リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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ゲームで遊んでみる【5】

 ミシャクーロは生まれながらに劣等感の塊であった。父親は物心ついた時には既に居らず、母親に恨み言を言われながら育った。暴言と暴力、そしてネグレクト。一般的には悲惨な家庭環境だったが、それを当然として生きてきた彼は、母親の行為自体にはそこまで恨みを抱いていない。

 だが、7歳の頃、母親が男を作り、家を出て行った。学校にも通えなかった彼は児童養護施設の職員が発見しなければ餓死していた事だろう。

 母親からの最後の言葉は『お前は初めから存在しない』であった。文句を言いつつも家においてくれる母が自分に愛情を持っていると思っていたミシャクーロは、この時初めて絶望を知った。

 

 11歳の頃、ネテロに養子として引き取られた。ネテロがどういった心境で自分を引き取ってくれたのか、彼は今もわからずにいる。

 愛だと思っていたモノが根幹から崩れ、誰も何も信用できない。その一方で、愛情を心から欲していた。

 ネテロはそんな彼を心源流の門下生としても迎え入れたが、それは彼の劣等感を増幅させることになった。遠く届かない眩しい存在。生まれも育ちも輝かしいものでありながら、全てを捨てて武に費やし、その頂点に立った男。ミシャクーロには想像もできないほどに恵まれた存在。当然修行も厳しかった。ネテロなりの愛情だったが、生まれも育ちも冷たい人生を送ってきた彼には、それを理解できなかった。

 

 それでも、耐えなければ自分には居場所がない。ミシャクーロは必死に鍛錬を行った。ネテロにすら見放されてしまえば、自分にはもう生きていく術がなかったからだ。自分が不要な人間だという劣等感と他者への猜疑心は消える事がなかったが、武を極める中で少しずつ自分が変わるのを感じていた。

 

 ネテロに見放されたくなくて、プロハンターになった。ネテロは破顔して彼を褒め称えた。しかし形あるライセンスと共に僅かな自信がつきかけた頃、更なる絶望が彼を襲う。

 

 あくまで仮初の息子として育てられたミシャクーロでは、決してたどり着けない存在、ビヨンド=ネテロ。その存在が彼の残り僅かな自尊心をすべて奪った。

 父より譲り受けた圧倒的な存在感と才能。自分への絶対的な信頼と自信。金銭と愛情、全てを受けてきたにもかかわらず、平然とそれらを捨て去ることができる傲慢さ。塵ほどでも必死に積み上げてきた僅かなものは、その一瞬で全て崩れ去った。

 

「あなたは会長に愛されたいのですか?」

 

 失意の最中、金髪の悪魔と出会う。それが全ての因果だった。

 

「会長に、息子として愛してもらう方法をお教えしましょうか?」

 

 人心掌握に長けた悪魔は、いとも簡単に飢えた子どもの心を掴み取った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 一拍。

 何年も探していた人間。しかし、いざ目の前に突然現れると、どんな反応をすればいいのかわからなかった。

 

 一拍。

 あの頃の怒りとやるせなさが再び身体を巡った。

 

 一拍。

 そんな恨みを抱いて追い求めた相手が、萎びた姿で目の前に現れた事に怒りが湧き上がった。

 

「何でそんな、情けない姿になってんのよあんた…!」

 

 思わず立ち上がり、怒りのあまり噴き出したリンのオーラ。十代の少女でありながら溢れ出る才能を持ち、特に念能力に関しては極めれば世界屈指の実力者になるであろうリンだ。感情のままに解放したオーラは、巨大な鳴動を生み出した。

 

「リン!何があったんだ…。!!」

 

 外に居たノワールが、リンの鳴動を感じ取り宿に飛び込んできた。その数十秒後に、入浴中だったメンチも同様に血相を抱えて飛び込んでくる。その慌てぶりはタオル一枚で衣服も身に着けていないところから明らかだ。二人ともミシャクーロの姿に思わず声を上げた。

 

 随分と様相は変わってしまったが、その姿を見ているとあの日の自分の姿が思い起こされるようだった。

 無意識に身体が『練』をしている。それは考えるまでもなく、殺意から噴き出したオーラ。次に自分がどんな行動をするか、冷静に頭が働かないままに、しかし身体は勝手に動いていた。

 

『硬』

 

 まずは、足だ。粉々に砕く。次は腕。簡単になんか、死なせてやらない。

 どんなに善人ぶった人間でも身を焦がすほどの怒りに身を任せれば非情になれるというのがリンの持論だ。だが、頭に次々と浮かんでくる非人道的な虐待方法に、自分でも驚きを隠せない。唯一残った僅かな理性で、辛うじて葛藤する余地を残す。

 

「待ちなさい」

 

 どれくらい時間が経っていたのだろうか。リンは数秒葛藤していたような気もしたが、もしかしたらもっと刹那的だったのかもしれない。メンチがリンの肩に手を置いたことで、はっと我に返った。肩を通してメンチの手の震えが伝わってくる。

 

「何抜け駆けしようとしてんのよ。今度は、一人でなんか絶対やらせないから」

 

 その言葉に、拳のオーラが分散し精孔が閉じられた。一言だけでメンチがどれだけあの試験の中で苦しんでいたのかが伝わり、頭が冷えたからだ。自分ひとりで怒るのがおこがましいと悟ったあの時の気持ちを思い出し、肩で息をつく。

 

「二人とも、待て」

 

 目の前の男をどうするか。リンがそう言おうと口を開くより先に、ノワールが言葉で二人を制した。険しい表情こそしているものの唯一この場で冷静に思考を巡らせている彼は、眼鏡をずり上げながら低い声で呟く。

 

「こいつがレイザーの所に居るということは、今までずっと匿われていたということだ。そして俺達が呼ばれた点から、レイザーはそれを隠す様子がない」

 

 怒りで完全に頭に血が上っていたが、ハッと気づいた。いつもならすぐ気づくだろうにと歯噛みしつつ、深く深呼吸をして扉の方に視線をやる。

 リンの鳴動を感じて戻ってきたレイザーの気配がそこにはあった。数秒後には扉が開くのだろう。

 

(レイザー、何でこんな奴を匿ってるの?)

 

 大好きな人間が大嫌いな人間を庇っているであろう状況が信じられなくて、頭の中がぐるぐると渦巻いている。冷静に、冷静にと心の中で何度も唱え、拳を握りしめる。

 

「…あと、メンチは服を着てきてくれ」

「…サーセン」

 

 気まずそうにノワールに言われてぱたぱたと風呂場に戻っていったメンチと入れ替わりになる形で、レイザーが玄関から入ってきた。

 状況を整理するためにも、本来なら自分たちがミシャクーロを探していた事情から話すのが筋だ。だが純粋な疑問の方が先に口を突いて出る。

 

「…どうして?」

「頼まれたんだ…ジンの伝手で、ハンター協会の会長にな」

 

 言ってからそれだけでは今の状況が伝わるわけがないだろうと後悔したが、予想外にもレイザーの返答は全てを把握した上でのものだった。

 明らかに怯えているミシャクーロを手で部屋に戻るよう指示し、リン達にはソファに腰かけるよう促す。そして自身は似合わないながらも慣れた手つきで紅茶を入れ、メンチを含めた人数分をテーブルに置いた。

 

「どこまで知ってるの?まさか何も知らずにボランティアではないでしょ?」

 

 丁度レイザーも腰を落ち着けたところでメンチが戻ってきたため、遠慮せずリンは本題に入る。眉間に皺を寄せながら身を乗り出したリンに、紅茶を一口含んでレイザーは静かに言った。

 

「三年ほど前か…ネテロ会長が、この島に来た。あいつを連れて、だ。その時には既にあの姿になっていた」

 

 三年…つまり、リン達がハンター試験に合格してからだ。そんなに早くハントしていたという事実に、更に表情が険しくなる。それはメンチとノワールも同様で、各々性格による差異はあれど気分を害しているのは明らかだった。

 

「会長自身がハントしたらしいが、なんで牢屋ではなくここに置くことにしたかはわからん。だが、ジンの助言があったとは言っていた」

「親父はその件については?」

「何にも。俺もジンのやる事にいちいち疑問を唱えなくなっちまったからな。…だが、お前たちの試験で起きた事は知ってるよ」

 

 リン達のハンター試験は実際にリアルタイムで知る人間からすれば顔を顰めるようなものだったが、ハンター試験自体が皮肉にも元々死人が出るのが前提の試験だ。記憶はすぐに風化し、ハンター仲間内でそれほど頻繁に話題に上る出来事でもなかった。当事者としては堪ったものではないが、これもまた一つの現実だ。

 だからこそ、レイザーが知っているとは思わなかった。

 

(リストやドゥーンとか、開発者の中でプロハンターの人間が喋ったとか?それとも親父の伝手?誰がどこまで知ってるのか…いや、今はいいか)

 

 各自思案を巡らせて黙り込むリン達。ジンは何を意図していたのか?ミシャクーロはなぜあの姿になったのか?この先どうするか?それぞれ考えている事は違えど、目的は共通している。

 レイザーはそれらを複雑な想いで眺める。レイザー自身も重犯罪者であり倫理観なんて持ち合わせてはいないが、やはりあの頃の無邪気なリンの姿を知るものとしては思うところがあった。

 

「会長にはそいつを引き取ろうとする人間が居たら渡してくれって言われている。だからお前たちが何をしようと止めはしない。だが…いや何でもない」

 

 それらを可能な限り押し殺して自分たちは酒場で眠ると告げ、立ち上がる。二、三歩歩いたところでふと思い出したように振り返り、「あいつは逃げないように見張っているから安心しろ」とだけ言い残してレイザーは去っていった。

 しんと静まり返った室内でいつの間にか冷めた紅茶を飲んで喉を潤し、誰からともなくため息をつく。

 

「…私さ、復讐されるような憎まれる相手はいつだって悪者的な振る舞いをしてくれるもんだと思ってた。その鼻っ柱をへし折ってようやく報われるんだって。…でもアレを痛めつけたいとは正直思えない」

「あんな姿になってるとは流石に思わなかったわよ」

「せめて理由を知りたいけど…レイザーの話を聞いても余計にわかんなくなっただけだったわね」

 

 極端な話、見つけさえすればあとはどうとでもなると思っていた。だが、あの様子では拷問すらできそうにない。それどころか予想外の展開過ぎて頭が追いついていなかった。

 

「ハンターたるもの常に想定外を予測せよ。…サトツさんに言われてたけど、難しいわ」

「サトツさん?」

「私に念を教えてくれた人」

 

 思わずオウム返ししてしまったが、今そこは重要ではない。軽く相槌を打って区切りとし、再びため息をつく。話を聞きながらも暫く無言で足を組んでいたノワールが、何か決心したかの様な口調で顔を上げリン達を見据えた。

 

「今の俺達には復讐よりも優先すべきものがあるかもしれないと最近思っていた」

「…それはどういう意味?」

「そのままの意味だ」

 

 実はノワールは乗り気ではなかったとか?そんな考えが一瞬リンの脳裏を横切ったが、すぐに否定した。今までのノワールの覚悟や言動は本物だった。そこを疑うのは仲間に対して失礼だ。

 ノワールも結論から話したもののかえってわかりにくい言い回しになってしまったと気づいたらしく、しかしどこから話したらいいだろうかとまた視線を落とした。だがそれはすぐに終わり、今度ははっきりと言い直す。

 

「革命軍の中には、政府に恨みを持つ者もいた。今の俺達と心境的には変わらない。…そんな彼らは目的を果たせたわけだが…それで前に進める者とそうじゃない者がいた。単に『復讐相手を殺した』だけでは前に進めるわけじゃないらしい。だが、それ以外にできる事がないのも事実だ」

 

 時折相槌を挟みながら静かにノワールの話を聞くリンとメンチ。しかし、だから何だと言われてしまえばそれで終わる話だ。急に哲学的思考に耽りたくなったわけでもないだろうにと話の続きを待つ。

 すると唐突に「ブック」と関係ないワードと共にバインダーが出現した。予想していなかった流れに、思わず目を見開くリン。当のノワールは淡々とページを捲っており、どうやらバインダーの中に何か話に関わるカードがあるらしい。

 

「でも、今の俺達にはできる事がある」

 

 そう言ってノワールは一枚のカードをリン達に見せた。そこには『死者への往復葉書』と記載されている。

 

「さっき、ツェズゲラから全てのカードを渡された。その中にあったんだ。勿論入手方法も聞いているから、使用して取得し直すのも簡単だ」

「『返信葉書に返事が書かれて』ってことは…」

 

 カードを覗き込んだメンチの眼が見る見るうちに見開かれていく。そこにあったのは死者と文章を交わせる魔法のカードだ。リンはようやく、ノワールが何を言いたいかがはっきりと分かった。

 

「俺はルカスのためもそうだが…それよりもリンやメンチ、そして俺自身が前に進むために復讐を決行したいと思っている、あの時からずっと。だが、他に手段があるのならばわざわざ復讐の選択肢を取らなくても良いとも思う」

 

 ゲインを唱えて葉書を手に取り、リンとメンチに配る。手に取った白い紙は一見するとただの往復葉書だ。ノワールの手元にはまだまだ山の様な量の葉書が残っている。

 葉書の一枚を明かりに透かしてみたりしながら、ノワールは呟いた。

 

「所属している宗教の影響で鎮魂の唱えをすることはあるが、正直なところ俺は死者の魂や死後の世界は信じていない。…だが、こんなものがあるという事は、案外死後の世界はあるのかもしれないな」

 

 その言葉に、リンも黙って葉書を見つめる。魂がこの葉書に返事を書くのかはわからないが、何かしらの念が込められているのは確かだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 リンに宛がわれた部屋は、木製のベッドにテーブルとイスがセットになった簡素な部屋だった。

 葉書にメッセージを書き終えて、少し埃っぽいベッドで眠っているような眠っていないようなそんな夜を過ごした次の朝。リンは起き上がると身支度も忘れて真っ先に机の上を確認した。

 空白にしたままだった返信欄には、書いた覚えのない黒い筆跡が残されている。思わず息を呑み、立ったままで葉書を手に取り食い入るように文章を読む。

 

『ハンター試験合格おめでとう…って今更か』

 

 一見生意気な考えなしに見せかけて実は理知的で繊細な彼らしい、お手本にしたくなるような丁寧な文字だった。

 後悔、謝罪、迷い、全てを書き連ねて必然小さくなってしまった文字の隣に、それより一回り大きな文字が浮かび上がっている。それは紛れもなく、リンの葉書にルカスが返信してくれた証拠だ。

 

『あの時の試験官を見つけたみたいだな。でも、俺は別にあいつに仕返しなんて望んでない』

 

 リンは魂の存在を信じている。他ならぬ自分自身がその証明者だからだ。

 しかし、自分がこんな経験をしているからこそ、死者の魂が静かにあるべき場所で眠っているとは思っていない。恨みを持って何処かを彷徨っているとも思っていない。きっとリンの様に、ここかあるいは別の世界で生まれ変わり新しい人生を謳歌しているのだろう。

 

 だからこそ、本当はわかっていた。居なくなってしまった人間のための復讐に意味などないと。ただの自分のエゴだとわかっていた。

 それでも何かを責めないと、気持ちが抑えられなかった。ここまでやってきたのは結局自分が納得するためだけなのだと、そう認めてしまうとそれこそルカスに顔向けできない気がしたから。

 

 リンが最も後悔しているのは、非人道的な試験を進んで受けた事でも他の受験生たちを殺めた事でもなく、自らの慢心と無意味なフェアプレー精神で大事な友達を死なせてしまった事。すなわち優先順位を間違えた事だった。

 

 だが、それをたった数日しか共に過ごせなかった友人はいとも簡単に覆した。

 

『それにお前に責任もない。命の危険がある試験を受けたのは俺の責任だからだ。お前が何を思おうが、あれは俺だけの試験で全ての判断は俺がしたものだよ。だから謝るな。俺の方が悪い気がしてくる。俺はお前とダチになれて良かったと思ってる。勿論あいつらとも』

「うっ…ひっく…」

 

 涙がとめどなく溢れてきた。葉書に涙が落ちないようにと下を向き、床がぼたぼたと濡れていく。

 暫く嗚咽した後、インナーの裾で涙を拭いようやく椅子に腰を下ろした。メイメイも何かを察したのか、何も言わずに傍らでリンの様子を見守っている。

 

『だけど、俺の分まで色んなハントをしようとしてくれてるのは嬉しい。まだやりたい事なんて見つかってなかったけど、リン達のハントを見ていると俺も一緒にハンターになれた気持ちになる。だからお前らしく、これからも思うままにハンターとして生きてくれ』

 

 何も考えることができなかった。自分の生き方が少しでもルカスの魂を慰める事が出来ていたのだと、安堵と嬉しさと、それでも拭い去れないあの日の後悔とがごちゃ混ぜになって。

 一度深呼吸をし、改めて葉書に目を通す。彼からのメッセージはそろそろ終わる時が違づいているらしい。指をどけて、隠れて見えなかった最後の一文を確認する。

 

『あ、でもBL…っだっけか?俺、別にアレを広めるのは夢にならねーと思うわ。じゃあな、ゲーム楽しめよ』

 

 涙が乾いた瞬間だった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…あ、メンチおはよう」

 

 ジャケットを着ながらとぼとぼと階段を降りると、食堂には既にメンチが居た。

 リンと同様に、真っ赤に充血した目の下には隈ができている。そして妙に疲れた顔をしていた。

 

「…リン、ルカスからの返事見た?」

 

 メンチに倣って席に着き、ゲンドウボーズをする。傍から見ていれば完全にお通夜の光景だ。少し腫れた瞼を水が入ったメンチのコップで冷やしながら、少し掠れた声で答える。

 

「見た。友バレはきついわ」

「同意。きっちぃわぁ~」

 

 そう話している間にノワールも降りてきたが、二人とは違いどこか吹っ切れたような表情だ。そのため、リン達を見て不思議そうにしている。

 

「二人とも…どうしたんだ?」

「いや…なんでも」

 

 二人の様子に首を傾げながらも、簡単な朝食を作り始めるノワール。レイザーたちの分も用意するらしく、手際よく十数人分のスクランブルエッグを作りながら顔だけをリン達に向けて言った。

 

「ルカスからの返事、見たか?」

「ええ。仕返しなんて望んでないってさ」

 

 内容までは聞かないが、ミシャクーロに関する記述はほぼリンと変わらないようだ。メンチの返答にノワールも頷き、三人分の皿を出して出来上がった料理の一部を取り分ける。

 何となく手伝う気にもなれずノワールに甘えてその動きを眺めながら、リンはため息をつく。

 

「…もっと早く、このカードを使えばよかったわね」

「今まで存在も知らなかったんだ、仕方ない」

 

 料理を作りながらこちらのフォローまでしてくれる。相変わらず非の打ちどころがない男だと思うリン。

 食パンをトーストもせずに齧りながら、ノワールからスクランブルエッグを受け取り食べる。ノワールはその様子を微笑んでみていたが、ふと顔を曇らせて呟いた。

 

「でも、しがらみは断ちきれないままか…」

 

 リンはその言葉に、ノワールのような上手いフォローが思いつかなかった。内心同じことを思っていたからだ。

 ノワールが昨日言ったように、無意識でリンも、もしかすればメンチもルカスのためと同時に自分の心を納得させるために動いてきたのだろう。復讐者とはそういうものだ。

 だが、ルカスはそれを望んでいない。そのせいで気持ちが宙ぶらりんになってしまっている。

 

「…あ、そうだ」

 

 自分用に食パンを焼いていたメンチが、何か思いついたらしく声を漏らした。自然と、残る二人の視線はメンチに注がれる。

 

「…せっかくG・Iに居るんだからさ、もっと『夢のカード』を利用するべきだったかもね」

「指定ポケットカードか」

「そ。いくつかを使って、あいつやネテロの秘密を知る。何が起こったのかわかれば、納得は出来なくても多少の踏ん切りはつくだろうから」

 

 目的と手段が明確になった瞬間だった。

 

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