「よくもまあ全力で殴ってくれたなオイ」
浜辺にあった丁度良い大きさの岩に腰かけながら、ジンが薄くリンを睨みつける。片方の頬は真っ赤に腫れており、完治にしばらくかかるのは見て明らかだった。
「そりゃ、ミトさんの積年の恨みが溜まってたから仕方ないわね」
リンの顔に反省の色は一切ない。一見ジンの方が重傷に見えるものの、リンの方が傷は多く、勝敗は明らかなのだから仕方ないだろう。折れた腕や足を休ませながらしれっと返事をする。
だが、リンはリンで内心少し困っていた。喧嘩が終わってスッキリしたはいいが、今度は普通の会話のネタがなくなってしまったからだ。
(…話す事がない)
言いたい事はある。聞きたい事もある。だが、とっかかりが見つからない。無言と言う名の気まずい空気が流れる。
「…カイトとは、もう会った?」
「ああ、ほんの数カ月前だ。お前みたいに周りを巻き込まずに真っ当に探し当てたよ」
「さいですか…」
そんな事とっくに知ってはいるが、共通の知人を話題にする事で空気を和らげよう作戦は見事に撃沈した。相変わらず息をするように煽り気味の台詞を吐く親父だと思うが今のリンには怒るだけの体力がない。
(もうちょっと話振ってきなさいよ。こちとら年頃の娘なのよ。普通話題作りに苦心するのは父親の方でしょ)
何で自分がこんなに気をまわしてやらないといけないんだといっそ逆切れしたくなるリン。ビデオレターなり伝言なり、それなりに近くに感じてはいたものの実際に顔を突き合わせるのは10年ぶりなのだから、当然だろう。
「親父さ、G・Iのメッセージなりビデオレターなり、過去の時点でやたらと私の行動を把握してたわよね。何であんなに私の行動が読めるわけ?」
「ハンターの必須スキルだろ」
質問しかできない。聞きたかったことが数多くあるとはいえ、好きな子とお喋りできない高校生かと心の中で自分にツッコミを入れる。
そしてなけなしの勇気を振り絞った質問さえもあっさりと答えて会話を終了させてしまったジンに見当違いの苛立ちを覚えかけるが、予想外にもジンの返答はそれだけではなかった。
「…って言いてぇとこだが、お前らに残していた言葉は殆ど状況を予想して当てはまりそうな事を言っただけだ。占いと一緒だな」
「占いぃ?」
思ったよりもテキトーな返事だ。自分の半生はそんなに読みやすいものだったかと一瞬はてなマークが飛ぶが、当の本人は真剣な顔で言う。
「例えばお前がG・Iにわざわざ入るとすれば、ゴンの手伝いか他に重大な目的があった時だろ。そんな感じで条件から状況を想像してヤマはっただけだよ。そんな大した事じゃねぇ」
「にしては具体的なものもあったけどね」
「そりゃあ、お前が分かりやすいだけだ。そもそもお前は頭が回るのに変なところでコケるからな。ガキの頃からあんだけの力を持ってりゃ、どっかでやらかすとは思ってた」
「ゔ…」
ここまでドンピシャ過ぎると何も言い返せない。全く見ていないように見えて意外としっかり見ているジンに言い返す言葉が見つからず、恥ずかしさと情けなさのあまり両手で顔を覆う。
「逆にゴンはずっと女家族に囲まれて、特にお前に溺愛されてたな。実際くじら島に行ってからも姉バカは悪化する一方だったしよ。そう考えるとゴンは変に感性がずれた甘えたになってるだろうし、少し突き放した内容にした。自分で考えろってくらいのな」
(感性大ずれのお前がそれ言う?)
子ども二人作っておいて二人とも島に置き去りにしたり、そもそも10歳そこらで死人が出る試験を受けに行ったり、そのまま10年近く連絡しなかったり、色々と常識のない父親に言われたのではゴンも納得いかないだろう。野生児な弟の感性がずれているのは否定しないが。
そう思ったところで、ふと気づく。
「…何でそこまで知ってんの?」
女家族に囲まれている、田舎育ち…というより野生育ちで感性がずれている。そこまではわかるが、あまりにも状況把握が詳細まで行き渡っている。
リンが幼いゴンの面倒を見ていたのは知っていても溺愛とまでは言えないだろうし、誰かに聞いたにしてはまるで自分が見た様な言い方だ。
リンがそう言うとジンは「ゲイン」と呟いた。瞬間、手元に大きなアルバムが一冊現れる。それはリンにも見覚えのあるアイテムだった。
「…それ」
「クリアしたならわかるだろ。G・Iの指定ポケットカード、『人生図鑑』をちょいと弄ったもんだ。お前のもあるぞ」
そう言って反対の手を出し「ゲイン」と呟く。すると全く同じものが同様に現れた。
ジンはページを捲る事もなくそのまま片付けてしまったが、普通のアルバムよりもかなり分厚いそれらにはリンとゴンの人生が詳細にわたって記述されているのだろう。
(私の成長もゴンの成長も見守ってた…ってわけね。本当に素直じゃない親父なんだから)
憎まれ口を叩きながらも、リンにとってジンは父親だ。自分の父親が自分や弟の事を見守ってくれていたと知り、悪い気はしないリンである。
そうして心の中が暖かくなるが、ふと気づいてはいけない事に気づいてしまった。
「…ちょっと待ってお父さん、私の分もあるって言った?」
「ああ」
「どのくらい詳細に書かれてたりします…?」
「あ?そりゃG・Iのと同じだよ。一日一日の出来事から会話まで…」
何を言っているのかわからないといった表情のジンだったが、リンから怪我の血と共に流れ出る大量の汗に気づきにやりと笑った。完全に面白い玩具を見つけた眼だ。
「勿論お前が男同士の恋愛ものをやたらと集めたり広めてるのもな…ありゃあ流石にどうかと思うぞ」
「ああああああああああ!!!!!」
完全なる血縁者、それも父親、それもあのジンに腐バレをしたリンの荒ぶりようは想像に難くないだろう。
「うわっあぶね!!」
ジンの胸元を掴み、般若の形相で凄む。見た事のない娘の表情に、自分の遺伝子がこんな化け物を生み出してしまったのかと流石のジンも呆気にとられた。
「それをゴンに言ったりしたら、お前を殺して私も死ぬからね…!」
「お前俺にボロ負けしたじゃねーか…」
一応正論をもって反論だけはしておいたが、口喧嘩の応酬をする関係の娘相手でもこれだけはつついてはいけないと、ジンは悟った。
下手をすれば本当に命を取られかねない、そんな鬼気迫るものがあったのだ。あとバックバージンと社会的生命の心配がほんの少し。
リンもリンで興奮と共に傷口が再び痛み、ぜえはあと息を切らしながらその場に座り込む。
だがこれまでのやり取りで見えてきたジン=フリークスという人間に、娘としても同業者としても好感を覚えずにはいられなかった。
ジン=フリークスという人間は、意地が悪いようでいて一途、そして何でもこなせるくせに肝心なところで不器用な人間だ。自分の流儀を、軸をしっかり持っているが故に精神がぶれることはないが、それを他者に向けることは不得手らしい。
リンやゴンに対する態度がその証拠だ。自分は父親よりハンター優先だと突き放していたり、そのくせ教育プログラムをしっかり組むくらいに溺愛していたり…。
自分が楽しめるだけの相手に成長してほしいというエゴも当然あるのだろうが、ハンター業より興味がない放置する対象だというにはあまりにもお粗末だ。
「ほんとダブスタクソ親父…」
「あのシーンはなかなか衝撃的だったよな」
「観てたんかい」
彗星の魔女は色んな意味で斬新な切り口だったが、ここではそれはあまり関係ない。
「…ま、ついでだ。ちゃんと約束守れた褒美にちょっと先輩として講釈してやるか」
どうやら話しているうちに興が乗ったらしい。あるいはジンもリン同様に話しかける切り口に困っていただけだったのか。先程までとは打って変わって、ジンはつらつらと話し始めた。
「リン、お前能力はどれくらい把握している?」
「…正直分からない事だらけよ。名称すらわからない能力があったり、急にそれが使えるようになったり…自分で設定したルールについては把握しているけど、全てを掌握できてはないわね」
先輩として相談に乗ってくれるというのなら、とリンも正直に答えた。ジンは父親であり世界最高峰のハンターだが、同時にリンの念能力発現の場に居合わせた数少ない人間だ。
リンの言葉に、「それであれだけやれりゃ上等だ」と下手糞な賛辞を述べた上で暫く考えこむ。そして「念を見せろ」と手を出して要求した。
リンも黙って従い、途中から具現化を解除していた
「急に発現したのはどれだ?」
「これとこれと…あとこれとこれ。…あ、メイメイもカウントされるかな」
そう言ってリンが指さしたのは
それぞれの項目の詳細を確認し、ジンは「やっぱりな」と呟いた。手でもういいぞと合図されたメイメイはタブレットの具現化を解除し、ジンの膝で丸くなる。動物視点で見てもジンは一流のハンターらしい。
「あの当時、お前に直にテストプレイをさせた指定ポケットカードは16枚。その全てが能力として発現しているのかと思いきや、その具現化したパンダ含めてたった5枚だ。そこから考えられるのは何か、わかるか?」
ジンは沢山のカードをテストプレイと称してリンに見せたが、実際にテストプレイとしてリンが触れたのはその中のごく一部だった。そんなカードのみがリンがコピーしたあのバインダーに収納されていたのかもしれない。
だが、急に言われても確証のある予測はパッとは出てこない。
「さぁ…私自身が無意識に能力にしなかったとか?」
「それも考えられる。が、あの時のお前がそんな丁寧な選別をしたとは考えられねぇ」
「つまり?」
「このパンダが制御してんだ。お前のために」
ジンがそう言うと、膝の上でメイメイが誇らしげに「きゅい!」と鳴いた。考えた事もなかったが言われてみれば全てに合点がいく説明をされ、リンも黙って長年の相棒を見つめる。
「…ふーん?」
「ゲームだって、使わないデータを一時的に消去する事でデータ整理してメモリを空ける事ができるだろう?不要な能力でメモリを埋めないようにしてくれてるってこった」
「じゃあ、その気になればあの欄も能力として使えるって事?」
「どんな能力になるかは知らねーがな。だが、必要か判断するのはお前じゃなくてそのパンダだ。いつ出てくるかわからなくておもしれーじゃねえか」
面白いという意見に同意はするが、ギャンブルチックな思想でしかもジンと同じ意見になるのが何とも言えない気持ちになるリン。カイトの能力もこんなノリで作られたのだと察した。
「なるほどね…」
「そうだ、俺からも聞きたかったことがあんだよ」
「まあ…私に答えられる事なら」
親父が知りたい事で私が知ってる事なんてあるわけないだろと言外に伝えるその言葉を無視して、ジンは至極真剣な表情だ。無精髭を弄りながら、しかしその瞳はしっかりとリンを見据えて、質問は端的に行われた。
「お前…どこから来たんだ?」
二人の間を流れる空気が変わった。それはリンの存在ルーツにして根本、何より素振りさえ見せてこなかった秘密だからだ。口籠るリンにジンが畳みかける。
「お前の行動は時折変に逸脱してんだよ。初めはギフテッドの一種かと思ってたが、ありゃあちげぇ。『わかる』奴じゃなくて『知ってる』奴の行動だ」
そうまで確信を持って言い切られてしまえば誤魔化しようがない。この人間になら、父親になら、話してもいいだろう。
生まれてからずっと誰にも言わないできた秘密を、リンはこの時初めて口にした。
「…この世界の外側から。次元も世界線も超えて」
ジンの眼が大きく見開かれる。普通、自分の娘が世界を越えてきましたと言って信じる人間は居ないだろう。
だが、ジンは信じる。このリアクションは、信じているからこそのものだ。これ以上の質問を避けるため、リンは先に予防線を張っておくことにした。
「でもまあ、もう今はただのリン=フリークスよ。知ってる世界に生まれ落ちたのが原因の、ちょっとしたバグだったんでしょうね」
年々前世の記憶が抜け落ちていっていることには、ある時から気づいていた。
元々日常生活の記憶は殆ど無かったが、唯一強く覚えていた原作に関する記憶さえも今では登場人物の名前や特に印象的だったシーンしか思い出せない。
忘れていくのではない。深く深く、二度と浮かび上がってこないほどに奥深くへと記憶の欠片が沈んでいく感覚。リン=フリークスとしての自我が確立されるにしたがって消えゆくそれらは、本来あるべきではないものたちだ。
だからそれに気づいた時、リンはハンターサイトを通じてあらゆるハンター世界の知識を収集した。物語で活躍していた登場人物、それらすべてをハンターサイトの情報力が許す限り。前世の知識を失った時に路頭に迷わないように。
もう、今のリンに原作の記憶はない。辛うじてハンター試験などの主要舞台、そして主要キャラの顔と名前を憶えている程度だ。それが不幸なのか、あるいは幸福な結果に繋がるのかはわからない。
禁忌とされる暗黒大陸より更に外から来たナニカ。こんな娘は流石のジンも不気味に思うだろうか。そんな心配は杞憂に終わった。リンの言葉を理解したジンが心底嬉しそうな表情を見せたからだ。
「へえ、次元を超える、か。暗黒大陸の次の目標としてアリだな」
「…呆れた。まあ冨樫は喜ぶだろーね」
この男の娘に生まれてよかった。リンは心の底からそう思った。
◇◇◇
夜遅くまで飲食店を経営しているため、ミトの朝は比較的遅い。漁師がとっくに海へ出て数少ない島民も朝の支度を終えた頃、ミトはようやく布団から抜け出した。
森へと駆けて行ったゴンを見送り、日課で郵便受けを覗き込む。そこには数カ月ぶりに娘からの手紙が届いていた。
いつもは祖母やゴンの名前も書かれている宛先にはミトの名前しか書かれておらず、これが自分のためだけに宛てられた手紙であると気づく。そのため、何となく自室で一人静かに読みたくなった。
ベッドサイドテーブルの水を一口飲んで気持ちを落ち着かせ、丁寧に糊付けされた封を破る。ミト好みの桜色をした便箋には、ミトのためだけのメッセージが綴られていた。
ミトさんへ
今日はご報告があります。
ようやっと親父を見つけ出す事ができました。
ちゃんとミトさんの分まで親父を殴ったよ!
数年ぶりに会った親父だけど、無精髭を生やした程度でそんなに老けてなくてちょっとムカつく。
相変わらず社会不適合者の親不適合者だったよ。でも、ハンターとしての親父は凄いんだって改めて思った。やっぱりムカつくけど。
写真を同封します。そっちはそろそろ肌寒くなってくる時期だから、身体に気を付けてね。この手紙が届くころにはそっちに帰ります。
ばあちゃんとゴンにもよろしく!
リン
同封されていた写真には、何処かの浜辺を背景に二人が写っていた。
無理やりジンの顔をこちらへ向かせたらしく頬を引っ張られながら苛立っているジンと、やり遂げたような顔で勝気にこちらを見ているリン。二人とも傷だらけだし、ジンに至っては引っ張られていない方の頬が赤く腫れている。かなり熾烈な親子喧嘩をしたらしい事が窺えたが、いつもなら心配が先行するミトも、この時ばかりはどこか誇らしかった。
さあ、またギリギリに連絡してきた娘のために御馳走をこしらえなければ。
王国の涙(トライフォース)
強化系能力
筋力、瞬発力、知力のどれかを指定した倍数分引き上げる能力
筋力だと見た目は変化しないがゴンさん的な筋力を得る
瞬発力はキルアの電光石火の様な感じ
知力は思考の高速回転が可能、ただし肉体は通常のままであるため行動もスローに感じる
制約:倍加させた分オーラの消費量も倍加する
誓約:なし
自分でもわかってるさ…!
書き溜めた分は一定間隔で定期的に投稿した方が親切だし「うわーまだ書けてない!」ってならないで済むって…。
でもずっと下準備していたジンの話がようやっと皆に見てもらえると思うと嬉しくて…夏祭り一挙放出って事にしてください!