「…おぬし、ええ趣味しとるの」
「…」
いつもの服に着替えて講義室前の扉に張り付いていたリンを、ネテロは珍しく呆れ顔で見やる。どこに行ったかと思えばこんなところに居たのか、と。
リンもリンで、ネテロは何度も見たい顔ではないので「うへぇ」とあからさまに表情に出した。勿論声にも出した。
「出待ちってやつよ」
「薄々思っておったがかなりのブラコンじゃの」
「褒め言葉どーも」
ネテロの嫌味を軽く流し、再びドアの隙間から内部を覗く。部屋の中ではライセンスについての簡単な説明が終わろうとしていた。
ビーンズが締めの言葉を述べ、全ての過程が終了する。しかし、ここまで怒涛の展開に予想外の出来事が起こり過ぎた。夢にまで見た資格を手にしたものの、ほぼ全員の表情が複雑だ。その筆頭はハンゾーとポックル。ヒソカもまた珍しく暗い表情を浮かべているが、その理由は彼らとは異なるためここでは除外する。
「…ジジイ、さっさとどっか行きなさいよ」
「こっからが面白いんじゃろ」
「趣味悪」
ストレートなリンの暴言は暖簾に腕押しで流された。嫌味の応酬についてはどっちもどっちなのだが、この後にちょっとした揉め事が起こるのは簡単に想像ができる。リンが扉に張り付いているのもそのせいだった。
「あいつがゴンの姉ちゃんってマジか?」
講習が終わるや否や、ビーンズによって中断されたやり取りを取り戻すべく初めに行動を起こしたのはハンゾー。前の席で講習を受けていたゴンの下まで歩み寄り、開口一番にそう確認を取る。
「うん、そうだよ。姉さんも自己紹介してたじゃん」
「…なら、俺は異議を申し立てるね」
リンとゴンが血縁者であるのは言動や見た目からも確実だったが、あくまで前置きとしての確認だ。
そう言われたゴンがハンゾーの言葉の意味を分からず、ぽかんと口を開ける。隣に座っていたキルアは勿論、クラピカやレオリオも何事かと彼らの周りへと集まってきていた。
(やっぱりか…ギリ規約を破ってないとはいえ、ハンゾーには少し失礼をしちゃったからね…)
「俺達が試合をしているとき、あいつはずっと俺に殺気を送り続けていた。大方あの真上からだろうな…それは規則違反にはなんねーのか?こうは言いたかねーが、俺はあいつに脅されていたとも言える」
「俺達ゃ受かったんだぜ?それはどうしても言わねぇといけねぇ事か?」
そう言いながらビーンズに眼を向けるハンゾーに、呆れた風のレオリオが思わず口を挟む。その場に居る全員の視線が一点に集中していた。
「ああ、一言言っておかないとな。それに、これまでの試験の評価はゴンが一番良かったんだろ?身内の贔屓があったんじゃねえか?」
「姉さんは贔屓なんてしない!そりゃあ助けてくれた事はあったのかもしれないけど…俺だけが有利になるような事は絶対にしないよ!」
「へん、どうだかな」
「それもあるが、俺は他にも気になる事がある。…クラピカはヒソカに何か耳打ちされ、その後試験を合格していた。あれも一つの不正行為と言えるのではないか?」
ムッとして言い返すゴン。ポックルが更にクラピカへと向けて攻撃を仕掛けるのを聴きながら、リンはじとりとネテロを睨んだ。
「…ジジイ、これも予測して最終試験を組んだでしょ」
リンとゴンが姉弟と知っているのは勿論、ネテロはゼノとも古い付き合いだ。ゾルディック家に預けられていた時も時折ネテロからゼノに連絡が入っていた。
つまり、ネテロはゾルディック家と交流があり、キルアやイルミの事も知っている。更にハンターとしての推論を重ねれば、最終試験があのような結果になるのは目に見えていただろう。
「それもまた試練じゃて」
「ないわぁ…流石にないわぁ…」
ドン引きするリンをよそに場の空気はどんどんとヒートアップしていく。当然だ、試験合格に難癖をつけられてそのまま黙っている彼らではない。
「それを言うのならば戦わずして合格するのは不正行為ではないのか?」
「はぁ!?」
(流石に、そろそろ私が出た方がいいわね)
渦中の人間であるだけに多少の責任は感じている。リンがここでストーカーの様な真似をしているのは、ゴンというよりはハンゾーたちと話すためだった。
「そんなの!どうだっていいじゃんか!!」
今にも喧嘩が始まりそうな室内にリンが足を踏み入れかけた時、ゴンの叫びが響き渡った。一瞬場がしんと静まる。
「どんな形であれ、ここに居る皆はもう合格しているんだ。…さっきサトツさんが「大事なのはこの先何を成すかだ」って言ってくれた。合格してハンターになった以上、俺達は仲間のはずだよ!」
「よう言うた、ゴン」
…また大御所ムーブをしようとしてる。扉を開けて講義室に入るネテロに、リンは大きくため息をついた。ネテロに続いて扉を潜りながらちらりと後ろを振り返ると、いつの間にか来ていたメンチやサトツも後ろに続いてきている。全員考えることは同じだったらしい。
「ゴン達の名誉のために言っておくけど、誓って身内の不正はしていないわ」
今度はネテロに言葉を奪われてたまるかと、リンは口を開こうとするネテロを遮って前に出た。恐らく良い事を言おうとしていたであろうネテロが、むすっとしてリンを睨む。
「潜入試験官の仕事は試験官の不正防止と内部から将来有望な受験生を探して、時には手助けをする事。全て規約の仕事の内よ」
天井が落ちたのは別の話だが。そしてハンゾーとゴンの戦いの際にはもう試験官ではなかったので、リンの中でノーカン扱いになっている。それに実際に手を出したわけでもない。
「何より、ゴンたちだけを見ていたわけじゃない。ハンゾー、あんたはナンバープレートを見事に1点だけで集めていたわね?」
ちらりとリンがハンゾーを見ると、ハンゾーは少し驚いた様に片眉を上げた。受験生に一人ずつ付いていた監視員の存在には気づいても、リンの視線には気づかなかったらしい。
「目的の番号を取り逃した不注意はあまり褒められないけど、それまでの相手を尾行する隠密行動力、純粋な身体能力は目を見張るものがあったわ。ポックルも、早々にプレートを集めた後は見つからない場所にずっと隠れていた。咄嗟に生活できる環境を、それも拠点を秘匿しながら作成するのはかなりのスキルが必要。能力的にもバランスが良い」
出し抜けに、そして的確に称賛されてポックルもハンゾーもおかしな表情を見せる。どうやら毒気を抜かれたらしい。
「それにゴンが言った通り、ここはゴールじゃなくてスタート地点なの。誰がなんと言おうとここに居る全員がこれからはプロハンターよ」
「…これがライセンスじゃ。順番に配るからの、まあ精進せい」
完全に場の空気をリンに取られたネテロが、仏頂面しつつライセンスを配る。本来は何か良い話をしながら最後にライセンスを手渡す予定だったのだろう。水面下のやり取りに、後ろでメンチたちが思わず笑いを噛み殺している。
妙に機嫌が悪いネテロとあまり目を合わせないようにしながらも、受験生、いやルーキーたちはそれぞれ自分の名前が刻印されたライセンスを受け取った。
「これがハンターライセンス…」
夢にまで見たライセンスを受け取り、感慨深く見つめるゴン。
不正な贔屓はしていない。だが、ゴンに合格してほしいと願っていたのは本当だ。リンはもう我慢ができず、人前なのも気にしないでゴンに思い切り抱き着いた。
「ゴォン!!」
「ぇぶっ!」
あまりに強く抱き着いたため骨に響き、ゴンが悲鳴を上げる。その裏でヒソカがそそくさとリンの隣を通り過ぎるがリンは気にしない。
「姉さんやめて、皆の前で恥ずかしいよ…」
「今こうしなくていつするのよ!…頑張ったわね。本当に、本当にゴンは姉ちゃんの誇りよ」
試験の中でゴンの本音を聞き、ずっとこうしたかった。ライセンスを取得したのが誇らしいのではない。信念のために突き進んできたのが誇らしいのだ。リンの気持ちが伝わったようで、ゴンは恥ずかしがりながらも薄っすらと微笑んだ。
「…うん!ありがとう姉さん!」
「…マジでニアってゴンの姉ちゃんだったの?」
混乱していた頭が講習の間に徐々に整理されてきたらしく、レオリオが恐る恐る確認を取る。先程までのような警戒心は薄れたが、それとは別にしてなんとも言えない戸惑いが顔に表れていた。
「そう。さっきも言ったでしょ?」
「あの岩を砕くっていう?」
「そう」
「かめはめ波を撃つっていう?」
「そう」
「…俺ァてっきり、ムキムキのゴリラ女みたいな奴かと…」
「残念ながら腕っぷしはゴリラより強いわね」
オーラなしの元々の力で試しの門を全て開くリンだ。当然握力も600キロどころではない。
気が済むまでゴンを撫で繰り回し、リンはキルアにも顔を近づける。喜色満面のリンにキルアが思わずたじろいだ。
「キルアもおめでとう!てか本当に大きくなったわね!」
「おい近けぇよコスプレオカマ!つーか馴れ馴れしいぞ!」
イルミと対峙した際の様子を思い切り見られた照れもあるのだろう。ぎゅうぎゅうと抱き着くリンをキルアは全力で押し返そうとするが、ゴリラより力の強いリンはびくともしない。
「私みたいな姉ちゃんが欲しいって言ってたじゃない!私もキルアが弟に欲しいから両想いね!!」
「力強すぎだろ!お前みたいなゴリラ女チェンジだよ!!」
キルアの叫びも照れ隠しだと強引に解釈して更にきつく抱きしめる。だが、そんなリンも背後から殺気を込めて水を差されると流石にキルアから手を離した。
「リン、うちの弟に気安く触れないでくれる?」
「…いいじゃない、生まれた時から知ってるんだからキルアも弟みたいなもんでしょ」
「え、そーなの?」とゴン達がざわつくが、「血が繋がってないだろ」と一蹴するイルミによって遮られた。そしてキルアに眼を向ける。講習が終わったにもかかわらずこの場に留まっていたのは、このためだったらしい。
「キル、お前は一旦家に帰れ。リンに邪魔されたけど、言っただろ?お前の天職は殺し屋だ」
「…!!」
イルミの独特のオーラにキルアがまたしても怯む。それを察したリンは敢えて能天気に、そして気楽にイルミの味方をした。
「ま、でもイルミの言う通りよ。一度家に帰った方がいいわ」
「お前までそんな事言うのかよ!」
これにはキルアだけでなくレオリオ達も動揺した。あれだけの啖呵を切ったリンがイルミに口添えするとは思わなかったからだ。だが、リンは元々そう提案するつもりだった。
(…ま、その方が穏便だろうし)
ゾルディック家の厳しさ、家内ルールはリンも良く知っている。今はまだキキョウが騒いでいるだけのようだが、あまりにも長期化すれば執事によって強制的に家に連れ戻される日もそう遠くないだろう。リンの提案はあくまで穏便に事を済ませるためのものだ。
様々な想いが再び渦巻くキルア。ニアの姿の時よりは身長差はなくなってしまったが、それでもリンは先ほどの様にしゃがみこみキルアに目線を合わせた。
「家出してきたんでしょ?そのまま旅したって気持ち悪いでしょ。ゴンと旅がしたいならシルバさんたちと話し合いなさい。それでダメだったら私が誘拐でもしてあげる」
「…リン、冗談じゃないならマジで殺すよ?」
「まさか。私はカリオストロごっこがしたいだけよ」
本気の殺気を一瞬向けたイルミ。キルア達が再び怯むが、リンは一切目を向けずに返答した。カリオストロで城に侵入したルパンは撃たれて死にかけていたが、そこは気にしてはいけない。
「…まあいいや。じゃあキル、ゴトーを出口に待たせてるから」
「飛行船で来たんでしょ?ついでに私達も乗せてってよ」
「お前を乗せる筋合いはないだろ」
「何よケチ!ロン毛!ボンボン!」
子ども染みた悪口を言うリンを無視して、イルミはキルアの腕を強く引く。キルアは心細そうにちらりとゴンを見た。しかしイルミに逆らう事も出来ず、そのまま連れられて部屋を出て行く。
「姉さん。…俺、キルアを追いかけるよ」
リンがイルミに賛成した手前強く言えなかったようだが、ゴンは両手を握りしめて強くイルミを睨みつけていた。
キルアを暗殺稼業から抜けさせる、ゴンの中でその意思は固まっているのだろう。そのためなら姉の反対も押し切るという覚悟が見えている。ゴンの中でキルアはそれだけ大切な存在になっていた。
「あ、そのつもりよ?」
「え?」
「言ったじゃない、ダメだったら誘拐するって…まあ普通に話し合いするけどね。そのためにはキルアの実家に行かないと」
間抜けな声を出すゴンにリンがそう言ってウインクすると、ゴンの表情はぱあっと花が開くかのように笑顔になった。もっとも、この顔が見たいがためにわざわざ回りくどい言い方をしたリンである。
ゴンやキルアに旅をさせてやりたい。でもゾルディック家とは穏便に事を進めておきたい。それがリンの描く予定図であった。
「俺、キルアの家に行きたい!クラピカとレオリオも行くでしょ?」
「…まあ、乗り掛かった舟だ」
「よくわかんねーし、このまま帰れねぇよ」
落ち着きはしたが、色々と納得は行かない。ニア…リンの事も気になるし、何よりあんな表情をしたキルアを放っては置けないのだろう。クラピカとレオリオもそこまで悩まずに方針を決定したようだった。
「…キルアの家ってどこにあるの?」
「パドキア共和国。遠くはないけど凄く近いわけでもないわね。飛行船に乗らなきゃ」
ゴン達に追いついたリンはコンピュータールームでカタカタと飛行船のチケットを取っていた。自家用の飛行船で帰ったキルアに追いつくのは数日かかるだろうが、早ければ早いほど良い。パドキア共和国へは民間の飛行船で3日ほどといったところだ。
「チケットはいつのものを取る?」
「「「即日!」」」
「よね!」
普段自分が利用する旅客機予約サイトに入り、手近な便を検索する。今からホテルを出ても、今夜なら余裕を持って出発できるだろう。
「…おし、ちゃんとチケットも取れたわよ。四人分ね」
タン、とエンターキーを押してリンが言った。
ヒソカに一発食らわせるまでライセンスを使いたくないと無謀な我が儘を言うゴンに付き合い、全員が観光コースで入国する予定だ。飛行船だってその気になれば最高級の個室を無料で予約できるのに、一番安いクラスの席を予約している。
「姉さん、父さん!父さんの名前も検索してよ!」
「…ふふん、いいかもね。ゴン、場所代わるから自分で検索してみて」
リンの肩に顎を乗せて騒ぐゴンに、いたずら心が湧いたリンは席を代わってそう促した。ゴンもそれに従い意気揚々と人名を入力する。
ジン=フリークスと書かれた欄をクリックすると、画面は機械音と共に真っ暗になった。唯一、『指定極秘人物』という文字だけが白く浮かんでいる。
「あれ…?」
「鍵がかけられているな。…これをするには一国の大統領レベルの権力と財力が必要だ」
ゴンと場所を代わったリンの隣で、冷や汗を流しながらクラピカが小さく言った。この場の誰よりも早く悟ったのだろう。二人の父親がいかに凄い人物であるかと。
「ゴン…これがあんたの獲物よ。生半可な力では見つけられないわよ?」
「…うん!でもひとまずはキルアを迎えに行かなきゃ!」
その心境はゴンにも伝染したようだった。だが、どこかワクワクした表情でぐっと拳を握りしめる。それを見てリンは何処かホッとしている自分にも気がついていた。ゴンの表情が紛れもないハンターのものだったからだ。
「行こう!パドキア共和国!」
◇◇◇
「そうじゃリン。ついでに頼みがあるんじゃがの」
少し時は遡り、講義室を出る少し前の話。
ルーキーたちが部屋を出てメンチ達も無言でそれを見送る。最後にゴン達が部屋を出てリンもそれに続こうとした時、ネテロがリンを引き留めた。嫌悪感を隠そうともせず、しかし一応は上司にあたるので渋々振り返る。
「あの新人三人とキルア少年、聞いていたところによると、おぬしと行先を共にするんじゃろ?ついでに裏ハンター試験も見てやってくれ」
唐突な依頼に思わず「はあ?」と声を出す。
裏ハンター試験は所謂念能力のテストだ。ベテランのプロハンターがルーキーと師弟関係を結び、念能力の手ほどきをする。だが一度に四人は聞いたことがない。おまけにゴン達は皆才能の塊だ。生じる責任も重圧も桁が違う。
「流石に四人は無理よ。あんな才能の塊、せいぜい二人で手一杯」
「なら、裏ハンター試験自体は見てくれるんじゃの?」
「うっ」
もっと言うなら、単純に面倒だ。弟や推しを変な奴に預けたくもないが、今まで気ままに仕事をしてきたリンには面倒な事でもあった。
(ジジイ…初めからそっちが狙いだったわね)
基本的にはルーキーの動向を探り、それに最も近い位置にいるハンターに依頼が向く。少なくとも「ついで」で任される重さの仕事ではない。
「おぬしなら信頼できる筋も心当たりがあるじゃろ。シングルになって日も経つのじゃから、いい加減弟子くらい持っておけ」
「…はいはい」
そう言われると反論の余地がない。ダブルの称号条件に当てはまるため、多くのハンターはシングル取得と同時に弟子を取るからだ。
だが何となく悔しいので中指を立てておく。残る二人分の師匠斡旋まで押し付けられたのだから、それくらいは許されるはずだ。
(普通に考えるなら弟子にするのはゴンかしら。私と過ごしてた影響で精孔も開き始めちゃってるし…)
ずっと弟子を取るのを渋っていたツケがここで回ってきた。…だがまあ、それが弟たちなのは内心嬉しいリン。誰を弟子にするか考えておかなければ。