「もしもーし、聴こえる?」
『ええ、ばっちりよ。元気そうじゃない』
周囲に明かりがないおかげで、普段は見えない星々までもが輝いている。
そんな夜空の下、車両の後方にあるデッキにて壁にもたれかかりながら、リンはイヤホンを耳に着けていた。
列車の走行音が雑音として入る事を危惧していたが、流石は最新機種だ。ノイズキャンセリングはばっちりらしい。
イヤホンを通してメンチの明るい声が聴こえてきて、内心ほっとするリンだ。
例のやらかし事件によるここ一カ月のリンのテンションの低さはメンチも知っていたため、思いの外リンが元気そうだったことに少し嬉しそうな声を出した。
風で飛ばされそうになるメイメイを具現化解除する事でやり過ごしながら、リンも己の醜態を思い出し少し苦笑いして返す。
「まあね。面白そうな仕事だったから、少しやる気出てるの」
リンの言う『面白そうな仕事』にはメンチも興味を示したらしい。
ある程度専門分野があるとはいえ、ハンターは皆共通して未知のものが大好きだ。当然、同業者が面白いと評する仕事には興味も湧く。
『へぇ』と興味深そうに相槌を打つ親友に仕事が終わったら詳細を教えてやろうと思いつつ、メンチが反芻した言葉に笑いながら相槌を打った。
『今向かってるとこ?』
「そう。数時間で着くわ」
『…もしかして依頼人、男?』
「そうだけど?」
リンがそう答えた瞬間、イヤホンから突き刺すような黄色い歓声が聴こえてきた。
思わず片耳のイヤホンを外し、少し距離を取る。面倒な地雷を踏んでしまった事を悟るリンだ。
『うっそー!泊りがけの列車で二人の男女なんて、恋が始まったりするやつじゃないのそれ!』
メンチは腐女子だが、普通に恋もする年頃の乙女だ。仕事柄同年代の女の子と関わる機会が少ないという事もあり、コイバナというものに飢えているらしかった。
「悪いけど、まったく始まらないわ。むしろイケメン何人かと良い絡みをしてくれそうだから、私自身は壁になりたい」
クロロを推しであるとともに良いホモネタだと思っているリンは、無邪気に揶揄うメンチに即答した。自分自身の恋も楽しみたいメンチとは異なり、リンは生粋の壁志願者だ。
「そういえば、イルミにも会ったわよ」
ここまで会話に参加してこなかったミルキも会話に入ってほしいと思い、共通の話題を出した。二人は今同じ場所に居て、この通話をスピーカーにしている。
イヤホンの向こうからは『誰?』『俺の兄貴』と小さな声が聴こえた。ミルキがメンチに軽い説明をしたのだろう。
「個人的にはそいつとイルミ、どっちが攻めでどっちが受けか結論が出ないのよね…」
『やめろ、流石に兄貴で想像はしたくねえ…』
百戦錬磨のミルキと言えど、流石に自分の兄で想像するのはNGらしい。
彼の弟と自分の弟を素敵カップリングだと密かに思っているリンは、それを聞いて自分の思想が汚れている事を悟った。
自覚としては遅すぎるだろう。
「そっちこそ、どう?屋根の下で男女、何か始まったりしないの?」
自分の話はもういい。メンチとミルキの状況に話題を移すと、『『始まるわけない』』と二人同時に答えるのがしっかり聴こえた。
互いにタイプではないだろうしそんな事が起こるとは微塵も思っていないが、先程の仕返しだ、とクスクス笑うリン。
『俺が言うのも何だけど、こいつの家かなりの金持ちだぜ。うちのシェフと遜色ない料理が出てくる』
ミルキがそこまで言うのはよっぽどだ。なんせ山一つが敷地な家の人間なのだから。試験の際に見たテーブルマナーといい、育ちが良いのは察していたがそこまでとは、と思うリンだ。
「そうなの?もしかしなくてもメンチってお嬢様?」
『あら、言わなかったっけ?』
「言ってない!」
事もなげに言うメンチに、思わずツッコミを入れる。こうなってくると、メンチの自宅を見てみたい衝動に駆られてくる。殊更行けなかったのが残念だ。
メンチはそんなリンの口から出る唸り声を聞いてからからと笑いながら、当たり前のように言った。
『ていうか、良い暮らししてないと舌なんて肥えないわよ。何となく想像つくでしょうが』
「…確かに…」
メンチの言う通りだ。ぐうの音も出ない正論なので、話題を変える事で話を逸らす事にした。
「今はメンチの部屋に居るの?」
『そ。この日のために最新性能のコンピューターを四台導入したのに!リンもビスケも来れないなんて本当にもう!!』
「ごめん、本当にそれは謝る…」
完全に形勢不利だ。申し訳ないと頬を掻くリン。しかし急遽二週間前に決まったイベントなので、仕方ないといえば仕方ないのだった。
そもそも、メンチとミルキが同じ場所に居るのは、そしてそんな二人とリンが通話しているのはれっきとした仕事目的だ。
仕事が軌道に乗り出したところで、ミルキが過去に描いてきた数百作品の小説、漫画を一斉放出する事にしたのである。
大半はミルキ自作の二次創作サイトに掲載する事になるが、特に力作の数十作品は数量限定で販売する予定だ。
そして、今日がサイトの一般閲覧と販売作品の予約をサイト内でスタートする日だった。
思ったよりも軌道に乗るのが早く、鉄は熱いうちに打てという年の功ビスケの指示により決まった企画だ。しかしリンとビスケが仕事で参加できないため、こうして二人だけがメンチの家に居るのだった。
ちなみに一つのサイト内で二次創作の閲覧や公開、および販売をするのはリンのアイデアだ。ジャンルもBLだけでなくNLやGL作品まで幅広く網羅している。
そんな当の本人が現場に居ないのは問題なのだが、移動中なら参加できるじゃないかと気づき急遽携帯を管理者サイトに繋げたのだった。
別に完全オンラインなのだから集まる必要はないのだが、そこは記念すべき日だからという事でメンチが声をかけたのである。
リンが二人と通話しているのもそういうわけであった。
「んで、そっちは準備はできてるのか?」
「完璧よ。ばっちり夜九時に開始できるようにしてある」
「最高」
携帯に話しかけながら画面を操作し、管理者だけが知るパスワードを入力する。サイトのアクセス者数、作品ごとの閲覧者数、予約者名が見られる状態にして、リン達は時間が来るのを待った。
「さて…どうなるかしらね」
数分後、時間になりサイトが開かれる。予め社名をもって宣伝していた事もあり、ファンが一斉にアクセスしてきたらしかった。
『お、かなりのアクセスがついてるぞ』
『サーバー落ちしないように対策していてよかったわね』
「ええ、成功ね。ミルキ、ありがと」
ずらずらと予約者名が更新されていく中、ふと見覚えのある名を見つけリンは戦慄した。
(…マチ=コマチネ…はは、いやまさかな…)
◇◇◇
「用件は終わった?」
車両に戻ってきたリンに、本を閉じながらクロロが声をかけた。
移動中は脱いでいたコートを身に着けており、こちらはもう準備ばっちりの様子だ。もっとも、広げる程の荷物も持ち合わせていないようだったが。
「終わった。時間的にも丁度良いでしょ」
対するリンも
まだかなり冷えるため、クロロがコートに手を突っ込みながら列車を降りていく。風で少しぼさついた髪を軽く手櫛で直し、リンも後に続いた。
真夜中にもかかわらず停車した列車は、真っ暗な中に溶け込んでしまいほとんど見えない。自分たちはともかく、他の人は僅かな明かりだけで大丈夫なのだろうかと少し心配になる。
他の数少ない降車してきた人間は皆、観光客だ。高くそびえたつ門に囲まれた曰くつきの城を見に来るのだから、酔狂さで言うとリン達とそう変わらないだろう。
門が開くのは唯一、管理者ライセンスとハンターライセンスが門壁に取り付けられた機械を通過した時だけだ。
(そんな門があっさり開いたら、この人達腰抜かすんじゃないだろうか)
写真を撮る観光客を他人事のように眺めながら、リンはクロロについて行く。
「完全機械制なのね」
「こんなところに門番なんて雇ってられないだろ?」
「それもそうか」
クロロの言葉に軽く頷き、カードリーダーにライセンスを通す。
機械音と共に僅かに開いた門にリンが身体を通すと、門はすぐさま閉じてしまった。
しかし数秒後にまた機械音が響き、再び開いた門からクロロが姿を現す。クロロの肩越しに口をあんぐりと開けた観光客の姿がなんだか少し笑えたリンだ。
「ここがその城か。建築には興味がないけど、ジャポン建築というものは特徴的なものなんだな」
「長い事諸国と交流を絶っていた島国だものね。独特の文化が発展してるのよ」
「漫画とか?」
「そゆこと」
厳密には鎖国によって漫画文化が発展したわけではないが、面倒なので適当に答える。それ以外は本当の事を言っているため、クロロは特に疑いもせず信じたらしかった。
「本当は城の周りを囲っていたりするんだけど、そういうのはないのね」
「荒らされたんだろ」
通ってきた門以外にそれらしい城壁はない。リンが呟くと、クロロが瓦礫の山を眺めてそう言った。そういえば、自称ハンターが押し寄せたんだったとクロロの言葉に思い出す。
「本当に隠者の書があるの?」
「たぶん。記録ではここで途切れてる」
「なかったら骨折り損ね」
「その時は慈善活動をしたとでも思えばいいさ」
観光スポットを歩くような足取りで歩くクロロに、間違ってはいないが不用心すぎるだろうとツッコミたくなるリン。
「盗賊なのにお宝に拘らなくていいの?」
リンの疑問は至極当然のものだ。クロロの様子から見るに、これは旅団としてというよりは個人として来ているのだろうか?にしてもお宝に拘らないのは違和感しかない。
「ハンターだって未知の経験が得られれば宝は気にしなかったりするだろ?」
「クロロはハンターじゃないでしょ」
「似たようなものだよ」
掴みどころのない雰囲気でのらりくらりと質問を躱される。別に深く追及するつもりはないが、まったくもって意図が読めない。
(まるで隠者の書が本当の目的じゃないみたいね)
そんな事を考えているうちに、気づけば城の入り口まで来ていた。クロロがリンに軽く目配せをして扉に触れると、その姿は一瞬にして消えた。
(G・Iの転送機能みたいなやつか)
原作知識のおかげで初めて見る光景でも必要以上に驚く事はなく、クロロに続いて扉に触れる。僅かな浮遊感の後に、リンの身体は城の内部に転送されていた。
「なんだ、そんなに驚かないんだな」
「まあ、念能力が働いてるって聞いてたし」
少し残念そうに、だが揶揄う口調で言うクロロに軽く返しながら、周囲を見回した。
内部構造は一部吹き抜けのようになっており、梯子で上階まで一続きになっている。しかし明らかに外観よりも内部は狭く、何より外の気配が一切しない。
決定的なのは、空間自体がやや色づいて見える事だ。
目の精孔を調節し、色づいて見える景色の調節をする。こうでもしないとオーラに塗れた視界に目が疲れてしまう。
カラフルなオーラを視るのに疲れたが纏はしておきたいリンが編み出した我流の技だ。
「ここ、異空間?」
「そうだよ。なお、脱出方法は不明」
「…そういうのは先に言ってくれない?」
リンが非難めいた眼で見るも、クロロにはノーダメージだ。「どうせ念を叩き潰せば出られるんだからいいだろ」と平然と言ってのけるので、これにはリンもため息をついた。
歩くたびにギシギシと音を立てる古い木の板を踏みながら、どこから攻撃が来るかと警戒しているリンをよそに、包帯を弄りながらクロロが物語でも話し始めそうな口調で言った。
「とある都市伝説がある」
「今から百物語でもするの?」
咄嗟にリンがそうツッコんだが、百物語は日本文化…つまりジャポン文化だ。あまり詳しくないクロロはそれを適当に流し、続きを語った。
「昔、ジャポンが一つの国として統一される際に最後まで抗った国があった。結局その国は滅ぼされたんだが、そこの主の無念が城に残っているんだとか」
思ったよりも短い都市伝説だった。しかし話の流れからして、都市伝説ではなく実話なのだろう。
「それがこの城だって言いたいわけね」
「そういう事」と言ってクロロも用心深く周囲の気配を探る。
「城に入ったハンターは皆死体となって入り口に放られていたらしい。念能力で透視した人間は『鎧人形が襲ってくる』と言っていたそうだ」
他人事口調なところをみると、これがイルミの仕事の成果なのだろう。都市伝説とはいえ、ゾルディックの筋でしか入ってこない情報だと考えると、ある程度の信憑性はある。
「城を作る能力者と鎧人形を操る能力者かしら」
「あるいはその両方だな」
ジョイント型でない事を祈るばかりだが、この規模を考えるとジョイント型だろう。
死者の念とはいえ、一人で念空間と無敗の鎧人形を操るとは考えづらい。現実に存在しない念空間を作るのは、それだけコストがかかる仕事なのだ。
原作のノヴを思い出しながら考えていたところで、リンの頭に悪い考えが閃いた。
(部屋を作る能力…もしや、これをコピーすれば『○○しないと出られない部屋』とか作れるのでは!?)
もしもの時のための切り札として、ここ数カ月は念能力のコピーをしていない。
この部屋を作っている能力をコピーしてしまえば簡単に攻略できるかもしれないから…と言い訳をして、かなり私情たっぷりな理由でリンは能力を発動させた。
一瞬リンとメイメイの身体が金色に輝いたが、すぐにその色は失われ何事もなかったかのように静寂だけが訪れた。どうやら能力は不発に終わったらしい。
「駄目かぁ」
「残念だったな」
似たような能力者である事からリンがやろうとした内容を察したらしいクロロが、少し笑いながらリンを慰めた。
そう言うクロロは死後の念は盗めないらしく、高みの見物を決め込んでいたが。
リンの能力は自分がコピーしたい能力を視界に入れた状態じゃないと発動しない事がビスケとの修行の中でわかった。
死後の念でも目で見れば問題はないのではないかと思ったが、そもそも死後の念はコピー対象外のようだ。あるいは、能力者本人も視認している必要があるのかもしれない。
相変わらずルール解釈が手探りな能力だと思わないでもないが、そういう能力者は意外と多い。一から能力を作るにせよ、既存の能力に後付けで制約を付与するにせよ、抜け穴は必ずどこかで生じるものだからだ。
二人の野生的な聴覚が風を切る何かの音を聴き取ったのは、そんな話をしている時だった。
「っと…」
「うわっ!」
二人の間を幾本もの刀が通り抜ける。避けていなかったら簡単に串刺しになっていただろう。
(私の念を攻撃として認識したのかな。つまりは一定条件下で発動する死後の念!)
少なくとも現時点においては、攻撃対象になっているのはリンだけらしい。先程のクロロは近くにいたから巻き込まれただけだったようだ。
「ねえ、クロロも戦ってよ」
「お手並み拝見といこうと思って」
そう言いながらクロロはおかしそうに笑い、一切動く気配を見せない。梁に足をかけ、見物する気満々だ。依頼されているとはいえ、今回はWinWinの関係じゃないかと文句を言いたくなるが、次々に飛んでくる武器にそれどころではない。
「あーもう!期待しません!」
八つ当たりをするように攻防力移動でオーラを手に集め、刀を纏めて叩き割る。ダメージを負うと能力が解除されるらしく、哀れにも手折られた刀はばらばらと地面に落ちた。しかし次から次へと後続が来る。
(めんどっくさいなあ~!)
壊しても壊しても新しく襲い掛かる武器、解除されたはずの武器までもが再びオーラを纏いリンの喉元へ飛んでくる。
なるほど、これは念能力者でなくては、いや下手な念能力者でも対応できないだろう。物体そのものを完全に消滅させてしまわなければいけないのだから。
『焔』
リンの手元を炎が踊る。部分的には1600℃を超える小さな業火が鋼の刃を溶かし、スライムのように消えていった。
『焔』はオーラの性質を変化させる特技に名称を付けたものだ。発にする気はないが固有名詞を付けて高等応用技にすれば心持ち威力が安定する気がしたためこのようにした。
実際、リンの特技とはいえ他の念能力者でも時間をかければ習得できるため高等応用技に位置する。
そしてそれは正解だったらしく、ちょっとした駆け出しハンターの発程度の威力にはなったのだった。耐性のある電気や無害な粘着性オーラとは違い、内側を厚めのオーラで守らないとリンにもダメージがあるのが難点だが。
「あっつ…おい、城が燃えたらどうするんだ」
「ジャポンの住宅は木製が多いらしいぞ!」と焦った声で叫ぶクロロ。確かに今この建物が丸々焼けてしまえば少し面倒だ。脱出もできないし隠者の書を探す事すらできない。
周囲のガラクタ全てを溶かしつくしながら、火の粉を纏いリンは平然と言った。
「念でできている城がそんな簡単に燃えるわけないじゃない」
「…」
「そもそもここ、異空間だし」と付け加えると、それもそうだとクロロが黙り込む。
確かに、念空間の床壁が純粋な木製なわけはない。それをスルーしてリンは城の内部を更に探索するのだった。