リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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作戦【3】

 リン達はネテロの現在の居場所を、一切知らされていなかった。だが、それでも次の日の朝にはリン達はネテロの下に辿り着いていた。

 

 手掛かりは、通話の際にネテロ側から聴こえて来た雨音。あの時東ゴルドー内で雨が降っていた場所、かつ人気がなくネテロが存分に牙を研げる場所となれば、スポットは限られてくる。

 更にリンの(修行場所っつったら岩場ってドラゴンボールZの時代から決まってんのよ!)という偏見により、見事に一発で居場所を引き当てるに至った。辺りは作画の手を抜くためかと言いたいくらいに岩しかない。

 

「リン、本当にやんのか? 俺も五百万人を犠牲にってのは反対だけどよぉ……」

 

 武のために五百万人の命を犠牲にする事、自身を犠牲にする事。それはリンにとってあまりにも狂気的なものに思える。己の信念のためならばこの世界は誰も彼も似た者同士だが、とにかくリンにとっては頭に来てしょうがないことだ。

 

「やるに決まってんでしょ。あのジジイ、一発殴らないと気が済まないのよ」

 

 そう言ってネテロの居る、遥か先を見上げる。まだ数十キロ先だというのに、そこにネテロが居るのがはっきりとわかる。

 荒野の中で、ネテロは凄まじいまでのオーラを練っていた。文字通り、牙を研いでいるのだと一瞬にしてわかる。それはピトーほどではないにしても、遠目から見てすぐにネテロが居るのだとわかる程度のものだ。

 

 一方、神経を研ぎ澄ませているネテロも、向かってくるリン達に気づいていた。リン達がネテロの表情を視認できる距離まで近づくと、オーラを立ち昇らせながらゆっくりと立ち上がり岩場から降りる。そして待ち合わせでもしていたかのような自然さでリン達と向き合った。

 

「来たか、リン」

「気づいてたのかよ……」

 

 いつもと違うのは、その表情。飄々とした好々爺の雰囲気は消え失せ、修羅のような顔つきを容赦なくリンに向ける。気づかれていたことに驚くレオリオをよそに、リンは平然とネテロに話しかけた。

 

「ジジイ、久しぶりに喧嘩しない?」

 

 気軽に言われたにしては、物騒な言葉。しかしそれ以上に違和感があるのは、物騒な言葉には釣り合わないほどにリンから迸るオーラだ。

 それは殺気と言い換えても良いほどのもので、ネテロに有無を言わせる気はないのが分かる。隣に立っていたレオリオは自分に向けられていないのにもかかわらず、思わず身構えた。

 

「下っ端蟻しばくくらいで、大した運動できてないでしょ。王討伐前の肩慣らしくらいにはなるわよ」

 

 リンがこう言ってくるのも想定内だったのだろう。ネテロはさして動揺するでもなく、そして決戦前の修行の場に入って来た邪魔を疎まし気にするでもなく、くつくつと面白そうに笑った。

 その笑みは普段の姿とは全く異なる、挑発的で好戦的なものだ。ともすれば馬鹿にしているとも捉えられる、強者の笑み。それは確かにリンの神経を刺激した。

 

「おぬし、負傷すればミッションに支障をきたすが、良いのか?」

「レオリオがいるから平気よ。死にかけでもしない限りは、十分完治できるわ」

 

 レオリオに付き合わせたのも、それを織り込み済みだからこそ。自分が負傷しようとも、ネテロが負傷しようとも、レオリオの能力によって万全の態勢で挑むことができる。ついでにリンの【私の代わりに眠って】(睡眠パンダ)をネテロに発動してやれば、戦闘の消耗にはおつりがくるだけのものを返せるだろう。

 

(つっても、ジジイが気にしてるのはそっちじゃないけどね……)

 

 ネテロが気にしている(という体で挑発として言っている)のは、リンが(・・・)負傷してミッションに支障をきたす事。つまり、ここで喧嘩を売られても自分なら無傷で勝利できると言っているのだ。これはリンにとっては侮られている以外の何でもなかった。

 

「ふむ……ならば、肩慣らしくらいにはなるな」

 

 更に挑発の追撃を加えられ、ピキピキと苛立つ。戦闘前には平静を装うものだと、僅かに波打つオーラを落ち着かせ、『堅』をした。普段はあまり『堅』はせずに『流』をメインに使うリンだが、これをするのはネテロが自分より格上であると認めている証だ。決して表情には出さないが。

 

「バトルスタイルはいつもどおりで良い?」

 

 それは、『発』以外の全ての高等応用技を使用しての念能力勝負ということ。レイザーと対戦する時同様、それがリンとネテロの基本の喧嘩スタイルだった。だが、ネテロは首を振る。

 

「……いや、能力ありじゃ。そうでないと実戦にはならん」

「それもそうね……殺す気で行くわよ」

 

 遊び程度の喧嘩ごっこでもキメラアントの師団長を殺せるほどのものではあるが、ここでのリン達は王、護衛軍と戦うことを想定する。

 いい加減ピキピキと我慢が限界になっていたリンは、はっきりと口でも殺意を宣言した。すなわち、『本気』で挑むと。それに対し、ここまではっきりとはわからない程度の失礼な言い回しをしていたネテロは今度こそあからさまにリンを挑発して見せる。

 

「殺せるもんなら殺してみろ、小娘」

 

【百式観音】

 

 ネテロの嘲るような笑みと共に、具現化された観音像が現れた。それはリンが今まで見た具現化能力の中でもトップクラスに巨大なもの。数メートルは軽くあるだろう巨大な具現化物が自身でも動くというのだから、それだけで驚異的だ。

 

(噂には聞いてたけど、とんでもないシロモノね!)

 

 今回の戦いは『発』使用可の殺し合いだ。初めて見たネテロの『発』を相手に、リンも今すぐに使用する能力を選出する。

 といっても、戦闘で使える能力は限られている。能力は補助程度にして肉弾戦に挑むのがリンの好みの戦い方だ。【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)をいつでも発動させられる状態にし、先手を打とうと動く。

 いや、動くつもりだった。

 

(ヤバ! 何この速さ!)

 

 年若いと言えど、十年弱のハンター歴があるリン。そしてそれ以上に、十五年以上の念能力者としての歴がある。幾度となく死線を潜ってきた経験が本能に危機を知らせた。

 瞬間、眼に見えるギリギリの速さで行われた合掌。そして、戦闘動作。リンが攻撃に移ろうとしていたのを直前で変更したのは、それらの所作がリンの攻撃動作を遥かに上回っていたからだ。

 

【壱乃掌】

 

 頭上に迫る観音像の手刀。それを【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)制約具現可能枚数の六枚纏めて具現化することで防ぐ。リンの予想通り、防御は砂糖菓子の如く簡単に砕かれてしまった。それでも一瞬できた時間で横っ飛びに回避する。

 即座に能力を切り替え、【王国の涙】(トライフォース)を発動させる。本気のネテロにはある程度のバフをかけないと対等に戦えないと判断したからだ。誰も知る由はないが、これによってリンのスピードのみは王に近いものになる。

 

(クソでか観音が居るせいで距離を取って戦うのは不利! なら距離を詰めるのがセオリーだけど、本体であるジジイも強いのが厄介!)

 

 瞬きする程の時間の隙間、リンはネテロに接近しつつ【王国の涙】(トライフォース)から【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)に能力を切り替え、観音の腕を狙って位置座標を固定して具現化させた。

 だが、予想通りそれは容易く回避された。物体がある場所に【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を具現化する場合には、僅かながら通常の具現化に比べてラグが生じる。そこに能力が切り替えられるまでのラグも合わされば、ネテロがリンの攻撃を予測して【百式観音】の具現化を解除、回避して再び具現化させるのは容易だ。

 

(ダメね。やっぱラグかまして戦える相手じゃない)

「青いな、小娘」

 

 聴こえるわけがないほどの時間の隙間なのに、確かにリンには聴こえた。ネテロが祈りの動作をし、またしても手刀がリンを襲う。ギリギリで回避できたものの、再び辺りには爆音が響きわたり、岩が砕け方々へと飛び散る。

 

「うわっ! おいおい……」

 

 爆風を思わせるかのような土埃が、百メートル近い距離を取っているレオリオの下まで届く。迸るオーラと衝撃音に、レオリオは最早何が起こっているのかも目で追えずにいた。

 

(なんつー戦いだ。音が響いてるのに、観音像の胴体以外何も見えねー。けど……雰囲気でリンが押されてるのはわかる)

 

 そう思わせるのは、おそらくリンの気配。数カ月前、対レイザーでリンの本気の戦いを見た。だが今回の戦いは、感嘆と共に観ていたそれとはどこか雰囲気が違う。

 能力ありきの戦いだからか、切羽詰まっているというか鬼気迫るというか。観戦している者に不安を覚えさせる類のものだ。それにどこか、リンらしさがない気がする。

 

(つーか会長、リンの喧嘩の誘い乗るのかよ……)

 

 てっきりすげなく断られると思っていたレオリオ。ここまでトントン拍子に喧嘩、むしろ殺し合いに近い勝負が始まるとは思っていなかった。回復役として控えている身としては、二重の意味で観ていて心配になる。

 ハンター試験の頃からネテロが遊び好きな人間だというのはわかっていたが、これは明らかに遊びの範疇を超えている。それなのに、いやむしろネテロはリンの誘いに快く乗った。どうやらネテロは、この戦いにかなり意欲的だったらしい。

 

 レオリオの察した通り、ネテロはリンに対して嬉々として攻撃を仕掛けていた。次はどのような攻撃で来るのかと、即座に『絶』をしたリンの気配を探りながら。

 一方のリン。全て読まれて岩場を崩されるところまではわかっていた。それに隠れて、次の攻撃のタイミングを図る。連れている念獣の具現化も回避しているあたり、本気でネテロから隠れているようだ。

 

(甘いな。気配が漏れとるわい)

 

 だが、ネテロには通じない。決してリンの気配の消し方が甘いわけではない。『絶』の技術や隠遁にあたって殺気を消すまで、完璧に行われている。

 リンも、この戦いには本気だ。それは旅団とて察知できない水準のものだろう。ネテロが察知したのは、気の遠くなるような時間を武に費やしたが故の経験と、本能からくるものだった。

 

「げぁっ!!」

 

 巻き上がった土煙と岩陰に隠れネテロに接近していたリン。奇しくもその戦法は、天空闘技場でゴンがヒソカに仕掛けたものとまったく同じだった。だが、結果は完全な正反対に終わった。

 ネテロ自身の拳が音を超えるだけのスピードをもってリンにぶつかる。反射的に『絶』を解除して『堅』をしていなければ、即死だっただろう。念の技術に秀でているリンにとって、ここまで簡単に隠れている場所を当てられたのは予想外以外の何ものでもなかった。

 

 あまりにも劣勢。それはリンも嫌というほど理解している。だが、そんな理由で引ける戦いではない。

 

(このハゲ……戦闘中に手でハート作んな!)

 

 不思議な動作の後に飛んでくるのは、手練れでも簡単に敗北、死を余儀なくさせるほどの突き。リンは自身の限界を越える程の速さを能力によって生み出しなんとか回避しているが、ネテロは素のスピードでそれに比肩してくる。

 しかし、最も恐ろしいのはそれらの動作スピードをも遥かに上回る合掌の速さ。どれも人間ばなれしているが、あの瞬間はそのなかでも群を抜く。

 

(どう考えても無駄な動作なのに、それが隙にならないってどういうことよ!)

 

 あまりにもゴリ押し過ぎる強化系を極めた完成系の能力者。悪態をついたって、勝負は目に見えていた。

 観音による平手打ち。避けきれずリンの肋を砕いた。続いて手刀が頭上から襲う。ギリギリで避けてネテロに向かうも、フェイクを見切られて折れた肋に音を超えるスピードの拳を入れられた。骨の数本が内臓に刺さり、堪えきれず血を吐く。

 

「もう降参か? 他愛のない」

「ゲホッ……ンなわけ……ないでしょ、クソボケ!」

 

 そう言って回し蹴りを放つ。軽く避け捻り上げながら飛ばされる。宙でオーラを放出して着地するリンに、ネテロは笑みを浮かべ攻撃を放つ。

 

「もうやめろよ、リン……。会長殴るのはそんなに大事なことなのかよ……」

 

 何が起こっているかもわからないが、ほんの一瞬リンの姿が見える瞬間。その度にボロボロになっていくリンに、レオリオは思わず呟いていた。

 やはりおかしい。リンの戦い方はあくまでシンプルな近接戦。だが、その中に細かく能力を使用してのハメ技を挟んだり裏をかくのがリンだったはずだ。先読みをして予想外の展開を作り出す。直感的に思いつくゴンとは違えど、戦い方は近しいものなのだから。

 それが、今は酷く直線的な攻撃ばかりをしているように思える。かつて修行していた時に言っていた【狩人の覚悟】や【スキル最適化】(切り札)を使用しないのはまだわかる。だが他の念能力を使わないのはなぜだ。

 

(薄々思ってたけど、リンって能力の切り替え時に微妙な間があるんだよな。制約のせいでこの戦いでは切り替えられない?)

 

 実際、リンはこの時点で能力を二つ同時に発動させることで戦っていた。レオリオの予想は正しい。

 

(会長もなんでやめねーんだよ。これ以上は互いのためにならねーだろ……)

 

 だが、やはりリンの攻撃の単調さの理由としてはしっくりこない。それは、レオリオの中の違和感を確信にするものだった。

 リンは、焦っている。その焦りが精神的に劣勢にさせ、攻撃も単調なものにする。それはこれから戦い死にに行くネテロを止められない、自分の非力さからくる焦りだ。

 

(負けてたまるか! 負けてたまるか! ざけんな、私はこんなもんじゃない!!)

 

 リンはネテロを『クソジジイ』と呼びつつも、ハンターとして認め、尊敬している。決して口には出さないが。

 たゆまぬ修行の末に得たのであろう強靭な肉体と潜在オーラ、先を読み情報を収集し、すぐさま対応する狩人としての才、どれをとってもハンター協会会長の立場に相応しい人物だと認めている。

 

 それを口に出せないのは、ひとえに出会い方が最悪だったから。そして影を追う中で、自分が完全に手のひらで転がされていたと敗北を悟ったからだ。

 愛憎表裏一体とはよく言うが、両立することもある。ジンに対してそうであるように、ネテロに対して口が悪くなってしまうのは尊敬の念と同等に憎しみも抱いたからに他ならない。

 こんな奴に負けたくない。絶対に追い抜き勝ってやる。ある種、リンがハンターであるネテロに対して抱く感情は、ジンに向けるものとまったく同じだった。

 

「ゲホッ……ゲホ……」

 

 あちこちの骨が折れ、足を引きずりながら歩く。オーラを集めるだけでは攻撃のスピードに身体がついて行けず、継続的に【王国の涙】(トライフォース)を使用することになる。オーラの消耗が激しい制約により、残りオーラはあっという間に減少していく。それでもリンは挑むのを止めない。

 

「限界だな」

「うっさい! 言ってる間に死ね!」

 

 叫びながらネテロへ向かって拳を振るう。それすらも【陸乃掌】によって簡単に吹き飛ばされる。岩石に衝突し頭部から血を流しながらそれでも自身を見つめるリン。一向に諦めず向かってくるその姿に、ネテロは心の奥が熱くなるのを感じていた。

 

 ネテロは世界最強と謳われた武闘家だ。齢六十を過ぎて新たなる境地に到達し、それ以降も何十年と武に明け暮れてきた。だからこそ慕う者も多く、挑戦しては破れ握手を求めてきた者も星の数ほど居た。

 だが、めげずに何度も挑戦してくる者はそう多くない。何度やられても懲りずに悪態をつきながら向かってくるそのひたむきさが、ネテロには貴重で、眩しいものだった。挑戦者として武に打ちこんだ、かつての自分を思い出せるものだったからだ。

 

 孫のような年齢の少女が(実際には孫どころの年齢差ではないが)ひたむきに自分を超えるために挑戦してくるのを、憎く思う者がいるだろうか。

 口が悪くてもその心根は真っすぐだ。己を超えてやろうと挑戦してくるリンと喧嘩をする時間が、ネテロは他の誰との喧嘩よりも好きだった。

 

(その真剣な想いに応えるのは……礼儀だな)

 

 だからこそ、自身が人生最後に向かう最後の挑戦者としての戦いの前に、挑戦される者としても戦いたくなったのだった。

 

 そして、初めて一切の手心を加えることなくその拳を弟子に向ける。【壱乃掌】を回避するにも回避しきれず、脚を潰されたところでリンのオーラは尽きた。

 

「もう戦いは終わりだ! 会長さんよ、良いよな?」

「ああ、頼む」

 

 レオリオがドクターストップを入れ、この試合は終了したと判断したネテロもそれを了承した。

 リンに向けて【俺に元気を分けてくれ】(エネルギーボール)が発動される。G・Iを出てからも修行をしていた成果あって、他者のオーラを得る半径が広がったレオリオの能力。岩場といえど周辺には山や森もあり、リンの身体は素早く修復されていく。

 

「……くそ!!!!!!」

 

 怒りの混じった叫びと共に、拳が床に打ち付けられる。しかし、オーラを消耗した状態では満足に力も出ず、打ち付けられた拳は僅かな音しか鳴らさなかった。

 

「……おぬしは強い。ちっとばかし生まれるのが遅かっただけよ」

「要らないわよそんなフォロー! 今、私が弱い理由にはならない!」

「少し早とちりしてはおらんか? わしは王を自分で倒したいのであって、死ぬ気はない」

 

 大切な人の度重なる死、これから死にに行く大切な人。そして、それを止めることのできない非力な自分。情けなさと悔しさとで視界がぼやけるのを感じた。

 リンの精神はもう限界だった。形ばかりのフォローをここにきて口にするネテロに、リンは今度こそネテロを真正面から睨みつけた。

 

「じゃあなんで! ミニチュアローズなんて数段構えの策を用意しなきゃならないのよ! 負けた時に起爆させて討伐、駄目でも毒で殺せるからでしょ!」

「万一の策を講じておくのはハンターの……」

「嘘ったらしい詭弁なんて要らない! 使用する可能性があるから用意してるって素直に言いなさいよクソジジイ!」

 

 それはリンの本心だった。一見、思った事を包み隠さず言うように見えて、肝心なことはいつも胸の内に仕舞うリンの、心からの本心。

 だからこそ、いつもと違ってネテロも正直に答えた。それは元来嘘の苦手だったネテロの本当の姿であり、ネテロなりの誠意というものだ。

 

「……確かに、護衛軍ですらわしより格上。王を倒すことはできまいて」

「だったら……!」

「じゃが、最後に武人として挑戦したい。老いぼれの最期の望みと思ってはくれんか……?」

 

 リンとの戦いは歯牙にもかけず、ネテロは変わらず気力を漲らせている。にもかかわらず、そう言って頭を下げるネテロはこの時だけ妙に老けて見えた。計算してか、それとも本心を吐露してしまったためか。どちらにせよ、その姿が既に死んでいるように見えて、リンにはもう耐えられなかった。

 

「……うっ……、うええぇぇええ……」

「リン……」

 

 レオリオから見たハンターとしてのリンは、歳相応の姿を見せることもあるが基本的には頼れる先輩ハンターとしての印象が強かった。

 ハンター試験ではニアに扮した状態でクラピカを圧倒し、その後はあの殺気を出すイルミとも渡り合っていた。ヨークシンでは蜘蛛すらも出し抜く狩人としての先見を見せ、G・Iではゾルディックの長男にも勝利した。師匠としてもハンターとしても、リンは間違いなく世界有数の力量を持つ人間だと理解していた。

 

 だが、そのリンが泣いている。どうにもならない現実と己の弱さが悔しくて。そして、度重なる感情揺さぶられる出来事に心を溢れさせて。それは友としても、信じられない光景に見えた。そして、心のどこかで『リンならば大丈夫だろう』と思っていた自分に気づいた。

 

 泣いているリンは、ただの少女にしか見えない。いや、実年齢よりも幼く見えた。ハンターとして生きてきたが故に歳相応の表情が少ないリンの、積もり積もって溢れた顔だった。

 傷はすっかり治った。だが、リンはまだ俯いていた。レオリオは黙ってその背をさすった。

 

「……」

 

 暫くすると、リンは静かに立ち上がった。乱暴に目を擦り、前を向いた顔にはもう雫一滴残っていない。レオリオの能力によって泣いた目元すらも治癒され、涙を拭った頬が少し薄汚れている。

 

「はっきり言って、個人的には全く理解できないわ。武人として生きるのを優先するなんて。でも、プロとしてここに居るからね。何も言わないわよ」

「代わりに手が出たようじゃがの」

「出したわよ! 出せなかったけどね!!」

 

 言葉の矛盾を内包しながらもネテロに噛みつくリン。だが、ここまでの心の澱を出し切って、心持ちスッキリした表情をしている。

 

プロだから(・・・・・)ね。ミッションはクリアするわよ。でもそっから先は、こっちもやりたいようにやらせてもらう。……ハンターとして」

「やってみい、小娘」

 

 それは、覚悟を決めたハンターとしての眼だった。ネテロはそれを見て、面白そうにまた笑った。今度は何を仕掛けてくれるのかと、孫の成長を見守るただの老人のように。

 

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