リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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ゲームで遊んでみる【3】

「Bランクのカードをカードショップで売ってくれるようになったわ。常連になるのが条件だったみたい。早速いくつか買って来たわよ」

「メンチの無駄遣いが役に立つなんてね」

 

 ゲームに入ってから暫くの時間が経ち、ある程度それぞれの街を回ったところで、リン達は拠点を共にしつつも単独行動を取るようになった。情報収集とカード収集の効率化のためだ。

 今日も毎晩恒例の食事をしながらの報告会を開いている。

 

「一方でノワールは何かボロボロになってるけど」

「貧乏な病気の山賊に会って、放っておけなかったんだよ」

「…その優しさ、いつか痛い目見るわよ…」

 

 指定ポケットカードと呪文(スペル)カードによる守りはリンに集中させ、各自情報を探して回っている。そのためノワールが一文無しになってもチームとしての損失はないのだが、身包み剝がされたノワールに同情と呆れを隠し切れないリンとメンチ。ジャケットとネクタイを取られ、随分とラフになった胸元を寛げる姿を呆れ顔で見る。NPCがチラチラと見るくらいには今のノワールは無駄にセクシーだ。

 

「そういうリンは、今日の成果はどうなのよ?」

「カードは指定ポケットの『レンタル秘密ビデオ店』への手掛かりを見つけた。…でも、あいつの情報はからっきしよ」

 

 ゲームの攻略は順調に進んでいる。クリアに必要な指定ポケットカード数が99枚であること、そしてゲームが発売されてから既に数年経っているにもかかわらずクリアした人間が居ないことを考えると、順調すぎるくらいだ。

 だが、本来の目的であるミシャクーロはまだ見つからない。この世界はかなりの広さを誇るため仕方ないのだが、徐々に焦りが募ってくるのも仕方なかった。

 

「…こうなってくると、情報自体が正しかったのか疑わなければいけなくなってくるな」

「でも、会長からの情報でしょ?」

 

 メンチとノワールも、焦る気持ちは同じだ。反論しているメンチもその表情は複雑なものであり、拠点である宿の中は重苦しい空気に包まれていた。

 

「ガセネタってことはないと思う。いけ好かないジジイだけど、ガセを掴ませるような奴じゃないわ…焦らずいきましょ。時間はいくらでもある」

 

 リンが纏める形で、自分含め全員の心を落ち着かせる。『プレイヤーが、あなたに交信(コンタクト)を使用しました』という通知が来たのは、その時だった。

 こんな話をしている時の通話要請だ。自然と眉間にも皺が寄る。メンチとノワールに目配せをして応答を選択した。場合によってはここから襲撃が始まる可能性も視野に入れて。

 

「…あなた達は?」

『ツェズゲラという。シングルの懸賞金(マネー)ハンターだ』

 

 スピーカーから聴こえる低い男の声に、リン達は顔を見合わせた。

 

 ツェズゲラといえば、今G・Iで最もカードを集めているチームだ。全員が腕利きのベテランハンターらしく、別の仕事をしながらでも一位の優位を保っているところから最も優勝候補に近いと噂されている。

 勿論、リンもツェズゲラの名前くらいは原作知識で覚えている。だが、彼の人柄や念能力などについては記憶がなく、警戒してしまうのは仕方ない事だった。

 

「その一つ星懸賞金(マネー)ハンターさんが、何の用?カードの交換かしら」

 

 リンの言葉に、バインダーのスピーカー部分からは『いや』と否定の返事が聴こえた。

 交換ではないならば次に考えられるのは念能力、もしくは呪文(スペル)カードによる強奪。反射的にリン達の間に緊張が走る。だが、続く言葉は予想外のものだった。

 

『俺達のチームに入らないか?一時的に同盟を組みたい』

「…何でわざわざ?あんた達もチームでプレイしてるみたいだけど」

『正直に言うと、お前たちのカード収集スピードが早過ぎるからだ』

 

 リン達とてプロのハンターだ。急な他者からの申し出には裏がある可能性も十分に考慮している。それでも、顔の広いハンターであるツェズゲラが居ればカード集めだけでなく本来の目的にも近づく事ができるかもしれない。

 思ってもみなかった言葉に思わず身を乗り出して続きの言葉を待つ。

 

『他の仕事と並行でプレイしている私達ではどうにも進めるのが遅くてな。このままでは君たちに先を越されてしまうのではないかと危惧した』

「…私たちにメリットは?」

『俺達がゲームをクリアしたら、500億が手に入る。内100億を君たちに報酬として渡そう』

「…ま、少なくとも痴漢のあいつらよりは良い条件ね」

 

 メンチが小声でそう言ってニヤリと笑いかける。リン達は報酬のためにプレイしているわけではないが、確かにハメ組から提示されていた数億からすれば破格の条件だ。

 メンチの冗談にリンは釣られてニヤリと笑い返したが、ノワールはあの時の罪悪感を思い出して微妙な顔をした。

 

『だが、譲歩してほしいところがあってな…ゲームクリアで得られると言われているカードは雇い主に渡したい』

「雇い主って、バッテラの事?」

 

 クリアして得られる500億、何よりツェズゲラはバッテラ氏のお抱えハンターとしても一部界隈で有名だ。

 推理にもならない簡単な予想を口にすると、ツェズゲラは驚く様子もなくあっさりと言った。

 

『まあ、知っているだろうな。俺達含め、ここに居るプレイヤーは多くがバッテラに雇われた者だ。契約で、クリア後の報酬はバッテラ氏に渡す事になっている』

 

 クリア後の報酬にはそこまで興味もない。諸々を考慮すると、ツェズゲラと繋がりを持つのは悪くない条件だ。

 しかし、二人に了承の確認を取ろうかと顔を向けたその時、僅かにノワールの表情が曇るのをリンは見た。よく見ればオーラの色も怒りの赤に変わっている。

 

「…ちょっと待って。一度こちらで話し合いたい」

 

 リンの言葉はあっさりと了承され、リン達の方から連絡を取るというところで通信は切れた。

 バインダーを消し去り改めてノワールの顔を見る。今居る場所は宿屋の食堂という共有スペースだが、リン達以外の全員がNPCであるため秘密話も問題なくできる。そのため、前置きもなくリンは疑問を口にした。

 

「ノワール、バッテラについて何か知ってるんじゃないの?」

「…」

 

 リンの言葉に、ノワールは眼鏡をずり上げながらも眼を逸らした。それが思っている事を口にできない時の彼の癖であると知っているリンは、容赦なく食い下がる。

 

「オーラの色、凄く怒ってるわよ」

「目つきだって、見てりゃ何か訳ありな事くらいわかるわ」

 

 リンだけでなく、メンチもノワールの表情の変化に気が付いていたらしかった。足を組んで頬杖をつきながらも、視線だけはしっかりとノワールを捉えている。

 二人の仲間の眼差しに、ノワールは観念したようにため息をついて話し始めた。

 

「…バッテラ。あいつは、紛争地帯に武器を流通させる事で富を成した男だ」

 

 食べ終えた皿が片付けられていくのを眺めることでリン達の目を見ないようにしているが、声は小さく震えている。バッテラの話がノワールの過去に大きく関係しているのは明白だった。

 

「勿論俺達の国だって例外じゃない。今から50年ほど前、あいつをはじめとする武器商人が軍に武器を流通させる事で、紛争は過激化した。…俺の親を殺した武器はサヘルタ産のものだ」

 

「…なるほどね」とだけ相槌を打ち、リンとメンチは黙り込んだ。

 

 ノワールの家族や仲間への想いは、リン達のそれを遥かに凌駕している。それは、彼の生い立ちに原因がある。

 誰かのために命を懸けたハンター試験を受けられるような人間だ、そんな彼が怒りを滲ませるという事は、バッテラがどんな行いをしてきたか容易に想像がつく。だが、予想以上に気分の悪い話に、二人とも眉を顰めた。

 

(確かに、カードを集めるスピードは私たちの方が上…どちらにせよいずれバッテラから接触はある、か…)

 

 今回はツェズゲラ個人からの提案だったが、このままリン達がカードを集めて行けば優勝有力候補として、今度はバッテラ本人から契約の申し出が来るだろう。いずれにせよ、先を読むと放っておくわけにはいかない問題だ。

 暫くの間あらゆる可能性を考えると、リンは顔を上げて言った。

 

「…ノワール。この件、私に任せてくれない?そいつの思い通りになるのは癪だから、ちょっと考えてみる」

 

 ノワールにとってリンは同期であり、大切な信頼できる仲間だ。現場における暗黙の了解として、ノワールは一切悩む素振りを見せることなく、まっすぐにリンの目を見て言った。

 

「わかった。任せるぞ、リン」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 改めてツェズゲラに交信(コンタクト)をかけたリンは、バッテラとの面会を条件に同盟を組むと提示した。

 ツェズゲラもそれに了承し、今リンはヨークシンの郊外にあるバッテラ邸に来ている。

 

(流石大富豪。嫌味なくらいに調度品全てが高級品ね)

 

 敷地も下手をすればくじら島が入りそうなほどの広さだ。独身だと聞いていたが、こんな広い屋敷のどれ程を生活スペースとして使用しているのかと呆れる。

 

「君がリン=フリークスさんか。初めまして」

 

 上に立つ者の余裕なのだろう。ツェズゲラに紹介されたバッテラは、朗らかな笑みを以てリンと握手を交わした。

 プロハンターの何たるかを知っているが故に、子どものリンでも侮る事はない。しかし萎縮する事もなく、堂々たる振る舞いを見せる。

 

「翻訳会社の社長だね?異様なスピードで規模を広げている新進気鋭の会社があると、噂には聞いていたよ」

「仲間と趣味が高じて作った会社なので、そこまで言っていただけると光栄です。バッテラさん」

 

 言葉を交わしながら改めてバッテラを見定める。オーラの色はやや暗い緑。酸いも甘いも嚙み分けてきた現実主義なやり手といったところだろうか。

 

「さて、私に会いたいとのことだったが、何の用件だ?」

 

 挨拶もそこそこに、本題に入る。応接間に設えられた一級品のソファに腰を下ろして紅茶を一口飲み、単刀直入に切り出す。

 

「お尋ねしたいのですが…なぜG・Iに興味をお持ちで?」

「何だ、そんな事かい?未知のものに惹かれる気持ちは君たちハンターならよくわかるだろう?」

 

 リンの質問にバッテラは思わずと言った様子で品良く笑う。これくらいの揺さぶりでは、びくともしないらしい。

 

「私はハンターではないが、未知のものに対して胸が躍って仕方ないんだ。いわば一つの愛かな」

 

(狸ジジイね…)

 

 ここまで話したリンの素直な感想だ。愛想良く、貫禄を持って、だが決して抜け目はない。

 ハンターであるリンに対して共感を求めるような発言といい、味方意識を持たせて上手く丸め込み、あわよくば自分の手駒にしようという算段が見て取れる。彼が実力者であるのがこれだけのやり取りでもよくわかった。

 

「ええ…ですが、あなたが興味をお持ちなのは未知のものなんかじゃない、そうでしょ?」

 

 リンがそう言うとバッテラの眉がごく僅かに動いた。しかしあくまで観察力に長けた者がようやく気付く程度のものだ。

 ポーカーフェイスまで一流のもの、財政界にも名を轟かせる大物実業家というのは伊達じゃない。だが、リン同様にバッテラの様子に気づいた仲介人兼ボディーガードとして傍らで控えているツェズゲラの表情が険しくなる。それを気にするでもなくリンは更に斬り込んだ。

 

「確かにハンターは未知のものに惹かれる性を持っています。ですが、バッテラさんのそれはもっと実利を求めたそれであるはず」

 

 どれだけの値段がつくかわからないティーカップをソーサーに戻し、まっすぐに目を見据えてリンは断言した。

 

「異性関係…違いますか?」

「…なぜそう思う?」

 

 ここにきて初めてバッテラの表情が変わった。プロハンターであるリンがハッタリなどではなく確信を持って言っているのだとわかったのだろう。

 しかしまだ決定打にはならない。不審な表情でリンを値踏みするバッテラは、初めて目の前の少女を油断ならない相手として見定めたらしかった。

 

「個人的な体質で、人の纏うオーラに色がついて見えるんです。あなたがG・Iの話をし始めた所から、女性を想う色が濃くなりました。…かなり愛されているようですね」

 

 バッテラのオーラの色は秘密主義の色が強い。だが、G・Iの話をし始めた所から表面に淡い桃色が浮かび上がった。恋慕や単純な性欲ではなく、心から相手を想っている色だ。

 だが、リンに言わせてみればそれだけに性質が悪い。

 

 流石プロハンターを雇う富豪と言うべきか、一般人でありながらオーラの知識は持っているらしい。リンの言葉から言い逃れができないと悟ったらしく、目を閉じて黙り込む。

 

「ついてきたまえ。ここからは少し個人的な話になる」

 

 暫く考えた後、バッテラはツェズゲラに待機するよう指示し、リンだけを奥の部屋へと案内した。

 屋敷の中の奥の奥。バッテラがリンを連れて行こうとしている部屋がただの来客を案内する部屋ではない事は容易に想像がつく。

 

 その部屋は、中に入るまでは大した特徴はなかった。

 他の部屋同様に格式高い壁や床と高い調度品。豪勢な部屋だが、それだけに医療機器の存在が浮いている。

 そして部屋の中央、広いベッドの上には、眠っているかの様に横たわる女性の姿があった。

 

「恋人だ。財産を全て処分し、一緒になるつもりだった」

 

 大きくため息をつき、壁にもたれ掛かる。その姿は心なしか、先程よりも少しばかり老けて見えた。

 女性の様子を調べながら黙って続きを待っていると、ぽつりぽつりと独り言のように言葉が紡がれていく。

 

「数年前に事故に遭い、もう何年もこのままだ。彼女を治す薬がG・Iにあると聞いた。他にも若返りの薬や夢のようなアイテムが…」

「それが、あなたの求める未知なんですね」

「そうだ。願っても叶わないと諦めていた全てが手に入る。…これで満足したか?」

 

 十分だろうといった様子でバッテラはくるりと部屋に背を向けた。わざわざ他言無用と釘を刺さないのは、リンが言いふらす性格ではないと判断したからなのだろう。

 

 ノワールの話した事実、バッテラの見せた秘密。そしてG・Iに求める夢と希望…。リンの中で大富豪バッテラ氏の半生と最後に求めるものが全て繋がった。

 

「…虫のいい話ですね」

 

 気分の悪い話だ。非念能力者に剥き出しのオーラをぶつける事はしないが、それでも苛立ちから僅かに殺気のオーラを滲ませた。財政界のトップにも上り詰めそこそこに肝も据わっているバッテラだが、単純かつ明快な命の危機に思わず脂汗を滲ませる。

 

「な!?」

「人の不幸で私腹を肥やし…真実の愛を見つけたからその財産を全て捨てて彼女と幸せになりたいと?」

 

 バッテラを愛したという女性に非はないのだろう。そして、彼女を想うバッテラの気持ちに噓偽りがない事も、リンにはわかる。だからこそ、リンの胸中はやるせない思いでいっぱいだった。

 バッテラ目線ならば、ここで彼女が救われればハッピーエンドだ。それどころか、G・Iには若返りの薬まである。目を覚ました彼女と若返ったバッテラ、財産を処分して愛する二人は幸せに暮らしました…。物語になりそうなお話だ。

 

 だが、ノワールは?流通された武器で死んだ人間は?バッテラがのし上がるたびに潰された人間は?

 この世界は弱肉強食だ。潰される側が生まれるのは仕方ない事だが、リンは公平主義ではない。自分が好きな人間に対しては徹底的に贔屓を貫く主義だ。よって、ノワールに悲しい顔をさせた目の前の男を手放しで許す気にはなれなかった。

 

「彼女の状態についてですが、恐らくG・Iのアイテムでは回復しません」

「なぜそんな事がわかる!」

「言ったでしょう?オーラの色が見えると。彼女には他者の恨みの念が山ほど憑いてるんですよ。粘っこく、恨み深いものが」

 

 リンの言葉に、バッテラは返す言葉もなく黙り込んだ。思い当たる節が山ほどあったのだろう。

 

 普段は意識的に見ないようにしているが、オーラを注意深く見れば大抵の人には他者の念の色が視える。それは、所謂生霊とも呼ばれるもので、誰かが誰かに対して向ける様々な想いがオーラとなって纏わりつくものだ。

 

 だが、目の前に横たわっている女性からはその色が強く視え過ぎる。身体の内部まで蝕み、彼女自身の色が視えないほどだ。ここまで来ると最早呪いと言っても差し支えない。ただの事故で彼女が目覚めない理由は、それしか考えられなかった。

 

「…」

「それが誰のせいで起こったものか、おわかりでしょう?」

 

 リンの言葉に、バッテラの膝が床に大きな音を立ててついた。同時に皺だらけの両手を地面につき、土下座の姿勢を取る。

 

「頼む!財産ならすべてやる!助けてくれ!」

 

 有名な大富豪が身も蓋もなく十代そこらの少女に懇願する。それは傍から見れば信じられないような光景だった。

 

「馬鹿にしないで、私たちはそんな安くないわ。あなた程度の財産なんか欲しくもない」

 

 一拍の間をおいて、真っ白の頭はがっくりと項垂れた。リン個人はバッテラに対して恨みはないが、ノワールの気持ちを想えばこれくらい言っても罰は当たらないとリンは思っている。だが、ここからはリンの個人的な仕事だ。

 

「…でも、彼女の事は治します。あなたなんかのせいで犠牲になるのは不憫だから」

 

 その言葉に、項垂れたバッテラが僅かな希望を瞳に湛えてリンの顔を見た。完全に形勢が逆転した瞬間だった。獲物が狙い通りの動きをして、狩人は小さく笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、契約の話に移りましょうか。バッテラさん?」

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