リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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親父を殴ってみる

 ざわ…と十二支んの面々の動揺が空気に表れる。

 幹部クラスの会議が行なわれる際、暗黙の了解として会議室に入って来る者は居ない。それも数年に一度あるかないかの全員絶対参加の会議となれば議題自体の重要性も高く、迂闊に近寄る者はそうそう現れない。

 そこに何食わぬ顔をしてメンバーの身内が現れたのだから、驚くのは当然だ。知っている者も初めて会う者も、無意識に目の前の女から同僚に似ている要素を探す。

 

 原作のゴンに似た、しかし丈の短いジャケットは白地にオレンジのラインが入っている。それに合わせるようにして、前開きのジャケットから覗くインナーも当然とばかりにへそが見える丈。露出の多い上半身を補うかのように足は十分丈のスキニーパンツで覆われている。カツカツと音を立てていたのは、ヒールの高いショートブーツを履いているかららしい。

 オールバックの額は明るいオレンジ色のヘアバンドで隠れており、ジンの特徴的な生え際が遺伝しているかまでは確認できない。彼らがジンとリンに親子の要素を見つけられたのは、そっくりな形をした橙の目元と全身から発するどこか強者染みたオーラだけだった。

 

 知っている面々を除きこの子が噂のジンの娘か…と、そして知っている面々も含めいやでもなぜここに?と遠慮なしにリンを見やる中、リンは全てが上手くいった喜びを表に出さないように努めつつ、丁寧にしかし勝気に宣言した。

 

「お騒がせしました。今回のハントの対象がコレだったもので。バッテラ氏の依頼や諸々の関連情報はフェイクなので、ご散会ください。ちゃんと依頼料は払われますので」

 

 それだけ言うとずりずりと父親の首根っこを掴み引き摺りながら立ち去るリンに、その場の誰もが、パリストンでさえもあっけにとられる。引き摺られているジンが騒ぎもせず抵抗もせず、無言で(むーん…)と擬音語が付きそうな位に悩ましい表情をしているのだから余計に。

 十二支んはハンター協会の幹部集団だ。そんな彼らを丸ごと罠にかけてまで獲物を狩るハンターは、今まで現れた事がない。

 

「ふぉふぉ…あの娘にしてやられたのう」

 

 いつの間に驚きから抜け出したのか、そもそも驚いてすらいなかったのか。湯呑の茶をすすりながら朗らかに笑うネテロに、邪魔ばかりの副会長に代わって会議を取り仕切る事が多いチードルがじっとネテロを睨んだ。

 

「…ご存じだったのでは?→会長」

「何がじゃ?わしは仕事をしようとここに来ただけじゃよ」

 

 そう言うと、ネテロは髭を弄りつつ孫を見るような眼で二人が去って行った扉を眺めた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「もういい。逃げねぇから離せ」

 

 協会内の職員たちの視線を全身で浴びながら外に出た所で、ようやくジンは口を開いた。

 今頃本部内はリン達の噂話で持ちきりなのだろう。そんな事は気にもしていないジンの言葉に対してリンは(嘘つけ逃げるだろテメー)という視線で返す。

 だが、それすらも読み取って「嘘つかねーよ。人の居ないところに行くぞ」と言われたので、ようやく手を離した。やれやれと腕を回しつつ先頭を入れ替えたジンが走り出す。

 

「老けたわねオトーサン」

 

 街中を走る道すがら、リンは興味がない風を装って嫌味を言った。

 別に本当に老けたとは思っていない。推定30代のジンは、童顔も相まって実年齢より若く見える程だ。年齢に寄せるために敢えて無精髭を生やしているらしい事も簡単に予想がつく。髭を剃ったならば下手すれば兄妹とも間違われるだろう。

 

 実際に顔を合わせるのは実に10年ぶりの父親。昔はもっと話せたはずなのに、いざ面と向かうと色んな感情が渦巻いて上手く言葉にならない。やっと思いついた話題がこんなんで、今から先が心配になるリン。

 

「人間歳には抗えねーよ」

「昔はまだ煌めいた眼をしてたのに…こんな萎びたおっさんになっちゃって…」

「喧嘩売りに来たのかテメー」

 

 これでは友達の父親にあたるシルバの方がよっぽど話しやすいくらいだ。無言で街中を駆ける中、リンは何とも言えない気持ちになった。

 

(これが思春期の父娘ってやつなのかな…)

 

 もしも自分が父親と暮らしていたら『汚いパンツと一緒に洗うなクソ親父!』とか言ったりするのだろうか。

 そもそも同居経験が数えるほどしかないため、それすらも想像がつかないリン。だが、少なくとも仲良しこよしな父娘のイメージは全く湧いてこない。

 

 殆ど会話もなく走る事数十分。連れてこられたのは広い浜辺だった。周囲には民家もなく、当然の様に人も居ない。海は透き通るように青くカップルが来たならばムードのある景色だが、だからこそそこに居る二人の空気はてんで場違いなものだ。

 風で裾の長い服をはためかせながら、帽子を被りなおしジンはリンに向き直った。

 

「…で?わざわざハンター協会の幹部を出し抜いてまで何がしたかったんだ?」

「愚問ね。約束通り敬愛するパパを殴りに来たのよ。ま、喧嘩を売りに来たわけ」

 

 プライドから簡単に言ってのけるが、リンはジンを十二支ん諸共トラップにかけるためだけに、数カ月かけて準備をしている。

 

 依頼人を偽装するようにとバッテラへの命令…もとい依頼は勿論、ハンター仲間への可能な限りの根回し(基本的に面白がって乗ってくれる)、そして十二支んが検索をかけた時のためのダミーデータをハンターサイトに仕込みまでした。何ならこれだけのためにハッカーハンター界隈のレジェンド、イックションペにも連絡をとっている。

 

 信頼性が売りのハンターサイトでガセネタを流すという、本来ならハント対象になりうる行為だが、期間限定であることとイックションペがジンとゲーム友達であり最近負け続きで根に持っているのが幸いした。

 世界規模での罠。人、ネット、金銭、あらゆる方面から力をかけてさも本当の情報かの様に流す。情報操作に長けた巨大国家でさえも騙せるようなそれらは全て、たった一人をおびき出すためだけの狩りだ。

 

「わかりやすいとこに居てくれればいいのに、探しても尻尾を掴んでもすぐ逃げるから面倒になってね」

 

 実を言うと、これまでも何度かジンの足取りを掴みかけた事はあった。ハンター仲間から最近会ったと報告を受けたり、気まぐれに募集をかけたネット掲示板でタレコミを受けたり。

 だが、結局それらはすべて空振りに終わった。そもそも二年に一度は協会内の情報でも行方不明者にカウントされるレベルの父親なので、方針を変えることにしたのだ。つまり、探すのではなくリンが仕掛けた罠に自分から入ってきてくれるように。

 プロハンターを罠にかけるなら当然、巻き込まれる人間のレベルもプロハンター級になる。そんな人間を騙すだけのためにかかる労力と金額は測り知れない。

 

「…お前って奴は…」

 

 ジンは呆れたように自身の首に片手を回した。でかい溜息をつき、改めて成長した娘の顔を見据える。

 

「わぁーったよ。オラ、来いよ」

 

 いかにもやらされますといった口調だ。つまらなそうにそんな事を言われると、要望を叶えてもらえるとはいえ思わず眉間にしわが寄る。長らく離れていた父親…期待はしていなかったが、もう少し相手にしてもらえるとは思っていた。

 

「…10年ぶりに娘が会いに来たのに、何も言う事はないわけ?」

「ごちゃごちゃうるせーなぁ…やるんじゃねえのかよホラ」

「その偉そうな態度大概にしなさいよ…童・顔・チ・ビ・親・父」

 

 仕方なしに相手してやるという雰囲気を醸し出すジンに、リンのイライラボルテージがマックスになった。ジンをやる気にさせるため、敢えて地雷ど真ん中を踏み込む。

 

「ていうかヒールありとはいえ私と身長変わんないじゃない。成長期まだ来てない的な?」

 

 ぷぷ、半笑いで馬鹿にしたようにリンがそう言うと、ジンは帽子を脱ぎスパァーンと大きな音を立てて地面に叩きつけた。あからさまにイラついた表情でリンを睨みつける。

 

「おう…テメー言っちゃいけねえ事を言っちまったな」

 

 かくして、壮絶な親子喧嘩は割としょうもない言葉で火ぶたが切られた。

 

【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)

 

 砂浜であるため足場は悪く踏み込みにくい。僅かに足元にガラス面を置き、土の地面と同じスピードで身体を前方に押し出した。

 

 勢い良く踏み出された一歩は、一足で距離を詰めジンに迫る。そのまま繰り出された蹴りは、軽く片手でいなされた。

 だが、そんなことは想定済みだ。身体全体を捻って勢いのままに裏拳を後頭部目掛けて打ち込む。これもまた姿勢を低くすることで回避される。

 そしてジンの反撃。しゃがんだ姿勢で左足だけを高くつき上げ、リンの腹を狙う。間に【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)を挟むことで防御をしたリンだったが、一点集中された蹴りにガラスは粉々に砕け散った。

 

(っ…!そこそこ強度にも気を配っていたのにこんな簡単に砕かれたか!)

 

 防御兼足場にしてそこから不意を突く作戦はあっさりと崩されてしまった。

 それでも防御壁を砕くまでの間に生まれた一瞬の隙を突いてオーラをブーストし、ぎりぎりで攻撃を回避する。だが、こうも簡単に突破されてしまうのでは、【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)は防御としてはほぼ機能しないだろう。

 

 距離を取り、能力を解除してまた別の能力を発現させる。肩に乗るメイメイのオーラがほんの一瞬大きくなり、リンの周囲を纏う空気が変化した。

 

【流砂の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)

 

 ざざ、と足元の砂が、右手を伸ばした先にある海がリンに呼応する。日本武道館が丸々入るほどの体積のそれらが、今のリンが操れる量だ。

 

 操る砂と水を通して、触れている対象をぼんやりとは感知できる。(もしかしたら肺に砂が入ったりはするかもしれないが)死なせたりはしない自信があるリンは、迷わずに近くの砂と海水を操作してジンを中に閉じ込めた。

 通常ならそれだけでも十分戦闘不能に持ち込める技だ。それを小手調べに使用したのは、ある種ジンへの期待に近いものからだった。ずっと追いかけてきたジン=フリークスがこの程度で終わるわけはないと。

 

「だりゃあ!!」

 

 だが、できれば『発』は使ってほしいところだ。そんなリンの願望を、ジンは内側から爆発させたオーラで粉々に砕け散らせた。

 オーラを瞬間的に増幅し、気合で一気に押し広げて自分を閉じ込めていた砂水諸共散らせる。絵面で言うならさながらドラゴンボールのそれ。

 

「…出演する漫画間違えてるのでは?」

 

 思わずぼそりと言ってしまったが、幸い砂混じりの水が飛び散る音でジンには聴こえなかったらしい。操作が解除され重力に従って落下していく水の隙間から、ちょいちょいと指で挑発する姿が見える。

 

(…そうこなくっちゃ)

 

 無意識に口角が上がる。砂粒の操作を解除し、再びガラス状の足場を出現させた。だが、次は完全に戦闘でリンの足場とする目的のみのためだ。

【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)は攻撃にも防御にも使える汎用性の高い技だ。だが、それを最も上手く使いこなす方法は、やはり『足場』としての一言に尽きる。リンの常人離れした身体能力の補助を果たし、空中戦をも可能にするそれは、地上戦においても予想だにしない角度からの攻撃を可能にする、はずだった。

 

「ちょっと!私の技使わないでよ!」

「あ?俺のために置いててくれるのかと思ったわ」

 

 それは相手がリンの身体能力に対応しきれない場合に有効だ。従って、相手…つまりジンも同等の動きをできる場合は攻防が複雑になるだけでしかない。

 空中に飛び身体を重力と逆向きに回転させて足場を作成、重力に加えてオーラを溜めた足で勢いがついた攻撃もあっさりと受け止められる。それどころか近くの足場を利用してジンも全く同じ攻撃をする始末だ。

 

 だが、それも想定内。自分と似た気質を持つジンは必ずリンの能力を確認してからどう動くかを…可能ならその能力を自分も試す方向に持っていくと踏んでいた。

 攻防を続けながら、少しずつ足場を使う頻度を減らしていく。それに気づいたジンも、蹴りを繰り出しながらもっと面白いものを見せろとでも言うように言った。

 

「何だよ、あの足場はもう使わねぇのか?」

「…制約は上手く使わなきゃね!」

 

【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)

 

 ジンの攻撃を躱しながら僅かに拳の届く範囲で僅かに後退、即座に能力を切り替え、両足を地面に着ける。

『発』の認知と解析は念能力者の勝負を決するに最も重要となるものだ。突如背後に出現した死神に、流石のジンも僅かに意識が逸れた。至近距離で発現させた能力は避ける間も無くジンの身体を拘束する。

 だが、それだけでは決定打にならない。身体の自由を奪うだけでリンも動けないのでは意味がないからだ。これすらもジンの意識を逸らす為の布石の一つでしかなかった。素早く能力を切り替え、同時に拳を打ち込む。

 

【王国の涙】(トライフォース)

 

 ウイングからコピー&改造した能力。筋力、知力、瞬発力のどれかを指定した倍量分増幅させることができる。

 オーラの消費量も倍になる割に三種の内どれか一種しか増幅できないので少々燃費は悪いが、ウイングの様に能力使用後のハンデがないのは大きな利点だ。

 

 念能力者同士の肉弾戦は基本的にオーラの攻防力移動が伴う。そのため、リンの攻撃は全てリンが纏うオーラと同等のオーラをジンが纏う事で受け止められる。

 ジンが咄嗟に動かせるようになった左腕でリンの攻撃を受け止める瞬間、筋力増強で発動した能力がリンの筋力を倍加させそれらを纏うオーラも同様に倍加させた。ジンも反射的に防御に回すオーラを増やしたが、完璧に防ぐことはできずに骨まで衝撃が伝わった。

 

 折れた腕もオーラを纏う事で一時的になら問題なく機能するため、ジンは涼しい顔をしている。リンはてっきり「父親の骨を折るとか不良娘!」とか言われると予想していたが、予想とは真逆でジンは心底楽しそうに大笑いした。

 

「面白れぇ技が多いな!こりゃ飽きねぇぞ!」

「エンタメ提供しに来たんじゃないんですけど」

「…こうか!」

 

 リンの文句を無視しながらも、リンを狙って打ち付けられた拳。

 咄嗟に危機を感じて飛び退き、ジンも本気で当てる気はなかったためにその拳は地面にぶつけられたが、その威力は先程とは比べ物にならないレベルだった。どうやら筋力を増強して放った拳が打撃系念能力判定されたらしい。

 爆発でも起こったのかと錯覚しそうな勢いで跳ねる砂、荒れる海。それらを少しばかり被りながらリンは一つの感想しか抱けないでいた。

 

(うっざ~!!!)

 

 自分も人の能力をコピーする能力なので偉そうなことは言えないが、天性の才能で見たものをあっさり真似られるのはやはり苛つくものがある。

 

「ほ~ん、オーラを湯水みてぇに使えるならまあまあな能力だな」

(…完全に私の念で遊んでるわね)

 

 ぴきぴきと額に青筋が浮かんでくるのは仕方がないだろう。渾身の能力をゲームを攻略するかの如く扱われているのだから。同時に、ジンの能力がわからず困惑もしている。

 

(親父は明らかに『発』を使ってる気配がない。なのに何か念能力を使用している気配…あくまで直感的なもので根拠はないけど、自分に作用するタイプの念能力?)

 

 『発』を持っていない可能性は0だ。屁理屈ではあるが現に今、リンの能力を真似ている時点で『発』を所持していると言える。ならば、それらの『発』を管理する能力か。

 

(…いや、親父は面白いものは好きだけどコレクター気質じゃない。管理するほど他人からコピッた能力に執着するとは思えない…なら、自分の『発』を作らないという制約で全能力を向上させるとか?)

 

 能力向上能力、数手先が見える能力、あらゆる可能性を考えてみるが、どうにもしっくり収まらない。気質的には放出系ではないかと予想しているが、そもそも一つの技に拘るタイプじゃないから予測しづらい。

 

「ともかく、丁寧な攻撃では今までと同じ結果になるのはよくわかったわ」

「…お前、相変わらず一人で考えこんで完結するよな」

「うっさい」

 

【流砂の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)を再び発動させる。一つ覚えの如くジンを覆う砂粒に、少し意外そうな表情が見えた。

 

「あ?またさっきの砂遊びか?」

「まさか。ちょっと時間稼ぎするなら、これが一番都合いいって結論になっただけよ」

 

 【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)による位置座標の固定と切断。流石にジンが相手とはいえ致命傷になる部位の切断は狙わず、機動力を削ぐ目的で足に少しばかり傷をつける。咄嗟にオーラを発散させながら飛び退いたようだったが、ゆったりとしたズボンは裂けてそこから赤い液体が滴っていた。

 

「おっ前!!リンテメー殺す気か!」

「生半可な攻撃では遊ばれるだけって結論が出たのよ!」

 

 とんでもねーガキだと騒ぐジンを今度は足元だけ砂粒で拘束し、ガラスを足場にして距離を詰める。

 ジンといえど迫りくる砂の拘束を避けながら、縦横無尽に駆けるリンと攻防を交わすと後手に回る。だが念能力を使用した勝負の大詰めとして、リンもここに勝負をかけていた。

 

 リンの『発』は自然発生型だ。故に、制約も誓約もあやふやなまま能力が発現した。

 制約と誓約は、能力の底上げも勿論だが、能力自体を安定させるためにも必要となる。例外もあるが、名称を決め、ルールを決めることで技として安定するのだ。

 

 そのため、リンは【狩人の覚悟】(ハンターライセンス)で得た全能力を使用するにあたり、ひとつの制約を設けた。それは、『能力の使用待ち時間』。

 一つの能力を使用してから別の能力に切り替えるとき、僅かながら待ち時間が必要となる。タイムラグは能力によって異なり、大抵はコンマ数秒から1秒程度だが当然大技ほどラグは大きい。

 

 だが、今回重要となるのはここではない。制約を設けることで能力の二つ同時使用を可能にしている点だ。

 例えば、クロロと新大陸紀行の解読をしていた時は【流砂の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)【私の代わりに眠って】(睡眠パンダ)を併用していた。流星街でサイレントウルフと戦闘した際には【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)【死神は林檎しか食べない】(グリムリーパー)を。

 大きく一つに纏められた能力の中の複数を同時に使用するのは通常不可能。そんな一度に一種類しか使用できない念能力を同時使用するそれは、原作でいうところのクロロの【栞のテーマ】(ダブルフェイス)に相当する。クロロは新たに能力を作成することで実現していたが、リンは制約の追加で元ある能力に追加効果を付与した形になる。

 

 そして二種類同時に能力を使用した際、次に別の能力が使用できるようになるのは少なくとも約1時間以上後だ。

 

 つまり、現在二種類の能力を同時に使用しているリンに、『次の手』はない。そのため全身全霊で能力を操り、攻撃の隙を作る。能力を二つ同時に操り自分自身もオーラを伴った攻防を交わす。

 その天才的なセンスはリンだからこそのものであり、この先のゴンでは、もしかするとジンでさえも持ちえないものだ。物心ついた頃から念に目覚め、以来オーラをずっと扱ってきたからこそのリンだけの才能。

 

(獲った!!)

 

 二つの念能力を操りながらの、数百手に及ぶ攻防。その末に、リンはジンの背後を取った。

 ジンの両足は砂を纏ったオーラで固めており、ここから移動するのには一手遅れが出る。がら空きの背中に向けて、オーラを湛え回し蹴りを放つ。

 

 フェイント。

 

 リンが予測していた、ジンが砂粒から抜け出すまでの時間はおおよそコンマ8秒。そしてその推測は正しかった。あくまで『小手調べ』の状態のジンならば。

 

 ここまでのリンの攻撃は、ジンの戦闘スイッチを入れるに十分だった。

 

 突如身体を捻りリンの側頭部目掛けて放たれた裏拳。

 これはオーラを防御に回さないと耐えきれない。そう判断したリンは、瞬時に上半身へと可能な限りのオーラを集中させた。だが流石にこの体勢から引きに転じることは難しく、攻防力の差の大きさによって、攻撃に向かわせていた筈の足首が逆に嫌な音を立てる。

 

(~~~!!これ、絶対折れたわね)

 

 目をやる余裕はないが、できるだけ痛みを遮断し、オーラを纏わせる。

 

 だが、もうはっきりわかった。…念能力を使用していては勝ち目がない。【透明な反射鏡】(ミラーミラージュ)【流砂の渦】(ウムゲゲールテ・シュロス)も解除し、両手を脱力させてプラプラさせる。

 

「やめた」

「あ?」

「『発』を使っても親父に攻略されて遊ばれるだけだし。やめた」

 

 区切りだと言わんばかりに脱力とストレッチを続けるリン。ジンはその言葉を聞いてつまらなそうな顔をする。

 

「何だよ、あんだけ騒いでたのにやめんのか。なら俺の勝ちだな」

「誰が勝負をやめるって言った?やめるのは『発』よ」

 

 指を組んでぐっと前に伸ばしきると、リンはニヤリと笑った。

 

 リンはジンとの勝負を投げ出す気は更々ない。今なら世界中の首脳から止められたとしても平然と戦いを続けるだろう。それくらい、父親との勝負には拘るものがあった。

 メイメイの具現化も解除し、全オーラを自分に回るようにする。

 

 メイメイは具現化しているだけでリンのオーラを消費する。日常生活なら気にするほどの量にもならないが、戦闘となると念能力の管理を任せているからかその消費量は格段に増える。

 その具現化を解除するということは、全オーラをもって隠し玉なしの肉弾戦に切り替える宣言でもあった。

 

「こっからはシンプルにステゴロで勝負するわ」

「…そう来ねーとな」

「もうおっさんなんだから、せいぜい私より先に体力が尽きないようにね!」

 

 嬉しそうに笑うジンに向かって、リンが地を蹴る。足払いを狙って下段に蹴りを入れ、ジンが一歩下がりそれ回避する。下段蹴りの際に屈んでいた体勢から大きく跳び上がり、今度は頭上に踵落としを入れた。

 だが、大ぶりな攻撃の連続でジンがそれを読めないわけはない。渾身の蹴りだったが、両腕でガードをしてあっさりノーダメージに収めてしまった。

 

 そのまま攻撃に転じようかとした時、ジンは身体の異変に気付いた。

 身体が動かない。いや、正確にはリンの蹴りを受け止めた両腕が動かない。まるでジンの両腕がリンの足に固く接着されているかのようだ。

 

 この状況、どのように対処するか?思考回路のいくらかがそちらに分けられようとした時、器用に逆さまに身体を捻りながら雷撃を纏った拳がジンの腹に強く打ち付けられた。同時に固着していた腕が剥がれ、ザリザリと後方へ吹っ飛ぶのを辛うじて両足で抑える。

 雷撃は流石に効いた…と、悔し紛れにジンはリンを睨みつけた。

 

「んだよてめぇ!『発』使わねえっつったろ!」

「これは『発』じゃないからノーカン!」

「あーそーかよクソが!」

 

 打撃系の『発』ならば一度受けただけでコピーできるジンと、身体に纏うオーラのみなら性質を変化させることができるリン。『発』についての定義が問われるところだが、彼ら的には今の一撃は『発』ではないらしい。

 

 ジンの中段蹴りを、身体を逸らして回避する。更に続く高密度のオーラを纏った猛スピードの回し蹴りを、両腕でガード。大技で生まれた隙を狙って内回し蹴りを打ち込むが、屈んで回避される。

 

 ジンの攻撃威力は時間の経過とともに、ジンのテンションの向上と共に上がっていく。リンも必死で食らいつくが、徐々に差が出始めていた。

 

 そしてそれはとうとう、圧倒的なオーラ総量の差となってリンの全力を追い越した。

 

「ぃでっ!!」

 

 ガードした腕がバキリと音を立てる。それだけではとどまらず、勢いを止めきれなかったリンの身体は横っ飛びに吹っ飛んだ。

 刹那、そんな僅かな時間で言葉が紡げるわけないのだが、リンは確かにジンが「あ、やべ」と言うのを聞いた。

 

「痛…」

 

 今までも骨折や生命の危機に陥った事は何度もある。多少の拷問訓練を受けていた経験もあり耐えられはするものの、それでも痛いものは痛い。

 何より、今の一撃で自分との力量差をはっきりと見せつけられたとリンは感じた。だがそれを認めたくないあまり強がりしか言えない。

 

「娘の骨折るとかありえな~」

「お…おめぇが弱いのが悪い!」

 

 自分も父親の骨を折っているのだが、そこはそれと開き直る。そして少しばかり威力を抑えるようになったジンと、再び攻防を交わす。

 

 傍目にはどう見ても世界最高峰の強者同士の戦いだ。だが、当事者からすればそれはいつからか親子のじゃれ合いになっていた。子どもが必死で反抗し、それを親が笑いながらも相手取るそれだ。あまりにも攻撃的で、あまりにも被害の多いものではあったが。

 

「楽しませるじゃねぇかよリン!成長したなァ!!」

「ちょっとは悪いと思いなさいよクソ親父!」

 

 楽しい。

 

 ジンはリンとの勝負をそう評した。それに文句で返したが、リンも気持ちは全く同じだ。

 

(親父と過ごしてこんな気持ちになったのはいつぶり?…ああ、最後に親父と過ごした時か)

 

 楽しい。

 

 普通の親子は殴り合いを楽しいとは思わない。当然だろう、マジギレの親子喧嘩だってこんなに激しくはない。

 だが、リンとジンは遊びのように互いを殴り合う。先を読み、拳に意識を集中させ、肉親を殴打し時には骨をも折る。

 

 楽しい、ムカつく。

 

 どうして自分たちは、普通の親子になれないのだろう?

 ダブルの称号を持つプロハンター。それが凄いのはわかっている。

 だけど、父親としては最低の最低だ。たらい回しにして、ほったらかして、そのくせハンターとしての成長を期待する。

 

 楽しい、ムカつく、悲しい。

 

 そんな父親と10年ぶりの邂逅。そして父が今の自分を認め、共に遊んでくれる。

 

 楽しい、ムカつく、悲しい、…嬉しい。

 

 一緒に暮らせない。成長を見守ってくれない。当然、親子で遊園地なんて行った事もない。

 こんな事しか嬉しい思い出を作ってくれないなんて。

 

「父さんの…父さんの馬鹿!!!!」

 

 ずっと意地を張って堰き止めていた気持ちが溢れ出る。思わず涙ながらに叫んだリンに、ジンがぴしりと固まった。僅かな隙を見逃さず、渾身の一撃を叩きこむ。

 

『硬』

 

 自分が全力を出したところでくたばる父親ではない。そんな信頼の下に繰り出された全身全霊の拳は、ノーガードとは言わないまでも十分にオーラを纏う暇なくジンの腹部に当たった。衝撃波が周囲の砂を巻き上げ、その身体は後方数十メートルへと吹っ飛ぶ。

 

 だが、リンも限界だった。ぜえぜえと肩で息をしながら、右手を負担にならない程度に膝に当てて上半身を折り曲げた。次第に二本足で身体全体を支えるだけの力も無くなり、砂地に前のめりで倒れ込む。

 だが折れた個所へオーラを回し少しでも回復に努めつつも『堅』は怠らず、まだジンに戦闘継続の意思はあるならやってやると前を見据えた。

 

「…ってぇ~。今のは流石にちっと効いたな」

 

 砂煙が晴れた先には、リン程では無いにしろ座り込んで腹を押さえるジンの姿があった。ゆっくりと立ち上がり、10年ぶりに顔を合わせた娘の下へと歩み寄る。

 その姿、オーラにこれ以上の戦闘続行の意思はなく、親子喧嘩の終了を示していた。

 

「リン。お前、強くなったな。俺ほどじゃねーけど」

 

 そう言いながら手を差し伸べられ、リンはおずおずとそれを掴み立ち上がった。

 どんな生活をしているんだかと思うほどに父親の手はごつごつとしていて、それでいて大きい。リンを抱き上げていた頃よりもがっしりとしたその感触に驚きつつ、それでもどこか吹っ切れた気持ちで身長のそう変わらない顔を見上げた。

 そんなリンを見て、少しいたずらっ子の様にジンはニヤリと笑う。

 

「もう殴んなくていいのか?」

「え?」

「ゴンの分まで俺を殴るって言ってただろうが」

 

 そういえばそんな事も言っていた…興味がないふりをしながら本当に一言一句覚えている父親だ、と内心少し笑う。だが、リンがその事を忘れていたのにはちゃんと理由があった。

 

「ああ、あれはもういいわ。…ゴンは自分で親父を探すだろうから、殴りたきゃ自分で殴るわよ」

 

 ゴンは、自分の意思で父親を捜すと言った。それならば先回りしてゴンの気持ちを代弁するのは野暮だろう。そもそもゴンはリンと違って純粋なので、ジンに文句を言いたい気持ちも特にないらしい。

 

「…そーかよ」

 

 リンの言葉に、娘だけではなく息子の成長も感じたジンは、娘に悟られない程度に薄く微笑んだ。

 

「あ、でもミトさんの分は殴らなきゃね!」

「…は?」

「くらえ!ミトさんの20年以上に渡る恨みつらみその他諸々!」

 

 スワルダニの海に、本日何度目かの破裂音が響き渡った。

 

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