リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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会社を興してみる

 約二カ月後、リンはビスケと共にスワルダニシティのハンター協会本部に居た。ジャポンで交渉を終えた帰りだ。

 

 各自の作業を終えたミルキ、メンチとも、ここで集合する事になっている。それぞれが社員となる仲間達とはリモートで面会を終え、後の顔合わせをしていないのはこの中心メンバーだけだった。

 

「私が言うのもなんだけど…本当に常識はずれなやり方をしたわね」

「まあね。逆に私の年齢や知識では、普通の事はできないから」

 

 ビスケの呆れ声に軽く返すリン。実際その通りなのでビスケもそれ以上言う事はなかった。

 

 リンが行なったのは簡単に言えば買収だ。翻訳権をそれぞれの出版社、作者から買い取るような形で得た。

 交渉するにも子どもではまともに取り合ってもらえない。莫大な資金を惜しげも無く使えるハンターだからこその荒業である。

 

 改めてハンターとはやりたい放題できる職業だと感じるリン。やった張本人であるお前が言うなという話なのだが。

 

「どうしてここを集合場所にしたの?」

 

 ハンター協会本部のエレベーターに乗りながら、ビスケがリンに尋ねた。

 

 互いにジャポンでの交渉を終えた後はリンに従って移動していたビスケだが、最終調整の集合場所にここを選ぶ理由まではわからなかった。

 

「協会本部は目立つから集合場所にも丁度良いし…ちょっとここに個人的な用事があってね」

 

 最上階で止まったエレベーターを降り、会長室前でリンは立ち止まり言った。

 

 それである程度を察したらしいビスケは、少しため息をついて壁にもたれ掛かる。ここで待っているという意味だろう。

 

 申し訳程度にノックをし、返事も待たずに部屋に入った。一応受付でビーンズに許可は得ているため、遠慮する気は一切無い。

 

「ほう、久しぶりじゃのリン」

 

 広い部屋の中には、会長机で書類作業に勤しむネテロが居た。大して文面も読んでいないのかそれとも一瞬で全てを理解しているのか、書類は山のようだがかなりのスピードで会長印を押していく。

 

 リンの方を見ずに挨拶をしたネテロは、リンが机の正面に立ったところでようやく顔を上げた。

 

「どーも。今日はあなたに用があってきたんだけど」

「ほ?ナンパかの?」

 

 『成長したのう』とでも言わんばかりの目でリンを見るネテロ。

 それはハンターとしてもそうだが、女性として成長し始めたリンの身体も見ての事だろう。隠す事もなく胸へと注がれた視線が、リンに生理的嫌悪感を植え付ける。

 

(黙れ死ね殺すぞ胸見んなクソジジイ)

 

 とはいっても、いちいち喧嘩を買っていたのではストレスが溜まる一方だ。大きく深呼吸をして怒りを鎮め、お世辞も季節の挨拶も抜きにしてさっさと本題に入る事にした。

 

「…ミシャクーロの居場所が知りたい。関係者のあんたなら知ってるんじゃないの?」

 

 関係者の、の部分を特に強調してリンが言うと、ネテロは髭を捻じりながら値踏みするようにリンを見た。明らかに知っているが言おうか迷っていると言わんばかりの表情だ。

 

「知らん…と言えば嘘になるのう」

「教えて」

「ハンターなら自分で探さんか」

「責任者なら自分で始末をつけろよ、ジジイ」

 

 苛立つリンの気迫に、ネテロが飲んでいたらしいアイスコーヒーの氷がひび割れた。殺気に触発され、メイメイも軽く毛を逆立てる。ネテロを敵とみなすか判断しているのだろう。

 

 対してネテロは、殺気どころかオーラすら練る気配を見せない。若さの秘訣なのか、癖になっているらしい纏を揺らがせる事もなく書類に目を通すばかりだ。

 

「私はあの件を忘れていない。あんたは?」

「教えんとは言っとらんじゃろ…喧嘩っ早いのう…」

 

 呆れ顔でリンを見ながら、ネテロは「条件がある」と言って指を立てた。反射的に凝をしたリンだが、ただ指を立てただけでそこに深い意味はなかったらしい。

 心源流を学んでいるが故のおちょくりに、更に怒りのボルテージは上がっていく。

 

「…条件?」

 

 そもそもの発端の癖に条件付けをしようというのか…とどんどんヘイトが溜まるが、この会長の事だ。クリアしなければ情報を渡す事はないだろう。オウム返しで言葉短く先を促した。

 

「なに、ちょっとしたお使いじゃよ。最近協会とのムードが悪くなっておる団体があってのう…それを改善するために恩を売ってきてほしいのじゃ。まあ、向こうさんへ行って手伝いでもすりゃええわい」

「わかった」

「…どことは聞かんのか?」

 

 見るからに怪しさしかない依頼だ。だが、リンは詳細も聞く事なく二つ返事で了承した。これにはネテロも少し肝を抜かれたらしく、初めてリンに質問をぶつける。

 

「引き受けるのは確定してるから。で、どこなの?」

「流星街じゃよ。あんまり遅くなっても困るから半年以内に頼むぞ」

「了解。いっぺん死ね」

「…それがものを頼む態度かいな」

 

 ビッと中指を立てて部屋を後にしたリンにネテロが呟いたが、敢えて無視をしておいた。

 

「…あいっかわらず碌なモンじゃないわね、あのジジイ」

 

 大抵のハンターは平均以上の五感を持つ。部屋の外に居たと言えど、リン達の会話はビスケに筒抜けだったらしい。

 

 扉を閉めて廊下に出てきたリンに話しかける形で、壁にもたれ掛かったビスケは言った。

 やや声を張っていたのはネテロに聴かせるためだろう。仮に小声でも聴こえるのだろうが、意図的な嫌がらせだ。

 

「やっぱ難しいわよね?流星街に恩を売るとか…」

 

 出口に向かって逆戻りしながら、リンは尋ねた。思えば初めから下のホールで待っていてもらえばビスケの負担が少なかったと思い謝罪も付け加えたが、ビスケはさして気にしている風でもなく手をひらひらと振る。

 

「難しいなんてもんじゃないわさ。恩を売るも何も、あそこは治外法権もいいところ。それを半年以内なんて…あんた会社作ってる場合じゃないんじゃないの?」

「ん~まぁ、手は考えてるわ。大丈夫」

 

 手は考えているというか、ぶっちゃけクロロと連絡を取って流星街に繋いでもらおうと思っているだけのガバガバ計画なのだが、あまり気にしてはいない。

 最悪、ネテロ以外でも手掛かりは見つかるだろうとも踏んでいるからだ。ネテロからの依頼はあくまで手段であり、目的ではない。

 

(…って言っても、私がちゃんと引き受ける事もあのジジイはたぶん織り込み済みなんだろうけどね…)

 

 相手が誰かを考えればすっぽかしてやりたい気もするが、あくまでも仕事だ。リンも可能な限りは依頼達成に尽くすつもりではいる。

 

「リーン!久しぶりね!!」

 

 エレベーターを降りてエントランスに出ると、パステルグリーンの髪を揺らしながらメンチが駆けてきた。

 相変わらず首の後ろで紐を結んだ見せブラに白のミニTシャツ、ショートパンツといった露出の激しい服装をしているが、顔つきは少し大人びたものになり少しずつ原作の姿に近づいてきている。

 

ミルキはまだ来ていないようだ。まだメンチとミルキは自己紹介をしていなかったため、リンが来る前に二人が対面しなかったのは幸運かもしれない。

 

「メンチこそ!…?」

 

 早速メンチに、ビスケの紹介をしようと思っていたリンだったが、それよりもメンチがリンに抱き着く方が早かった。

 それは再会を喜んでいるというよりは逃げる口実を見つけてホッとしたという様子で、先程までメンチが話しかけられていたらしい人物から逃げてきたのは見え見えだ。

 

『セクハラまがいの事言われて嫌気さしてたのよ』

 

 背中で見えないのを良い事に、メンチが念文字でリンに伝えた。それを横目で確認していると、問題の男がリン達に向かって近づいてくる。高身長で煌びやかなスーツを着こなす姿は顔立ちに至るまでが整っており、人によってはアイドルと見間違えそうだ。

 

「君、もしかしてジンさんの娘さん?」

 

 それはリンもよく知る人物、パリストン=ヒルであった。…といっても、この世界では面識のない人物であるため、知らない体で話を進める。

 

「誰?」

「失礼、パリストン=ヒルと申します!ジンさんには日頃からお世話になってまして!」

 

 何となく肌がぴりつく話し方をする男だ、とリンは思った。

 

 言葉だけなら親切かつ良心の塊の人間のようなそれだが、口調、イントネーション、抑揚の付け方、そして何より表情と身振り手振りが、絶妙に神経を逆撫でしにかかっている。

 

 そしてそれは、無意識でやっているものではなく、恐らく意図的なものだろう。

 

「どうも、リン=フリークスです。うちのクソ親父がお世話になってます」

「君も大変だよね~!ジンさん、君と弟君の事を捨てて行っちゃったんでしょ?君も苦労したでしょ~!」

 

 ジンの知り合いに会った際の定型文を述べると、パリストンはいかにも悲しそうな表情をしながらそう言った。あくまで悲し“そう”な表情だ。見るからに繕った口調で、煽りにかかっているのがすぐに分かった。

 

(ていうか、私とゴンってやっぱり同業者の間で有名だったんだ…)

 

 天上天下唯我独尊、変わり者揃いのハンターの中でも飛び抜けて変わり者なジンが二人も子どもを作って、しかもそれを放棄したのであれば、数少ない同業者の間で噂になっていてもおかしくはない。

 G・I開発者にもプロハンターは何人か居たし、その辺から広まったのかなとアタリを付ける。

 

(リストはともかく、ドゥーンとか言いそうだしな…もう、要らん事せんでいいのに)

 

 そのようにして自分の世界に入り込み考察していたリンの反応は、パリストンにとってはあまり面白くなかったらしい。話題を変える事でリンの逆鱗に触れる事ができるネタを探りにかかっているようだった。

 

「メンチちゃんとリンちゃんってもしかしてハンター試験の同期?いいよね!同期同士で仲良くできるのは貴重な事だよ!いつ死んじゃうかわかんないし!」

 

 これにはリンよりもメンチの方がパリストン好みの反応をした。

 パリストンの人間性を原作や直接対面して見えたオーラで理解しているリンよりも、メンチの方がその話術に耐性がないのは仕方ない事だった。

 

「…はぁ?」

 

 オーラを練り、臨戦態勢に入る。次の一言によっては、メンチは問答無用で攻撃をするだろう。

 

 好感触を得られたパリストンはにんまりと笑い、続けて言葉の弾を撃ち込む。

 

「そういえば君達の試験って大変だったらしいよね。試験官の不手際で殺し合いなんか起きちゃってさ!僕も色々手を打ってそいつの事探してるんだよ~最近見つけたんだけどね」

 

 それを言われたのは、キレかかったメンチが腰の包丁に手をかけた瞬間だった。その手がぴたりと止まり、メンチが身を乗り出す。それを片手で制しながら、リンはあくまでも冷静に言った。

 

「そうなんですね。そいつと会う機会があればち●こでも捥ぎ取っておいてください」

 

 パリストンの挑発に乗る事もなく、復讐したい相手の情報が得られるかもしれないと踊る事もなく、淡々と下ネタで返す。

 あくまでも自分のスタイルを貫くリンに、後ろでビスケが噴き出した。殺気を削がれたメンチも包丁を鞘にしまう。

 

「うわぁ~下品だ!やっぱり血は争えない??」

 

 更に煽るが、リンは一切動じなかった。自分に品がない事も父親に品がない事もとっくに自覚しているからだ。今までの煽りと比べればむしろそよ風に近いと思っている。

 

「遺憾ですが、そうなのかもしれませんね。…あと、親父によろしく言っておいてください。『約束は果たしてやるからな』って」

 

 パリストンを完全に無視して強気に言ったリンの言葉と表情に、あっけにとられたらしいパリストンは一瞬真顔になった。

 しかしそれに返答する事はなく、面白い玩具を見つけたと言わんばかりの顔でニィ…と笑っただけだった。

 

 それを会話の終了と取り、リンはメンチとビスケを促して協会本部から出ていく。

 

「リン…本当に良かったの?」

 

 ここまでの舌戦をしておいてのうのうと協会前に立つ気にはなれなかった。

 ミルキに集合場所の変更連絡をして、予約してあったメンチ一押しの店へと向かう。その道中、メンチはリンに尋ねた。

 

 主語がないが、ここでは件の試験官の居場所…つまりミシャクーロの居場所を指す。

 そんな情報をちらつかせられて、リンがパリストンに突っかからなかった事がよほど不思議だったようだ。

 

 かなりの頻度で連絡を交わし、互いの心境の変化や成長にも気づいているメンチだが、そう思ったのも無理はない。

 実際、初対面で信頼できるかわからない相手とはいえ、相手がパリストンでなければリンもまだ聞く耳を持っていただろう。

 

「うん。あいつのオーラの色…やばいわよ。嘘と捻じれた愛情でどす黒い色してた。聞いたところでどうせ振り回されて嘘でしたってオチになるだろうから、関わらない方がいい」

 

 そうしなかったのは、言わずもがな相手が悪かったからだ。一番穏便な手段は『関わらない事』だと判断した。下手に首を突っ込むと、今後の全ての計画の邪魔をされるのは目に見えている。

 

「ま、その判断は賢明だわさ。あいつ、本当にやばいからね」

 

 本部を出た後に自己紹介を終えたビスケが、腕を後ろで組み軽く背筋を伸ばしながら言った。

 ビスケの言い方だけでもパリストンのやらかし具合の想像がついたリンとメンチは、黙って頷く。問題は、パリストンがいかにもネテロが好きそうなタイプである事だ。そんな男が協会本部を出入りしている事は、リンとしては嫌な予感しかしなかった。

 

(…ま、原作でも副会長になってたし、どうせそうなるんでしょうね)

 

 本当に余計な事しかしないジジイだと思うリン。はっきり言って、今のところ恨みしかない。

 

「そういえば、去年からハンター試験の見直しがあったらしいわよ。試験官一人に丸投げしないで、複数人で見張るようになったってさ」

 

 もうすぐ店に到着するかといったところで、メンチが雑談をするかのように言った。少し予想外の結果に、リンは大して興味もない風を装いながらも返事をする。

 

「ふうん…あのジジイ、ちゃんと仕事もするのね」

 

 その程度で見る目が変わりなんてしないが、その点については感謝してやらないでもない…と上から目線に思うリン。

 

 店の前には、既にミルキが到着して待っていた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 四人で集まっての顔合わせ兼親睦会兼会社設立最終調整…それは一見VIPしか入れないような高級感溢れる門構えの建物の中で行われた。

 

 高級感溢れる見た目になっているのは一見の客を寄せ付けないため。建物に入ってしまえば、一変して庶民的なムード溢れる居酒屋といった内装になっている。

 

 メンチ曰く、一流のお偉いさんが庶民料理を食べるための店だという。料理こそB級の居酒屋料理ばかりだが、その素材や調理法には様々な贅と工夫が凝らされており、メンチが『悪くない』と評価する店であった。

 

 リンが密かに心配していた初対面の懇親会だが、共通の趣味を持っているからか思ったよりもすぐに打ち解ける事が出来た。ダブルハンターとゾルディックの人間を仲間に引き込んだリンに、メンチが少し引いたくらいだ。

 

「社名はどうするの?」

 

 互いの趣味や今まで行ってきた事を報告し合い、いよいよ最終段階に入っていた。

 本当はそんな話を食事しながら決めるものでもないのだろうが、全員が会話内容を覚えていられるだけの記憶力を持っているからこそなせる業だ。それでも念のため、決まった事をメンチがぽちぽちと携帯に書き残していく。

 

「ん~決めてない…どうしたらいいと思う?ミルキィ☆ホワイト」

 

 そして社名を決めれば、後は全てが回るようになっている。初めの内はトラブル処理の対応もあるかもしれないが、少しすれば社員のみで動いていくようになるだろう。

 

 そうすれば、第二段階に進む。次は同人誌を販売する方針でシステムとイベントを組む計画をしている。

 

 「殺すぞ」と軽く一般人を殺せる程度の物理的ツッコミを入れ、リンがそれをガードするといういつもの茶番をしたところでミルキは再び考えて呟いた。

 

「…安直に考えるなら、全員の頭文字とかじゃないか?」

「LにM、M、Bよ…?良い単語なんて見つかんないわさ」

 

 悲しい事に、このメンバーの中には誰も母音から始まる名前の人間が居ない。GREED ISLANDが改めて奇跡とドゥーンの犠牲によって成り立っているのだと感じるリンである。

 

 そして今の発想で行くと自分たちの社名ネーミング由来がジン作成のゲームと被りそうなのは少し不服だが、ここでは何も言わない事にした。リンはこう見えても協調性を比較的大切にしている。

 

「いっそBL=MMとか」

「アウト」

 

 リンが冗談で提案した名前はミルキによって瞬殺された。そこまであからさまにするのはミルキの流儀に反するらしい。

 

「Lucidaなんてどうかしら!」

 

 何か調べ物をしていたらしく、携帯をぽちぽちと弄っていたメンチが高らかに言った。石や綺麗なものが好きなビスケも「オシャレで良い感じね!」とすかさず賛同する。

 

「どういう意味だよ?」

「Lucida…星座の中で最も明るい星って意味よ。星座は私達、リーダーはリン。どう?」

 

 自分の名前をもじられるのは少し気恥ずかしかったが、全員が賛成している中で異論はなかった。

 かくして、会社設立にあたり必要な準備が全て整った事になる。

 

 必要な作業が終わってしまえば、後はただの飲み会だ。ビスケとメンチが酒を飲みテンションハイになっていく中、ノンアルコール組のリンとミルキは冷静なものだった。

 料理があまりにも美味しいため、携帯に美味しい店として登録しておくリンである。

 

「久しぶりだな毒の無い飯…」

 

 唐揚げをもりもりと食べながらミルキが呟いた。ポテトに餃子、チーズ棒といったカロリーの高い料理を、息をするように食べていく。このスタイルの良さでそれだけ食べるのだから、胃に入る食べ物の量としては原作のブハラといい勝負をしているだろう。

 

 その言葉にそういえば聞いて気になっていたのだったと思い出し、リンはジンジャーエールを飲みつつミルキに尋ねた。

 

「ミルキ。なんでそんなに痩せたの?」

 

 少し嫌味のような言い方になってしまったと若干後悔したが、ミルキは一切気にしている様子はなかった。そもそも自分の見た目にあまり興味がないようだ。

 タッチパネルで追加の出汁巻き卵を注文しつつ、淡々と答える。

 

「昔、食いながらペンタブで絵を描いてたら思いっきり溢して機械がおじゃんになったんだよ…それ以来絵を描くときは何も食わねぇようにしてたら痩せてた」

「ああ…なるほど」

 

 どれだけ絵を描くのに時間を費やしてきたのかが分かる言葉だ。尊敬の念を込めてぱちぱちと拍手をすると、満更でもなさそうな顔をした。

 

「イイオトコってのはなぁ!これくらいののみかたできんとダメなのよぉ!」

 

 もそもそと二人が料理に舌鼓を打っていると、正面からテンションが完全に極まったビスケの声がした。そちらに目を向けると、いつの間にやら屍と化したメンチと、一人で気持ち良く一升瓶を呷っている恐ろしい酔っ払いの姿があった。

 

「いつの間に注文したんだよそれ…」

「はぁ?いつだろーといいでしょおが!オラ、あんたらも飲め!」

 

 完全なアルハラである。時代の流れもあり一般的には訴訟も視野に入れられるそれだが、ハンター社会及び暗殺社会においてはこの程度は何の問題もない。

 

「私ら未成年だし…」

「その辺にしとけよビスケ」

 

 だが、リンもミルキも避けたいものは避けたい。さりげなく宥めようとするが、酔っ払いに効く筈もなかった。

 

 ゾルディック家では成長の妨げになるという観点から、アルコール耐性の訓練は13歳以降に行われる。そのため、ミルキは耐性を持っているがリンはその訓練をした事がなかった。

 

「はっは~!!あたしのさけがのめんのかぁ!!」

「がぼがぼがぼ…!!」

 

 その後の展開は察しの通りである。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 光で満ち溢れた眠らない街は、夜の闇をより色濃くする。この街にもまた、どす黒い闇が歩いていた。

 

 ヒソカ=モロウ。知る人ぞ知る快楽殺人鬼であり、戦闘狂でもある。そんな彼は人口の多い場所に出没しては殺人を楽しみつつ、青い果実を探して回っていた。

 

 今日はひと際そんな欲望が強い日だった。くねくねと独特なステップで歩きながら将来有望な人材を探す。最近までずっと狙っていた獲物をとうとう収穫し、達成感と喪失感の気怠いバランスに身を委ねながら…。

 

 有望な玩具の匂いを感じたのは、そんな矢先だった。念能力者特有の力強いオーラ、同類にしか感じる事のできない天才の匂い。

 

(あの四人組…かな♣)

 

 周囲の人々がヒソカを遠巻きに避けて歩く中、一グループだけ正面から歩いてくる者達が居た。

 

 男が一人と女が三人。男は眠っている露出が多い服装の女を背負ってやっており、他の女二人は肩を組みながら千鳥足で歩いている。見るからに未成年な二人だが、どうやら酔っぱらっているらしい。

 

 ヒソカは察していた。目の前の人間たちが殺し甲斐のある美味しい果実であると。

 まだ年齢を考慮しても熟すまでに時間はかかるだろうが、今でも十分美味しそうだ。それにロリータ服の少女の方は、既に熟している匂いすらする。

 

 少しばかり味見しようと思い、殺気に満ちた粘っこいオーラを纏いながら声をかけた。

 

「君達…念使いだね♥」

 

 こんな殺意に満ちたオーラをぶつけられれば、酔っ払いだろうがぐっすり眠っている人間だろうが、逃げ出すか臨戦態勢に入る。だが、この二人は違った。

 

「ひゃあ!!ヒソカじゃねぇかぁ!!」

「えーなぁにぃ!?リンしってんのぉ?」

 

 リンと呼ばれた少女の方がテンション高くヒソカを指さし、ロリータ服の少女はニヤニヤとしながらヒソカの剥き出しになった腹を眺めた。

 思っていた反応とは異なるものに、ヒソカは僅かながら目を瞬いた。

 

「うん!ぜんせかいさいこうランクのせめぇ!!マジそうぜめぇ!!」

「うーわぁまじぃ?ちょうてんしょんあがるわさぁ!!」

 

 例えば、露出狂は見た相手が羞恥に叫ぶ姿に快感を覚えるという。しかしその本質は小心者で、逆にじろじろ眺めたり追いかけられた場合は逃げるのだとか。

 全ての人間がこの法則に当てはまるわけでは無いだろうが、ヒソカの心理には当てはまっていた。すなわち、この二人にドン引きしていた。

 

「…」

 

 助けを求めるように連れの男に目を向けようとしたが、さっきまでいた男はいつの間にかどこかへ消えていた。ヒソカがこの二人にあっけにとられている間に、逃げてしまったようだった。

 

「ねえねえ!ずきゅーんやってよ!「こうふんしちゃうじゃないか…♥」ってやって!」

「きゃー!!!しゃめとらなきゃしゃめ!」

 

 ぶっちゃけヒソカは、青いままでも全力の相手でなくてもいいから今すぐ殺してしまおうかなと思った。だが、それ以上にコレを相手に自分の技術を使いたくなかった。

 

 才能ある果実なのにこんなにも関わりたくない。そんな感覚は初めてで、動揺していた。おわかりだろうか、あのヒソカが動揺していたのである。

 

「いやぁやっぱりせめさまのかはんしんはいいねぇ!」

「リン!このひとケツもしっかりしてるわさ!どっちのさいのうもあるわよ!」

 

 リンという少女に正面から股間を眺められ、ロリータ服の少女にはさわさわと尻を撫でられる。青い果実にそんな事されたならばいつもは絶頂案件だが、今回ばかりは違った。

 

「…こんなに青くて美味しそうなのに食べたくないと思った果実は初めてだよ♠」

 

 そう言って去るしかなかった。そう、あの快楽戦闘狂が初めて戦闘をせずに背を向けるしかなかったのだ。

 これはヒソカにとって初めての精神的敗北であり、忘れたい人生の汚点と化したのであった。

 

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