「Apples and orangesって知ってるか?」
ふいにそう言ったのは、ナックルとシュートと共に行動をしているメレオロンだった。敵を攪乱する合間にだって、息つく時間は必要だ。そんなときにぼそりと言われた言葉に、ナックルはムッとして答える。
「舐めんなよ。リンゴとオレンジだろーが」
「いや、『全く異なるもの』という慣用句だな」
「シュートの言う通りだ。……ゴンとリンにぴったりの言葉だと思ってな」
メレオロンの能力はナックルの能力と非常に相性が良い。そんな経緯から息を合わせるための期間も兼ねて同行する事になったが、頭の片隅に残るのは出会って間もない姉弟のことだった。
外見もそっくり、若くしてプロのハンターとして生きている二人は、いざという時に無茶をするのもよく似ている。
だが、一見似ているように見えてその実は全くの別モノ。それは果物でありながら全くの別物である『Apples and oranges』という言葉に当てはまるものがある。
シュートはメレオロンの意見に黙って頷いた。リンとゴン、ここに来てその違いが如実に表れてきている。何が起こるかこの先分からない。だが、何か嫌な予感がし始めているのも確かだった。
◇◇◇
いよいよ、決行まで残り十数時間となった。ペイジンに潜入し、ノヴと合流して念空間へ向かうことになる。リンは少し前にゴン達と話したことを思い出していた。
『ピトーの『円』が消えることがあるのは、治癒能力を使ってる時……だからノヴさんは宮殿に潜入することができた』
『ああ。コルトの証言の通りなら、な』
ゴンの疑問から始まった考察。それは考え始めると確かに不可解な問題だった。運良くピトーの『円』が解除されていたためにノヴの念空間の『出口』を宮殿内に設置できたが、そもそもの前提条件が可笑しい。ピトーが『円』を解除する状況が、本来はあるわけないのだから。
『護衛軍のピトーが『円』を解除するというリスクを冒すなんて、王が負傷した、もしくは王の命令によって誰かを治療するケースくらいじゃない?』
『王が誰かを治せなんて、言うことあんのか?』
『なら……考えられるのは『王が負傷した』可能性ね』
キルアの疑問に、リンが合理的に答える。イカルゴはあり得ないとツッコミを入れたのだった。
『余計考えられねーだろ。あの王だぞ? 誰が傷つけられるんだよ』
『じゃあ……『王が王を傷つけた』とか?』
『はあ!?』
『……いやでも、それしか考えられないわね……』
そして出た結論は。それは王が王を傷つけたというもの。あり得ないように思えて、最も高い可能性だ。だがそれは、この先のミッションの暗雲を指してもいた。
(問題は『王が何を思って自分を傷つけたか』。イレギュラーが確実に起こってる……私達のミッションにどう響くか……)
「あ、ノヴさんだ」
待ち合わせ場所に立っていたノヴを見つけ、ゴンが指さす。ノヴは黙ってリン達に目配せし、『入口』へと入る。リン達も続いて念空間に入った。
ここに来て戦線から離脱したノヴに少し思うところのあるリンだったが、本人と会うとその気持ちは何処かへ失せてしまった。
潜入するというパームも別人のように変貌していたが、ノヴもまた見間違うほどに変貌していた。もっとも、こちらは悪い意味だ。
艶やかだった黒髪は真っ白になり、顔にはところどころにやつれた皺が見て取れる。この数日で何があったのかと言いたくなるくらいの変わりようだ。同じように思ったのだろう。ゴンは、気づけば口を開いていた。
「ノヴさん……何があったの?」
「俺は、……勇気がなかったんだ。ネフェルピトーのあのオーラを目の当たりにして、それでも立ち向かう勇気が」
奇跡的にノヴが宮殿内に出入口を設置できたという報告。その際にネフェルピトーのオーラを間近で見たのだろう。実際に口にしてしまえば抑えられなかったようで、ノヴは激しく己の身を掻き抱いた。
「アレは人間が立ち向かえるものではない! 護衛軍、そしてそれを遥かに上回る王の気配! 俺達はただの被食者なんだと悟ってしまった! ただ、嬲られ貪りつくされるだけの矮小な存在だと!」
その様子はヒステリックで、鬼気迫るものすら感じさせる。ノヴの変わり果てた姿に、レオリオとイカルゴは呆気にとられた。ハアハアと息を切らし、暫くすると落ち着いたようでノヴはぽつりと呟いた。
「……すまない」
「大丈夫だよ、ノヴさん。俺達、絶対勝つから」
それに対して力強く頷いて見せるゴン。根拠など何もない。何をもってしてそのようなことを言えるのだと、ノヴは思った。だが、同時にゴンの温かな思いやりも感じた。
物語の主人公であるゴンは、あまりにも眩し過ぎる。どんなことも成し遂げて見せると、強い瞳を湛えている。だが、同時にノヴは知っていた。それが如何に危ういものであるかも。
「……ミッションまで休め。状況把握は俺がやる」
「うん……」
ゴンはそれ以上何も言えず、ノヴを見送る。ネテロが戦っていた部屋よりは少し狭いが十分すぎる程の広さを持つその部屋には、既に他のメンバーが揃っていた。
「お疲れ」
「全員揃ったな」
モラウ達がジュースや弁当と共にリン達を出迎える。これから数時間身体を休め、あとは作戦の最終確認、そして実行のみだ。
◇◇◇
そうして雑魚寝をすること数時間。キルアは、周りよりも早く目が覚めた。
なんとなく二度寝する気にはなれず、仲間達から少し離れたところで軽いストレッチと能力の確認をする。しかしどこか、頭の片隅がぼんやりとしていることにも気づいていた。
何か一つのことを突き詰めて考えていたわけではない。強いて言うならば、今回のミッションやゴンのこと。そして、アルカとナニカのことを思い返していた。
ゴンは大切な相棒だ。初めてできた友達で、大事な仲間。一方で、アルカとナニカも、大切な妹。どちらを優先するかなんて、選ぶことはできない。芋づる式に、ヨークシンでのリンの選択も思い出す。
リンは両方を選び、立ち回った。そして奇跡的に上手くいった。アルカも、両方を選んでほしいと言ってくれた。だが、少なくとも今は目の前のミッションに集中するべきだ。
それは、ゴンを優先させるともとれる。妹のことは心配だが、それで後悔はないと思っている自分も確かに居た。ゴンと共に戦って、それで死んだとしても構わないと。
だが、ゴンはどうなのだろう? 時折見せるゴンの向こう見ずさと独善さにキルアが気づいていないわけがない。幾度となくその後始末をつけさせられ、キルアは今回もそれが起こるのではないかと薄っすら感じている。そして、それが一生の後悔に繋がるのではないかと漠然とした不安が渦巻いている自分にも、また気づいていた。
暗殺をしていた頃の経験が告げる。今回のミッションで、何かが起こると。だが、だからといってパターン予測以外にできることは何もないのもまた事実だった。
「キルア、随分早く起きたのね」
「ちゃんと寝たのか?」
いつの間にか座り込んで思索に耽っていたらしい。声に応じて顔を上げると、そこにはリンとレオリオの姿があった。キルア同様に早めに目覚めたらしい。少し首を伸ばすと、部屋の隅ではゴン達がまだ気持ち良さそうに眠っている。
「レオリオの鼾がうるさくて目が覚めたんだよ」
「え、マジ?」
「冗談だよ」
「にしても、起こさないようにとはいえこんな端っこでぽつんと座り込んじゃって。考え事?」
鼾のせいで眠れなかったキルアが戦闘に支障をきたしては困ると、冗談と言われたレオリオはあからさまにホッとした。そして、ホッとしたばかりにしてはずけずけと核心に切り込んでいく。
「ゴンの件でナーバスになってんのか? まあ気にすんなよ。ゴンはあれだ、今は少し余裕がねぇだけなんだ」
「……別に気にしてねーよ」
なんともデリカシーの無い男だとキルアは思った。だが、的確についてくるのだから性質が悪い。
一方のレオリオは、純粋な心配だ。レオリオから見ても、最近のゴンの振る舞いやリンとキルアから聞いた城での発言は、かなりゴンの精神面が弱っていると判断できるものだった。リンはネテロとの戦いでスッキリしたようだが、ゴンやキルアはそういうわけではない。
時折、消えそうな表情を見せるキルア。どのような心境でいるのか、性格に測ることはできない。だが、仲間として友として、できることはしてやりたかった。
「キルア、ゴンのことは後でネチネチ言ってやっていいから。今は周りが見えてないけど、落ち着いたら土下座でもなんでもしてくれるわよ」
カイトを助けるためにネフェルピトーと戦う。共に戦おうと言うゴンがその実キルアを見ていないのは、リンも分かっていた。そして、レオリオも、姉である自分さえも弟の視界には入っていない。だからこそ何度も忠告をしているのだが、土壇場になればそれが通じないであろう事もよくわかっている。
初めての友達、初めての親友。だからこそどこか、キルアはゴンへの接し方をまだ測りかねているところがあった。それは自然と親友の姉へ向けられる。親友の姉で、自分にとっても姉と慕う大事な仲間へと。
「……リンはさ、ゴンと喧嘩したこと、あるの?」
「滅多にないけど、何回かあったわ。この間のも、その一つだし。……くじら島って人が入ったら危ない区域もそれなりに多くて、平気でそこに行こうとした時にでかめの喧嘩になったかな」
「あー……想像つくわ」
リンの言葉に思い出すのは、城でのリンとゴンのやり取り。怒ったゴンが言い過ぎて喧嘩になることは、リンにとってはそう珍しいことではなかった。自分の家庭が所謂『普通の』兄弟ではないキルアは、その話を黙って聞く。
「いつもは理由を話せば引いてくれるけど、その時は聞く耳持たなくてさぁ。いやーあれは苦労した」
「最終的にどうなったんだ?」
「力づくで連れ帰った。でもそっからが大変よ。夜中ごとに意地で抜け出そうとするし、数日は口きいてくれなかった。私も子どもだったからムキになっちゃって、抜け出すのを止める以外は冷戦状態よ」
「すげーなゴン。俺、イル兄相手に喧嘩できたことねーや。ミル兄とはしょっちゅうだけど」
「それはイルミが頭おかしいだけだし、ミルキはあんたがあいつのこと舐め腐ってるからでしょ」
一度も喧嘩をしたことのない兄弟は滅多に居ないだろう。それはリン達も例外ではない。
あの城での喧嘩から一カ月。形の謝罪はあったし、その後も普段通りにやり取りをしている。
「……でも、しばらくしたら落ち着いたゴンが謝ってきた。それで仲直り」
「ま、兄弟ってそんなもんだよな」
「まあね。ただ、思うのよね……あれができたのは、ゴンが小さかったからだって」
だが、今回の喧嘩はあまりにも根が深かった。心の片隅に禍根が残っていると、リンもゴンも気づいている。そして、それを解消する手段はもうないのだということも、わかっている。
ネフェルピトーを相手にした時、ゴンがまた冷静でいられなくなるのではないかと、そしてそれが取り返しのつかないことを引き起こすのではないかとリンは危惧していた。
「もしゴンがミッションの妨げになるようなことをしようとしたら、意地でも止めるつもり。でも、ゴンも大きくなったからな~」
十三歳のゴンは成長期に入ったらしく、どんどん筋力、体格共に大きくなっていく。リンも低身長ではないが、今やゴンと背丈は変わらないくらいだ。
そして、生まれ持って更に成長していくしなやかかつ強靭な筋肉に、強化系特有の純粋なオーラの力強さ。数年もすれば、単なるぶつかり合いの喧嘩では勝てなくなるとリンは悟っていた。
もちろん、念の戦いならば確実に勝てる。リンの積んできた研鑽はたかだか数年で覆されるほどのものではない。だが、何かあった時に暴走する弟を抑えつけられなくのではないかとリンは漠然とした不安を抱いていた。幼少期から時折顔を見せたゴンの向こう見ずな性格を、姉である自分がブレーキをかけられなくなる日が来るのではないかと。
「変な話したわね、ごめん」
「いや……お前が思うようなことにはならねえよ。大丈夫だ」
頬をかきながら有耶無耶にして笑うリンの肩を、レオリオが軽く叩いた。心の均衡を崩すことが不測の事態を引き起こす。ヨークシンやG・Iと、これまでの戦いを俯瞰した立場から見ていたレオリオは、仲間の中でも特にその事を痛感していた。だからこそ、少しでも仲間を安心させてやりたい。
「レオリオも、ありがと。こんなハイリスクローリターンなミッションに付き合ってくれて」
リンもレオリオの意図に気づき、照れ臭そうに笑った。仲間だからというだけで躊躇なく協力してくれるこの友人は、実は誰よりも割を食っているはずなのにそれをおくびにも出さない。
「水くせぇぞ。仲間に助け求められて、行かねえわけがねえだろ。お前だって、ゴンやキルアから助け求められたら来てただろ?」
「確かにそうだけど」
「それによ、むしろ俺は感謝してる。リンが声をかけてくれなきゃ、ダチが命懸けで戦ってるのを知らずにのうのうと暮らしてたかもしれねーしな」
「一緒に戦いてぇんだよ」と、レオリオは頬を掻いて笑った。少なくとも、リンに誘われなければ自身に不甲斐ない気持ちを抱いていたであろうことは容易に想像がつく。もう一人の金髪の仲間もそんな気持ちにならなければいいがと内心心配もしているが、各々優先するべきことは違うのだから仕方ない。
「正直、レオリオが居てくれるのはかなり大きいぜ。こんな状況下だとイレギュラーが起こりかねないからな。治癒能力者が居れば、それだけで仲間の生存率が大幅に上がる」
「だろ?」
「本当にありがと。……そろそろ全員起きるんじゃないかしら」
リンの言う通り、部屋の端では男達がもぞもぞと動き出す気配があった。
◇◇◇
目覚めて軽く身体を動かし、決行まで残り時間僅か。役割はとうに決まっているが、確認は何度あっても困ることはない。
ゴンとキルアがネフェルピトー、ナックルとシュートがモントゥトゥユピー、モラウがシャウアプフと対峙する。リンとレオリオはピトー中心に全体の補佐と回復。そしてイカルゴは未だ音信不通のパームの安否確認と救出に向かう。
奇襲により、護衛軍は王を護る陣形になるだろう。ただでさえこれまでのペイジンにおける攪乱で、護衛軍の眼は宮殿の外に向いている。そこに、宮殿内部からリン達が現れる。更にナックルはメレオロンが居るため、完全に敵に視認されず攻撃ができる。
そして、護衛軍を王と分断。今居るメンバーでできる中では完璧な奇襲作戦だ。懸念点はいくつかあるが、決行時間はもう決まっている。
最後の作戦会議を終え、あとは各々が決行の時間まで待機するのみ。他のメンバー同様、リンはストレッチをしながら心を落ち着かせる時間としていた。
(コンディションはそう悪くない。ジジイと戦ってスッキリしたし、本気で戦って身体を慣らせたことも思えば、かなり良い方ね)
リンも傍で寝そべっているメイメイも、状態はかなり良い。だが、胸の奥にこびり付くような不安はずっと消えない。このような『悪い予感』というものは、総じて当たるものだ。
(……なんとなくわかる。この戦いでは予期してないことが何度も起こる。その時に最善策を選べるか……ハンターとしての地力が試されるわね)
ナックルとシュート、メレオロンと別れた後、ゴン達と王について考察していたことを思い出した。ノヴが宮殿に偶然潜入できたタイミング、つまりはネフェルピトーの『円』が解除されたタイミングで何が起きたか。
コルトによると、誰かの治療には『円』を解除する必要があるのではないかということだった。ピトーが最優先で治療するのは、王。ならば、誰が王を傷つけたのか。
そこで導き出されたのは、『王が王を傷つけた可能性』。なぜそのようなことが起きているのか。それこそがイレギュラーの鍵になるのかもしれない。だが、何があるのかは誰にもわからない。
(何があっても、ミッション達成は絶対の最優先事項。そして、弟達の命も)
そう思うと同時に、考える。大事な仲間の命とミッション達成を天秤にかけなければいけない状況になった時、自分はどうすれば良いかと。
決まっている。どちらも選べば良い。だが、どちらも選ぶには戦略を立てなければいけない。そして今回の戦いは、戦略を立てるだけの時間があるものではない。この点がハンター試験やヨークシン、G・Iとは大きく違う。
「……そろそろだな」
モラウが時刻を確認し、ゆっくりと立ち上がる。リン達もそれぞれが覚悟を決め、立ち上がった。
「カウントを始めるぞ」
一秒ずつカウントをするモラウ。それを聞きながら、眼の精孔を開いたリンは、前に立つ弟のオーラが変質するのに気づいた。
ノアの能力で出会った別世界のゴンほどではないが、濃紺の、深海を思わせるようなオーラ。きっと表情も相応に冷たいものへと変化しているはずだ。それを見られるのは、隣に居るキルアだけなのだろうが。
「三、二、一……」
ゴンにとってこの戦いは、カイトを取り戻すためのもの。自分自身で目の当たりにするまで気づくことができない、気づこうともしない残極な現実を知るためのものだ。そんな地獄からゴンを護るため、そしてゴンからミッションを護るために、リンは敢えて補助任務を申し出た。
本当はリンだってネフェルピトーに直接対峙して恨み言を言いたい。死を後悔するほどの惨い目に遭わせてやりたい。だが、それは優先すべきことではない。
(私はハンター。欲しいものを得るためには、最善手を探す)
ゴンの瞳が暗く沈んでいくのと同様に、リンもまた自身のオーラが変質するのを感じていた。犠牲を厭わない、血を思わせるようなものへと。
「GO!!」
モラウの合図に伴い、全員が一斉に走り出す。異空間を通るふわりとした感覚の後に、現実の世界がリン達を出迎える。
念空間を抜けた先には、これまで足を踏み入れたことのなかった宮殿があった。脇には巨大な階段があり、それが王の間へ繋がっているのだと直感する。
だが、ここで最初の誤算が起きた。王の傍に控えていると思われていた護衛軍の一体。コルトの情報を照らし合わせると、恐らくモントゥトゥユピーが階段に控えている。
(……これくらいは予想の範囲内! むしろ、馬鹿正直に王に引っ付いてるなんて思ってない!)
護衛軍の心理としては、王の危機にすぐさま駆けつけることができる場所に居たいだろう。しかし、女王の腹から生まれた時の王の態度は、唯我独尊そのもの。そんな性格の王が護衛軍にとらせるパターンは、『手下が居ることを喜び、侍らせてこき使う』か『自分の力に自信を持っているからこそ近くに居させない』の大きく二パターン。後者の可能性も十分にある。
だが、その後の展開は全くの予想外だった。
ユピーがリン達を敵として認識したとほぼ同じタイミング。頭上から強大なオーラの塊が、隕石のように降ってきた。それは宮殿を容易く貫通し、足場をも軽々と破壊する。
それがゼノの
(あんのジジイ……こーゆーことは事前に言っときなさいよ!!)
現に、リン達は一瞬驚きで動きが鈍った。それが敵からの攻撃か味方によるものか、それを判断するだけでも数瞬のラグは生じる。この戦いにおいて、一瞬は簡単に勝敗を分かつ。
(ナックルとメレオロンは生きてる?
ユピーに対するナックルとシュートの戦いは、
ナックルとメレオロンが死んでいる最悪の事態を想定し、自分が相手をするべきか。一瞬硬直した間にそれらのことを考えていたリンだったが、目の前を走る弟は一切の躊躇がなかった。
事実、ゼノによる奇襲を前にして変わらずに動くことができたのは、ゴンとユピーのみ。その共通点は、どちらも一つの目的にのみ集中してなりふり構わないことと言える。
ナックルとメレオロンの奇襲が叶わなかった場合、ここでユピーを王から分断しなければならない。瞬時にそう判断したゴンの認識は、リンや熟練のモラウすらも上回っていた。
排除するべきは目の前の敵。ニヤリと笑ったユピーに、
(ナックルとメレオロンは生きてる! 作戦は継続!)
そこに次なる関門が襲い掛かる。それは、身の毛がよだつほどのこの世の絶望を詰め込んだオーラ。ピトーの『円』だった。
宮殿最上部からネテロとゼノの襲撃をいち早く発見していたピトー。ネテロの【百式観音】により吹っ飛ばされたものの、能力によって必要以上に飛ばされることを防ぎ、上空から状況把握のために『円』をしていた。すなわち、リン達の襲撃を捉えられた。
力も経験もあるノヴが、心を壊されるほどに悪意のある念。それは確かに、生物として上位種のものであった。リンは一瞬、ほんの一瞬だが確かに自身が破壊されるビジョンを描いてしまった。
しかし、歯を食いしばって心を留める。そして自分を、仲間を叱咤するように叫んだ。
「止まるな!!」
それを引き留めたのは、壊されたカイトの姿を見た時の怒り。ナインが死んだと知った時の憎しみ。大切な人に残虐なことを平然としたキメラアントへの怒りが、こんなところで怖気づくことを許さなかった。
だが、ユピーは敵の硬直を見逃さない。魔獣とのキメラであるその肉体を容赦なく膨張させ、階段を破壊する。ここまで僅か三秒。
ユピーの攻撃を掻い潜り、ゴンとキルアがピトーの居る場所へと走る。王の間への道が破壊されたことにより、東棟の二階から、王の間へと飛び移るために。
一瞬、
それは、己の能力を移動手段として捨て身で戦おうとしているシュートへの敬意、そして自分が戦う場面はまだこの先にあるという根拠のない直感から来るものだ。
同時に、モラウが煙のオーラを宮殿全体に広げる。敵の攪乱、そして戦況把握のためだ。また、モラウのハント対象であるシャウアプフを探知する目的もある。
(レオリオもちゃんとついてきてる! 私達は先へと進む!)
宮殿は広い。敵兵の眼をすり抜けながらゴンとキルアに続き、東棟の階段を駆け上がる。
その途中、キルアが急に道を逸れた。恐らく何か大事なことがあったのか、それともキルアの心乱す何かがあったのか。
ゴンとキルア、どちらに続くか。ここではリンは、そしてレオリオはゴンに続くことを選択した。キルアと違い、ゴンの行動には迷いがない。ゴンの行く先にミッション達成の対象が居るのだと判断したからだ。事実、キルアはこの時イカルゴの進行方向に進む敵を殺しにかかっていた。ミッション達成を互いに何よりも優先させろと、自ら言っていたにもかかわらず。
長く続く階段を上り切る。これでもまだ一階から二階に上がっただけ。無意味に広く設計された総帥の私物を恨みながら、王の間に眼を向ける。だが、そこにはモラウの噴き出した煙があるだけだった。
(あれはモラウさんの
ゴンは既に王の間へ移ったのかと思ったが、恐らくリン同様に考えたのだろう。リンの少し先、階段の傍に立っていたゴンの視線は王の間になく、西棟を見つめていた。そのオーラの色に怒りの赤が迸るのを視て、西棟にピトーが居ることを悟った。
西棟で特に目を引くのは、巨大な龍。それはゼノの発動させた
リンは知る由もないが、ジェスチャーでゴンにピトーが中に居ることを伝えたのは、ゴンに気づいたネテロ。しかしネテロは、リンも後から追いついたのに気づいていながら、リンには顔を向けることはなかった。それは今から始まる強者との戦いに集中したかったからか、それとも……。
(あれが王……。でも、ピトーがあの塔に居るのよね? なのに、どうやってジジイは王とピトーを分断できたの?)
不可抗力とはいえ、自分達はネテロが王と対峙する前にピトーを引き離すことができなかった。普通に考えれば、ピトーは敵を王と近づけようとしないだろう。
そこから導き出されるのは、『分断されることを王が望んだ』可能性。それがネテロと戦いたかったからか、それともまた別の理由があるのか。いずれにせよ、行ってみればわかることだ。
数十秒後。後からレオリオ、そしてキルアもリンとゴンに追いつく。ゴンは深く沈んだ瞳はこちらに一切向けず、静かに言った。
「ピトーはあそこにいる、行こう」
いったい、誰に向けて言った言葉なのだろう。普段は仲間を思いやるこの弟は、土壇場になると酷く排他的になる。自分自身で抱え込み、そして持て余して仲間に信頼という体裁で押し付ける癖がある。
そんなゴンの言葉でもう一人の弟が一瞬酷く悲しそうな顔をしたことに、リンは気づいていた。だが、今それはどうこうできるものではない。
(全部覚えておくわよ。全部終わったら二人ともしばき回して、ガミガミネチネチしつこく叱って、その後はいっぱい褒めて抱き締めるんだから。そんで大人メンバーで酒酌み交わして、大好きだって、酔っ払いのダル絡みを散々やってやるんだから! こんな時くらい、普段は飲まない酒を解禁したっていいはずよ!)
それには全員が生き残っていることが大前提だ。死なせない。絶対に。
そう決意し、ゴンに続いて西棟へ向かう。王とネテロが出て行った後の西棟は酷く静まり返っていて、道中何のトラブルもなく簡単にピトーの下へ辿り着くことができた。いや、順調だったのはそこまでだった。