リン=フリークスの冒険   作:夜桜百花

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最終試験を見守り隊【前編】

「ねえ嘘でしょ!?ニアが居ないなんて!」

 

 最終試験会場に向かう飛行船にて、キルア、クラピカ、レオリオと互いの合格を喜び合ったゴンだったが、仲間が一人足りない。まさかそんな、とニアの不合格を信じきれず、ネテロの顔を見るや否や詰め寄っていた。

 

「残念じゃが、この場に居ないという事は失格だったという事じゃ」

「…いや、信じられない。彼の身体能力ははっきり言って私たちを軽く凌駕するものだった」

「ふむぅ…そう言われてものう」

 

 クラピカの言葉にも髭を捻じり残念そうな表情を見せる。

 ネテロはニア=リンである事を把握している。そんなリンが不合格になったと思い込み慌てているゴン達が、内心では面白くて仕方ない。

 しかしここではあくまで会長だ。リンの正体をばらしてしまえば面白くなくな…いや、潜入試験官の存在が受験生に知られるため問題が生じる。そのため、ネテロはあくまでしらばっくれるしかない。本当に、本当に断腸の思いなのだ。

 

「ま、仕方ねーじゃん。この場に居ねーのがその証拠だし」

 

 手を頭の後ろで組むキルアは、退屈そうにそう言った。あの程度の試験も合格できない程度の人間なら興味がないと言わんばかりの仕草だ。ゴンは泣きそうな顔でキルアを軽く睨み、庇う様に言う。

 

「ニアが落ちるわけない!」

「…つっても、居ないもんはしょうがねえよ…俺もあいつが落ちたとは思えねーけど…」

 

 レオリオがゴンの頭をポンポンと叩きながら宥める事で少し落ち着いたが、それでも納得いかない気持ちが捨てきれない。だが取り付く島もない以上、ここは引き下がるしかないのもまた事実だった。

 むしゃくしゃしてその場を去り一人外の景色を眺めていると、クラピカが無言でゴンに近づき、隣に腰かけた。

 

「…クラピカ」

「ニアの事か?」

 

 主語が無くて何を尋ねられているのかと考えあぐねていると、「試験中に、何かあったんだろう?」と付け加えられた。まさかばれているとは思わず、肩を震わせて動揺する。

 

「どうしてわかったの?」

「様子がおかしかったからな」

「…ニア、もあるけどちょっと違うよ。ニアにはむしろ、全部助けられたんだ」

 

 ゴンは全てを掻い摘んで話した。ターゲットだったヒソカがニアと対峙している時、怖くて動けなかった事、勇気を振り絞り助けようとしたが突き放された事、隙を突いてヒソカのプレートを奪った事、その直後別の受験生の神経毒に倒れた事、それを討ち取ったヒソカからプレートを渡され、突き返そうとするも逆に殴られ何もできなかった事。気が付いたら安全な木の洞に運ばれ、ニアの上着がかけられていた事…。

 自分は敵わなかった、力になれなかった。拳一つもヒソカに届かず、ずっと共に頑張ってきた仲間には貰うばかりで何も返せない。話すうちにいつしか涙が零れていた。クラピカは何も言わず、黙って話に耳を傾ける。

 

「そしたら無性に悔しくて、情けなくてさ。なんでか寂しくもなっちゃって…だから誰かの役に立ちたかったのかも」

 

 香水の香りも薄れた上着からは僅かに姉に似た匂いがする。そのせいで余計に心が苦しくなったのは、流石に恥ずかしくて言えない。

 丁寧に畳んだ服をぎゅっと握りしめ、黙り込む。そんなゴンに敬意を払い、クラピカも胸の内を明かした。

 

「…私も同じだよ、ゴン。私のターゲットはニアだった。そのためニアに勝負を挑み、そして敗れた。それなのに、目が覚めたらニアのプレートがあったんだ」

 

 レオリオの手前平静を装っていたが、心の中は情けなさと罪悪感で胸がいっぱいだった。

 似たような状況になったゴンに話す事で少しでも楽になりたいと思っている自分に気づき、また情けなくなる。気持ちのやり場が見つからない中、クラピカは自嘲気味に笑った。

 

「…私は、彼が居なければここには居ないのだよ」

「それは違うよ!ニアのプレートがなくたって、クラピカはきっと合格してた!ニアもそれがわかってたからクラピカにプレートを渡したんだよ!」

 

 ゴンの言う事はニアの心情として一理あるのかもしれない。だが、その理屈で言うならばゴンがヒソカからプレートを受け取ったのも同じ事だ。

 

「…それはゴンにも言えるんじゃないか?」

「そうだけどそうじゃないの!ヒソカとニアは違う!」

 

 ダブルスタンダードもいいところな滅茶苦茶を堂々と言うゴン。クラピカはその優しさと横暴さに、堪え切れずクスッと笑った。

 

「君のそういうところを、私は好ましく思うよ。…君が居なければ、私もレオリオもここまで来ていない。感謝している」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「やっほ~」

「ああ、リン。お疲れ」

 

 そんなやり取りがあったとは露知らず、リンは別でハンター協会が用意してくれた飛行船に乗り、協会本部に向かっていた。先客のイモコがひらひらと手をふり、イトコはぺこりと頭を下げる。

 

「もしかしてずっと試験の様子監視してたの?」

「いや~見てるだけは暇だったわ」

「お疲れ様。…隣に居るのはもしかしてイトコ?直接会うのは初めてね」

「初めましてリンさん、お疲れ様です」

 

 そんなやり取りをしながらも空いている椅子に座り、ワイシャツのボタンを寛げながら監視カメラの映像を見守る。

 上着をゴンに渡してしまったため少し肌寒い。しかしワイシャツを外に出してリラックスできる、とリンは大きく腕を伸ばした。

 

 流石はイトコの能力というか、受験生にフォーカスされているらしいカメラは見やすいアングルでアニメのワンシーンの様に映し出されていた。富豪ばりのサイズと画質を誇るプロジェクターが映し出す巨大スクリーンには、図書室のような場所で必死に本を読むゴン達の姿が正面から見える。

 

「…何してるの、あれ」

「最終試験がペーパーかもしれないって、詰め込んでるのよ」

「…アホ」

 

 ネテロをよく知るリンに言わせれば、最終試験の内容を決めるネテロがただのペーパーテストなんて面白味の無いものを選択するとは思えない。だが、それは受験生には判断できないから仕方ないだろう。

 しかし、だ。それにしたって、世界最高峰の試験で直前暗記とはどういうことだ。情けなさで頭痛がして、額を片手で軽く押さえる。

 

「ていうか、あの405番の男の子、凄く昔のあんたに似てるけどもしかして身内?」

「あ、わかるー?うちの自慢の弟、ゴンよ」

「ハァ…この身内贔屓」

「ちゃんと実力を見て贔屓してたから良いの」

 

 二次試験以降の動向もしっかりと把握されていたらしい。だが特にやましい事もないのできっぱりとそう言いきる。監視する中でゴンの才能はイモコたちも感じていたらしく、それについての反論は飛んでこなかった。

 

「リンさん…まだ変装解かないんですか?もう仕事は終わったのに」

「解きたくても解けないのよ。あと数日で元に戻るんだけど」

 

 念能力の類だとわかったのだろう。リンがそう言えば深くは追及されず、後は受験生のどれが目ぼしいだとかどれがイケメンだといった下世話な話がメインとなっていった。

 

 そこから船内で過ごす事数日。リンがおやつをメイメイから受け取り相変わらず女子会の様なノリで雑談していると、画面の音声でアナウンスが流れた。どうやら最終試験会場に到着したらしい。

 受験生と共に移動したカメラが映し出した光景と音声によると、最終試験は負け上がりのトーナメント戦。ネテロが作ったトーナメント表に従って試合を行い、負け上がった一人のみが不合格となるのだとか。しかも勝敗の判定は降参のみで決められる。

 ネテロの性格の悪さにリン達がドン引きしていると、受験生たちの飛行船より遅れて跳んでいたリン達が乗る飛行船も、ようやく会場へ到着したらしかった。

 

「んじゃ、そろそろ行くわよ」

「あー…私は会場には行けないわね。別室で試合の様子を見たいからイトコ、能力の使用このままお願いしていい?」

「勿論です」

 

 残すも最終試験のみとなり、会長含め全員が見守る中で潜入試験官の監視は不要だ。それなら直接見物をしたいと思うのは当然だろう。

 本来ならばリンも連れだって試験会場まで赴くところだが、生憎と変装が解けてくれないため試合の様子を生で見ることはできない。

 

 船を降り、ぼりぼりと食べかけのおやつを食べながらビーンズに頼んでいた別室のドアを開ける。そこにあったのは映画館かと思う程の広さの会議室、用意されたテレビ画面も大迫力の臨場感で実際にその場にいるようなスリルを味わえそうだ。

 そして人の気配の数と位置を探り、リンの居る場所が最終試験会場の真上であると察する。

 

(あーあ、流石に知りもしない試験日程を予測してホルモンクッキーを食べるのは無謀だったかぁ。誤差数時間だったのにな〜)

 

 一人きりの部屋で寂しくモニターを眺める。リン=フリークスとしてならともかく、落第した受験生と思われているニアが会場で応援していたら不審がられるから仕方ないのだが。

 

「…久しぶりに食べるじゃがぼり美味っ」

 

 思わず独り言が漏れる。テーブルに頬杖をつきぼりぼりとスティック状のおやつを齧りながら見物していると、試合開始の合図が出された。

 

 早速の第一試合はゴンVSハンゾー。

 審判の掛け声に従い、ゴンが走り出す。しかしハンゾーに回り込まれ、あっさりと床に身体を横たえてしまった。

 ハンゾーもべらべらと喋ってはいたが、幼少期から訓練を受けた立派な忍。戦闘面では明らかにゴンが不利だ。頭を何度も打ち付けられ、早くも戦える状態ではない。

 

『降参しろ。ここからどんどん酷くなるぞ』

(くっそあのハゲ、ゴンに何してくれてんだ!)

 

 ギリギリと歯噛みしながらも耐えるリン。これが試験でリンが潜入試験官だから辛うじて耐えているが、それがなければハンゾーに殴り掛かっていただろう。それに手出しをしてしまえば、不正行為でゴンが失格になってしまう。

 あくまで仕事、そうこれは仕事だと、ぴりつくオーラを必死に抑えつけながらモニターを睨みつける。じゃがぼりを持つ手はプルプルと震え、メイメイが食べづらそうにしているが当然リンは気づいていない。

 

 …三時間後

 

(観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎…)

 

 見るに堪えない拷問を受け続け、ボロボロになったゴン。延々と弟が痛めつけられる光景を見せられ、どうにか心を鎮めようとリンは般若心経を必死でループさせていた。その苦労の甲斐あってか、今のところどうにか乱闘騒ぎは起こさずにいる。

 ゴンも必死に抗うが、こればかりは経験値の差だ。リンが時折遊びの延長で修行をつけていたとはいえ、ゴンには対人格闘の経験が少ない。ましてやハンゾーは殺人の経験もあるだろう。この経験から得られる覚悟は大きい。

 腕を折ると宣言され、それでも反抗するゴン。その様子を見て、ハンゾーは宣言通りにバキリと音を立ててゴンの腕を折った。

 

(ハゲ…ぶち転がすぞマジで…ハッ、無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵…)

 

 だが、ハンゾーの目的はあくまで『まいった』と言わせる事。これまでの拷問も全て降参させるための手段に過ぎない。

 それでも降参せず、しかし腕を折られ苦しみ悶えるゴンをどうにか諭すため、ハンゾーは静かに半生を語り始めた。自分は生まれてからずっと忍術という特殊技能を身に着けるため修行を積んできたから、ゴンが勝てる余地はない、と。

 

『…以来18年、技を磨いてきた。お前くらいの歳には人も殺してる』

(お前同い年かよ死ぬほど嫌だわマジで殺すぞ!…それはゴンとは関係ないか。ぼじそわかー)

 

 何のパフォーマンスか、指一本で逆立ちしながら語るハンゾー。隙だらけの指を目掛けてゴンが渾身の回し蹴りをお見舞いした。不意を突かれたハンゾーは重力に従って顔面から崩れ落ち、強かに鼻を打ち付ける。

 

『おっしゃ殺せゴン!蹴り殺すのだ!』

(っしゃあ殺せ!そのままどつきまわせゴン!)

 

 レオリオの野次が派手に飛ぶ中、階下に聴こえてしまうかもしれないので声にこそ出さないが、腕をぶんぶん振り回しリンも心の中で野次を飛ばす。野次の質はどっちもどっちだ。目くそ鼻くそとも言う。

 

『18なんて姉さんと同い年だもん兄弟の範疇じゃん、そんな変わんないし!それにこれは戦闘じゃなくて『まいった』っていうまでの勝負だもんね!』

『~~~!!…足を斬るぞ!絶対にくっつかないように!そうすればお前も失ったモンのでかさに気づいて降参するだろ!』

(お前ゴンの足マジで斬るのか?その綺麗なハゲ頭ボコボコに割ってやろうか???)

 

 大きく舌を出し、降参する素振りは一切見せない。そんなゴンに業を煮やしたハンゾーが腕から仕込み刀を出す。

 ハンゾーも本気だ。殺しまではしないだろうが、再起不能状態には平気でするだろう。もしも本当に足を斬るならば、その前に床を破壊して焼け野原の如きハゲ頭を月面クレーターにしてやると決心するリン。

 

『足を斬られるのは嫌だ!でも降参するのも嫌だ!!』

 

 しかしリンの心配をよそに、ゴンはそう言い放った。一瞬時間が止まり、堂々たる我が儘にどっと笑いが起きる。何も考えていないように見えて『足を斬られたら死んじゃうし困るでしょ?』と言い放つあたり性質が悪い。

 それはゴンの持つハンターとしての才能だ。相手も会場も巻き込んで、自分のペースに持っていくだけのカリスマ性。笑う程他人事にはなれないが流石に少し脱力して、ぼんやりと画面を眺める。

 

(何だろう、この何言ってんだこいつ感、見覚えがある…あ、親父だ)

 

 ちなみにリンも四次試験でクラピカに似たような事を言ったばかりなので、完全にブーメランだ。

 

 くすくすと周りが笑ったり反応に詰まったりと様々なリアクションを取る中、揺らぎかけた決心を建て直す様にハンゾーが叫んだ。

 

『…ここで殺しても、俺は来年受ければいいだけだ!』

 

 これが最後の警告なのだろう。刀の切っ先をゴンの目と鼻の先に向け、本気で凄む。

 

 ここで勝負が決まる。空気がまたしても一変し、固唾を呑んで誰もが見守る。そんな中、ゴンは自分が脅されているとわかっていないかのように、冷静に言った。

 

『姉さんと約束したんだ。ハンターになって、親父を探して、それが終わったら一緒に冒険するって』

 

 静かに発せられたその言葉に、会場だけでなく画面越しに見ていたリンも一瞬呼吸が止まった。あの時自分が言った言葉を、ゴンがそこまで心に刻みつけているとは思わなかったからだ。

 

(確かに約束したし、覚えてる。でも…あの時私は、泣くゴンを何とか宥めたくらいにしか思ってなかった。そんなにゴンの中では大きな夢になってたのね…)

 

 リンがハンター試験のために家を出る前夜と、カイトが来てジンが生きていると知った日、リンはそれぞれゴンと約束した。それはリンにとってはゴンを慰めるための軽い気持ちでしかなく、もしそうなったら嬉しいくらいの漠然とした夢でしかなかった。少なくとも、ゴンがそのために平然と命を懸けるとは思っていなかった。

 だが、ゴンにとっては違った。ゴンはリンが家を出たあの日から何を考え、どう思って過ごしてきたのだろう。全てを知っていると思っていた弟は、リンが知らない間に大きく成長していた。

 

『でも、ここで引いたら一生親父にも姉さんにも追いつけない気がする。俺はもう、置いて行かれたくないんだ』

『…理屈じゃねえんだな…わかったよ』

 

 ハンゾーは、ただ静かに話を聞いていた。ゴンに覚悟があるのと同様に、ハンゾーにも覚悟があるはずだ。きっと忍びとしての使命の様な何かが。

 それはリンにもある。リンの優先順位第一位は、常に家族に向けられている。少なくとも弟を殺されるくらいなら、こんな試験は簡単に破壊してしまえるくらいの覚悟が。

 

 ハンゾーが覚悟を決めたように瞳を閉じた。刃を向けられたゴンの額から一筋の血が流れ出る。静かに、本当に静かにハンゾーは決意を固めたらしかった。

 本当にゴンを殺す気か。そう思った瞬間リンは精孔を全開にした。それは奇しくもハンゾーが「まいった」と言うのと同時だった。

 

(え、まいった?あ、やば…)

 

 即座に精孔を閉じたが、周囲への影響は止められない。地響きが鳴り、画面の中の面々も動揺した表情をしている。

 

「やっちまった~。あ、ごめんよメイメイ、ほんとごめん」

 

 同時にうっかりじゃがぼりも粉砕してしまいメイメイにポコポコと殴られながらもモニターを見る。その直後、文句を言うゴンを無視してハンゾーが降参宣言を確定させた。

 

(あ~…ハンゾーってかなり気配に敏感だし、バレちゃったかも。…ま、仕方ないわ)

 

 リンは弟の事になるとかなり物事が大雑把になるのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 場の人間のざわめきを聞きながら、キルアは動じないふりをしてその場に立っていた。

 ゴンが拷問にかけられ始めてから感じていた恐ろしいまでの殺気。自分に向けられているわけではないとはいえ、気を付けていないと身が震えてしまう。何処から見られているかはわからないが、確実に近くにいる。

 

(殺し屋か?それにしては殺気が駄々洩れ過ぎる。隠す気すらない。なら何の目的で?)

 

 意図が分からないものほど怖いものはない。誰を?誰を狙っている?周囲の気配を慎重に探るが、地響きが収まってからはあの殺気が嘘だったかのように静まり返っていた。

 降参されたら試合にならないと駄々を捏ねるゴンをも無視し、ハンゾーは静かに受験生の集まりの中に戻る。明らかにゴンにイラついた様子だったが、それに手を上げる事はなかった。

 

「ねえ。何で降参を宣言したの?」

「は?」

「あんたなら確実に負けを認めさせる方法を知っていただろ」

 

 このトーナメントで最もハンターとして評価が高かったのはゴン。体術も戦闘技術も、明らかにキルアの方が勝っているのに。

 キルアはそれが納得できなかった。ゴンにあって自分にない才能とは何だ?そしてそれを知りたいあまり、気づけばハンゾーに歩み寄っていた。ハンゾーは軽くキルアに目をやってから、忌々し気に言う。

 

「あいつを気に入っちまったのが一つ。これは嘘でも何でもない、腕折られても殺されかけても負の感情一つ目に浮かばないあいつが気に入っちまった。だがもう一つはあの殺気だ」

 

 レオリオとクラピカはハンゾーの言葉に首を傾げたが、その直後にクラピカが地響きに関係があるものだと察した。

 そしてキルアは、ハンゾーの言うものが何かを知っているため、黙って耳を傾ける。ハンゾーはほんの数分前の出来事に眉を顰め、言った。

 

「俺に向いてたんだよ、あの殺気。ゴンに下手な事をすりゃ、殺されていたのは俺だ」

 

 ハンゾーとしてもこの結果は不本意だったのだろう。そのまま複雑な表情でキルアの傍を通り過ぎる。

 

(ゴンを守る殺気…?)

 

 今までの試験でもゴンが窮地に陥った事は何度もあったが、そんなものは無かった。なぜこの試験だけそんな事が起きるのだろうか?

 キルアが思案に耽る間にも、試合は進行する。

 

 続く第二試合はクラピカVSヒソカ。

 クラピカは本気で戦っているが、ヒソカはお遊びだ。いくつかの攻防を交えた後、ヒソカが何やらクラピカに耳打ちし、その後ヒソカが自らの負けを宣言した。

 耳を澄ませていたわけでもないので何と言ったかまではわからなかったが、「蜘蛛」という言葉だけが辛うじて聞き取れた。

 

 次の第三試合はハンゾーVSポックル。

 これに関してはまともに見る気も起きなかった。キルアから見れば勝敗は明らかだったからだ。

 ゴンの時と同じ、腕を折る体勢になったハンゾーが「今度は容赦しない」と言う言葉によって、ポックルは負けを認めた。

 

 第四試合はヒソカVSボドロ。

 つまらなそうに戦うヒソカとは正反対に、真剣にもかかわらず体中が傷だらけになっていくボドロ。なぜそこまで必死になるのか、と思っている間に限界が訪れたらしく、ボドロは降参した。

 

 第五試合、キルアVSポックル。

 戦っても面白くなさそうな人間と遊ぶ気にはならない。キルアはあっさりと降参を宣言した。この判断が命取りになるとも思わずに。

 

 第六試合はボドロVSレオリオ。

 ここではレオリオがボドロの負傷を理由に試合の延期を願い出た。キルアにはその心理が理解できないが、自分の楽しみが早まったのは素直に嬉しい。

 

 そして第七試合、キルアとギタラクルの試合だ。

 

「あんたの事、ずっと気になってたんだよね。あんた、何者?」

「まだ気づいてなかったの。キル」

 

 興味津々、しかし余裕綽々な様子のキルアに、ギタラクル…イルミは針を抜いて正体を明かした。

 骨格が歪み、真っ黒な髪は腰近くまで伸びた。闇の深淵を映すかのような瞳がキルアを見つめる。周囲は人間離れしたその変形具合に目が離せないでいたが、キルアは別な理由で目が離せない。見た事もない人間の姿が、みるみるうちにキルアが最もよく知る人物へと変わっていったからだ。

 

「イル兄…」

「母さんを刺して家出したんだって?ミルから聞いたよ」

 

 先ほどまでの余裕は、一瞬にして消え失せていた。唇からは血の気が引き、足の関節が安定しない。キルアの本能の全てが目の前の男に逆らうなと囁いている。

 

「母さん泣いてたよ。息子が立派になってくれて嬉しいって。でも心配だからそれとなく様子を見て来いって言われてたんだよね。…キル、ハンターになりたかったの?」

「別に…面白そうって思っただけ」

 

 辛うじて、端的な答えを絞り出す。それを聞くとイルミはパアッとわかりづらいが嬉しそうな表情を浮かべた。だが、キルアの寒気は止まる気配がない。

 

「なぁんだ、よかった。お前はハンターなんか向いてないよ。あれは怖いもの知らずの蛮勇がなるものだ。俺だって仕事で資格が必要だから取るだけだし」

「イル兄が、ハンターの何を知ってんだよ…」

「知り合いにハンターが居るからね。お前よりは知っているさ。…お前にはあの世界は眩し過ぎる。闇の世界に生きるお前には向いていない」

 

 脇の方でレオリオ達の反論…野次が飛ぶが、キルアの耳には入らない。目の前の長兄に全神経を集中させていないと身が持たないからだ。周囲の声は気にも留めず、イルミは暗示をかける様にキルアに囁く。

 

「お前は闇人形だ。熱を持たない、人ではない。何の感情も持たない、唯一喜びを感じるのは、人を殺す瞬間だけだ。俺と親父にそう作られたからね」

 

 その時、さっきと同じ地響きが起こった。至近距離にいる今、本来ならこの殺気がイルミに向けられていると気づいただろう。

 しかしそれは平時のキルアの場合だ。今のキルアにそれを感じるだけの余裕はない。イルミに五感の全てを支配されながら、それでも少しでも自分の気持ちを伝えたくて、震えながらも反論する。

 

「俺だって…欲しいものくらいある」

「へえ、何だい?」

「ゴンと、友達になりたい…」

 

 ぱちくりとイルミが目を瞬かせた。まだそんな事を言っているのかと言わんばかりだ。口を開きかけた時、ゴンの怒鳴り声がそれを遮った。

 

「何言ってんだよキルア!俺達もう友達だろ!!」

「ゴン…」

「俺だけじゃない!クラピカだって、レオリオだって、ニアだって皆キルアの友達だ!キルアが人じゃないなんて、取り消せ!」

 

 唯一、ゴンの声がキルアの意識をイルミから逸らす事に成功した。だが、所詮はそれだけだ。ゴンの言葉を聞いてイルミがくるりとゴンを振り返る。

 

「そう、もう二人は友達なのか」

 

「困ったな…」と呟きながら、指を口の下に添え、そのまま黙り込んで何事か思案するイルミ。暫く考えた後、名案を思い付いた様にぽんと手を打ち言った。

 

「よし、じゃあゴンを殺そう」

「なっ!?」

 

 その言葉に、今度はキルアが黙り込む番だった。それを気にする素振りすら見せず、イルミは自分で考えた案に自分でダメ出しを入れる。

 

「あ、でも今殺したら失格になっちゃうのかな。いやでもライセンスを取得した後なら殺しても問題ないんじゃない?」

 

 イルミが説明を求めるようにネテロの顔を見ると、ネテロが試験説明をする。今殺すと失格になるが、ライセンス取得後は何があってもその権利を剝奪される事はないという旨だ。

 それを聞いて、なら話は決まりだと言わんばかりにイルミは言った。

 

「じゃあ、ライセンスを取ってからゴンを殺そう。わかったキル?俺を止められないと、大事なゴンが殺されちゃうよ」

 

 キルアは動けない。イルミもそれをわかっている。針の支配は今もキルアの頭部で強く働いているからだ。わかっていて挑発している、自ら負けを認めるようにと。地響きがまた起こった。

 

「この手が触れたら了承と見なす。動いても同じだ。いいね?」

 

 少しずつイルミの手がキルアに近づく。動けない。金縛りにあったかのように指一本動かせない。

 兄貴に勝てるわけないじゃないか。ゴンが死んでしまう!このままでは自分の身が危ない。嫌だ友達なんだ!守りたいんだ。イルミに逆らってはいけない…。

 もう、諦めてしまおう。全身の毛穴が開きそうな程の殺気を感じたのは、そう思った時だった。

 

 先ほどよりも強い地響き。下手な地震よりも激しく、建物が倒壊するのではないかとキルアは本気で思った。

 天井が落ち、土煙が舞い上がる。目が痛い。幸いキルアに直撃する事はなかったが、瓦礫が周囲に散乱して視界が悪く前が見えない。

 煙が晴れ、明瞭になった視線の先。そこにはイルミではない、それどころかここに居るはずのない人物の背中があった。

 

「ゴンを殺すって言った輩はどこのイルミかなぁ~…??」

 

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