二次試験の合格者は0人。勿論リンも不合格だが、この先の審査に進む人間がいないので問題はない。だがゴンが不合格なのは姉として非常に悲しいし、友人であるメンチの悪い癖も知っているので試験のやり直しを希望しているところ。
報告と追試願いの文面をしたためてビーンズに送信し、わあわあと言いあうゴン達とメンチを横目で見る。愛する弟はかなり見苦しくも試験のやり直しを堂々と頼み込んでいた。
(ま、メンチに悪気があったわけでもないし、今回のケースなら協会も追試、してくれるでしょ)
イトコの能力によってハンター試験の状況を完全に把握しているハンター協会なら、すぐに十二支ん以上の人間が来るだろうと予想する。いや、こんな面白い状況ならば恐らくネテロが来るだろう。
「美食ハンター如きに審査されて、こんなところで終わってたまるかよ!」
(…あれは陽動じゃなくて普通にキレてるだけね…)
イモコ扮した大男筆頭に、納得いかない受験生たちがメンチにブチ切れる。イモコは二次試験までの任務だと言っていたからここで不合格だろうと問題ないと思うのだが、想定外の形で不合格を叩きつけられるのは納得いかないらしい。
そうだそうだと野次を飛ばされ、イモコはメンチに一発お見舞いしようとつかつか歩き出した。
(やば、メンチもかなりキレてる)
一見高圧的な態度を崩さないメンチだが、そのオーラは静かに赤く染まっている。誇りある仕事を馬鹿にされ、地雷を踏まれて怒るのは当然だろう。そもそも登場時からヒソカにずっと喧嘩を売られ続けていたため、よくここまで持ちこたえたとも言える。
だが切れたメンチが手を付けられないのは、現役で一緒に試験を受けたあの時から何一つ変わらない。むしろ力をつけた今の方が、性質が悪いくらいだ。
サンドイッチストラップを馬鹿にされてキレるメンチ、包丁をぶん投げて数百メートル先の的をぶち壊すメンチ…。そういえばこの間のコミハンでもマナーが悪い客に切れてその場で丸焼きにしかけていたのを止めたんだったと、様々な場で剛腕を振るうメンチの姿が脳裏を流れる。
イモコも念能力者である以上死にはしないだろうと静観していると、メンチが動くより先にブハラが動いた。大きな手でビンタされ、巨体は大きく吹っ飛ぶ。
「ちょっと邪魔しないでよブハラ」
「だって、メンチがやったらこいつを『調理』しちゃうだろ?」
そう言って諭され大人しくなるメンチ。場違いながらもそんな光景を見て少し笑みが浮かんだ。
メンチには、共に仕事をしてストッパーになってくれる存在が必要だ。ブハラがその役割を果たしてくれている事に友人として感謝の気持ちを覚える。
(…何だかんだ言ってメンチと良いコンビなのね)
そんな事を考えていると、飛行船の音がに辺りに響き渡った。
「流石にちょっと厳しすぎやしないかのう」
そんな言葉と共に空高くから飛び降りてくるネテロ。足にオーラを纏う事で完全に無傷の状態で着地した。
それが目立ちたいがための演出であるとわかっているリンは呆れ顔でその光景を眺める。その目論見は大成功で、受験生たちの視線は釘付けだ。
(あーもー、こっちとしてはラッキーだけどあんなにペコペコしちゃって…メンチってほんとジジイリスペクトよね。どこがいいんだあのエロジジイの)
どうせネテロの今考えている事は(メンチ相変わらず乳でけぇな)とかだろうと予想するリン。それにもかかわらず、ネテロとのやり取りであっさりと自分の非を認め試験のやり直しを決定するメンチに、大きくため息をつく。
そうこうしているうちに話は纏まったようだった。
「二次試験追試のお題は、ゆで卵よ。クモワシの卵を持って来て、ゆで卵にしてちょうだい」
いくつかのやり取りを終えたメンチはまふたつ山まで受験生たちを運び、そう言った。あまりにも深い崖を見て、一次試験を突破した猛者たちも何割かが怖気づく。
イモコも怖気づいているふりをしてここで離脱するようだ。しょっちゅう空を飛びまわっているくせに何を言っているんだと思うのは、正体を知っているからこその感想である。
(やったー!クモワシの卵!これ好きなのよね)
ゴン達と共に躊躇なく崖を飛び降りるリン。クモワシが張っている糸にぶら下がり、二個、三個と卵を取っていく。一つは提出用に、残りは自分で食べる用だ。
(五個…いや、六個は余分に取っておくか)
こっそりとメイメイを具現化し、
◇◇◇
無事試験も終わり、リンたち合格者はハンター協会所有の飛行船に乗りこんだ。
数十人程度の人間が乗るにはあまりにも広く、受験生用の個室こそないがあらゆる設備が完備されている。この船に乗って三次試験会場まで向かう予定になっている。
一息つき、腕組みをしながら壁にもたれ掛かり景色を眺める。自分たちが乗っている船は、少し日が暮れかかっている空を順調に上昇している。
「ゴン、探検に行こうぜ!」
ゾルディック専用の飛行船を所持しているキルアだが、このように大人数で乗る用の民間飛行船に乗るのは初めてなのだろう。ゴンを誘い、早く探検がしたいとうずうずしているのが見て取れる。
それはゴンも同じ気持ちらしく、半身で振り返ってリン達にも声をかけた。
「うん!ニアたちも行こうよ!」
「…いや、俺は遠慮します」
「うんにゃ、俺はパス」
「同意だ」
リンがそう言うと、クラピカとレオリオもリンの両脇に座り込み誘いを断る。ゴンは少しばかり残念そうにしていたが、キルアに促されると走っていった。それを見送りながら、またデジャヴを感じる。
(…そういえば、ああやってルカスとホテルの探検をしては追い出されて回ったな)
きっとゴン達も同じように探検し、同じように追い出されて回るだろう。受験生貸し切りの船とはいえ、使用スペースはこの広場をはじめとして食堂、風呂場などの居住区に限られている。
(それでちょっと自分の夢とか語り合って…)
ルカスはあの時、何と言っていたっけか。内容は覚えているが、その時の言葉まわしや声まではもう思い出せない。こうしていつしか、記憶の底に埋もれていくのだろうか。
「あ~疲れた。次の試験まで寝るかぁ」
「そうだな。少しでも体力回復に努めるべきだろう」
そうして感傷に浸っていたが、二人の声にハッと気づき絶望する。
今度はかつての自分たちをゴンとキルアに重ね合わせたからではない。生まれてから最大の失態を犯してしまったと気づいたからだ。
(嘘だろ…せっかく二人が寝ようとしているのに、これでは私が間に座ってしまう事になる!死ね!マジで私死ね!!消えろ頼む!!)
飛行船に入っていた時の立ち位置で自然にこうなってしまったので仕方がないのだが、荒ぶるリンには通用しない。今のリンにとって、自分はこの上ない邪魔者であり二人の恋路を阻む者だ。
※注:拡大解釈を多分に含みます。
更にメタ的観点から言うならば、二人の睡眠を妨害しようとするトンパの存在も無いため、すっかりリラックスモードな空気が流れている。今にも寝落ちてしまいそうな二人に、間で挟まれたリンは流れる汗を止められない。
「おいニア、どうしたよ?寝ないのか?」
(まずい、まずいぞ。ここで立ちっぱなしはおかしい。かといって立ち去る理由もない!!どうすれば二人をくっつけて添い寝させる事ができる!?)
どんな念能力者と戦う時よりも高速で脳が演算を始める。考えろ、考えるんだ。イイ感じにこの場を離脱し、後から戻ってくる事が出来る方法を…!
「ちょっと、風呂に入って洗濯もしてこようかと思いまして。汗かいたしドロドロだし(っしゃおらー!!私天才!ナイス機転!!)」
内心激しく自画自賛しつつ、さも気持ち悪いといった風に服をぴらぴらさせて見せる。控えめな赤の学ランは、湿原を何時間も走った事により汗と泥で薄汚れていた。
搭乗する時に見かけた飛行船の案内図では、コインランドリーと大浴場が備え付けられていた。粗野な男が大半の受験生たちはさして気にしていないようだが、乙女のリンとしては可能な限りはきちんと風呂に入りたい。そして湯から出た頃には二人がくっついて寝ているだろうから、それを至近距離でじっくりと観察する。まさに一石二鳥の策だ。
「それはいいな。私も汗を流しておこう」
「おっ、じゃあ俺もひとっ風呂浴びておこうかな」
(………なん、だと?)
脳内に稲妻が走る。
ミッションは失敗。二人とも共に浴室へ行こうと立ち上がってしまった。これでは風呂上がりにすやすやと肩を寄せ眠る二人は拝む事ができない。
だがしかし、代わりに共に入浴する権利を与えられた。
もう一度言おう。共に入浴する権利を与えられた。
(確かこの飛行船は試験官用の個室にシャワールームがある。でも私はあくまで受験生として入っているので、現時点でこれは使えない)
つまり、リンが入れる風呂は大浴場のみである。妙なところに金を掛けたがるハンター協会らしく、しっかり湯船も張ってあるだろう。
そしてここまで気にも留めていなかったが、今のリンは男だ。つまり男湯に入らなければ事案である。そして、レオリオとクラピカも一緒に入ると言っている。
(流石にアウトだよな?私的には滝涎だけど、女に裸を見られるなんて、彼らからしたらセクハラだよな?いやでも今の私は男だからセーフか??)
普段リンがしている妄想の方がよっぽどセクハラだが、本人は気づいていない。
「おいどうしたんだニア?俺らと風呂入るのが恥ずかしいか?」
揶揄い混じりにニヤニヤと言うレオリオだが、それが図星だとは当然わかっていない。更に正確に言うならば風呂に入る事で見られるのが恥ずかしいのではなく、見る事に罪悪感を感じているのだが、同性がそう思っているとは気づかないだろう。
「ああ、その…俺、今日多い日だから?一緒には入れないかなー的な?」
「野郎が何言ってんだよ!行くぞ~」
言い訳として苦しすぎた。言うまでもないが、今はナニが生えてるリンに多い日は来ない。
ここまで来たらとことん舐めまわすように観察しよう。そう腹をくくったリン。変なところで男前だ。
軽く支度を整えてから船内地図を探し、大浴場の位置を調べる。目的地はかなり離れた所にあるらしい。
「…おっ、あれゴンとキルアじゃねーか?」
「それとネテロ会長も居るな。ボール遊びでもしてるのだろうか」
空室の一つで謎のボール遊びをするゴン達を見かけたのは、連れ立って大浴場へと向かっている時だった。
ゴンとキルアが一人ずつ交代でネテロに向かって走り寄ってはボールを取ろうとしているらしく、ネテロが即席で考えた単純なゲームである事は簡単に想像がつく。
(絶対おちょくってる)
オーラを見なくてもあの顔と手足を使わないように意識している妙なポーズを見ればすぐにわかる。100歳を軽く超えているくせして子どもより子どもっぽいのだから始末に負えない。
そんなリンの意識が伝わったかのように、ネテロと目が合った。面白い玩具がまた増えたと言わんばかりに手招きされ、仕方ないのでリン達もそれに応じて一応部屋の中へと入る。
「おぬしらもゲームに参加せんか?わしからボールを奪えたらこの先の試験免除でライセンスをやるぞい」
「おっマジかよ!」
「やめておけレオリオ。飛び抜けた身体能力を持っているゴンがあの具合だ。つまりお前には無理だ」
「ぐ…」
クラピカのド正論かつ煽りめいた言葉にレオリオが呻くも、言い返しようがないらしくそのまま黙り込む。
この1日でクラピカの息をするように煽る性格はよく理解したため、リンも特に何も言わない。むしろレオリオがネテロの玩具にされるのを阻止してくれて感謝するべきだろう。
「そして私も遠慮しておこう。ライセンスは魅力的だが、逆に言えばライセンスを餌にしてでもゲームをしたいという意図が見える。そしてハンター協会の長ともあろう人間を我々一介の受験生が攻略できるとは思えない。それならば三次試験に備え身体を休めるのが先決だろう」
「…理屈っぽいやっちゃな」
予想したよりも長文で断られ、おかしな表情を浮かべるネテロ。三人中二人が芳しくない返答を示し、残る一人に視線が注がれる。
「そこの赤毛の青年はどうじゃ?潔く負けを認めるのならば無理強いはせんがのう」
明らかにリンに対してだけ煽りにかかっている。リンがどんな姿と名前でハンター試験に潜入するかを把握しているのはネテロとビーンズのみだ。つまり、ネテロは目の前の青年がリンであると知っている。
リンの性格上こう言えば乗ってくるとネテロはよく把握していた。そのための言葉だったが、今のリンにはそれよりも優先すべきことがある。
「いえ、俺はこの二人と『お・ふ・ろ』に入る予定ですのでご遠慮しますね♥」
がっしりとクラピカ、レオリオの肩を抱いて青筋を浮かべながらニッコリ笑う。それを見ていたゴンはキツネグマの友人であるシンやコンが威嚇する時の表情を思い出した。
「野郎同士で風呂なんて何が楽しいんじゃ…まあええわい」
ネテロは先ほどよりも更に微妙な表情を浮かべた。
◇◇◇
「ああ~…いい湯だ…」
足を広々と伸ばせる大浴槽で、親父臭い台詞をレオリオが吐いた。
肩をほぐしながら気持ち良さそうに鼻歌を歌うその姿はなかなか様になっている。風呂上がりに牛乳でも渡せば、気持ちよく一気飲みしてくれそうだ。
(そうですねいい湯ですねレオリオさん。そしていいモノ持ってますねレオリオさん)
「レオリオ、親父臭い。年相応に見えないぞ。お前、本当は何歳なんだ」
(そうですね同意しますクラピカさん。そしてお肌、女の子よりすべすべですねクラピカさん)
クラピカの言葉にむくれるレオリオ。そう言ったクラピカはきちんとマナーを守り、品良く入浴していた。特に、タオルは決して湯船に浸けないぞという意思を感じる。しかし湯船が気持ちいいのは同感らしく、いつもより心持ちほぐれた表情だ。
そんな二人とは対照的に、リンだけが気持ちよさとは無縁の心境で湯船に浸かっていた。油断したら二人の身体を凝視してしまいそうなため、上の空で宙に視線を浮かべている。…ばれないようにチラ見する事は忘れないが。
(リン=フリークス、きっと死後は地獄へ行く事でしょう。けれど後悔はありません)
心の中で手を合わせ拝み倒すリン。成り行きとはいえ、今自分が行なっている事は七つの大罪よりも業の深い事なのではないかという気がしてくる。傍から見れば野郎が一緒に風呂に入っているだけなのだが、心境的には違うのだ。
リンの心露知らず、むくれっぱなしのレオリオが『親父』の汚名を払しょくするために答えた。
「まだ18だよ。もうすぐ19になる」
「2つ違い…本当に若かったのだな」
「うっせぇ!」
口喧嘩をしながらも誰かがさっさと湯船を出る事はなく、三人仲良く並んで浸かる。リンの心境を考えると、ゴンとキルアが居なかったのがせめてもの救いか。
(レオリオさんは色んな意味で逞しいし、でかいです。それにクラピカさんも意外と男らしい体つきです。ていうか本当に男だったんですね)
自分って意外とウブだったんだ、と新たな発見をするリンである。もっと生々しいBLをしょっちゅう思い描いているはずなのだが、おそらくずっと紙面と妄想で補ってきたせいだろう。すなわち、リアルの耐性がない。
「ニアも同じくらいだと思うのだが、どうだ?」
「じゅ!…今年18になったばっかりです」
他の所に意識を集中させていたあまり、思わずおかしな嚙み方をしてしまう。そう、17歳のクラピカ、18歳のリン、19歳のレオリオで年齢が連番になっている。実は結構年が近い。
「ほぉーう?18の割には立派なモン持ってんじゃねぇか。綺麗な赤髪丁寧に纏めて風呂入って女みてーだなーと思っていたが、撤回するぜ」
「Thank you」
ニヤニヤとリンの息子(仮)を眺めるレオリオ。そう言ってもらえて期間限定の息子もきっと喜んでいるだろう。
自分の息子を褒めてもらって礼を言うリンにとは反対に、レオリオへ向けて蔑んだ表情を浮かべるクラピカ。
「お前は品というものをどこで落としてきてしまったんだ…?まさか母親の腹の中か?」
「ん~?クラピカちゃんはこういう話は苦手かぁ?」
「お前と違って品を大切にしているだけだ」
(我が生涯、一片の悔いなし)
こうして生で絡みを見られるだけで昇天しそうだ。セクハラするレオリオと煽りまくるクラピカ。解釈一致である。
クラピカはひとしきりレオリオを煽った後、くるりと顔をリンに向け、別人のように優し気に言った。
「だが、本当に綺麗な赤髪だと思うよ」
「そう?(染めてるんですけどね!!)」
褒められて嬉しいが複雑な気持ちになるリン。ちなみに変化系と具現化系の複合技術によって髪色を変化させているので、問題なく洗髪可能だ。
「なぁ、ニアってよぉ…こうして見ると、何か雰囲気ゴンに似てねぇか?」
「そう?(やばーい、お前エスパーか??)」
やたらと鋭い所ばかり突いてくるレオリオ。一周回って実は気づかれているのではないかという疑いが浮上し始めた。
「…確かに、瞳の色も同じだし、少し似ているかもな」
(やっぱカラコンしておけばよかったー!)
何日も着用するのは目に良くないので断念したカラーコンタクト。オタクはドライアイなのだ。
「髪色は全然違うけどね…ゴンの先祖にジャポンの血が入っていたのかな?」
当然だが隣の男が実は女でゴンの姉であるなんて思いつくわけもないので、適当な言い訳でも二人は問題なく納得してくれる。
「それにしても、次の試験は何だろうなぁ」
「そろそろ受験生同士の戦闘が起きてもおかしくないだろう」
「まぁ、何が来ても頑張るだけですよ」
「そうだな、愚問だった」
笑いあい、ゆっくりと湯船に浸かる。束の間の穏やかな時間は、先程より心持ちゆっくりと飛んでいるような飛行船の中で、静かに過ぎて行った。
そして、この風呂の帰り道、「個室に入っちゃダメなのか?」と言いながら部屋の一つを開いたレオリオが運悪く風呂上がりのメンチと遭遇し、酷い目に遭う事になる。