ネフェルピトーとの邂逅の直前、とある人物に出会ったことをここで述べておこう。
ネテロが王と宮殿を去った後、塔に降り立ったリン達。そこに立っていたのはキルアの祖父であるゼノ=ゾルディックだった。
会うのはほんの数カ月ぶり。と言っても、前回……すなわち家系の壷を盾にアルカをゾルディック邸から連れ出した際には殆ど話はできなかったが。その時点でキルアの見違えるほどの成長を目にしていたゼノは、それでもおおよそ二カ月ぶりの再会になる孫がまた一回り成長していることに気づいた。同時に、かつてキルアを連れ戻しに来たリン・ゴン・レオリオも大きく成長を遂げていることにも。
肉体的には成長した。恐らく、精神的にも。だが、それでも足りないだろう。これから目の当たりにするであろう現実と向き合うには。目の前の子ども達は若すぎる。幼過ぎると言ってもいい。プロに年齢は関係ないとはいえ、歳を重ねるほどに精神が成熟していくのもまた事実。
「中のことはおぬしらが判断せい」
だからこそ、いや、それでもと言った方が良いのだろうか。ゼノは淡々と必要な情報のみを伝えた。それは、彼らのその後の判断を尊重しているからこそなのか、あるいは……。
◇◇◇
ネフェルピトーがどんな優しい一面を見せようが、それこそコルトのような慈愛に満ちた一面を見せようが、絶対に自分は容赦しない。リンはそう決めていた。
だが、一方でそんなことが起こるとは思えないとも思っていた。同族であるキメラアントをも見捨てたという王と護衛軍。特に護衛軍の生きる目的は王を絶対的な支配者にし、その命を護ること。蟻としての本能も色濃く持っているであろう彼らが、王以外に、それも人間に慈愛を向けるようなことなど、あるわけがないと。そう思っていた。
「なによ、これ」
だが、実際にそんなことが目の前で起きている。それはある種、ゼノの奇襲が頭上に降って来た時やピトーのオーラに包まれた時とは比べ物にならないだけの衝撃をリンに与えた。
初めて間近で眼にするネフェルピトーの姿をリンはまじまじと見つめる。
猫と人間のキメラなのだろう。猫のような尻尾から伸びる念は玩具でできた看護師のような形態をとっており、それが外科治療のような器具を何本も手にしている。
そしてその先には、少女。少女の腹はその看護師のような念によって開かれ、細部を弄られている。
(人間を改造? 違う。ならばこの行為はおそらく……治療)
一見、それはカイトのように人間を壊して作り直しているものに見えなくもない。だが、このタイミングでそのようなことに『円』を解除するほどの全力を費やすわけがないと、リンの理性的な部分が結論を出していた。
(治療? 護衛軍が、人間を? たかが人間を?)
「その人から離れろ!!」
だが、ネフェルピトーを前に激昂するゴンはそこまで考えることができなかった。ミッションを前にしてあれ程に冴えわたっていた判断力は、カイトと重なる人間を弄繰り回す姿に全て押し流され、残るのは憎悪のみ。
口ではその人を……コムギを救出するためのような言葉を吐いていても、頭の中はピトーへの怒りしかなかった。次から次へとピトーへの怒りを口にし、カイトを直すために来たと叫ぶ。
「……!」
だが、ネフェルピトーにそのようなゴンの叫びは届いていなかった。考えるのは、王の命令をいかにして遂行するか、すなわち、コムギをどのようにして護るかのみ。
しかし
(……降伏? いや、これは……)
敵意がないことを示すために差し出された、手の平を上に向けた両の腕。
猫とも土下座をする人間とも思える仕草で差し出されたそれは、「彼女を助けたい」そして「それまで待ってほしい」という二つの言葉と共にゴンの目の前に並んだ。
「助ける? それは……」
「キルア、俺が話してるんだ」
この時リンが黙っていたのは、そしてキルアやレオリオが黙っていたのは、ゴンの剣幕に自らの出る幕がないと悟ったからに過ぎない。そしてキルアとレオリオはまだ冷静に状況を把握していたが、リンもゴン同様に怒りを堪えていた。
(助けたい……助けたい? ふざけんなよ、どのツラ下げて言ってんのよ)
この二人の違いは、態度に出してしまったか出さずにいられたか、それだけだ。だが、ここではその違いが決定打となる。
「タスケ……何? タスケナクチャって、どういう意味?」
表面張力。心の器に溜まったコールタールのような澱み。そこに落とされた最後の一滴は、皮肉なほどに慈愛に満ちた感情から生まれる言葉だった。
「……この人は、
しかしその言葉は、確かにゴンの地雷を踏んづけた。自らの愛する人を壊された立場の人間だったからこそ。
「……勝手なこと言いやがって……勝手だよ、畜生!」
(……本当に、そうね)
ゴンが言わなければリンが言っていた。あるいはキルアが、レオリオが言っていたかもしれない。それくらいには全員の思いは同じだった。
相手も十分に勝手なことを言っている自覚がある。だが、その覚悟はリン達の予想を遥かに超えていた。ひと時の間をおいて、ネフェルピトーは突如自身の右腕をへし折ったのだから。
「望むならば、左腕も。それでも足りないなら、両の足も」
その表情はある種狂気的なものがある。治療さえさせてくれるなら、可能な範囲で自身を壊して構わないというのだから。
それは生物において、最上級の譲歩と言えるだろう。自然の中で暮らしてきたゴンは、その言葉の意味を、そしてネフェルピトーの意図をはっきりと理解した。
「……っ! ずるい! ずるいよ!」
目の前の少女のために自らを犠牲にするキメラアントの姿。カイトを嬉々として破壊した人外が、人間を護る姿。そんな姿を見せられ、ゴンはもう限界だった。
「カイトにはあんなに酷い事したくせに!」
涙を流し、ただただ感情に任せて叫ぶ。子どものような駄々でピトーを指さして。
それは共に過ごしてきたどんな弟よりも癇癪を起していて、手が付けられないものにリンには見えた。
「なんでだよ!! なんでだよ!!!!」
(……何、この色)
もしも、この時点でゴンを抑えていればまた違った結果になったのか。それは誰にもわからない。だが、リンはこの時ゴンを制止することよりも、また、ピトーへの対策を思案するよりも全く別なことに一瞬気を取られていた。
それはゴンが纏うオーラの色。先天的にオーラの色を視る事ができるリンにのみ気づけた、ゴンの感情だ。
(今まで視た、どのオーラの色とも違う……純粋な黒、全ての感情を煮詰めた色!)
全ての絵の具を混ぜると、黒になる。ゴンの内側から噴き出てくるどす黒いオーラは、そんなことをリンに思い出させた。そしてなにより、G・Iで視た並行世界のゴンのオーラにそっくりだった。
(生物がこんなオーラを出すことなんてないわよ。覚悟を決めた色なんてものじゃない。初めから自身に価値を感じていない、生命としての本能すら覆すもの!)
死と隣り合わせで生きている存在として思いつくのは幻影旅団。だけど彼らとは根本的に違う。蜘蛛は覚悟と理性で本能を抑え込んでいるのだから。
振り返ってみればそうだ。ハンター試験の時も、ヨークシンの時も、G・Iだって、話でしか聞いていないが天空闘技場だって、ゴンはいつだって無茶をしてきた。
リンは自分の事を突拍子もない無茶ぶりをする節のある人間だと理解している。だが、リンのそれとは根本的に違うゴンの行動。
「ゴン、落ち着け……」
「駄目だキルア、こうなっちゃゴンは聞かねえ……」
リンの行動はいつだって仲間や自分の能力への信頼で成り立っている。だが、ゴンの行動は違う。信頼の言葉が一切ない。全てその場の思い付き、その場の感情の流れ任せだ。
ゴン自身が心根の優しい子だから今まで気づかなかった危うさ。ビスケが言っていた言葉の意味が今、リンにもようやくわかった。
ゴンには、自身の命を守る思考がない。
自然の中で育ったゴンは、命の価値観がある意味かなりシビアだ。それはリンとも、キルアともまた異なったベクトルの残酷さ。
それに加えて父親から捨てられたと思い育ってきた。リンが精一杯フォローしてきたが、その事実が消えるわけでは無い。根本的にゴンには自身を大切にする気持ちが欠けている。生物としては根本的な生存本能が欠けている。これこそが、周囲を何度も畏怖させてきたナニカの正体だ。
(ゴンのオーラが完全に変質している。G・Iのゴンのあのオーラに。つまり、このゴンの先にあるのはあの世界のゴン……!)
思い出される、G・Iで戦闘した並行世界のゴン。どれだけの制約と誓約、そして自分を捧げる覚悟を持てば、今この目の前に居る弟があのレベルの戦闘力になれるのだろうか。
あの時のゴンは、あるベクトルではネテロをも超えていた。そして、その対価は計り知れない。
(ゴンの目的はあくまで『カイトを直させること』。この目的ならばこの場での最適解は、ピトーと交渉をして休戦、その後カイトを直させるよう取り付けること。……そんな事をしてくれる保証がなくても、ピトーにしかカイトは直せないとゴンは思っているから)
この感情を抑えつけて、約束を取り付けたとしたら? カイトは既に死んでいる。どんな念能力者でも、死者を生き返らせることはできない。そしてゴンは、その事を理解していない。蟻はそこを確実に突いてくる。
理解せざるを得なくなる時が、数十分以内に訪れる。その時、ゴンはどうする?
ピトーを前に激昂するゴンを見て、リンは初めて指先が震えるのを感じた。仲間の死を見た時とも、自分の過ちに気づいた時とも違う、根本的な絶望と悲しみで。
それは弟を失うかもしれない恐怖。いや、未来で弟を失うことが確定した恐怖。
これを回避するにはどうすればいい? ゴンをここから引き離せばいい。
ならばどうやって? その答えは出ない。いや、正確にはゴンを納得させて引き離す手段が
なにより、これはプロとしてのミッション。個人的な感情でメンバーを強制離脱させることは許されるのか? それも、自分自身にしか見えていない未来で。
「うっ……うっ……」
リンが必死に思考を巡らせる中、ゴンが出した答えは直情的なものだった。そして、最悪の手段……ピトーへ攻撃を仕掛けようと、【ジャジャン拳】の構えを取る。
「ゴン、今そいつを攻撃したらカイトは戻らねーぞ」
ゴンが暴走した時、それを止めるのはいつだってキルアの役目だった。キルア自身もその自覚が、自負があった。だからこそ、この場でゴンを止めた。その言葉がどれだけ残酷かわかっていても、ゴンを落ち着かせるには最善の言葉だったからこそ。
もしもキルアが暴走するゴンを止めずに放っておいたなら。ゴンの【ジャジャン拳】によりピトーを難なく殺せたかもしれない。だが、それをできないほどにはゴンの狼狽ぶりは激しかった。必要とされるのはキメラアントとの対話だったからこその発言。これもまた、リン達の選択の分かれ道だったのだろう。
キルアの冷静な言葉は、確かに叫ぶゴンの耳に入った。ここでゴンが冷静になれたなら、また未来は変わっていただろう。けれど、もしもリンがキルアに代わって声をかけられたとして、未来は変わっていただろうか? 想定したとて過去は変えられない、未来は描き変わらない。
人間とは愚かな生物だ。どれだけ言葉で言って聞かされようと、己の行動とそれに伴う後悔が無ければ、真の意味で本当に大切なことを理解することはできない。
「……キルアはいいよね。冷静でいられて……関係、ないから!」
リンの再三の忠告は、ゴンには何の意味ももたらさなかった。結果としてリンは考えが纏まる前に、最速かつ最善の、しかしゴンにとっては最悪の行動をとってしまうことになった。
「ぐぁっ!!」
「おい、リン!」
リンによってぶん殴られたゴン。身体を大きく後方へ飛ばし、レオリオの足元まで倒れ伏す。起き上がるも、信じられないものを見るような眼で姉を見つめる。そして頬に手を添え、殴られたという事実を理解する。リンは悲しそうにゴンを見つめていた。
「どんなに心乱れていても……、言っちゃ駄目な言葉はあるわ」
それは心のどこかでこれが最善だと理解していたからであり、キルアの悲しそうな顔を見てしまったからでもあり、ゴンの言葉を姉として正さなければという責任感からだ。
だが、それを素直に聞き入れられるなら、ゴンはここまで心乱れてはいない。結果として、キルアに向いていた矛先はリンに向けられることになる。
「姉さんには関係ない、黙っててよ」
明らかにゴンは感情的になり過ぎている。キルアの制止も聞けないくらいに。感情的になると、判断を間違えやすくなる。自分のミスで友を死なせるかもしれない。それはリンの地雷そのものだ。
「……黙んのはあんたよ。相棒も大事にできないプロ紛いが」
大きく息をついたリンの視線が、冷たくゴンを睨む。それは姉が弟を見る目ではない。どうしようもない人間を、ともすれば同族ですらないのではないかと思わせるほどの冷酷なものだった。姉から向けられた怒りに満ちたその眼に、ゴンは僅かに怯んだ。
「今のゴンに、カイトを想う資格はないわ」
ゴンに任せてはキルアやレオリオを、ナックルやシュート、モラウ達を無意味に命の危機に晒すことになる。そう判断したリンは、ゴンを無視してピトーと対峙した。だが、リンの目的はゴンとは全く違う。
カイトを直すために討伐隊に入ったゴンとは違い、リンの目的はただ一つ。護衛軍の排除だ。
「ネフェルピトー、あんたに聞く」
「……!」
唐突な代表者の交代。リンが前に進み出たことで勝機があるかもしれないと一瞬思ったネフェルピトー。だがリンの表情を、そしてオーラを見て、それが楽観的なものでしかなかったと即座に認識した。
「カイトを……あんたが改造した『特訓人間』とやらを元に戻すことはできるの? まあ無理だろうけど」
それはあまりにも冷た過ぎる、仕事に徹するプロの眼。その奥には自身へ向く憎悪も見え隠れしていて、先程の少年以上に会話が通じない人間であることを直感した。
城での出来事を経て、そして仲間の死を経て、情を見せようが許さないと決意した。プロとして今回のミッションに向き合うことを固く決意したリンは、ピトーに対して酷く無情だった。
「……お願いします! 助けさせてくれ! なんでも言う事を聞く! その人間だって直す!」
精孔を全開にした眼で視たピトーは、『嘘』の色をしている。どんなに情に訴えようと、目の前の生物の本質は蟻。王の命令を達成するために言えることを言っているに過ぎない。それが更にリンの地雷を踏みつぶした。
「できるんなら先にカイトを直しなさい。じゃないと、その女を殺す」
「頼む……それだけは!! この人はすぐに治さないと助からないんだ!」
「知ったこっちゃないわね。先にカイトを直しなさい」
「姉さん邪魔するなよ! 俺はカイトを直せるなら待つくらい……」
「ゴンは黙ってな!!」
一見するとリンとゴンの不和は、感情的になっているゴンがキルアに暴言を吐いたところに起因するように見える。しかし、これはあくまでトリガーであり、本当の原因は全く別のものだ。
その真実は、カイトを直す力がピトーにあると思っているか否か。
カイトを直せると思っているからこそ、他者に治療能力を使用するピトーに激高し、提案に乗ろうとする。思っていないからこそ、平然と人間を治癒するピトーに激高し、冷酷にピトーの討伐を優先する。
現実逃避と現実直視を極端にした2人の意見の食い違いは、ここに来て大きなずれとなり戦況を変化させようとしていた。
「対処しなきゃ死ぬってさっきから煩いけどさ、あんたじゃなくても良くない? 今ここで、治療できる人間がいればいいんだから。でも、カイトはあんた以外どうにもできない……らしいじゃん?」
その気になれば、レオリオがコムギを治療することはできる。だが、そんなことを敵に知らせる必要は一切ない。むしろこの言葉すらも、ピトーに対する嫌味以外の何ものでもない。
「……っ」
「ていうか、できないのよね? できるならすぐにでも交渉に飛びつくだろうから。安全に治療したいでしょ?」
「そんな事……!」
リンの言葉は、ピトーにとって図星だった。今ここで唯一、コムギを救える手立てがこれしかないのだから。リンはピトーの表情を確認すると、それを鼻で嗤った。
「世間知らずのばぶちゃん、別にあんただけが特別じゃないのよ」
それを逆手に取り、嘲笑う。ピトーがコムギを救おうとする以外の手段を取れないと知っているから。そしてコルトの情報通り、治療には全てのオーラを注がないといけない、更に尻尾で繋がっている点から行動範囲すらも限られるとわかったから。なにより、この程度の絶望を与えておかないと、カイトの恨みを晴らせないと思ったから。
「はっきり言って、私はその女が死のうがどうでもいい。関係ないもの。それよりカイトの敵討ちの方が何十倍も大事」
「そんな……同じ人間なんだろう!?」
「人間をわかってないわね。あなたの的外れな反論を、二つほど訂正させて頂戴」
人間は時に、酷く残酷だ。リンの中に灯る憎悪に、キルアはレオリオは、そしてゴンですらも黙ってリンの紡ぐ言葉を聞いていた。オーラを漲らせるリンはともすれば醜悪な笑みを浮かべていて、下手に邪魔をすれば自分とて害されるのでないかと思わせるものがあったからだ。
「一つ、ミッション以外は現場の判断に任せるのが暗黙の了解。そこに私怨が含まれていようとね。そして私はその子の命は二の次で良いと考えてる」
「そ……」
「もう一つ、確かに同族よ。私の発言はクズの部類ね。……でも、同族のキメラアントを無下に扱ったあんたに、それを言う資格ある?」
―
「キメラの女王が死んだ事は聞いてる。あんたなら治せたんじゃないの? ねえ、なんで? 同族よ?」
ネフェルピトーは、興味のないことはすぐに忘れてしまう性質だ。だが、この時海馬の奥底から自身が同胞に向けて発した言葉を思い出した。その何気ない言葉が、何気ない思考が今の自分を窮地へ追い込んでいるのだと、指を立てて説明する目の前の女を見て悟ってしまったからだ。
「こっちは身内含めて仲間を山ほど殺されてるのよ。むしろ、あんたが守りたがっているこいつを殺した方がイーブンになるんじゃないかしら」
「……っ頼む! この人を治さないと……! どんな罰でも受ける! 治療さえ続けられるなら僕を半殺しにしたって構わない! 頼むっ……」
「そうね、じゃあ両手両足を折ってちょうだい」
「!?」
「どうしたの? さっき自分から言い出したじゃない。そうすれば待ってあげる」
「……リン! まさか……」
あまりにもむごすぎる言葉。キルアは次にリンが何をしようとしているのか、いち早く理解した。しかし言葉にするのは憚られる。それはまだ気づいていない二人に、特に精神的に切羽詰まっているゴンに衝撃を与えるものだったから。
ピトーに選択肢はない。哀れなキメラアントはなす術なく、言われるがままに四肢を自ら破壊する。身動きが取れず念能力すらも使うことができない。討伐には絶好のタイミングだった。
「やめろ!!」
皮肉なことに、カイトの仇が、討伐すべきキメラアントが殺されることを誰よりも止めようとしたのは、ゴン。
だが、何もかもが遅い。ゴンがリンの手を押さえつけようとするよりもとうの先に、リンの手刀はピトーの首を斬り千切っていた。
「嘘、つき……」
ごろりと頭部が落ち、ピトーの首からは鮮血が噴き出した。生命力の高さが災いして胴体と離れてもなお意識のある頭は、リンを恨めし気に睨みつける。
「先に嘘ついたのはそっちじゃない」
そう言って、
「……ゴン。リンは」
確かに、城で再会したカイトは生きているように見えた。ピトーの力ならば直せるのではないかと本当に思える程に。
しかし、実感はなくてもキルアはとっくの昔に理解していた。リンの言うことは、すなわちカイトの魂があの肉体に宿っていないのは事実なのだと。
にもかかわらず、ピトーは『直せる』と言った。そして、その直後に冷酷になったリン。ピトーは、きっと嘘をついていたのだ。自分達が言われた通りに待ったとして、約束を守ることはなかっただろう。カイトが元に戻ることはなく、自分達は殺されていた。
「姉さん!! なんで!!」
だがゴンにとってピトーの死は、カイトを救う手段が永久に失われたことを意味する。
わかっている。わかっていた。本当は頭の片隅で、カイトがもう戻ってこないことをわかっていた。姉が、カイトが死んだなんて嘘をつくわけがないと、わかっていた。
だが、受け入れられなかった。自分のせいでカイトが、父親同然の大事な人が、母親同然の人が大切にしている人が永遠に失われてしまった事を。
リンとゴンはどれだけ似ていても、所詮は別個の人間だ。生まれた場所も年も違えば、生きて来た経緯も違う。好みも違えば考え方も違う。そして大切にしているものも違う。
それはいわば、Apples and oranges。全く別の存在だ。ことネフェルピトーに対しての見方は、似ているようで全く違っていた。そしてそれは、今まで一瞬とも思った事のない言葉として飛び出した。
「姉さんなんか! 姉さんなんか大っ嫌いだ!!」
たった一人の姉にそう怒鳴り、ゴンは塔を飛び出した。どこへ行くとも言わず、本人もどこへ行くかわかっていないのだろう。ただ、その場に居たくなかった。
「リン……」
「これは言われて当然よ。二人とも、冷静でいてくれてありがとう」
リンはそう言って悲し気に微笑んだ。