるかできないか。生い茂った葉が水平に広がり、まるでヒラタケのようにも見える。世界規模の大木というだけあって木の幹から感じるオーラも漲っており、一種のパワースポットのようだ。

 

 そんな見る者を穏やかな気持ちにさせる大木のふもとに、いかにも場違いな人間が多数揃っていた。誰も自然に思いを馳せる事などなく、各々が武器のチェックや筋トレ、イメトレなどと戦闘前の闘士の雰囲気を漂わせている。

 

「受付します。ナンバープレートをどうぞ!」

 

 ビーンズが事務的に番号札を配る。リンの番号は1029番。今年は試験会場まで到達した人間がかなり多いらしい。

 

(ふおおおお!これがあの番号札!持って帰っていいやつかな?いやまず合格しなきゃなんだけど!)

 

 実物で見る公式グッズに興奮が抑えられないリン。できれば傷がつかないよう丁重にメイメイに収納したいところだが、これがないと受験できないので仕方なく胸に着ける。…それはそれでテンションが上がるのだが。

 

(私受験生って感じじゃん?さあ、ハンター試験だ何が来る!どんな試験でも乗り越えてやるさ!そしてここでもわんちゃん原作に出ていた人物と会えるかもしれない!テンション上がって参りました!!)

 

 明らかに他の受験生たちとは異なる興奮と緊張でいっぱいのリンである。

 

 一時間ほど待つと、袈裟を纏った坊主らしき人が木の上から飛び降りてきた。大した衝撃もなく数百メートル上空から飛び降りてきた姿に、どよめきが起こる。リンも思わず拍手をしてしまった。

 男は坊主頭を軽く撫で、明朗快活に笑う。

 

「俺はネイチャーハンターのクーカイ。出身はジャポン、好きな食べ物は味噌汁!」

 

 ここでは何が起こるかわからない。どんな試験内容が提示されるのかと身構える受験生たち。ジャポン出身のクーカイに親近感を覚えるリン。

 

「一次試験は木登り。先着100名までが、二次試験の挑戦権を手に入れる。んじゃ、はじめ!」

 

 思ったよりもシンプルな説明と共に試験は始まるのだなとのんびり思うリン。クーカイ登場から20秒しか経っていないのだから、リンにしては割と同意を得やすい感想の部類だ。

 

 そしてそう言われると同時に、一次試験開始を示す鐘の音が大きく響いた。ご~ん…と響いたそれは、前世で見た除夜の鐘によく似たデザインをしている。同じように頭を剃り込んだ弟子らしき坊主たちが鳴らしたらしい。

 

 わざわざこのためだけにあんな大きな鐘を持ち込んだんだろうか、などとリンがぼんやり考えている間に、受験生たちは大木に向かって押し寄せていた。当然だろう。受験生は千人越え。その中で先着百人に入らなければいけないのだから、暴動も起きる。

 

「おいどけ!」

「お前がどけ!」

「息…できな…」

 

 前方のあちこちでそんな罵声が響き渡る。窒息者が出る程には大木の前は人でごった返しているようだ。

 その一方で、既に数十メートル登っている人間もいればリンのようにさして急ぐでもなくゆっくり歩いていく人間もいる。そんな各自バラバラの動きを見せている事が、今更だが試験がスタートしていると感じさせた。

 

 そしてそんな中、リンは明らかにのんびりしている部類だ。まだ一歩も動かずに立ち尽くしているのだから。それは勿論、驚いているとか気圧されているとかが理由ではない。

 

(絡み合う男たち…イイ!)

 

 本人たちは命懸けで挑戦しており既に死者も出ているのだが、不謹慎ながらも本能的に萌えてしまうリンである。業が深い事だ。

 

 ふと、自分と全く同じ雰囲気で男たちを眺めている人間が近くにいる事に気が付く。自分より少し前方で、自分と同じようにぼんやり立ったまま大木を眺めているのだ。

 

 一見、ハンター試験の空気感に気圧されているようにも見えるが、同類の匂いに敏感なリンにはすぐに理解できた。

 

(…お仲間か)

 

 うっすらとしたパステルグリーンの髪を二つ結びにした少女は、リンより少しだけ年上に見える。オーラの色は薄い紫。少し気まぐれで自分の欲望に忠実なタイプの人間に多い色だ。ダンスジャージとスポーツブラだけのシンプルなファッションは都会に良く馴染むだろう。

 

 リンの視線に気が付いたのか、少女も振り返りこちらを見つめる。一瞬視線が交差しただけだったが、それだけで互いに互いの趣味が一致している事を理解した。少し微笑みあって再び視線を逸らす。会話の一つも無かったが、試験合格を互いに応援している事は伝わった。

 

(あの子…後でタイミングがあったら話しかけてみよう)

 

 密かに夢だった『ゴンのようにハンター試験で友達を作る』が達成できそうな気配に、テンションが上がってくるリンである。

 

 そんな事を考えながらも気持ち程度の準備運動を行い、目の前に佇む大木を見据えた。木登りと言ってしまえば響きは可愛らしいが、この大木を登り切るのはプロのアスリートや登山家でも厳しいだろう。

 

(よし、そろそろ行くかな)

 

「メイメイ、いくよ」

「キュ!」

 

 勢い良く助走をつけ、もみくちゃになっている男たちを飛び越えて大ジャンプをした。隣でメイメイがふよふよと翼をはばたかせ隣を飛ぶ。

 念を使えばもっと高く跳べるのに…と思いながら木の幹に掴まったその高さは地面から約10メートル。手で触れると大木に生命エネルギーが満ちている事が分かり、少し驚いた。この木はまだまだ大きくなるだろう。

 

 少し足に重心を乗せながら、木の成長の流れに沿って登っていく。遠目に見ると堂々とまっすぐ伸びている大木だが、意外とその幹はねじ曲がっており成長過程で試行錯誤したことが伺える。

 そのため、真っすぐ上を目指すよりも木の成長に沿って登った方が結果的に安全かつ早いと判断し、流れに従う事にした。

 

 千人越えの受験生だが、まだまだ大半は木に張り付く事すら満足にできずにいる。数十名は木を登り始めているようだが、その表情はかなり険しいものだ。

 

(あれ?あの人見た事ある気がする…アレだアレ。…え~と…殺されてた人!えと…キルアに~あ、そう!ボドロさんだ!)

 

 下を見下ろしていたリンは、ふとその中に見た事のある人間が居るのを見つけた。白髪の武人は木に登るため、周囲の受験生たちを蹴散らしている。流石は原作で最終試験まで残った人材と言うべきか、彼を中心にぐるりと半径五メートルほどの人間は皆地面に倒れ伏している。

 

(おお、ボドロさん、いくか?登るか?やるのかー!)

 

 思わず木登りを忘れて実況を始めるリン。

 

 周囲の人間が減った事でようやく木を登り始めるボドロ。そうして少しずつ登っていくが、他の受験生が投げたガラス瓶が頭に当たり、あっけなく落ちて行った。

 

 通常の人間なら墜落死の高さだったが、目を白黒させながら起き上がるボドロ…タフだ。しかし目が回っているらしく、あっちへふらふら、こっちへふらふらとよくわからない動きを始めた。受験生たちの混乱が更に激しくなる。

 

(ボドロさん、あっけなく散って行ったな…また来年頑張ってくれ…いや、頑張らない方がいいのか?キルアに殺されるかもしれんわけだし…)

 

 他人事のように眺めていたリンだが、よく考えれば自分も今は受験している最中だったと思い出した。頭上にはまだそこまでの人数は居ないが、急いで登り始める。

 

(にしても登るだけって…地味!)

 

 体力試験なんて地味なものだから、仕方ない。

 

「メイメイは飛べるから楽よね~」

「キュ~」

 

 パタパタとリンに連れ添うように飛ぶメイメイ。制約を利用して上まで上げてもらう事も可能ではあるが、言うまでもなく念能力縛りをしているリンはそれをしない。

 

「ていうか、そんな小さい羽でどうやって浮いてるの?」

「キュ」

 

 動物と話し始めたらコミュ障待ったなしだと思っているリンだが、メイメイは別枠だ。ペットを飼っている人間が自分のペットにだけやたら話しかけるのと同じである。

 

「パンダと話しながらなんて、のんきなモンだな」

 

 少し頭上から厭味ったらしい声が飛んできた。見上げると、リンと同じ年くらいの少年が馬鹿にしたような呆れ顔でこちらを見下ろしていた。太陽に反射した金髪が、嫌味なくらいに輝いている。

 

「木登りだよ?呑気に楽しんで良くない?」

 

 リンの中では少なくとも一次試験に合格するのは確定事項だ。実際、他の受験生たちもどんどん追い抜きかなりスムーズに登っている。既にあと半分というところまで来ているのだから、余裕かますのも当然ではある。

 

「ま、それは同意だけどな。退屈だよこんな試験」

 

 そう言うと、少年は器用にあくびをする。何となく雰囲気や言動にキルアを感じるリンだが、当然キルアの血縁者ではなさそうな雰囲気だ。

 

(ただの厨二病か)

 

 初対面の相手にかなり失礼な事を考えるリン。そのまま二人無言で木を登る。

 

「お前さぁ、何でこんな試験受けたの?ガキが来るとこじゃねぇだろ」

「同い年くらいじゃん。人の事言えないでしょ」

「俺はいいんだよ」

 

 限りなくトリミングすれば、木登りをしながらお喋りする微笑ましい子ども達に見えなくもない。その子どもたちが登っているのは地上から数百メートル離れた所だが。

 

「親父を殴るため」

 

 さっきからいちいち喧嘩腰な少年に、短気なリンは少しイラッとしていた。そのため、可能な限りシンプルな返答を返す。少年は「わけわかんね」としか言わなかった。

 

「そっちは?」

「教えねー」

 

 少年の方から話かけてきたくせになんて失礼なんだ、と憤慨するリン。

 少し落ち着いて大人な目線で見てみれば、この年頃の男の子がまともに女の子に話しかけるのなんてかなり難しいとわかるが、リンはそこまで大人でもない。色んな意味で。

 

「ふーん、じゃあいいや」

 

 そう言って、リンはわざと少年を抜かすスピードでシャカシャカと登り始めた。『今までの登るスピードなんて目を瞑ってもできるくらいトロいもんなんだよ』という暗黙のメッセージだ。性格が悪い上に大人げがない。

 

 念能力で鍛えた身体な上に野生児なリンだ。流石の少年もそれには追いつけず、啞然としてリンの姿を見上げるしかなかった。

 

(にしてもさっきの少年、かなり美少年だったな。年も近いなら友達になりたいとも思ったんだけど…しかし、ショタ系はあまり見てこなかったが、彼なら美味しいかも)

 

 お前は友達になりたいのか“そういう目”で見たいのかどっちだと言いたくなるが、両方だ。その割には喧嘩腰で話した後なのだが。

 

 一人で登っていると、意外とすぐ頂上に近づいた。キノコのカサのようになっている部分を天井に張り付くような姿勢になりながら進み、縁から顔を出す。予想通り、てっぺんには緑が生い茂っている。

 

「すっご…」

 

 木の頂上は草木が絨毯のように密集し、まるでカーペットを踏むように歩くことができた。気分はナウシカ、メイメイのポジションはテトだろう。

 

 その中央に大きな鳥の巣が乗っていた。巣の主は渡り鳥らしく、中は空っぽである。リンの登るスピードが速かったのかそれとも他のルートが困難だったのか、頂上にはリンの他に2、3人しか居ない。

 

 歓声を上げながら辺りを見渡すと、豊かな山々の向こうにある街の風景までもがよく見えた。その更に遠くには、リンが来た都市が薄っすら見えている。

 

「良~い景色だろう?こんな景色が山程見られる。ハンターの醍醐味さ」

 

 いつの間に登ってきていたのか、景色をぼんやりと眺めるリンにクーカイが話しかける。まったく同意だったリンも、黙って頷いた。

 

「うん。本当に綺麗。疲れも吹っ飛ぶね」

「たった15分で登ってきたのに、疲れたのか?」

「言葉の綾ってやつかな。木登りも楽しかったよ」

 

 リンがそう言うと、驚いたようにクーカイは目を見開き、そして豪快に笑った。ばんばんと強めに背中を叩かれる。普通の子どもだったら数十メートル吹っ飛んでもおかしくないような力強さだった。

 もしもそのせいで木から落ちたらどうしてくれるんだと少し思うリンである。

 

 リンが念能力者である事はクーカイもわかっているが、念能力者=ハンターに向いているわけでは無い。純粋に高い身体能力を持ち、ハンターの気質を備えている目の前の少女を、クーカイは楽し気な目で見た。

 

「そりゃあいい。苦境も楽しめる奴は、ハンターに向いている。頑張れよ」

「うん。ありがと」

 

 そうしてリンは、一次試験終了の鐘が鳴るまでぼんやりと景色を眺め続けていた。

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