リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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ゲームで遊んでみる【1】

 しばし時間が流れ、場所はスワルダニシティのハンター協会本部。依頼達成の報告と情報を得るため、リンはネテロに会いに来ていた。

 

 新調したばかりのフライトジャケットのポケットに手を突っ込み、輩のような殺気全開でロビーに入る。

 通りすがりの新米ハンターが壁にへばり付き失禁した事から、リンの迫力は想像できるだろう。

 

 受付でライセンスを提示して内部に入り、形程度にドアをノックする。

 休憩中だったのかお茶を飲んでいたネテロは、たった今気づいた様な反応をしてドアを開けたリンを見た。

 

「ほっ、ようやったの」

「対価」

「…早急じゃのう」

「対価」

 

 ネテロの口調から、リンの報告が無くても状況を把握しているのは明らかだった。

 そのため、リンもネテロの元へ歩きながら手のひらを差し出して自分の用件だけを簡潔に伝える。

 

 そんなネテロに対し相変わらずの対応をするリンだが、ネテロの様子はいつもとは違った。真剣なというか、哀愁が漂っているというか、とにかくそういった類のものだ。

 

 いつもはペラペラとおちょくる発言も多いのに、今日に限っては口数も少なく髭を捻じりながら考えこんでいるように見える。

 最後に一つため息をつき、仕方なくといった様子で口を開いた。

 

「…G・Iはお主ならよく知っておろう?あやつはそこに居る。ないとは思うが、移動したらまた教えよう」

 

 これには思わずピキリと来た。G・Iは(一応)父親であるジンが作ったゲームであり、リンの故郷だ。それに土足で立ち入られたような気分になり、青筋が浮かぶ。

 

(これ関連の話は、本当にイライラさせてくれる…!)

 

 拳を強く握りしめるあまり、手のひらに爪が食い込んだ。精孔が開きかけるのを深呼吸して何とか鎮める。

 

「了解。情報は確かなのよね?」

「無論じゃ」

 

 ともかく、ずっと欲しかった情報は手に入った。ここに用はもうないと言わんばかりに背を向けるリンをネテロが名を呼び、呼び止める。リンも情報をくれた礼として一応振り返った。

 

「あやつを…罪に向き合わせてやってくれんか」

「言われなくても。でも生死は期待しないで」

 

 そう言って部屋を出た。ネテロは、次はリンを呼び止めなかった。

 

(メンチとノワールに伝えなきゃね…)

 

 エレベーターで下に降りるため、廊下を来た道へと戻る。二人のホームコードを開くため携帯を弄りながら歩いていると、目の前に人影が現れた。

 

 人が前から歩いてくるのは察していたため、よそ見をしながらもしっかりと避けたリンだったが、どういうわけか相手が全く同じ動きをしてくる。

 反対方向に避けようとしても同様の結果になったため、仕方なく顔を上げた。

 

 どうやら目の前の相手はリンと目を合わせるためにわざとそんな動きをしていたらしく、それに気づいた時点で僅かながら苛立ちが増す。先程の話と比べれば本当に僅かながら、だが。

 

「やあやあリンさん!ご無沙汰してます!」

「…パリストンさん。ども」

 

 案の定というか、以前嗅いだことのある甘ったるい香水の匂いで察していたが、リンの前に立っているのはパリストン=ヒルであった。

 正直今はさっさと電話をしたい気持ちなのだが、パリストンはそれすらも見越して邪魔をしていそうな気がしたため、敢えて携帯をポケットに入れて応対できるという姿勢を取る。

 

 それが意味を成しているのかどうかわからないが、ともかくパリストンはいつもの爽やかな笑顔をリンに向けた。

 

「この間の話、ジンさんから言伝預かってますよ。『やれるもんならやってみろ』って」

「…?…ああ、わざわざありがとうございます」

 

 一瞬何の話かと思ったが、以前リンが『約束は果たしてやるからな』と伝言をするように言った時の話だろう。

 本当に伝えるとは思わなかったが、そこはパリストンの事。リンの言伝すらも嫌がらせの口撃手段として玩具にしていたのだろう。

 

(てか、親父って協会に来るんだ)

 

 当たり前の事だが、そういえばジンはプロハンターだったと思い出す。そりゃあハンター協会本部にも来るよなと内心頷いた。

 

「約束だなんて、ジンさんと仲が良いんですね!てっきり仲が悪いものかと!」

 

 相変わらず、笑顔で人の地雷を踏む言葉を吐く男だと思うリン。適当に流そうと初めは思っていたが、こうなるとこちらからも少し仕返しがしたくなってきた。完全に憂さ晴らしというやつだ。

 

「そういうパリストンさんこそ、親父とは浅からぬ縁がありそうですね」

 

 前回は軽くあしらって去って行ったリンがきちんと会話に応じるとは思わなかったのだろう。パリストンはにっこり笑い、罠にかかったネズミを見るような眼でリンを見た。

 

「勿論、いつもお世話になってるもので!」

「その割にはうちの親父が嫌いってオーラ凄いですけどね。嫌よ嫌よも好きのうち、的な?」

 

 カウンターでそう言って、悪女の様な笑みを浮かべるリン。

 

 二次元でしか悪女の笑みを見た事がないのであくまで想像で表情を作っているが、パリストンの意外そうな表情を見るにどうやら上手くできているらしい。

 

 オーラの色は比喩ではなく本当の事だ。ジンの話をするパリストンには、嫌悪の色がうっすらと混じる。同時に、強い執着の色も。

 追撃で「ていうか流星街の件、知ってますよ」と口火を切り、わざとらしく強気にクスクス笑って見せた。

 

「会長に喧嘩が売りたかったんですよね?そんなにあのジジイ好きですか?親父といいジジイといい、かなりゲテモノ好きですね」

 

 リンがそう言うと、パリストンは笑顔を崩さずに、しかし黙り込んだ。

 

 ポーカーフェイスの下で何を考えているのか気になるが、どうせ考えてもわからないのでパリジンの妄想でもしているんだろうと思う事にする。

 リンがパリストンに対して妙に悪い笑みを作りやすいのは、言うまでもなくパリストンをそういう目でネタにしているからだ。

 

 ともかくこの辺で良いだろう。気は済んだし、後は逃げるが勝ちだ。

 

「それじゃ、ジジイに用があるんですよね?失礼します」

「…んっんー♪」

 

 ネバっこい視線がエレベーターに乗るまで絡みついていたが、全てを無視してグランドフロアのボタンを押した。今度こそ、メンチとノワールに連絡を取らないといけない。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 リン達が集まるまでには暫く時間が必要だった。建国したばかりの国の首相であるノワールが国を離れるのが難しかったからだ。

 

 その間にコミックハント(通称コミハン)と名付けた同人誌即売会を開催して大盛り上がりになったり、ミルキィ☆ホワイトが中心の会社直営サークルが一躍壁サーと化したり、実家に置きっぱなしにしていたG・Iを取りに帰省してゴンと遊んだりと色んな事があった。

 

 その間ネテロから連絡が来る事はなかった。つまり、ミシャクーロの居場所は変わらずG・Iにあるという事になる。

 

 15歳になったリンは考える。ルカスがもしもこの場に居たのなら、今の自分を見て何というだろうかと。

 

 リンは魂の存在を信じている。他ならぬ自分自身がその証明者だからだ。

 しかし、自分がこんな経験をしているからこそ、死者の魂が静かにあるべき場所で眠っているとは思っていない。

 それでも、墓の前で死者の鎮魂を願っていたクロロを思い出し、同様に感傷に浸りたくなったのだった。

 勿論、それはリン自身のエゴであり、そんな事を考えても仕方がないのだが。

 

 そんな思考は、駅のホームから近づいてきた足音に気づいた事で終止符を打った。都会とは言えない駅だが、電車が止まるたびにそれなりの人数が改札を出入りする。

 

 探していた人物はその中に居た。いつかの民族衣装ではなく、どこの国でも通用する黒に近いスーツを大人っぽく着こなしている。

 

「ノワール!久しぶり!」

 

 メンチの邸宅へ共に向かうため、リンはここでノワールと待ち合わせをしていた。メンチが寄こしてくれた迎えの車はとうに駅前で待機している。

 

 定期的に連絡しているとはいえ、実際に会うのは三年ぶりだ。

 当時のノワールは大人びているとはいえ少しばかりの幼さも残していたが、今目の前に立つ男は一国の首相であり立派な青年に成長している。共通語も流暢な物になり、あの頃から唯一変わらない黒縁の眼鏡をかけ直して淡く微笑んだ。

 

「久しぶりだな、リン。綺麗になっていて誰かと思ったよ」

 

 お世辞とはいえそう言われて悪い気はしない。だが、非モテオタのリンはそれに照れるよりも先にノワールの後ろから差す光の様なオーラに思わず目が眩む。

 

(こ、これがモテ力…!眩しい!眩しすぎる!)

 

 勿論実際のオーラの色ではなくあくまで比喩なのだが、国のトップとして精神的にも修練を積んだノワールが実際過ぎた年月よりも彼を魅力的に見せているのは間違いない。

 軽く瞬きをして(それは幻覚だ)と自分に暗示をかけた所で、何食わぬ顔をしてノワールに手を振る。

 

「ノワール、仕事はもう大丈夫そう?」

「ああ、後任に全て任せてきた。もう俺が居なくても国は回るさ」

 

 送迎車に揺られながら近況を報告し合う。今の所属は国家警察という事だった。直属のハンターという立場をとる事で自由に動き回れる身分を得たらしい。

 

「一国の首相としての立場を捨て、プロハンターで警察組織の人間…流石ね…」

 

 経歴だけを聞けばそんな人間が友人だなんて自分でも信じられない。リンも一部の界隈では有名になりつつあるが、革命を成功させた一国の元首相とは次元が違う。

 

「中途半端で戻りたくないからな。今の俺はただの犯罪(クライム)ハンターだ」

 

 これはノワールの一つの覚悟なのだろう。元々地位に興味はないのだろうが、今まで築き上げた立場を捨てて一人のハンターとして禍根に向き合おうとしている。

 

 駅から離れた場所に位置する屋敷でも、車に乗ればそう時間がかかるものではない。互いの近況を軽く話し終える頃に車は目的の場所へと到着した。玄関には腕組みをしたメンチの姿が見える。

 

「うわ、本当に豪邸だった…」

 

 車を降りて五階建ての大きな屋敷を見上げ、思わず呟くリン。家だけでこの規模ならば、グルメなメンチに用意される食事は間違いなくミルキの舌も唸らせるものだろう。

 どんな深窓の令嬢が住んでいるのかと思わせる館で、いつも通り露出の効いたカジュアルな服装をしているメンチは、言うまでもなくかなり浮いている。

 

「ようこそリン、ノワール!」

 

 リンは先日の初回コミハンを主催した際に会ったばかりだが、それでも友人に会えるのは嬉しいものだ。メンチと手のひらを合わせて再会を喜び、同時に祝いの言葉もかける。

 

「シングルハンターおめでとうメンチ!」

 

 先日、メンチはV5各国で直々の手料理をふるまった初めてのシェフとして、シングルハンターの称号を得た。

 若冠18歳にして星付きハンターとなったメンチは、神の舌を持つ天才少女として雑誌でもてはやされている。仕事時間が減ると本人がメディア露出を嫌うために一般に広く名が知られているわけではないが、本人が一言許可を出せば、一躍世界的スターになるだろう。

 

 だが、ここでのメンチは料理人ではなくただのリンとノワールの仲間だ。原作に近づいた奇抜なヘアスタイルをかき上げ、二人を部屋に招き入れる。

 

「ちゃんと部屋も用意してあるわよ。万が一私たちが死んでも始末をつけてくれるよう、執事にも頼んである」

「ジョイステも?」

「当然。あとはあんたの持つソフトだけ。忘れてないわよね?」

「ばっちり」

 

 廊下を歩きながら少しばかり不穏な会話を交わすが、当人たちにとっては至って日常的なものだ。ただでさえプロハンターは常に生死の危険が危ぶまれる仕事である上に、今回は恨みが募った相手を探しに死の危険があるゲームをプレイしようとしているのだから。

 

 しかしメンチは一旦空気を変えるようにパンパンと手を叩き、扉を開けた。

 

「ともかくさ。久しぶりに集まったんだから、食事でもしながら作戦会議しましょ」

 

 向こう側の部屋にはゲーム機やテレビではなく、高級なクロスが敷かれた大きなテーブルと大家族の晩餐を思わせるような数の椅子、そして別のテーブルに巨大な豚の丸焼きが置かれていた。

 

「グレイトスタンプよ。ヌメーレ湿原にしか居ないレア物なんだから!」

「丸焼きか。かなり豪勢だな」

「景気づけよ!てかこの食べ方が一番美味いの!これ食べて力つけちゃいましょ!!」

 

 リンは覚えていないが、原作にも出てきたグレイトスタンプだ。覚えていればもっとありがたがって食べるのだろうが、生憎と十数年前の記憶を細部まで覚えているリンではないので、特に何も考えることなく美味しい美味しいと食べる。

 

 大きな丸焼きを食卓で食べられるサイズに各自切り分け、舌鼓を打ったところで本題に戻った。この時間で行われるのは、各自の情報共有と作戦会議だ。

 

「軽く調べてきたが…死人が出るゲームらしいな」

 

 丁寧に肉を切り分けながらノワールが言う。テストプレイとはいえ実際にゲーム世界に住んでいたリンが居るのにわざわざ自身でも調べてきたのは、彼の律義さ故だ。

 

「モンスターも出るし否定はしないけど」と前置きしたうえで、新しく切った肉を持ってリンも席に着いた。

 

「どちらかと言うと危険なのはゲームよりも人間。カードを奪うためにプレイヤーを殺す人間が一定数居るのよ」

 

 リンの言葉に、メンチが感心したような表情を見せた。ノワールと同じくライセンスで得られる程度の情報は持っていたようだが、今リンが言った内容はハンターサイトにも載っていない。

 

「驚きぃ。どこでそんな情報仕入れたの?」

「内緒~」

 

 原作知識だとは言えないリンである。流石にそれくらいは覚えているのだ。

 

 品良く料理を口に運びながらそれでもメンチは怪訝そうに形の良い眉を顰めた。この場面だけを料理人たちが見たら、自分の料理が口に合わなかったのだと思い込むだろう。

 

「でもさ、そこまでしてクリアしたい?」

「バッテラって大富豪が多額の報酬金を出してるみたいよ。クリアしたら500億だってさ」

「ふぅん、そんなゲームをクリアできる念能力者なら、ハンター試験を受けてライセンスを売っぱらった方が早そうだけどね」

「念が込められた特殊なカードも沢山あるからね。そっちが目当ての奴も居るんじゃない?」

 

 大きな一口で食べた肉を飲み込み説明するリンに、二人とも納得する。

 金銭に関してはリンもメンチの意見にまったく同意だが、G・Iの特色といえば魔法の様なカードだ。よって、それを目的にしていると考えるのが最も自然だ。

 

「あと、『爆弾魔(ボマー)』って言葉を使う人間が居たら気を付けて。そいつが爆弾魔(ボマー)だから」

「…あんたほんっとにどこでそんな情報手に入れたの?」

 

 リンの情報源が知りたいというよりはよくそこまで調べ上げたなというニュアンスで、メンチが眉尻を下げた。

 

 腹を満たして互いの情報共有とゲーム内での方針を固めた所で、三人はメンチが用意したというゲーム専用の部屋に向かった。

 ゲームをするだけの部屋としては明らかに広過ぎる空間に、ぽつんと一つ、ジョイステーションがテレビに繋げられている。メンチがこの日のためだけに用意させたのだろう。

 

 先頭に立っていた事もあり、リンは振り返って二人に確認を取った。

 

「じゃ、私からでいい?」

「誰から入っても一緒だしな」

「何かあったら困るからあんたで実験させてもらうわ」

 

 返事一つとってもここまで性格が分かるとは。軽くメンチに舌を出した後、気を取り直してゲームの前に座った。

 

『練』

 

 ゲーム機本体の前で全身の精孔を開く。

 身体中から溢れ出た生命エネルギーに念を纏ったゲーム機が反応し、瞬間リンの目の前は真っ白になった。

 

 メンチ、ノワールと続き、誰も居なくなった部屋のテレビには『Now Playing』の文字が表示される。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…やっぱ凄いわね」

 

 次に目を開いた時には、まったく別の、近未来的な空間に居た。壁面は全て機械でできており、時折謎の光が隙間を伝っている。

 

 科学では実現できない世界に機械的な壁や床はデザイン以上の意味を持ちはしないが、そこは開発者たちの気持ちの問題なのだろう。プレイヤーをゲームの世界に誘ったと思わせるのにも一役買っている。

 

 当然、リンも世界観に浸り散らかしているプレイヤーの一人だ。

 地元その1とはいえ、原作知識でここがゲームの中ではないと知っているとはいえ、都合の悪い現実は見て見ぬふりをして妄想で脳内補完をする。

 

 これは原作との解釈違いを防ぐため全オタクに義務付けられている機能だ。これ一つあるだけで、原作で想定外の解釈不一致が起きようとも心を落ち着かせて対応できる。

 リンにとって解釈不一致の原因は九割強原作内の男女カップリングなのだが、そこはどうでもいい話だ。

 

 自動で開いた扉の向こうへ進むと、見知った女性の姿があった。周囲の機械で何かを操作していたがこちらに気づいたらしく目を向ける。

 

「エレナさん!久しぶり!」

「リンちゃんじゃない!大きくなったわね!」

 

 リンの姿を認めると、エレナは久しぶりに会った親戚の子どもを見るように驚いた後、笑顔になった。

 リンとしても、G・I開発メンバーは育児放棄がちな実の父親よりも親に近い存在だったため、嬉しい気持ちになる。

 

「あ、ジンからメッセージがあるわよ。再生する?」

「うん、お願い」

 

 リンが頷くと、どういう機能を使っているのかエレナの口からジンの声が発せられる。

 恐らく念能力の類なのだろうが、プレイヤーに自分がゲーム世界の住人だと錯覚させるのもエレナの役割だ。

 

『よぉリン。言うまでもねーだろうが、このゲームには俺の手掛かりはないぜ。もしそんな事にも気づいてなかったんなら、もっぺんハンター試験やり直してこい』

 

 どんなメッセージを残してくれていたのかと思いきや、早くも煽りまくるジンの伝言に、リンの表情がスンッと抜け落ちた。

 

(…なんで親父ってこんなに喧嘩売るの上手いのかな?)

 

 十年近く前、いつかここに来るかもしれないまだ幼い娘相手にこの父親は何を思って言葉を吹き込んだのだろうと考えたが、すぐにかぶりを振った。十中八九何も考えていない。

 取り敢えずここ数年で燻り気味だったヘイトが再燃する材料をくれた事に感謝しておく。

 

『それを知っていながらわざわざ入ってきたって事は、何か理由があるんだろう。ゴンのアシストかはたまた別の理由か…まあ知らねーが好きにやれ。そんでせっかくだからお前もこのゲームを楽しめ。お前には戦わせてなかったモンスターも、ストーリーも山ほど用意してある』

 

 前言撤回、ごく僅かには何か考えていたのかも。そうリンは思い直した。

 

 カードを収集していれば自然とプレイヤーと関わる機会も増え、情報も集まっていく。ジンの言う通り、多少ならゲームを楽しむのもいいかもしれないと思う。なんせこの世界は人ひとりが隠れるには十分すぎるくらいに広い。

 

「…以上よ。ここが恋しくなって…ってわけではなさそうね。ジンが言うみたいに何か理由があるのかしら?」

「まあね…ちょっと探してる人がいるの」

 

 流石に昔から可愛がってくれた人相手に「復讐相手を探しに来ました」とも言いたくない。軽く流すと、エレナはリンを寂し気な瞳で見つめた。妙な秘密主義がジンに似ていると思われたのだが、幸いな事にリンはその意図には気づいていない。

 

「…っと、ちゃんと仕事もしなくちゃね。指輪はそれを使うのでいい?」

「うん」

 

 そう言ってリンもポケットから指輪を取り出し、左手の人差し指にはめる。

 

 そこからいくつかの事務的な説明がされる。主にバインダーの開き方やカードの簡単な説明だ。

 カード化限度枚数のシステムやレアリティ設定といい、ゲームと言えば聞こえはいいが、ステータスがプレイヤーの身体能力依存である以上かなりシビアなハンティングゲームである事は容易に想像がつく。

 

「じゃ、頑張ってね」

「うん。後から友達が来るから、その子達の事もよろしくね」

 

 そう言ってリンが手を振ると、エレナは笑顔でリンを見送った。少し大人びたその背中を見つめながら…。

 

(おお、草原!こういうシンプルなのがゲームのスタートって感じするわよね)

 

 建物を出ると、そこにはだだっ広い草原が広がっていた。そこら辺の草原ではない、ゲームスタート地点の草原だ。

 枕詞がつくだけで胸に熱いものが込み上げてくるリン。目的がダーティなだけに複雑な気持ちにもなるが。

 

 暫く待っているとメンチが、そしてまた少し待つとノワールが来た。

 二人ともエレナに配布されたらしい指輪を着けている。普段付けない装飾品に落ち着かないようで、指輪を着けた方の手を弄りながら周囲を見渡している。

 

「情報を集めるにせよ取り敢えず、街を探さないとな」

「こっちかこっちよね。どうする?」

 

 メンチが言う通り、二カ所から視線を強く感じる。継続的にスタート地点を見ている人間が複数いる以上、滞在する街がそこにはあるはずだ。どちらを選んでも問題はなさそうだとメンチが指を左右に振りながら言った。

 

「んじゃ、右で」

 

 リンが即決する。転生前からクラピカ理論を異様に信じているリンは、左右の二択があった際には迷わず右を選ぶことにしているのだ。

 何となく見られっぱなしも癪なため、特に意味はないが視線を感じる方へ指を突き出し、アイドルよろしくウインクも決めておくのを忘れない。

 

 暫く走ると、すぐ街に到着した。看板には懸賞の街と記されている。

 人がごった返しているため活気のある街なのかと思ったリンだったが、よく見るとどの顔も恐怖で引きつった表情を浮かべている。

 

(オーラに色がついてないから表情を見るまでわからなかった…NPCは意思がないから色もなしって事か)

 

 人混みは規則を持って出来上がっており、その中心だけがドーナツ状に空いていた。人をかき分けて中を覗き込むと、そこには一人、肩から上が千切れ飛んだ死体が横たわっている。

 何かしらの爆発物によって吹き飛んだような傷口だった。後ろから続いてきたメンチとノワールも眉を顰める。

 

「…酷いものね。これが爆弾魔(ボマー)の仕業ってわけ?」

「たぶん。念能力者としてもかなり強い部類でしょうね」

 

「哀れだな」「また爆弾魔(ボマー)が出たらしい」などと住民たちがひそひそ言っている事からも明らかだ。プレイヤーの死体が消え、メンチとノワールも改めてこのゲームの特異性を認識する。

 離れて二人と話し合おうとした所、突如背後に気配を感じた。

 

「ブック!」

「!?ブック!」

 

 突然聴こえた声に、リンも反射的にバインダーを出す。それがプレイヤー同士のハッタリであると瞬時に理解した二人も、リンに倣ってバインダーを出した。NPCとはいえ精密に造られた住人たちは、リン達の様子を見て驚き逃げていく。

 

 目の前には男が四人、全員がそれぞれバインダーを出している事から、プレイヤーであるとわかる。オーラも全員が色づいているため、NPCでないのは間違いない。

 

「…お前ら、見ない顔だがバッテラに雇われてきたか?」

「いや、個人で入ってきた」

 

 そう言うとリーダー格らしい無精ひげを生やした男が不審な眼でリン達を見た。

 

「新入りだと思っていたが…その様子を見るに何かしらこのゲームに慣れていると見た。知り合いにプレイヤーでもいたか?」

「ま、そんなとこ」

「なら説明は早いだろう。このゲームがいかにいやらしく恐ろしいものか、十分に理解しているはずだ」

 

 そう言うと男たちは顎で少し離れた所を示した。人の少ないところで落ち着いて話そうと言いたいらしい。リン達が後に続くと、小さな花壇に腰かけたリーダー格の男が話し始める。

 

「お前たちはバッテラに雇われていないと言ったな。それならば、この話はメリットしかないはずだ」

 

 そう言ってそれぞれがゲームのシステムと報酬山分けシステム、そしてどのようにゲームをクリアするか説明する。

 だが、原作うろ覚えのリンだって流石に覚えている。四人のうちの一人、眼鏡をかけた男が爆弾魔(ボマー)の一人でありゲンスルーであることくらいは。

 

『オレンジ髪の眼鏡した奴が爆弾魔(ボマー)の一人』

 

 男たちの説明を聞きながらも、後ろ手でメンチとノワールにのみわかるよう念文字を作って見せた。二人とも顔色の変化は一切ないが、オーラの色に警戒心が混じる。

 

「俺達でこの呪われたゲームに終止符を打つ!」

 

 黙って聞いている間に男たちの説明は終わったらしかった。話だけ聞いていれば、魅力的に見えなくもない話だ。確実にクリアし、数億の報奨金が欲しいならばだが。

 

「呪われたゲーム、ねぇ」

「ああ。俺たちの仲間にならないか?さっきも説明した通り、合法的に、確実にクリアして見せる!」

「…リンどうする?これまでの下準備やG・I(ここ)での知識の深さからして、リーダーは君だ」

 

 腕組みをしながら、ノワールがリンの顔を見る。チームに入れば内部の人間を洗い出せるメリットもある。

 一方で、自由な行動は難しくなるだろう。どうするべきかの判断をリンに委ねたらしかった。

 

 それなら好きにさせてもらおう。元より好き放題しているリンだが、これに関しては譲れなかった。男たちを睨みつけ、軽蔑するように吐き捨てる。

 

「やだね。私達は別の目的で来ている。ていうか、シンプルにあんたらが気に入らない」

「そういう方針みたい。悪いわね」

 

 メンチとノワールも、リンの方針に異論はないらしい。各々立ち上がったり埃を掃ったりして、リンに続く。男たちのため息が聴こえたが、全員が聴こえないふりをした。

 

「…待ってくれ、お前ら爆弾魔(ボマー)って奴を知っているか?」

 

 そう言ったゲンスルーの手が場を去ろうとするメンチに伸びた。その手に妙なオーラを感じたリンが注意を促そうとするが、それよりも早くメンチの手がゲンスルーを振り払う。

 

「変態!痴漢!気安く触らないで!!」

 

 これにはゲンスルーも動揺した。肩に触れただけで痴漢扱いされたのだから当然だ。今まで優しい笑顔で数々の人間を騙し、悪人から最も離れた印象を築いてきた彼にとってこれは青天の霹靂であった。

 

「な…!?いや、俺は…」

「いやあぁぁあああ!怖いぃいいぃい!!」

 

 ヒステリックに自身の身体を抱き、涙目で叫ぶメンチ。しかしリン達を見ると、ちろりと舌を出した。

 メンチの目配せにその意図を察したリンは、ゲンスルーを指差して叫ぶ。

 

「あー!今メンチの胸見た!明らかにチラ見してた!キモイ!!」

「痴漢ー!!痴漢よ!!」

 

 ノワールは少し距離を置いたところで何とも言えない顔をしていた。そんなノワールに、リンとメンチは二人して圧をかける。「言いたい事はわかるだろう。さっさと自分の役を演じろ」と。

 しかし良心が咎めたのか、ノワールは頑なにリン達と目を合わせない。

 

 二人の少女の叫び声に、「どうした!?」「痴漢らしいぞ」と街の住民たちが騒ぎ出す。NPCにこんなセリフが用意されているなんて、妙なところを凝って作っているものだと今だけはジンに感謝するリンだ。

 

「お巡りさん!警察居ないの!?」

「助けてえええ!!」

 

 そう言ったリンとメンチの目が同時にノワールに向く。冤罪で痴漢呼ばわりされ、少しゲンスルーに同情したノワールだったが、ここまで来ると二人の圧に動かざるを得なかった。

 

「俺が警察だ」

「わー!お巡りさん!こいつ痴漢です!捕まえて!!」

「ワカッタ」

 

 何という茶番だろうか。プロハンターかつ警察組織の人間であるのを良い事に、ノワールはゲンスルーを拘束する。

 ゲームクリアも叶わないどころか、痴漢扱いされ逮捕される。ゲンスルーとしては最悪の展開であった。

 

 そしておまわりさんこいつですに巻き込まれたノワールもまた、今回の不憫枠である事は間違いない。




この作品はフィクションであり、実際の痴漢冤罪を推奨するものではありません。
リン達もゲンスルーを捕縛するために言いがかりをつけていますが、日常的に痴漢冤罪を趣味にしているわけではありません。
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