案内された部屋は12畳ほどの正方形の空間だった。毛布などの簡単な寝具や家具の他、本やテレビと娯楽類も豊富にある。狭くはあるが部屋を出れば簡易的なキッチンや中に食材のある冷蔵庫、そしてトイレや風呂もあり、時間を潰すなら文句なしの部屋だ。
「結構広い空間ですね」
「囚人たちの控室として造られたと言ってたからな。共同生活するには十分な広さだぜ」
これから一日と少しの時間をこの部屋で過ごす事になる。退屈しないのはラッキーだろう。ゴンとキルアがガサガサとテレビ台の中を漁り、ゲームを発見したキルアが嬉しそうに声を上げた。
「お、ゲームもある。退屈はしなさそうだな」
「これがゲーム?」
純粋無垢にそう尋ねるゴンに、絶滅危惧種を見るような眼を向けるキルア。そういえばくじら島に帰った時はいつもゴンに誘われるまま遊んでいたからゲームをさせた事がなかったと、今更気づくリン。
「嘘だろ?知らねーの?」
「うん。どんな物かは知ってるけど、やった事はないなぁ」
「マジかよ。龍クエも?マモハンも?」
「うん」
「人生損してるぜそれ。せっかくだからやろーぜ」
そう言って慣れた手つきでゲームのスイッチを入れるキルア。取り敢えず短時間でできる有名どころから、と手に取ったソフトはマリオらしい。仲良く遊ぶ二人の姿だけを切り抜けば、ここがハンター試験会場の一部だと信じる人間は居ないだろう。
ピコピコと遊ぶ二人を微笑ましく眺める。途中クラピカも参加しては下手過ぎてコントローラーを投げたり、18禁ゲームを見つけたレオリオが本体を奪おうとしてリンとクラピカに殴られたりといった場面もあったが、数時間経つとそれも落ち着きいつしか五人とも眠りについていた。
リンが目を覚ましたのはぐっすりと眠って翌日朝の4時ごろ。せっかく試験中にゆっくりと休めるのだから、と他の四人もかなりリラックスして眠ってしまったらしい。一次試験からここまで、彼らにとってかなりハードなものだっただろう。
自分も寝直すか、と再び横になったところで、腹部がくうと間抜けな音を立てた。
(…お腹空いたわね)
一度気になると、もう眠れそうにない。そもそも夕食は台所のキッチンに入っていた冷凍食品を適当につまんだ五人だったが、十代の男五人の胃袋がその程度で満たされるわけはなく、かなり中途半端な気持ちで眠りについていた。
(今なら、全員寝てるわ。予定外だけどここで決行するしかないわね!ていうか腹減ったし!!)
そう決意すると、リンは静かに毛布を抜け出し部屋を出た。
「ふっところから取り出しまーしたるはー♪てれれれってれ~ん!クモワシの卵~」
待機するよう指示された部屋には、大部屋の他、廊下の一部に小さな台所とユニットバスのトイレが備え付けられていた。間取りは簡易的な1Kといったところ。
そんな台所の前で、リンは柄にもなくはしゃいでいた。人が居ないのを良い事に思わずよくわからない歌を小声で歌いだすくらいには機嫌が良い。二次試験の際に多めに取っていたクモワシの卵、これを早めの朝食にしようという寸法だ。
(一回やってみたかったのよねぇ~!クモワシ卵の大人食い!)
香りが豊潤で特に黄身は蕩けるような美味しさ。そのまま持ち込んでいたらとっくに割れてしまっていただろうが、メイメイに預けていたためそんな心配も皆無。一つはメイメイに分け与えるとして、残る五個を手にしたリンはテンションが高まるあまり顔までニマニマとしてしまっていた。
(どんぶり卵かけご飯にする?いや一部は卵焼き?蒸しパンにするのもいいかもしれない。こんなにあると夢が膨らむな~!)
卵を両手の指に挟みるんたったと踊る。ここに人がいたら大恥である。
「ニア、何してるの?」
「…」
呼ばれる名こそ違うが愛しい弟の声が耳に入らないわけがなく、リンはぴしりと石のように固まった。
居た。しっかりと見ている人が。それも四人だ。ゴン、キルア、クラピカ、レオリオはそれぞれ大笑いしていたり気まずそうに目を逸らしていたりと、四者四様の表情を見せる。
カタカタと振り返ったリンは、冷や汗をびっしょりと流しながら彼らに眼を向けた。
「…見た?」
「…すま、ない」
「ばっちり見てたぜ。歌いだした辺りから」
「おいキルア!それは黙っておいてやれ!」
謝るクラピカ、馬鹿にした表情でオーバーキルするキルア、慌てて無駄なフォローをするレオリオ。ゴンは純粋に疑問に思っただけらしく、気づけばリンの傍まで来ていた。
「あっそれクモワシの卵だ!そんなに取ってたの?」
「へぇ~独り占めしようって事か」
「あ~はは…一緒に食べます?」
察しの良いキルアにじとりと見つめられ、リンはあっけなく降伏した。全員が卵の美味しさを知っており腹も減っているため、断る者は誰も居ない。
(…ま、いいか。丁度数も足りるし)
なんだかんだ弟たちとの食事はありがたがるべきだと考えなおす。二次試験でのやり取りを思い出し、ゴンが元気良く挙手した。
「俺!俺が作るよ!二次試験の時に言ってた卵かけご飯!」
「お、それじゃあお願いしようかね」
レオリオがくつくつと笑いながら言った。さっきのニアのような足取りで台所を駆けまわるゴンを眺めながら、大部屋へ戻り揶揄いの目をリンへと向ける。
「しっかし、物静かなイケメンかと思いきや、意外と可愛いとこあるじゃねえかニア君よ~」
クラピカも言葉にこそしないものの、同じような感想を抱いたらしく笑いを殺している。黒歴史生産現場を見られたリンは、「はは…」と乾いた笑いを漏らした。
「ニアってさ、ゴンとなんか似てるよな」
「へ?どこが?」
「ん~なんとなく。さっきの足取りの感じとか」
ちゃぶ台の前で足をだらしなく伸ばしながら両手で身体を支え、キルアがそうぼやいた。
(クラピカ、レオリオに続きキルアにまで疑われるなんて!!)
更に冷や汗を流し、背中がびちゃびちゃになるリンである。先ほどのリンの足取りとゴンの足取りを重ね合わせて揶揄っているのだと思ったレオリオが、再び大笑いしながらキルアの背中をばんばんと叩いた。
「おいキルア、それ以上揶揄ってやるなって」
再び場が笑いに包まれるが、キルアは真剣な顔だ。
「いや、身体の動かし方とかオーラというか雰囲気とか…言葉にできねーけど、そういうの」
リンが危惧した通り、キルアは本気で怪しんでいる。ゾルディック家の英才教育を受けたキルアは、リンとゴンの身体運びが似ていると感じたらしい。
実際、くじら島で自然を相手に共に過ごしていたリンとゴンには、野生的身体能力や動き方に似通っている点が多い。血縁者であるが故に身体の作りも近いだろう。
キルアは思った事を言っただけなのだが、リンにとってはバレるかバレないかの瀬戸際。どう言い訳しようか考えていると、救いの神ことゴンが茶碗を五つ盆にのせて戻ってきた。
「できたよー!…何の話してんの?」
「おおゴン!お前とニアが似てるって話してたんだよ」
「えー、そうかな?」
そう言ってリンの隣に座るゴン。(やめろ!隣に座ると見比べやすいだろ!)と心の中で叫ぶリンの声は当然聴こえない。美味い美味いとクモワシの卵かけごはんを食べながらも、三人はリンとゴンの食べる姿を見比べている。
(美味いのに…美味いのに味がしない!!)
顔を見られないように隠しながら、悲しいほどに緊張で味がしない卵かけごはんを勢いのままにかきこむリン。せっかくのクモワシ卵なのにと涙する。そんなリンの姿に、ゴンはリンがごはんをかきこんでいるのがよほど美味しかったからだと勘違いしたらしく満面の笑みだ。
「そんなに俺が作った料理美味しかった?よかった!」
「誰が作っても同じだろ…いやまあうめえけど」
苦笑しながらツッコミを入れるレオリオ。食べながらもキルアが首を傾げる。
「ん~…やっぱ似てる気がするな。…あと、ニアの動きって暗殺者の動き方にも似てんだよ」
暗殺者の動きなんて一般的に身につくものではない。驚異的な回復力で少しなら声を出せるようになったクラピカが、眉を顰めながらキルアに尋ねた。
「暗殺歩…法と、いう事か?」
「いや、そこまでは言わねーけど…うちの訓練で教わる動きに似てる。…あ、俺んち暗殺一家のゾルディック家でさ」
(何から何まで大正解!!)
キルアの鋭さにもはや泣きたいリンである。しかし当の見比べられているゴンはきょとんとした表情でリンの顔を眺めているだけだ。
「ゴンはどう思う?」
「ん~、俺に似てるというより、姉さんに似てる気がするな。何となくだけど」
(ファイナルアンサァーーーー!!!)
もはや感動と絶望の涙でリンの心は大洪水になっていた。
(キルア、クラピカ、レオリオ、そんなに私に興味を持って見てくれていたのね。そしてゴン、姉ちゃんを見分けられるなんてそんなに私が大好きか私も大好きよ…)
「もしも俺に兄さんがいたら、ニアみたいな感じだったのかな?」
死を覚悟したリンの予想とは外れ、ニコニコ笑うゴン。普通は実の姉が男になって変装して目の前にいるとは思わない。ホルモンクッキーを食べていて良かったと心の底から安堵したリンである。
「し…自然に囲まれて育ったからゴンに似た動きになるんでしょうかね?あと、知り合いに暗殺技術を知っている人がいて少し教わった事があるので…キルアが言ってた事はそういう事かも」
嘘をつくコツは本当の事と一緒に言う事だ、というのは有名な話だ。リンの言葉に全員がなるほどなあと頷いた。少し齧った程度で暗殺の動きをできていると思ったキルアはやや不満そうではあったが。
「ちぇーっ、お前本当姉ちゃん大好きだよな。目的のはずの親父より話題に出てくるじゃんかよ」
「うん、大好きだよ。それに尊敬してる」
「俺もそんな姉ちゃん欲しかったよ。ウチの兄貴は何考えてるかわかんねー奴とキモオタだし」
「キルアも姉さんに会ったらきっと仲良くなれるよ!レオリオとクラピカも紹介したいな!」
「は、はは、そーね…岩を砕く姉ちゃん…殺されないかな…」
ゴンとキルアの言葉に内心感涙するリンだが、一方でどんないかついゴリラを想像しているのかレオリオの顔が引きつる。少しムカついたので、皆がよそ見をしている隙にレオリオの茶碗にだけワサビを大量に混ぜ込んだリンであった。
◇◇◇
部屋の中で30時間が経過し、ロックされていた扉が解除された。病み上がりのクラピカを気遣いつつも、ひたすらに試練をクリアしていく。
何度も同じ道に戻されたりもしたが、とにかく進んだ。ひたすらに進んだ。
そうして気づけば最後の扉の前まで来ていた。
「多数決最後の道。短くて簡単だが三人しか通れない道、五人で通れるが長く困難な道、好きな方を選べ…ちなみに長く困難な道はどれだけ早くても45時間はかかる」
三次試験官のリッポーはゴン達の行動が特に目を引いたらしく、ご丁寧にスピーカー越しに解説してくれた。残り時間は45時間未満。五人で通る道を選べば、もはや合格は無い。
「俺はバツを押すぜ。そして何が何でも3人の中に残るつもりだ」
「俺はマルを押すよ。ここまで来たら皆で合格したい」
「…私もマルだ」
「俺はバツを押すよ。そしてゲームを降りるつもりもない」
武器を取るレオリオ、構えをとるキルア。そして何とか説得しようとするゴンとクラピカ。
全員ではクリアできない一方でなまじ時間が残っているだけに性質が悪い。完全に真っ二つに意見が分かれた状態で、リンは彼らがどのように話し合いをするか観察していた。
「…どうする?ニア、お前次第だ」
リンの意見を聞くクラピカ。匿名性がなく完全に二つに意見が割れているこの場で最後の者に選択を迫るのは、親切なようでいて残酷かつ責任を押し付けるに等しい行為だ。だが、この状況ではそうせざるを得ないのも事実。
「…」
黙って壁にもたれ掛かり腕を組むリン。
疲れは協調性に軋轢を生みだす。レオリオを筆頭に極限の精神状態で全員の仲間意識にボロが出始めている事に気づいたリンは、沈黙する事で彼らのハンターとしての資質を問いかけていた。
…ぶっちゃけオタク観点としては意地でも最終的に合格させるつもりなのだが。それは別として仕事もしなければいけない辛い立場なのだ。
「ニア!俺、皆で合格したい!」
「何言ってるんだゴン!時間が足りねぇのはどうしようもねぇんだぞ!」
ゴンの言う事は優しいようでいて酷く自己中心的かつ我が儘だ。条件をクリアするための代替案が無いのだから。その点ではレオリオの方が現実的と言える。
「嫌だったら嫌だ!皆大事な仲間なんだ!!」
「…で、皆仲良く不合格になろうと?」
リンがそう言って厳しい目でゴンを見つめると、ゴンはびくりと肩を震わせた。しかし暫く考えこむように俯き、パッと顔を輝かせる。
「壁!壁を壊せばいいんじゃないかな?姉さんみたいには出来ないけど、ここの武器を使えば時間内になんとか壊せるかも!」
(…極限の状況でも優先順位を見誤らずに活路を見出す…本当に成長したわね、ゴン)
ほっと安心したように一息つくと、リンはもたれかかっていた壁から離れ全員の顔を見回した。ゴンの提案にレオリオとキルアも納得した様子だが、誰もがリンの答えを待っている。
「ゴンに賛成です。全員で進む道を選んで壁を壊しましょう」
そして、全員の了承を得たうえで〇が選択された。長く先の見えない道を無視し、×に通じる道の壁を全員が見つめる。
「さて、と…ここから全員で壁を壊しにかかるわけだな」
「大丈夫ですよ、俺に任せてください」
言葉の意味を尋ねる彼らを後ろに下がらせ、静かに息を吐いた。腰を落とし、両の手を右腰でボールを作るように構える。良いものを見せてもらったご褒美…というには少し上から目線だが、これくらいはしたっていいだろう。
「こ、これは…かめはめ波!」
思わずキルアが叫んだ。それはこの試験の中で一度も驚愕を見せなかったキルアが初めて上げた大声だ。
「キルア、知っているのか?」
「ああ、昔兄貴の漫画で読んだ事がある。瞬間的に気を爆発させ、放出する…本当に使う奴がいたなんて…」
謎の解説役に回るキルア。普段のキャラと明らかに違うが、当時孫悟空にロマンを感じていた少年はその事に気づかず瞳を輝かせている。
「かぁ~めぇ~はぁ~めぇ~」
掛け声とともにオーラを練る。ゴン達は勿論、画面越しのリッポーまでもがリンの挙動を見守っていた。
「波ァ~!!!」
念能力の使えないゴン達には、リンが放出したオーラは見えない。しかし誰もが何かを感じ、思わず身構えた。
放出されたオーラは壁にぶつかり爆ぜる。その威力は強固な数十センチにわたる厚さの壁を破るのに十分で、瓦礫となった壁だったものは大きな音を立てて崩れた。×の道の向こうの壁すらも貫通したらしく、瓦礫の向こうには外が見える。
「何をしたってんだ…何も見えなかったのに扉が壊れたぞ!」
「かめはめ波です(あ…よく考えれば念を使わなくても私なら蹴り壊せたわ…まあいいか)」
わなわなと震えるレオリオに対し、事も無げに言うリン。下手な言い訳より押し切った方が早いと判断した。深い事は気にしてはいけない。
「かめはめ波が実在するのなら…あれくらい壊せてもおかしくない。なんせ本気を出せば月をも壊す威力なんだから」
オーラの気配に怖気付き天井に張り付きながらもキルアが解説する。もはやヤムチャポジションと化しているがいいのだろうか。
「姉さんも昔やってたよ!ニアもかめはめ波使うんだね!」
「お前の姉ちゃんマジでナニモンなの?」
短く簡単な道を歩きながらゴンがまた言った。目の前で玩具にされつつある自分に、ニアの姿をしながら同情するリンだ。
残り時間18時間25分40秒。ニア(リン)、ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、三次試験合格。
◇◇◇
(飛行船では雑魚寝だったけど、こっちの船では客室があてがわれてるのね…二人一部屋だけど)
トリックタワーを突破したリン達が案内されたのは、とある大きな船。豪華客船とは言い難いが、生活に必要な部屋や器具は備え付けられておりそれなりに快適な旅路になりそうだ。
この船で四次試験会場まで一晩かけて向かうという。渡された鍵をちゃりちゃりと弄りつつ、ゴン達と連れ立って船の廊下を歩くリン。
「羨ましいです、ゴン達は相部屋で」
「ま、奇数だからしゃーねーわな」
「良いルームメイトだといいな」
ゴンとキルア、クラピカとレオリオの組み合わせで相部屋になった四人に愚痴ると、レオリオとクラピカからフォローの言葉が返ってきた。
ひと段落したら共に食堂に行こうと約束をし、各々自分の部屋に入る。ゴン達を見送り、ルームメイトに声をかけながらリンも宛がわれた部屋の扉を開いた。
「一晩よろしくお願いします、同室のニアと言いま…」
「やあニア♥」
「すみません、間違えました」
ぱたりと扉を閉める。元の姿の状態ならばヒソカと同室など気にしないのだが(それはそれで問題だが)、リンが生理的恐怖を覚えたのは目が合ってすぐにヒソカの視線がリンの股間へと向けられたためだった。全裸でベッドに横たわっていたのも恐怖ポイントだろう。
(あれがホモに狙われるノンケの恐怖ってやつか…覚えておこう)
腐女子として貴重な体験ができたとポジティブに捉えることにする。しかしどうしよう、絶対にあの部屋で眠りたくない。
(…いや、諦めるな。ここはキワモノ揃いのハンター試験、同じように部屋を交換してほしい人がいるかもしれない)
一筋の希望を求め、船の談話室に向かう。扉を開くと同じ状況に陥った受験生たちがギャーギャーと騒いでいた。交換をしたもののやっぱり戻してくれ…だとか、あんな部屋と交換しやがって詐欺だとか、揉めに揉めているらしい。
「…あの、お願いがあるんですけど」
談話室新参者のリンはまだ需要が高いだろう。とりあえず一番手前に居たポンズに声を掛けようと近づくと、むしろ相手の方から必死の形相で頼み込んできた。
「お願い!部屋交換して!私あいつと相部屋とか絶対無理!!」
「いいけど…後悔しない?」
「あいつと同じ部屋なのに比べたら!!」
ヒソカよりもやばいルームメイトがいるというのだろうか。驚きのあまり思わず素の話し方に戻ってしまうリン。だがまたとない申し出に、二つ返事で鍵を受け取る。
(ごめんよポンズ…)
ポンズが談話室に逆戻りする運命は確定だろう。申し訳ないが、人間一番大切なのは自分の身だ。
かといってあそこまで交換してほしがる部屋のルームメイトがまともとは思えない。尻への恐怖を味わうのは一度で十分なので、恐る恐る扉を開ける。
開けた先には、身体中に針を刺した男がカタカタと口元を震わせていた。ポンズの感性は正しい。そりゃあ扉を開けた先にそんな奴がカタカタ涎を垂らしていたら回れ右するだろう。だがリンはほっと息をついて部屋に入り、空いている方のベッドに腰かけた。
「…なぁんだ、心配して損した」
「ああ、リンか」
「ちょい待ち。この部屋、監視カメラの類はない?」
声帯まで弄っているのかと思いきや、その声はリンもよく聞きなれたものだった。だが、本当の名前を呼ばれるのはいただけない。もしもこの部屋が盗聴などされていれば、潜入試験官であることがバレかねない。
「もう確かめたよ」
「よかった。…イルミならさっきよりよっぽどいいわ」
リンが交換した部屋のルームメイトはギタラクル…イルミだった。暗殺一家の長男だろうが謎の針男だろうがルームメイトとしては毛嫌いされる部類のものだが、リンにとってはゴン達以外だと一番の安パイどころだ。談話室の受験生達から嫌がられる部屋を一つ回収して、慈善行為をしたとも言える。
「俺も、針を抜けるからラッキーだよ」
「あんた相部屋を嫌がられてるわよ」
「そう。別に良いけど」
本当に気にしていないらしく、表情は微動だにしない。針を抜いて元の姿に戻り、仕事道具の針磨き作業に戻る。そんなイルミをよそに、上着をハンガーにかけてベッドに腰かけた。
「キルア、大きくなったわね」
「うん、ゾルディック家始まって以来の逸材だよ」
「うちの弟も大きくなったでしょ」
「え、そんなの居たっけ」
嘘だろ?と思わず目を剥くリン。イルミの目と鼻の先に顔を近づけて聴き取りやすい声ではっきりと言う。
「キルアの横に居るツンツン頭の子!写真何百回も見せたでしょ!」
「だって興味ないし」
「お前本当そういうとこな」
逆にどうやれば10年近く見せ続けてきた写真の男の子の顔を忘れるというのだろうか。イルミがキルアの写真を送るのと同じくらいとは言わないまでもリンも頻繁にゴンの写真を送っていたのに、興味のある事以外には一切意識を向けないイルミに流石に呆れるリン。
「そんなんじゃ友達できないわよ」
「必要ないからいいよ。勿論キルにも」
「人生損してるわね」
だがイルミのそういった性格は今に始まった事じゃない。リンはイルミを友達と思っているが、わざわざここで言って否定されるくらいならさっさとゴン達の下へ行った方が生産性があるだろう。部屋を出ようと扉に向かうリンに、イルミは不思議そうな顔をした。
「あれ、もう行くの」
「友達とご飯。私はどこかの誰かと違って?短い試験の間にも友達ができたもんで♥」
その友達の中にキルアが居ることは絶対に教えてやらないとクスクス笑い、リンは部屋を出た。