プリンを食べよう!
ハンター試験を終えてから一年が過ぎた。現在、リンはサヘルタ合衆国を東へ横断しながらネカフェ生活を続けている。
(やっぱ探してもなかなか見つからないなぁ…)
念願のハンターになったとはいえ、むやみやたらにハント活動をする気はなかった。今はハントをしながら、主に情報収集を優先的に行っている。
リンが探しているのは大きく三つの事柄だ。
一つ目は会社設立にあたって協力してくれる仲間。二つ目は
翻訳会社を設立するにあたり、外国語に明るい人材が最低でも三十人程度は欲しいとリンは考えている。それだけならそう難しくもないのだが、個人的な趣味により『BLに共感を示す人間』かつ『口の堅い人間』である必要があるため、かなり捜索は難航しているというわけだ。
ハンターである身分と資金力からヘッドハンティングは問題なくできるのだが、条件に適合する人材を探すのがかなり時間を要しているのであった。
ミシャクーロについては、更に探すのが難しい。ブラックリスト入りしているのもそうだが、彼自身がハンターである事が捜索を殊更困難にしている。こちらはネットだけではなく足を使っても捜索をしているが、手掛かりはなかなか掴めない。
そしてジンは言うまでもなくハント激ムズだ。その難易度のあまり、完全に後回しになっている。試しにビスケに聞いてみたりもしたが、(リンは記憶していないが)原作通り返事は芳しくないものであった。
もはや最近では探すのを忘れている節さえある。もしこれをジンに咎められたとしたら『道中を楽しんでいるところさ』と言って誤魔化すつもりだ。
情報や人材を集めるのに使用しているのは通常のネットとハンターサイト。肝心の資金だが、主に賞金首のハントで稼いでいた。そのため一年前は貯金を多めにしている大学生程度だったリンの所持金は、今ではちょっとした富豪程度にまでなっている。
ここまで稼げたのは初めの頃にかなり熱心に仕事をした事も理由の一つではあるが、特にサヘルタにヨークシンが位置している事が大きい。人口が多いところには犯罪者も多く、犯罪者のハントに事欠かなかったのだ。
ちなみにリンが通った町は軒並み犯罪発生率が減少しており、裏社会で『掃除屋』と密かに呼ばれていたりするが本人は知らない。
(裏社会の人間ならミシャクーロを知ってるかと思って小遣い稼ぎと情報収集を兼ねたハントをしてたけど、全部空振りだったしなぁ…)
この一年で金銭以外にリンが得た成果は、会社設立の際に入社してくれる約束を取り付けた腐女子二十名くらいだ。いや、同人サークルやオフ会が一切ない中から条件適合者を二十人探したのも凄いのだが。
昼はネット巡りをし、夜はごろつきをハントする過労死待った無しなブラック労働生活である。
(よし!たまにはロマン溢れるハントもするか!)
実は先日、数カ月ぶりに通話したノワールから少し気になるお宝情報を耳にしている。どこかのタイミングでハントしたいと考えていたのだが、思い立ったが吉日だ。というわけで、リンは早速飛行船のネット予約をして席を立った。
◇
二週間後、リンはエジプーシャに居た。ターゲットは誰も足を踏み入れた事がないという幻の地下ピラミッド。ノワールが言うには、その中に古代王族が代々隠し続けてきたという財宝が山のようにあるのだという。眉唾物の話だが、ハンターのロマンを掻き立てるには十分すぎるネタである。
しかしどうせなら観光もしたい。そんなわけで、現在地はピラミッドから少し離れた都市キリバイの有名商店街のカフェである。ここにどうしても食べてみたい逸品があるのだ。
(エジプーシャのオアシスにのみ生息する希少生物スナドリの卵!それを使ったプリンが唯一この店でだけ売りに出されている!!)
これはメンチから聞いた情報であるため確実だ。というか、スナドリの卵をハントして試験的にこのカフェに提供しているのがメンチである。友の美食ハンターとしての仕事ぶりに素直に尊敬の念を抱くリンだ。
既に噂が広まっているのか、それとも新作のプリンが美味しいという口コミが広がっているのか、店内は妙に混みあっていた。店内で食す事は難しいようだったが、数十分の列に並び、ようやく持ち帰りで購入する事に成功する。
お目当てのプリンを購入し、るんるん気分で店を出たリン。そのまま座る事の出来る場所を探してうろうろと歩き回る。この辺りは人が多く座る事は難しそうだ。
(どうせならプリンをゆっくり味わえる場所で食べたいよね。景色の良い所とか)
ここまできたら妥協はしたくない。結果としてかなり店から離れる事にはなってしまったが、町はずれの空いているパラソルテーブルに腰かけた。
少し日差しは強いが、人が少ない事で周囲の建物や砂漠の光景が良く見える。景色も良く、プリンを食べるのに絶好のスポットと言えるだろう。
「ちょっと待って…メイメイにもちゃんとあげるから」
リン同様に食べるのが大好きなメイメイは、早くもリンの肩の上でそわそわと羽を羽ばたかせている。それを宥めながらリンは敬意を払いつつ真っ白のスイーツボックスを開けた。
(おお…流石幻の卵を使ったプリン…香りが良く生命力に溢れている!)
付属のスプーンを片手に、崩れたり取り落としたりしないようゆっくりとプリンを取り出す。蓋を開けるとリンの敏感な嗅覚をこれでもかという程に芳醇な香りが刺激した。丁寧に手を合わせ、繊細な模様入りのガラス容器に入ったフォルムを隅々まで堪能する。
(…ん?)
目で楽しみ香りを楽しみ、さていよいよスプーンを突き立てようとした時、一瞬僅かな視線を感じた。しかしどこから見られているかはわからない。
(見られてる…?素人じゃないからライセンス狙いや子どもをターゲットにしたひったくり狙いではないと思うけど…)
ハンターあるあるとはいえ犯罪者をお縄にしまくっている分、人よりも恨みは買っていると自覚している。ライセンスもここでは使用していないし、ひったくりならこんなに巧妙に気配を消す事は出来ない。
殺し屋でも差し向けられたかと気配を探るが、視線の主の居場所はわからない。
(…気のせいだったかな?)
どれだけ気配を探っても、視線は感じない。それだけに一瞬とはいえ見られている気がしたのが不思議で仕方ない。
なんにせよ、見られているかもしれない中で最高級プリンを味わう気にはならない。せっかく良いスポットを確保できたが、場所を変えようとプリンをケースに仕舞い、席を立ちあがった。メイメイを宥め、来た道を引き返す事にする。
◇◇◇
(あっっっぶな!!)
クロロ=ルシルフルは内心焦っていた。いくら油断していたとはいえ、まさか十代そこらの少女に自分の視線が気づかれると思っていなかったからだ。
木陰のベンチで読書をしていた最中、ふと美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。濃厚な卵と高級な砂糖と牛乳の香り、恐らくプリンだ。
香りに釣られ顔を上げると、予想通り数百メートル先に美味しそうなプリンを食べようとしている少女の姿があった。驚いたのは遠目にもわかるそのプリンの濃厚さだ。
(あ、あれは…スナドリの卵で作られたというプリンではないか!?本当にあったのか!)
ここへは仕事をしに来ているとはいえ、噂になっているプリンも密かに気になっていたクロロ。当然連れてきた団員には悟られないようにしているが、本を片手に人々の噂話を盗み聞きする程度には食べたくて仕方なかった。
目の前に好物が現れたあまり、クロロは動揺して持ち主の少女の顔を見てしまった。運の悪い事に少女はかなり勘が鋭いらしく、クロロの視線に気づききょろきょろと辺りを見回している。
慌てて視線を外して木の陰に隠れ、全力で気配を悟られないようにする。そのまま暫く様子を伺っていると、少女は席を立ち歩き出した。どうやらプリンをここで食べるのはやめたようだ。
(あの子ども…念能力者か)
自分も十代のうちから念能力を使用していたため人の事は言えないが、子どもの念能力者はかなり珍しい。何より、子どもの念能力者が使用する発は子ども特有の独創性が存分に活かされたレアな能力である事が多い。
(…盗るか)
プリンに釣られたか能力に釣られたか、どちらにせよクロロは少女を追いかけ席を立った。
◇◇◇
(ん~、な~んか見られてる気がするんだよねやっぱり…気にし過ぎ?)
雑踏を潜り抜けながらも、どこか視線を感じるリンだ。しかし『見られている』ではなく『そんな気がする』程度の感覚しかなく、先程の事から過敏になり過ぎなだけな気もする。どちらにせよ、あまり気分の良いものでは無いが。
「メイメイはどう?」
「キュ~?」
個としての意思を持つとはいえ、基本は念獣だ。当然気配を探ったりする事はないのだが、何となく話しかけるリン。勿論意味はないのだが。
モヤモヤした気分を引きずりたくないリンは、裏路地を抜けて人目がないところまで移動した。壁を蹴って屋根に上り、周囲を見回す。やっぱり人目は感じない。
(ま、離れるに越したことはないな)
そのままぴょんぴょんと屋根を移動し、さっさと街を離れる事にする。勿論プリンが崩れたりしないように細心の注意を払って、だ。
(ここまで来たらもう大丈夫でしょ)
街を出て高級住宅街の方まで走ってきた辺りで、リンは屋根を降りた。そして軽く辺りを見回し周囲に不審者が居ない事を確認し、このまま宿泊しているホテルまで歩いて帰る予定だ。
「やぁ。君、かなり感覚が鋭いんだね。それに身体能力も恐ろしく高い」
周辺確認のためにくるりと後ろを振り向くと、二次元でしか見た事のない人物がそこに居た。リンの記憶が確かならクロロ=ルシルフル(オフバージョン)だ。念のため、程度の確認だったのに本当に人が居るとは思わなかったリンだ。
砂漠には似つかわない真っ白なワイシャツとスラックス。髪は下して額に包帯を巻いており、一見爽やかな好青年である。その上ニコニコと愛想の良い笑顔を向けられて気を悪くする人間はほぼ居ないだろう。特に女性は。
しかしながら、勿論リンは動揺していた。というか挙動不審になっていた。
(あばばばばばばばばばばくくくくクロロだクロロやばいやばいマジヤバイ本物だ旅団のボスだ蜘蛛の頭だ顔が良いなイケメンだなオールバックも良いけど髪下ろしてるのも素敵ですていうかたぶん今二十歳とかだと思うんだけど原作と全然見た目変わんねーな若い~~!!!)
声を出す事も出来ずにぱくぱくと口を魚のように開け閉めするリン。どう見てもおかしな人間だが、クロロはリンが気配に気づかなかったから驚いたのだろう…と解釈した。
「念能力者?俺もなんだ。ちょっと発見せてよ」
人懐っこい笑顔を浮かべながら近づいてくるクロロ。そこはかとなく良い香りも漂わせており、リンが夢女子なら卒倒していただろう。幸いリンは夢女子では無いため、気絶する事は無かったが。
しかし気絶する事はなくても突然の街角推し遭遇事件に硬直はしていた。そしていつの間にか、先程よりも手元が軽くなっている事に気づく。
「見せてくれないの?じゃ、これ貰っていくね」
手元を確認してからもう一度顔を上げると、そこにはさっきまでリンが持っていたスイーツボックスを持ってにっこりと笑うクロロの姿があった。そのまま、まるで羽でも生えているかのように軽やかに屋根を跳んでいくクロロ。思考が追いつかず、それを呆然と見送る。
「プリン!!」
ようやく状況を察したリンが叫んだ。推しへの第一声がこれでいいのかと見ている側は思うが、当人は盗まれたプリンを取り返すのに必死だ。
同じく屋根を跳び追いかけるリンを嘲笑うかのように、クロロはどんどん見晴らしの良い方へと移動する。つまり、砂漠地帯だ。
(ていうか、何でプリン泥棒?いや凄い高級品だけどさぁ…盗賊だから?)
追いかけながらそんな事を考えている間にも、クロロはどんどん砂漠の方へ走っていく。なぜこんな逃げ切れない所に移動するのかと疑問に思う一方で、ここなら念能力を発揮しても問題ないと判断する。そしてクロロが砂漠に逃げた事は、リンにとってラッキーでもあった。
(砂漠なら私の得意フィールドだもん!)
リンの発動した発により、クロロの足元一帯が蟻地獄のように砂渦に飲み込まれた。上から潰さないように砂で蓋をし、簡易的な牢獄を作り出す。間違っても砂がプリンに落ちたりしないように、そしてクロロを逃がさないように鉄壁のガードだ。
(…?人型の感覚がない)
リンは操作している砂を通じて内部の状況を把握する事もできる。しかし、砂で作った檻の中に人間の感覚はない。
「凄い発だな、砂を操るのかい?」
声がした方を見ると、空中に立っているクロロの姿があった。通常ではあり得ない現象が起きている事、そして右手に本を持っている事から、クロロも発を使用しているのだと予想する。そして明らかに喧嘩を売っているが、あくまでクロロから殺意の類のものは感じない。
「砂だけじゃないし!」
実際は砂と海水を操る能力であるため、海のないここで使えるのは砂だけなのだが。なんとなくそう言うのが悔しくなったため、強がりでそう叫んだリンである。それを聞いたクロロは、罠にかかった獲物を見つけた時の子どものような顔で笑った。
(っ!さっきまで逃げてたのに!?)
一転、本を片手に、もう片手にはプリンの入った箱を抱えながら、クロロは本を持っている方の手でリンに拳を繰り出した。咄嗟に砂でガードを作ったが、A級のオーラが込められた拳は容易く砂を貫通し、リンに向かってくる。
(相手の両手が塞がっているなら、肉弾戦の方が有効か!)
推しに攻撃をするのは憚られていたため平和的にプリンを取り返そうとしていたリンだったが、何を意図しているのかわからないクロロの行動に段々とイライラしてきた。当然殺しなどはしないが、一発殴りたくはなってくる。
(計画通り)
刹那、クロロがそういったような気がした。クロロは身を引いて回避する事も右腕を引っ込めてガードする事もせず、オーラを脇腹に込めるだけだ。それに違和感を持った時にはもう遅かった。
ガードを捨てる事でリンの懐に本を滑り込ませ、蹴りに集中するリンの手を押し付けたクロロ。その瞬間、スキルハンターが発動した。
いや、発動したはずだった。
一瞬光り輝いた様に見えた本は、次第にその輝きを失っていきやがて沈黙した。これはクロロも予想外だったらしく、焦ったような表情を一瞬見せる。
そしてここでようやくリンは理解した。プリンを盗った上でリンに自分を追いかけさせ、更に戦闘に持ち込むことで能力も盗むつもりだったのだと。
(私の発は人に盗まれる可能性がないから考慮してなかったけど…盗られようとするだけでも不愉快なもんだな)
理解したところで不快感と食の恨みがリンの怒りのボルテージを大幅に引き上げた。動揺しているクロロの左手からスイーツボックスの取っ手を奪い、右手に思い切りオーラを込める。
「プリン返せやああああ!!」
両手が塞がった状態のクロロの顔面に、リンの右ストレートは面白いほどクリーンヒットした。爆発的な威力により一帯に砂埃が舞う。
オーラで防御はされていたものの、大きく吹っ飛び砂地を転がるクロロ。何が起きたか信じられないと言った様子で左手を頬に当てる。このシーンだけ切り取るならまるで気の強い女の子に殴られたイケメンのようにも見えるだろう。そして二人の間に静寂が訪れた。
「…」
「…」
思い切り殴ったところでスッキリし、後悔が後から押し寄せてきたリン。互いに殺意はないものの、なぜこうなったのかと気まずい空気が周囲に漂う。そしてそれに耐えられる程リンはタフではない。
よって、リンは逃げた。そそくさと逃げた。絶をして全力で逃げた。クロロは追ってはこなかったが、それでも気が済むまで最高速度で逃げた。
数十分走り回ったところで何とか落ち着き、ホテルに戻った。やっとの思いで奪い返したプリンを食べようとしたら、隙間から砂が入り込んでいたらしくプリンは砂まみれになっていた。泣いた。
◇◇◇
「「だっはっはっはっは!!」」
三人一部屋で取った安いホテルの中、クロロは二人の団員に笑いの的にされていた。一人は筋骨隆々の大男、もう一人は長い髪を下ろした武士風の男だ。中央のベッドに座り、クロロはむすっと不貞腐れた表情で頬杖をついている。
「こいつは傑作だな。ガキからプリン盗もうとしたら失敗して顔面殴られたと」
「おまけに能力を盗もうとしたらそれも失敗したと!」
笑われている原因は昼間の出来事にある。プリンと念能力、両方を盗もうとしたクロロは、手始めに少女に近づいて声をかけ、隙を見て分かりやすい形でプリンを盗んだ。そしてそれを追いかけてきた少女が念能力を使用したところで
しかし、うまくいかなかった。条件は間違いなく達成していた筈なのに。挙句に少女から手痛いカウンターを頂戴したというわけだ。そりゃあ団員からしたら面白い話以外の何物でもなかった。
そんなお粗末な話、当然クロロは言いたくはなかった。しかし明らかに殴られた跡のある顔で戻ってきたら、当然不審がられる。結果、洗いざらい白状する羽目になったわけである。
「お前本当にA級盗賊の頭か?」
「…うるさい」
今はウボォーの冗談も心に刺さるクロロだ。「だから言いたくなかったんだ」と不貞腐れてベッドに潜り込む。
「そう拗ねるなってクーちゃんよ!」
ノブナガのフォローにならないフォローに無視を決め込むクロロ。流石に揶揄い過ぎたかと二人は顔を見合わせた。
「報復はするのか?」
「いやいい。元々遊びの延長だった…それよりも、なぜ盗めなかったか、そっちの方が気になる」
両腕を組んで枕にしながら、天井を見つめる。今まで条件を達成して盗めない事はなかった。なぜ今回は失敗したのか…少女の念の制約か?それとも盗めないように何かしらのトラップでも用意していたのか?考えても仕方ない事ではあるが、クロロはこういった考察が癖になっているところがある。
そして少女の持っていた能力が思いの外現在求めているものだったため、更に未練が残るクロロだ。
「砂を扱う能力…今ターゲットにしているお宝を盗むのに使えると思ったんだが」
一人ごちてため息をついた。まあいい、どうせ無くて元々だったのだから、と。