「…あ、ウイングさん?お久しぶりです、リンです!…はい、ビスケに連絡先を貰って…。はい、頼みたい事があって」
ビスケに頼んだところ、天空闘技場付近に滞在している知り合いハンターならウイングが居ると教えてもらったリン。ビスケにリンのホームコードをウイングへと伝えてもらい、当のウイングからリンに電話が来たのは丁度飛行船を降りた頃だった。
ゴンも居ないのでライセンスを使用し個室で快適な空の旅をしていたが、その分リンから聞きたい事を聞けなかったクラピカとレオリオは消化不良というような表情でリンに続いて歩く。
「ビスケから聞いてるかもですけど、うちの弟たちが天空闘技場に行くんで念を教えてやってほしいんです…はい。そうです…ビスケったら自分が教えたいって聞かないから…すいません。あ、いいですよ!まだ子どもだし、何なら燃やす方から始めた方がいいかも…そうです。かなり才能があるみたいなんでゆっくりやらせてもらえると…はい!」
人の電話を聴く趣味はないが、聴こえてしまうのは仕方がない。会話の端々から聞き取れる聞き覚えのない単語に、クラピカとレオリオは不思議そうな顔をして顔を見合わせるばかりだ。二人の様子は気にせず、リンは久しぶりの兄弟子との会話を楽しんでいる。
「はい!…へへ、そんな大した事ないですよ。…はい、私も近いうちに顔を出しますね!」
「…ゴン達の話か?」
そう言って楽し気な様子で通話を終了したリンに、クラピカがおずおずと話しかけた。単純な話、リンの口から『弟』と聴こえたのなら十中八九ゴンとキルアの話だろうという予測だ。
「そう。クソジジイ…コホン、ネテロ会長から頼まれちゃったけど、いっぺんに四人もは流石に厳しいからね。信頼できる師匠を探してたのよ」
「なんのこっちゃ」
訳が分からないと言った表情のレオリオだが、詳しくは後で二人にも話すので今は必要ない。そう話しているうちに目的の店に辿り着いたため、リンは指さして店を示した。
いかにも高級と言った門構えと建物。真っ白な砂利に美しく加工された飛び石。雰囲気も相まって、料亭の看板が掲げられていなければ暴力組織にも見えていたかもしれない。敷地内では錦鯉が泳ぎ、ジャポン庭園の中でも特に高級なのがジャポン知識の浅いクラピカとレオリオでもわかった。
「二次試験試験官だった美食ハンター、メンチの太鼓判も貰ってる店よ」
「…リン、大丈夫か?俺あんま持ち合わせないんだけどよ…」
こういった店に慣れていないらしく、レオリオが珍しくおどおどとしている。全て自分が奢るつもりだからと、そんな事は気にせずずんずんと進んでいくリン。扉を開くと従業員が丁寧に頭を下げてリンを迎える。
「リン!今、この国の首相が通ったぞ」
「うん?この店、政府の要人もよく使うらしいからね」
遠くにちらりと見えた姿に、クラピカがリンの耳元でこそっと言った。実際、この店は政府の要人向けに建てられた店で、有名芸能人がお忍びで来るという噂もある。政府の要人にさして価値を感じていないリンはケロッとしてそう答えた。
「そんな店に俺たちが入っていいのかよ…」
レオリオの一言に思わず吹き出し、けらけらと笑うリン。ひとしきり笑って満足したところで、リンは二人を振り返りいたずらっ子のように言った。
「あんたらプロハンターよ?掃いて捨てる程いる政治家なんかよりよっぽど希少な存在よ」
予約していたおかげでスムーズに店内に入る三人。ここでするつもりの会話は人に聞かれると困るものであるため、わざわざVIPルームに入れるよう頼んでおいた。
「これ、掘り炬燵っていうの。普通のテーブルと同じ様に座って大丈夫よ」
黙って指示通りに二人が座り、その間に手早くリンが注文をする。暫くして料理が届くと、二人は目を丸くした。
「これはもしかして…」
「寿司よ。二人も知ってるあのスシ」
「!あのスシか」
「手で食べるか箸で食べる料理なの。ま、食べ方はそう問われないけどね。」
えんがわを一口で食べ、クラピカとレオリオの反応を窺う。手で食べてもらってもいいが、二人のためにフォークとスプーンも用意してもらった。彼らは使ったことがなさそうだが、一応箸も一緒に。ちなみにリンは箸で食べる派だ。
「ジャポンでは有名な郷土料理なのよ。ここのやつはかなり上等品だけど」
「旨いなこれ」
「ああ、非常に美味だ」
リンの指導に従い、二人とも素直に手で食べることにしたらしい。一口食べて驚いた様な表情をした後、素直に喜びの感想を述べる。生魚は好き嫌いが分かれるので、気に入って貰えて内心安堵するリンだ。他の料理もあるにはあるが、せっかくなら寿司を楽しんでほしい。
「それは良かった。…で?二人の作った寿司って…ククッ、どんなんだっけ?」
笑いを堪え切れずに軽く弄るリン。同時にあの時のぴくぴく動くご飯巻き魚の写真(イルミからの買い取り金額200万ジェニー)をひらひらと振って見せる。なぜそんな写真があるのかといった疑問がもたげる余裕もなく、途端に葬式の様な重苦しい雰囲気になる二人。
「こっちがレオリオ作で~こっちがクラピカね。動画もあるけど見る?ぴくぴく動いてるだけだけど」
「「…」」
(…そんなにトラウマになってたの)
二人のあまりに悲壮な表情に少し虐め過ぎたと反省するリン。クラピカに至っては今にも池に飛び込みそうだ。慌ててフォローにかかる事にする。
「ま、機嫌直してよ、ここは私の奢りだから。ハンター試験合格祝いって事で」
「…マジ?聞いたかクラピカ!タダメシだぜ!」
流石は守銭奴を自他ともに認める男。先程までとは打って変わって大喜びするレオリオを、クラピカが蔑む眼で見つめる。
「…レオリオ、お前の辞書にプライドの文字はないのか?いつもの事だが」
「うっせぇ。こんな美味いモンタダで食えるならプライドなんていらねぇよ」
だがクラピカも少し元気を取り戻したらしく、しかし根には持っているようでさっきまでより遠慮のないペースで寿司を注文し始めた。食べ盛りの男に加えてメイメイも一緒に寿司を頬張っているため、次々に皿が運ばれてくる。会話をしながら食事を楽しみ、暫くすると腹具合も落ち着いた。
そうすると、当然見過ごしていた疑問が浮かんでくる。数日の間は殆ど個室で過ごしていたしリンが教えてくれる雰囲気でもなかったためクラピカ達も黙っていたが、そろそろ聞いたっていいだろうと。
「だが、どうしてまたジャポンまで来て寿司屋だ?私は斡旋所を探したいのだが…」
「おいクラピカ、そんな事言うもんじゃねぇよ。こんなうめぇ飯食わせてもらってんだぞ」
クラピカが運ばれてきた湯呑のお茶を啜りながら不思議そうに口を開き、食べるだけ食べて不満を言うのかとレオリオが窘める。だがクラピカに悪気がない事もその言い分がもっともである事も理解しているため、リンはからからと笑っておばちゃんの様に手を振った。
「クラピカの言い分も尤もよ。流石に意味なく医学部受験生と求職中のハンターを引き留めたりはしないわ」
「…」
そう言われると申し訳ないと感じたらしく、やや気まずそうに頬を掻くクラピカ。やっぱり不器用で煽り癖はあるが、根っこは真摯で優しい。クラピカは『自分にハンターの資格はないのでは』と言っていたが、四次試験でクラピカにナンバープレートを渡したのは正解だったと改めて思うリンだ。
だが、これからするのは二人の今後にも関わる重要な話。そんな軽々しく話す内容ではない。軽く目を閉じ、どうせならと真剣な雰囲気が伝わるように少し重々しく言った。
「…ハンター試験がまだ終わっていないって言ったら、どうする?」
「はぁ⁉マジかよ!まだあるってのか⁉」
「…嘘だな。先日のニュースで、私たちが合格したことは世界的に報道されていた。今更不合格にする事はできないだろう」
マスコミが押し寄せることもなければ名前が報道されることもないが、何人がプロハンターになったかは毎年ニュースで報道される。クラピカが言っているニュースはパドキアにあるゼブロの山小屋でリンも見ていたため、それを否定する気はない。
「半分正解。世間に向けた表向きの試験は既に終了している。あなた達は紛れもない合格者で、ライセンスを持つれっきとしたハンターとして認められている」
友人である事を優先してくれるため受験生同士だった頃と距離感は変わらないが、リンはクラピカとレオリオからすれば先輩だ。プロハンターになったばかりで右も左もわからない状態では先輩の言う事は素直に聞いた方が良いと思ったらしく、レオリオは勿論クラピカも素直にリンの言葉の続きを待つ。
「だけど、資格はあるけど資質は無い。試験が終わっていないって言ったのは、言葉の綾ってやつよ。まだ身につけないといけないものが残ってる」
「私たちがハンターになるのに、何が足りない?」
クラピカの問いに、待ってましたと指を立てるリン。満足いくまで食べたメイメイも話の流れを汲み、改めてリンの肩に乗っかった。
「念能力」
「ねん?なんだそりゃ。超能力か何かか?」
「正解、ぶっちゃけ超能力。簡単に言えばオーラを…生体エネルギーを操って超能力的なことをする技術」
「「…」」
想定していた通りの反応だ。二人とも、いかにも胡散臭いと言いたげな表情をしている。
先程電話でキーワードを聞いていたとはいえ、実際に目にしなければ信じられないのは仕方ないだろう。レオリオが爪楊枝を口に咥えたまま怪訝そうに言った。
「リン…俺達を揶揄ってるんじゃねぇよな…?」
「私、こんだけ前振りしといて冗談で済ますほどヤな奴じゃないわよ」
「いや…リンならやりかねない」
「だな」
「…」
トン単位の扉があるのを黙っていたり、急にジャポンに連行したり、挙句男に成りすまして(不本意とはいえ)一緒に風呂に入ったりしていたリンだ。仲は良いがその辺の信用はあまりないらしい。
先輩相手に失礼なことを平然と言うクラピカもそれに同調するレオリオも似たようなものだと思うリン。だが今そこに言及すると話がややこしくなるので、向かいに座る二人の脛を机越しに蹴とばす程度に留めておく。
「まあ見せてあげるからちょっと立ち上がって。ヒソカと対峙する時くらいの気持ちで居てよ?」
痛みに悶える二人に前置きし、立ち上がって身構えるように促す。VIPルームで人が居ないのを良い事にしっかりと臨戦態勢を取らせた。
「何をするってんだぁ?」
「証拠として、今から私がクラピカとレオリオを殺してやるって殺気を乗せて念をするの。…言っとくけど、ビビってもがたがた大きな音を立てないでよ?」
対してリンはお茶を飲みながら足を組み座ったままだ。いかにもリラックスした様子なのに、ここから何が起こるのかとリンを見つめる二人。一応構えは取っているものの、当然こんな緩い空気では集中する気にもなれない。
「じゃ、カウントダウンしてからやるわよ~?」
そんな二人をよそに、「さーん、にーい…」と身体を横に揺らしながら気楽な調子でカウントダウンをする。
「いーち…」と言ってカウントが0になるタイミングで、リンは目を見開き目の前の二人に向けて精孔を開いた。
『練』
「っ!」
「く…!!」
一変して強風を耐えるかのような体勢になる二人。まるで死線に向かっているかのように険しい顔になっている。
数秒後にリンがフッと気を抜きオーラを鎮めると、それに気づいたらしいクラピカは肩で息をし、レオリオは座敷にへたり込んだ。再び何事もなかったかのようにお茶を啜るリン。
「…っとまあ、こんな感じ。ハンターたるもの、武の心得を持つべしってね。それが念ってわけよ」
「いや…すげぇけどよ、強い奴の殺気ならそうなるもんなんじゃねぇのか?ヒソカとかもそんな感じだったし」
そう言えば、レオリオ達はヒソカの殺気も体感した事があったのだと思い出した。一次試験の途中にリンとゴンを追いかけてきた二人は、当然ヒソカが臨戦態勢に入った時の様子も知っているだろう。
実際はヒソカも念能力者だが、ここでそれを話すとややこしくなるので割愛することにしたリン。メイメイを机に乗せ、ポケットを出すよう指示する。
「ん~、じゃあこれならどうかしら」
「これをそのパンダから取り出す…のはマジックじゃ無理だな。…じゃあ本当に超能力?なのか?」
「超能力ってのは便宜上かな。条件が要るけど、力量次第でわりと何でもできるわよ。メイメイも本物のパンダじゃなくて私が能力で作り出した生き物だし」
リンがそう言うとハッとするクラピカとレオリオ。そういえば、生き物であるにもかかわらずニアの姿の時には一度も見かけなかった。リンがニアの姿で持っていた手荷物は小さなウエストポーチ一つであったのに、だ。
「…そういえばいつの間にか一緒に居たよな、そのパンダ」
「能力だから出し入れ自由なのよ。ホラ」
メイメイに指示して具現化を解除したり出したりして見せる。ここまで見せれば、もはや疑いの余地はないだろう。
「信用させるためなら、初めからこれらを見せれば良かったのではないか?」
「…確かに」
しらっとした眼で言ったクラピカの言葉に思わず納得させられるリン。ぐうの音も反論できないが、無意味に殺気を飛ばされたという文句の視線には気づかないふりをしておく。
いかに信じがたいと言えど、こうも体感させられてしまえば信じざるを得ない。先程までの疑う視線は消え、混乱と畏怖が代わりに二人を包んでいた。再び幽遊白書のスタンドをにゅるんと片付けると能力を解除し、彼らにお茶を飲むように促して一息つかせる。
「ハンターに必要なのはこういうのを使いこなす能力。…本当は四人とも教えたかったんだけど、流石に厳しくてね…さっき電話してた相手には、ゴン達に念を教えてもらうよう頼んでたの」
「…一つ聞きたい。なぜ私たちを選んだ?念能力を学ぶ必要があるのはゴンやキルアも同じだろう。特にゴンは君の弟なのに」
一足先に驚きから回復したクラピカがリンの目を見据える。聞かれるだろうと予想していたため、リンは指を三本立ててそう時間もかけずに答えた。
「理由は三つあるわ。まず一つ目、身内だからって同僚であるハンターを贔屓はしない。家族としての愛も信頼もあるけど、それ以上に優先するものがあるのがハンターよ。…それはゴンが話してたうちのクソ親父の印象からもわかると思う」
本当はばりばり身内贔屓でゴンとキルアに教えるかと直前まで迷っていたが、結果選んだのはクラピカとレオリオなのだからそこまで言う必要はないだろう。これ以上無意味にブラコンを晒す必要はない。
「二つ目、さっきも言ったけど、単純に四人教えるのは無理」
指を折って1、2と数を示しながら、順々に説明する。クラピカが手を挙げて口を挟んだ。
「無理、というのは?」
「ぶっちゃけるとあんたら四人、金の卵なのよ。私、個人的な体質でオーラの色や質も視られるんだけどさ、全員オーラが力強い。特にゴンなんて、長年私のオーラにあてられてたから精孔…念能力が目覚め始めてる」
リンの言った事は本当だ。ゴン達四人のオーラは非念能力者でありながらかなり力強く、色も鮮やかだ。間違いなく数億人に一人の逸材と言えるだろう。
今までにそんなオーラを持つ非念能力者には出会った事がなく、才能とは恐ろしいと身内ながら慄くリンである。
「そんな金卵四人をいっぺんに教えるなんて、私の技量をオーバーすると判断した」
「キンタマ?今、キンタマって言った?」
リンとしては前世でソシャゲをしていた時の影響で言ってしまっただけで他意はないのだが、クラピカとレオリオが動揺するには十分だった。もっとも、リンがさっさと話を進めていくので、レオリオが軽くツッコミを入れる以上の反応は出来なかったが。
「三つ目、あの四人の中で即座に仕事にかかりたいクラピカと医大受験生のレオリオが最も急を要すると判断した。以上!」
「…っていう感じなんだけど、私の弟子、なってみません?」と締めくくった上で尋ねるリン。本当は四つ目の理由もあるが、それを言う気は一切ない。
今まで堂々と強気で言っていたくせに急に人が変わったような妙に弱腰な姿に、二人は間を置いて思わず噴き出した。
「…ふふっ」
「ふはっ、お前、あんだけ偉そうに言ってたくせして…。もしかして弟子取った事ないか?」
「う…そうよ!ずっと面倒がって後回しにしてたのに、いざ取る弟子が才能の塊で責任も重大で、ちょっとヒヨッてるの!」
ゴンやキルアと違い、この二人はまさしくハンターになる事に命を懸けている。教える師匠の存在によって文字通り運命が変わるだろう。
だからこそ自分が手掛けたいと最終的には思ったわけだが、同時にビスケの様なベテランに預けるべきだったのではないかという思いもあった。結局は自分の意思に従ったわけだが、責任の重さは洒落にならない。
「お察しの通り、私は弟子を取った事はないわ。これでも念の知識も腕もそこそこに自信はある。一応(ムカつくけど)会長から能力者としても上位だって言われてるしね」
リンは今までずっと一人でハントをしてきた。仲間も居るし協力することもあるが、人に教えるのに関しては殆ど経験が無い。
そして自分が念能力者としてもかなり特殊であるという自覚もある。生まれた頃からハンターとしての英才教育を受けてきたせいで、変わり者揃いな同業者の中でも所々浮いているリンだ。知識としては持っている者の、所謂『普通の』教え方に自信がない。
「でも、弟子の育成に関してはぶっちゃけ私より上が山ほど居る。他に紹介してほしいなら全力で腕の立つ同業者を探すわ。…どうする?」
できるだけいつもの調子を崩さずに話そうと思っていたが、最後の最後でボロが出た所を突かれて最早やけくそだ。だが、そんなリンにクラピカとレオリオは姿勢を正して言った。
「リンに教えてもらえりゃ数百トンの扉を開ける強さが手に入るんだろ?こっちから頼みてぇくらいだよ」
「同意だ。またとない申し出だ」
「…後でチェンジはなしよ?」
ストレートに教えを請われて、照れ隠しのあまり憎まれ口を叩くリン。少し頬が赤くなっているのに気づいたレオリオはクラピカを肘で小突いてニヤニヤとして見せた。レオリオの意図に気づいたクラピカも柔らかく微笑む。
かくして、リンに初めての弟子ができたのであった。