リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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修行しよう!前編

『…それでね、お礼にくじら島を案内して回ったんだ!』

「そうなんだ…」

 

 クロロと別れてから一週間後。修繕作業の補助を終えたリンは、残りの作業を現場の人間に託し、その足で空港に向かいながらゴンと久しぶりの通話をしていた。

 勿論、通話料金はリン持ちだ。愛する弟との電話はいくらつぎ込んでも惜しくない。

 

 くじら島を出てから一年以上経過しているが、帰省こそしないもののリンは頻繁に手紙や電話のやり取りをしている。

 

 常に所在不明状態であるリンは手紙を受け取る事が難しい。一応協会を通して専用ポストは持っているがいちいち見に行く事もほぼないため、基本的にはリンが一方的に送る事しかできないわけだ。

 そのためリンとしては電話の方が互いの近況をすぐに知れてありがたいのだが、ミトや祖母は手紙のぬくもりを大事にしている。その気持ちも汲みたいため、結果として両方採用する事になった。

 

 そんなわけで月に一度は電話をかけているが、電話に出たがるのはもっぱらゴンである。姉と話したがるゴンにミトが譲歩してやっているのだろう。そんな気配りに感謝しつつ毎月ゴンの声を聴くのがリンの楽しみになっている。

 

 可愛い弟と会話できるのが涙が出そうになるほど嬉しい一方で、近頃ゴンの口から出る『最近あった出来事』が不穏になってきている所がリンは気になっていた。

 

(女の人と二人でって事だよな?デートだよな?…うん、完全にデートだ)

 

 くじら島には時折女性しか乗っていない観光船もやってくる。わざわざ何もない島まで来て何が楽しいのかリンにはよくわからないが、所謂田舎旅というやつなのだろう。

 そんな都会の疲れを癒しに来た女性達にゴンがよくモテるであろう事は想像に難くない。ただでさえ汗臭い男の多い島唯一の若い男である上に、ゴンの純真さは女性たちを存分に惹きつけるだろう。

 

 ミトがゴンを危険な目に遭わせるとは思えないが、ゴンも成長し一人で行動する事が増えているのが想像できる。ジンの滅茶苦茶な育児の反動でややゴンに対してモンペ気味なリンは、可愛いたった一人の弟が何かやらかさないか心配でしょうがないのであった。

 

「ゴン…その人と連絡先交換したりしてないよね?」

『うん、してないよ…あ、でも何回か連絡先を渡された事はあるかな。ミトさんが駄目って言ってたから連絡してないけど』

 

(何回…か?既に何回もデートしているのか!)

 

 どうやら電話で聞いていた以外にも何度かのデートを経験していたらしい。ゴンの未来が今から心配な姉である。そして言うまでもないが、リンに異性とのデート経験はない。姉として少し負けた気分になる。

 

(クロロと本を読んだりしてたのはデートに入るんだろうか…いや、ないな)

 

 そもそもリンはクロロの事を異性として見ていない。そんな暇があるならウボクロを妄想して楽しむところだ。だが、もし弟にデート経験について聞かれた際にはこれをカウントしておこうと決心した。悲しき見栄が引き起こす悲劇である。

 

(それにしても7歳でデートって進んでるなぁ…ゴンって天然タラシだから将来変な女に引っかかって刺されたりしそう)

 

 そう考えた所で、原作でパームを宥め過ぎたあまり好意を持たれ、結果として刺されそうになっていた事を奇跡的に思い出した。

 そんな事をしでかす弟が将来女性関係でやらかす可能性は非常に高いと言えよう。姉としては見過ごせない。

 

「ゴン…あんたのやりたい事にできるだけケチは付けたくないけど…女性関係には気を付けなさいよ?…女って怖いんだから」

『うん!それに女の人って姉ちゃんみたいに優しい人多いし大丈夫だよ!』

 

 モンペ気味な自覚はあるが、イルミというモンペの化身を反面教師として見てもいるため、束縛はしたくないと思うリンだ。やんわりと注意を促すが、そんなリンの言葉を全く理解していない事が伝わる返答である。

 

 そういう意味ではないと訂正したいのだが、『姉ちゃんみたい』というワードで全てを許してしまいそうになるリンだ。ちょろい姉選手権万年上位の貫禄がここにある。

 

(ああもう全くうちの弟ってば天使!可愛い!こんなにお姉ちゃん思いの男の子がこの世にいるだろうか!いやいない(反語)!!)

 

 本当なら全世界に向けて叫びたいが、流石に気持ち悪い自覚もあるので黙り込むリン。

 しかし弟への愛に悶えている電話越しの姉の沈黙を、弟は不機嫌と捉えたらしい。少し慌てたような口調で、ゴンがフォローの言葉を入れた。

 

『本当だよ。最近、いるか島に一人で行った時に知らないお姉さんに助けられたし』

 

 待て、何か今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。流石にそこを聞き逃すほどリンは甘々ではない。思わずオウム返しすると、ゴンはあっさりと答えた。その声に悪気は一切感じられない。

 

『何か、『人身売買』に巻き込まれかけてたんだって、俺!』

「ゴォン!!」

 

 一発アウト。むしろなぜここまで平気でいられるのか、いやしかしゴンはまだ7歳だ…危機意識が足りないのも仕方ないのか…とリンの頭の中でぐるぐると思考が回る。

 

 転生者であり幼少期からある程度の常識を身に着けていたリンは、何歳頃にどの程度の知識をつけているのが通常か、はっきり言ってもう覚えていない。しかし愛する弟が普通よりもかなりぼんやりしている事だけは、今のやり取りで十分に伝わった。

 

 その後電話越しでこんこんと説教をしたが、ゴンがどの程度理解したのかはあまり自信がないリンであった。

 

 

 話は変わり、通話を終えて空港へ歩きながらリンは次の目的地を決めようと考えていた。

 

 本来ならまたヨークシン近辺で情報収集をしつつ小遣い稼ぎ…もとい賞金首狩りをするところだが、それより先に自分の力を引き上げる必要があると考えたのだ。

 

 それは言うまでもなく幻影旅団と出会った事がきっかけであった。

 

 世界最高峰の資格であるハンターライセンスを持ち金銭事情もかなり潤っているとはいえ、自分はまだまだ子どもなのだという事を今回の一件で思い知らされた。

 

 確かにリンには才能がある。それはこの十数年でリン自身も十分に自覚した。しかし、伸び代なんてものはこの世界では何の役にも立たないという事もまた理解した。

 どんな才能を持っていたって、開花する前に死んでは意味がない。必要なのは、今すぐに振るう事の出来る力だ。

 

 あのジンを殴るためには、そしてこの世界で生き抜くためには、最低でも幻影旅団と渡り合える程度の力は必要であると痛感したのだ。

 

 そしてそれが叶う方法を、リンは一つだけ持っていた。唯一にして最も効果的であろう方法を。

 

 何度かの深呼吸を繰り返し、携帯のアドレス帳を開く。そして連絡先の交換をして以降あまり交流のなかった宛先を開き、通話画面に移行した。

 

 緊張しながらも黙って携帯に耳を当てていると、何回かのコール音の後に見た目年齢の割には時間の流れを感じさせない少女の声が聞こえてきた。

 

『あらリン、久しぶりだわね』

 

 そう、リンが連絡した相手はビスケット=クルーガーだ。ダブルの称号を持ち、原作でもゴンとキルアを強く育て上げたハンター。リンの知り合いの中で相談するのならば、彼女に頼むのが最も確実だろう。

 

「久しぶりビスケ…お願いがあるんだけど」

『何?場合によっては高くつくわよ』

 

 少しどもりつっかえつつも、リンは今回の経緯を全て話した。

 A級盗賊と関わる機会があった事、相手と自分の力量差を痛感した事。もっと強くなりたいが方法が分からないため協力してほしいという事を。

 

 ビスケは経験豊富な売れっ子ハンターだ。頼みを了承してくれたところで少なくとも数カ月は待つ必要があるだろうし、何なら断られる可能性も十分に考慮していた。しかしその返答は良い意味で予想を裏切るものだった。

 

『…そのためにこっちから連絡先も渡したからね。特別に師匠として修行つけてあげるわさ』

 

 指定された場所と日時をメモし、通話を切る。詳細は後日メールで送付するとの事だった。その一連の流れはリンにしては比較的冷静だったが、言うまでもなく声は震えていた。

 

(さっ流石ハンター協会のおか…お姉さん!ビスケ先輩ビスケ師匠ビスケ姉様ビスケ様!!お金とか何百億払っても足りないだろって思ってたけどまさかのタダは予想外!あーもー好きー!!)

 

 拳を握りぶんぶんと上下に振り回す事で興奮を何とか逃がすリン。通りすがりの人々が不審な目を向けているが、子どものする事だからという事で見て見ぬふりをしてもらえた。

 

 成長と共に不審な行動に言い訳が効かなくなるぞリン。どうする?

 

 ともかく、目的は達成できそうだ。スキップをしながらるんるん気分で飛行船の搭乗手続きを終え、リンはエジプーシャを後にするのであった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 飛行船に揺られ数日後。リンはクカンユ王国に到着していた。

 

 ジャポンにも近い大陸であるからか、少しばかり四季の流れがあるこの地域は所謂夏という奴に近い時期である。蒸し暑い風に辟易しながらも、少し懐かしい気持ちになるリンだ。

 

 先日エジプーシャで購入したばかりのアウターを脱ぎ、ラフなノースリーブスタイルになる事で暑さをしのぐ。

 じりじりと肌を焼くような暑さではなく、サウナに入っているような湿度の高い暑さ。これを数十年前には当たり前のように凌いでいたのが、今ではもう信じられない。

 

 予め送られてきていたマップを眺めながら長い山道を登ったり下りたりと歩くこと数時間。ビスケに提示された待ち合わせ場所でもあるここには、心源流の道場総本家があるらしい。リンは最近まで知らなかったが、一般社会的にも心源流はかなり有名な流派のようであった。

 

 ビスケは心源流の人間だ。稽古をつけるにあたってこの場所が最も適していると考えたのだろう。

 

「…ここかな?」

「きゅう」

 

 山を越え一際高い坂道を登り切った先にようやく見えてきたのは、大きな門を構えた道場の全貌だった。

 いかにも有名な道場であるといった土地の規模と造りをしており、内部からはまだ距離があるにもかかわらず道場生の気合の入った声が聴こえてくる。人の気配からして、この道場だけでも数百人は居るだろう。

 

 そして門の前には見知ったロリータ服を身に纏う少女が立っていた。向こうもリンに気づいたらしく、遠目だが手をこちらに振っているのが見える。既にこちらに滞在していたのかリンより先に到着していただけなのか、どちらかはわからないが少し待たせてしまったようだ。

 

 頼んだ立場である自分がこれ以上待たせるのも気まずいので、リンは急いで道場の前まで走った。下り坂で転びそうになりながらも大急ぎで走ってきたリンを見て思わず笑うビスケに、リンは改めて頭を下げる。

 

「よっ…よろしくお願いします!」

「あーいいのいいの。堅苦しいの好きじゃないのよ」

 

 手をおばちゃんよろしくひらひらと振りながら、ビスケはなんてことないかのようにそう答えた。

 再びリンの脳内を感動の嵐が吹き荒れるが、ダブルの熟練ハンターであるビスケと言えどリンの脳内の荒らぶり具合にまでは気づかない。

 

 道場の門を我が家のように顔パスで通りながらも、ビスケはリンの筋肉のつき方、オーラの流れ方をじっくりと観察する。その視線はさながら、宝石を見定める宝石商のようだとリンは思った。

 

 クロロを見習ってずっと偽装オーラを流していたが、もうここでは必要ないだろうと止め、通常の纏に切り替える。それを見るとビスケはにんまりと笑った。

 

「さて、強くしてほしいって事だけど…といっても、あんたは既に基礎も応用も終えてるのよね。それなら必要なのはトコトンの実戦と能力の研鑽ね!」

 

 どうやらリンのオーラ基礎力は纏だけでも十分にあると判断されたらしい。通りすがりに挨拶する道場生たちに手で応えながら先を行くビスケに続き、リンは広い敷地の中を歩いていく。この道場でビスケを知らない人間は居ないようで、流石師範と内心舌を巻く。

 

 住み込みで稽古しているのか、中には炊事中の者や掃除中の者など、様々な人間が居る。これは中に入らなければわからなかったと驚くリンだ。本家だからかもしれないが、心源流に心血を注ぐ人間はかなり多いらしい。

 

 てっきり門を通ってすぐ中央にあった大きな道場内で稽古をするのかと思っていたが、案内されたのはその裏手にある山の中であった。

 山はトンネルのような構造になっており、外からはわからなかったが山の中にまた一つの土地がある。山を丸ごとくり抜いているというだけあり、内部は本道場よりも更に広そうだ。

 

「ここはね、心源流の中でも念能力使いが使用する裏道場。ここであんたの身体及び念能力をみっちり鍛えるわよ!」

 

 そう言いながらビスケが大きな扉を開くと、中では数十名の道場生が激しい稽古を行っているところだった。誰もが目にも留まらぬ攻防力移動を伴った組手を行っており、ここに居る全員が念能力者である事が容易にわかる。

 

(なるほど…秘匿性についてもばっちりな道場なんだ)

 

 ハンターの間では念能力者が扱う武術としても有名な心源流なだけある。会長であるネテロが基盤となっている流派だからある意味そうでないと困るのだが、人に見られる心配のないこの環境は、確かに念能力の修行をするのに適している。

 

 先の道場と同様に挨拶を手で受け流しながら、ビスケは道場の更に奥の部屋へ続く戸を開けた。木製の戸はあまり頻繁には開けられていないらしく、出入口の戸と比べてスムーズな動きを見せる。

 そしてその内装からして、道場の人間の中でもごく限られた人間しか入れないであろうとピンときた。恐らく師範専用の部屋か何かなのだろう。

 

 他の人間に聞き耳を立てられないように戸を閉め、ビスケは奥の座敷にある座布団へリンを招くと言った。

 

「さて、と。あんたの特性を理解するためにも…能力について知っておかないとね。聞かせてくれるかしら?」

「一言で言うと、相手の能力をコピー&ペーストしたうえで改変する能力、かな」

 

 そう切り出し、自分の持っている能力をざっくりとビスケに伝える。特に【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)のくだりでビスケは眉間にしわを寄せ、リンが説明を終えると手を顎に当てて天井を見上げた。

 

「なるほどねぇ…かなり汎用性が広そうだけど、その分癖も強そうだわさ」

 

 ビスケの言う通り、リンの能力はかなり扱いづらい部類のものだ。他人の念能力をコピーしないと汎用性が低く、できたとしてもその種類の多さからどうしても習熟度という点で一歩出遅れる。正直、可能ならば別な能力を作り直したい気がしないでもないリンである。

 

「新しい能力を作るとか…駄目かな」

「無理ね。どう考えてもその能力はキャパが大きいわさ。それに、特質系が自然発現する能力ってのは根源的に本人に最も適した能力なのよ。諦めてその能力を使いこなす事ね」

 

 ビスケにばっさりと言われ、肩を落とすリン。密かに『俺の考えた最強念能力』を試したいと思っていただけに、それが不可能とわかったショックはでかい。あからさまに落ち込むリンに流石のビスケも良心が咎めたのか、運ばれてきたお茶をすすりながら軽くリンの肩を叩いた。

 

「ま、そう落ち込みなさんな。使いこなせれば凄い能力だと思うわよ」

 

 そう言われると確かにそうなのだが、格好良くて強い発に憧れていたのだから仕方ない。具体的には邪王炎殺黒龍波とかがやってみたかったと思うリンだ。

 

(…かめはめ波みたいに応用技でオマージュしよ)

 

 やや主旨からそれている決意を固く心に誓うリンである。

 

「…ちょっと念能力ありきで戦ってみましょうか。…ウイング!」

 

 隣の部屋にも聴こえるよう大きな声でビスケが呼ぶと、先程まで道場生の修行を監督していた一人の青年が戸を開けた。一見すると眼鏡をかけた草食男子という印象の優男だが、胴着越しに見える細い腕には高密度な筋肉がついている。

 

 青年…ウイングはリンに目をやり、少し呆れたように笑いながらビスケに話しかけた。

 

「師範、また原石を連れてきたのですか?」

「まあね。心源流ではないけど、念の稽古をつけたいの。軽く揉んでやって頂戴」

 

 師範の命に逆らう気もないらしく、軽く帯を締め直す事で同意した。オーラを漲らせ、完全に念能力ありきの戦闘をするつもりでいるのが分かる。

 

「ちょっと待って。念能力、晒してもいいの?」

 

 リンは少し驚いたように声を上げた。ウイングという見知った人物に会えた興奮も勿論あるが、それ以上にビスケとウイングのやりとりとこれから起こる展開についていけていない。念能力は簡単に晒して良いものではないからだ。教えを乞うリンが見せるのはともかく、ウイングの能力を見てもいいのだろうか。

 

 そんなリンの質問に、ビスケはさばさばと答えた。座敷で見物する気らしく、座布団から立ち上がる気も湯呑を離す気もなさそうだ。

 

「晒さないと実戦にならないわさ。この子の能力は知られても問題ないものだし、平気よ。だけど勿論、互いに他言は無用の事!」

 

 確かに念能力者の戦いは場数がものを言う。正直、これはリンにとって願ってもない機会だ。ウイングの立っている稽古スペースまで早足で歩き改めてオーラを練り、ウイングに向き直る。

 

「…リン=フリークスです。おねがいします、ウイングさん」

「はは、ご丁寧にありがとうございます。ではお願いします」

 

 そう微笑むと互いに距離を取って一礼し、リンとウイングは構えをとった。互いに間合いを取りつつ、じりじりと隙を見極める。

 

(念の戦い…といっても、私の手札ってあんまりないんだよな)

 

 リンの能力で戦闘に使えるものは【砂流の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)しかない。それもこの環境で使用できる能力ではない以上、リンはシンプルなオーラ技術のみで戦うしかなかった。

 

 ウイングに【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)を使う手もあるが、行き当たりばったり過ぎる。それにビスケがこの試合で求めているのはそこではないだろう。距離を少しずつ詰めながらもリンは考える。

 

 念能力者専用の道場というだけあって、一見ただの木造建築に見える建物内はかなり頑丈に造られている事が窺える。多少暴れたくらいではびくともしないだろう。

 それを部屋に入った時点で悟っていたリンは、遠慮せずに放出系技術を使う事にした。

 

 両手にオーラを集中させ、念弾を作り出す。左手のそれをウイングに放つと、念弾は銃弾よりも遥かに早いスピードでウイングを襲った。

 

 小手調べ程度にリンが放った念弾。それをオーラの攻防力で弾き飛ばし、ウイングが距離を詰める。リンは先を読み、それを避けて至近距離から念弾と蹴りの二択を迫るつもり計画を瞬時に立てた。

 

 そのためにまずは右わき腹に拳が飛んできたのを、身を捻って躱す。いや、躱したはずだった。

 

「!?…げほっげほっ」

 

 畳を転がる身体に、脳が状況を理解しきれていない。多少手加減してくれていたらしいその拳は、それでもノーガードだった脇腹を的確にえぐった。

 

 息ができずに咳き込みながらも、ウイングを見上げるリン。そのオーラは先ほどとは明らかに質が違うものだった。

 

(オーラの総量が一気に増した!?)

 

 オーラの総量を数値に換算するならば明らかに三倍以上、そして何よりも筋肉量が目に見えて変化していた。胸筋は大きく盛り上がり、身長含め先程よりも一回り大きくなっている。増した肉体は全て筋肉で構成されていた。

 

 反射的に『ゴンさん』を連想してしまうリン。流石にそこまでの破壊力はないだろうが、根本的な能力の質は似たようなものだと理解する。

 

「私の能力は【捨て身の特攻】(ブレイブバード)と言って、強化系能力です。使用後の急激な肉体疲労を制約に、オーラ総量と筋力を数倍に引き上げます」

「…確かに、知られても問題ないですね。それどころか対策のしようがない」

 

 再び構えを取りながら能力を見極めるリンに、ウイングが種明かしをした。

 それはリンが勘づいている事を察したからであり、この後の攻防がほぼ意味をなさないという通告でもあった。

 

(ウイングさん…ビスケのあの姿に憧れたんだろうなぁ…)

 

 ビスケの真の姿を知っているだけにウイングの目標を看破してしまったリン。同時にそれだけの力とは言わずともかなりの威力が今のウイングにはある事を察し、僅かに拳が震えた。

 試験でビスケの拳を受けた時よりはリンも成長しているし、ウイングはビスケではない。しかし内臓破壊までされたあの記憶は、今も色濃く残っている。少しばかりの恐怖を振り切り、リンは畳を蹴った。

 

 結論から言うと、この勝負は勝負とは言えないものにしかならなかった。

 

 得意とする素早い『流』によって辛うじて攻撃を受ける事はできたものの、そこから攻めに転じてウイングを圧倒するだけの力が、今のリンにはなかったのだ。ビスケもまた、それを見越してウイングを指名したのだろう。

 

 ウイングを労いながら、ビスケがリンに言葉をかけた。それは身体全身に激しい殴打を受けたリンを励ますものではなく、師匠として今後の方針と対策の道を示すものだ。

 

「まず磨くべきは戦法ね。系統別の習得率から言って特質系のあんたが私や強化系能力者に肉弾戦で勝てる可能性はほぼ0よ…ってまあ、さっきのやり取りでわかっただろうけどね」

 

 それはまさしくリンが痛感したものだった。リンの分析では、敗因は念の熟練度よりも単純な系統の相性や年齢差、骨格差によるものがかなり影響していた。つまり、ビスケが言うように普通の勝負では勝てないという事だ。

 

「じゃあ、やっぱりトリッキーな戦法を使わないと勝てない?」

 

 リンだって幼い頃から念能力を磨いてきた。念能力だけに限らず、単純な筋力や身体能力においても常人をはるかに上回るだろう。

 それでも、リンが求めているのが『一般人と比較した強さ』ではなく『念能力者に負けない強さ』である以上、念能力の系統による得意分野や習得率は避けて考えられない。

 

 特に、リンは強化系の修行が苦手だ。つまり、シンプルな肉弾戦で念能力者相手に勝負するのは敗北が確定するに等しい。ちなみに放出系や変化系は得意であるという系統無視な性質を持っているのだが、これは特質系ゆえのものだろう。

 

「そうね…ノーマルに考えるなら、やっぱり搦め手を使う事。特質系の強みは他の系統では習得できない能力を簡単に習得できたりするところだからね。特にあんたの場合は、それが簡単にできる」

 

 ビスケが何を言いたいかは、今の言葉で十分に伝わった。すなわち、手札を増やす事だ。

 

「…今まであまりやってこなかった【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)【スキル最適化】(二次創作)を使用するって事だよね?」

 

 メイメイに取り出してもらった水を受け取りながら、リンは壁際にしゃがみこんでため息をついた。この能力には苦い思い出が付きまとうのだから仕方ない。

 

「なんていうか、あんまり使いたくないんだよね…」

「あら、どうして?」

「念能力って、人が一生懸命自分に合わせて作ったものじゃん?それを勝手にコピーして自分に合わせた改変するのって…なんか狡いなって気がする」

 

 じゃあなぜそんな能力にしたのかと言われれば、気づいたらこうなっていたというのが正解なのだが。

 そんな狡い人間である事が自分の本質なのかと思うとそれが無性に嫌だった。初めて意識して能力を使ったのが初めて人を殺した時と直結しているのも含めて、あまり使いたいものではないというのがリンの心情である。

 

「何寝ぼけた事言ってんの。この世界なんて狡い奴勝ちだわさ。変に誠実さに拘ろうとすると、死ぬわよ」

「別に誠実を求めてはいないよ」

 

 あっさりと無意識の抵抗感を吹き飛ばされ、少しムキになるリン。性格的にもそうだが年齢的に反抗期なのだ。

 実際、生殺与奪に抵抗感を覚えているわけでもなければ盗賊を平気で見逃したりするあたり、リンは自分を誠実だなんて思っていなかった。ただ、能力があまり好きではない、それだけだ。

 

 そんなリンの子ども染みた反抗を、ビスケは手を腰に当てやれやれと言った様子で一蹴する。

 

「いいえ、悪ぶってるくせに根が変に真面目だわさ。いいこと、それはあなただけの能力なのよ?誇りなさい。あなたの本質で、あなたの性格で、あなた自身なの。自分で自分を好きにならなくてどうするのよ」

「…」

 

 それはリンにとって青天の霹靂というか、とにかく自分だけでは考えもしなかった発想だった。

 

 念能力を使いこなす者ほど、自分の資質や本質に適した能力を持つ。特質系は特にその傾向が強い。つまり、自分自身の汚い面が表に出やすいという事だ。

 それを恥じはしても、誇れと言われるとは思っていなかったリンは、驚いてビスケの顔を見た。

 

「まあ、狡いっていう気持ちもわからなくはないけど…人間なんて基本碌なもんじゃないからね。だからこそ私達ハンターは道を踏み外さないために自分の流儀を持っているのよ」

 

 「ただの自分ルールって言っちゃおしまいだけど」と言ってビスケは締めくくった。たった一人のさっぱりとした言葉だが、それは意外なほどにリンの心にすとんと落ち、染み込んでいく。

 

 これが師匠力というものか…と妙に感心するリンだ。まだ殆ど教えを乞うて間もないのに、既にビスケに対して信頼を感じている自分が居る。自分が単純な性格でない事も自覚しているため、そんな自分にまた驚いた。

 

「ただ、闇雲に能力をコピーしたらいいのかというとそうでもないでしょうね…自身のキャパシティーや能力の質を向上させる事を考えると、常時戦闘に使用する能力は五つくらいがベストかしら」

 

 そう言ってリンの肩に乗ったメイメイに目をやる。「その辺はあなたが管理できるのよね?」「きゅ!」というやり取りを眺めながら、リンは今まで考えることを避けていた自身の能力について考えていた。

 

【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)の発動条件自体はそこまできつくない。ただ、条件である『そんな能力を使いたい』と強く思うのは、言っちゃえば精神論だよな)

 

 【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)は一見発動しやすい能力に思えるが、そんなに簡単に使いたい放題な能力でもないとリンは考える。特に発動条件が精神に左右される分、確実性に欠けるだろう。

 メイメイという制約を加味しても、気軽に使うには強力過ぎる能力だ。あくまでリンの感覚だが、最大頻度でも二カ月に一度だろう。

 

 ここで数カ月修行を付けてもらう約束になっているが、その間に発動させられて一回か二回くらいだろうか。そもそも能力が把握しきれなくなるのは本末転倒であるため、使うつもりのない能力までむやみにコピーしても意味はない。

 

 考え込むリンを少し笑って眺めていたビスケだったが、暫く時間が経ってもリンが動かないため、軽く咳払いをした。それによってリンの意識は現実へと引き戻される。

 

「あんた、自分の能力の弱点はわかる?」

「…能力を発動するときに、必ずメイメイを具現化していないといけない事、かな…」

 

 リンの返答に、ビスケは満足そうに頷いた。いつの間にか回復を終えたウイングは稽古に戻ったらしく、再びリンとビスケは道場の別室で二人きりとなっていた。

 

「そうね。それだけでも大きな弱点だわさ。念獣と意思疎通を取らないといけないというだけでも常にチームプレイを強いられているようなものだし、生物を操作するタイプの能力者にとっては的が一つ増えているようなもの」

 

 確かに…と冷や汗を流す。例えば、シャルナークの能力はメイメイに効くのだろうか?リンの完全な支配下にあるとは言い難いメイメイの性質を考えると、もしかしたら操作可能対象に入るかもしれない。

 

「それに大きな生き物を肩に乗せていないといけないのは、能力使用中の隠密行動にも制限がかかるわ。単純に動きも鈍るし。あと、あなた私に話してない制約が他にもあるはずだわよ」

「う…」

 

 ビスケの言う通り、メイメイと二十メートル以上離れられない制約がある。そして双方の同意があった時に具現化解除をする事はできるが、メイメイ自身には絶や隠が使えない。わざわざ言う必要もないためそこまでは言っていなかったが、見透かされていた事にぎくりとした。

 

(改めて言われると欠陥だらけに見えてくる我が能力…)

 

 やはりバンジーガムのようなシンプルな能力にしておけばよかったと後悔するが、無意識で作り出した能力なので結局どうしようもないリンである。

 

「まあ、ゆっくりやっていけばいいわよ。明日からみっちりしごいてあげるから、覚悟なさい」

 

 自分で頼んだとはいえその笑い方が悪魔の笑顔に見えた、と後のリンは語る。

 

 

 

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