リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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最終試験を受けよう!

 四次試験終了後、リン達は飛行船に乗せられて最終試験会場へと連れられていた。

 

 道中三人の間に会話はなかった。もうすぐ念願のハンターライセンスが手に入るというところだが、素直に喜ぶ気持ちにはなれそうにもなかった。

 最終試験の内容はまだ知らされていない。目的地も到着予定時刻も、この先の何もわからないまま、ただ三人揃って船内の壁にもたれかかり腰かけているだけだ。

 

「…おぬしら、最終試験も目前なのに随分と辛気臭い顔をしとるのう」

 

 初めて聴くはずだがどこか聴きなれた様な声。顔を上げたリン達の前に立っていたのは、ハンターを志す者なら誰もが知っている人物、アイザック=ネテロの姿であった。顎鬚を捩りつつ、観察するかのようにリン達を見回している。

 

(…なんで、堂々と顔を見せる事ができる?)

 

 ハンター試験は毎年試験官も試験内容も異なるが、それは全て協会の承認を得て実施される。つまり、あの四次試験は協会の了承を経た上で実行されたという事だ。

 殺人をさせるような、友達が死ななけれないけないような試験を作った組織の長が平然と顔を向けられるのが、リンには理解できなかった。

 

 それはメンチとノワールも同じ気持ちだったらしい。二人の会長を見る目は、冷たく鋭い。怒りを秘めた炎の様な赤が内側からこみ上げてきている。

 ノワールが三人を代表して、低く殺意の籠った質問をネテロに向けた。

 

「なぜ、あんな試験を許可したのですカ」

 

 シンプルな質問、それでいて言葉の刃のようだ。しかしそんなリン達の姿を見ても、ネテロの纏う空気は変わらない。金と赤のオーラは微々たる動きも見せず、しかしネテロの表情は少し曇っていた。

 

「それについては、協会を代表して謝罪させてもらう。すまんかった」

 

 そう言って頭を下げられ、リンの怒りは頂点に達した。素早く立ち上がり全力の『硬』をもってネテロに殴り掛かる。

 確実に腹を捉えたと思っていたそれは、空を切るだけに終わってしまったが。

 

「なんてスピード…」

 

 リンの動きにも驚いたがそれ以上にネテロの動きが俊敏過ぎて、メンチが思わず声を漏らした。どんな野生動物よりも素早く、それでいて殺気の一つも漏らしていない。

 

 一方、怒りをぶつけられなかった事に更に腹が立ち、リンは思わず叫んでいた。まるでピトーに対峙した時のゴンのように。

 

「なんで!!そんな試験をしておいて!!平然と謝れるの!!」

 

 悲痛の叫びは船内に響き渡った。リン自身、誰を責めればいいかもうわからなくなっていたのだ。

 こんな試験を提案した試験官?それを承認した協会?喜び勇んで過半数の受験生を殺したあの二人組の男達?

 

 それとも、庇われたせいでルカスを死なせた自分?

 

 ネテロはそんなリンを何も言わずに見つめていた。その眼には哀れみも同情も映っていなかったが、過去の自分を懐かしむような何とも言えない色があった。

 

「こちらとしては、四次試験は4チームに分かれカラープレートを奪い合う試験を行うと申告されておった」

 

 ネテロの言葉にリン達の眼は一斉に彼へと向けられた。自分達が聞いていた話と違う。それは虚偽の申告をした人間が居るという事。誰かなんて言うまでもない。試験官だ。

 

「じゃあ…!」

 

 全ての元凶はミシャクーロにある。メンチの言いかけた言葉は、ネテロに制された。言いたい事を全て理解した上で、それは不可能だと言うように。

 

「それがなかなか難しい。受験生を見張っておったのは全てミシャクーロの雇った人間での。プレート奪い合いの末の殺人じゃったと言われてしまえばこちらは何も言えん。試験の全ては試験官に一任しておったからの…」

「そんなノ!無責任だ!」

 

 ノワールの叫びはリンとメンチも同意だった。協会が把握しているのは申請された試験内容と受験生、合格者の番号のみ。他は全てその時の試験官に一任しているという事だ。どんな状況にも対応できる人間を採用するため、とはいえあまりにも主催が状況を把握していなさすぎる。

 

「じゃあ、彼奴は不問なの?」

「ハンター十カ条より、悪質な者は同胞でも狩る事を許される。ミシャクーロは他にもいくつかやらかしておるのが報告されておるからそれに該当するが…元よりブラックリスト入りの犯罪者じゃ。彼奴は初めから何も失うものを持っておらんのじゃよ」

 

 それは実質の泣き寝入り宣告だ。行き場を失った怒りが、リンの体内から自然と生命エネルギーを湧き起こさせる。船内の空気が変わった事に、メンチとノワールは動揺した。大気が動き、窓の外では雲がリンを中心に避けていく。練と似ているようで異なる、異質なオーラの湧き起こり方だった。

 

 このエネルギーをどこにぶつければいいのかわからない。悔しくて、悲しくて、わけがわからなくなっていた。しかし、その感情はネテロの殺気が籠った一言によってかき消された。

 

「傲るなよ小娘。やりきれない気持ちを抱えてるのはオメェだけじゃねぇ」

 

 ネテロの内側に潜んだ真っ赤なオーラが表に出てくるのをリンは見た。若い芽を潰すよう誘導された事に憤っているのは、誰が見ても明らかだった。その姿は、リンの怒りを遥かに上回っていた。

 黙り込んだリン達に、ネテロはもう一度深々と頭を下げると言った。

 

「今回の試験官…奴は自ら立候補した。珍しいものだと思ったし試験内容も至極真っ当であった故採用したが…わしの落ち度じゃ。もう一度言う、すまなかった」

 

 もう誰も、ネテロを責めようという気にはなれなかった。しかし、問題はまだ残っている。

 

「我々の合格は、不適でハ?」

 

 ノワールの意見はもっともだった。証明する手段がないとはいえ、規定の方法で試験が行われなかったのならば合格と言うのは難しいだろう。リンとメンチも、ネテロの答えを待つ。

 

「いや、そのような試験を生き抜いただけでおぬしらに相応の実力が備わっているのは十分に分かった。おぬしらの事、責任を持って最終試験会場まで案内するぞい」

「…わかりましタ」

 

 そう言われると、もはや何も言えなかった。リン達は再び黙り込み、静寂が訪れる。軽く咳払いをして口を開いたのはまたもやネテロだった。

 

「しかし、試験自体の体制は見直さねばならんと考えておる。おぬしら何か意見はあるか?」

「…それじゃあ、殺人を強要する類の試験の禁止と協会による状況把握、受験生内部での監視制度を希望します」

 

 もうリンはネテロへ怒りを向ける気にはならなかった。せっかく自分達に意見する場をくれたのだから、自分が考えた事をしっかり言葉にする方が優先だと考えていたからだ。

 

「ふむ、理由は?」

「殺人を強要するのは、将来有望な受験生も殺す可能性が高く、ハンター協会にとっても不利益と考えるからです。基本的に受験生同士の揉め事に不介入である事や受験生が試験過程で死亡する可能性を考慮している事は理解できますが、わざわざ潰しにかかるメリットを感じられません」

 

 メンチとノワールも異論はないらしい。リンの横顔を見据え、しっかりと頷く。それが後ろから背中を押してもらえているようで、少し心強く感じた。

 

「同様の理由で、諍いがあった際の仲裁や有望な受験生を不運で潰してしまわないよう、内部からも試験官が見張る制度があれば良いなと考えました。試験官を見張る事もできるから、試験官一人に一任するよりもずっと安全です」

 

 ネテロは納得したように頷いた。何処からか取り出した和紙と筆を使い、さらさらとメモを取っていく。真剣に聞いてくれているその様子を見ていると、なんだか自分の言っている事が取り繕った綺麗ごとの様な気がしてきて、思わず言い直してしまった。

 

「…すいません、今のは嘘です。本当の理由は、四次試験で死んだ友達と同じ目に遭う人や私たちが殺したような人を、増やしたくないからです。…あと、理不尽に当たっちゃって、ごめんなさい」

 

 ネテロは一瞬目を丸くすると、愉快そうに笑った。そして孫を見るかのように優し気に微笑む。

 

「ふぉっふぉ。ハンターには心理戦も重要じゃから咎めはせんよ。それに、正直なのも良い事じゃ。気にしとらんわい」

 

 ここだけ見れば、リンの中でネテロは素晴らしい人徳者として映っただろう。しかしリンは見てしまった。笑いながらネテロが、さりげなくメンチの胸を盗み見するのを…。

 

(このエロジジイ…)

 

 メンチは気づいていないらしく、感動したように尊敬の眼差しをネテロに向けている。ノワールは気づいたようだが、なんとも言えない表情で目を逸らしていた。

 

 リンの視線に気づいたらしいネテロが慌ててやたら大きな咳払いをした。

 

「…そろそろ、最終試験会場に着くぞい」

 

 誤魔化されたような気もするが、到着間際なのは本当だった。飛行船がゆっくりと高度を下げ、徐々に陸地が近づいていく…。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 最終試験会場とはいっても、受験生はもうリン達三人だけだ。他に降りる人間もネテロとビーンズしかおらず、初めの頃を思えば随分と寂しくなってしまった。

 

 着陸したのは大きなビルの屋上。二次試験の頃を思い出すリン達だ。たった数日前の事なのに、随分と昔の事のように感じる。

 

「ねえここ、どこかしら」

「たぶん、ヨルビアン大陸」

 

 思えば遊園地の時から現在地を把握していない。独り言のように呟いたメンチに、携帯を確認しながらノワールが答えた。どうやら二次試験の時と違い、この会場は電波が届いているらしい。

 

「はじめはカキンだったのに、ノワール家に帰るの大変になっちゃったね」

「それもそうだナ」

 

 リンが言うと、ノワールはそう言って微笑んだ。四次試験が終了してから初めて見た笑顔かもしれないとリンは思った。

 

「そんなの、ハンターになれればVIPで帰れるわ!頑張りましょ!」

 

 メンチはまだ少し空元気のようだ。オーラもどことなく淀んでいる。

 

 しかしリンも人の事は言えなかった。協会を責める気にはもうならないが、その分試験官への憎しみと自責の念でふとした瞬間に気持ちが沈んでしまう。少しでも切り替えるため、拳をぐっと握りなおした。案内された部屋に入ると、ネテロはくるりと振り返る。

 

「最終試験じゃが、個人面接じゃ」

 

 たった数人の人間が入るにはあまりにも広すぎる部屋で、ネテロは三人に向けてそう言った。ここにきて普通の試験っぽい事を言われ、思わず疑問符が飛び交うリン達である。

 

「これから諸君には、それぞれ案内する部屋でそれぞれの試験官と対峙してもらう。試験内容はその試験官と相談する事」

 

(めちゃめちゃテキトーじゃん…)

 

 ここまできて急にざっくりとした試験だ。思わず唖然としてネテロの顔を見てしまったが、面白そうにふぉっふぉと笑うばかり。リン達は悟った。(これ、大マジだ)と。

 

「方法は何でも良い。この先の試験官に『合格』と言わせる事ができれば、晴れて諸君はハンターの仲間入りじゃ」

 

 とはいえ試験官はプロハンター。そんな彼らに合格と言わせるには何をすればいいのだろうか…。考えるも答えは出ない。

 

(結局、試験官次第だよね)

 

 ネテロの説明はそれだけだった。一息つく間もなく、リン達はそれぞれ異なる部屋の前まで案内される。周辺に人の気配は一切なく、唯一の気配は扉の向こうの試験官のものだけだ。

 

(…いざ一対一でプロハンターと対峙ってなると、緊張する…)

 

 やはり本質はコミュ障なリンである。

 

 軽くノックをして、扉を開ける。扉の向こうにはロリータファッションの人形を思わせるような美少女が立っていた。少女は口だけを軽く動かし、微笑みかける。

 

「ごきげんよう。私はビスケット=クルーガーです」

「…リン=フリークスです。お願いします」

 

 少し間を置いてリンも挨拶を返す。どもりはしなかったが、緊張でやや声が震えた。

 

(…本来なら物凄く嬉しいけど、今は素直に喜べない…どんな気持ちになればいいんだろう)

 

 通常なら心の中で騒ぎ荒ぶっていただろうが、今は流石にそんな心境にはなれない。いやしかし嬉しいものは嬉しい。表情の正解が分からず、リンはビスケとは対照的に微妙な顔になる。

 リンの気持ちを知ってか知らずか、ビスケの表情は変わらない。ツインテールをふわりと揺らし、芸術作品のように小首を傾げた。

 

「試験内容は、どうなさいますか?」

 

 そう言われたところでリンは気づいた。個人面接とは言いながら、部屋には椅子も机も何もない。だだっ広い空間で、妙に距離を取りながらビスケはリンと向かい合っていた。つまり、そう言う事だ。

 

(どうするって、実質選択の余地ないじゃんコレ)

 

 もしかしたら他の方法もあるのかもしれないが、リンには思いつかない。何よりビスケが組手を意図して部屋を準備している。もはや従うしかない。

 

「…組手で、お願いします」

「わかりました。念は発以外許可します」

 

 当然ビスケはリンが念使いである事を見抜いている。その言葉を聞き、リンはメイメイの具現化を解除した。二人っきりになった室内で、正面から向き合う。

 

 ぺこりと一礼し、互いに構えを取った。呼吸を整え地面を大きく踏み込み、一気に距離を詰める。まずは微妙に隙がある左足からだ。

 

 下段蹴りを仕掛けるもガードされる。続くカウンターの中段突きを躱し、そのまま回し蹴りに移る。上半身を逸らす事で回避され、こちらは回転しながら飛んできた蹴りを受け止める。ここまでで約1秒経過。

 目にも止まらない突きと蹴りが二人の間で交わされる。全ての攻防が精度の高い流と共に行われる中、ビスケはじっくりと目の前の受験生を観察していた。

 

(リン=フリークスって言ったわね。ジジイが昔言ってたハンターの血縁者かしら。…それにしても、なんて純粋無垢なダイヤモンド!それもかなり鍛え上げられている!)

 

 特に念能力に関しては、かなりの技量を持っていると見た。飛んでくる拳を受け止めながら、攻防力移動がスムーズに行われている事も確認する。

 

 飛び上がり宙を舞うビスケ。頭上への踵落としを狙うが、身を引く事で躱されてしまった。着地のタイミングに蹴りを入れられ、一瞬バランスを崩すが後ろにバク宙する事で追撃を回避する。

 

(でも綺麗な良い子ってだけではなさそうね。年齢の割にはかなり闇も見ている…さしずめ、ブラックダイヤってとこかしら)

 

 武術は人の心を映し出す。高い実力を発揮しながらも、リンがどこか集中しきれていない事をビスケは見抜いていた。それは恐らく、四次試験での出来事が原因。

 

(まったく…あのジジイも面白がってあれこれ手を出すから、こんな事になるんだわさ)

 

 ミシャクーロだけではない。最近はパリストンとかいう男がネテロに目を付けているという噂も聞いた。顔は好みだが、あれは自分以上の嘘つき野郎だと長年の勘が言っている。

 あんな性格をしているから、面倒ごとばかりがあちこちで起こるのだとビスケは思った。

 

(おっと…私も集中しなきゃね…まずは目の前の原石ちゃんだわ)

 

 詳しくは知らないが、かなりの死人が出た事は聞いた。そして試験官は姿を眩ませたとも。精神的に未熟なこの少女が集中しきれていないのはそれが原因だろう。

 いや、本人は集中しているつもりのはずだ。しかし、心のどこかに楔となって引っかかっている。これを壊すには、自分も少しばかり本気を出さなければならないかもしれない。

 

「集中!よそ見してる余裕なんかないわさ!」

 

 一瞬、びくりとリンの動きが固まった。急に大声を出されるとは思っていなかったのだろう。実戦経験においてはまだまだ未熟、か。

 その隙を逃さずに強めの拳を入れると、リンの身体は後方まで吹っ飛び壁にひびが入った。

 

 ビスケの流は限りなく一瞬に近く、滑らかで無駄がない。手加減を少しばかりやめたビスケの攻撃は、途端にリンに当たりだした。

 

 下段蹴り、中段突き、内回し蹴り…攻防力と身体を使ったガードが追いつかず、リンの身体に傷が増えていく。内臓が損傷したらしく、軽く口から血を吐いた。

 これは試験だ。少しやり過ぎかしらと思いながらも、ビスケは手を止めない。

 

 変化が訪れたのは暫く一方的な攻撃が続いた後だった。リンの流がビスケの攻撃を抑え始めたのだ。まだ肉体の反応は追いつききっていないが、拳を受けるであろう場所に的確にオーラを集めている。

 

(この子、尻上がりに調子が上がっていくタイプね…まだ経験不足でギアの上げ方が無茶苦茶だけど、その上でそこらのハンターを凌駕するだけの実力がある!)

 

 お気に入りの服を脱ぎ捨て、インナー姿になる。それはビスケがもう一段階ギアを上げるという宣戦布告でもあった。

 

「本気で来なさい。あんたなんかに殺されるほど、私はやわじゃないわよ」

 

 もはやこの少女相手に猫を被るつもりもない。リンの本気を見たくて、ビスケは敢えて挑発した。それは本心も勿論だが、育った環境の割に力を持て余し過ぎた少女に捌け口を与えてやりたかったのもある。

 

(危うい子…まるでハンターになるためだけに生まれて育てられてきたような子だわ…それはきっと諸刃の剣…)

 

 リンの攻撃を受け流しながら、ビスケはそう思わずにはいられなかった。

 

 ハンターは大抵が社会の外側で暮らしている。倫理観は己で制し、覚悟と信念を持って立ち向かう仕事だ。こんな幼い子がその資質を持っている事は、誇るべき事であり恐れるべき事でもあるとビスケは感じていた。

 

 きっとこの試験はリンにとって覚悟と信念を問われる出来事だったのだろう。まだ十代そこらなのにもかかわらず歴戦のハンターにも劣らない力を持つよう育てられた事は、この子の将来にどんな影響を与えるのだろうか。

 せめてもの捌け口を試験を通して作ってやりたかった。

 

(…なーんて言っても結局は私が楽しみたいだけなんだけどね)

 

 ビスケはハンターである前に一人の武人だ。心源流に師事して数十年、武人としての血が才能の塊を前にして興奮を隠せないでいた。

 可能なら、この少女の成長を見守る一人でいたい。それは、拳を交えたビスケの心からの本音だ。

 

「リン…本気で行くわ。この一発受けきる事ができれば、ハンターの資格をあげる」

 

 そう言ってビスケは、己の偽装を解いた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

(ビスケさん!?初対面のガキンチョに見せちゃっていいんですか!?いや、感動ものだけど!すげー筋肉!!)

 

 リンはリンで、ビスケの変身を前にして研ぎ澄まされた集中が一瞬思いっきり途切れていた。拳のやり取りを幾度となく繰り返す中で全ての物事がどうでもよくなるくらいに集中していたが、やっぱり公式供給には勝てない。

 

 ちなみに超化したビスケの顔は暗黒大陸編を基準に考えていただけると良いだろう。G・I編で初めて公表された時よりも心持ち可愛くなっている、あの顔である。

 

 …とまあリンの脳内は若干シリアルになっていたが、目の前のビスケは信じられないほどのオーラを放っている。生半可な防御ではボマーの如く顔が潰れるのは必至だ。

 

『練』

 

 全力でオーラを練る。ありったけの、今の自分にできる限りを。

 

 リンは嬉しかった。ビスケが、本当の姿を見せてくれた事が。

 

 それは一端でも本気を見せてくれている事の表れだ。試験であろうと本気を見せるに値すると自分の事を認めてくれたのが、嬉しかった。

 

 だから、それに応えられるだけのオーラを、身体の底から湧き出させた。正真正銘、ありったけの本気だ。無意識にリンはビスケの意図した通りに動いていた。

 

「腹に行くから。ちゃんとガードしなさいよ?」

 

(女の子だから顔は狙わないっていう優しさ?いやでも内臓潰れる方がやばいよね??)

 

 一瞬そんな事が頭をよぎったが、正直どこを狙われても命の危険はあるので何も考えない事にする。

 

 無言で頷いたリンを、ビスケは満足そうに見つめた。そして拳にオーラを溜める。『硬』ではないものの、そのオーラ総量はリンのそれを遥かに凌駕していた。

 

(『凝』で攻防力を多めに割り振る…いや、『硬』じゃないと受けきれない!)

 

 オーラを足元に残しておかないと、踏ん張りがきかなくなる。しかしビスケのオーラはそんな事を考える余裕がないほどのものだった。全力で練ったオーラを全て腹に集約させ、気持ち程度に足を広げ踏ん張る。

 それを準備完了の合図と取ったビスケは、重力を乗せてリンの腹に拳を叩きこんだ。

 

 起こったのは大きな衝撃と破壊音。周辺を人払いしていたからよかったものの、廊下を歩いている人間が居たならば巻き添えになっていただろう。壁を二つほど貫き体中の痛みに耐えながら、リンはそれでも立っていた。

 

(あ、これ死ぬかも。マジで死ぬ…)

 

 死。それ以外の道はないだろうと確信しながらも、リンは立ち続けていた。それがビスケに言われた『攻撃を受けきる』の条件だと思ったからだ。

 

(痛いな…凄く痛い…)

 

 骨が折れ、あちこちから血を流しながらも立っている自分をビスケが見てくれた。そこで満足したリンの意識は途切れた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 目を開けたら、そこにはメイメイの姿があった。恐らく勝手に具現化したのだろう。具現化しているだけでオーラを消費するはずなのに、なぜ具現化できているのだろうか。

 

(そうか、私死んだんだ)

 

 じゃないと、あれだけの怪我をしてオーラも枯渇していたのにメイメイがいるわけない。身体だって動かないレベルだったはずなのに、起き上がる事が出来てるのだから。

 

(ていうか、死んでも痛いのか。損すぎだろ)

 

 メイメイを抱きかかえながら身体の動き具合を見ていると、視界にビスケの姿が現れた。服も姿も、元に戻っている。

 

「よくやったわね、リン。おめでとう、ハンター試験合格よ!」

「あれ…私死んだんじゃ…」

 

 リンがそう言うと、ビスケはため息ひとつついた後に思いっきりチョップした。頭がじんじんと痺れ、思わず両手で抱えて呻く。

 

「私の能力よ。完全治癒は無理だけど、オーラも補給したから。ま、応急処置ね(ちょっとやり過ぎたし)」

 

 どうやら念能力を使用した上で傷の手当てもしてくれたらしい。包帯が巻かれた箇所を確認しながら礼を言うと、ビスケはひらひらと手を振って返した。どうやら御代はいいらしい。

 しかし、痛いものは痛いので【私の代わりに眠って】(睡眠パンダ)を使用して自然治癒力を高めておく。睡眠は治癒効果も上がるため、使用した方が回復も早いだろう。

 

 リンの能力を興味深げに眺めた後、ビスケはメモを用意してリンに差し出した。

 

「私のホームコード教えておくわさ。何かあったら連絡しなさい」

「え?」

 

 思わず疑問がそのまま声に出る。ハンター協会のお姉さん直筆の連絡先なんて、いくら積んでも貰えるものではない。それをあっさりとくれちゃったりしちゃったりしちゃって、いいんですか?とその顔が言っている。

 ビスケは少し口調をきつめにして、そっぽを向いた。

 

「勘違いしない事!本当は、ここで組んだ試験官が受験生に念を教えるはずだったのよ。あんたは必要ないけど、正式な師匠が居ないみたいだから、念のために教えるだけなんだからね!」

 

 (原石には唾つけとかないとね!)とビスケが密かに思っている事を、リンは知らない。むしろ(ツンデレですか!ありがとうございます!)と思っているリンである。

 

 ともかく、リンは合格した。これだけは間違いのない事実だった。

 

 ビスケと挨拶を交わし、もはや壁がなくなってしまった廊下を出て、階段を探し降りる。

 

 講習会は一階で行われるとの事だった。部屋を探していると、廊下にメンチの姿を見つけた。それは後ろ姿だけでもわかる晴れやかなもので、メンチが試験に合格したのだと一見して分かった。

 

「メンチ受かったんだ!おめでとう」

「あらリン…ってあんた!何よその怪我!」

 

 メンチの言う通り、リンはあちこち包帯とガーゼで固定していた。見えてはいないが、腹回りが最も酷く何やら嫌~な色になっているが、敢えて言わないでおく。

 

 対照的に、メンチは傷一つなかった。いったいどんな試験だったのだろう。組手を自ら申し出たとはいえ解せないリンである。

 

 傷の事を笑って誤魔化していると、呆れた風に笑いながらもメンチはリンを祝福した。

 

「リンこそ、ここに来たって事は合格でしょ?おめでと。これでお互い晴れてハンターね」

「…そだね」

 

 ビスケとの闘いに集中していたが、そういえばこれはハンター試験だったのだと思い出す。連鎖的にルカスの事も思い出し、思わず声が沈んでしまった。メンチはそんなリンの頬を軽く掴み、強気に笑った。

 

「シャキッとしなさい!ルカスに馬鹿にされるわよ!そのお子ちゃまな甘ったれ、直さなきゃね」

「いひゃい!わいほほんほにいひゃい!」

 

 そんな風に話していると、コツコツと階段を降りてくる足音が聴こえてきた。二人が振り返ると、予想通りそこにはインド服の青年の姿があった。彼もメンチ同様に吹っ切れた様な顔をしており、何かしらの試験官とのやり取りが彼を元気づけた事が伺えた。

 

「二人とも受かったカ」

「ノワールこそ!おめでとう!」

 

 三人とも合格できた事を喜び合う。そして試験官やその後どうするかについて軽く話し合った。メンチは一度資金集めもかねて天空闘技場への挑戦を、ノワールは故郷へ帰って革命軍の行動を起こすらしい。

 

 しかし、試験官が念能力の指導をしてくれるという事もあり、暫くは試験官だったハンターと共に行動をする事になりそうとの事だった。

 元々念を知っていたリンとは違い、メンチとノワールは試験終了後に念の説明も受けていたようだ。リンが気絶していた時間は思いの外長かったらしい。

 

「…メンチ、ノワール…」

 

 二人はもう念について簡単にだが知っている。だから、ちゃんと言っておかなければいけないと思った。

 

「私、念使えるの」

「あ、やっぱり?」

「会長とノ雰囲気、何かあると思ってタ」

 

 リンが念を使える事についてはそこまで驚かれなかった。二人とも才能の塊だ。リンが放ったオーラについても何か感じたのだろう。

 そう言ってあっさりと返事をされたが、リンが本当に言いたいのはそこじゃない。

 

 覚悟を決めるように、大きく息を吸って吐き、言った。

 

「…私ね、正直油断してた。初めっから念を使っていれば、ちゃんと皆を守ろうとしていれば、ルカスは死ななかった!だから…私のせい、なんだ…」

 

 酷い叱責が来ると思っていた。罵声も仕方ないと思っていた。しかし、二人の言葉は予想外の物だった。

 

「うぬぼれんじゃないわよ、リン」

「そうダ」

 

 メンチもノワールも、はっきりとリンの眼を見据えてきつい口調で言った。しかし、その眼に侮蔑の色は一切なかった。オーラの色だって、よく見えづらいが温かさに溢れている。

 

「私たちは、死ぬかもしれないリスクを理解した上でハンター試験を受けてるわ。当然、ルカスも。それは私たち、一人一人の責任なの。あんたが勝手にその責任奪ってんじゃないわよ」

「でも!」

 

 初めからルカスと共に行動していれば、そんな事にはならなかった。リンがそう言おうとするのをノワールは手で制し、見慣れた手つきで眼鏡をくいと上げた。

 

「たらればの話をしても仕方ナイ。結果論でとやかく言うの簡単ダ、けど無意味。…それに俺達だって、同じ後悔してる。試験官に従わなければよかっタ、試験内容無視して初めから四人で行動してれバ何か変わったかもと」

「…」

 

 リンはそこで、後悔しているのが自分だけではない事に気づいた。メンチもノワールも、同様に後悔し、過去を変えたいと不可能な願いを抱いていた。

 

「…自分を許せなんて言わないわ。ただ、あんただけが重荷を背負おうとしないで。私達も一緒に背負うから」

 

 もう、涙は友達に見られたくなかった。頭に巻きつけたスカーフをずらし、顔を隠す。メンチとノワールはそれには何も言わず、黙ってリンの肩を抱いた。

 

「ミシャクーロ、ブラックリストの人間。俺達で狩ル」

「そーよ!ていうか、協会騙してそんな試験にした彼奴が一番悪いわよ!…見てなさい!念を覚えて、ぼっこんぼっこんのけっちょんけっちょんにしちゃうんだから!」

 

 リンとノワールが居るにもかかわらず包丁を振り回すメンチを、慌てて二人で宥める。ようやく心から笑ったリンを見て、メンチは快活に笑った。

 

「ホームコード交換しときましょ」

「あ、私携帯持ってない…」

「あんった田舎もんね…私のコード教えといてあげるから、携帯買ったら連絡して」

「俺も…仲良くしよう」

 

 そう言って互いの連絡先を伝え合った。ますます携帯を買う必要があると感じるリンだ。

 

「いよいよ私たちもハンターよ!まだ見ぬお宝が早く見つけてくれって待ってるわ!」

「そういえば、ルカスに聞きそびれてた…ハンターになってどんな事がしたいのか」

 

 数日前、デッキで話していた事を思い出す。ルカスは何をハントしたかったのだろうか。何を見つけたかったのだろうか。まだ知らない事だらけだった友達に、三人で想いを馳せた。

 

「私たちで、あいつの分まであらゆるものをハントしてやりましょ?何をハントしたかったのか聞きそびれたなら、全部ハントしちゃえばいいじゃない。そうすれば、あいつがやりたかった事もきっと入ってるわよ」

「…うん!」

 

 三人は講習会が行なわれる部屋へ向けて、歩き出した。

 

 

 





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