あのガキは見ているだけでなんだかイライラしてくる。
恐らく、パンダにご執心なガキでありながら当たり前のようにジンの無茶ぶりな訓練をこなし、それでいて時折大人びた発言をするからだ、とレイザーは分析していた。
修行の進み具合は上々。ジンに雇われた辛うじて念の基本ができる程度のごろつき囚人どもに混じって、モンスターのテストプレイをさせている。才能があるのだろう、リンは日に日にモンスターを攻略していくようになっていた。
聞くところによると、実戦経験は初めてらしい。初めての実戦が未知のモンスターだと、普通はビビるだろうが、そんな気配はない。
初めの頃こそ危なっかしかったし、致命傷をくらう前に助けてやったりする事はあったが、最近はそれもほぼなくなり、基本的にはレイザーはのんびりとリンの修行を眺めるだけだ。
まだ流暢ではないものの確実に目を『凝』らし、攻防力移動を交えて確実にモンスターを攻撃する。誰に教えられるでもなく当たり前のようにそれをこなすセンスは、親父譲りだろうか。
※注:違います原作知識です。
持って生まれたしなやかな筋肉に、荒野での訓練も相まって培ったバネの様な身体能力もどんどん向上していく。幼さゆえにまだ大人に勝つのは難しいだろうが、念を使えば既にハンター試験を受験しようとする若造くらいの水準には達していると感じた。
末恐ろしいが、同時にその成長を見守りたく感じている自分に、レイザー自身が一番驚いている。
「レイザーは、とうさんのどんなところがすき?」
「あ?」
それでいて、リンは妙に肝が据わっていた。ガキであるが故か自分の様な元囚人にも臆することなく話しかけてくる。
ショウユウとリストにも同じような内容を聞いているところを、この間見かけた。ジンについて聞きまわるのは、こいつの最近のマイブームのようだ。
「好きなわけあるもんか。俺はあいつに捕まって囚人になってんだぞ。雇われたから仕方なく来てやってるだけだ」
怖がらせようとあえて機嫌が悪い風を装って答えるが、暖簾に腕押し、どこ吹く風だ。半ば意地になって怖がらせようと、更に言葉を続けた。
「お前の事だって気に喰わんさ。なんなら死んじまえばいいと思ってる」
「うそだー!だってとうさんはレイザーがすきだもん。わたしもすきだよ」
返ってきた言葉は予想外。思わず一瞬固まってしまった。
「んなわけあるかボケ」
「うそじゃないよ。とうさんからはレイザーをしんらいしてるっておーらがでてる」
スピリチュアルなんか信じるたちではないが、リンの言っている事は本当だという事も知っている。最近唐突に念能力に目覚めたこの娘は、他人のオーラの色や細やかな感情の機微が見えるらしい。
確かに素人の垂れ流しオーラなんかだとオーラの動きで簡単な感情はわかるが、能力者のそれ、までわかるとは、しかも色付きでわかるとは才能というのは理不尽だ、と思った。どの程度まで相手の感情がわかるのか、自分のこの複雑な心境も知られなければいいとも。
そして、ジンが自分を信頼してくれている事に仄かな喜びも感じて、これまた自分に驚いた。
「…いいからとっととテストに戻れ。次はバブルホースだ」
「うん!レイザー、ちゃんとみててね」
そう言って走っていくリンに親の様な愛情を感じている事には、レイザーはまだ気づいていない。
◇◇◇
「リン、テストプレイだ。頼むぞ」
そう言って1か月ぶりにリンの住む家へ入ってきたのは父親であるジン=フリークス。扉を開けた先には、メイドパンダに読み聞かせをしてもらっているリンの姿があった。見ている感じだと、ハンター文字も難なく読めるようになったらしい。
1か月ぶり、と言えば娘に興味のないろくでもない親父に聴こえるが、実際は初めての子ども、それも女の子を溺愛しているというのはゲーム開発メンバー周知の事実である。
自分が自分でいる事を捨てられない、だけど子どもは可愛い。好きな事をさせてやりたい、だけど自分の大好きなものを同じように大好きになってほしい。そんなジレンマがあの態度に現れているのだと、メンバーは考えていた。
「何かにつけてはテストプレイだーっつって、自分が作ったカードやアイテムをリンに見せに行くんだもの~。家族に自分のお気に入りのおもちゃを自慢したい子どもみたいよね」
そう証言するのはノア。
「訓練だのモンスターの調整だのって銘打ってちっちゃいガキ相手にむっちゃくちゃな無茶ぶりばかりしてっけど、そのくせしょっちゅう『リンはどんな感じだー』っつって様子を聞きたがるんだよ。じゃあてめえで見に行けよってな」
そう証言するのはドゥーン。ちなみにまだ頭文字はWである。
しかし逆切れするか拗ねられるのは間違いないので、それを指摘するメンバーは誰一人いない。
そんなこんなで、一般的には規格外の小さな子どもと大きな子どもの子育ては、開発メンバーと彼らが生み出した念獣一同によって生暖かく見守られているのであった。そんな事は、当人たちは知る由もないだろうが。
「とうさん!きょうはなに?」
リンはワクワクした様子でジンに駆け寄る。前世異世界記憶持ちの中身成人とはいえ、ジンに駆け寄るその姿はただの無邪気な幼児だ。
いつものように(ジンは無自覚だが)そっぽを向きつつ抱き上げて、「今日は指定ポケットカードだ」と答えた。
最近ではモンスターの強さを調節するテストプレイをさせている傍ら、アイテムの使用具合のテストもさせている。今日は『手乗り生物』シリーズの予定だ。指定ポケットカードにする予定のこれらの生物とリンに数日共に過ごしてもらい、異常がないか確認するのが今回の目的だった。
…行きがけにすれ違ったイータに「またリンちゃんにアイテム見せに行くの」とかなんだとか言われたが、これはれっきとしたデータを取るためだ。
「これが手乗り人魚、あと手乗りザウルスと手乗りドラゴンだな」
「かわいい!!」
ゲインを唱えて指定ポケットアイテムを出現させると、小さな人魚、恐竜、ドラゴンがリンの周りに現れた。どれも想定以上にリンに懐いている。人魚に至っては早速頭の上によじ登っているほどだ。
『良いハンターは動物に好かれる』。親父として、また一人のハンターとして、娘にハンターの才能がある事は非常に嬉しい(本人はそれに気づいていないし、もし他人にそれを指摘されたら否定するが)。
そして、現実の動物と同じような機微をリンに対して見せた事に、上手くアイテムを作る事が出来たと内心ご機嫌なジンである。
リンは見た事のない生物にも物怖じしない。それどころか、旧知の仲な相手にようやく会えたような喜びをもって接する。それにどこか違和感はあるものの、娘が喜ぶのは素直に嬉しいのであった。
「あっ、てのりざーるす!」
リンの上で機嫌よく歌う人魚を見ながらにまにまとしているあまり、ジン自身も油断していたのだろう。リンが声を上げた時には想定外のスピードで手乗りザウルスが屋外へと逃走したところだった。そのスピードはそこらの動物すら凌駕しており、瞬きの後には影も見当たらなかった。
(おい聞いてないぞ)
手乗りシリーズは屋内でのんびりペットとして飼う事を想定しているアイテムだ。あんなスピードで走られたらペットにならない。それに、テストプレイ用の個体だから下手に見失うのは困る。また仲間にどやされる。
慌てて立ち上がり後を追いかけようとした時、目の前を我が娘が走り抜けていくのを見た。
(はっっや)
驚きのあまり呆然と眺めていたため、ジンの動きは一瞬止まった。子どもはすばしっこいものとはいえ、同じく瞬きの隙に見えなくなってしまったのだから、いくらジンと言えど仕方ないのかもしれない。
しかし、これを他のハンター仲間たちが見たら『あのジンが固まっている』と間違いなく驚いただろう。
モンスターのテストプレイと称して、リンに与えるモンスターの強さは少しずつ段階的に引き上げている。そしてそれを難なくこなしている事も。
だからそれに伴う程度にリンの身体能力が向上しているのは知っていたが、思ったよりも身のこなしが素早く、嬉しい意味で驚いた。そして数か月愛情込めて育てないと言葉を話さない手乗りドラゴンが、リンの肩の上で既に言葉を話している事にも。
まさしくハンターの素材。リンには手乗りドラゴンは簡単すぎたか。手乗りドラゴンは懐きやすい種族として設定しているが、ここまで簡単に手懐けられたのでは面白くない。
少しばかり懐き度メーターも調整しないといけないな。無意識にジンは口角を上げていた。
「リン!ざうるすあっち!」
「わかった!」
ジンだって立派なハンターだ。才能溢れる娘を追いかけるのはわけもない。
ぴょいぴょいとゴムまりの様に荒野を駆け抜けていく我が娘を追いかけながら、娘から溢れるハンターの素質にわくわくしていた。
大きくなったらどれくらいの強さになるだろう、自分と戦っても勝つのだろうか。そんな一般的な親よりは少し、いやかなり子どもじみた喜びだったが。
「このへん!リン!」
「うんわかってる。でもおーらみえないよね」
手乗りザウルスはゲームをシステム化する事でアイテムに落とし込んだ念獣だ。すなわち具現化しているという事であり、システムである事を除けば普通の生物と大差ないように作ってある。だからこそ、生物の気配として察する事ができる。
それをいち早く把握しつつも、実際の場所はわからずにきょろきょろとしているリン。手乗りドラゴンと話しながら、荒野を抜けてたどり着いた森の中でがさがさと歩き回っている。
ここまでの一連の流れで、リンの地力がどの程度なのかジンには十分把握できた。身体能力は下位のハンターに及ばない程度。だが念能力者としては登竜門を超えた所…程度か、と。
この年でその域までいければ上出来過ぎるくらいだ。これからが楽しみでしょうがない。
その高い能力に反して子どもらしい仕草で草の根を分ける娘に、ジンは笑いを堪えながら声をかけた。
「リン、あの手乗りザウルスは『隠』を使ってるんだよ。『凝』してみろ」
「ん~…あ、ぼんやりみえた」
「おし、合格だ」
そう言って木の陰に隠れていた手乗りザウルスをひょいと掴み、ゲームマスター権限でカードに戻す。こいつは少し調整し直さないといけない。
2人で家に戻り、暫く手乗りシリーズの挙動を見守ったのち、そろそろ行くかと立ち上がると、リンは露骨に寂しそうな顔をした。これが気まずくてあまりリンのもとに顔を見せない、というのもある。なんせ自分は父親である事よりハンターである事を優先しているのだから。
「とうさんつぎはいつくる?」
「あー、まあ新しいアイテムができたら、な」
「わかった」
子どものような駄々はこねないが、それだけにジンの罪悪感を駆り立てるのだ。それはまるで悪い事をした後にごめんなさいがきちんと言えていない子どもの様な感情なのだが、本人はそれを認めていない。
そうして少し目を逸らしながら、忘れかけていたもう一つの用件をジンは思い出した。
「リン、もうすぐ『超一流のたまご』シリーズができるんだが、どれか使ってみたいモンはあるか?」
「なにそれ?」
「持ってりゃ超一流の人間になれるアイテムだ。野球選手、小説家、社長…大抵の人間が夢見るやつならなんでもある」
強いハンターになる教育を施しつつも娘が好きな道を選べるように、と作ったアイテム。表向きはどんな人間にでもなれる夢のようなアイテムがゲームには必要だから、と説明しているが、それが娘の将来のためである事は周囲の皆が察している。
まぁ、妙に種類が多いのでバレるのは当然といえば当然だし、仲間からはかなり顰蹙を買ったが(『おいジン、親バカかますならもっと別の一般的な手段にしろ!少なくとも自分で子育てするとかな!』)、気にしてはいけない。
こんなものを作っておきながら、ジン自身は欲しい物を道具に頼るなんて馬鹿げているとも思っているのだが。人間とは、親とは面倒なものだ、と思ってみたりする。
「いらない」
「あン?将来の夢とかねーのか」
ジンが首を傾げると、リンは瞳を輝かせながら言った。
「ハンターになりたいから!自分でやりたいからいいの!」
「…そうか」
思わず笑みが零れた事、仲間に見られていなくて良かったとジンは心の底から思った。
唯一、念獣であるメイドパンダだけがそれを見守っていた。