三次試験合格者は十九人。彼らはハンター協会が運営する飛行船に乗り、次の試験地まで束の間の空の旅を楽しんでいた。
…と言っても、次の試験地は大陸を移動するらしく、船の旅は約五日に渡る。リン達は船内を探索したり武器の手入れや身体のコンディションを整えたりして過ごしていた。
受験生の誰もが思っていた。一次試験は体力試験、二次試験は知識を問い、三次試験でハント能力を問う試験だった。次はそろそろ、生命力を問うような試験が出てくるのではないか、と。体調を万全に整えておくのは当然の事だ。
しかしそれだけ時間があれば、仲間同士で交流を深める機会はいくらでもある。
リンとルカスはデッキに出て、空の下の景色を眺めながらぼんやりとお喋りをしていた。その姿はもう、同じクラスの仲が良い友人と見ても差し支えがないほどだった。
「ねぇ、ルカスはハンターになったらどんなハンターになりたいの?」
メンチやノワールに対してもそうだが、リンはルカスに心を開いている。ただでさえ初めての同い年の友達である上に、何日も共に過ごし困難を共に乗り越えてきたのだから当然だろう。いわばゴンとキルアのような関係だ、と内心大はしゃぎしているリンである。
「…言ったら絶対笑うし、言わねー」
「えーなんでよ!教えてよ!」
ぶっきらぼうに言われたが、ルカスの態度は友人に対するそれであった。だからこそ、リンもしつこく食い下がる。ルカスは半ば呆れたような表情をリンに向けると、無理やり矛先を変えてきた。
「そう言うお前はどうなんだよ!親父殴って終わりじゃねーだろ?」
そう言われるとリンは答え方に悩む。腐教が夢ですとは、絶対に口が裂けても言えない。
(なんかまともな答え方…そうだ!)
どうやら何か閃いたようだ。さもそれが夢ですと言ったように、腰に手をあて堂々と答える。
「私はねぇ、めっちゃお金を稼いで翻訳会社作るの」
「それならハンターじゃなくてもよくねーか?」
ルカスの意見は至極真っ当であった。一瞬ひやりと汗が伝うが、嘘は言っていない。そもそもこれも大いなる夢への第一歩なのだから。
軽く指を振り、仰々しく説明をするリン。妙な方向にポーカーフェイスが上手くなってきているようだ。
「じゃないと駄目だよ。ジャポンに漫画って面白い文化があってさ。でも現地の言葉の書物しかないんだよね。その本をハンター語は勿論、秘匿されてる民族の言語まで色んな言語で翻訳して出版するの!流石に発見されてない民族や超少数民族に会うにはハンターじゃないとね」
そう言うとルカスは納得した。そして思ったよりも壮大な夢である事に内心感心する。
「どーりで多言語に詳しいわけだ。さしずめ
「そうなのかも。ねえルカスも教えてよ!」
「やだ」
「はぁ~?私は言ったじゃん!」
そう言って取っ組み合いの喧嘩になる。リンはルカスにとって男友達のようなポジションになっているようだ。ハンター試験を受験しており一度は自分の攻撃もあっさり躱してカウンターを入れた相手だ。女の子扱いなんてする気になれないのもとうぜんだろう。
「あんたら、またやってんの?」
そんな二人の様子を眺めていたメンチが呆れたように笑いながら二人を窘める。これもまた、この数日で日常の風景となっていた。
「まったく…これでリンが男ならねぇ…」
「なんで男じゃないと駄目なんだ?」
微笑ましく思うあまり、うっかり本音が漏れ出たメンチだ。純粋に疑問を持つルカスに、これはまずいと思わずリンも動きを止める。
「あっ…」
腐女子の信条…それは周囲に腐バレしない事だ。特に、身内には。
今、絶体絶命の危機にメンチは瀕していた。どう答えるのが正解か、脳内を未だかつてないほど高速で思考が駆け巡る。
「男同士なら喧嘩わかル。女の子虐めるヨクナイ」
救いの女神…神は意外と近くにいるものだ。リン達の場合、それはノワールであった。
口だけは大人ぶりながらも結局誰よりも短気なメンチはストッパーどころかむしろアクセルになる事も多く、結果リン達をまとめ上げる大人な役割はノワールに任される。イケメンな上に冷静で頼れるなんて、非の打ち所がない素晴らしい人間だ。
「虐めてねーし!つか、こいつの方が強いじゃんかよ!」
そう言ってルカスはノワールに拳を向ける。勿論ちょっかいの範囲だが、割とスピードのついているそれは普通の子どもなら容易に吹っ飛ぶだろう。しかし、ノワールはそれを軽く躱す。
悔しくて更に拳を繰り出すルカスは、完全にターゲットをノワールに向けたようだった。
そもそもノワールは二次試験の際に余裕を持って受験生たちを見ていたくらいの自信を持っている人間だ。一次試験を突破した事もあり当然、身体能力にも覚えがある。
そんなノワールが、軍人の訓練を受けている才能の塊とはいえまだまだ子どもなルカスをあしらうのは、簡単な事だった。
(一人は金髪碧眼の美少年、もう一人はクールな黒髪眼鏡の美青年。突っかかる少年を軽くあしらう青年の構図…イイ)
当然、リンは二人の喧嘩を爛れた目で見ている。仕方ない。こればかりは本当に仕方がない。そして気づけば隣のメンチも同じような目でルカス達を見ていた。
(メンチ、ナイス)
(たなぼたってやつね)
互いに目のみで意思疎通をはかる。これもまた、この数日の間にリンたちが取得したスキルである。趣味関連限定だが。
空の旅は穏やかに(?)、賑やか(?)に過ぎて行った。
◇◇◇
四次試験会場は、遊園地だった。それも普通の遊園地ではなく、恐らく閉園となったばかりの遊園地だ。ところどころが錆びつき薄汚れているが、まだ活気があった頃の名残も残っている。動かそうと思えばアトラクションも動くだろうし、音楽だって鳴り響くだろう。
(遊園地とか前世ぶりだ…この世界でもハロウィンイベントとかするのかな)
丁度規模が昔の思い出と同じくらいだったため、思わずあの遊園地を思い出してしまうリンである。
「廃園になったばっかの遊園地が舞台ね…移動に時間がかかったわけだ」
ルカスの言う事に全員が同意した。このタイミングで営業しなくなった大規模遊園地を探すのは、いくらハンターでも数が絞られるだろう。当然、三次試験会場から離れた場所にある可能性の方が高い。
そんな数少ない遊園地の入り口にリン達は集められていた。飛行船を降りてからここまで一本道だったが、園内は不気味なまでに静まり返っている。
人が居ないのだから当然ではあるが、賑やかで人が沢山いる遊園地しか知らなかったリンにはそれが酷く恐ろしいものに思えた。
(なんかヤだな…嵐の前触れみたい)
黙って待つ事二十分。時計が十時きっかりを指した時に試験官は現れた。今までの試験官のようなインパクトある登場ではなく、ごく普通に、まるで友人や恋人との待ち合わせにやってきたかのように。
それがあまりに自然過ぎて、誰もが一瞬試験官であるという発想に辿り着かなかった。一拍間を置いて、試験官しかこの場に来ることはないと思い至り彼が試験官である事を悟る。受験生達の間に緊張が走った。
(何この人…すっごい嫌なオーラ!)
リンは、他の受験生たちとは異なる理由からその場に立ちすくんでいた。やってきた試験官のオーラが今までに見た事のない色と質を持っており、理解が追いつかなかったのだ。
粘っこく、様々な色を無理やり混ぜ込んだような汚い黒。見るのも不快で思わず目を逸らす。メイメイも警戒心から軽く毛を逆立てた。
「どうも。
男は…ミシャクーロは淡々と自分の事をそう紹介した。燕尾服の裾を正しながら、まるで受験生には興味はないと言いたげな様子だ。
一見、年代は四十代前半の紳士。しかしその瞳はまるで何十年も日の光を見てこなかったかのように暗く黒く、淀んでいる。
「ミシャクーロ…本人もブラックリスト入りのハンター」
ノワールが呟いた。その言葉に反論する人間は居ない。それだけ、この試験官の様子は不気味かつ異質なものだったのだ。彼ならブラックリスト入りするような何かをしていてもおかしくない、誰もがそう思っているのは明らかだった。
「四次試験はハンティング。この遊園地でチームに分かれ、他チームの相手の命を奪ってください…」
「命を奪えって…殺人教唆じゃん!」
三次試験で思わず試験官に嚙みついたのはルカスだったが、今回はリンであった。そしてそれもまた、受験生全員の心の声の代弁である。
当然リンは納得できない。命を失う事も十二分に考えられるハンター試験。しかし、試験そのものが殺人を勧めるものは今までになかったからだ。試験とはいえ、そんな簡単に人を殺す気にはなれない。
「仕方ないわよ…これも試験なんだから」
そう言うメンチの表情も険しい。納得していない事は明らかだった。しかし、この試験官にそんな反論が通用しないであろう事も容易に想像がついた。
動揺する受験生達には興味もないと言いたげに、ミシャクーロは白髪交じりの髭を撫でる。そしてぱちんと指を鳴らし、ホワイトボードを持ってこさせると言った。
「受験生にはそれぞれ監視員がついているため、誰が誰を殺してもわかりますのでご安心を。チームはこちらで指定した4チームに分かれてもらいますので」
受験生たちは一斉にホワイトボード前に押し寄せた。彼らにとって、チームの分配は重要であるからだ。
それはハント対象を確認するためというのも勿論だが、リン達のように試験の中で友情が芽生えた者や何度も共に試験を受ける中で仲間意識を持っている者たちが大半だったから。できれば仲間と同じチームであってほしいと思うのが心情だろう。
「そんな…全員チームがバラバラだ!」
「恐らく、二次試験協力したメンバーや身内、明らかに仲良いモノはバラバラにされてル。裏切りの誘発」
ルカスの言葉にノワールが冷静に返答する。しかし、彼の指も小刻みに震えている事にリンは気づいていた。誰だって冷静ではいられない。共に試験を潜り抜けた仲間が殺しの対象であり、殺される対象になっているのだから。
「自分のチームは確認しましたか?他チームの人間を一人殺せば合格です。ただし、自分のチームを裏切って二人殺しても合格…これらの条件を満たしたうえで七日後の試験終了合図まで生き残れば、晴れて最終試験の切符を手に入れる事が出来ます」
(一週間…念を使うか?…いや、流石に念を使うのは反則過ぎるし嫌だな。非念能力者の攻撃なら念が無くても避けることはできるか)
受験生は十九人、自分を除けば十八人だ。その中から、少なくとも誰か一人を殺さなければいけない。堅く拳を握り、心の中で覚悟を決める。殺した経験が無いわけでは無い。しかし、恨みもない相手を殺すのは気が引けるものだ。
「降りる人間は居ませんか?」
「俺たちは降りるぜ。兄弟を殺すなんて、まっぴらだ」
ミシャクーロの言葉に、アモリ達が言った。彼らはずっと三人一緒に試験を受けてきた兄弟だ。自分の合格のために兄弟を危険に晒す事は出来ないのだろう。
「なるほど。まあ、丁度四の倍数になりますしいいでしょう」
ミシャクーロはあっさりとそれを了承した。これで受験生は十六人だ。四人一組で四チームに分かれ、殺し合いをすることになる。この広い遊園地の中で。
リン、メンチ、ルカス、ノワールは無言になりながらも互いに互いを見回した。この中の誰かは自分の事を殺そうとするか?あるいは殺し殺される事を恐れて棄権するかを探る目だ。
そんな疑いの空気を仲間内で持つのが嫌で、リンは真っ先に口を開いた。
「私、絶対メンチ達を殺さないから」
三人の眼がリンに向く。その言葉に嘘偽りはないと証明するように、リンは真っ向から彼らの眼を見つめた。
「ふぅん…俺は必要なら、やるぞ」
「…可能な限り避けてあげる」
「せっかくできた仲間、殺したくナイ」
口では言う事はそれぞれ違うが、三人とも気持ちは同じだとオーラの色でリンはわかった。ルカスだって、本当は嫌だと顔に書いてある。メンチもノワールもそれが分かったため、ルカスの事を咎める事はなかった。
「連携のための通信機器はこちらで支給します!試験開始は三十分後!ではどうぞ!!」
絶対に生き残ろう。そう心に誓い、四人はそれぞれのチームのもとへと別れて行った。
(私のチームは赤…か)
誰がどこのチームか判別できるように、受験生たちは自分のチームのカラープレートを胸に着ける事を指示された。それに従い、同時に自分と同じ色を持った人間を探す。
探していた人達は少し離れた所に居た。向こうもリンの姿を確認すると、軽く顎で合図する。相談を他のチームに聞かれると困るから別な場所へ移動しようという事だ。
そうして無言で歩く事二十分。試験開始まであと十分だ。その間にリンはチームメイトの観察をしていた。
三人全員が男(というかリンとメンチ以外もう女が居ない)、一人は二十台前半で身長も高く筋肉が明らかに他の受験生よりも大きい。レスリングのプロだろうか、顔を見るのにかなり首を痛めなければいけないリンだ。
二人目は初老の武術家らしき男。顎鬚を撫でながら歩くその姿は隙が無い。恐らく念の精孔も開きかけているのだろう、オーラが漲っている。
三人目はスナイパー。年齢はノワールより少し年上くらいだが、心臓の鼓動や息遣いなど、自身から零れだす音を最低限に抑えているのが分かる。恐らく相当の腕利きだろう。
そんな男達の中で、リンは明らかに浮いていた。しかし、ここは四次試験だ。今までの試験を突破してきたリンの事を侮る人間は、もう居ない。
それはリンもそうだ。これまでの試験を突破してきた人間が、生半可な実力だとは一切思っていない。だからこそ、そんな彼らとの協力プレイは怖かった。
「あー…どうする?自己紹介でもしとくか?」
スナイパーの男が遠慮がちに口を開いた。オーラの色は大人しめの黄色。本来場を取り仕切ったり自分から話しかけるのはあまり好みではないのだろう。それに、ルールの事もある。
「いらんだろ。裏切るかもしれない奴の自己紹介なんざ」
「はぁ!?」
レスラー風の男が口を挟み、早くも口論が勃発する。誰もが疑心暗鬼になっているこの状況で、まともに話し合いや協力ができるとは思えなかった。
今回の試験のルールは七日以内に他チームを一人殺すか自チームを二人殺す事。勿論自分が死ぬのは論外。つまり、チームなんてあってないようなものなのだ。裏で他チームの人間と組んでいる可能性だって十分にある。
(こんな即席のメンバーで命を預けあうのはまず不可能。それも裏切りが許可されている試験なら、猶更…)
そう判断したリンは、男達の口論を大声で遮って自分に目を向けさせた。正直リンもこういうのは好みではないので、緊張に心拍数は爆上がりだ。
「…私は、話し合いはする必要ないと思う。各自仲間を殺さない事は誓ったうえで、自由にハントすればいいかなって」
その言葉にレスラー風の男もスナイパーも目を見開いたが、反論はしなかった。全員が内心同じ事を思っていたのだろう。
「ふん…嬢ちゃんの言う事ももっともだ。何より俺は馴れあう気はない」
初老の男の一言によって、場は纏まった。ただ一つ言うとするならば、誰も仲間を殺さないとは誓わないだろうという事だ。
(実質バトルロイヤル…って事だよね。ホントいい趣味してる…)
試験開始まで残り時間は少ない。リンは一足で大きく跳び、誰にも目が届かない場所へと身を隠す事にしたのだった。
◇◇◇
試験開始二日目。全体に動きはない。ここで下手に動くと、逆に自分の所在地を敵に伝える事になると誰もが考えているからだろう。
(つっても、暇っちゃ暇よね…)
メンチはジェットコースターの入り口付近に潜んでいた。各アトラクションは受験生の任意により動かす事ができる。いざという時は自身の身体能力を活かし、逃げる事も敵を倒す事もできると考えての作戦だった。
メンチのチームカラーは黄色。しかしリン同様、チームプレイは行わない方針となっていた。大した話し合いもなく各自解散したため、誰がどこにいるかどころか、誰が味方かすらも把握していない。
(ま、あいつらと話す気にもならなかったんだけど)
数十分前に別れたチームメンバーの顔を思い出そうとするが、やはり思い出せない。しかし一人で動かず居るのは暇だと改めて感じる。そんな感情を持つのが思いのほか久しぶりで、そういえば今までの試験は何だかんだずっとリン達と共に居たのだと気づいた。
あんな言い方をしたが、メンチはリン達を殺す気にはなれない。それは仲間意識もそうだが、リン達を殺して得たライセンスを自分は喜ばしく思えないだろうと考えているからだ。
従って、誰か別の人間を殺す事になる。
一番罪悪感がないのは自分を殺しに来た人間を返り討ちにする事か、と考えるメンチ。試験の終わりはまだまだ遠い。
◇◇◇
試験三日目。
ノワールは既に条件達成をしていた。そして自らが殺した敵の亡骸に黙祷を捧げていた。
(たとえその身が朽ちようとも、魂は清らかに休まらんことを…)
故郷の祈り言葉を小さく唱える。正当防衛とはいえ、目の前の男が殺された事は事実で、自分が目の前の男を殺した事もまた事実だった。
ノワールのチームカラーは青。相手の男のチームカラーは黄色だ。男はノワールを探し出し、正々堂々と正面戦闘を希望した。そしてノワールもそれを了承したのであった。
ノワールには悲願がある。そしてまた、その悲願のためには人を殺す事も必要だと考えている。
そもそもノワールの故郷は紛争地域だ。彼自身、生き残るために人を殺した事は何度もあった。ましてや革命軍に所属している以上、この先更に血を流す事になるだろう。
そんな自分を可哀そうだとは思わない。ただその身にかかる不幸を薙ぎ払い、幸福を謹んで受け入れるだけだ。だからこそ、この試験で出会った仲間達の存在はノワールにとって貴重で、ありがたいものだった。
(絶対に死なせない。彼らは殺さない)
この点においては、彼はリンよりも固く決意していた。
◇◇◇
試験四日目。
(流石に暇だぁ~~~!!)
リンは完全に場違いな事を考えていた。そもそも、七日間という長い時間が求めるのは忍耐力と集中力だ。リンはされた事を根に持つしつこい性格だが、忍耐力が高いわけでは無い。というか、何も状況が動かないのでこれが試験である事を忘れそうなくらいだった。
勿論気配も断っているし、声を出す事も無ければ物音を立てる事もない。そんな中で潜伏していれば、誰も気づかないのは当然なのだが。そしてリンもそれを承知のはずなのだが…退屈してしまうのは仕方なかった。
リンが潜伏しているのはレストラン。リン自身は兵糧攻めだと思っているし、ルカスに言えばそれは理にかなっていると褒められるだろうが、言うまでもなく食い意地が張った個人的な趣味故の選択である。
(あと四日…そろそろ動いた方がいいのかな…)
釣りや獣のハントと違い、この試験には制限時間がある。殺しを行う事の罪悪感はともかく、どのタイミングで動き出すかについては考えあぐねていた。
念能力縛りをしているリンは潜伏しながらも感覚器官を働かせて辺りを調べていたが、流石というか他の受験生たちも気配を消すのが上手くなかなか手掛かりが掴めないのだ。
数日が完全に無駄になっている事も考え、受験生の所在地だけでも調べるべきかと悩むリン。
足音が聴こえたのはそんな時だった。
(来たか!?私の居場所はわかっているのか…それともただ通るだけか…)
カウンターの裏に潜み、店の前を通る人物の様子を窺う。相手ものこのこと歩いているわけでは無いので見えたのはほんの一瞬だったが、自分と同じくらいの少年が走っているのが確かに見えた。
(あ、あれルカスだ。…今声をかけるのはよくないよね)
ルカスは腰に着けていたスカーフを頭に巻いていた。恐らく日の光が金髪に反射するのを防ぐためだろう。それもまた様になっており、密かに妬むリンである。
(どうせ生まれ変わるなら私も金髪碧眼美少女とかが良かった…!)
ジンの娘というSSSランク&レアを引いておいて何を言うのかと思うが、人間とはない物ねだりな生き物なのだ。
(にしてもルカス、何か雰囲気が違ったな。…もしかして動きがあったか?)
何日もレストランに居たため、これを機に周囲の探索もする事に決めたリン。勿論移動には細心の注意を払うが、外の様子が気になって仕方がない。
ルカスとは反対方向に走り、園内を移動する。死体を八つ程見かけた以外は特に異常はなかったが、思ったよりも現時点で沢山の人間が死んでおり少し焦りを覚えた。
しかし焦りとは裏腹に、その日は何も起こらなかった。ウォータースライダーの受付場で野宿をしながら、リンはふとメンチ達の事を考えた。見つけた死体の中に知っている顔が無くてホッとしたが、このままターゲットの数が減れば最悪メンチ達を殺さないといけなくなるかもしれない。
(それだけは嫌だ)
もはや彼らは、リンにとって大事な仲間になっていた。ハンターになりたいという共通の夢を持ち、歳も近く共に試験を突破してきた彼らは、まるでゴン達メイン四人のように固い友情で結ばれている、とリンは思う。そうであってほしいと。だからこそ、この試験が早く終わってほしくて仕方がない。
(明日には狩るか…)
覚悟を決め、メイメイを抱きながら横になる。
緩やかな睡魔に襲われながら、ルカスに対して感じた違和感に気づいた。オーラの色が変わっていたのだ。まるで刀の切っ先を思わせるような、鋼の様なグレー。それに血を連想させる赤がぽつぽつと見えた。
(グレー、鋼…刃…覚悟の色かな?血…人を殺す覚悟とか?)
今までに見た事がない色のオーラに、無意識に考えこむリン。しかし答えは出ない。試験内容を考えると、誰かを殺したから出る色と推察できるが、そもそもルカスが既にクリアしているのかどうかも知らない。
つまりは、考えても仕方のない事だ。それを考えているうちに、リンは眠りについていた。
◇◇◇
試験五日目
(なんだ?何が起こっている!)
リンのチームと異なり、ルカスのチームは比較的話し合いと連携を取っていた。支給された通信機を使用し、現在地も報告し合っている。
それが、日ごとにチームメイトと連絡が取れなくなっていく。それだけならまだわかるのだが、チームメイトの死体が報告されていた地点と全く異なるところにあるのだ。何かが起こっているとしか考えられなかった。
自チーム内に裏切りがあるのならば、あるいは多人数でハントをしている人間が居るのならば、早急に対応しなければならない。そのため園内を捜索しているのだが、手掛かりは掴めない。そうしているうちに日は暮れていく。
金髪が太陽に反射して見つかる事を恐れたルカスは、腰のスカーフを頭に巻く事でそれを避けていた。オレンジ色の目立つスカーフだが、カラフルな遊園地では逆にそれが良く馴染んでいる。
(くっそ!だから拙い連携は無意味だって言ったのに!)
軍人の父を持ち兵法についての知識も深いルカスは、信頼もできずまともなリーダーも十分な戦略もないままチームプレイをする事がどれだけ愚かしい事かをよく理解している。
それは二次試験でも同様の事が言えた。だからルカスは、初めから戦闘する気満々だったのだ。それを回避する事ができたのは、リンがリーダーとしての役割を果たしたからであった。…本人は無自覚だろうが。
しかし、今このチームにその役割を担う人間は居ない。そんな中で半端な連携をした結果が、これだ。急な事態に対応できず、あちこちで混乱が起こっている。
ルカスのチームカラーは緑。仲間はもうルカスともう一人しかいなかった。二日ぶりにその仲間から連絡が入ったのは、四日目の事だった。
「チームはもう俺達しか居ない。近くに固まって協力した方がいいだろう」
連絡相手はカクメイと名乗っていた。年齢はノワールより少し年上くらい、黒髪にところどころ青い髪が、青い目と合っている。しかし彼自身は掴みどころがなく、どこか信用できないとルカスは思っていた。
(だけど、どんどん受験生が死んでいる。明らかに複数人での犯行、そいつらはきっと一人二人殺しただけで満足はしない。このままでは俺だけじゃなくてリン達も殺されるかもしれない)
背に腹は代えられない。一般的に戦争は数が多い方が有利になるからだ。ルカスはそれを了承し、彼と噴水広場前で落ち合う事にしたのだった。
そして時間は戻り五日目の現在。カクメイの姿すら見えなくなった。ほんの一瞬、目を離した隙にだ。この事から考えられるのは、カクメイも狩られたか、
(あるいはカクメイが狩人だったか)
ばかばかしい。連携だの現在地を把握だのと言っておいて、そいつが一番の裏切り者だったというわけだ。すると、ターゲットにされているのは自分だろうか。
姿勢を低くし、気配を探る。しかし殺気はどこからも感じる事は出来ない。ルカスはそのまま移動を続けた。観覧車の傍を通り過ぎ、ジェットコースターの脇を抜け、城に登って辺りを見渡した。
(…居た!ターゲットは俺じゃなかった!!)
上から見下ろしたカクメイは、ルカスの方など向いてはいなかった。その視線の先にはリンの姿。
カクメイがナイフを持っているとわかった時、カクメイのもとへと走っていた。仲間だと偽っているのならば、自分の説得で一時的にでもリンを標的から外す事ができるのではないかという甘い期待から。
ルカスは才能に溢れ、身体能力、頭脳共に申し分がない。しかし彼の弱点があるとすれば、自分の甘さと仲間思いな性格を把握できていない事であった。
軍人の教育を受けたルカスは自分を甘いなどと思っていなかったが、自分が仲間だと思った人間への信頼は尋常ではなく強い。そして仲間を守るために身代わりになる癖がある。
彼の父は彼のそういったところを、何よりも護衛軍に向いていると認識していた。すなわち、窮地に陥った際に率先して主君の身代わりになる事ができると。
ルカスが見たのは、人を簡単に屠る事のできる鋭利なナイフが、リンに向け飛ばされる瞬間であった。考えるよりも先に身体が動く。そんな事をしたら、ハンターにも軍人にもなれないのに。
(リンが言ってた漫画ってやつ、見てみたかったな)
こんな時だというのに、頭の中は関係ない事を考えていた。
◇◇◇
リンは現状の理解ができなかった。一瞬溢れ出た殺気の後、風を切るような音が聴こえた。それだけなら避ければ済む話だったが、別の人間の気配がすると同時に何かが肉を裂く音が聴こえたのだ。
避けるのも忘れて思わず振り返れば、そこには血だまりの中で倒れ伏す金髪の少年の姿があった。
「ルカス!!!!」
リンが走り寄り抱きかかえた時には、心臓を一突きにされ既にこと切れていた。流れ出る血潮だけが、彼がさっきまで生きていた事を物語っている。じきにそれも止まり、ルカスはただの死体となるのだろう。
ああ、これだ。不幸はある時突然襲ってくる。かつて感じた悪寒がリンの背筋をぞわぞわと駆け巡った。
「ありゃ、先にこっちをやっちゃった」
ルカスと同じカラープレートを胸に着けた男は、さして残念そうにするでもなくそう言った。その瞬間、リンは目の前の男がルカスを殺したのだと、理解した。
「…ま、ジュウライ以外全員殺すつもりだったし、いっか」
そう言って男は新たにナイフを構え直した。接近戦を考慮し、先程のナイフとは違い毒を塗っているらしい。鼻につくツンとした匂いからリンはそれを察する。
一閃、ナイフが胸を突こうとするのをリンは身体を横に逸らせて回避した。その体勢のまま内回し蹴りを男に食らわせる。念を使ってないとはいえ咄嗟の事に手加減ができず、男の身体は、面白いほどに吹っ飛んだ。
血を吐いた男は、ナイフを地面に突き立て身体を起こす。しかしダメージが強く、地に伏してしまった。
もはやそれにとどめを刺す気にもなれず、リンはぼんやりと立ち尽くす。
(…馬鹿だよルカス。あれなら、私は避ける事ができたのに。死ぬ必要、なかったのに)
気づけば涙がぼろぼろと零れ出ていた。過ごした時間は短くても、ルカスはリンにとって仲間であり友達だった。
そして、ずっと疑問に思っていたルカスのオーラの意味を理解した。
(あれは、覚悟の色だ)
刃の様な鈍色は誰かを守る懐刀の色。血のように見えた赤は、相手を殺す覚悟じゃない。自分を殺す覚悟の色だったんだと。
リンは立ち上がり、オーラを練った。不思議と頭の中は冷静で、感覚も普段とは比べ物にならないくらいに鋭敏だ。今なら園内の全ての人間の位置を、円なしで把握できそうだった。
まずは、一人目。ルカスのスカーフを手に取り、リンは走り出す。
◇◇◇
男の名前はジュウライといった。ヨルビアン大陸で名を馳せた腕利きのスナイパーであり、殺し屋でもあった。
ジュウライは己の腕を信用しているわけでは無い。むしろ、自身の実力はスナイパーとしては中間程度に位置すると考えている。
そんな彼が腕利きと言われるのは、徹底した下調べと卓越した殺気を消す技術、何より確実に殺せる瞬間にしか引き金を引かない事にあった。確実に生き残り、確実に敵は仕留める。それがジュウライのモットーだった。
そんなジュウライは、勿論裏で同盟を組んでいる幼馴染であるカクメイが少女に倒される様子を見ていた。距離は約八百メートル、観覧車の内部からだ。
(嘘だろ、カクメイがやられるなんて…)
ジュウライは一人でも仕事をこなしたが、一番多いのは相方であるカクメイと組んでの殺しだった。カクメイが接近戦で大暴れし、それに注意を奪われた敵をジュウライが屠る。そんな信頼を基盤として成り立つコンビプレイが仕事の中心だった。それはこの試験においても例外ではない。
ジュウライもカクメイも即席のチームワークなんてまっぴらだった。面白い事が好きなカクメイは仲間気取りをして攪乱していた様だが、結局は殺すのだから同じ事なのに、とジュウライは思っている。
殺されたくなければ殺せばいい。つまり、自分達以外の受験生全員を殺せばいい。それは彼らの共通認識であった。
そうして一人一人順序良く殺していたが、想定外の出来事が生じた。ターゲットにしていた少女を少年がかばったのだ。少年はカクメイと同じカラープレートを胸に着けており、カクメイが玩具にして攪乱していた少年である事が想像できた。
少年はすぐに死んでしまったようだが、それに気づいた少女がカクメイを倒した。四次試験まで来ているとはいえ、あのカクメイをあそこまであっさり倒すのはジュウライも予想外だった。
てっきりすぐ殺されると思ったが、少女は何もせずにその場に立っていた。よくよく見れば少女はぼろぼろと涙を流している。
(やっぱり精神的にはまだ子ども、か…)
ちろりと舌を舐め、スコープを覗き込む。
ターゲットは自身と同じ赤いプレートを持つ少女。名前は聞いていなかったが、他の子どもから『リン』と呼ばれていたと記憶している。
カクメイを殺そうとするその瞬間に引き金を引こうと思っていたが、今も十二分に隙だらけだ。殺してしまっても良いだろう。
その時、ジュウライは見た。スコープ越しに、少女と目が合うのを…。
◇◇◇
「メンチ、もうミッションはクリアした?」
気配もなくいつの間にか後ろに立っていたリンに、メンチはびくりと身体を震わせた。驚きながらも振り返ったが、リンの姿にまた驚いた。全身血塗れだったからだ。それも恐らく、返り血で。
「え、ええ…一人別チームの奴が殺しに来たから、返り討ちにしたわ。あとは終わるのを待つだけ…」
一瞬反応が遅れてしまったが、よく考えればそういう試験だ。リンが返り血だらけになっているのは別段おかしな事ではない。
メンチの言葉に、リンは安心したように笑った。その笑顔が以前のものと変わらなかったため、内心胸を撫でおろす。…どことなく苦しそうなのが気になるところだが。
「よかったー!メンチ達がミッションクリアしてるか考えるの忘れてたから、焦ってたんだ」
「焦ってた…?」
リンの後ろをついてきたノワールに目を向ける。言っている意味が分からず、いや、わかる事を頭が拒否しており、ノワールに説明してほしかったのだ。
彼もメンチと同じ様な心境のようだがメンチよりは状況を把握しているらしく、ハンカチでリンの血を拭いてやりながら努めて冷静に答えた。
「リン、オレ達以外全員殺しタ」
「…」
メンチの予想は当たっていた。そして、目の前の友人がそれをした事も信じられなかった。この試験を嫌がっていたのに、なぜそんな行動に至ったのかと。
冷静に聞く事はメンチにはできなかった。思わずリンの眼を見据え、叫んでしまう。
「リン!あんた何でそんな事したの!?」
「ヤメロ、メンチ!仕方なかった。リンから聞いた」
何か言おうとするリンを、ノワールが遮った。そして順序だてて、推測も交え説明する。
チームを考慮せず複数で動く者達がいた事。その人間達が他の受験生を無差別に殺していた事、ルカスが殺された事、残りの受験生がまだミッションを達成していない場合その矛先は自分たちに向くと考えられる事…。
「リン…ごめん。そんな事になってたなんて、知らなかった」
仲間を失ったショックと酷く残酷な状況、そして最悪の事態を防ぐために手を汚したリンに対するやるせない気持ちと、色んな思いが溢れ、メンチはそれ以上何も言う事が出来なかった。
「ううん、必要な事だったから」
リンもそれ以上は何も言わなかった。そしてルカスの事も、何も言わなかった。しかし、リンが一番ルカスの死を悲しみ悔やんでいる事を感じたメンチ達は、ただ黙っているしかできなかった。
「…それ、ルカスの?」
ふと、リンの上着のポケットからはみ出たスカーフに気が付いたメンチが言った。リンはそれを頷く事で肯定する。
「うん。試験中だからルカスの埋葬はできないし…でもなんかほったらかしにできなくて、スカーフだけでもって思って」
「そう。ちょっと貸しなさい」
メンチはそう言うと、慣れた手つきでリンの髪をまとめ上げた。前髪ごと高めのポニーテールにし、スカーフを巻き付ける。かなり大きめのスカーフは、ヘアゴムのところで一周し、耳の後ろをくるりと回ってヘアバンドのように頭上で巻き付けられた。
ワックスを使っているわけでは無いため、前髪の何本かがパラパラと落ちてくる。しかしそれがかえってよく似合っているとメンチは思った。
「はい、…よく似合ってるわ」
「…そう?ルカスには負けるだろうけどね」
「いや、ルカスだってきっと驚ク」
それからの試験終了までの出来事は、特筆すべきことは何も起きなかった。ただ終了まで園内で過ごした、それだけだ。当然アトラクションで遊ぶなんて気分には誰もならなかったが。
四次試験合格者三名。それは、リン達以外の全員の死を意味していた。