「ツェズゲラさん、私に雇われてくれない?」
雇い主に案内された少女を見送りそわそわと待っていたツェズゲラに、戻るや否や少女はそんな突拍子もない事を言い出した。
どういうわけか雇い主であるバッテラが戻ってこないが、使用人に確認を取らせたところによると部屋の一室にて閉じこもっているらしい。
どのようなやり取りが行なわれたかわからない中で少女ことリンに対する警戒の念は消せないが、一旦は彼の無事が確認できたとの事で立ったまま詳細を尋ねる。雇われの身であるツェズゲラには、流石に雇い主の邸宅でソファに堂々と座る事は出来なかった。
「バッテラ氏に念を教えてほしいの。最低限、G・Iに入れる程度で構わないわ。他はこっちでやるから」
対してリンは、ソファの背に手をかけて身体を乗り出し上目遣いになる形でツェズゲラを見据えた。
リンに誘惑の意図は一切ないしツェズゲラも勿論わかっているが、それでもこの少女がこういった仕草をするのは妙に様になっていると関係ない事を考える。
何から何まで訳が分からない。理由を問いただすも、リンは唇の前に指を立てるのみだ。
ここから予測できるのは、バッテラと二人きりでなされたやり取りに関係があるということ。報酬も別で出るのならば、雇い主のためにもやらないわけにはいかない。
だが、頭をうんうんと悩ませながらも方針を決定したツェズゲラにリンは更なる爆弾を落とした。
「あと、バッテラがG・Iの報奨金を取りやめるって」
「何だと!?」
「まあ落ち着いて」
これが落ち着いていられるだろうか。別の仕事と並行しているとはいえ、何年も続けてきた大仕事だ。それが簡単に取り止められては堪ったものではない。
「ちゃんと違約金を払う様に誓約させたから。雇った人間には全員に50億ずつ、ツェズゲラさんたちには特別に600億!」
そう言うとリンは成長途中の手で六を示し、にっこりと笑った。
一見邪気のない笑みに見えるが、バッテラは富豪であるものの不要な金を払う人間ではない。いったいどのようなやり取りでそんな契約を取ったのかと、ホッとすると同時に背中に冷たいものが走るのを感じた。
ここから自分がどのような行動を取ろうが、リンの手の平の上なのだろう。ツェズゲラはベテランであるからこそわかる直感でそれを悟り、小さくため息をつきながら了承の意を示した。
そこから、バッテラが報奨金を取りやめるというニュースは瞬く間に広がった。
これによりプレイヤーは激減するかと思われたが、カード報酬が欲しいのかあるいは単純にゲームから出られないのか、リン達が予想していたよりもプレイヤーが減る事はなかった。報酬金が無期限で貰えるというのもあり、いける所までゲームを進めたいと思った者も居たのだろう。
ツェズゲラチームと同盟を組む…もとい吸収合併をした事によって、リン達の所持カードは一気に増えた。
元来報酬目当てでドライにプレイしていたツェズゲラは金を貰えればゲームにはそれほど興味はないらしく、今は報酬金を増やしてくれたリンに対する純粋な恩義と、新たな雇用主であるという観点からリン達と行動を共にしている。リンの方針で、バッテラに念を教えるのは一旦後回しとなった。
ゲームスタートから僅か数カ月にして、指定ポケットカード残り十数枚といった進行度だ。当然他のプレイヤーからの注目度も高く、リンチームは一躍ゲーム内で有名人となっている。
そうなれば当然、他チームからの同盟要請も来る。それらの殆どはリン達が組むのにメリットの無いプレイヤーばかりだったが、一部有力な情報を持っていた者も居り、そういったプレイヤーとは公正な取引をする事でリン達は確実に情報を集めている。
『レイザーと14人の悪魔』は最も有力な情報の中の一つだ。
15人以上で
「ハン!お嬢ちゃんこんな所に来るのは早いんじゃねえか?怖くて漏らしちまうぞ!!」
リン達とツェズゲラチーム、そして数合わせで
(…絵に描いた様な『悪い人』の図ね)
チームの象徴なのか、ピエロの様な揃いの帽子と囚人服姿。何より全員が昼間から酒を呷りゲラゲラと笑っているのだから、リンがそう思うのも仕方ないだろう。
中でもひと際大柄な男が威圧するように先頭に立っているリンを煽り、リン以上に煽り耐性の無いメンチが早速眉間に皺を寄せた。
「『レイザーと14人の悪魔』ってあなた達の事?」
「いかにもそうだが?何だ、まさか俺達を追い出そうってのか?」
「うーん…まあ、そうなのかも?」
オーラを見るに、目の前の男はNPCではなく生きた本物の人間だ。そしてハンターが作ったゲームでNPCの役割をしている。つまりはジンたちに雇われた囚人なのだろう。
ゲームキャラならともかく、そんな彼らを追い出すと宣言するのも何となく気まずい気がしてリンが曖昧に答えると、大男は予想外と言った様子で変な表情をした。
「何よ、尻込みしてんの?とっととあんたらのボス出しなさいよ!」
「あ?良い身体したねーちゃんだと思ってたが、随分な口の利きようだなコラ!」
「あン?丸焼きにされてーのか大豚がァ!」
味わいもせず酒を飲み飯を食べる彼らに苛ついていたらしいメンチが、先程の発言も相まって早速大男に喧嘩を売る。既に腰の包丁に手をかけているが、リンは気づかないふりをした。何かあればノワールに任せようという腹づもりだ。
「ボポボ、その辺にしとけ。仕事をしろ」
膠着した空気に割って入ったのは、後ろで静観していた細身の男だった。眉を剃り目つきが悪いが、落ち着いた話し方からはある程度会話が通じる人間に見える。
「文句があるなら、勝負をしろ。俺達と一戦ずつスポーツをしてお前らの勝ち星が多ければ、俺達はここを出て行く」
(こんなに治安悪い態度なのにゲームで出て行くんだ…やっぱそこは雇われの身なのね…)
「っしゃあ受けて立ってやるわその豚捌かせろ!」と叫ぶメンチをノワールが羽交い絞めにして抑える。リンは心の中でノワールに手を合わせつつ、改めて男たちを見回した。
確かに彼らも念能力者である以上、生半可なプレイヤーでは勝負に勝てないだろう。だが、その程度でSSランクのカードが取れるとも思えない。
「…それ、どうしてもやらなきゃ駄目?」
「は?当然だろう」
リンの言葉に、リーダー格の男は言っている意味が分からないといった顔をした。もしも眉があれば、その眉尻はしっかりと下げられていただろう。
「どうせ、ボスが帳尻を合わせるシステムになってるんじゃないの?はっきり言ってここに居る人、そんなに強くなさそうだし」
この発言にはボポボだけでなくその場に居た十数人の男達全員が殺気立った。だが事実であるため、さして臆するでもなく言葉を続ける。
後ろでノワールが『お前まで喧嘩を売るのは勘弁してくれ』という視線をリンに向けているのだが、リンは気づかないふりをした。
「レイザーを出してよ。リンが来たって言えばわかるから」
「…悪いがルールなんでな。嬢ちゃんが何と言おうが変わらん」
「んー、じゃあ仕方ないわね」
情報を提供してくれたプレイヤーからは、15人で
だが、『15人の悪魔』ではない。『レイザーと14人の悪魔』だ。何より、レイザーの強さが目の前の男達とは比べ物にならないのをリンはよく知っている。
つまり、配下が勝てばそれでよし、負ければレイザーが帳尻を合わせるからこそのSSカードだと予想したのだが…真面目にスポーツをするしかなさそうだ。
「リン、どうして彼がレイザーだとは思わなかったのだ?」
リン達の会話の中で疑問に思ったらしく、ツェズゲラがこっそりとリンに尋ねた。揃いのユニフォームを着ているとはいえ、見るからにリーダー格のその男をレイザーだと思ってもおかしくはない。だが、一切そう思った素振りのないリンに違和感を覚えたのだった。
リンはそんなツェズゲラの顔をちらりと見ると、事も無げに言う。
「レイザーと知り合いだから」
「…」
詳しく事情を話したいとは思わないが、嘘を言うつもりもない。淡々と答えたリンに、しかしこの世界が現実に存在する場所だと知っているツェズゲラは何とも言えない表情で黙り込んだ。
ルールならば仕方ないか。リンがそう思い誰が試合をするか話をしようと彼らに背を向けた時、背後から懐かしい声が聴こえた。
「騒がしいな。どうしたお前ら」
リンが振り返ると、声の主はレイザーだった。
記憶の中の姿とは違い、スポーツ刈りに筋肉を誇張するようなスポーツマンライクな衣服のかなり爽やかな姿になっていたが、育ての親の一人でもあるその姿は忘れようがない。
「レイザー!」
数年ぶりに会った喜びのあまりリンは思わず抱き着いた。
レイザーも目の前の少女が誰か気づいたらしく、軽く引き剥がして顔を確認すると驚いて言った。
「…リン、か!?大きくなったな」
「成長期だからね!まだまだ伸びるわよ…少なくとも親父よりは!」
そう言ってリンはニシシと笑う。暗にジンをチビだと言っているのだ。それが伝わったレイザーも、ニヤリと笑った。配下の男とツェズゲラたちは呆気に取られてリンとレイザーの感動の再会を眺めている。メンチとノワールだけがその様子に思わず微笑んだ。
人を愛する事を、人を信頼する事を知らなかったレイザーにそれらを教えたのは、言わずもがなジンとリンだ。本人たちはそんな事気づいてもいないが、レイザーは彼らに感謝をしている。
そしてリンに対して当時感じていた温かな気持ちが親心に近いものだと理解できた今、娘の様に接していたリンが強く育ち、信頼できる仲間と出会ったであろう事が嬉しくて仕方ない。この子たちなら、この後の辛さも乗り越える事ができるだろうと思うが、敢えて口には出さないでおくことにした。
「とうとう来たか…。ジンにも言われている、手加減はしないぞ」
「勿論!どんとこい!」
成長した自分と、大事な仲間達の実力を見せてやると意気込むリン。ツェズゲラは少し気まずそうに頬を掻いたが、メンチとノワールはやる気十分と言わんばかりにレイザーを見た。
「ここでの勝負は、ドッジボールだ。念能力使用可の少し特殊なゲームだがな」
友であるジンからの頼みだからこそ、自身が育てた娘の様に思っているリンが相手だからこそ、レイザーは手加減するつもりはない。足元に転がっていたボールを拾い、全身の精孔を開いた。
「容赦はしないぜ…?」
「…レイザー。本当に、本当にドッジボールで良い?」
対してリンは、どことなく申し訳なさそうな表情でレイザーを見上げる。その理由が分からなかったレイザーだったが、答えは数十分後にわかった。
ノワールの能力によってレイザーが完封された事を、ここに記載しておく。
◇◇◇
試合終了後、あまり動いていないリンと全く動けなかったレイザーは共に浜辺を散歩しながら積る話をしていた。
クエストのクリアプレイヤー全員に対する好意か、はたまたリンが知り合いだからか、今日はレイザーたちの住む家に泊めてもらえることになっている。
シェアハウスの様な生活をしているらしく、メンチが「臭い」と感想を言った時はひやひやしたがレイザーはさして気にしていないらしく、快くリン達三人を迎え入れてくれた。ちなみにツェズゲラたちはここらで離脱するとのことだ。
「約束通り、俺達はここから出ていくよ」
「…そう言えばそういう設定だったわね」
懐かしい人物に会える感動でそもそもの目的を忘れていたリンは、一瞬次の言葉に詰まった。ここを出て行ったら、レイザーに行く先はあるのだろうか。
「じゃあ、今住んでるところも出て行かなきゃいけないの?」
恐る恐るリンがそう言うと、レイザーはぽかんと口を開けた後くつくつと面白いものを見たかの様に笑った。
「心配ない、ただの設定さ」
「あっなーんだ!」
どの様な仕組みかはわからないが、今後もレイザーの居場所がある事にほっとするリン。開発者でありゲームマスターの一人でもあることを考えれば当然なのだが、それでも少しの懸念もあったため、安心してしまうのは仕方ない。
そんなリンを、レイザーは娘を見るような表情で見る。
「だが、本当に大きくなったな。それに強くなった」
「まともに試合してないけど、わかるの?」
「わかるさ。オーラを見ればわかる」
くすくすと冗談交じりに言ったリンに笑みを返しながら、レイザーは答える。
最後に会った時は年齢も身長もほぼ今の半分ほどだった。身丈だけではなく顔立ちも随分と大人びたものになり、かつての自分が見てきたものと同様の闇を見たであろう事が、容易に想像がつく。それが喜びと同時にレイザーの胸を締め付けた。
「久しぶりに組手したかったな」
「ま、それは次の機会だな」
だが、それをものともせずにリンは立派に育っている。その姿に、ひょっとするとあのジンも超えるのではないかという期待が湧いてしまうのは、育て親としての贔屓目だろうか。
「その内、ゴンもここに来るわよ。きっと」
「らしいな。ジンから手加減はするなと言われてる。…うっかり殺しちまうかもしれないぞ?」
かつてまだ荒れていた頃のレイザーがジンに言った言葉、リンの顔を見ているとふとそれを思い出し、敢えて同じ質問をリンに問いかけた。
別に、初めてレイザーが育てた少女が彼女の父親と同じ返答をしてくれると期待していたわけではない。だが、リンはあっさりと、当然のようにレイザーの期待を超えてきた。
「まさか。私の弟よ?…あ、そっか。レイザーがこのゲーム内ではゴンの腕試し担当なのね。親父ってクソだけど見る目はあるわよね~」
「…」
自分が犯罪者であった過去を、リンは知っているのだろうか?いや、知っていたとしてもリンは変わらずにそう言ってくれると、よくわからない確信があった。
リンは自分よりいくらか高い位置にあるレイザーの顔を見上げ、満面の笑みを浮かべる。
「レイザー、頼りにしてるわよ」
「…やっぱりお前ら、親子だな」
リンがそう言うと、レイザーは優しくリンの頭を撫でた。
レイザーはもう少し外を歩きたいらしく、リンだけが先に戻ってきた。人が少ないうちにシェアハウスのリビングで少しくつろぎたかったからだ。
家に入ると、そこには吹き抜けの大きな空間が広がっていた。リビングとダイニングが繋がって十数人が寛げそうな部屋になっており、玄関傍に左右へと伸びる階段はいくつもの部屋に繋がっている。
客間は一番奥の部屋に丁度三つあるらしいが、そこはレイザーに案内してもらわないとわからない。荒くれたちはまだバーから帰ってきていないので、室内はその広さの割に静かだ。メンチかノワールが入浴しているのが奥から小さく聴こえるシャワー音でわかった。
ふう、と息をつき、どことなく汗の臭いがするソファに深く沈みこんだ。流石に人の家で許可なくテレビをつける気にはなれず、手持ち無沙汰にメイメイを抱き込む。基本的にホテル暮らしでG・Iに来てからはずっと野宿か宿屋に泊まっていたリンにとって、生活感漂う一軒家でくつろぐのは久しぶりだった。
メイメイを撫でながらぼんやりとしていると、玄関が開く音が聴こえた。レイザーかそれとも彼の配下たちか。どちらにせよ顔を確認するために振り返り、リンは硬直した。
何年も糊を付けていない、襟がよれたシャツ。疲れ果てた表情で痩せこけて髪も真っ白になった男…だがその顔、その立ち姿、何よりそのオーラはよく覚えている。
ミシャクーロであった。