リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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作戦【1】

 レオリオが到着して、更にいくらかの日々が過ぎた。状況を説明し、ナックル達とも顔合わせをしたレオリオは、驚くほどに討伐メンバーに馴染んでくれている。レオリオなら大丈夫だろうと思っていたが、嬉しい誤算だ。

 レオリオを加え、修行の日々を過ごす。一方、ナックルやシュートは方々に散ったキメラアントの残党を討伐するために動いていた。状況が変わったのは、割符を賭けた本気の勝負をしてからもうすぐ一カ月が経つかという頃のことだ。

 

 王が東ゴルドーに腰を落ち着けたという情報が入った。従ってリン達九人は、列車に乗り数日かけて国境を渡る旅路につく。

 

「そ。……お願い! 珍獣ハンターなんだから難しくはないでしょ。まあ無茶振りしてる自覚はあるわ」

 

 ガタゴトと響く列車の音と風を感じながら、リンはナックルに貰った連絡先から電話をかけていた。ゴン達のハンター試験ぶりに聞くその声の主は、イモコ。かつてナックルと共に流星街で出会った相手だったが、このタイミングで彼女の力を必要とするのも不思議な縁だ。

 

「二人だけが頼りなの。報酬にも色をつける。お願い。……ありがと、イトコにもよろしくね」

 

 といっても、これはキメラアント絡みではなくリン個人の依頼。電話口のイモコはいかにも渋々と言った声となかなかに吹っ掛けた報酬と共に引き受けたが、イルミのぼったくり商売に慣れているリンには大した額ではない。

 通話を終えると、列車の中に戻る。面々はリンを置いて、既に昼食に手を付け始めていた。

 

「宮殿つっても、総帥の居城を奪った形だけどな。てめーがトップ名乗んなっつー点ならどっちもどっちだ」

 

 箸を軽く振りつつモラウが言う。人の乗っていない列車だからか、あまり周囲へ聞かれるリスクを気にしていないらしい。揚げ物が多めの弁当は、ロベリオで予め購入しておいたものだ。

 

「更に、その時期からディーゴ総帥が建国記念大会の国民全員参加を呼び掛けている。異例な上に、このタイミングだ、何かあると考えるのが普通だろう」

「コルトによると、そこで国民選別が行われる可能性が高いらしい」

 

 コルトは自分達の身の安全を保障してもらう代わりに、王や護衛軍の行動を予測する役割も引き受けている。人間的思考で読みやすいと言えど、まったくの別生物。同族であるキメラアントの方が方針は予測しやすい。

 

「国民選別ゥ?」

「兵隊づくりだろ。王と護衛軍三匹だけじゃ城とは言えねーし。人間的な思考をするなら、人員を増やしたいって考えるのは自然だ」

 

 レオリオとキルアがそうやり取りをする中、ゴンは少しだけ表情を硬くした。人間を招集して兵隊づくり、恐怖政治でも人間がそう簡単に思うように従うわけがない。

 ならば、恐らく王は人間を作り変えて操るだろう。カイトのように、尊厳と魂を破壊して。

 

(……むしろ、カイトレベルが来るなら良い方。ネフェルピトーだって、改良を加えてくる可能性が高い)

 

 より悪辣、かつキメラアント側にはより効率的な方法で、兵士を増やしてくる。そう見ておいた方が良いだろう。敵としても脅威になる可能性がある。

 

「詳しくは到着してからの判断になるが……方針だけはある程度決めておきたい」

「会長も現在行方知れずですからね」

「ジジイは今、何してるの?」

「既に東ゴルドー内に潜伏してるって話だが……じっくり牙でも研いでるんだろうぜ」

 

 ネテロ直々の指示は、『王から護衛軍を引き離せ』のみ。だが、引き離しただけでハイ終わり、というわけにもいかない。人類のためにも、護衛軍の討伐は必須だ。

 そのためには連携が要る。そして、事前に可能な限り情報を集めておく必要がある。ノヴは眼鏡をずり上げつつ、隣に座っているパームに眼を向けた。

 

「パーム、お前に先んじての潜入を頼みたい。王を『視』て、常に居場所を把握できるようにする。そうすれば、ミッションの達成率は跳ね上がる。……できるか?」

「はい。……ノヴ様のためなら」

 

 リン達もパームの能力の詳細は知らない。だが、ビスケを探し出したりするあたり探知系の能力なのだろうと予想はしていた。そしてノヴの言葉、恐らく実際に眼にした者の居場所を知る能力もあるのだろう。

 だが、それはある種、直接討伐するよりも難易度の高いミッションのように思える。ゴンと共に座っているキルアが、モラウの背後から身を乗り出して抗議した。

 

「でも、どうやって? パームはそう潜入に向いてるわけじゃねーだろ」

「偉いさんってのは、総じて色に目がねぇもんだ。王の種付け候補か、もしくは側近としてすげられるであろう人間の女か……怪しまれずに潜入する手段は(パーム)ならば案外ある」

 

 ディーゴ総帥の宮殿を乗っ取った王といえど、外交や人民に怪しまれずに物資の流通を行うために、側近の人間数名は生かして働かせているだろう。それらの人間は独裁政治のディーゴ総帥に仕えることで、自らも甘い蜜を啜っているような下卑た人間だ。

 そして、王自身も。キメラアントの習性として、別種の雌と交配することは必須となっている。確かに、男性よりは明らかに女性の方が潜入しやすい。

 

「……」

 

 キルア達はモラウの説明に納得しているが、とリンは黙ってその成り行きを見守っている。言いたい事は数々ある。数々、だ。しかし、パーム本人が了承している。そして、この役割を放棄してはパームに割り当てる役割が無いのも、ミッションの達成率ががくりと落ちるのも事実。

 

「それより問題は、見つかった時のリスクだ。カイトの件しかり、あっちには肉体を改造する能力を持つ奴がいる。コルトの話によれば、念能力についてもそこから知ったらしいしな」

「ネフェルピトー……」

 

 すなわち、殺されるよりも生かして情報を奪われるリスクの方が、作戦には致命的ということだ。ノヴが重々しく言う。その残虐な行いをするのが誰かも全員が察しており、ゴンはぽつりとつぶやいた。

 

「情報を抜かれる可能性がある、これは致命的だ。その際には捕まる前に速やかに自害する必要がある。これがキツい」

(自害がキツい……ね)

「私の命はノヴ様のもの。必要とあれば喜んで……」

 

 モラウの言葉に、全員が顔を顰める。誰よりも重く残酷な任務を、この場の誰よりも非力なパームが背負う。命を懸けて戦うとはいえ、自死を選ぶことの恐怖は計り知れない。

 だが、それでもパームの返答は変わらない。しかし、よく見れば僅かに手が震えている。ノヴはその手をそっと上から握った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「パーム、本当にいいの?」

 

 数日にわたる列車の旅。真夜中に用を済ますためトイレに立ったリンは、そこで偶然にもパームと鉢合わせた。

 リンとパームは、正直そこまで仲が良いわけではなく信頼しているわけでもない。普段ならば軽く会釈なり挨拶なりで済ませていただろう。

 しかし、唯一といっても良いくらいの一対一で話せるタイミング。それが突如訪れて、リンは思わずパームに声をかけていた。車内の壁にもたれ、行く先を遮る形で顔を見る。

 

「……何が?」

「ミッションの話よ。明らかに死ぬ確率の方が高いわ」

 

 パームの役割は、能力によって敵の動向を確実に把握する、補佐。だが、それに懸けるリスクはあまりにも大きい。モラウ達もそれは理解しているが、彼らはまだ勘違いしている。

 

「それはあなた達も同じでしょう?」

「それだけならまだ何も言わなかったわ。潜入の方法よ、私が言いたいのは」

 

 欲を満たすための女に紛れ込み、潜入する。死ぬことは無かったとしても、十二分に心身を傷つける任務だ。男達は、この役割の負担を本当の意味で理解していない。特にノヴは、パームが心底惚れこんでいる男なのに。

 

「女として宮殿に潜り込めって、パームを軽く見過ぎじゃない?」

「仕事だもの。必要ならば何でもするわ。あなただってそうでしょう?」

「それはそうね。でも、やりたい事ではないわ。そうなった時に断る権利があるとも思ってる」

 

 ハンターとして、そして仲間のために何かを犠牲にするのは厭わない。だが、それはあくまで『自分の意思によって』決定される事だ。当然のように仲間から期待されて、仕方なくやるものではない。

 

「当たり前のように身体張る事を求められてる。これは命を懸ける戦いだけど、尊厳を踏みにじられて当然の戦いじゃないわ。正直、聞いてて男連中にムカついた」

 

 リンにとっては、パームがノヴの期待によって仕方なくやりたくないことをやっているように見えた。そしてそれが操り人形として使われるカイトにも重なって、少しばかり苛立ったのだった。

 だが、リンの感じたことはパームの本心とは少し異なるらしい。パームは軽く髪を弄りながらも珍しく言葉少なに、しかしはっきりとした意思を持ってリンに返した。

 

「私にだって覚悟があるわ。ノヴ様について行くための覚悟が」

 

 つまりは、仕方なくやっているわけではないということだろう。ある種妄信的な、しかし純粋な覚悟だ。強化系特有とも言える単純かつ一途で美しい感情。

 だが、周りを全く見ていないわけではない。このミッションで受ける傷も、死の恐怖も、パームは全てを理解している。

 

「そのためなら何でも懸ける。命でも、この身体でも」

 

 その眼は、間違いなく覚悟を決めた者の瞳だった。若さや才能、力量を振りかざし、ある種生き急いでいるとも言えるリン達とはまた違う。死への恐怖や、ミッションの恐ろしさを全て理解して、それでも受け止めて前へ進もうとする大人の眼。

 

「パーム……かっこいいのね」

 

 この時、リンはこれまで会った誰よりもパームを尊敬した。パームの内に秘めている強さは、討伐メンバーの誰よりも強いものだと。

 

 パームはそれに対して、何も言わなかった。だが、互いに互いへの認識が変わった瞬間だった。彼女達にしか理解できない、女同士の確かな信頼へと。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 更に数日が過ぎ、リン達は東ゴルドーに到着した。

 降り立ったのは、首都であるペイジン。都会の街並みを擁しており、しかし建築物にはその国独特の文化も見て取れる。異文化(カルチャー)ハンターとしては、本来ならばなかなかに興味を惹かれる風景だ。

 だが、この中には既に多数のキメラアントが潜伏している。王について行った師団長や、その配下たちが。そして護衛軍は、利用価値があるうちはそれらを使うだろうと、これもまたコルトの見解だった。

 

 ゴン達がネフェルピトーと邂逅してから、一カ月。そこから更に一カ月が過ぎた計算になる。現在八月に差し掛かったところ。国民選別は十日後に迫り、恐らくその日がミッションの決行日だろうという読みが強い。

 列車を降りて軽く食事を済ませた後、近場の宿をとる。今日中にネテロから連絡が入るらしく、そこで段取りの最終調整をするのだとか。しかし、肝心なネテロからの連絡がまだ入らない。討伐メンバーは一室に集まって待機していた。

 

「会長からの連絡はまだか?」

「恐らくそろそろでしょう。来なければ死んだものとして任務を遂行しろと言われています」

「あのジジイがそんな道中でくたばるわけないでしょ」

「リンよお……会長は今回の作戦のリーダーなんだろ? 流石にジジイ呼びはマズいんじゃねえか?」

 

 胡坐をかきながら、リンがだるそうに言う。本心で言っているのはわかるし全くの同意だが、ハンター協会の長相手にその言い方はどうなのかとレオリオは内心ずっとひやひやしている。モラウやノヴは親会長派だからこそ、余計に。

 

「こんな時だけ改まったってしょうがないでしょ。なんなら頭に『クソ』つけても良いくらい」

「ははっ、間違っちゃいねえな」

 

 レオリオの心配に反して、モラウは楽しそうに笑った。元々、生意気な人間の方が好きな性質なのだ。ふと、思い出したキルアがゴンにひそひそと言った。

 

「もしかして、リンのアドレスにあった『クソジジイ』って、会長か?」

「ジンと並んでたやつだよね……」

「そうそう、よく見てんじゃない」

 

 思い出されるのは、ヨークシンでリンのスマホを覗き見た時の事。丁寧にフルネームで登録されている中で、唯一『クソ』から始まる名前を冠していたのはたった二人だけだった。隙あらばボロカスにこき下ろすのが共通点らしい。

 

「ジンはまだわかるけど、ネテロさんもクソ呼びなのってなんで?」

「『まだわかる』って、親父さんだろお前……」

「……ま、色々あんのよ」

 

 リンのネテロに向ける感情は様々なものが渦巻いている。ジン同様に。だが、それをゴン達に言う気はない。

 そこに、メイメイが念能力を発動した。ポケットからスマホを取り出し、リンに差し出す。そのスマホは着信を知らせてブルブルと震えていた。

 

「……ちょっと出てくるわ。たぶん大事なやつ」

「おう、行ってこい」

 

 メイメイを肩に乗せてスタスタと部屋を出る。扉が閉まった後、ゴンは不思議そうに呟いた。

 

「姉さん、色んな人から連絡が来るよね」

 

 友達居ないだのぼっちだのとネタにされてはいるが、リンの交友関係は意外と広い。よくわからない人からも時折連絡が来ているし、ハンター試験の面接官やA級盗賊、そして今目の前に居る仲間とも元々知り合いだったのは、世間が狭いからという理由だけではなさそうだ。

 そんなゴンを見て、モラウがニヤリと笑ってルーキーに教えてやる。先輩の務めというやつだ。

 

「ありゃあ、デキるハンターの特徴ってやつだ。そうやって互いに情報交換することで、仕事の種づくりと生存確認を兼ねてるんだよ」

「に、しちゃあ随分と真剣な表情だったな」

「今回のミッションに関係あるんじゃね?」

 

 レオリオとキルアの予想は、当たらずも遠からずだった。リン自身はまた別の理由で真剣な表情をしていたわけだが、結果として連絡してきた内容はキメラアントに関わるものだったからだ。

 

『よお』

「何? ヒソカ絡みで話が進んだとか?」

 

 廊下で応じた電話の主はクロロ。これが、リンが生半可な内容ではないと察してミッションメンバーとのやり取りを中座した理由だ。クロロには現在、クラピカの『規律違反者への呪い』がかかっている。

 それは、【律する小指の鎖】(ジャッジメントチェーン)の裏能力であり、クラピカがかけた念を解除した者を主な対象として死の因果を生み出すもの。更に、違反に加担した者と、対象と過ごした時間が長い者上位十二名も、その因果に巻き込む。クラピカによれば、因果を引き起こすのは最も対象に殺意を持っている人間であり、恐らくヒソカだろうとの事だった。

 

 誰よりも憎しみ強く恨んでいた、クラピカのクロロへ向ける殺意がヒソカよりも小さくなったのは喜ばしい。だが、クロロが死の因果に巻き込まれることはあまりリンには嬉しくないことだった。

 

(流石に死んで欲しい相手ではないし……なんならこっちにも被害が来そうだしな~。せめて、誰がターゲットかはっきりすれば良いんだけど)

 

 そして、あまりにも運が悪い場合は『対象と共に過ごした時間の長い上位十二名』の中にリンが入っている可能性もある。『共に過ごした時間』の定義がどこまでのものかは定かではないが、リンは数年前に一カ月近い時間を丸々クロロと共に過ごしている。

 また、除念を見て見ぬふりしたという観点ではG・Iでの会話の中で察していたリンやビスケ、レオリオも規律違反への加担と見なされる可能性もあり得る。動向は探っておきたい。

 

 だが、リンの予想は外れた。クロロは少しばかり疲れた声でリンの質問に返した。

 

『いや、今回は違う。ただの親切心からの情報提供だ』

「ふーん? 良い情報ではなさそう」

『まあな。一応報告しておく。……キメラアントって知ってるか?』

「知ってるもなにも、今そいつを狩る準備中よ」

『そうか。なら話が早いな』

 

 互いに冗談を言い合う気分ではなく、淡々と言葉のラリーは交わされる。クロロの口から『キメラアント』の名を聞いた瞬間、リンの全身が一瞬こわばった。酷く嫌な予感を感じて。

 

(流星街は世界地図の南部に位置する。数日で東ゴルドー到達できる生物なんだから、脱退したキメラアントの行動範囲には十分入る)

 

 幸か不幸か、NGLを初めとして周辺の国々は、あまり積極的に情報を外部に流す特性の国ではない。だからこそ世界規模の混乱を招く前に事を収められそうではあるのだが、どこが舞台になろうとも犠牲者が出ることは変わりがない。そして、嫌な予感は当たってしまった。

 

『流星街がそいつらに襲撃された。既に団員に対処させたが』

「……対処できたなら、良かった」

『報告はここからだ。ナインが死んだ』

 

 努めて感情を乗せずに発された言葉は、リンに頭を鈍器で殴られたような衝撃を与えた。ナイン、それは流星街に在住している友人の名前だ。教会で暮らしており、リンは時折翻訳した書籍を受け渡していた。

 

(ナインが、死んだ……?)

 

 最後に会ったのは、半年ほど前。クラピカを伴って流星街を訪れた時だ。ナインは変わらず、いつもの調子で煙草をくゆらせていた。不良神父だと馬鹿にしたのもいつものことだった。

 初めて出会ってから五年程度。年に一回、数日程度の頻度でしか流星街を訪れなかったので、共に過ごした時間はごく僅かだ。それでも、ナインはリンにとって大事な友人の一人だった。そして、その友が死んだとクロロは言う。

 

「……キメラアントに殺されたの?」

『正確には、キメラアントが住民を攫ってキメラアント化させていた。それを駆除することになった。その中に、ナインも居た』

「それは……あんたらもきつかったわね」

 

 つまりは、ナインもキメラアントにされて殺すしかなかったということなのだろう。あるいは、自ら殺すよう頼んできたのかもしれない。キメラアントとして生きることを拒んで。詳細はわからないが、ナインが死んだ事実には変わりがない。

 ナインがクロロ達とも昔馴染みであるのは知っている。あくまで平静を装っているクロロだが、流星街の人間は同胞を家族よりも大切にする。更にクロロの性格を考えると、その死を何も感じずにいるにはナインは親し過ぎる。

 

『お前があいつと親しいのは聞いていたからな。もう知っていたかもしれないが』

「んーん、初知り。教えてくれてサンキュ」

 

 だからだろうか、珍しくクロロが忠告を添えてきたのは。師匠から、父親の昔馴染みからと幾度となくされてきた心配の言葉は、心の片隅で兄貴分と慕う盗賊からも発せられた。

 

『今何をしているのかは知らないが……キメラの駆除に関わるなら気をつけろ。こちらでも少し手こずったらしいからな』

「気を付けてどーにかなるなら良いんだけどね……。ま、生きてたら連絡するわ。ヒソカのことも気になるし」

『ああ』

 

 ぷつりと通話を切断した後、リンは暫く項垂れていた。拳を握りしめ、眉間を押さえつける。そうすれば心の乱れが和らぐかと思ったが、まったく効果はなかった。叫び声と共に拳を振り下ろす。

 

「……くそがっ!!!」

 

 それは飛行船で初めてカイトのことを報告されてから、これまでの間でリンが初めて声に感情を込めた罵声だった。何か怒りを面に出さないと、耐えられそうになかった。

 

 万歩譲って、仲間でもただのハンターであればまだほんの少し冷静でいられたかもしれない。命の危険と隣り合わせを覚悟で生きている者なら、覚悟しているからと。

 だがナインは、流星街の人間と言えど一般人だ。理不尽な不幸に遭って当然とする人種ではない。

 

(なんで大事な人に限ってどんどん死んでいくのよ! しかも全部キメラアントのせいで!)

 

 今感じる憤りは、ナインを助ける場に居合わせなかった、そして最期すら見届けられなかった自分へ向くもの。それは、カイトとネフェルピトーの邂逅に運悪く居合わせられなかった自分を責める気持ちとも入り混じっている。

 

 キルアの危惧した通りなのだろう。星持ちのハンターといえど、修羅場を何度も経験しているといえど、リンはまだ十代。度重なる不幸に、心の限界は少しずつ近づいてきていた。

 

(……駄目、今は作戦会議をする時間。ミッションだってこんなメンタルじゃできっこない。落ち着け)

 

 だが、今更ミッションを取りやめることはできない。何より、ここでミッションから離脱することは更なる後悔を生む行為だ。

 心を落ち着け、スマホを仕舞う。ナックルが部屋から出て、廊下に立っていたリンの様子を窺いに来た。

 

「リン、どうした。スゲェ叫び声が聴こえたぜ?」

「……蟻絡みで情報が入っただけ。蟻自体は駆除されたから大丈夫よ」

 

 深く息を吸い、大きく吐く。そうしてなんとか平静を保とうとしているのが、ナックルにはバレバレだった。腕を組み、壁にもたれる。弟達に言えないことであれば聞いてやろうという、ナックルの不器用な優しさだ。

 

「それだけじゃねーだろコラ」

「友達が、死んだ。キメラアントのせいで」

 

 リンはそれに対し、簡潔に返した。これ以上を言えば、この感情をナックルに見せてしまいそうだったから。それだけはしたくないと、リンはまた大きく息をついた。寝耳に水な衝撃の発言に、ナックルはリンの心情を察して言葉に詰まる。

 

「おいおい……」

「大丈夫、ミッションには支障がないようにするから」

 

 ショックを受けてしまうのは仕方がない。だが、それをミッションに持ち込むことは、生きている他の仲間の命を危険に晒す行為だ。これもまた、かつての失敗経験からリンが学んだことだった。

 

(……私はハンター、ここには仕事のためにいる)

 

 大切な仲間はもう還ってこない。ならば欲するのは、この事態の収束。すなわち、王と護衛軍の駆除。

 ハンターであるがために、このような事態に巻き込まれた。だが皮肉なことに、リンの心を落ち着けたのもまたハンターとしての矜持だった。

 

「お待たせ。部屋に戻るわ」

「お、おう。そうだ、会長から連絡が来たんだよ」

 

 ナックルに続いて、部屋に戻る。ナックルの言う通りのようで、扉の向こうから聴こえたリンの叫び声に少し心配する素振りはあったが、ネテロからの電話に緊張する空気の方がそれを上回っていた。

 リンは何も言わなかったが、衣擦れと気配でリンが戻って来たのを察したのだろう。ネテロは電話口から、いつもと何も変わらないトーンで言った。

 

『では、全員集まったところで作戦会議と行くかの』

 

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