リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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センシティブな表現を含むのでご注意ください



三次試験を見守り隊【前編】

 朝になった。受験生たちは飛行船から孤島の中にそびえたつ巨大な塔の頂上に降り立つ。空は澄み渡り鳥が鳴き、気持ちいい空気がタワーの周囲を包んでいた。

 受験生たちはいよいよトラップの多そうなサバイバル試験が現れた、と気力を漲らせている。そんな程良い緊張感が、リンの心を刺激する。

 三次試験会場はトリックタワー。飛行船から降ろされたタワー頂上をスタート地点とし、三日以内に下まで降りるのが合格条件だ。しかし窓一つない簡素な造りの塔…元々は牢獄として造られたであろう構造から、一筋縄ではいかない事は容易に想像がつく。

 

(…ま、普通に考えたら床のどこかに入り口があるのよね)

 

 塔の頂上に出入口の類はなく、見渡す限り石造りの床が張り巡らされているのみだ。壁を伝って降りようとしたロッククライマーが怪鳥に攫われていくのを眺めながら、リンはさりげなくつま先で床を叩いた。僅かにだが音が反響して、その音の響き具合で中にいくつもの空洞がある事がわかる。

 そして出入口がないにもかかわらず、明らかに音の反響が大きい。つまりは足元に広がる石の床が薄い…床に出入口があるという証拠だ。大方、一定以上の衝撃を加えると床が回転するシステムになっているのだろう。

 

(さぁ…他の受験生はどうするのかしら)

 

 気づいていないふりをしながら周囲を見回す。三分の一程の受験生の姿が見えなくなっており、うち一人は丁度リンの目の前で初めの関門を突破したところだった。流石はここまで進んでいる受験生、この程度は容易く突破できるらしい。

 

「ニア、先程から受験生の数が減っていないか?」

 

 リンと同様に周囲を観察していたクラピカがそっと耳打ちした。この様子なら隠し通路の存在に気づくのも時間の問題だろう。

 

「徐々にですが確かに減ってきています。つまり、一瞬で通過できる出入口があるという事ですね」

「ああ…それも複数あると考えられる。早く見つけ出さねば」

「入口ならあったよ!それも丁度五つ!」

 

 リンの言葉に合わせる形で、駆け寄ってきたゴンがパッと開いた手で示す。偶然にもリン達の分まで見つけてくれたらしい。一緒に探索していたらしいキルアもどことなく誇らしげだ。

 

「マジか!流石だなお前ら!」

「おっさん、隠し通路の存在にも気づいてなかったんじゃないの?」

「そ、そんなことねえよ!ちゃんと気づいてたぜぇ…?」

 

 目を逸らしながらバレバレの嘘をつくレオリオに、全員の生温かい視線が苦笑交じりに交わされた。リンもクスクスと笑いながらゴンとキルアの案内の下、隠し扉の前まで歩く。

 

「えらく近くにあるな。これ、どれかが罠なんじゃねえのか?」

「その可能性は十分に考えられるだろう」

「ああ。でも、俺とゴンはこの中の一つに入るよ」

「うん。ハズレを引いても恨みっこなし、でね!」

 

 選択としては妥当だろう。他の出入り口にも罠が仕掛けられている可能性を考えると、この中のどれかを選んだところで変わりはない。

 

「俺もそうしますよ。誰がどこに入ります?」

「じゃんけんで良いんじゃない?」

 

 リンが言うと、ゴンがじゃんけんの素振りをしながら提案する。レオリオは渋々だったが全員がそれに同意し、ハンター試験会場とは思えない平和な掛け声とともに三パターンの形をした手が差し出された。

 一発で勝負は決まり、リンとゴンが決勝、そしてキルア、クラピカ、レオリオが負けた三人で更なるじゃんけんをする事に決まる。勝ちを確信した表情のゴンに、リンは内心ひっそりと笑った。先程と同様の掛け声とともに出された手は、ゴンがチョキでリンはグー。

 

「え!?嘘!」

「やったー!俺の勝ち!」

 

 ゴンは並外れた動体視力の高さから、じゃんけんを限りなくばれないように後出しすることができる。元々はリンの教えた悪知恵なのだが、今回もそれを使う気だと踏んだリンは更にゴンよりも後出しをして一抜けをした。

 この行動に特に意味はない。何となく生来の気質から姉ムーブをかましたくなっただけだ。

 

「じゃあ、俺はここで~」

「え~?おっかしいなぁ…」

 

 ゴンがぶつぶつと言いながらも、リンに続いて出入口を選ぶ。一方で三人の勝敗も決まったらしく、クラピカ、レオリオ、キルアが順番に出入口を選んだ。

 

「じゃあ…」

「暫くのお別れだな」

 

 全員が出入口の前に立ち、レオリオとキルアの言葉に、少ししんみりとした空気が流れた。ここまでずっと集団で行動していたが、ここからは一人の戦いだ。

 

「絶対合格しようね!」

「また、地上で会おう」

「ですね」

 

 それぞれ挨拶を交わし、3、2、1の合図で同時に床を踏み抜く。視界が暗転し、落下していく感覚に身を任せて通路を潜り抜けた。

 

 地面の感触は、数秒の浮遊感の後に伝わった。

 落下中既に気づいていたが、やはり全員の落下地点は共通していたらしい。リンとほぼ同時のタイミングで、四人分の落下音と人の気配が感じられる。ゴンとキルアが顔を見合わせて、にへらと笑った。

 

「…また会ったな」

「そうね…」

 

 熱い別れを交わした直後の手前、気まずそうに言うレオリオとクラピカ…全てが尊い。ニヤけ顔を彼らに晒してしまわないように敢えて顔を背けつつ、誘導される道に従って壁面に描かれた説明文を読む。

 リンたちに示されたのは多数決の道。メタな視点で言うならばトンパが居ない分流れもスムーズだ。全員が即座にバンドを身に着け、早速現れた扉を開けるかの多数決でも特に揉める事なくマルが決定される。

 

「『右なら〇を、左なら×を』かあ」

 

 満場一致で賛成になり開いた先には、煉瓦でできた薄暗い通路があった。分かれ道になっているらしく、どちらに向かうかすら多数決で決めないといけないらしい。ゴンが代表して文章を読み上げるが、リンは迷う余地なく〇を選択した。

 結果は3:2で右。

 

「なんで右なんだよ!俺はこういう時、左を選ばねえと気持ち悪ぃんだよ…」

「左を選びやすいからこそ右なのだよ」

(クラピカ理論!クラピカ理論だ!!)

 

 レオリオの文句に対し、クラピカがかの有名なクラピカ理論を説明する。ハンターハンターの中で唯一鮮明に覚えているシーンに、心のカメラを激写したリンだ。

 

「通常、行動学の見地ではこういった場面で左を選ぶ傾向にある。そのため、左により過酷な試練が用意されている可能性が高い」

「そゆこと」

 

 知っていたらしく、あっさりとキルアも同意する。残る一人の〇を選んだのはリンとゴンどちらだと、レオリオがぐるりと二人を振り返った。

 

「もう一人の〇はどっちだ!」

「俺です」

「ニ、…ニアも知ってたのか!?」

「いえ、俺はこういった時には右を選ぶと心に決めてるんです」

「…あくまで統計だからこのように例外も居る」

 

「クラピカ理論を信じているので」と付け加えるわけにもいかないため、レオリオに『わざわざ気持ち悪い方を進んで選ぶ変な奴』というレッテルを貼られるリン。

 普通に行動学の知識があったと言えばいいのだが、それは別。リンにとってはあくまで『クラピカ理論』が行動原理だ。

 

「俺たちはどうせ単純ですよ!なあゴン?」

「やっぱ俺って単純なのかな…」

(落ち込むなゴン。単純なのはお前のチャームポイントだ)

 

 そんな風に原作を感じる一幕もあったが、なんだかんだ仲良く話しながら試練を突破していく。

 巨大な岩石に追いかけられたり、

 

「姉さんならこれくらい砕けるんだけどなぁ…」

「お前の姉ちゃん何なの?ゴリラなの?」

(逃げるの面倒だから砕こうかと思ったけど、やらなくてよかった…)

 

 赤外線センサーが入り乱れる部屋を潜り抜けたり、

 

「あ、レオリオが引っかかった!」

「まずい急げ!濁流が押し寄せてくるぞ!!」

(水に濡れるイイ男たち…見てぇ~~~!)

 

 よくわからない壁をよじ登ったり、

 

(上を向けば…上を向けばキルアの股間があるのか…!!)

「…なあニア、なんかキモい事考えてる?」

 

 一歩間違えれば死にかねない、しかしどこかギャグ感漂う試練を潜り抜け、時にはスタート地点まで戻されたりしながらもそれなりに順調に進んでいく。そんなこんなで数時間経過した頃、大きな部屋に出てきた。

 底の見えない巨大な穴と中央の舞台を挟んで、部屋の反対側には囚人らしき人物たちが丁度五人、嫌な雰囲気を纏いながらこちらを見ている。明らかにこの試験のために作られたセットだ。

 

(5対5ってわけねぇ…)

 

 このトリックタワー、一般人には過酷だがハンター試験を受験する程度の人間にはそこまで脅威ではないような仕掛けばかりが張り巡らされている。あのような仕掛けだけなら、さして人数は絞れないだろう。

 そこに来た対人戦の試練、恐らくはここが制限時間を大幅に削る山場。多数決が続く選択の連続に加え、この大きな舞台と5対5の形態をとるということは団体戦だと容易に予想がつく。

 

(体力、気力の消耗に加えて内輪揉めの可能性も孕んでいる…思ったより面倒な道なのかも)

 

 リンがそのように考えている間にも、リーダー格の囚人によってルール説明がされる。先に三勝した方が勝利、それぞれの対戦ルールは任意とする。かなりシンプルな条件だ。

 頭部にタトゥーを入れたスキンヘッドの男が、その見た目には似つかわしくないほどに理路整然と解説をしたのもあり、ゴン達の間では警戒しつつもそこまでの動揺は見られない。だがハンター試験が始まってから初めての受験生による対人戦に、リンはどうしても気が立ってしまう。

 

(あの囚人、冷静に場を仕切ってるから常識人みたいな印象を与えるけど…、一番汚いオーラ出してんのよね)

 

 リーダー格は最後に出てくるのかと思いきや、彼は先鋒として参加するらしい。坊主頭を軽く撫でながら、筋肉の隆々とした腕を回してストレッチをしつつ舞台に上がる。いかにも肉体派な彼が提案するのは恐らくデスマッチ、こちらからも彼と対峙する人間を選出しなければいけない。

 

(しかもあいつ、割と強そう。ゴンは…素直過ぎて危うい、ここで出すのは危険。クラピカやレオリオは「参った」と言わせる手段がない。キルアなら問題ないだろうけど…迷わず殺すだろうな…別にいいけど)

 

 自分が出ようかとリンが手を挙げかけた時、クラピカが一歩前に進み出た。

 

「私が行こう」

「いけるのか?」

「可能不可能で考えるならば、武器を所持している私が最も可能性は高いだろう。恐らく彼は軍人、武器の扱いや体術にも長けている」

 

 子どもであるゴンやキルアほどではないが、クラピカはこの中ではかなり華奢な部類だ。心配するレオリオをよそにいつもの理詰めで自分が適任だと述べるクラピカ。

 

「どうしてそんな事がわかるの?」

 

 不思議そうに首を傾げるゴンに、リンは固まり始めたニアのキャラでわかりやすく説明をする。

 

「筋肉の付き方と身体の動かし方ですよ。スポーツ選手にしては筋肉の付き方が実用的すぎる、その割に身体運びは武に秀でた者のそれ…軍人の典型例ですね」

「そういうことだ」

 

 そう言って上着を脱ぎ、動きやすい服装になる。真剣は抜かないまでも二刀流の木刀を携え、こちらに伸びてきた長い橋を渡って舞台に上がった。思ったよりも骨がなさそうなのが来た、と男はあからさまではないまでも舐めた目つきでクラピカを見る。

 

「俺からはデスマッチを提案させてもらう。『参った』というか、死ぬかだ」

「…つまり、死亡あるいは降参の意を示した方が負けという事か?」

「その通り」

「了承した」

 

 正直なところクラピカがあの男と対峙するのは不安だが、クラピカも最悪の可能性は考えているらしく予防線を張っている。この試合形式では全員を手助けするのは不可能である以上、ここでは見守るしかなさそうだ。

 

 試合開始。武器を構えるクラピカに、囚人ベンドットが距離を詰める。

 喉に向けて放たれる拳をガードするクラピカ。しかしそれはフェイントだったらしく、即座に身を引いたベンドットの回し蹴りが側頭部にヒットした。脳を大きく揺らされ、ずしゃりとクラピカの身体が倒れる。大きな隙ができ、ベンドットは余裕の表情をもってクラピカの喉を潰した。

 

「がはっ!!」

(やっぱり喉を潰されたわね…)

 

 クラピカの身体能力は、常人の域を大きく出て秀でたものがある。だが、ベンドットはそれに加えて経験値が豊富だ。捕縛されて超長期死刑囚になるまでの間、相当な数の対人犯罪も行ってきただろう。

 

「お…っと、あぶねえ。思ったよりよく動くな」

「ぐっ…」

 

 こうなってしまえばクラピカは相手を倒すしか選択肢がない。即座に隠し持っていたクナイを投げ、距離を取る。ベンドットは今のところ武器を使うつもりはないらしい。

 小型の投擲武器を投げて間合いを取りつつ、フェイントを挟んで距離を詰める。横投げで飛ばした木刀の片方をベンドットは難なく避けたが、クラピカはそのまま繋がれた糸で木刀をブーメランのように操作する。

 クラピカがそこまで器用に扱えるとまでは思っていなかったらしく、しかし直前でギリギリ躱された。戻ってきた木刀を受け止め、再び両手に構えるクラピカ。

 

「ちぇ、あのおっさんそこそこ遊べそうだったのにな。俺が出ればよかった」

「クラピカ頑張って!」

 

 少年二人の正反対な言葉。だが、そんな言葉が送られたからといって戦況が変化する事はない。

 目前まで迫り、即座に大きく跳び上がった。くるりと一回転して背後に回る。しかしそれを察していたベンドットは、後ろに向けて蹴りを放った。辛うじて木刀で防御するが、その隙に足を掴まれる。

 

「身のこなしはなかなかのモンだな。だが対人格闘の経験が足りねぇ」

「ゲホッ、ゴホッ…」

 

 ドカドカと殴り、暫くするとそれにも飽きたらしく今度はマウントポジションを取られる。男同士の押し倒しだが、流石のリンもこの状況でテンションは上がらない。

 

「~!!!」

「へへ、痛いか?」

 

 取り出したアイスピックを手の平に刺され、クラピカの声にならない声が漏れ出た。元々拷問が趣味らしく、ベンドットがにやりと愉悦する。

 ここから制限時間いっぱいまで拷問して遊ぶ魂胆なのだろう。控えの囚人たちがくすくすと笑う。レオリオが我慢できないといった様子で拳を握りしめた。

 

「くそ、まいったって言えねえんじゃ…こうやってクラピカが痛めつけられるのを見ているしかねーのかよ!」

「いや…口で言う必要はない筈です。クラピカもそれをわかっている」

「そ、そうか!ならクラピカもうやめろ!お前ボロボロじゃねえか!」

 

 希望が見えたとレオリオが叫んだ。レオリオの言う通りだ、もしかしたら隠し玉を持っているかもしれないと静観していたが、ここらが潮時だろう。

 

「クラピカ!これ以上は今後の試験に響きます!ここらで引いた方が良い!」

 

 レオリオとリンの必死な叫びに、クラピカもそうするしかないと判断したらしかった。小さく舌打ちをして両手を上にあげる。

 

 これで第一試合が終了したと、誰もがそう思った。だがベンドットは薄く笑いながらクラピカへの攻撃をやめない。執拗に顔を殴られ、クラピカの頬が真っ赤に腫れあがる。

 

「何してる!クラピカは降参しただろうが!」

「いや?俺はまだ『参った』と聞いていないぜ?」

 

 予想通りの人間性だった。思わず眉間に大きく皺を寄せるリン。

 だが、クラピカが事前に予防線を張っていてくれたことが幸いした。あくまで受験生の一人として、しかしきっぱりとその言葉を否定する。

 

「それは違います。クラピカは『降参の意を示した』ら負けだと確認し、あなたはそれに了承しました。つまり、クラピカは負けを宣言しています」

「…ちっ」

 

 一応は囚人らしく規定に従うらしい。舌打ちして軽くクラピカを蹴り飛ばすのを最後にリン達に背を向けた。壁面にはめ込まれたパネルが囚人側に一勝の数字を表示する。

 

「クラピカ!」

 

 すぐさまゴンがクラピカを背負ってリン達の下へと運び、レオリオが応急処置に移る。ダメージは大きかったらしく、治療の最中にクラピカは気絶してしまっていた。そして時間が経過する分には美味しいようで、治療をすることに相手チームからは一切文句がない。

 

(ここで足止めした時間によって刑期が減るってトコかしら)

 

 トリックタワーと名称づけられてはいたが、窓もなく明らかに人間を閉じ込めておくためだけの空間。刑務所めいたそんな場所でハンター試験に呼ばれる…恐らくは囚人。

 となれば十中八九、彼らは超長期死刑囚だろう。そして刑務所らしき塔を改造して試験会場にしたところを見るに、三次試験の試験官は賞金首(ブラックリスト)ハンターの可能性が高い。

 

「あいっつ…!!」

 

 手早く手当てを済ませたレオリオが青筋を浮かべながら囚人たちを睨みつける。リン達の許可を取る様子もなく、つかつかと橋を渡って舞台に上がった。

 

「おいおっさん、勝手に順番決めんなよ」

「いーや、ここで一勝しねーと気が済まねぇ!」

 

 梃子でも動かない様子のレオリオに、キルアがため息をついて肩をすくめる。

 そんなレオリオを二戦目の選手と判断し、相手側からも男が一人歩いてきた。レオリオとは正反対で華奢な青年、いかにもインドア派な雰囲気を纏っている。

 

「んだよ、これじゃ弱い者いじめになっちまうだろうが」

「はは、見ての通り喧嘩は苦手でね。それで、一風変わった勝負を提案したい」

 

 そう言って見せられたのは二本のろうそく。長い方と短い方のどちらかを持ち、先に火が消えた方が負けという単純なルールだ。

 だが、選択権はレオリオにあるものの蝋燭は相手の所持していた物。さっきまでとは別な性質の悪さにリンは腕組みをして呟いた。

 

「不自由な二択か…」

「え?長い方が良いに決まってるじゃん」

「そう思わせて、長い方に仕掛けがあるかもしれないだろ?」

 

 リンの言葉に、またしてもゴンが素直に尋ねた。リンが説明しようとしたが、それよりも早くキルアがつまらなそうに答える。それはレオリオも理解していたらしく、だがどうしようもないのでうんうん悩んだ末にやけくそで叫んだ。

 

「…ええい!長い方だ!!」

 

 確証がないため『不自由な二択』と表現はしたが、実際のところは『不自由な一択』だろう。

 予め準備よく用意された蝋燭、完全に相手本位で決められたルール。もしもリンが彼の立場なら、どちらを選んでも相手が仕掛け入りを取るように仕向ける。

 

 そして、その予想は正しかったらしい。もしくは、あるわけないが単純にレオリオの運が悪かったか。相手の火は穏やかに揺れる一方で、レオリオの炎は吹き出し花火の様に派手に燃えている。レオリオの蠟燭が先に燃え尽きるのは明らかだ。

 

(やっぱりね…!でも証拠もないし、何よりあの勝負で同意した以上、文句は言えない…!)

 

 もしもリンが対峙していれば念能力でオーラを飛ばし相手の火を消す事もできるが、レオリオには当然それもできない。諦めて残りの三戦に賭けるかと覚悟を決めた時、隣でゴンが叫んだ。

 

「レオリオ!蝋燭を置いて相手の火を吹き消しちゃえばいいんだよ!そんなに勢いよく燃えてたら簡単には消えない!!」

「そ、そうか!!」

 

 ゴンのアドバイスにすぐさま反応したレオリオが、燃え盛る蠟燭を地面に置いた。火薬が仕込まれているであろう蝋燭がその程度で勢いを弱めるわけもなく、一気に距離を詰めたレオリオによって相手の短い蝋燭に灯った炎はあっさりと吹き消された。

 

(…私も、ちょっと発想が念能力に頼り過ぎてたかも)

 

 これで一対一。レオリオに賛辞を述べながらも、ゴンの機転を見習わねばと少し反省するリン。しかしアドバイスをした当のゴンは、ほっとするでもなく呑気に次の勝負の話をしている。

 

「そろそろ俺も出たい!」

「えー、俺もやりたいんだけど」

「んじゃ、じゃんけんで決めようよ!ニアもやろ?」

(…なんか肩の力抜けるわね)

 

 こいつらこれが試験だと忘れているのではないか…と疑いたくなる。命の危険もあるというのに、ぴりぴりしている自分が間違っているのではないかという気さえしてきたリンだ。

 

「…いや、二人が先でいいですよ。でもゴン、次はじゃんけんでズルしちゃダメですよ?」

「えっなんでわかるの!?」

「おいゴン!ズルってどういうことだよ!」

 

 問い詰めるキルアを半笑いで誤魔化し、順番決めをするゴン。今度はちゃんと普通にじゃんけんをしたらしく、三戦目はキルアが出ることになった。

 キルアが舞台に上がるのに応じて、相手チームからも男が登場した。腫れぼったい目に元の色なのか疑わしい髪、加えてボコボコの皮膚といい、明らかに整形手術に失敗した顔だ。

 猟奇的殺人鬼を思わせる外見ではあるが、見る者が見れば大した力を持っていないのは明らかで、キルアはうんざりした様子だ。

 

「うわぁ、ハズレかよ」

「へっへっへ…俺はマジタニだ。舐めた口をきいていられるのも今の内だぜ?」

 

 そう言って身体が最も大きく見えるポーズで大胸筋をキルアに見せつける。ピクピクと揺れる胸には小さくハートのタトゥーが中途半端な数彫られており、反射的に伝説シリーズのライフ数を思い浮かべるリン。

 

「俺が提案するのはデスマッチ!お前が記念すべき20人目だ!」

「あそ。早くやろーぜ」

 

 キルアの態度に苛ついたマジタニが、大きく跳躍してキルアの居た場所に拳を打ち付ける。難なく躱したキルアだが、地面には等身大程の大きさの穴が開いた。

 

「ゲホッ…すま、ない…」

「クラピカ大丈夫!?」

「おい無理すんな!安静にしとけ!」

 

 試合の様子を見守っていたリン達の背後で、気絶していたクラピカが目を覚ました。よろよろと歩み寄る身体を慌ててゴンとレオリオが支える。

 

「大丈夫ですよ、クラピカ。あれは相手が悪かったです。それにレオリオが勝ってこの試合でキルアも勝つから、ほぼ俺達の通過は確実です」

「マジかよ、あんなやばそうなのにか?」

「はい。あの相手、そんなに大した事ないですし(その分殺されるのは哀れだけどね)」

「うん。見ていてもぞくぞくしないもんね」

 

 リンの言葉を聞いてほっと安堵の表情を浮かべるクラピカ。だが、その間も攻撃を続けていたマジタニの身体がこちらから背を向ける形になり、クラピカの瞳に蜘蛛のタトゥーが映った。

 

「蜘、蛛…!!」

「落ち着いてください、あれはただのタトゥーですよ」

 

 がばりと身体を起こすクラピカ。その瞳は緋色に変化しており、急激な腕力の上昇にゴンとレオリオの体勢が崩れた。

 慌ててリンも加わり三人がかりで抑え込む。その間にキルアが腕を変形させ、マジタニの身体をあっさりと引き裂いた。

 レオリオはクラピカの変貌とキルアの殺人、どちらを見ればいいのかとオロオロし、キルアが殺人鬼であると知っているリンとゴンはクラピカに集中する。少し落ち着いたクラピカの背をさすりながらも、ゴンは不思議そうな表情を見せた。

 

「クラピカ、蜘蛛が嫌いなの?」

「…蜘蛛はクラピカの同胞を襲った幻影旅団のシンボルなんですよ。本物は中に数字が刻まれたタトゥーなんですけどね」

 

 幻影旅団の話は既に一次試験の道中で聞いていた。だがその場にゴンは居なかったため、喉が潰れているクラピカの代わりにリンが簡単に説明する。当然、そこのトップと友達ですとは絶対に言えない空気だ。

 

「偽物とわかっていた、が…く、もを見るだけで、怒りで目の前が真っ赤に…ゲホッなるんだ」

 

 聴こえるか聴こえないかの声で絶え絶えにそう付け加えるクラピカに、ゴン達三人は「クラピカに蜘蛛を見せるのはやめておこうね」と小声で約束を交わす。そこに大あくびをしながらキルアが戻ってきた。

 

「あいつ、見掛け倒しも良いところだったな。全然面白くねー」

「そうだ、キルアお前、相手を殺しちまったのかよ…」

 

 そういえばこっちはこっちで色々起こっていた…とレオリオが引き気味に呟く。「デスマッチってそういうモンだろ?」とキルアが返答するとそれ以上の追及はできないが、医者志望のレオリオとしては簡単に人が死んだという事実に複雑な表情を浮かべるのは仕方ない。

 

 囚人たちの手によってマジタニの死体が片付けられ、四戦目の準備が整った。そして約束通り、四戦目はゴンに譲る。よっぽど穿った勝負でなければリンが勝つのは確実であるため、ようやく安心して試合を見物できる。

 一方で後がなくなった敵陣から出てきたのは、小柄な女性。魔性の美女といった雰囲気を醸し出すその女は自身をレルートと名乗り、ゴンを眺めてちろりと舌なめずりをした。

 

「ふふっ可愛いボウヤね。タイプかも…」

「ありがと!」

 

 美女の誘惑に一切動揺する事なく、ゴンが素直に礼を言う。そして主にレルートの豊満な胸部を見つつ、レオリオが歯噛みする。

 

「畜生ゴン!羨ましいぜ!!」

(うあー!あんな女をゴンに近寄らせたくない!!)

 

 前言撤回、今までとはまったく別の意味で安心できない。過保護なイルミの気持ちを少し理解したリンだ。

 

「私が提案するのは賭けよ。交互に問題を出して、残り時間のチップを10時間単位で賭けるの。あなた達が負ければ、その分の時間はここで待機してもらうわ」

「え~、俺頭使うの苦手だし…負けたら6時間しか無くなっちゃうじゃん」

「うーん、困ったわね…じゃあ、半分の30時間でどう?」

「それならいいよ!残り36時間あればゴールできるだろうし!」

 

 にっこりと同意するゴン。それを見てリンは思わず頭を抱える。そもそも勝ち負けの勝負なのに、関係ない制限時間のチップが必要な時点でおかしいと気づいてほしい。

 

「馬鹿ゴン、それはドアインザフェイス…詐欺師の常套テクニック…」

「…負けたな」

 

「頼むぜニア」と既にゴンを負けたものとして扱うキルア。だがそれはまったく同意なので、何も言わず複雑な気持ちで苦笑いして返す。

 三十時間も無くなってしまうのは予想外の痛手だ。こんな勝負を提案してくるあたり、囚人の契約条件はリンの予想通りなのだろう。

 

「じゃあ10時間かけて問題。私は女でしょうか?」

「え?女でしょ?簡単じゃん」

 

 なぜ当たり前のことを問題に出すんだと言いたげにきょとんとした表情のゴン。レルートは肩を震わせながら、不敵に笑う。

 

「ふふ、本当にそう思う?…本当に?」

「う、うん…」

「そんな安直に考えちゃって…これで負けたら10時間のチップが私たちに支払われるのよ?そして負けに一歩近づく。…本当に、それでいいの?」

 

 プロスペクト理論。人間は利益よりも損失に対してより過敏に反応する。少しでも心理学を齧った者ならば当然知っている心理テクニックだ。レルートはこれで男を選択するように誘導させているのだろう。

 だが、ゴンに小手先の心理テクニックは通じない。自分の選択を信じ、きっぱりと言い切った。

 

「…うん!女だ!」

「正解、私は女よ」

 

 40:20と画面に表示される。レルートの提案にすぐ対応できる電子掲示板があるのだから、チップとして制限時間を削る提案も予め決められていたと考えるのが自然だ。

 

「ゴンの奴…男って言っておきゃーいちゃもんつけてあいつの身体まさぐれたのによぉ!」

「…レオリオ、ちょっと黙っててください」

 

 女性目線で苛ついたリンが「さもなくばあなたの息子を(ホルモンクッキーで)消し去りますよ?」と凄むと、レオリオはひゅっと息を呑み大人しくなった。クラピカとキルアはそんなやりとりを見て見ぬふりしてやり過ごす。だが二人の額にも冷や汗が流れていた。

 

「じゃあ次は俺!じゃんけんでどう?」

「…却下ね。あなた、ズルするんでしょ?聴こえてたわよ」

「ありゃ…」

(ズルのこと黙ってればよかった…)

 

 こんな展開になるならば黙っていたのにと後悔するリン。だが、言わなければそもそもゴンとキルアの戦う順番が逆になっていただろうからあまり意味はない。

 しかし必勝の賭けをあっさり却下されると、ゴンに次の提案は思いつかなかった。うんうんと悩み、苦し紛れに問題を出す。

 

「うーん…じゃあ、そうだなぁ…10時間で『俺の家族にハンターはいる?いない?』」

「居るわね」

「え!なんでわかるの!?」

「咄嗟に考えた問題にしては具体的すぎるもの。実際に居ないとそんな事言えないわ」

「えへへ、正解…」

 

 30:30と表示される。これで初めの状態に戻った。だが違う事があるとすれば、レルートがゴンの性格を把握した事。

 

「なんか、このままじゃ面倒になりそうね。次で決めるわ、私は30時間全て賭ける」

 

 ぐっと身体を伸ばすと勝利を確信した表情で、言葉を一つ一つ区切りながらはっきりと言った。まるでその言葉の重みをわからせるかの様に。

 

「これが最後の勝負よ」

「…コントラスト効果でプロスペクト理論を強化してきたな」

「この緊張感は相当だぞ」

 

 キルアとレオリオが顔を歪めて呟いた。クラピカも同様に眉間に皺を寄せる。

 

「私は人を殺した事がある?ない?」

「ない!」

「本当に?」

「うん。ぞくぞくしないし、血の匂いがしないもん」

 

 だが、リンの見解は違った。ゴンに心理テクニックが通用しない事をリンはよく知っているからだ。

 

「いや…違います。あれは単に決着を早めただけ、もう勝利を確信したんですよ」

 

 心理戦に長けているレルートが、先程のやり取りでそれを見抜けないはずがない。そしてこの質問、問題の定義が曖昧である以上、どちらを選択しても反対の選択肢を正解だと言い張る事ができる。

 

「残念、私は人を殺した事があるわ。精神を狂わせて自殺に追い込んでね…」

 

 0:60と表示された。ゴンの負けだ。

 

「おい!そんなの定義によっていくらでも変わるだろ!」

「あら、先に定義を決めようとしなかったのはそっちよ。それともあなた、いじめやネット批判が原因の自殺は殺人じゃないとでも言う気?」

 

 もしもゴンが『殺人を自分が直接的に手を下したものと定義するか』事前に取り決めていたら、また結果は違っただろう。だが、レルートはゴンがそこまで質問の裏を読まず、そして決めた事を覆さないタイプだと見破っていた。

 そして倫理観のしっかりしているレオリオがそんな反論をできるわけがない。結果として、二勝二敗が確定となる。

 

「ごめん、負けちった…」

「お前さぁ自分の苦手分野で勝負するなよなー」

 

 申し訳なさそうに笑いながら戻ってきたゴンに、キルアは呆れ顔だ。

 残りはリン一人。相手側も最後の選手が決まっているのは同じであるため、待ちきれないと言わんばかりに奥から大柄な囚人がぬっと姿を現した。フードを剥いで露になった顔を見て、レオリオがぎょっとする。

 

「ニア、やめておけ…俺達の負けでいい。あいつはやばい…」

 

 レオリオが険しい顔でそう言う理由はわかっている。…というより、新聞を読む人間なら誰でも彼が連続猟奇的殺人鬼・ばらし屋ジョネスであるとわかるだろう。

 だが所詮は一般人、リンが恐れる程ではない。むしろ間違いなくデスマッチが提案されると思えばリンの勝利は確実となる。

 

「大丈夫、ここまで頑張った皆の努力を無駄にはしませんよ」

 

「おい!」と止める声を無視し、自然体な足取りで武舞台に上がる。ジョネスはべきりとコンクリートの壁を指でえぐり取り、それを粉々に砕いた。

 

「久々に娑婆の肉が掴める…」

「ばらし屋ジョネスさんですよね。デスマッチでいいですか?」

「デスマッチ…?これから始まるのは一方的な虐殺だ。お前はただ泣いて喚いていればいい」

「なるほど。了解です」

 

 イマイチ嚙み合っていない会話だが、一つ確定した事がある。どちらかが死ぬまでこの戦いは終わらない。

 リンはスッと真顔になって独り言のように呟いた。

 

「でも一つ間違いがありますね」

 

 戦いが始まった。早く肉を掴みたいと言わんばかりに、ずんずんとジョネスがリンに近づく。リンはそれをひらりと一回転して躱し、相手の肩に飛び乗った。

 

「喚く人は居ませんよ。俺は喚かないし、あなたは直ぐ死んじゃうから」

 

 手刀を首に打ち付け、そのまま切り裂く。ジョネスの身体は胴体と頭、二つに分かれた。

 タン、と飛び降りたリンの背後で、千切れた動脈から鮮血が迸る。切り離された頭部が一体何が起こったと混乱する中、身体だけが血の海でバタバタと苦しむようにもがく。

 

「皮肉だね、悪党の血の方が綺麗な花が咲く…」

 

(っしゃあ!言いたかった台詞言えたァ!!)と内心ガッツポーズをするリン。エモーショナルな顔こそしているものの、いつ言おうかと狙っていた台詞だったため興奮を抑えきれない。

 だからこそ余計に植物を操る妖術が使えないのが悔やまれる。やはりローズウィップだけでも持ってくるべきだったか。

 

「…俺の方が殺し方綺麗だったし」

 

 舞台でゴン達が来るのを待っていると、見当違いな方向で少しむくれるキルアが真っ先に歩いてきた。後から続いてゴン、そしてクラピカと彼に肩を貸しながらレオリオが歩いてくる。

 実際間違いなくキルアの方が暗殺技術は上なので、リンに異論はない。何よりムキになって対抗する姿が子どもっぽくてかわいいと思うリンだ。

 

「でも今の台詞キマってませんでした?」

「知らねー」

 

 ふいっとそっぽを向かれたがリンは特に気にしない。キルアに続きリンまでもがあっさりと対戦相手を殺し、胆力はもちろんだが素手で殺す技術にもレオリオが呆然として言った。

 

「お前らっていったい何なんだよ…」

「キルアはプロの殺し屋だよ」

「元だけどな」

 

 今は違うと訂正するのを忘れないキルア。だが、『自分でもジョネスを殺せた』とアピールするのは忘れないあたり、相当悔しかったらしい。そんなキルアをよそに、ハンカチで手を拭くリンをゴンが見上げた。

 

「ニアも、プロの殺し屋なの?」

「いえ、違いますよ」

「…人を殺すの平気なの?」

 

 ゴンが澄んだ瞳でリンの目を見つめながらそう尋ねる。人によっては嫌味のようにも取れるだろうが、あくまで純粋な好奇心と疑問から聞いているのだとリンは理解している。なので正直に答えた。

 

「別に平気ってわけではないですよ。必要ならやるってだけです」

「ふぅん…」

 

 そう言うと、ゴンはそれ以上何も言わなかった。

 

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