「ゴン!…とクラピカにリオレオ!あとコスプレオカマ」
「レオリオ!!」
「リン!!」
玄関前でリン達を出迎えたキルアは、開口一番嬉しそうにゴンの名を口にした。そして数秒の間を置いてようやく気付いた風にクラピカ達の顔を見る。ゴンが来てくれた嬉しさで忘れていたのが半分、ゴンもそうだが他のメンバーまで来るとまでは思わなくて、照れ隠し(若干本当についで感もあるだろうが)半分といったところだろう。
「…私たちはついでか」
不本意なニックネームをつけられたレオリオとリンが率先し、クラピカが後からため息交じりに呟く。流石に少年の発言だから本気で怒りまではしないが、会いに来るためにかなりのトレーニングを積んだクラピカとレオリオの徒労感は想像に難くない。
「キルア、何で俺達呼ばれたの?一緒に旅に出られないの?」
「あー、何かわかんねーけど親父がゴン達をもてなせって言いだしてさ。俺としては今すぐにでも家を出たいんだけどな」
「キルアの家族…」
他人に殆ど興味を示さないシルバが人をもてなすのは本当に珍しい。リンが居るからか、はたまたゴンに興味を持ったのか、あるいは大穴でキルアを大事に想っている仲間に感謝を覚えたというところか。
大穴はほぼないだろうが、と内心予想するリン。珍しいがそう言ってもらえるのなら甘えても罰は当たらないだろう。
一方でゾルディック家に招待されたと聞いて複雑な表情を浮かべるゴン。ゴンにとってキルアの家族とは、イルミを始めとしてキルアに無理やり殺しをさせたり拷問をする極悪非道な連中だ。固い表情を浮かべるゴンの頭をポンと叩き、リンは少し笑ってフォローに回った。
「シルバさん…キルアの父さん、ゴンが思ってる程嫌な人ではないわよ」
「…うん!」
リンの言葉に少し元気を取り戻す。明るく頷くと屋敷に入るキルアに走り寄り共に歩き始めた。キルアの行く先から察するに、客間に案内されるようだ。
我が家を堂々と歩くキルアとは異なり、通りすがりの執事たちが全員一礼していくのを見てレオリオとクラピカが落ち着かないといった風にそわそわしている。ゴンは広い館をきょろきょろと見回すと素直に感想を述べた。
「車も豪華だったし、キルアの家ってお金持ちなんだね」
「そうかぁ?そこまで広い家でもねーだろ」
「嫌味かこいつ」
当然の様に言うキルアに、レオリオが渋い表情をする。レオリオの住んでいたアパートはキルアの部屋の面積三分の一相当なのだが、レオリオがそれを知って更に不貞腐れるのは数時間後の話だ。クラピカが赤いチャイナ服の襟を正しながらキルアに顔を向けた。
「イルミの他にも家族は居るのか?」
「あー、兄貴がもう一人と妹が一人。…つっても一番殺しの仕事やってるのはイル兄だな。ミル兄は暗殺一族のくせに趣味で会社立ち上げてオタ活三昧だし、カルトはお袋にひっついてばっかりだよ」
「趣味で会社ぁ!?とんだブルジョワ野郎だな!!!」
「「声がでかい!」」
今度こそ屋敷中に響き渡る声で叫んだレオリオ。反射的に両脇からリンとクラピカが頭を殴った。ガツンと数トンの扉も開くだけの力がある拳が、レオリオの頭目掛けて良い音を立てる。通りすがりの若い執事がびくりと肩を震わせた。
「凄い人なんだね。姉さんはその人も知ってるの?」
「へ!?し、シッテルワヨ…」
「何その片言」
二人分の拳骨を喰らって思わずその場に蹲るレオリオに苦笑いしながらも、リンへ質問するゴン。自分がその会社設立の言い出しっぺですと言いづらい空気に、適当に誤魔化すリンだ。ごまかしきれてはいないが。
それは別として、イルミやミルキから聞いていた話では、ゾルディック家は五人兄弟だ。しかしキルアはここまで、三人の兄弟しか紹介していない。
(やっぱりもう一人の妹のことは忘れてるのね…)
写真でしか見た事のないアルカ。数年前にリンがミルキから詳細を聞いて以来、何も進展はないのだろう。今度こそ顔に出さなかったが、リンは内心やりきれない気持ちでいっぱいになった。
「ここ、一部屋ずつ使って。荷物置いたら食堂に行くぜ」
「親父さんに挨拶した方がいいんじゃねえかなあ」
「いいよ、別にそんなんしなくて。親父も堅苦しいの好きじゃねーし」
各々宛がわれた部屋に荷物を置くとキルアが今度は食堂へと促した。丁度食事時でもあるし、晩御飯を食べるのだろう。レオリオが年長者らしく気にしているが、キルアはさして気にしない。
実際、シルバをよく知るリンも同意だ。挨拶をしたらしたで悪い気はしないだろうが、よっぽどのことがない限り相手を覚えることはない。
「でも、まさか招待してもらえるとはね…流石にびっくりだわ」
シルバだけでなく、ゾルディック家の人間は基本的に家族以外の人間には興味を示さない。さっきも同様の事を考えていたのを思い出し、言葉にする。リンだってそんな人が自分の弟達を招待してくれて、悪い気はしない。
「ゴンに興味持ったみたいだぜ。俺がゴンのこと色々話したから」
「そうなの?まあシルバさんもゴンに会った事あるからね~」
思わずキルアの幼少期を思い出し、レオリオが小さく笑いを堪える。キルアは勿論だが、ゴンがゾルディック家に行った事があるとは言っていなかったため、ゴンも驚いてリンを見た。
「いつ?」と聞かれ、「赤ちゃんの時、親父が私を迎えに来た時に」と簡潔に答えるリン。ゴンは目を輝かせると、同じような表情をしているキルアと顔を見合わせた。
「俺達とっくに会ってたんだな!」
「だね!」
少年達は運命の相棒だったと互いに思ったのだろう。抱き合い…はしないまでも二人とも嬉しそうに笑いあう。そんな様子を目の当たりにして、怪しまれない程度に手を口元に当て天を仰ぐ。
(尊い…やっぱり素敵カップリングや…)
ミルキにも是非とも見てもらいたかったこの場面。だがミルキは身内のBLはNGなので駄目だろうか。微動だにせず立っているリンを無視して、キルア達はスタスタと先に進む。
「イルミは?」
「仕事。暫く帰ってこないと思う」
リンが正気に返った時には、全員とっくに食堂に到着していた。
◇◇◇
いつもはバラバラで食事をとりがちなゾルディック家の面々も、今日は共に食事をとるらしい。キキョウの視線だけで人を殺せそうなそれを一身に受けながら、リンは居心地悪くもぐもぐと高級料理を頬張る。
ほんの数分前に軽く会釈をして挨拶しに行こうとしたが、眉間目掛けてビームを撃たれたのでそれを避けるとくるりと回れ右したリンだ。あまりの速度で放たれたそれにゴン達が気づかなかったのが、不幸中の幸いである。
「この料理、毒入りじゃないわよね?」
「ああ、じゃないとゴン達食えねーし」
今日の食卓は立食形式。今リンが食べているローストビーフは毒なしだが、念のためキルアに確認する。タダメシだ高級料理だと騒ぎながら料理を貪っていたレオリオがギョッとして口の食べ物を吐き出しそうになった。
「え、毒?」
ゴンもきょとんと目の前の食べ物を見た。味覚の鋭いゴンは目の前の食事に毒が入っていないとわかるのだろう。だがここの食卓で毒入り料理が日常的に出てくるのもまた事実だ。
(美味いけどホント、居心地悪いわぁ…)
更にキキョウの傍で同じようにリンを…こちらはゴン達も含まれる、を睨みつけるカルト。大きな独り言で追撃するキキョウ。
「あら、我が家に似つかわしくない野ネズミが居ますわね!食事が不味くなるわ!」
(これ見よがしだ…絶対私に言ってる…)
勿論キルアを連れて行くという意味ではゴン達にもその殺意は向けられているのだろうが、基本的なヘイトがリンに向いているのは間違いないだろう。リンを嫁にする話は間違いなくシルバとゼノだけの間で相談されていたはずだと断言できる。
毒入り疑惑だの毒づきママだの、あまり楽しい歓迎会ではない。本当になぜ呼ばれたのかわからないとリンが冷や汗を流していると、救いの神の様な声が聴こえた。
「よ、リン。そいつ、リンの親父さんが迎えに来た時に抱いてたガキだよな」
「ミルキィ!」
神の正体はミルキだった。針の筵に現れた安定の安心感に思わず抱き着こうとするが、ひらりと躱される。ゾルディック家の相変わらずな塩対応にリンの心の弱いところが静かに涙を流していた。
そんなリンは無視してこの微妙な雰囲気もガン無視するミルキ。皿に料理を乗せるのに忙しいらしく、今皿に乗っているだけでもゴンの頭一つ分くらいの量がある。ここでエネルギーを補給し、部屋に籠って原稿を一気に書き上げるのだろう。
「そうよ。うちの弟ゴン」
「こ、こんにちは」
「おー」
気を取り直し、隣に居たゴンを紹介する。イルミの時とは打って変わってゴンも礼儀正しく挨拶をしたが、ミルキは自分から聞いたくせに大して興味なさげに料理を貪っている。
まあ、ミルキがマイペースなのはいつものことなのだが。少ししょげるゴンの頭をポンポンと叩いてフォローする。ミルキは自分が話を振ったのを忘れたかのようにもぐもぐと食事を頬張った後、ふと思い出したようにリンを見た。
「そういえばリン、お前今年のコミハンはどうする?」
「あー…ごめん、今年は無理かも」
「マジかよ?珍しいな」
初めてフォークを動かす手を止めて驚いたように目を見開き固まるミルキ。基本的にコミックハントには毎回参加しているし、脱稿前にはミルキのアシスタントもするくらいの熱意のリンだ。驚くのは仕方がないだろう。
リンとしてもオタクの祭典に参加したいのは山々だ。だが弟子を取らないといけないのを考えれば、自分の趣味で勝手に行動するわけにもいかない。
「ちょっと仕事でね…いつ終わるかわかんないけど数カ月はかかりそうなのよ」
「じゃあアシスタントを探さないとなー」
「いやぁ、ほんと申し訳ない。メンチにでも声かけてよ」
「あいつ絶望的に絵のセンスねーし、むしろ勝手にアレンジしてきやがるから無理」
親し気に話すリンとミルキの姿を見て、こっそりゴン達がひそひそと話す。勿論高級料理を頬張るのは止めないが。
「リンってもしかして暇人か?俺、プロハンターはあちこちひっきりなしに飛び回ってるイメージだったんだけどよ…漫画のアシスタントとかしてんの?」
暗殺者の漫画家とプロハンターのアシスタント。才能の無駄遣い過ぎると言いたげなレオリオ。若干引いた表情でキルアが付け加える。
「俺が言うのもアレだけど…ミル兄と仲良いなんて、リンってもしかしてダチ少ねぇ?」
「キルア、思っても口に出すものではないよ…」
「姉さん、友達多いよ?くじら島でもキツネグマとかウミヅルと仲良かったし」
四者四様に感想を口にするが、全員共通して失礼なことを言っているのは間違いないと言える。
弟であるゴンでさえ一見フォローしているし本人はフォローしているつもりだが、キルア達三名にはディスの高等テクニックにしか聞こえない事を言っている有様だ。本人のピュアさを知っているので悪気はないと一応理解はしているが。
「ゴン、人間社会では一般的には動物のダチはノーカンなのよ…」
「あ、でも同い年の友達は一人しか居ないって言ってたかな…俺もだけどね!」
「暗殺者と友達になるような女の唯一同い年のダチってどんなんだよ」「男か女か…どちらにせよ常識から逸脱してるだろうな」と小声で会話をするレオリオとクラピカ。
聴こえていればその喧嘩を買いに行くリンだが、生憎ミルキィ☆ホワイト先生最新作について語るのに忙しいので気づいていない。じきにその場にも慣れ、ゴン達は各々好きな料理を取るためテーブルの各所に散らばっていった。
◇◇◇
「シルバさん」
ミルキとひとしきり会話を楽しんだ後、リンはシルバに声をかけていた。
キルアは挨拶などしなくてもいいと言っていたが、リンは見知った仲だ。色々と黒歴史を生産した後ではあるが、招いてもらったのだから挨拶はしておいた方が良い。
「…ああ、リンか。嫁入りの話はもうしないから安心してくれ」
「いや、そこじゃなくて…キルアの事なんですけど」
「旅に出すのを許可したよ。あいつは言っても聞かないだろうからな」
そんなリンの心境を知ってか知らずか、シルバは複雑そうな表情で酒を飲む。筋骨隆々な上に上背まであるので、いつものことだが広い食堂の中でもひときわ目立っている。
(…正直、びっくりだわ)
シルバがキルアの旅を許すかどうか、正直なところ読みは五分五分だった。
リンが知るシルバは、必要な力をつけさせればあとは基本己で腕を磨けという放任スタイルを貫いていた。だが、イルミの発言からかなり縛り付けた生活を強要していたのがわかり、正直なところシルバの判断が読めないでいたのも事実。それだけにシルバがあっさりとキルアの旅を許したのが意外で仕方ない。裏があるのではないかとすら思う。
「…何か約束したりとかして?」
「『仲間を裏切るな』ってな」
「…なるほど」
上目遣いで恐る恐る聞いた言葉は、『約束』ではなく思った以上に明確な『契約』となって返ってきた。
そもそも裏切るの定義が曖昧だ。他者から見れば裏切りとは思えなくても本人がそう認識してしまう事もあるし、逆もまた然り。
ましてキルアは頭に針を刺されている。この先強大な敵と対峙すれば、キルアは自身の意思とは関係なしに回避行動を優先するだろう。そしてキルアは間違いなくそれを裏切りだと認識する。それら全てを加味した上で、リンは苦笑いしてシルバがキルアと交わした『契約』を評した。
「なかなかいい性格してますね」
「あいつは大事な跡取りだからな」
シルバもゾルディック家の当主だ。年若いリンが少し嫌味っぽく感想を言っても、まったく意に介していない。リンはコホンと軽く咳払いをして話を変える。
「キルアはハンターになりました。今後のために念を教える必要があるんですけど…シルバさんたちで教えなくても構いませんか?勿論悪いようにはしませんけど」
そう、ここに住む全員は、暗殺一家ゾルディック家の人間だ。当主のシルバは勿論、次期当主とされているキルアも。
そしてゾルディック家の人間は全員念を習得している。勝手に念を教えてもいいのか、それは自称キルアの姉貴分としてもハンター協会の人間としても確認しておくべきだった。
「ああ…頼む」
念能力は生き延びるために重要なスキルだ。自分達で教えると言われるかとも思っていたが、そこは放任するらしい。やっぱりイルミから聞いていた教育方針とはかなり違う。
(…イルミがブラコン過ぎて勝手に暴走してるだけだったりして)
イルミの教育方針は教育ではなく支配だ。色々と感性がねじ曲がっているイルミなので、好きな人間を思い通りに操りたいという思考を持っていてもおかしくない。…というより、イルミの『発』である針人間の能力からして、潜在的に人間を思い通りに操りたいと思っているのが見て取れる。
(やらかしてるわね~イルミ…。あ、念…そうだ、念)
聞こうと思っていたキルアに関するもう一つの事情。イルミはリンが出会った時には念を使えていたし、ミルキは覚えたてだった。それを知っているため、勿論個人差はあるだろうがゾルディック家では5歳前後で念を覚えるのだと認識していた。
「キルア、とっくに念を覚えてると思ってました。イルミやミルキはあの歳の頃には普通に使えてたし」
だがキルアは今年で12歳。いくら跡取りで基礎を入念に叩き込まれているとはいえ、念を覚えていないのは不自然だ。リンがジュースを飲みながらそう言うと、シルバはリンがBL本を見せた時よりも更に苦い顔を見せた。横顔でしかなかったが、それだけでシルバの中で計算外の事が沢山起こったのだと容易に想像がつく。
「一度教えたんだが、色々あってな…記憶を消去した」
その『色々』がアルカの件に関係があるのだと察し、リンはそれ以上の追及をやめた。
「…まあ、それ以上は触れないでおきますよ。せっかくだからゴンとも話してやってくださいね」
「そうだな。ジンの息子でキルアが気に入る子か…一度話しておきたいな」
そう言ってシルバはグラスを持ってゴンの下へと歩いて行った。巨体であるにもかかわらず、足音は一切しない。
(…親も親で、本当にややこしい家庭なんだから)
ブーメランだと知りつつもそう思わずにいられないリンであった。
◇◇◇
「君がゴン君だな?」
「うぉ、キルアの親父さんか」
一緒になって名前もわからない美味しい肉料理を貪っていたゴンとレオリオ。そこに当主である大男が話しかければ、当然皿と口を往復する手を止める。もぐもぐとリスの様に頬張っていた食べ物をごくりと飲み込み、自分の1.5倍はありそうな身長のシルバを見上げた。
「うん」
「ふ…確かにあいつにそっくりだな。それにリンにも」
「父さんのこと?」
「ああ。まああいつよりは純粋そうな眼をしているが」
キルアの父親に言われ、ゴンは首を傾げる。純粋という言葉が自分に当てはまる自覚がないからゴンは純粋なのだ。レオリオとシルバはその仕草を見て思わずふっと笑みを浮かべる。
「ねえ、ずっと聞きたかったんだ。何で、暗殺をしてるの?」
「はは、難しい事を言う子だな…」
「おいゴン!」
微笑ましいと思っていたレオリオもこれにはギョッとした。
和やかな雰囲気で忘れかけていたが、目の前に居る人物は暗殺者だ。つまり殺人鬼で、人殺しで、バラし屋ジョネスとも比べ物にならないレベルのプロ。変に機嫌を損ねてしまえば殺されかねないのはイルミとリンのやり取りで嫌という程感じている。
殺されないかなと恐る恐るシルバの顔色を窺うレオリオ。だが、予想に反してシルバの反応は穏やかなものだった。
「まあ、この世の中ではそういう仕事も必要ということだ。需要に応じて家業を掲げている。犯罪と言われればそれまでだが、それなりにプロ意識を持ってやってる」
姉さんと同じことを言う。ゴンは反射的にそう思った。必要な悪い事とは何だろうか。プロ意識とは何だろうか。道徳や倫理観を犠牲にしてでも貫いているのは何なのだろうか。
プロハンターの称号を得た今ならわかるのではないかと思っていたが、やっぱりわからない。これはいつかわかるようになるのだろうか。
首を傾げると、シルバはまた微笑んだ。