そうしてビスケのしごき…いじめ…もとい特訓が始まった。
拳法を習うわけではないが、臨時の道場生という扱いで胴着を貰い食事の世話までしてもらっている。
新参者にもかかわらず申し訳なく思うリンだが、そこは正式な門下生では無いため有耶無耶になったらしい。ありがたく頂戴する事にした。
そんなリンの修行内容は至ってシンプル、ひたすら実践である。
ビスケ(真)との組手をはじめとし、対ビスケの戦い方が癖になっても良くないのでウイングや他の道場生にも稽古をつけてもらう。おかげで念能力者である道場生とはかなり親しくなった。
ただ、ウイング含め殆どの道場生が拳法を補助するタイプの強化系能力を使用するため、リンの勝ち星はあまり多くないのが現状であった。
(いかん…このままでは非常によろしくない…)
男だらけの心源流道場。その上リンは念能力者である道場生の中で、ぶっちぎりの最年少だった。そのため、最近では妹分のように可愛がられている節がある。
別段それに不満はないのだが、徐々に周囲から『年下で未熟な存在』と認識され始めているのが問題であった。
ちなみに最近最も納得がいかなかった出来事は、道場生に混じって食事をとる際に自分だけデザートにヨーグルトを付けてもらった事だ。買い出し担当が気を利かせてくれたらしい。
他意はなくむしろ善意なのだろうが、子ども扱いされるのが今のリンにはNGなのだ。いや、ヨーグルトはしっかりと頂いたが。
「どうしたのよリン。また負けたからって不貞腐れてんの?」
道場に身を寄せてから二カ月弱。数回の組手を終えて縁側で休憩がてらリンが対策について考えていると、いつの間にか後ろにビスケが立っていた。
ちなみに先程稽古をつけてもらったのはウイングに次ぐ道場の実力者だが、今リンの顔が腫れに腫れているのは昨日ビスケから受けた攻撃が原因である。見れたものではない顔面にされたがビスケ曰くこれでも手加減はした方らしい。
「言っとくけど、うちの念を使う門下生は皆シングル取れるレベルの実力者よ?能力の相性も悪い中でよくやってるわさ」
「…ねえビスケ。他に強くなる方法はない?」
リンがそう言うと、ビスケは駄々っ子を窘めるようにしゃがみこんだ。ハンターとはいえ子ども相手に少し手厳し過ぎただろうかと思いつつも、リンの要望を満たせる修行となるとこうなってしまうのだからしょうがない。
「今みたいな実戦形式を繰り返すのが一番早道だわよ?実際オーラ総量といい能力者との戦い方といい、かなり磨かれてきているわさ」
「そうじゃなくて…こう、対人関係で舐められない…みたいな」
リンが今考えていたのは肉弾戦の対策も勿論だが、対人の話術対策だ。一言で言うと、迫力が欲しいわけである。
幻影旅団と接した際に感じたもう一つの感想、それは子ども扱いされているという事だ。それは今ここで感じている不満とほぼ一致する。
本当に子どもなので嘘ではないのだが、それゆえに侮られているであろう事も存分に理解した。自身の緊張癖やコミュ障がそれに拍車をかけているとも。それをどうにかして改善したいわけだ。
子どもはいつだって早く大人になりたいと願う。大人になって、誰にも指図されず舐められることもない、自由な人生を送りたいと。ハンターになってもそう感じなければいけないとは思わなかった。
会社を設立したいと考えているならば、今後今まで以上に人と関わる事になるだろう。そんな中でいちいち臆したり緊張していてはキリがない。
クロロと話している中で感じた『自分が求める強さ』の一端も、そこにあるのではないかと感じた。何か鎧のような仮面のような、そんな心の強さのようなものがあるのではないかと。
「心配しなくても、結果が追いついてくると思うけどね」
子どもの考えることは、大抵の大人には理解されない。だが、ビスケはリンの気持ちを正確に察した。ビスケもまた、ハンターとして女として生きる中で同じ葛藤を経験した人間であったからだ。
少し首を傾げながらリンの顔を見て、考え込む。
「でもそうねえ…あんたの場合は話し方を変えるとかかしら」
「話し方?」
「そう。一言で言うと子どもっぽいのよ。実際に子どもだから問題は無いけど、ハンターとして舐められないようにするならある程度そういったテクニックも必要よ?人は見た目が100%ってね」
内面にばかり気を取られていたリンにとって、それは思ってもみなかった指摘だった。かといってずっと続けてきた話し言葉をどのように変えれば良いのかもわからない。うんうんと悩みながら取り敢えずビスケの話し方を想像してみた。
「…ビスケみたいな?」
リンの言葉に、ビスケは子どもの頓珍漢な言葉を聞いた時のように笑った。こういった珍回答は、本人が真剣であるほど面白いものだ。
「そこまでしなくていいわさ。そうねぇ…あなたのイメージする強いお姉さんを真似してみたらどう?」
そう言われて、リンの脳内にはメンチの姿が浮かんだ。あれくらい強気でいけたらどんな人間が相手でも怖くはないだろう。
「そうだ…そうね。そうする」
「そうそう、そんな感じよ」
確かに、口調を変えるだけでも強くなったような気がしなくもない。あくまで気持ち程度なのだが、それが対人関係においては最も重要なのだろう。演じたりキャラを作るわけでは無いが、少し心に武装を施せたような気がした。
ビスケはそんなリンの姿を見ながらも、少し目を細めて言った。
「…でも、無理して大人になろうとしなくてもいいのよ」
「…」
考え込むリンの隣に腰を掛け、優雅に足を組む。子どもの姿な上に可愛らしいワンピースを身に着けているのに、その仕草は妙齢の女性を想わせた。…実際そうなのだが。
「そりゃあハンターだからね。仕事でミスは許されないけど、あんたはまだ子どもだわさ。これから沢山の経験を積んで、ゆっくり大人になるのよ。焦ったら損だわさ」
前述した通り、心源流道場は強化系能力者が多い。拳法一筋の硬派な男が集まりやすいからだろう。
「…ビスケが言うと貫禄があるね」
「何か言った?」
「いえ、何も言っていません」
見てくれにしても力自慢の男ばかりだ。その中でビスケの存在は入門時から相当浮いただろうとリンは考える。筋骨隆々の男に混じって師範まで上り詰めるには、並々ならぬ努力があったはずだ。
(ビスケの外見が変化したのは強化系能力者も超える程の純粋な強さを欲した結果。
ビスケの発は能力名も相まって美容効果が目立つが、その本質は疲労回復に要する時間の最短化にある。
彼女自身も進んで言う事はないが、本来の目的は鍛錬を長く続けるための能力なのだろう。
そんなビスケの能力をコピーして自分に合うように改変すれば強くなりやすいかもしれないと一瞬頭をよぎったが、それでは根本的な強化系能力者との相性差や自身の戦い方の解決にはならない。というか、
理想を言うならば
(オーラをローションに変化させる…変化系…オーラの変化か…)
ビスケの能力から連想的に思い出したが、リンはオーラの形状や形質を変化させるのが得意だ。
発ではないし自身の身体から離すと効果はなくなる程度のものである。そのため誰でもできるものだと思っていたが、ビスケが言うにはかなりできるようになるまで時間がかかる上にそこまで行けば発に近いものらしい。ようやくこれが自らの才能であると自覚したリンである。
そこまで考えたあたりで、とあるアイデアを閃いた。バッと立ち上がり帯を締め直す。
「あら、休憩はもういいの?」
「うん!」
リンが長時間に渡って考え込む癖にはビスケも慣れてきており、またその動きから何か閃いたのだろうと察した。
「ビスケ、ありがとう!凄く参考になった…わ!」
ハイハイ、と笑いながら、ビスケは弟子の成長を楽しんで見守っていた。
◇◇◇
「ウイングさん!私に稽古をつけてください!」
「…何か掴んだようですね」
いつもとは目の輝きが違うリンに、ウイングはリンの成長を悟った。早く自らのアイデアを試したくて仕方ないという表情だ。大人ぶりたい割には子どもらしいその姿に、微笑ましさからくすりと笑ってしまう。
それでも稽古は稽古だ。相手のためにも真剣に取り組まねばならない。
一礼して構えを取り、
躱し、躱され、瞬きの間に数手のやり取りをする。一見すると、それは今までと変わらない攻防だった。直ぐに何かを始めると思っていたウイングは、訝しみながらも更に数手のやり取りをこなす。
異変に気付いたのはリンの拳が初めてウイングに当たった時だ。オーラによってダメージは通らなかったが、それ以上に驚きがウイングに精神的ダメージを与えた。
(リンちゃんの拳が胴着から離れない!?)
ウイングはリンの拳が当たったのを受けて一歩距離をとろうとしていた。自身の攻撃が最も当たりやすい間合いへと。
しかしそれが上手くできなかったのだ。違和感があった腹部に目線を移すと、そこにはリンの拳が貼り付いたままになっていた。
『貼り付いたまま』。その表現が正しいとウイングは直感した。まるでシールや糊のように胴着に張り付いたリンの拳。オーラを変質させたものだと推察する。
ウイングの動揺をリンは見逃さなかった。即座に拳を剥がし、腹部に蹴りを叩きこむ。それは初めてリンの攻撃をウイングがまともにくらった瞬間だった。心が揺さぶられて僅かに対応が遅れ、オーラの防御が遅れる。そんな降って湧いた機会をリンが逃すはずはない。
蹴りと共に貼り付いていたリンの拳は剝がれていたが、手痛い攻撃を受けたという衝撃は今もなお襲ってくる。それを精神力で鎮め、ウイングは再びリンと距離を取った。
(いつあの能力を使うかわからない以上、リンちゃんに攻撃しても自分の中の攻防のタイミングがずれる…これは致命的だ)
ウイングが攻撃をしても攻撃を受けても、身体の一部が触れ合うのは避けられない。リンがいつ能力を使うかわからないという事は、肉体操作のバランスが崩れその分攻撃テンポがずれやすい事を示す。肉弾戦においては致命的だ。
どのような能力であるかはわからないが、能力には一長一短がある。制約という穴を見つけるため、ウイングはリンではなくメイメイを攻撃した。
今までのウイングはあくまで強化系能力者として、武闘的な肉体の勝負をしていた。つまり、自分のホームグラウンドで戦っていたのだ。リンも自身の能力を使わない(使えない)以上は妨げにしかならないため、稽古中はメイメイの具現化を解除していた。
能力者の戦いは自分の領土に相手を引き込むのが最重要。これではリンが勝てるわけはない。
しかし、リンの能力が得体のしれないものであるのを察し、ここにきて念能力者としての探り合いを攻防の中に交えた。自分を死に至らしめる可能性がある相手としてリンを認識したのだ。
そしてウイングの読みは正しかった。リンと異なりオーラ操作をしないパンダ型の念獣は、ウイングの攻撃によって数十メートル後方へ吹っ飛んだ。そしてそれに引っ張られるようにリンの身体も後方へ飛ぶ。壁に叩きつけられることはなかったが、ざりざりと畳の上をリンの足が擦れる音が響いた。
「行動範囲は数十メートル…それ以上離れると念獣依存で行動が限定されるんですね」
「バレちゃいました?」
メイメイに目で合図をして具現化を解除しながら、リンは笑顔で言った。その顔は戦いが楽しくて仕方ないと語っている。ようやく強者と同等に戦う事が出来て念能力者として嬉しい…ウイングにはそう言っているように見えた。
(具現化を解除したという事は、…もしかして発ではないのか?)
具現化した念獣や物質を使用する能力者は、ほぼ確実に能力を使用する際その物体の具現化を行う。リンがメイメイの具現化を解除したのは、能力を使用するよりも制約がデメリットだと考えたのか、それとも単なるブラフなのか。
一気に距離を詰め右フックを狙うリンの攻撃を腕でガードする。粘着能力が発動してもしなくても対応できるように構えていたが、リンは拳が当たる直前で身体に回転をかけ、左回し蹴りを当てた。能力に気を取られていたため少し防御が遅れたが、辛うじてオーラで防ぎきる。
それすらも読んでいたようにメイメイを具現化させ、カウンターを狙ったウイングの拳をガードしながら粘着させた。具現化解除はウイングの注意をそらすための陽動だったのだろうか。
動きといい能力の使い方といい、先程までのリンでは考えられなかった。ほんの僅かな発見と閃きだけで、全ての能力が飛躍的に成長する。
(本当に、この瞬間だけは暗い感情を拭いきれないな…)
そこにあるのは輝く才能への嫉妬。自分が一段ずつ上る階段を横から数段飛ばしで駆け抜けられる虚しさだ。
ウイングに才能がないわけでは無い。むしろ才能を持て余しそれを研鑽に使い続けているのだから、周囲から見ればかなりの実力者だ。しかし、能力がある人間ほど更に上に憧れを抱くのもまた自然な事である。
制約を引き上げオーラと筋力を更に増したウイングは、リンの手を粘着性のオーラごと払いのけた。小手先が通用しなくなったと悟ったのか、リンは再び具現化を解除しメイメイへの攻撃を避ける。
複数の攻防が続く。やはり単純な肉弾戦ではウイングに完全な分がある。
だが、リンも粘着性のオーラを容赦なく使うようになってきた。足にオーラを纏って接着し、反対方向に引っ張る事でウイングの体勢を崩しにかかる。
体幹でそれを抑え込むが、即座に能力を解除してウイングを軸に背後へ飛び上がる。やはりその時には念獣を具現化・解除していた事から、ウイングの中でメイメイの具現化がリンの能力の発動条件であると確信を持った。
(粘着が確認できた瞬間に念獣を視認し攻撃する。そして体勢を崩したところに猛攻を加えるのがベスト!)
熱くなってきたウイングはこれがあくまで稽古である事を忘れていた。即ち、目の前の相手を倒す事への執着だ。
足元の畳をひっぺがし、リンに向けて投げつける。敢えて一本道筋が通るように投げれば、今のリンならそこを通りウイングに向かってくると確信していた。そしてその予想は見事に当たった。
畳を避けて攻撃を仕掛けるリンに、死角から蹴りを当てる。回避の後にリンが能力を発動する癖があるのを、ウイングは今までの攻防で見抜いていた。見込み通り能力を発動したリンを横目に、もう片方の足で念獣に攻撃を当てようと試みる。
しかし、その攻撃は当たらなかった。リンが直前で具現化を解除したからだ。そうなる事も先読みしていたため、リンの傍に居た念獣への攻撃を軌道修正してそのままリンに当てようとしたが、想定ならば念獣への攻撃と共に解除されていた筈の粘着オーラは解除されていない事にここで気づいた。
(念獣を具現化していないのに能力が発動した?発ではなかったのか!)
もうこれはただの稽古ではなく本気の戦闘となっていた。他の道場生も自らの鍛錬を中断し、気づけば彼らの攻防の末を見届けようと遠巻きに囲んでいる。その奥で呆れ顔のビスケが座っているのだが、ウイングはやはり気づかない。
能力を解除すると同時に内回し蹴りを当てるリン。一歩引いたところで再び念獣を具現化したため、ウイングはそこに拳を放とうとした。
(!?)
突然ウイングを襲ったのは例えるなら衝撃波。だが、それよりももっと身体の内部に浸透し、行動の自由を奪う。粘着オーラ以外の攻撃、それもここまで質の異なるものが来ると思っていなかったウイングの思考は、一瞬だが確実に停止した。
一瞬の油断は熟練者には大きな隙だ。リンの全力の硬が、ウイングの腹部を襲った。反射的にオーラを少しばかりは移動できたものの、硬には敵わず血を吐いて吹っ飛ぶウイング。そこで勝敗はついていた。
「押忍、ありがとうございました…」
辛うじて立ち上がり、一礼をする。ウイングの降参、稽古の終了を察知してリンもそれに応じたが、その声は震えていた。そして感情が抑えられないといった様子で飛び上がって叫んだ。
「やったー!!!初めてウイングさんに勝てた!!」
かなり手酷い形でリンに負けたが、自分に勝てた事がそんなに嬉しかったのか、とウイングは少し嬉しく思った。目標にされ『勝ちたい』と思われる程自分が成長しているのだと感じたからだ。
「凄いですねリンちゃん。あれは発ではなかったのですか?」
「はい。オーラを変質させてシールみたいに使っていました。最後の一撃は電気です」
「…驚いたな」
そんな特技があったのか…、オーラの変質は簡単にこなせるものではないのに…、あのレベルの電気が身体を流れても平気なのか…など、様々な感情が渦巻いた。つくづく、規格外な子どもだと実感する。この道場に来てから緊張していた表情も、何があったのかどこか自信に満ちたものに見えた。
「そんな喜び方をしているようではまだまだお子ちゃまね」
その声がした方向に目を向けると、やれやれと言った様子のビスケがウイングとリンの下へ歩いてきていた。リンに賛辞を一言二言言った後、ウイングの方へ顔を向ける。
「ウイング、医務室に行ってきなさい。…それと、畳。ちゃんと片付けておく事」
正直なところ、ウイングは自分が畳をひっぺがした事を完全に忘れていた。驚きのあまり思わず声を上げると、じろりとビスケに睨まれる。
「は、はい…すみません…」
すごすごと引き下がりながらも、ウイングは何故ビスケが才能ある人間を鍛えたがるのか、それが初めて分かったような気がしたのであった。
捨て身の特攻(ブレイブバード)
強化系能力
使用後の急激な肉体疲労と引き換えに、一時的に筋力、オーラ総量を引き上げる能力。
凄くシンプルに言うと制約ありの界王拳。
増加率は自分で調整できる。
制約:使用後に使用時間の倍時間分肉体疲労が起こる
誓約:なし
子どもの成長を描くってめちゃめちゃ難しいんですね…キャラ崩壊しないように書いていくのに必死です。冨樫先生しゅごい…。