数十分に渡るバインダーを睨みながらの相談の末、使用したのは指定ポケットカード58番、『レンタル秘密ビデオ店』。
他人の秘密が入ったビデオを視聴できる代わりに秘密を話さないのが、約束…もといカードに込められた念の制約だが、それぞれが個人で共通のビデオをレンタルすれば、口に出せなくとも秘密の共有は可能だ。
そこに映っていたのは、ミシャクーロの半生だった。
約一時間のダイジェストで流れる虫唾の走る光景に、思わずリンは顔を顰めて片手でわしわしと頭を掻きむしる。冷静になって少しぼさついたヘアスタイルを整え直し、秘密を厳守するために入ったビデオデッキ付きのネットカフェにて大きなため息をついた。
(…先に見ておいて良かった。仕返しした後にこれ見てたら、変に後悔するとこだったわ…)
正義の反対は別の正義だという。ならば、悪の反対もまた別の悪なのだろう。もしもリンがミシャクーロに復讐をしていたら、リンもまたミシャクーロやネテロにとっての悪になっていた。
自分を善とは思っていないし八つ当たり半分なこの仕返しがただの悪い事だとは百も承知だが、それでもあの背景を知らずに彼をなぶり殺しにしていたらと想像すると気分が悪くなる。加害者も別の視点から見れば被害者…よくある話だが、実際に体験してみるとこんなに後味の悪いものはない。
(にしても、このビデオ本当に知りたいところをピンポイントで用意してくれてるわね。どんな作りしてんだか…)
ゲインで顕現化したレンタルショップは、小さな小屋の様な見た目だった。しかし店内に入った瞬間異質なオーラを感じ取ったことから、自分のオーラを読み取る何かしらかの念が働いていると予想する。だがこの分ならば、他のビデオも問題なく目的の内容が観られることだろう。
ここまで来たら全て知らないと気が済まない。勿論予めミシャクーロの他、ネテロの秘密ビデオもレンタルしてある。
新しくセットしたビデオテープから流れる映像を、リンは固唾を呑んで見守る。
何処かの荒野、そこにはネテロが一方的にミシャクーロを蹂躙する姿が映っている。
覚悟を決めた表情で具現化された観音像を操るネテロ。その鬼気迫るオーラは、画面越しのリンですら鳥肌が立つものだった。
当然、そんな殺気を直に受けたミシャクーロが無事であるはずがない。何やら念能力で応戦していたようだったが、次第に防戦にすらならなくなり、やがて膝をついた。
命の危機、絶望、身体中の痛み、全てがミシャクーロの生きる気力を奪い、やがてはリン達が見たあの姿へと変貌する。念を解除したネテロは、何処か疲れた年相応の老人の様な姿をしていた。
ネテロが既にミシャクーロを見つけていた。それは今までの流れからとっくにわかっている。その上庇っているかまではわからないが、何かしらかの個人的感情を孕んでいるのも察していた。
だが、こんな一方的な制裁を加えていたなんて聞いてない。リンがどれだけ殺気をぶつけてもあの飄々とした空気を崩さなかったネテロだ。確かにあの試験直後は妙に感情的な一面も見せていたが、それも含めてリンにはネテロがどうしようもない人間にしか映っていなかった。
ミシャクーロのあの姿は、ネテロによるものだったのか。そう考えこむリンに、更に予想外の姿が映り込む。
「父さん…!?」
『モーロクしたか?ジイさん』
思わずリンが声をあげてしまったのも無理はない。ネテロに声を掛けながら画面に映り込んだ姿は、リンが良く知るものだったからだ。記憶の中の姿よりも少し落ち着きが生まれた父親に向けて、ネテロは寂し気に答えていた。
『…此度ばかりは何も言えんよ。おぬしの娘にもすまん事をしたの』
『うんにゃ、むしろ良い薬になっただろ。覚悟も決まったみたいだしな』
そんなやり取りをし、二人の間に静寂が訪れる。何かを呟くミシャクーロを暫く眺めていたジンだったが、やがてすべてを読み取ったかのようにはっきりとした口調で言った。
『そいつはG・Iにでも置いとけ。仲間に話はつけとく』
『…こんな事があったが、息子じゃ。何より協会内で起こった不祥事、会長であるわし自身で尻拭いをせねば』
息の根を止めるつもりだ。小さく答えるネテロに、直感的にそう感じた。画面越しでもわかる殺気に、寒気が止まらない。それは自分とネテロの力量差を、嫌でもリンにわからせた。
オーラを練るその姿にジンも同じように感じたのだろう。だが一切臆することはなく、しかし全く異なる方向で苦心しているように苦い顔をして見せた。
『うちのガキはしつけーからな…それじゃ納得しねーよ。てめーがすべき事は十分やった。あとはあいつらにやらせておけ』
ジンはあらゆる方面に顔が利くため、諜報力が異常に高い。だがそんな彼と言えど、ミシャクーロを探すのにも数日程度では済まなかっただろう。それならば、この時点でリン達が捜索活動をしていると知っていた可能性が高い。
いったいこれはあの試験からどれくらい後の話なのだろう。予想外の展開に、リンは場違いな事を考えながら続きを見守っていた。薄々この後どんな流れになったのか、とっくに理解はしていたが。
『悪いと思ってんなら、前を向くきっかけを作ってやるのも一つの罪滅ぼしなんじゃねーの?てめーはただ、いつもの陰険ジジイであればいいさ』
『お前、わしの事陰険ジジイと思ってたんかい…』
『今更だろ』
あっけらかんと悪びれもせずに言うジンに、ネテロが小さくため息をついて笑う。そこで映像は途切れた。取り出したビデオテープは片面のみに巻き付いており、これですべての視聴が終わったことを示している。
完敗だ。ハンターとして、人として、自分は彼らに完全に負けた。
彼らがどこまで把握していたかわからないが、彼らの行動の全てを理解したリンはただただそう感じた。
全て手のひらの上だった。それどころか、これらはリン達のために整えられた舞台だったようだ。疑問が解消したのはよかったが、また別の感情がリンを襲う。
しかし知るべきことは全て知れた。ここからどうするかは自分たち次第だ。癖で思案に耽りそうになるリンを、視界の端に映るビデオが引き留めた。
(…あ、そうだ。もう一本ビデオ借りてたんだった)
リンが借りたビデオは三本。ミシャクーロとネテロ、そしてジンの秘密ビデオだ。レイザーから今回の件にジンが絡んでいると聞いていたので、念のため借りていたのだった。
それに、あわよくば居場所の手掛かりもあるかもしれない。この島に手掛かりはないと予め言われているし、ジンともあろう者が自分の作ったゲームの念に足を掬われるなんてポカをやらかすとは思えないが、借りられたのだから見ておいて損はない。
わからない事だらけだった一連の事件が整理されたところで、リンは改めてジン=フリークスと表記されたビデオをデッキに挿入した。ザザ…と砂嵐の様な画面が数秒続いた後、思い切りカメラ目線のジンの顔が画面いっぱいに映る。背景はG・Iの何処からしく、何かデジャヴを感じると思えばハンター試験合格後に見た映像と全く同じものだった。
『だぁかぁらぁ!この島に俺に関する情報はないって言っただろ!当然カードにもプロテクトをかけてるぜ』
画面の中の父親は不機嫌そうな表情でイライラと指をこちらに向けている。なぜかボロボロの姿だが、そういえばあの時映像の最後でドゥーンたちをぶん殴っていた。恐らくあの後撮影された映像なのだろう。明らかにさっきまでとは違う空気の映像に、流石のリンもぽかんとなった。
『そんなのもわかんねーとかお前は馬鹿か?馬鹿なのか?あ、もしかして俺がどんなプロテクトを用意しているか逆に気になったか?お前、ラスボス戦で魔王に『世界の半分をやるから仲間になれ!』とか言われたら一旦『はい』を選択するタイプだろ!!』
(…ムカつく通り越して、一周回って面白くなってきたな)
確かにリンはゲームをしていてもマルチエンディングになりそうな選択肢があれば先にバッドエンドを見るタイプだ。尤も、ハンターハンターという異能力ファンタジー全開の世界に生まれてきてしまったのでRPGにはあまり興味がないのだが。
今までのシリアス感情を全て吹き飛ばすようなジンの発言に、ほんの数時間前まで目を泣き腫らしていたのも忘れそうになる。それでも一応最後まで観ておくかと黙って頬杖をついて続きを見守る。あくまで、一応。
『それとも何だ?何か俺に相談したい事でもあったか?生憎だが俺の言う事は一つだ。『てめえの事はてめえで考えやがれ!』』
(あ、やっぱりムカつくわ)
今の自分の状況を言い当てられたかのような言葉にイラっとするリン、やはりこの親父はヘイト稼ぎの天才だと改めて認識せざるを得ない。
もう観るのやめておこうかと考えていると、さっきまでとは一転して少し真面目な表情をしたジンが言葉を続けた。
『自惚れんな、才能があろうがお前なんて半人前のぺーぺーだよ。おまけにこの仕事やってりゃあ、胸糞悪い場面に出くわすなんざごまんとある。慣れろ。そんでお前のやりたいようにやれ。以上!…あ、これ以上は探してもマジで何もねーから無駄な時間使うなよ!じゃあな!』
「…ぷっ」
まったくもって言いたい放題言われただけのビデオだ。だが、観てよかった。ミシャクーロの一件をどう終わらせたいか意思を固め、メンチとノワールに相談するために立ち上がる。今度こそ、今度こそ前を向くために。
◇◇◇
「私、ミシャクーロを殴るのやめるわ」
もしも制約を破ってビデオの秘密に言及した場合はどうなるのかと思っていたが、単純に秘密に関連するキーワードを話そうとすると口が動かなくなるという仕様だった。
そのため、互いに情報共有できているかの確認はせず単刀直入に結論に入る。ビデオの視聴を終えて集合したレイザー宅のダイニングにて、メンチたちもリンの言葉に特に異論を唱えることはなく、だが複雑な表情で天井を仰いだ。
「…そうね。あんなのをボコボコにしても気が晴れないわ」
「俺も反対はしないよ。ならば警察に引き渡すというところが落としどころかな」
ノワールの案は至極真っ当かつ正当なものだ。そもそもジンの提案とはいえ、彼がG・Iに居る今の方がおかしな状況であり、それを本来の法の流れに戻すだけのこと。罪の重さからして生きているうちに日の目を浴びることはないだろうが、ノワールにもメンチにも、それ以外の手段は思いつかないらしかった。
「ま、終わりとしちゃあっけないもんだけど、真っ当よね」
「…ちょっと提案があるんだけどさ、私に念能力を使わせてくれない?」
全てを知り、ルカスの言葉も聞いて気持ちの落としどころはできた。だが、一件の背景を想えばなんとも後味の悪い話ではある。どうせ初めから自己満足なのだから、トコトン突き詰めようというリンの意見だ。
どちらにせよ全てがとっくに終わってしまった話であり、それを納得しきれなくてここまで引き延ばしてきたのはリン達だ。そしてジンもネテロも、そうすることを許してくれた。
ならば、最後にちょっとくらい偽善者ぶって気持ち良く終わらせたって良いだろう。それは前に進むための場を用意してくれた彼らへの、ほんの少しばかりのお返しのつもりでもあった。
「内容によるけど…今ここで使えるような能力なんてあったっけ?」
「それがさ、今日あの後妙な感覚を覚えたのよ。確認したら能力が増えてた。理由はまったくわかんないけど」
リンが
恐らくはリンが生まれて初めて『発』を使用した時…つまり、
簡単に能力とそれを使ってやりたい事を説明され、それを聞いたメンチは椅子にもたれ掛かってはぁ、と呟いた。
「なかなか怖い能力ね」
「割と制約重いし、使い勝手は悪いわよ。それにまだ私も把握しきれてないところがあるし、あまりあてにできる能力じゃないわね」
「何より個人的にこの能力がいけ好かない」と言うリンの個人的な感想に、メンチは耐えきれず噴き出す。上手く使えば世界を牛耳ることもできるだろうに、この友人は趣味や好きな事以外には野心が全くないと。今だって能力を前を向くためだけに使おうとしている。
仕事柄リンとは正反対の人間を多く見てきたノワールは笑いこそしなかったが、随分と背の伸びた昔馴染みの頭を優しく撫でた。
「あの一件で一番傷ついていたリンがそう言うんだ、俺は反対しないよ。…落としどころとしては十分すぎるだろう」
全員の意思が一致した今、行動を後回しにする理由は一切なかった。その足でミシャクーロの居る部屋へと向かう。
「あなたはただの一般人。今までの人生はすべて忘れて、真っ当に、幸せに生きる人間になって」
◇◇◇
とある街で、記憶喪失の男が保護された。自分が誰かもわからず、辛うじて内ポケットに入れられた身分証明書だけが彼の存在を明らかにするものだった。
右も左もわからない状況だったが、男の誠実な人柄が幸いして誰からともなく手を貸した。
男はよく働いた。やがて真面目な女性に惹かれ、結婚して子どももできた。
自身の過去が気にならないとは言わない。だが、男は幸せだった。愛する人に愛されて、自身の人生を懸けて守っていくべき大切な存在が居る。信じて身を任せることのできる仲間が居る。それだけでもう自分には何も要らない。
彼はこれからもそうして生きていく。
浅はかな催眠術(メズマライザー)
操作系能力
対象の意識、行動を操作する能力
対象に触れた状態で口頭指示した命令に、無意識で従う
触れている間に告げられた命令を一つとしてカウントする
制約:対象一人につき一度しか使えない
対象に念獣と能力者、両方が触れながら命令する必要がある
誓約:術者が死亡すると効果はなくなる
同じ相手に二回使おうとした場合、今まで使用した能力操作が全て術者に返ってくる