雪が降らないパドキアの冬を超え、春を超え、夏が来た。まあ、気温差の無い地域だからあんまり変わらないけど。
拷問メニュー(ミルキ曰く『赤ちゃんの頃にクリアするはずのメニュー』)をぎゃいぎゃい騒ぎながらこなしてはイルミに呆れ顔をされたり(ちなみにこれ以外表情の変化を見た事がない)、3人でミケと戯れたり(戯れで頭から丸呑みするのはやめてほしい)、キキョウさんに嫌がらせで多めに入れられた毒入りのディナーをみんなで食べたり(食い意地が勝ったためか、おかげで毒耐性はかなりついた)、一般家庭的常識を考えなければそれなりに穏やかに日々は過ぎていった。
いや、穏やかではないけど。
電気流されるの超痛いし、針で刺されるのは馬鹿みたいに痛い。ゾルディック家の方針か、父さんの依頼か、傷が残らないようにはされてるから、嫁入り前の肌に傷が残る事は無かったけど、くそ痛い。赤ちゃん用メニューでも一般の成人男性が泣くレベルだからアレ。私には念が無ければ耐えられなかった。だから念なしで耐え抜いたイルミたちは凄いと思う。
7月7日、私とミルキは訓練を終え(今日は変化系系統別修行と水中息止め訓練だった。この家は何を目指しているんだろう)、念を使った手遊びをしながらお喋りに興じていた。
ゲームにそそのかされたミルキは、あの後わりかしすぐに念を習得していた。ゾルディックすげえ。
「今日、七夕だね」
「なにそれ」
「外国の風習。織姫と彦星っていう男女が1年に1回会える日。笹の葉に願い事吊るして、星見る日」
「リア充の日かよ爆ぜろ」
わずか5歳にしてこのセリフを言えちゃうミルキ君、流石です。
「二次元だったらあり?」
「二次元でもよその男女がいちゃつく日とか胸糞わりい」
「まあ言いたい事はわかる」
非リアの会話が弾む。オーラでスカイツリーを作りながら(ミルキが拍手してくれた)、先日発売されたゲームを思い出し話題に出した。
「グリードアイランド、残念だったね」
「あーあ、欲しかったのになー。リン、お前親父が開発者ならゲーム貰って来いよ」
先日、ミルキが調べた事によりグリードアイランドが正式に発売される事が分かった。価格は50億越え。ミルキはシルバさんに買ってほしいとねだったが、すげなく却下されたというわけだ。
…あの時のミルキの暴れっぷりはひどかった。念能力者である使用人が10人くらい負傷した。イルミが止めに入って宥めるまで止まらなかった。
ちなみに私は静観していた。命大事。
「うちの父さんそんな優しくないよ」
「だろうな~。優しさの欠片もねぇお前の親父だもん」
「うるせぇ」
ボコっと『流』をつかってきつめに殴ったが、攻防力移動でガードされた。流石に半年以上一緒に暮らしているだけあって、お互い遠慮がなくなってきた私たちだ。
ちなみに優しくないうちの父さんがこの半年間の間に寄こしてきた連絡は、『息子が生まれた』というメールの一言だけだ。娘の近況気にしろ。
しかもあて先はシルバさん。私は携帯持ってないからこれは当然だけど。ゴンの誕生は嬉しいが、育児放棄親父が2人目を作るなという気がしなくもない。
「ゼノさんなら買ってくれたんじゃない?」
「だめ。じいちゃん、ゲームの事全然興味ねーもん。生涯現役とか言うなら若者の好みも把握しろよなー」
「わしがどうしたかの?」
「どうもこうも…え」
「…」
冷たい汗が流れた。殺気どころか気配も感じないが、だからこそ怖い。ブリキの様にぎぎ、と首を後ろに回すと、ゼノさんがオーラでピサの斜塔を作りながら後ろに立っていた。思わず拍手した。まあ、私は何も悪い事言ってないし関係ないしな。
「じいちゃん…どうかした?」
悪い事を言ったミルキがガタガタと震えながら尋ねる。アーメン。この世界にキリスト教があるかは知らないが、心の中で十字を切っておいた。
ゼノさんはそれには特に怒るでもなく、軽いデコピンをミルキに施した後(ミルキは壁まで吹っ飛んだ)、私たちに用件を告げた。
「生まれたぞ。男の子じゃ。銀髪じゃったわい」
それを聞いた私たちはキキョウさんの部屋へ一目散に駆けだした。ミルキにとっては初めての弟の誕生、私にとっては推しの誕生である。
キキョウさんの部屋には既にシルバさんとイルミが居た。仕事から戻ってきていたらしい。
キキョウさんは既に嫌な予感がするくらいに、生まれた赤子が天使の様だと溺愛している。シルバさんも顔にこそ出さないが、白っぽいオーラが喜んでいるのが見える。
「お前ら入れ」
キキョウさんに文句を言われそうだったから私は扉から拝むだけにしようと思っていたが、シルバさんに言われたなら仕方ない。入るしかないね!
いや、仕方なくだからねキキョウさん!そんな睨まないでね!
「男だ。名前はキルアにする」
シルバさんの腕の中を覗き込むと、ふわふわの銀髪が少しだけ生えた赤ちゃんがすやすやと眠っていた。思わず心の中で拝んでしまった。尊い。てぇてえ…。
「暫くの訓練と育児は使用人に任せる。大きくなったら面倒を見てやってくれよ。イルミ」
「うん。わかった」
イルミさん、恍惚とした表情になってますよ。表情筋動くんですね。
そして早くもやばいキルアへの執着具合。どこかから取り出した一眼レフで写真を撮りまくっている。今後これが歪んだ執着になって針ぷすーになると思うといたたまれない。よその家の事だから深く介入はしないけど。
「じゃあ、訓練室に連れていく」
「シルバさん、もう訓練させるの?」
私が聞くと(キキョウさんにはじろりと睨まれた)、シルバさんは立ち上がり扉に向かいながら言った。
「生まれたらすぐに電気訓練を始める。この家の慣例なんだ」
「ふーん…」
強く生きてくれ…キルア…。
◇◇◇
「ツボネさん、キルア、元気してる?」
キルアを育てている部屋に私は少しだけ顔を出しながら声をかけた。
キルアの育児は基本的に若い女性の執事が行っている。しかし、その監督をしているのはあのツボネさんだ。シルバさん直属だが、長年勤めていて育児経験も豊富であるためだと思う。そして監督と言いつつ率先して育児をするため、他の使用人の出る幕はあまりない。
「あらリンちゃん。私にさんづけしてキルアちゃんを呼び捨てはヨロシクなくてよ」
流石の貫禄というか、ツボネさんはキルアを抱きながら私にもお小言を言った。
ツボネさんといいゼノさんといい、この家のお年寄…年上の人たちは、比較的私の事を可愛がってくれる。この家に女の子がまだいないからかもしれない。ちなみに、私はアルカとカルトは女の子だと予想している派だ。
手招きされて駆け寄ると、キルアは腕の中ですやすやと眠っていた。推しのご尊顔を眺められるとは…とぼんやりしていると、何かむずがるようなしぐさをし始めた。じきに泣き出すだろう。
「ツボネさん、なんでむずがってるの?」
「たぶんオムツね」
主語のない私の質問にもツボネさんはごく普通に答えてくれた。「あなたが替えてみる?」と聞かれ、恐る恐るキルアに触れる。当然だが、赤ちゃん特有のもちもち柔肌だ。うっかりつぶれそうで怖くて、手がプルプル震える。
「これで合ってる?」
「そう。キルアちゃんも可愛いお姉ちゃんにオムツ替えてもらって喜んでるわ」
そう言われるとなんだか嬉しくて、ツボネさんとニコニコ笑いあった。ゾルディック家は、殺しが無ければ愛情のある金持ちの家庭だと思わないでもない。殺しが無ければな!ここ重要!
今が原作スタート前である事はもう確定している。将来聖地巡礼、推しとの接触も考えているから、キルアと会う事があれば今日の事をからかってやろうと思う。
訓練室に連れていかれるキルアを途中まで見送ったのち、ミケと遊ぶために私は山を降りた。
◇◇◇
あー、あー、テステス。
私こと、リン=フリークス、現在ゾルディック家の図書室に潜入しております。
どこかのでかい国の国立図書館レベルの本がおいてあり、種類も雑誌、小説、ラノベ、漫画、辞書、エッセイ…と選り取り見取りだ。
『人体解剖術』とか『今日からあなたも暗殺者』なんて本も置いてあるのは流石だと思うけど。暗殺者の自己啓発本が置いてあるのは初めて知りました。
この図書室は、お屋敷の中でも私の一番のお気に入りスポット。初めは狂ったように漫画を読み漁っていたけど、最近のマイブームは各国の旅行ガイドブックを眺める事だ。
(やっぱりククル―マウンテンってパドキアの名所で認知されてるんだ。…あ、めちゃ売れロールアイス屋さん気になる)
大半は食べるものに目移りしちゃうわけだけど。
でもやっぱり聖地巡礼するなら各国の情報は頭に入れておきたいもんね。というか、ハンター文字がスラスラ読めるってだけで楽しいし、図書室に籠る価値がある。
「リン、ここに居たのか」
『行くっきゃない!パドキア観光グルメ20選!』のページを読みふけっていると、気配無くシルバさんが後ろに立っていた。この家の人は皆気配がないから、いつどこから現れるかわからない。隠れて悪い事は出来ないなと思ったり。
「あ、シルバさん」
シルバさん、漫画だとなんか厨二チックな部屋に座ってる人ってイメージが強いけど、むしろどちらかと言えば訓練とかで屋敷内を動き回る人だ。いやまぁ、座りっぱなしなわけはないけど。
「何か用ですか?」
「これから仕事に行くんだが、ミルキに仕事現場を見せるつもりをしている。だからお前にも少し見せてやろうと思ってな」
お仕事…つまり暗殺ですね。さらりと子どもに殺害現場を見学させようとしてますよこの人。
そういえば、ミルキもそろそろ暗殺の仕事を請け負わせるって、この間食事の時にゼノさんが話してたな。私もせっかくだから見学するか?っていうお誘いって事らしい。
心理的には優しい友達の家のお父さんだ。「一緒にショッピングモール行くか?」みたいな。行く先は依頼されたターゲットの屋敷ですけど。
「行きたいです!お願いします」
我、即決である。
そりゃまあ、人殺し現場だから嫌悪感や罪悪感が湧かないのかと言われればそうではない。
ただ、この家に来る暗殺依頼は大抵アウトローなマフィアがターゲットであり、わかりやすく悪人であるために罪悪感が比較的少ないのが一つ。
あとは、推しの仕事現場というファン滝涎モノのシチュエーションを見逃すのはもったいないという気持ちが勝ったのが大きい。
そして、これはあまり褒められた事じゃないが、前世の頃と比べると『私』という人間は道徳的な倫理観にやや欠けているところがある。原作で言うところのゴンみたいな感じ。
『良いか悪いか』より『興味があるかないか』の方が行動理念にある。たぶん、遺伝的なものに加えて、倫理観が刷り込まれるはずの幼少期に荒野でチンピラと一緒にモンスター討伐したり暗殺者と人殺し訓練をしているのが大きいんだと思う。
あ、勘違いしないでほしいけど、快楽殺人者になる予定はない。ただ、ハンターという職を目指すならきれいごとだけでは生きていけないよなって思ってるだけ。
シルバさんは一言「そうか」とだけ言って図書室を出た。ついて来いという事だろう。
飛行船に乗り、シルバさんに連れられて私とミルキはヨークシンのターゲット邸宅近くまで来ていた。
これがあのヨークシン!思わずあちこちきょろきょろしてしまう。ミルキに「怪しまれる」ってどつかれた。あんまりだと思う。
ターゲット邸宅は60階建て高層マンションの最上階だとか。
権力者が高い所に住むのはどの世界でも一緒なのね。下まで降りるの面倒だし、地震の時とか凄い揺れて大変そうだけどなぁと地震大国出身の私としては思わざるを得ない。
「パパ、どうやってターゲットのところまで行くの?」
「壁を登る」
そういうや否や、シルバさんは足にオーラを溜めて飛び上がり、一気に20階くらいまで登った。指を上手く変形させて壁に掴まっているらしい。
「あんな高いとこまで登れって言うのかよー!」
ミルキが不満のあまり叫ぶ。しかし今は仕事中、時刻は真夜中。壁を登るのは隠密行動のためだ。
そんなところに大声を出したミルキは、シルバさんに邪眼でぎろりと睨まれた。20階上から。それでも十二分に怖い。現に、近くに居た烏が驚いて逃げてしまった。
半べそになりながらしぶしぶ壁を登りだすミルキ。どこからこの巨体を支える力が出てきているのか教えてほしい。
一方の私は、身体を変形させる技術なんて持ってないから、オーラを粘着性のものに変化させ、よじ登る事にした。『名前とか付けないで能力として認定しなければ『発』じゃねえだろ理論』だ。
例えば、原作キルアの発はオーラを電気に変えて生み出す技だ。落雷や電光石火は発と言えると思うが、オーラを電気に変化させてぱちぱちさせるくらいなら発というには少し物足りない。
逆に原作ゴンのジャジャンケン。あれは『硬』を使って系統別の技を出しているだけに過ぎないが、作中では立派な発として描かれている。
そのため、私はこう考えた。『制約と誓約や現実的に不可能な能力を作成、もしくは技名を付ける事で本人が認識した瞬間から発になるのではないか』…と。
逆に言えば『認識しなければ発にはならない』。オーラの質を少し『変化』させる程度ならば通常の系統別修行の応用的立ち位置になると想定している。天才的な発想をしてしまった、と思いついたときは自画自賛した。
もちろん、発を否定する気はない。発じゃないと実現不可能な能力も沢山あるし。ただ、メモリを節約しながら念の汎用性を広げたいって感じ。
ぺたぺたと張り付きながら壁をよじ登る気分はカエルである。少し下をふうふう言いながらミルキがついてくる。少し減量するよう忠告した方がいいかしら。
私が60階まで登り切った時には、シルバさんはとっくに登り切って待ってくれていた。そこから更に暫く壁に張り付いてミルキを待ち、全員揃ったところで窓を開いた。どうやったのかわからないが予め細工をしていたらしい。
「いいか、今から俺が心臓を盗む。ミルキ、その姿をよく見ておけ」
そう言ってシルバさんは物音に気付き私たちの居る部屋に入ってきたターゲットに向かって歩き出した。不法侵入者だというのにその歩き方とオーラの流れには一部の隙も無い堂々としたものだ。一周回って犯罪者じゃない気がしてきた。
ターゲットはブロンド髪を下ろしたスタイルの良いイケおじ。プライベートだから髪を下ろしているが、仕事の時にはオールバックとかにするんだろうな。
道中シルバさんが教えてくれた話によれば、人身売買と大麻拡散によって利益を得てきた下っ端マフィアグループのボスらしい。前述のあくどい事が大当たりして、最近はぶりが良くなってきたんだとか。
可哀そうと思うけど殺されて仕方ない事をしている類の人だとも思う。
推しの一挙手一投足逃すまいと、『凝』をしながらその行動を見守る。シルバさんは拳銃を持って喚くイケおじの横を、まるでただの通行人のように通り過ぎる。
一瞬、わずかに手が動き、すれ違った後には何が起きたかわからず倒れ伏すイケおじの姿があった。物言わぬ物体と化したイケおじを真顔で見下ろすシルバさんの手には心臓が乗っている。イケおじの身体はどこからも出血していない。
そういえば原作でキルアが「親父は心臓を抜き取っても血を出さない」って言ってたな。
手を変形させて体の中でもわずかにある『血管が通ってない部分』を通り、心臓を手に取る。そして心臓をねじ切り血液が零れないようにターゲットの肉で血管を塞ぎながら心臓を取り出したって感じかな。心臓だけが場違いに血をぴゅっぴゅと噴き出している。
暗殺者こわ。司法解剖した時にびっくりされるだろうな。
「パパ凄い!血が一滴も出てねぇじゃん!」
ミルキがヒーローを見る目でシルバさんを見つめる。ヒーローていうか、ダークヒーローだけど。完全に。
私は私で、本当にイケおじが死んでいるのか気になって死体に触れてみた。当然だがまだ体温は残っている。だけど、脈拍が無い。オーラも消えている。
「死ぬってあっけないんだ」
ぼそっと呟いたその一言はシルバさんに聴こえていたらしい。隣にかがみこんで、顔を覗き込まれた。
「怖くなったか?」
「ううん、知らない人だし。ただ、人って簡単に死んじゃうんだなって」
そういえば、前世の私はどうやって死んだんだろう。原作知識とか社会常識なんかは覚えてるけど、どうやって死んだかがどうしても思い出せない。まぁ、今更知ってもって感じだけど。
シルバさんは私の言葉を聞くと、「そうだな」とだけ返した。生まれてからずっと暗殺者として生きてきたこの人は何を思っているんだろう。もしかして、案外子どもの頃は反発してたりしたのかな。キルアみたいな感じで。
「ボスに何しやがったてめぇら!!!」
イケおじが騒いでいた事で異変に気付いたのかな、それとも私が気づかなかっただけで非常事態の救援指示みたいなのがあったのかな。明らかに堅気じゃない叫び声と共に、黒服サングラスのいかにもな人たちが拳銃片手になだれ込んできた。6人くらい。
振り向いた時には既に拳銃がパンパンと乾いた音を響かせていた。拳銃くらいならオーラを込めた素手で弾き返せると思ったが、よく見たら銃弾にはオーラが籠っている。彼ら自身は念能力者じゃなさそうだけど。
(あ、これやばいかも)
咄嗟に攻防力の配分を変える。銃弾を叩き落とそうとしていた手にほとんど全てのオーラが行くように。足の踏ん張りがきかないだろうが、頭に穴を開けられるよりはマシだ。
銃弾を受け止めようとした所で、目の前を大きな手で阻まれた。シルバさんが私を守ってくれたらしい。隣を見ると、いつの間にやらミルキも小脇に抱えられていた。
「行くぞ。口を閉じていろ」
言葉の意味をよく聞きなおす間もなく小脇に抱えられ、瞬きした次の瞬間には大空へフライアウェイしていた。真っ暗な中に高層ビルの明かりがチカチカと瞬いている。60階からの景色はかなり綺麗だった。前言撤回、住みたくなる気持ちも少しわかるかも。
そして急降下。勿論重力に従い地面へと目掛けて。
紐なしバンジイイイイイイ!
わかってる、頭ではわかってるよ。シルバさんが問題なく着地できる事くらい。じゃないと飛び降りたりしないもんね。
だけど自由落下、そして私は小脇に抱えられているだけのセーフティ何それモード中。シルバさんの反対側の腕を見たら、ミルキの顔の肉が風圧で捲れあがってて思わず吹いた。
ぐんぐん目の前まで近づく地面。ちょっと辞世の句を考えておいた方が良いだろうか。走馬灯とか見えるかな…パンダしか見えない。少なくとも父さんの顔は一切よぎらなかった。
死を覚悟していたけれど、着地の瞬間は意外に衝撃が無かった。まるでどんぐりとか小さな木の実をポトッと落としたような、その程度。人ってこんなに衝撃を殺して飛び降りる事ができるんだって、妙に感心した。
「パパ!降りるなら降りるって言ってよ!」
「言っただろ」
「早すぎるって!もう少し心の準備をさせて!」
「甘えるな」
ミルキの不満は甘えに入るのだろうか?少なくとも、ゾルディック家では入るらしい。心のメモに書き込んでおく。
「リンは怖かったか?」
そう言って私にも確認してくれるシルバさん。本当に友達のお父さん的な気遣いをしてくれる。友達のお父さんは60階高層ビルからは飛び降りないけど。
確かに怖かったけど、だけどそれ以上に、
「楽しかった!!」
そう、楽しかった。そりゃ、なんて事をしてくれるんだって飛び降りた時は思ったけど、今は高揚感でいっぱいだ。例えるならジェットコースターに乗った後。それだまさにそんな感じだ。
「…そうか」
私がテンションハイになりながらそう言うと、シルバさんは何処か微笑んだように見えた。
その後、ミルキの希望で帰りにフルーツパフェを食べて帰った。かくして推しのお仕事見学と初めての人殺し見学は意外とあっさり幕を閉じたのであった。